No.920187

金魚の蘇り

zuiziさん

オリジナル小説です

2017-08-28 00:57:00 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:440   閲覧ユーザー数:436

 飼っていた金魚が死んでしまったので何とか甦らす方法を探していると、知り合いに生き物を甦らすことの出来る技術を持った人がいるという話を聞いてその人のところまで行った。

 知り合いの曰く、生き物を甦らすことができるのだけれども、それは一時間ぐらいしか持たず、一時間が経ってしまうと生き物は透明になっていなくなってしまうのだという。私は一時間でも構わないからと金魚を連れて行った。その知り合いは死んだ妹を連れて行ったということだった。透明になっていなくなってしまった時は変な言い方だけれども胸がすいたような気持がしたという。

 自転車で三十分ぐらいかけて走って言われた住所へ着くと、技術者はぼろぼろの平家に住んでいて窓の鉄格子に朝顔の蔓がたぶん意図的でなくて勝手に絡んでおり、万事そんな様子であちこち傷んでいて、窓から見える風呂場の隅には雑草が生えていたから、肝心の技術の方はとても期待できまいと思っていたけれども、ごめんくださいと言って入って行った先の本人はガラクタばかりの居間のちゃぶ台の前に居住まい正しく落ち着いていて目がすっとしてこちらを見据える時は射抜かれたような気持になって落ち着かない。大した人品骨柄卑しからぬ紳士であるように思われた。

 それでお祭の縁日で金魚をすくった時にもらうような透明のビニール袋に入れて持ってきた金魚の亡骸を見せると、ビニールの中で金魚はすでに崩れかかっていて白いぶよぶよしたものがビニールの中に散らばっていて、はがれた金色の鱗が技術者の部屋の窓から差し込む明かりに照り映えていて、自分はこの美しい鱗と一緒に長い間過ごしてきたけれどもとうとうこの金魚にはこの鱗の美しさで目を慰めてくれた以上のことはしてやれなかったなあと思うと悲しい気持ちがして思わず涙をこぼしてしまうと、技術者はご愁傷さまでございますと言って焼香盆を持ってきて焼香をするので部屋の中に伽羅の匂いが立ち込めた。

「この金魚の蘇りをお願いしたいのです」

「分かりました。一時間ほどお時間をいただきます」

 そういって技術者は私からビニール袋を預かり、手術で使うような銀色のお盆に載せると、その上にビニールの中身を空けて、金魚の蘇生に取り掛かる。

 技術者は言う。蘇りの技術に必要なのは部品です。我が工房にはいろいろな部品を取り揃えておりますと言いながらテプラで“金魚”と名前の貼られた標本棚みたいな棚にやたらと小さな瓶の入った棚をガラガラと引いてきて、例えばこれは金魚の浮袋ですと言って紫色に着色された瓶の中から浮袋をピンセットで摘まんで私に見せてくる。この金魚の悪い部分をみんな取り換えてしまえば金魚はまた元に戻る算段です。

 しかしそんな玩具ではないのだから悪い部分を取り換えたからといって金魚が蘇るわけはないのではないかと思いながら技術者の鮮やかな手さばきを見ていると、メスとピンセットと注射針と針であっという間に金魚を腑分けしてしまうと、腐れた器官や膨らんだ器官を選り除けて瓶の中から新しい臓器をピンセットで摘まんで手術用の生体糊で金魚のしかるべき場所にぴたりぴたりと嵌め込んでいくのは実に速やかで目にもとまらぬ早業である。

 そして小一時間もしないうちに金魚を元のような形に縫ってしまうと部品の交換はもうお終いでこれで金魚は蘇りましたので水に入れてみましょうという。

 部品を交換したからといって金魚は動き出すものではあるまいと最後まで疑いの目で見ていると技術者の家の水槽の中に入れた金魚はすいすい動き出し、蘇ったことが分かる。

 私は技術者にお礼を言っておいくらでしょうと聞くと、小一時間ほどしか蘇りませんからと言って雀の涙ほどの値段であったので私はその三倍の金額を無理において帰った。

 やはり夜店で買うようなビニールの袋に金魚を入れて道中でもその金魚を眺めながら元の金魚と全く変わらないように見えて技術者の技術の本物であることに驚き、それから金魚の色の鮮やかに映えて美しいことを見てほろほろと涙し、技術者のところへ持って行って良かったなあと心から思う。

 でももうすぐ一時間が経ってしまう。家へ帰って元の水槽の中へ金魚をさっと離すと、金魚はびっくりしたように動き出して、けれどもちょっと動いたと思ったらすぐに見えなくなってしまって、水草の陰に隠れたのかなと思ったけれどもそこにもいなくて、ずっと探したけれども水槽をひっくり返したけれどもやはりいなくて、金魚はどこにもいなくなってしまった。

 一時間で消えるのは本当なのだなあと思い私は悲しくなって、ちょっとだけでも動いていたのが返って悲しいような気がして、技術者のところへ持って行ったのがいけなかったのかなと思うけれども、技術者は嘘を言ってはいないのだからそれも変な言いがかりで、結局死んだものを蘇らせようとしたのが間違いだったのだと思って、その晩は毎日食べる焼き魚を食べないで白米だけ食べて夕飯を終えた。

 


 
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