楽屋の鏡を前に、桜内梨子は自分自身を見つめることで、高鳴る鼓動を抑えようとしていた。
今までに無い大きな会場でのライブ。……違う。ここまで来たこと、それが何よりも大きなプレッシャーとなっている。
あの時、手を取ってもらった事、今でも覚えている。
不安で先が見えなくて、震えていた手を握りしめてくれた温もり。
そこから温かさが広がり、今では、自分の居場所となった。
みんなとならどこまでも行ける。その想いに嘘は無い。
だが、いざ現実を前にすると、恐怖と不安が押し寄せてくる。
俯いてはいけない。梨子が鏡の中の自分を見つめるのは、自分を監視するため。
あの日から始まった、自分の、Aqoursの奇跡を、信じる。
だから、自分の不安に目を背けない。
たとえ握る拳が震えようとも。絶対に、逃げない。負けない……!
「よよよよよよ曜ちゃん!な、ななななななんだか!き、気合いが入りそうだよ!」
「うん、でも千歌ちゃん、まずは落ち着こうか」
「ルビィちゃん、お弁当残してるずら?大丈夫?はぁ、それにしても、お弁当も差し入れのお菓子も美味しいずら!やっぱ都会はすごいずらー」
「私、花丸ちゃんが羨ましいよ……」
「んー、夏の最大級のイベントと聞いていたのに、案外会場の周りは寂しいワね。こうなったら、私のシャイ煮を売り込むしか無いワ!果南、手伝って!」
「鞠莉、少し落ち着こう。それと、会場回りも充分盛り上がってるから」
……絶対に、逃げない……。
たとえ、違う理由で俯きそうでも、ちゃんと前を見たいから……。
故に、梨子は大きく深呼吸をする。少しでも冷静になるために。
「梨子ちゃん……?」
突然、千歌の声が耳に響き、反射的に後ろを向いた。見えたのは、千歌の、不思議そうな表情。
先ほどまで明らかに緊張して固くなっていたはずなのに、今、梨子の目の前にいる千歌は、いつもと変わらない。
「どうしたの?さっきからずっと黙ってて。お腹空いたの?」
「それは大変ずら!お弁当!?それともお菓子!?」
「花丸ちゃん!多分、絶対違うから!」
「んー、梨子は抱え込むから、ヨくないワ!」
「はいはい。みんな、あんまり騒がないの。梨子ちゃんが困るでしょ」
「みんな……」
先ほどまで各々のペースだった。けど、一人の不安をみんなが感じ取り、そこに集まる。
梨子は、ずるいと思った。同時に、みんなの温かさが、とても嬉しかった。
「みんな、ありがとう。その、どうしても、不安になって」
だから、みんなの前では、素直になれる。弱さも含めて、全部受け止められる気がするから。
「梨子ちゃん、大丈夫だよ」
「千歌、ちゃん」
言葉と同時に、千歌は梨子を優しく抱きしめる。
「梨子ちゃんは一人じゃない。それに、ドキドキしているのは、みんな同じだよ」
「そうだよ」
「曜ちゃん……」
千歌の反対側から、今度は曜が梨子を優しく抱きしめる。
「私だって、本当は、震えそうなくらい怖いよ。でも、みんながいるから、大丈夫」
「そうずら!おらたちは、みんなでAqoursずら!」
「うん!ルビィたちは、一人じゃない!」
「そうだよ。だから、ここまで来れた」
「イエス!ミンナの力があったからヨ!」
「みんな……」
今まで自分一人で緊張していたのが、情けなく、恥ずかしくなってきた。けど、こうやってみんなの温かさに触れて。
梨子は、泣かない。その代わり。
「うん!みんな、頑張ろう!」
笑顔で応える。それが、Aqoursだから!
