No.917438

C92新刊本文サンプルその2「文月の二八」

FALSEさん

1日目ヤ-57a「偽者の脳内」にてEX三人娘メインの読切小説を頒布します。怪しげな研究を始めるために(主にぬえが)引っ張りまわされる物語になりました。
続きは会場にてご確認ください。

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2017-08-06 21:27:02 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:1112   閲覧ユーザー数:1110

 

 あのあと、フランが何を私らに話したかは、よく覚えていない。

 そもそも命蓮寺を抜け出してここに拉致られるまでの間、私は一睡もしていなかったのだ。さんざ紅魔館の中を引っ張りまわされたあげく白蓮にまで見放されたとわかった時点で、私のヒットポイントはあと一点ダメージを受ければ戦闘不能という状態にまで追い込まれていた。そこにきて、調子に乗ったフランの講義が始まっちまった。やれ肉体の組成がどうの、魔術式がどうのという話は門外漢な私には難解すぎた。

 ちなみにこいしは黙って聞いてたみたいだが、わかってたかどうかは、定かではない。

 まあ、とにかく。容赦なく痛恨の一撃を脳天に叩き込まれた私は防御の甲斐もなくその場に崩れ落ちて、二度と目覚めることはなかったのである。

 少なくとも、何時間かあとまでは。

「ほら、さっさと起きなさい。もうだいぶ日が高いわよ!」

 罵声とともに飛んできたものを、私は突っ伏した体でもって受け止めた。まあ完全に寝落ちしてたわけで、避けようなどないのだけれど。

 布の感触を感じた私はしぶしぶ頭を上げて、まとわりつくそいつを振り払った。

「早く着替えなさい。終わってないのあなただけなんだから」

 着替える? なるほどそいつは確かに服かなんかのようだ。するとあれか、白衣か何かか?

 広げてみた。白くなかった。なんぞフカフカした上着だ。それにスカートと……エプロン? しかもヒラヒラがいっぱいついている。

「ちょっと待て。これメイド服じゃないのか。これを着ろと?」

「その通りだけど、何か?」

 顔を上げたところで、ぶったまげた。当のフランがメイド服である。赤白の配色が逆転した程度で違和感ねぇなぁおい。

 ちなみにその後ろでは、カインド三人とこいしがやっぱり赤色のメイド服で控えてたりした。

「さあ、急いで。初動の遅さは心象に響くわ」

「いや、さっぱりわけがわからん。どういうことだかきちんと説明しろ」

「ええい、まだるっこしい!」きゅっ「どわー!?」

 私の一張羅が、ていうかワンピースだけが、綺麗に弾け飛んだ。一瞬で羞恥プレイを具現化しやがった、なんてやつだ。

「そのまま地上に出たくなかったらさっさと着替えなさい! それとも下着も『きゅっとしてどかーん』したほうがいいかしら?」

った、わかったから堪忍してください!」

 畜生、服が失われた以上目の前のメイド服を着る以外に道がないじゃないか。仕方なく私はマシなほうの羞恥を受け入れる道を選ぶのだった。

 うーん、羽を通す用にきっちり背中が開いた作りになってやがる。妖精メイドが多いこの館ならではだな。悔しいことに着心地もそんな悪くないときている。

 だらだらと着替えを引き伸ばしつつ、私はフランの怪物めいた力に思いを馳せた。昨晩部屋の前で見せられたできそこないを木っ端微塵にしたのと、私の服だけをご丁寧に木っ端微塵にしたのとで、どうにかフランの「きゅーっとしてどかーん」すなわち「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」の正体がおぼろげながら掴めてきていた。

 片手を握るモーションでもって、無機物でも生き物でも跡形もなく破壊する。とんでもない能力だ。吸血鬼ってやつは鬼とついてるだけに、奇想天外な力を使えるやつもいるもんだな。

 まあしばらくは逆らわんほうが無難だろう。命蓮寺にいることもバレてるし逃げるわけにもいかん。とっとと友達作りに飽きるなり挫折するなりしてくれりゃいいんだが。と、そうこう考えているうちに正体不明のアンノウンメイドが誕生してしまった。

 かなり不本意だったが、フランは満足そうにしていたのでよしとする。

「それじゃあみんな、活動開始よ」

「開始するのはいいんだが、どうしてメイドの格好するのかくらいは教えてくれないか」

「研究のために必要なこと!」

 いや、私はその詳細を教えてくれって言ってんだけど。フランは聞き返す前に歩き出すもんだから、私らも着いていく以外にない。カインドはただ、整然と付き従うばかりだし、情報を聞き出せそうな相手といやあ、もうこいしくらいだった。

