No.91880

NAMELESS WORLD

ざとさん

戯言シリーズの二次創作作品です。一昨年の夏に執筆しました。
批評ありましたらどうぞよろしくお願いします。

2009-08-27 16:45:55 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1367   閲覧ユーザー数:1280

名前なんていうものは

 

個体識別名称に過ぎなくないか?

 

 

 

 

 

NAMELESS WORLD

 

 

 

 

 

 反復という作業だけに止まらず、言葉を操る動物は人間だけだ。

 石を石と呼び、風を風と呼び、星を星と呼び、水を水と呼ぶ。その個体識別に懲り固まった世界の中で、甘んじてそれを利用する種別と相反して笑い飛ばす種目の二つ。名前を必ず要として、それある限り敗けを知らない戯言遣い。名前を不必の要として、あるともなくとも刃を振るう殺人鬼。

「あまりに正反対で、だからこそあまりに同一な存在だ。だよな欠陥?お前は俺の鏡面で、俺はお前の水面な事は既にいろんな方面に知られきっちまってる事からも明白で明確で確実な事実なわけだ。お前は欠陥、俺は失格。失格よりは欠陥を、欠陥よりは失格を選んだ俺達らしい立ち位置だ。お前のことだ、俺がなんでわざわざ京都くんだりまで出向いた上に、お前の帰りを健気めいて待っててやったか勿論承知の上だよな?それを汲んで敢えて言おう。なぜならお前は立ち尽くしたままムツゴロウの目をした状態で話もなにも切り出さないからだ。だからせめて簡潔に言ってやろう」

 目の前で思いきり指を突きつける人間失格は、得意気に。さも当然の要求とばかりに口と突きつけた手を開いた。

 

 

「鴉の濡れ羽島の土産を寄越せ」

 

 

 僕の後ろで、市バス50番が灰色のため息を吐いた。

 

 

 

 場所は千本中立売の登りのバス停。学校という名の労働義務を終えて、珍しく市バスに揺られて帰ってきたその瞬間。

 降りる人間は少なく、乗る人間の多い、微妙に流行っているのか分からない喫茶店前にあるこのバス停の降車場所に、扉開閉と同時に指を突きつけこの失格は立っていた。

「何を言ってるんだ零崎。ぼくがイリアさんの所有するあのユートピアに行ったのは、お前と出遭う前の話だぞ」

「かははっ!バカ言ってんじゃねぇぞお前。お前がメイド喫茶の店員に引き摺られて連行されたのはもう分かってんだよ」

「一つ訂正するならば彼女はメイド喫茶の店員じゃなく、現代に現存する貴重で記念な本物のメイドさんだ。あんなチャラチャラしたウエイトレスと一緒にするな。ところで…………ぼくはお前にそんな事を言った覚えはないぞ。それどころか、狐さんの一件以来一度も連絡さえしなかったじゃないか」

「あぁ。赤い最強のねぇちゃんがな、わざわざ俺のいた横浜中華街の中の、俺の立ってた場所から一番近い公衆電話に連絡くれて教えてくれた」

 ……潤さん。

 近頃の若者的にいうのなら、ここの気分はオーアールゼットと入力して知り合い連中にばら蒔きたい感じなのだろうか。とはいえ、ぼくはメールなど使えないし、あの記号の意味も知らないままなのだが。

「なんで潤さんはお前にわざわざ教えたんだ?確かにあの人には一応の留守を頼んだが、お前にまで言う必要はなかっただろ?」

 珍しく、あの一件以来ここしばらくは平和な時間が流れている。殺人事件もなく、通り魔事件もなく、脱出作戦も密室殺人もなく、人食い事件もなければ名探偵の出番もない。

 そんな絵に描いたような普通で平和な時間の中に、わざわざ準備万端な火炎瓶を投げ込まなくてもいいようなものなのに。

「お前の周囲を引っ掻き回してやれと言われた。面白そうだなと思ってよ」

「…………平和に過ごすこのぼくの平凡で普遍な毎日にピリリとスパイスを効かせてやろうという、あの人の有り難い心中は察した。だがお前はそのまま帰れ」

 変わることない平凡な日常。だけど元からハバネロ味、みたいな。

 …………無理を承知でやってみたが、やはり無理だったか。

「なんだ、つれねぇな。せっかくなんだ、そこのマックにでも入るか?積もる話はねぇが、たまにゃあのんびり茶でも飲もうぜ」

「仕方ないな。マクドナルドなら懐も痛まないし、付き合ってやろうか」

 もちろん土産なんて持っていないと言い放つ言葉に、お前はそういう奴だと失格者がかははと笑った。

 

 

-----

 

 

 結局、目の前には100円均一のメニューが並び、バーガー3つ、アップルパイ2つ、Sサイズドリンクが3つが机上を飾る。

 ちなみに、ぼくの分はコーヒーのみ。

「…………零崎」

「うん?」

「いや、言うまい。お前は好きに生きろ」

「かははっ!もともとだってぇの!!」

 フライドチキンをはさんだバーガーにかぶりつきながら、蓋をはずしたコーラを飲む。ここまでくるといっそ立派なもんだと讃えてやりたくもないが、それにしても定着しすぎていて情けなくもなった。