「……ただいま」
「ただいま、ですわ」
「おかえり、……て、どうしたの!?」
そんな時、実は楽屋から離れていたダイヤと善子が戻ってきた。
だが、普段の元気さとは明らかに違う暗さに、違和感を隠せない。
真っ先に疑問を発したのは、果南。積極的な彼女らしい。だが、きっと果南が発していなくても、誰かは絶対に問いを投げただろう。
「えっと、その……」
「どういうこと?あれは、天使??」
しかし、返ってきた言葉は、全く意味が分からない。
「二人とも、まずは、深呼吸。で、何があったのか、キチンと話して」
こういうとき、クールに対応できる果南は強い。二人は何度か深呼吸をして、言葉を発す。
「実はですね、……本日共演する、あの方に、お会いしまして……」
「あの、方……?」
「なにあれ?こ、このヨハネでさえ、敵わない……!」
「どういうこと!?」
ドジだけどいつも強気な善子さえ、震えてしまっている。さっきとは違う緊張が、みんなの中に生じた。
「なんでしょう、とても、輝いていましたわ」
「あれが、プロのオーラなの!?」
「ま、まさか……」
「ソ、そんな……」
「ピェェェェェ!お、お姉ちゃん、しっかりして!」
「おら、なんだか少し怖くなってきたずら!」
「二人が震えるほどの、今日の共演者。もしかして」
「曜ちゃん、たぶん、そうかもしれない」
「すごい!お話しした!?」
一人話の流れが先に行ってしまったが、実際みんな気になるところではあった。
「お話?一方的、でしたわ……」
「一方的?」
「わたくし達が、一方的にお声をかけられるお方ではありませんわ!なのに、あの方は、笑顔で……」
「私たちに、『こんにちは。今日はよろしくお願いします』だったわ。あの人が、私たちに……!か、格が違った……」
「う、うん。気持ちは分かった。だから、落ち着こう」
さすがの果南も、冷静ではいられなかった。もし自分が同じ状況になったら。きっと二人と同じ状態になっていただろう。
けど、今日の自分たちの仕事を忘れてはいけない。自分たちが行く先には、たくさんの観客がいる。その人達の気持ちに全力で応えるには、ここで怯むわけには、いかない!
自分の心を鼓舞する。あとは、みんなへ……。
「そんなに緊張しなくていいと思うよ?」
!?!?
8人が同じ衝撃を受けた。
人一倍緊張していたはずの、千歌の、あっけらかんとした、発言に!
「だって、私たちがやることは、もう分かってるもん!」
「千歌、ちゃん」
「誰がいたっていい!私たちは、全力の想いを、歌えば良いんだよ!」
迷い無くいう、千歌の言葉。
みんな、心の中では分かっていたはずの、想い。けど、目の前のことに震えていて、見失っていたもの。
それを思い出させてくれて、みんなを引っ張るのは、いつだって、千歌だ。
彼女がいたから、みんな、踏み出せた。
なら、千歌へ言うべき言葉は、決まっている。
「千歌ちゃん、一緒に、がんばろ!」
「千歌、私は、どこまでも付いていくよ」
「誰よりも、あなたの為に、わたくしは歌います!」
「千歌ちゃんがいれば、私は、大丈夫」
「ふっ、この堕天使ヨハネの歌声、今響かせるとき!」
「おらは、もう迷わない。みんなのために、頑張って歌う!」
「みんなで、シャイニーなときにしますワ!」
「もう、怖くない。みんなと、頑張れる!」
重なる手と手。9人の絆。彼女たちは、決して負けない。
「どうしましょう!どうしましょう!あこ、緊張してきました!」
大きな舞台を前に、宇田川あこは高鳴る鼓動を抑えられないでいた。
だが、笑顔で楽屋を駆け回る姿は、誰がどう見ても、緊張しているようには思えない。
恐らく彼女なりに緊張して落ち着かないのだろうが、今の彼女の仕草は遠足を楽しむ子供のよう。
「あこちゃん、その、少しだけ静かにしましょう」
