No.916728

水難 人魚

zuiziさん

オリジナル小説

2017-08-01 21:57:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:438   閲覧ユーザー数:438

 知り合いのAが海の中へ落ちてそれで昨日から行方不明であるというので、お前も探しに来いというようなことを言われて海岸へ行くと、もうあらかたの捜索は終わったものとみえて海には数人の人が残っているばかりで、冬の浜辺は閑散としており、私は季節外れの海の家で焼きそばを買って、焼きそばを買うときに、お店の人にどうしてこんなに寒くなってるのに海の家をやっているんですかと聞くと、お店の人はずっとここでやってるからねと言って、手早くプラスチックの容器に一人前の焼きそばを入れて、マヨネーズかける? と聞くので私はお願いしますと言うと、お店の人は細かくマヨネーズの出る容器で焼きそばの上に折り返し折り返しマヨネーズをかけてくれる。

 私の護岸の上で友人がぼうっとしているのに近づいて行って、やあと言うと、友人は私と私の手に持っている焼きそばを見て、うんともすんとも言わずにまた海に目をやってしまう。寝ていないものか、友人の目は赤く厚ぼったく腫れており、昨日からずっとAのことを探しているのだと思うと焼きそばを自分だけ食べようとするのは気が引けたから、

「焼きそば食べる?」と聞くと友人は

「うん」

と言った。

 友人は紫色のウィンドジャケットを着て頭からフードを被って、護岸から足を海のほうへ垂らして力なく座っており、私は焼きそばの容器を渡すと、そういえば割りばしをもらってなかったなと思って友人がどうするか見ていると、友人は割りばしがついてねえじゃねえかよというような顔をした後に、あきらめたように手で焼きそばを食べ始める。

「どうして落っこっちゃったの」

「昨日、高波注意報が出てたのに、堤防の上に立ってたんだって」

「ふうん、なんでまた堤防の上に」

「さあね。人魚の探索に来てたらしいから。……だから、たぶん人魚に攫われたんじゃないかって」

「人魚ってアンデルセンの?」

「そりゃ人魚姫だろ、こっちの地方にはあるんだよ人魚の伝承が」

 友人が焼きそばを半分まで食べて、お前も食べる? というように残りの半分をくれると、私は割りばしを持ってくるよと言って私の分だけ割りばしをもらってきて、それで友人のそばに座りなおして残りの焼きそばを食べる。友人がうん? という顔をする。ついでに、紅しょうがを追加でたくさん入れてもらったので、紅しょうがもたくさん食べる。

「ティッシュある?」

「海で洗えば?」

「海まで下りていくのが面倒なんだよ」

 私は友人にティッシュを渡してやると、友人はそれで手を拭いて、ごみをどうするのかなと思っていると、ごみは自分のポケットの中へ入れていた。

「人魚は伝承によれば平家の子孫で、海へ入って海中にある都で人魚になったんだって」

「へえ」

 私は一ミリも興味がないので海を見ていると、静かな灰色の凪で、時折波頭が立っているのを見るとそれは兎が走っているみたいに見えた。Aはこの海の中のどこかに沈んでいて今も見つけられるのを待ちながら誰かが勝手に放流した色鮮やかな熱帯魚(最近この辺の海で見つかったというから)に顔を突つかれているのだろうかと思うとやり切れないが、私は友人ほどAとは深い付き合いではなかったからどこか人ごとのように感じられる余裕はあった。

 一時間ぐらい友人と話して、もう帰ったほうがいいんじゃないのと友人に言うと、なんだか帰ったら申し訳ないような気がする、とポツリと言い、

「見つかったら顔を見てやらないと」と友人は言った。顔の分かる人がいて、それでこの人は確かにAであるということが分からないと、警察も困るみたいだったから、と言って、そんなのはAの家族に任せたらいいんじゃないのと言うけれどもAは実家から出てきていてAの実家の方では今季節外れの台風が来て飛行機が飛ばないらしいからそれで足止めを食っていて在来線でこっちに向かってきているらしいけど、それももう少しこっちに来るまで時間がかかるということだったから、その代わりに友人が家族が来るまで残っているということらしかった。

 潮が満ちて来て私たちの座っている護岸に打ち寄せる波が十回に一回ぐらいは爪先にしぶきを飛ばすようになったので場所を変えて、砂浜のほうへ行ってずっと昔からおいてあって朽ちてあるようなベンチに二人で腰を下ろした。

 私はまた人気のない海の家へ行って焼きそばのお代わりを買おうとしたけれども、人気のない海の家には幻みたいに誰もいなくなっていて、奥の方のテーブルや椅子が窓から差している冬の光を反射して青色に光っているばかりだった。

 海にいる人も一人減り二人減り、それから入れ違いに一人警察の人が来て海の捜索している人に話を聞いてすぐに帰って、私と友人の前を通ったのでお疲れ様ですといって挨拶をする。そのうち海には誰もいなくなって私と友人しか座っていないようになり、もうすぐ夜になるからか辺りは砂にみんな音を吸われてしまったように静まり返って、時折聞こえる波の音が遠くの世界のことのような気がした。

「人魚になりてえ」

 と友人が言うので私は「きっと面倒だよ」と言い、アンデルセンの人魚姫の話をしてやると、「そういう最後なんだ」と言って友人は今度本屋で買ってみるよと呟いた。

 夜になって海浜植物の白い花が咲いて揺れているのをじっと見て、十分に一度ぐらいぽつりぽつりと会話をして、それ以外の時間はずっと黙っていて、見つからないねと友人が言い、夜だから誰も探してないからねと私は答える。

 友人の電話が鳴って知り合いの家族からで、今駅に着いたけど夜であるから今夜はホテルに泊まって、明日の朝こちらに来る、ということだった。友人は電話に頭を下げて電話を切って、それから私のほうを見てどうしようかと言う。

「帰ろうよ、疲れてるだろうし」というと友人は、そうかな、と呟き、私はそうだよ、と言い、そうしてやっと立ち上がる気になった友人がふらふらしているのを肩を貸してやって支えて、帰ろうかと言うとやっと帰る気になった友人が、見つけてやりてえなあと言うので、私はそうだねと言った。


 
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