「おぉ、そうだ。最強のねぇちゃんから聞いたか?狐の手下でお前が苦手にしてたってヤツ、京都から別のところに移動したってな」

「あぁ、ノイズ君か。らしいね。絵本さんの腕もなかなかじゃないか。あれだけ派手に吹っ飛ばされて、後遺症が一つもないなんて奇跡の業だよ」

「…………あの女、ホント怖ぇんだけどなぁ」

「そうかな。ぼくは好きな部類だけど」

「趣味悪ぃ!お前、それはないだろ!!」

 その言い方こそ失礼だと思うのだけど、まぁ相手が零崎ということもあって見送って放り出す。それにしても、ノイズ君か。

「ぼくにとっちゃ、彼の方が恐かったけどね。お前とは違う意味だけど」

 明確な名前を持たない、唯一の武器を無に帰す存在。反感を承知の上で答えれば、実のところ潤さんが彼を思い切りよく跳ね上げてくれた事で対決を逃れられて正直ほっとした。空間作成されたたったあれだけの時間でも戦慄したのに、もしも彼に澄百合学園内を案内されていたらと思うとゾッとしない。

 それを考えると、絵本さんを本気で恐がりながらあれだけの期間を一緒に過ごした零崎には感服の念を抱かずにはいられない。

「ともあれ、あの件に関しちゃお前には拍手を送りたい事だらけだったよ。失格ながら実に天晴れだった。そうだ、今度絵本さんも誘ってミスタードーナツにでもお祝いに行こうか」

「鬼か、お前は!」

 人でなしに人でなしと叫ばれ、ぼくは笑い、零崎は笑わなかった。

「……ったく。で?お前がそいつの事苦手なのって、やっぱ名前?いつだったか言ってたよな、恐いものはいない人間だとかなんだとか。大塚英志かお前は。それともあれか?出夢じゃねぇけど西園伸二か?小林洋介か、雨宮一彦か。掴みどころがないってなぁ分かるけどよ、結局は同じ人間だろ?お前の戯言が通じないってのは、お前がそう思い込んじまってるから効果が現れないって言う典型事例じゃねぇの?俺はお前の戯言なんて使えねぇけどよ、それでも全部同じだって事くらいは分かってんぜ」

 生きていると言う事は、総じて死ぬと言う事だ。

 その言葉に、ぼくは苦笑しか返せない。

「そうかもしれないよ、零崎。だけど、それはお前が失格だからこその総纏めだ。失格だからこそできる総決算だ。人間は殺せば死ぬ。確かにそうかもしれないよ。不死身であろうとも殺せば死ぬんだ。それは、このぼくが目の前で目撃した。だけどそれは獣の本能だ。人間はすでに頭がガチガチに凝り固まってしまっているからね、殺し名や呪い名ほど単純な見分け方ができなくなってしまっているんだよ。そして言葉って言うものを、反復と言う技術のみならず巧みに扱うのは現在のところ人間だけだと色んな研究者が口を揃えて言っている。もちろん、これにしたって玖渚機関やER3に言わせれば愚答かもしれないけどね。その中で、名前と言うのは至極簡単な識別システムでさ、例えばお前の零崎人識という名前。文字にこう書くだけで、お前一人を限定できてしまう。殺し名呪い名には同じ名前なんてのは存在しないだろうけど、一般人にしたところで、そうそう知り合いの中に同姓同名がいる経験なんていうのはないからね。ただ一人を限定するためのシステムなんだ。遠くから名前を呼ぶだけで、足を止める、振り向く、びくりとする。そういう反応が返ることこそ、戯言の最初の一歩なんだ。ところが、名前を持たない人間にはそれが通じない。そこに存在しない人間と同様だ。いないんだよ、そんな人間は。だから、いない人間に戯言は使えない。ぼくにとって、こんな脅威は他に存在しないんだ」

 もっとも、こんな事はどうでもいい人間にとっては本当にどうだって構わない、まさに戯言に過ぎないんだろうけどと飄々と言い放つと、零崎は呆れたようにアップルパイの最後の一切れを口に放り込んだ。

「相変わらず傑作だよなぁ、お前の戯言もよ」

「いやいや、君の傑作こそまさに戯言に等しいよ」

 言い合い、笑って、席を立つ。既に普段の夕飯の時間を過ぎていた。

 崩子ちゃんが膨れっ面で座ってないことを祈っておこう。いや、その横にニヤニヤと笑って座る奈波がいないことこそを祈るべきか。

「さて、じゃあ俺はそろそろ帰るわ。力の限りって訳じゃねぇけど、邪魔できたし普通にくっちゃべったし」

「そうだな。で?お前今日はこれからどうするんだ?」

「んー……そうだな。このまま千本通りを南に行って、四条大宮から嵐電に乗り換えて太秦か嵐山辺りにでも行ってみるかな。太秦映画村には、なんと仮面ライダーが来るらしいし」

「安心しろ、あそこは1年のほとんどの期間ヒーローのなにかがある状態だ」

「そうか。ま……もう会わねぇかな」

「この前も、そう言って別れたんだけどな。……今度こそ、かな」

「腹減ったら寄ってやるよ」

「だからそのキャラ辞めろって」

 零崎は笑い、ぼくはやはり笑わなかった。そのまま手を挙げて、じゃあなと交わす。見送る事もせず、踵を返した瞬間に。

「おい、欠陥!」

「何だ、失格」

「かははっ、返事してやんの」

 戯言に気をつけなと笑う言葉に、苦笑ばかりが口をつき。

「……まったく、傑作だよ」

 初めて零崎に戯言を使われたその感慨に、暗くなった広い空を見上げ、ぼそりと小さく呟いた。

 

 

 

「名前なんていうものは所詮、固体識別名称にしか過ぎないんだよ」

 

 

 

---了.


 
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