「お前は何か聞いてないのか。メイドの格好して私らは何をやらされる?」

「メイドの格好ですることなんていったら、一つだけじゃなーい?」

「私はそれと研究がどう関係するのかって聞いてんの!」

 そしたらこいしのやつ、私をガラス玉みたいな目で見ながら無言で首を傾けるばかりだった。駄目だ、こいつもあんまりあてにならん。

 そうこう言ってるうちに、鉄扉を開けて外に出た。窓の少ない通路だが、それでも太陽の光がカーテンのすき間から差し込んでいくぶん明るい。

 その通路にもご多分に漏れず何人か妖精メイドがいて、掃除をするか掃除のふりをしていた。そいつらが私らに気がつく前に、フランが声を張り上げた。

「メイド諸君、おっはよーっ!」

 妖精どもが文字通り縮み上がって、フランドールをおずおずと見た。気の毒にな。

「お、おはようございます、妹様」

「しばらくの間、館内の執務に加わるから。困ったことがあったらなんでも言って。いいこと?」

「も、もったいのうございます」

 メイドどもは揃って愛想笑いだ。仕方ないよなあ。

 ……しかしメイド服で館内の執務ときたら、やることは、あれしかないわな。

「あの、妹様? この辺は私どもで事足りておりますので、別の場所を回っていただければと」

「あら、そーお? よし、集団でうろつくのも筋が悪いわ。あなたたち、散って作業なさい」

 私とこいしがビシビシされた。

「えーと作業というのは? 要するに掃除とか、メイドの仕事を?」

「わかってるじゃないの。ほかのメイドたちには私の助手であること、きちんと伝えるのよ」

 言うが早いか、フランはずんずん歩き出した。カインドは兵隊みたいに続いていく。

「お前らは集団行動かよ」

「カインドは、融通がきかないのよ。一通り指示と配置が終わったら、私も作業に入るから。いいこと、くれぐれも怠けてちゃ駄目よー? 心象が悪くなるから」

 ……行っちまいやがった。結局メイドの仕事と研究がどう関係するのかはわからずじまいか。

「お前はどうするんだ……」と、傍らを見たら。「って、いねえし!」

 ちょっと目を離した隙に、忽然といなくなっていた。

 ……誰が?

「あの、なんで一人ツッコミなすってるんです?」

「いや、ここにもう一人いなかったか。私と同じくらいの背格好をした妖怪が」

 妖精メイドどもは揃って首を傾げた。

「ここにいたのはあなた様と、妹様だけだったと思いますが?」

「そんなはずは……いや、いい」

 頭をがつんとやって、どうにか思い出した。そうだ、こいしだ。

 あいつもフランほど直接的じゃないが得体が知れん。私の記憶からも消え去ろうとするとは。

 まあ、おおかた逃げたのだろう。友達には興味あったんだろうがメイドには興味がないと。

 私は早々に捜索を諦め、妖精メイドどもに尋ねた。

「館内の見取り図的なもんはないのかい。昨日も行き倒れメイドを見たが」

「ええと、そうですねえ。適当に歩いてれば行きたい場所にに行き当たるかと」

 やれやれ、こいつらもろくにこの館の構造を覚えとらんらしい。こんなありさまで、よくもまあ館のメンテナンスが成り立つものだ。

 では、本当に適当に歩いてみよう。まずはフランの地下室から出て右隣の扉を開けてみる。

 全く別の廊下が扉の向こう側とつながっていた。館の構造なんてものおおよそ無視したこのつながりかたは、昨日から変わらない。

 ここから扉を閉じて開けると、別の空間につながるという仕掛けになってるんだったな? よろしい、この次元迷宮の正体、解き明かしてくれよう。

 まずはメモと筆記具を準備。どこに隠してたかは聞くな。白紙の一ページに横長の長方形を描き、これを①と名付けた。フランの地下室への入り口とこの扉の位置、そしてその他の扉もなるたけ正確に書き記してやった。

 で、今開けた扉の向こうを②とする。①はフランの地下室があるからいいとして、②は何を目印にするか……マーキングの必要があるな。

 手頃な燭台を見つけて手を差し伸べると、蛇の姿をとった我が使い魔が指先から飛び出して燭台に飛びついた。私の「正体不明のタネ」は見るものの認識を狂わせて、燭台を正体不明にするわけだが……メイドどもはここにあるのが「燭台」だとわかっているのでさしたる影響はあるまい。私だけがここにタネが植わってるのがわかるというわけだ。

 あとはタネを植える場所やものを部屋、通路ごとに別々にしてやれば、私だけが使える秘密マッピングシステムの完成というわけだ。オーケー。すげえ。今の私は冴えている。

 正体不明のタネはその気になれば千でも万でも出せるので、マーキングにはこと欠くまい。となればあとはメモ帳のストックが足りるかどうかだが……まあ、やってみるか。

 扉を開ける。タネを植える。メモを書く。開ける。植える。書く。

 開ける。「きゃーっ!?」「あ、ごめん」閉める。書く。

 開ける……鍵かかってる。書く。開ける。植える。書く。以下繰り返し。

 ……いや多すぎないか、これ。部屋数、通路数が尋常じゃない。なんの脈絡もなくメイドの私室とかに出ることもあるし。メモが一枚あっという間に埋まってしまった。

 あ、更衣室発見。何人かサボり妖精メイドが駄弁っていたが、私の姿を見るなりそそくさと逃げていった。失礼なやつらだ。

 そんな感じでマッピングは進んでいったが、すべて周る前に日が暮れちまうんじゃないか。結局研究とどう関わってんのか全く謎のままだし。うーむ、やってて虚しくなってきたぞ。