さすがに抑えなければと思い、白金燐子はあこを止めようとする。
「でも!こんな大きな会場で演奏するんですよ!緊張しちゃいます!」
「う、うん、そう、だよね……」
彼女たち、Roseliaにとって、今までに無い大舞台。それを改めて意識すると、抑えていた緊張が吹き出してくる。
既に燐子の手は震え、目は今にも泣きそうな程滲んでいた。
「宇田川さん、少し落ち着きなさい」
その様子に見かねてか、氷川紗夜は厳しい目つきであこを見ながら言う。
「いいですか。確かに、大舞台です。しかし、今ここで慌てても仕方有りません」
紗夜の言葉に、さすがのあこも黙り、背筋を伸ばす。
「私たちは今までの練習の成果を出せばいいのです。無理に力を入れる必要はありません」
「で、ですが」
「宇田川さん、白金さん、あなたたちが緊張する気持ちも分かります。ですが、もうそろそろ自信を持ってもいいと思います」
「自信、です、か……」
「ええ」
あくまでも冷静に。けど、彼女なりの優しさを込めて。
「はいはい。変に考え込まない!みんな、リラックスしよ!」
3人の空気に耐えかねてか、今井リサは普段の調子で3人に向け声をかける。
「今井さん、決して私たちはふざけているのでは」
「んー、そうじゃなくて、なんていうのかさ。もっと楽にいこうよ!」
「そうですよね!リサさんの言うとおりです!」
分かっているのか、そうでないのか。とりあえずあこは元気になった。
「みんな緊張してるんだよ」
「そ、それは、そうですが……」
「こーら、紗夜も、緊張してる」
「わ、私は!」
「大丈夫だよ」
まっすぐ見つめながら、リサは言葉を紡ぐ。
「紗夜が言ってたように、私たちは、たくさん練習した」
「それは、当然です」
「うん。でも、その当然を支えてくれたのは、紗夜だよ」
「!?」
紗夜は、誰よりも厳しく練習を見てきた。
そして、誰よりも厳しく、自分自身を律してきた。
自分に厳しくなれない人間が、誰かを厳しく責めてはならない。本気だからこそ、常に鋭く、厳しくしてきた。
「……違います。私は、Roseliaに恥じぬ演奏をしたいのです」
「知ってる」
「!?なら、なぜ」
「みんな、紗夜が大好きだからだよ」
「い、意味が分かりません!」
なぜそこで好きが出てくるのか。先ほどまで大舞台に対する緊張と、今までの自分たちの事を言っていたはず。演奏技術やそれに対する意気込みならまだしも、なぜ、好きか否かになるのか。
「はぁ、まだ分かんないかな」
「な、何を言いたいのですか!」
「えっと、その」
「あこは、紗夜さんが大好きです!」
迷い無く、力強くあこは言う!
「紗夜さんがとても頑張っているのは、みんな、知っています」
いつもとは違う、燐子の、力の籠もった言葉。
「ま、そういうことだよ」
「ど、どういうことですか!?」
「そのまんまの意味。紗夜の事が好きって事は、紗夜が何を思って頑張っているのかも、分かるってこと」
「な、ななななななな何を!」
「あー、はいはい。なんか、私も言っててちょっと恥ずかしくなってきた。……うん!ここまで!はい、終わり!」
「一方的じゃありません?」
リサの強引な締め方にどうしても不満を隠せない。
だが、その事に落ち着きを感じるのも事実。
リサがいて、燐子がいて、あこがいる。だから、自分もいれる。
誰にも見えないよう、紗夜はそっと微笑む。
「もういいかしら?」
そんな時、楽屋の隅に置かれたソファーから発せられる声。
「友希那、ちょっと冷たいよ」
「そんなことは無いわ」
Roseliaのリーダー、湊友希那。
先ほどまで寝そべっていた姿勢から上半身を起こし、リサを見る。
「私はRoseliaにふさわしい最高の曲を作っている。それを形にしているのはみんな。なら、最高の演奏ができるのは当然のことよ」
