2章 吹奏楽部の白銀笛姫(ミューズ)
1
出会いは偶然を装った必然である。
そんな詩的な言葉を思いついて、でも、私はそこで全ての思考を失った。
体育会系は私にとっては眩しすぎる。そう思って、すごすごと来た道を引き返し、部活棟を再び上がっていったところ。ある一人の生徒が目についた。
体格からすれば、きっと一年生。さっき出会った大千氏ちゃんよりも更に小柄で、高校生とは思えないほど幼い印象を受ける子だった。もうひとつ、特徴的だったのは、その美しい銀の長髪。銀の糸をそのまま束ねたような美しさは、反射的に高価なアンティークドールを目にした時と同じような気持ちを起こさせる。
――そう。一言で言えば、人形のような美少女だ。よくも悪くも。
悪くも。廊下を歩く彼女の目は、どこか空虚で、何も映し出していないように感じた。もちろん、実際はそんなことはない。それでも、私にはそれがわかってしまった。きっと今の私も、同じぐらいひどい顔をしているだろうからだ。
「あっ…………」
少女は、何かプリントの入ったダンボール箱を抱えていた。別に何につまずいた訳でもないのに、それを取り落としてしまって、廊下の上にプリントが散らばった。
私は放心状態から回復して、散らばったそれを拾い集めるのに協力する。プリントの正体は、何かの曲の楽譜だった。なら、彼女は吹奏楽部辺りだろうか。
「大丈夫?なんかぼーっとしてたみたいだけど」
「……ゆうは、大丈夫です。ただちょっと、疲れていただけで」
「部活で?……私も。あっ、そんな自分語りいらないよね」
隙あらば自分語り。空虚な人間ほど、自分のことを語って、人に認めてもらいたがるものなのかもしれない。それとも、同類と思わしき彼女と、傷の舐め合いをしたかったのか。
「ゆうは、白羽悠里っていいます。吹奏楽部の一年です」
「あっ、うん。私は二年の立木ゆたか。……第二、手芸部だよ」
まさか、いきなり自己紹介されるとは思っていなかったから、どう答えればいいのかわからなくなってしまった。でも、第二手芸部と言って顔色が変わらなかったから、それがどんな部活かはわかっていないのだろう。相手が一年生で助かった。
――白羽、悠里。その名前を聞いて、なんだかすごくそれっぽいと感じた。木のように身長が高いばかりの私とは違って、白い羽のようにふんわりとした髪。儚げで可愛らしい外見。どこもかしこも私とは正反対で。でも、同じようにつまらなそうにしていた。
「立木先輩、ですね。……あの、ゆうが何かおかしいですか?」
「うっ、ううん。ただ、ちょっと……」
「ちょっと……?」
……どうしてこうも、この子は無邪気に私と接してくるのだろう。身長差があまりにもあるから、下から見上げられると、絶対に答えないといけない、という義務感を覚えてしまう。でも、こんなことを二次元ならともかく、リアルの女の子に言っても引かれないだろうか。いや、確実に引かれるだろう。
「可愛い子だな、って」
ナンパかよ。しかも女が女に。いや、男が彼女にするより、まだ事案性は低い気もするけども。
「っ……!?そ、それって…………」
「ナンパじゃないです!事案でもないです!!」
「ゆうのこと、褒めてくれているん、ですか?」
「ほ、ほめっ……まあ、褒めてるけども。外見を」
墓穴を掘る。意味、自分にとって不利な状況を作る要因を、自ら作ること。類義語、自分の首を絞める。
「ゆうの外見が、いいんですか!?」
「うっ、うぁっ、そのっ…………」
な、なんだこの子、なんでこんなにぐいぐいと来るんだ。というか、儚げな見た目とか言ったけど、めっちゃアグレッシブでタフいだろ、この子!
「まあ、その、今は性格とかわからないし。でも、すごく奇麗で可愛いな、って」
性格はちょっとわかってきてしまった気もするけども……。
すると、白羽ちゃんは表情をぱーっと輝かせて、私の体に飛びついてきた!?
「ゆた先輩!ゆた先輩、ゆう、ゆた先輩のこと、大好きです!!」
「えっ、ええっ!?」
あかん、この子なんなん?不思議ちゃんってやつか?そして、それでも、ものすっごい可愛いんだけど。小さな体して、私の体によじ登ろうとしてきて、蹴落として反応を見たいような可愛さをしているんですけど……!!
「ちょっ、ちょっと待って、白羽さん。私とあなた、出会ってまだ五分だよね。五分で告白って、ちょろ過ぎワロタっていうか、世のラノベちょろいんもびっくりって言うか…………」
「出会って五分で友達じゃ、ダメなんですか?」
「……あっ、ああ、友達、だよね」
死ね。一回死んどけ、私。
「こ、こほん、そっか。うん、友達なら、うん」
「ゆうのことは、悠里って呼んでください。ゆうでもいいですよ?」
「……じゃあ、悠里ちゃん」
「ちゃんはいりません。ゆうもゆた先輩って言うんで、ゆたちゃん先輩じゃないので」
「私の方ではゆた先輩に関してゴーサイン出してない気がするんだけど……。ま、いいや、悠里」
「はいっ、ゆた先輩」
……なんなんだ、この子。
もう一回言おう。なんなんだ、この子。さっきまで、あんなにつまらなそうな、人形のような目をしていたのに、こんなに嬉しそうに目を輝かせて私に飛びついてきて……こんな、出会って間もない、お世辞にも優しそうには見えない上級生に対して、なんでこんなに懐くことができるんだ。
私が何かしたのか?ただ、見た目が可愛いなんていう、そこら辺の男がいくらでも言ってそうなセリフを吐いただけなのに。なぜ、こんなにも彼女の琴線に触れてしまったのだろうか。
――わからない。でも、わからないけども、私はこう思った。
めちゃくちゃ可愛いな、この子。
可愛さは罪である。武器である。簡単に人ひとりを陥落させてしまえるのだから。
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