 さて次の部屋は……おお、明るい。開けた格子越しに青空が見えた。いつの間にやら私は、階上のベランダにまでやって来ていたらしい。

 下にはだだっ広い庭園が見えて、何人かの妖精メイドが植木の剪定や剪定のふりをしていた。頭にくるほど平和な風景だ。さすがにここから別の空間につながることはなかろうから、外に飛び出せば逃げられるかもしれん。そのままほとぼりが冷めるまで身を隠すってのも……

「おや。なかなか様になってるじゃないの」

 ……先客がいやがったか。横を見りゃ、レミリアがテーブルの上にカップなど広げて、茶をたしなんでいた。当然その隣には咲夜が控えてもいた。

「吸血鬼ってやつは日光を嫌うもんじゃなかったのかい?」

「太陽への反抗を現わせるこの空間を私は気に入ってるの。さすがに今日は朝ふかしが過ぎたけどねえ。運命的ななんかを感じて、ついこの時間までお茶を楽しんでしまったわ」

「私の無様を眺めるなんて、チンケな運命だな」

 まあ、それはそれでちょうどいいや。聞きたいこともあったしな。私はモップをかついで、レミリアに詰め寄った。

「お前、自分の妹にどういう教育をしてるんだい。研究の助手だかなんだか知らんが、今日は身ぐるみ剥がされてこのざまさ。まるで脈絡がないんだけど」

「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着きなさいな」

 と、向かいの席を私に勧めてきた。すぐさま咲夜が新しいカップを取り出し、甘い香りのする茶を注いだ。こうなりゃ私も開き直って、席にどっかと腰掛けるしかない。

「紅魔館特製のカモミールよ。寝る前はこれって決めてんの」

「それで、あいつは私らに何をさせようとしてるんだい。あんた何かけしかけたのか」

「別に、そんなことはないよ?」

 レミリアは私を焦らすみたいに、クソのんびりと茶をすすった。

「私はただ、フランには立派なレディになってもらいたいだけよ。紅魔館にふさわしい、ね」

「あいつの怪しい研究がレディとやらに近づくためのものとは、とても思えないんだけど」

「そうだねえ。実のところあれも、私的には止めさせたいのよね。だけどフランにはどうにも、その気がないらしい。まあ、しっかりしつけてやってよ」

 レミリアがガタンと椅子を揺らす。

「私の疑問はまだ解消してないよ」

「悪いけどもうお眠の時間でね。飲み終わったものはあとで咲夜が片付けるから、そのままにしておいていいよ。あと、それから、それね」

 やつが指差したのは、私が持ってたメモ帳だ。

「熱心なのはいいけれど、地図を頼りすぎるのは止しといたほうがいい。咲夜は気まぐれで、たびたび館の中をいじくるからね」

「あんたそれよく許可していられるな!?」

 レミリアは咲夜を連れて、けらけら笑いながらベランダをあとにした。

 まったく、姉妹揃ってよくわからんやつらだ。私はほどほどに茶を飲み干すと、マッピングの続きに戻ることにした。将来的には役に立たなくなるかもしれないが、すぐではあるまい。

 書く。開ける。植える。書く。以下同文。

 結局レミリアを問い詰めるどころか、やつの言葉のせいで余計にこんがらがってしまった。レディを目指すのとこのメイド姿と、フランの研究とにどういう関わりがあるってんだ。

 鬱々とした疑問を抱えながら私が扉を開けると、妙にカビ臭い風が向こう側から吹いてきた。

 こちら側とだいぶ空気が違うな。扉の向こうはフランの地下室のとよく似た階段だ。降りていってみると、まあ、またまたぶったまげた。パチュリーの地下図書館に足を踏み入れたのは、その時が初めてだったからね。

 フランの部屋にもかなりの数の本があったが、ここに比べたら千分の一にすらなるまいよ。命蓮寺の三重塔よりも背の高い本棚が、迷路みたいに並んでやがった。蛍みたいな灯りに照らされた館内はまさに本の森って風情で、どこまで続いているのかもまるで見当がつかない。