その言葉を発する瞳に、一切の迷いは無い。
友希那は、見る。彼女にとって、最高のメンバーの顔を。
「友希那も、意外とかゆくなる事サラッと言うよね」
「……悪い?」
「んーん」
リサに文句を言うが、その顔は少し紅潮し、子供のように頬を膨らましている。その様子がとても可愛く、リサはついからかいたくなってしまう。しかし、今拗ねられても困る。なので、グッと気持ちをこらえる。
「……まぁ、いいわ」
言葉と共に、友希那は姿勢を変え、ソファーから離れる。
「それにしても、友希那、お菓子食べすぎじゃ無い?」
「!?あ、甘いものは疲労回復に良いのよ!」
「そうだねー。でも、実は衣装がキツくなってたりして」
「な、なってないわ!」
「ほんとー?じゃあ確認しようかなー?」
「や、止めなさい!」
だが友希那の制止も聞かず、リサは友希那に抱きつき、お腹周りをわさわさと触り始めた。
「やっ、リ、リサ!だめ……!」
「んー、お腹周り気持ちいいし、髪の毛もサラサラ」
「ちょっ、髪は関係ないでしょ!」
「あるよー、おおあり!」
「リ、リサ。も、もう止めて……」
触られる度に顔は紅潮し、息が乱れる。脚も少し震えてきて、立っているのが辛くなってくる。
「ふ、二人とも!そろそろ、止めてくれません?」
方向性が怪しくなってきた二人を見かねて、紗夜が厳しい目を向ける。
だが彼女の顔は若干赤くなっており、発した言葉も、どことなく力が無い。
「ごめんね友希那、つい」
「お、覚えていなさい……」
「あこ、なんだかドキドキしました!」
「だ、だめだよ。あこちゃんにはまだ早いからね」
「はぁ、不安になってきましたわ」
緊張に負けていない、という意味では頼もしいのだが、緊張感に欠けるのも困る。真面目故に、紗夜の苦労はいつも絶えない。
「そういえばですね!あこ、山吹さんにすっごく似た人にお会いしました!」
「山吹さんに?」
「はい!すっごく可愛くて、優しくて!あこ、なんだかうっとりしてしまいました-」
「ああ、分かりましたわ。確かに、似ているかもしれませんね」
今日の公演は多くのアーティストがいる。その中の一人、確かに言われてみればそうかもしれない、と思える人物がいる。
「んー!なんだか山吹さんにお会いしたくなりました!山吹さん来てますか!?」
「えっと、今日はお家のお手伝いがあるから、行けないって」
「残念です……」
さっきまでの高いテンションとは変わり、しゅんとして落ち込むあこ。
落ち込んでいる様子を見るのは辛い。が、気持ちに素直なあこのことが可愛い、燐子は常に思う。
「そんなに落ち込まなくて大丈夫です。今日は市ヶ谷さんと牛込さんはいらっしゃるようです」
「ほんとですか!?会えますか!?会えますか!」
「大丈夫です、きっと私たちのこと、応援してくださると思います」
「はい!あこ頑張ります!」
紗夜の優しい声に、あこの元気は一気に回復した。
……会えるか、の問いの答えではないのは、誰も突っ込みをいれないが。
「よし!そろそろ、行こうか」
この場の空気を変える、リサの言葉。
全員に、張り詰めたものが生まれる。
「……行きましょう」
そして最初の一歩を踏み出すのは、友希那。
それに続き、紗夜、リサ、あこ、燐子。
彼女たちRoseliaは、今日も進んでいく……。
「私たちの出番は、後半の方!だから、まだ時間はある、……よね!」
「千歌ちゃん、大丈夫だから」
さて、気合いを入れて楽屋を出たものの、やはり緊張を隠しきれない。だが、そんな千歌を見ても、誰も不安にはならない。
自然体で、素直で、正直な千歌は、いつも目の前のことに対して真っ直ぐ向き合う。彼女が感じている緊張は、不安ではなくて、楽しみを前にしているから。
