閉店してしまった喫茶店『珊瑚礁』をまたいつか一緒に開けよう。
そう約束した高校の卒業式から、早くも2ヶ月が経とうとしていた。
瑛と美奈子は、大学で一緒に経営を勉強し、瑛が気に入った喫茶店でアルバイト
も始めていた。
だから、常に行動を共にしている二人が恋人同士だと周りから認識されるのに時
間はかからなかった。仲のよい二人はいつの間にか憧れのカップルになっていた
。
ところが、そんな二人の関係を怪しくしたのは美奈子の一言だった。
「サークルに入ろうと思うんだ」
瑛は突然の言葉に驚いた。
「なに言ってんだよ。そんな時間ないだろ?」
学べる事は今のうちにとことん学びたいと、二人とも必要以上に講義を入れてい
た。講義が終われば、夜までアルバイトに勤しむ。誰が聞いても真面目な大学生
活だ。
しかし、瑛にとっては時間の問題ではなかった。
サークルなんて、男女の出会いの場じゃないか。自分という彼氏がいながら、そ
んなものに入ろうという美奈子の気持ちがわからなかった。
「でも、せっかく大学に入ったんだもん、いろんな人と知り合いたいじゃない」
「そんなのバイトで十分だろ。サークルなんてどうかと思うけどな。入りたきゃ
勝手に入れば」
突き放したつもりだった。
いつだって美奈子は自分の意見に賛成すると思っていた。ところが、今回の美奈
子は当然のように言い切ったのだ。
「うん。入る」
瑛のやきもきは、この日を境に始まった。
「だまって休むな!!」
瑛は携帯に向かって大声を張り上げた。
美奈子が、今日は1限から講義がある曜日にも関わらず、2限の講義が終わって
も顔を見せていないのだ。
「……ごめん……今校門についた。寝坊しちゃった……」
「なんでだよ、昨日バイトも休みだったのに……」
「うん、サークルで遅くなっちゃって……課題とかあったら、後で教えてくれる
?」
サークルかよ…苛立ちつつも、もしかすると体調を崩しているとか、事故にでも
遭ったんじゃないかと心配していた瑛は少し安心していた。
「甘え声だすなよ……まあ……昼飯食いながら……」
「ごめん! 今日はお昼食べながらサークルのミーティングなんだ。3限終わっ
てから…」
瑛は一瞬、目の前が暗くなった気がした。
なんだよ、心配してたのに……
「…ふざけるな! 授業さぼったくせにサークルには顔出すのかよ!!」
瑛は通話ボタンを切った。
携帯を投げつけたくなるのを必死にこらえていた。
高校時代、同じクラスになることはなかったのに仲良くなった二人。
大学に入ったら、ずっと一緒にいられると思っていた。
なのに、なぜこんな思いをすることになるのだろう。
瑛は3限の講義中も上の空だった。
出席のとらないこの講義で、教授より後に講義室に入った美奈子は、瑛よりずっ
と後ろの席についていた。
瑛はちらりと美奈子を盗み見たが、遅れてしまったことを申し訳なく思っている
のか、真面目にノートに内容を書き込んでいる。
講義が終わると、瑛は美奈子に呼び止められる前に、講義室を後にした。
「美奈子、送る」
いつもは一緒に入るアルバイトに別々に向かうほどぎくしゃくしていた二人だっ
たが、さすがにずっとこれを続けるつもりはない。
瑛は帰り仕度が済むと、なるべく自然に美奈子に声をかけた。
「ありがとう」
惚れた弱みだな、と思いながらも、美奈子の笑顔を見た瑛は心から声をかけてよ
かったと思った。
「ごめんね、さっき、自分勝手なことして」
お互い言葉を探していたが、先に口をきったのは美奈子だった。
瑛がサークルにやきもちを焼いているとは思っていないようだ。
「……いや、俺こそ……怒鳴って悪かった」
これで仲直りだ。瑛はホッとした。
「あのさ、久しぶりにどっか遠出しないか? いつも一緒にいながらどっか遊び
に行ったりしなかったし、二人ともシフト入ってない土曜とか…」
「……えっと…土曜日は……」
言いにくそうにしているところをみると、恐らくサークルなのだろう。
「そんなに楽しいか、サークル」
「え? うん、楽しいよ! みんな優しいんだ。いろいろ丁寧に教えてくれて…
…」
瑛は、美奈子の笑顔を初めて憎く思った。
サークルの誰がお前にそんな顔をさせるんだ?