 で、そのあるじはといえば本棚の森の真ん中にでっかい机を置いて、さらには山ほどの本を積んだ真っ只中に埋もれて自分自身も本を読んでいた。

 私が近づいてくとパチュリーは見向きもしないで、吐き捨てるようにこう言った。

「招かれざる客が来たわね。ゲストといえど蔵書の持ち出しは許してないわよ」

「荒らしが常在化してるかのような物言いだねぇ。妹様の部屋にはたくさん本があったけど」

「館内での使用で友人の妹だから、例外中の例外。本泥棒じゃないとしたら何、書架整頓班へ志願しに来たのかしら? おあつらえ向きのかっこうをしているみたいだし」

「書架整頓班? まさかとは思うが、そのマグロ一本釣り漁船みたいなやつのことかい?」

 パチュリーの後ろには、糸巻きが列をなしていた。とはいってもただの糸巻きじゃあない。一つ一つが成人の頭ほどはあるし、つる草みたいな紋様が彫られた金属製だし、巻かれた糸は太い鋼のワイヤーときた。時おりカラカラと引っ張り出されるその先は本棚の向こうへと消えていて、どこまで続いているのかまるでわからない。

「妖精たちには、アリアドネの糸が必要なのよ。これが設けられるまでの行方不明妖精数は、二桁じゃ足りなかったからね」

「この図書館にもマッパーが必要というわけか」

「ええ、それも継続的に。だけど、この図書館に限って言えばそれだけではないわね」

「と、いうと」

「ラビュリントスには、ミノタウロスが潜んでいるってこと」

 糸巻きの一つがガラガラガラガラ騒がしくなった。周りで作業していた妖精メイドやら、司書のなりを使い魔やらがいっせいに手を止めてぞろぞろとやって来た。

 一方のパチュリーは本のページを返しつつ。

「十三番リールを除いて作業中断、回収を急ぎなさい。捜索隊を大至急で組織して」

 妖精メイドどもがてんやわんやでワイヤーの巻き取りに取りかかる側で、パチュリーは依然として本に釘付けだった。

「大物がヒットした風のわりにはずいぶん冷静だな。何が出たんだ?」

「慣れてるもの。本に封じられた悪魔だったり、力ある書に触れて怪物に化けた紙魚だったり、まあいろいろ。あなた、腕に覚えはある? 捜索隊に志願する蛮勇はお持ちかしら」

「自分でやりゃよかろうに」

「荒事はあまり得意じゃないのよ。息が切れるし貧血になるし。それとも鵺妖怪も、直接手を下すのは苦手なのかしら?」

 お、煽りにきたな? この私の力量を測ろうというのか……いいだろう、挑発に乗ってやる。ただしこいつは特別労働だ、ただじゃあすませまい。

「そこまで言うなら、貧弱魔術師の代理になってあげるよ。ただし報酬はいただく」

「何をお望み?」

 私はモップをかなぐり捨てて、得物の戟を手に取った。どこに隠してたかって? 聞くなよ。

「あの吸血鬼姉妹の間に何があって、こんなヘンテコなことになっているのか教えてもらう!」

 私はワイヤー伝いに勢いよく飛び出していった。

 

 少なくともこの前の人間よか楽な相手ではあった、とだけ言っておく。

 

「私など介さなくても、直接レミィや妹様に聞けばすむ話じゃなくて?」

 私は足元でまだゲーゲーいってるそいつを、踵ですり潰して念入りに滅ぼした。

「それができれば苦労はしないが、妹様のほうは私の話など聞きゃしない。姉は姉で『紅魔館にふさわしいレディになってほしいだけ』などと意味不明な供述を繰り返してるし」

「レミィが何も言う気がないというなら、私が言う義理もないわね」

 パチュリーはそっけない答を返しつつ、新たなページをめくった。ぶれない女だ。

「つれないなぁ。せっかく骨を折ったっていうのに」

「この図書館では無数に起きてきた事件の一つ。今回はたまたまあなたが近くにいただけよ。だいたい私が話すまでもなく、ヒントならすでにレミィから出ているわ」

「ヒントねぇ。レディがどうのとかが?」

 パチュリーが再び、パラリとやった。

「あの子、レミィはね、運命とか因果とかそういうのをわりと重く見ているわ。そして誰かの言葉、自分の言葉でもってそれらに傷がつくことを恐れてもいる。だからあの子が必要以上に語らないのならば、それはきっと正しいのよ」

 ここで初めて、本がバタンとなった。やたら難儀してパチュリーが席を立った。

「私からの話は、これで終わり。少々取り込むからもう構ってあげられないわ」

「本読み以外に、どんな仕事があるってんだい」

「整頓班の調査報告聞き取り作業。これから読む本の情報を仕入れるのに必要なこと」

 と、列をなした妖精メイドどものほうへ行ってしまった。

 こりゃもうまともに取り合ってくれそうにないな。腕にものを言わせる野蛮さなどないので、私はとっとと退散することにした。なんでもかんでも力づくで片付けようとするのは、どこぞの巫女だけで十分だろう?