だから、大丈夫。そう信じられる。
「あ」
「あなたたちは」
そんな時、楽屋前の廊下で出会った。今日の共演者、Roselia。
「え、えっと!」
「初めまして。Roseliaです。私はギターを担当している氷川紗夜と申します」
「は、初めまして!私は」
「Aqoursの高海千歌さんですね」
「ええっ!知ってるんですか!?」
「もちろんです。Aqoursはスクールアイドルグループの中で、とても人気があり勢いがあると伺っています。その、個人的な意見ですが、皆さんと本日同じ舞台に立てること、とても嬉しく思います」
柔らかく丁寧に、真っ直ぐに言う。それを聞き、千歌は心に衝撃を受けた。
千歌だけでない。全員が、そうだ。
学校の為に立ち上がり、頑張ってきた。そして気付いたら大きな舞台に立てる。そして、共演者の人から、笑顔をもらえている。
今日という日まで、たくさんの経験をした。辛かったこと、苦しかったこと。そして、楽しかったこと。
「さーよ、みんな固まってるよ。変に緊張を与えないよ」
「わ、私はそんなつもりじゃ!?」
「はいはい。えっと、初めまして。ベースをやってる今井リサです。今日は一緒にがんばろ!」
「はい!よろしくお願いします!」
ドキドキはまだ収まらない。が、それでも千歌は元気よく挨拶を返す。
「……あっ!」
「ん?」
そんな時。あこが急に大声を上げた。
「堕天使、ヨハネ!」
その言葉と共に、彼女は指先を、ヨハネ、善子へ向けた。
「……ふっ、まさか、我の事を知る存在がいるとは」
「本物だ!えっと、うん!私は暗黒界のプリンセス、あこ。ここで会ったが百年目。今こそ、私の音楽の前にひれ伏すがいい」
「何!?……すー、はー。……ほう、身の程を知らぬ愚か者め。このヨハネをひれ伏させる?」
「ええそうよ。あなたは今日、私の音楽を聴いて、感動、……じゃない、衝撃を受け、虜になる!」
「何を言うか。あなたこそ、私の華麗なるパフォーマンスに魅入られ、ひれ伏すのよ!」
「ひれ伏す、だと?ふっ、貴様はあこの暗黒の力の前では何も出来ずに終わるのだ!」
「ほほう?この堕天使ヨハネに対し、暗黒の力で戦うと?愚かなり」
「ふっ、愚かなのは、貴様だ!」
「何!?」
「貴様は、堕天使。つまり、天使としての光の力を未だ持っている者。即ち!純粋なる闇の力を持つ暗黒界のプリンセスの私の敵では無いわ!」
「ほう、だとしたら、貴様こそ愚か!」
「何!?」
「お前の言うとおり、私は天使としての力を持つ。即ち!その力を封じ込めるほどの強大な闇の力を、常に持ち続ける者!」
「な、なにー!!」
「はーはっはっはっは!愚か者め!所詮貴様ではこのヨハネには及ばぬ!」
「うー、ムキー!!」
「あーははははは!!」
「えーっと……」
「あこちゃん、そろそろ、止めよ?」
際限なく続かれた会話に終止符を打つように、曜と燐子がやっとそれぞれに対し割り込んだ。
「……」
「うー……」
それをキッカケに、やっと周りを見る余裕が出来た二人は、他のメンバー達の唖然とした表情を見ることで、冷静さと羞恥を宿したのであった。
「……コホン。えっと、少し、気を取り直しましょうか」
「そ、そうですわね」
妙に気まずい状況を直そうと、まず口を開いたのは紗夜とダイヤ。
しかし、最初の一言は出ても、次に繋がる言葉が中々出てこない。その内自分たちが気まずくなってくるが、そう感じるほど何をどう言えば良いのか、よく分からなくなってくる。
「あーあ、もう、しょうがないんだから」
「今井さん……」
「ま、私は聞いてて楽しかったよ。二人とも、ありがと」
「う……」
「ひぃ……」
「とりあえずさ、お互い頑張るってことで」
「そうだね」