「そーかよ! お前はそうやって、そいつらと楽しんでればいいよ」
じゃあな、と吐き捨てるように言うと、瑛は美奈子を残したまま立ち去った。
別れたかもしれない。
二人が噂されるようになったのは、それからしばらくしてからのことだ。
瑛が一方的に美奈子をさけるようになった。
元々美男美女カップルと言われていた二人。
ここぞとばかりに、瑛には女性が、美奈子には男性が声をかけるようになってい
た。
もちろん別れたつもりはない二人は軽くかわしていたが。
アルバイトのシフトが、久しぶりに一緒になったある日。
瑛と美奈子はぎこちなく、伺うように距離をとっていた。
からん、とドアのベルが鳴った。
近くにいた美奈子は、足早に来店客の対応に向かう。
「あ…四名、様、ですか?」
いつもより大きく、とぎれとぎれの言葉を不思議に思った瑛は、オーダーが終わ
ると美奈子を盗み見た。
「少々、お待ち、ください」
美奈子は奥の席に六人分の席の用意を始めていた。
四名と聞こえたが、六人だったんだろうか。
でも、そんな声は聞こえなかった。
瑛はますます不思議に思った。
美奈子に案内された四人は、声を出さずに、手振りで話していた。
それが手話だということに気づくまで、瑛は少し時間を要した。
美奈子も、四人に向かって手を動かしている。
「オススメ、ですか? 当店の名前の入った、スカイブレンドは、どうでしょう
か? はい、承知しました。後から、いらっしゃる方たちには、また後でご対応
させて、いただきます」
言葉に合わせて手を動かしている。
美奈子の手話も、どうやら適当な身振りではないようだ。
いつの間に覚えたのだろう?
瑛の方に向かってくる美奈子に、さっそく声をかけようとしたが、またベルがな
った。声をかけそこねた、と思いながらも、瑛はいらっしゃいませ、と笑顔で対
応した。
「いつ、手話なんか覚えたんだよ」
先に帰り仕度を始めていた美奈子に、瑛は後ろから声をかけた。
久しぶりに話す瑛に美奈子は一瞬驚いた顔を向けたが、一呼吸をおいて答えた。
「サークルだよ」
「サークルだよって……」
瑛は美奈子の言葉をくり返した。
「お前、そんなの一言も……」
言いかけて、瑛は口をつぐんだ。そういえば、サークルの内容まで聞いたことは
なかった。いや、聞こうとしなかったことに気づいた。
「ボランティアのサークルなんか、なんで入る気になったんだよ」
「お店には色んな人がいらっしゃるでしょ? 今日みたいに耳が不自由な方もそ
うだし、肢体不自由の方とか。どんな人にも居心地いい場所にしたいじゃない?
」
「今日みたいなこと見越してたってことか……」
「そんなすごいものではないよ。」
「……大変じゃないのか?」
「う~ん……確かに不自由な身体の人とか子どもとか相手にしてると、怪我させ
るわけにはいかないっていうのは気を遣うけど……みんなすごくいい人だし」
毎週のようにあるミーティングの意味がわかった。
たしかに、いい加減な知識だけでできることではない。
「それにしたって……覚えるのに、時間もかかっただろ……」
講義だって、バイトだって、瑛と同じだけやってきている。今だって充分忙しい
のに、美奈子はいつ、それができたのだろう。
「手話だったら、接客に必要なものだけしか覚えてないし、そんなにかからない
よ」
「なんで今そんなこと……」
「だって、いつか必要になるんだったら早いほうがいいでしょ? 瑛君にはもう
充分にバリスタの資質があるのに、私ができることっていったら、あとは接客ぐ
らいだし……」
「ふーん。……それはつまり、将来俺と店を開けたいと思うがために始めたこと
ってわけだ?」
「えっ……!」
美奈子の顔がみるみる赤くなった。
「独りよがり…だよね。もう瑛君にはあいそつかされちゃってるのに……まだあ
の約束夢見てるなんて……」
泣きそうになる美奈子を、瑛は心底、いとおしいと思った。
比べて自分はなんて情けないのだろう。
美奈子の気持ちも知らず、出会い系のサークルだと勝手な想像して勝手に嫉妬し
て……
自分よりずっと未来を見て、自分と一緒にいたいと思ってくれているのに。
瑛は美奈子を思い切り抱きしめた。
胸の中で戸惑っているのがわかる。
でも、放すものか、と瑛は思った。
「あいそつかしたわけじゃない。ただ…その……サークルのやつらに嫉妬……と
いうか……」
「嫉妬? 私がなにかしたからかと……」
「いや、わかるだろ……」
「言ってくれなきゃわかんないよ……」
泣き声交じりに言う美奈子に、瑛は口付けた。
「言わなくても…わかっただろ?」
「……なんか……ずるい」
しばらく離れていた分、一緒にいられる時間は独占してやる。
瑛は心に決めていた。
もう、バカップルと言われても、かまわない。
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ときめきメモリアル Girl's Sideの佐伯瑛と主人公の大学生活の話です。