 しかし結局、いいように使われてしまっただけだったな。そう思うと階段を登ってるうちにどどっと疲れが押し寄せてきた。弾幕ごっこなぞより、不毛な情報収集のほうがずっとだるい。

 ああ。やっぱりフランを直接問いただすのが、一番の近道なのだろうよ。しかし、あいつはいったいどこをほっつき歩いているのやら。

 考えながら手近な扉を開けると、見覚えがある場所に出た。八角形をした大ホールだ。妖精メイドの一人が行き倒れになってた場所だから、よく覚えていた。

 するとホールの一角にあるひときわ大きな扉が、この館の出入り口というわけか。また別の場所につながってなきゃいいんだがな……若干の念を込めて、扉を押し開けた。

 太陽の光が、忌々しくも懐かしい。ついさっきベランダの上から眺めたのと同じ庭が、目の前に広がっていた。妖精メイドが仕事したり仕事のふりしてたりするのも変わらん。

 ああ、馬鹿馬鹿しさがぶり返してきたぞ。少し距離はあるが、このまままっすぐ行けば紅魔館の正門に着くだろう。そのまま門を出て、湖を渡り、遠く離れてしまえばフランだってそうやすやすとは私を見つけられまい。そんなことを考えながら、私は庭園を突っ切っていった。赤く咲き誇ったバラの匂いが頭にくるほど甘ったるい……

「おや。昨日妹様が連れてきた妖怪じゃないか」

 ……さっき似たようなシチュエーションに出くわした気がするぞ。横を見ると美鈴が、なぜか右肩にスコップと高枝切り鋏をかつぎ、左手に脚立を抱えて立っていた。全体的に泥臭い。

「お前の仕事は、門番じゃなかったのか」

「庭園の見回りも仕事のうちよ。手入れは趣味の域だけれど」

「左様で。門前をお留守にしても大丈夫なのか」

「代わりの子を立ててあるし、いざとなればすぐに駆けつけられるように、庭園中に気を張り巡らせているのさ。自慢じゃないがどこに誰がいるかも手に取るようにわかるのだよ。例えばこの庭園には庭師メイドが二十人。うち三人が裏手、五人が東側、四人が西側、五人の妖精と一人の妖怪が正面という具合にね」

 ……その一人の妖怪って、私のことかよ。うっかり逃げ出そうとしてたらこいつの足止めを食らっていたかもな。実行に踏み切る前に呼び止められてよかった。

「いやしかし、なかなか様になってるねえ。そうか、いよいよ妹様も例の計画へ本腰を入れ始めたということか。これから大変だろうがきっと妹様にはよい経験になるだろう」

「計画、ってなんだ?」

 すると美鈴ときたら、目ぇぱちぱちさせやがってさ。

「妹様から、何も聞いてないのかい?」

「なんの助手をやらされるのかはだいたい聞いているが、どうしてメイドなのかは聞いとらん」

「お嬢様がねえ、妹様に新たな試練を課したというのだよ。私も妹様からの又聞きだけれど」

 美鈴の肩の上で、スコップと鋏ががたがた鳴った。

「妹様の魔術研究には、さらなる設備の拡張が要るらしいんだ。それは聞いている? しかしお嬢様は財政難を理由に挙げて、妹様のおねだりに首を縦に振ろうとしないという」

「財政難ねぇ。この館のだだっ広さを見る限り、とてもそうには思えないが」

「維持費とか、いろいろあるのよ。とにかく、これ以上の設備拡張を許してほしいのならば、紅魔館にふさわしいカリスマを身につけよ……というのが、お嬢様の提示した条件なんだ。具体的には妖精メイドたちに広く顔を売りリーダーシップを発揮し、紅魔館の主人の妹として広く支持される存在になることというのが……おい、どうした? 茣蓙もなしに、そんなところでシエスタなどしたら服が汚れるよ?」

 私は、前のめりに地面へと崩れ落ちていた。このまま土くれにでもなってしまえ。

「そ、それでメイドか。そうか。それは知らんかったわ」

 両手両足で体を持ち上げようにも、力が入らない。フランが昨晩にさんざ語った友達作りの高尚さ難解さと、それを手に入れるためのメイド業の地道さ安直さにギャップがありすぎて、本当にもう、脱力感が果てしない。

「それで、どれくらい時間をかけてカリスマを手に入れるつもりなんだい、妹様は」

「さて。人心を掌握するというのは、古来よりそう簡単にはいかないものだからねぇ。なんの落ち度がなかったとしても一ヶ月や二ヶ月……下手すりゃ年単位の業となるやも」

「だろうねぇ」

 ようやく膝を体の下に潜り込ますのに成功、身を起こすことができた。さすがにそんな長きにわたってフランの下でこき使われるなんて、考えただけでも寒気がしたね。

 考えろ。千年にわたる屈辱の地底封印生活……鬼のパワーハラスメントに耐えてきた私が、またしても地下に骨を埋めるなんて冗談にもほどがある。

「あ、こんなところにいた。いったいどこほっつき歩いてたのよ」

 周りで作業していた妖精メイドどもがいっせいに身を震わせ、声のしたほうに目線をやった。美鈴はすでに庭師道具を地面へと下ろし、そちらに向かって頭を下げていた。

 フランは日傘を抱えて、地面にあぐらをかいた私にずかずかと詰め寄ってきた。

「カインドたちはみんな作業を始めてるのよ? なんでこんなところで休んで」

「やかましいわ!」

 瞬間的に、煮えました。ああ、これで死刑は確定かな。今生の別れだ、思う存分沸騰するぞ。

「お前こっちは半強制でメイド服着せられて迷路書くわお嬢様と茶をしばくわ図書館の化け物退治に参加させられるわ大変だったんだぞそれというのもお前がきちんと最初から説明しない一から十までのうち一から八まですっ飛ばして説明すっからわけのわからんことになってんだろうが切れたいのはこっちのほうだいい加減にしろ本当にゲッフゲッフゴホゲホ」