流れを変えたリサに笑顔で応える果南。場の空気を読んで上手く調整してくれるリサの存在が頼もしいと思った。なら自分もしゃきっとしなければと思える、そんな刺激を与えてくれる存在。
「でも私としては、どんな内容であろうと、楽しい時間を共有できたのは、良かったと思うよ」
「そう?そう言われると嬉しいかな。ありがと」
流れに合わせて上手くフォローをする。リサにとってもそれは嬉しく、頼もしいと感じた。
真っ直ぐで強い視線が、二人の間に混じり合う。
これ以上の言葉は、いらない。お互いを認め合い、故に、負けられない想いを抱く。
「もういいなら、行きましょう」
AqoursとRoseliaの間に宿る緊張、闘志、熱意。それらを受け付けないような冷たく鋭い声を発する友希那。
彼女たちの中に、再度張り詰めた緊張が生じた。
「えっと、ボーカルの湊友希那さんですよね?」
そんな中、千歌は固くなりながらも、強い口調で友希那に声をかけた。
「そうよ」
「きょ、今日はよろしくお願いします!その、私たちの歌聴いてくれてました!?」
言ってすぐ、間違えたと思った。
違う、本当は聴いてくださいと言いたかった。なのに、どうして間違えてしまったのか。
訂正しようにも声が出ない。代わりに、大量の汗が流れる。
「ごめんなさい、聴いたことはないわ」
「え……」
「興味が無くて」
何を言われたのか、すぐに理解が出来なかった。
興味が、無い。
誰かに、簡単に興味を持ってもらえないことは、ずっと前から分かっていた。けど、今、目の前で言われると、重みが違う。
大きな舞台で歌える。それにどこか、浮かれていたのではないか。本当は自分たちは、まだ……。
「ちょっと!今のは何よ!」
「よ、善子ちゃん……」
「聞き捨てなりませんわね」
「うん、今のはちょっと気になるかな」
「エエ。場合によっては、許せないワ」
「そ、その、私たちは!」
「おらたちは、たるんでないずら!」
ダイヤ、果南、鞠莉、ルビィ、花丸の、強い言葉。
「えっ、と、友希那!」
「本番前だけど、うちの千歌ちゃんをいじめるのは、許せないな」
「曜ちゃん……」
千歌の前に立ち、彼女を守るように、曜は強く、厳しい目を友希那に向ける。
「あの、私たちは、千歌ちゃんを中心に、ずっと頑張ってきました。だから……」
優しく、けど泣きそうな目で、梨子は言う。
予測できなかった突然の事態に、紗夜は身を固め、リサは汗を流し慌て、あこと燐子は互いを抱き合う。
「友希那!……もう、えっとね、友希那は決して悪気があったわけじゃなくて」
「じゃあ、何かな?」
笑顔で、だが厳しい目で果南は問う。
彼女の気迫に押され、リサは上手く言葉が出せない。
「もしかして、私たちの歌はつまらないとか、くだらないとか思ってんじゃないでしょうね!」
勢いに乗るように、善子が強く叫ぶ。
「くだらない歌なんて、無い!!」
だが返ってきたのは、友希那の厳しい目と、強い口調。
「歌は、音楽は誰かの心を震わせるものよ!それをくだらないなんて、私が言わせない!」
更に強く、激しく叫ぶ。
いきなりのことに、善子は何をどうすれば分からず、身を固め後ろへと下がる。
「あなたたちを不愉快にさせてしまったのなら謝るわ。私が目指す方向とあなたたちが進む方向が違って、私がそれに目を向けなかった、それだけのこと」
先ほどとは違い、少し落ち着き、けど熱さが宿る声で言う。
「今日共演するのに、興味を持たなかったことは、本当にごめんなさい。言い訳が許されるなら、私自身に余裕が無かった。けど、信じてもらえるなら、これだけは言わせて」
そう言い、友希那は、ゆっくりと深呼吸をする。
Aqoursの彼女たちは、それを黙って待つ。
「あなたたちが、誰かの心を震わせ、魅了して、感動を与えているのなら、あなたたちの音楽は素晴らしいわ」
真っ直ぐ、迷いなく言う。
その目に嘘偽りが無いと、みんな分かった。
「はい!分かりました!」
それに応えるように、千歌は、全力の声で言う。
「私たちは、今日、皆さんを魅了します!」
そして、力強く宣言した。
「私たちも皆さんの歌に魅了されて、大好きになります!そして皆さんも私たちの歌に興味持ってください!」
笑顔で、強く、迷いなく千歌は言う。
その真っ直ぐな想いに応えるように、友希那も笑顔で言う。
「ありがとう。お互い頑張りましょう」
「はい!」
言葉と共に強く握られる二人の手。千歌は左手も添え、両手で友希那の右手を強く握る。
想定していなかった為、友希那は少しドキッとし、全身に力が入った。けど、千歌の両手から伝わる温かさがとても心地よく、少しずつ緊張がほぐれていくのを感じた。
「じゃあみんな!行こう!」
離れた手を惜しむことはなく。千歌は笑顔で振り向く。
「行きましょう。もう、時間よ」
友希那も、その手に残された温もりを心に、振り向くことなく、冷静に、且つ力強く言う。
AqoursとRoselia。本番まで、彼女たちに特別な言葉は、もういらない。
「いやー、友希那の態度にはほんとハラハラしたよ」
「全くです。湊さん、少しは気をつけてください」
「だから、さっきから謝っているでしょう」
リサと紗夜の指摘に、顔を赤くしつつ応える。そんな様子が可愛くて、リサはつい表情を緩ませる。
「それにしても、津田善子さん可愛かったですー!」
「うん、あこちゃん、とっても仲良しになったね」
「あれ仲良しなの?」
リサとしては、先ほどのアレは、ただの中二同士にコントのように見えていた。とはいえ、あこが喜んでいるなら、まぁいいか、とも思える。
「さ、もう、私たちの時間よ」
「ええ」
「うん」
「はい!」
「はい」
「……行きましょう」
Roseliaは、その一歩を踏み出した。
「やっぱ、千歌には敵わないね」
「全くですわ」
「エエ、むしろ、自分が恥ずかしいワ」
「……」
「善子ちゃん、もう気にしなくていいずら」
「で、でも善子ちゃんもすごかったと思うよ……?」
「まあ、結局は千歌ちゃんが全部持っていったよね」
「でも、それが私たちらしいよね」
「?何が?」
各々が先ほどの事を振り返り、改めて千歌の強さを思う。が、当の千歌はあまり深く考えていないようで。それが千歌らしく、みんなほほえましく思える。
「それより、ほら!Roseliaのみんな、そろそろだよ!見よう!」
「うん」
千歌に促され、画面越しの彼女たちの演奏を見る。
「……楽しみだね」
「そうだね」
「なんか、もう我慢できなくなってきた!ねぇ、円陣しよ!」
「千歌ちゃん早いよ」
「曜ちゃん、早くないよ!むしろ、今から気合い入れよ!」
抑えようとする曜をよそに、千歌は少し興奮気味に、でも力強くみんなに声をかける。
「そうだね。Roseliaさんに負けないように、今から入れよう」
「梨子ちゃん!」
「そうだね。負けたくないし」
「ええ、当然ですわ」
「ワタシたちだって、最高のパフォーマンスをするワ!」
「このヨハネの力を見せつけるわ!」
「善子ちゃん、今度は滑んないでね」
「うるさいわね!」
「善子ちゃん、花丸ちゃん、落ち着いて」
「あーあ、善子ちゃんはいつもの感じだね……」
「そこが可愛いんだけどね」
「ほら!みんな!早く!」
そうしてみんなで輪を作り、右手を一つに重ねる。
「みんな、行くよー!」
そうしてAqoursもこの後、光り輝くステージへと踏み出していった。
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アニサマで共演したAqoursとRoseliaについて勝手に書きました!
・・・それだけです