「落ち着け。とりあえず落ち着け」

 美鈴に背中をバンバンされた。息継ぎもしないでまくし立てたらむせちまったよ。

 で、フランはといや私を見下ろしたまま、目を見開いて固まってたんだが。

「……あー。なんか、ごめん」

「わかりゃいいんだ、わかりゃ……」

 とりあえず開き直った結果、極刑はまぬがれたくさい。心にも余裕ができてきた。ようやく立ち上がるまでに回復もした。

「それで、事情は庭師門番から聞いたんだけども」「紅美鈴です」「研究資金を分捕るために、カリスマを集めようってんだろう? 今のやりかたじゃ、どんだけ時間がかかるかわからんぞ」

「だ、だってしょうがないじゃないよ。どっから取りかかっていけばわかんなかったし」

「専門外のことになっちまうと、まるで機転がきかないんだなあ……念のため聞いとくけど、カリスマを集める手段については、お嬢様は何も言ってないな?」

「言ってないわ」

 私は一度、周りを見た。いや正確には、私らの様子をうかがっていた、妖精どもの顔をだ。フランの一挙一動に戦々恐々としている様子が伝わってきた。

 私の中で電流のごとく、一つの作戦が組み上がっていった。フランにおびえる妖精メイド、フランに瓜二つのカインドども、そして私の正体不明のタネだ。それらを組み合わせて起こる化学反応。いける気がした。こういういたずらを瞬時に思いついてこその私だ。

「つまり、どんな手を使ってもいいということだ。少し耳を貸しな」

 私はたった今即興で思いついた作戦を、フランに耳打ちしてやった。

 振り返ったフランの顔は、左右非対称だった。

「それって、ずるくない?」

「ずるくないどころか。誰がどう見たって疑いようのないズルさ。バレた時の反動もでかい」

「そんなの……」

「だが、うまくハマれば正攻法でやるよりはるかに短い時間でメイドどもの羨望が手に入る。お前はカリスマにこだわり、あんなに熱心に語ってた研究のことを後回しにするか?」

 フランが口ごもった。よろしい、やっぱり研究のことを盾にされると弱いな。

「……わかったわ。駄目元で乗ってあげる。でも本当に駄目だったら、向こう百年はあんたを本物のメイドとしてこき使ってやるんだから」

「おおせのままにしてやろうじゃないか」

 うむむむ、安請け合いが過ぎたかもしれないが、ちょっと面白くなってきたぞ。平安の都を荒らし回った頃に比べりゃ、まだまだイージーオペレーションだ。

 私は美鈴に振り返った……いたずらの軍団は多けりゃ多いほどいい。

「さてと、門番」「紅美鈴」「あんたは、お嬢様や魔法使いがぼかしてうやむやにしようとしたカリスマの話を、いともたやすく私へと明かしてくれた。つまるところ、あんたはどちらかと言えば妹様に与する側だと見たが、どうだい」

「うーん、味方と言えるかどうか。ただ、妹様がアクティブになさってるところを見るのは、普通に嬉しいかな」

「なら、よし。庭師も兼ねてるあんたを見込んで、頼みたいことがあるんだが」

 私の頼みごとに、美鈴もまた怪訝な顔をした。

「確かに準備できないことはないが……そんなものをどう使うんだい?」

「まあ、使ってのお楽しみってことで。なるべく早く頼むよ」

 フランの裾を引いて、動きをうながした。

「何を用意するの?」

「お前の部屋に、できるだけでかい鍋はあるか。あとはなるたけ細い糸を大量に。それから」フランの背中を見た。「針金もあるといいかもな。それから要らなくなったボンネットとか」

「たぶんあるんじゃないかしら。探してみる」

 例によって通路を行ったり来たりして地下室まで帰りつくと、フランは部屋の奥から食堂でそのまま使えるレベルの寸胴鍋を引っ張り出してきた。

「これで足りる?」

「ばっちり。まずはこいつで湯を沸かしといて、その間にほかの材料の準備だ」

「台所はあっち」

 案内されて部屋の奥に入ってみると、なるほど、炉に蛇口に流しに調理台と、料理に必要なもんが一通り揃ってやがる。しかもワンタッチで火が起こせるときた。井戸水をくみ薪で火を起こす命蓮寺の台所事情とは雲泥の差だ。

 台所で鍋に水を張って火をかけるのはあっさり終わってしまった。こんなのを個人で使えるなんて贅沢なやつだ……しかし、妙だな。

 だってそうだろう、この台所をさすがにフランが一人であつらえたとは思えん。あいつ自身も火や水の設備はパチュリーに準備してもらったと言っていた。

 それがどうして今になってフランに試練を与える? しかも研究とまるでかけ離れた内容の。

 鍋の水を眺めて考えにふけっていると、フランが鋼線の束を持ってきた。

「何に使うの?」

「これを土台にして、張り子を作る。ちょっと背中見せて」

 針金をフランの翼の長さに合わせて何本か切り出した。それとは別に針金の輪を翼の太さに合わせて準備。そいつを芯の代わりにして針金同士を結わえ、束ね合わせる。あとは翼の形を真似てちょいちょいと曲げていけば……と。

「どうだい、こいつに黒い紙でも巻けばそれらしく見えるだろう」

「確かに見えないことはないけれど。お羽はどうするの?」

「羽? ああ、羽ねえ、羽か」

 フランの謎中の謎、翼からぶら下がる七色の石ころを眺めた。見るからに石英の原石みたいななりをしていて、しかも薄ぼんやり光るときた。こいつを再現するのはなかなかことだが。

「ないよりはあったほうが、騙しやすくはなるだろうねえ。別の張り型を何個か作れば」

「実物より少なくてもいいんなら、使う?」

 フランから差し出されたものを見て、しばらく思考が止まった。その石ころはフランの羽、そのものだった……よく見たらフランの羽が一個取れていた。

「……取り外し可能だったんかい。取って大丈夫なものなのか、それ」

「一日も寝れば新しいのが生えてくるから、問題はないわね。カインドのもそうだから、あの子たちが戻ってきたら回収しましょう」

「お前がどういう生き物なのか、ますますわけわからなくなってきた」

 表で部屋の扉がカツカツカツと鳴った。出てみると、美鈴が片手を上げていた。

「頼まれものを持ってきたよ。これを使うといい」

 手渡されたのは両手に収まる程度の紙袋だ。開いてみると、独特な粉末臭が鼻を突いた。

「私が頼んだのは『黄色の染料になりそうな植物』だったんだが」

「植物だよ。印度由来の多年草ウコンの根を細かく刻んで乾燥させたものだ。古来より染料として使われている。香辛料としてストックしておいたものだけれど、作りすぎて年々使いきれなくなっていてね。せっかくだから活用してちょうだい」

「わかった。使ってみるわ」

 そこに、フランがひょっこりと顔を出した。

「ありがとね美鈴。この前言ってたシュトーレン焼いてみたの。夜勤の時にでも食べてみて?」

「おお、ありがたい。さっそく今晩からちょうだいいたします」

 ウコンの袋の代わりにフランから受け取った紙袋を持って、美鈴はほくほく帰っていった。

「仲いいのか、お前ら」

「それほどでも?」

 ……心底キョトンとした顔しやがったので、これ以上は突っ込まんでおこう。

 まあそんなことより、染料も届いた。

「糸の準備はできてるかい?」

「一応あるけど、こんなんで大丈夫かしら」

 フランは机の上に置いた糸巻きを指し示した。改めてみて、またしてもたまげた。

「絹糸じゃねーのか、これ。ずいぶんいい暮らししてんなぁ」

「素材に使うこともあるからね。機を織れる程度には分量もあるから、使って?」

 ちと細いのが気になるが材料としちゃ申し分なし。私はウコンと絹糸を持って台所に向かい、

 鼻歌混じりで寸胴鍋をかき混ぜるこいしを見つけて、盛大にすっ転んだ。

 いたな。そういやいたなこいつ。今の今まで盛大に無意識の彼方へ放り捨ててたが。

「……何やってんすかねぇ、こいしさーん?」

「んー、お腹すいて戻ってきたらお鍋があったから、食事の準備?」

「なんで語尾が疑問系なんだ……おいおい」

 鍋の中を見て再びの脱力感を覚えた。なんか見慣れない麺のような物体が沸騰する湯の中を泳いでいやがった。フランはといやその鍋の中身を見て、こいしに尋ねた。

「このパスタ、入れて何分くらい?」

「三分くらいだったかなぁ」

「ベーコンがあったかしら。手早くカルボナーラを作っちゃいましょう」

 ちょっと待てなぜそうなる。不満を表明しようとした私の前に、フランの手が割り込んだ。

「また沸かし直せばいいじゃない。まだ工作が残ってるなら、そちらのほうを先にやっておけば」

 下手すっと一番手間かかる作業なんだがな、これ。まあ私も小麦粉の匂いがする染物なんて作りたかぁないし、しぶしぶ応じることにした。ひとまずさっき骨組みだけは作った「翼」に紙テープを巻きつけ、それらしい形に整えるのに徹した。

 二本目の骨組みに取りかかったところで、部屋の奥から食欲を誘う油の匂いが漂ってきた。フランが一抱えはありそうな大皿を抱えて厨房から出てきた……どんだけ作ったんだ?

「鍋は今沸かし直してるから、改めて使って?」

 大皿がテーブルの上にゴトンとなるが早いか、こいしが取り皿に自分のぶんをよそいだした。こっちはどんだけ飢えてたんだよって話である。というか、今まで何をやってたんだ?

 まあ、紅魔館めぐりに時間を潰した疲れでもってこの匂いに抗うのは困難を極めよう。私はいったん厨房に入って糸とウコンを鍋に放り込み、食卓に加わった。

 皿いっぱいに、麺を盛ってやった。刻んだベーコンと一緒に、得体の知れない白いソースが麺に絡んでくる。こちとらあまり洋食の経験がないのだ。だが昨日のサンドイッチでフランの調理スキルが意外と馬鹿にできないのを思い知らされたので、もう驚かん、驚かんぞ。

 ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ。

 やだ何これ癖になる。白ソースがただ甘いだけかと思いきや、そうじゃなかった。麺の下味としてついた塩味、ベーコンの旨味、黒胡椒が絶妙な甘辛さをかもし出していた。

「ちょっと、あんまり音立てて食べるもんじゃないわよ、はしたない」

 調子に乗ってがっつこうとした刹那、フランからケチがついた。

「音は出るものだ、仕方あるまい? 麺はすするもんだろう」

「それは日本式のそばやうどんの話でしょうに。ロングパスタはフォークに絡めて巻きつけて、音を立てずに食べるものなの」

 と、よく見りゃこいしも皿の上でフォークをぐるぐるさせている。こいつフリーダムだけど、お屋敷育ちでいい暮らしはしてるんだったな……怨霊の渦巻く館、地霊殿で。

 改めてフォークを駆使し二皿目に挑もうとしたところ、扉が開いてカインドが入ってきた。やつらは食卓になぞ見向きもせず、部屋の端にびたっと並んだら動かなくなった。

 そういや、昨日も似たような感じだったな?

「あいつらにものを食わせる必要はないのかい?」

「ちょっと魔力を補充してあげれば、まるで問題ないわね。食べさせられないこともないのでしょうけど、そもそも食事を楽しいと思える心をもってないのよね。ねえあなたたち、本日の活動実績を報告してもらえるかしら?」

 するとカインドは、端から順に。

「五つの通路、八つの部屋をお掃除したわ。途中で会った妖精メイドの数は十二人」

「私は四つの通路と九つのお部屋。会ったメイドは十三人」

「六つの通路、七つの部屋をお掃除したわ。途中で会った妖精メイドの数は十一人」

「よろしい、順調に露出を増やしているわね? 次はメイドたちの反応も記録するようにしましょう。ところで私たちはこれからズルをするわけだけど、あの子たちに出番はあるの?」

「むしろ増えるだろうな。まず明日からの活動に向けた準備を手伝ってもらうか。あいつらはどうしたら私の言うことを聞いてくれるようになる?」

「私の口から作業の内容、やりかたを伝える必要があるわ。だから最初に私にそれを教えて?」

 よしよし、これで人手は確保した。疲れ知らずとなればなお都合がいい。

「ではあいつらには、翼の張り型作りを教えてもらおうか。それが終わったら『髪』を作る。糸の分量が多いからそこそこ手間はかかるぞ。根気が要る」

 食事が終わったところで、鍋で煮込んでた糸を取り出してみた。思った以上に綺麗な黄色が出た。なかなかウコンは大したやつだ。

 糸を乾かしてる間に、「翼」作りを指導する。まずは私がフランにやりかたを教え、それをフランがカインドに伝える。やつらの飲み込みはなかなか早かった。

 なもんでそこいらの作業はすべてフランとカインドに任せることにして、私は「髪」作りにとりかかった。乾かした糸を何百本かごとに束ねてフランの髪の長さへと切り揃えたら、房を作ってボンネットに縫いつけるのだ。

 私が不慣れな針と糸に四苦八苦してると、こいしがその様子をのぞき込んできた。普段から存在感の薄っぺらいやつだが、さすがに目の前で見つめられるといら立ちが募ってくる。

「お前もなんか手伝ってくれてもいいんだぞ?」

「ねえ、あなた。楽しんでる?」

 まるで見当違いの返事だった。

「何を根拠にしたら、こいつが楽しそうに見えるんだい」

「お屋敷を歩き回ってる時も、図書館で暴れてる時も、あなたは一切手を抜いていなかったから」

「見てたんなら姿くらい現してもよかったろうに」

 ボンネットに針を突き立てる。

「そら一生懸命にもなるってんだ。さもなきゃこんな吸血鬼の館でいつまで下女みたいな真似させられるのか、まるでわからんからな」

 

 かくして紅魔館で二度目の夜は、布に糸を通す音とともにふけていったのだった。

 

(本編に続く)

 

 
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