No.912424 真・恋姫†無双~黒の御使いと鬼子の少女~ 36風猫さん 2017-07-02 01:20:19 投稿 / 全4ページ 総閲覧数:1134 閲覧ユーザー数:1060 |
「“おぉおおおおおおおおおおおおおおお!”」
叫び声をあげながら両軍はついにぶつかり合う。
「ぎゃあ!」
「ぎっ!」
「くたばれぇ! くたばれぇ!」
「やろぉ!」
飛び交う絶命の叫びと怒号。その中で、ひときわ絶命の叫びが濃いところがあった。
「ひぎぃ!」
「ぎゃ」
「た、たすけっ! あがっ!」
「……弱い」
そう、深紅の旗の主、呂布の周辺だ。
(やべぇ……!)
遠くから見ても分かる。あれは桁が違う。
普通の兵が10だとしたら、関羽や張飛とかが300ぐらい、呂布は1000とかだ。圧倒的すぎる。
(くそっ! 北郷の言う通りだ! あんなん一人で戦うもんじゃねぇ!)
なにせ、人が紙切れのように飛んでいく。そんな人外ともいえることを顔色変えずにやりとげているのだ、あのバケモノは。
「くそ! 御剣隊はまだ生きている奴の救護を! 弓を持ってる奴は積極的に呂布を狙え!」
俺は指示を出しながら手短な敵を切っていくが、その視界の中に砂塵が映り込む。
「なっ!」
そこには「張」の旗。
「どけぇ! 董卓軍が将、神速の張遼様のお通りやぁ!」
「くそったれ!」
奇襲だ! 周辺が一気に混乱の渦を巻き起こす。
「慌てんじゃねぇ! 俺が行く!」
そう言って、俺は張遼へと斬りかかる。
「張遼、覚悟!」
「なんの!」
ぶつかり合う火花。馬に乗った張遼は俺を見下ろしながら槍を構える。
「へぇ、いい一撃やんか。お前、名は?」
「我が名は御剣。天の御遣いが護衛だ」
「御剣……。そうか、あんたが“黒の御遣い”か!」
「そう呼ばれてるらしいな」
「あと、“黒死神”ってのもあんたの名やな?」
「……らしいな」
その言葉に張遼は小さく笑う。
「なるほどなぁ。こりゃ幸先ええで!」
そう言って彼女は馬から降りて俺と対峙する。
「やっぱ強敵との戦いにはこっちのほうがええからな」
「そうか。後悔するなよ?」
「言ってくれるやん、な!」
そして、彼女はその通り名の通り“神速”でもってこちらへ詰め寄る。
「ッ!」
速い! だが、しかし!
「セイッ!」
その体を抜刀の一撃でもって迎撃する。
「なんのぉ!」
張遼はそれを持っていた偃月刀で弾くと、返す刃で袈裟に斬りかかってくる。
対して俺は刀を弾かれた反動を使ってその首へめがけ右足のけりを放つ。流れるように放たれたそれは偃月刀よりも早くその首に届く。
「ちっ!」
そのことに気が付かない張遼ではない。咄嗟に右手を思いっきり下げ、左手でこちらの足の位置に柄尻を合わせて迎撃を狙う。
(ならば!)
柄尻直前まで迫った足を俺は体全体を使って下げ、張遼の脇腹へもっていく。
「ぐっ!」
足は見事に脇腹へと突き刺さる。だが、張遼は直前に跳ぶことでダメージを最小限に抑えている。
「まだまだぁ!」
その証拠に、先ほどと変わらない速度で間合いを詰める張遼。しかし、今度は突きの構えだ。
「おぉらぁ!」
「くっ!」
これも速い! 捌くので精いっぱいで、隙が見えん……!
「どうしたどうした! 守ってばっかかいな!」
「ちぃ!」
仕方なしに俺は刹那の空白に左手で暗器を抜き、それを放つ。
「とっ!」
しかし、張遼は難なく避けてしまう。だが、それでいい!
(この瞬間に!)
暗器を三本抜き、それを投げつける。
「甘いっちゅうにん!」
暗器を二本弾いた張遼は再び突きを放とうとするが、その瞬間に強引に身をよじって残りの一本を避けた。
「今のは……!」
今、張遼に使った技は暗器では割とよくある技だ。
「暗器の陰にもう一本、暗器を投げたんか……!」
師匠から教わった暗器術の一つだ。二本はわざと打ち落とせるように投げ、そのうちの一本の陰に本命の一本を忍ばせる。
「剣だけでなく、暗器も扱うんか。いっそがしいやっちゃな!」
「生憎、忙しくないと生き残れない世界にいたんでね」
「はっ! そりゃご苦労さんっ!」
そう言って再び駆け出す張遼だが、何度も見ればさすがにその速さにも慣れる。
俺は落ち着いて暗器を今度は倍の6本投げつける。
「チィ!」
さっきのことがあった以上、張遼は暗器を弾くことをせず、避けられるものは避け、難しいものは偃月刀を盾のように使って防ぐ。
そうやって間合いを詰めようとするが、そこへあえて俺は飛び込む。
「んなっ!」
さっきまで距離を取ろうとしていた相手が懐に突然飛び込んできたら誰でも驚くだろう。だが、これが最初から狙いだ。
槍の突きは距離があるからこそその強さを発揮できる。だが、距離を詰められればそれは刀の突きと何ら変わらない。いや、刃が短い分、槍の方が不利になる!
「はぁ!」
俺は張遼へ突きを繰り出す。しかし、そこは噂に名高い張遼。柄を短く持って同じような距離に対応できるようにし、俺の突きを弾く。
「せいっ!」
「っ! だがっ!」
弾かれたところで戦いの流れが終わるわけではない。弾かれた直後に釘十手を左の逆手で抜き、張遼の右肩を狙う。その一撃を張遼は偃月刀の刃を上にしたまま、柄で防ぎ、そのままさらに距離を詰める。
そして、そのまま刃を俺の左肩へ振り下ろす。俺は素早く左腕をひいて、その反動を使い、右手の刀で胴を狙う。
張遼は刃を止め、右手の手のひらを上に向けるように回転させ、柄尻を刀に当てて軌道をずらし、自身は深く屈んで刀をやり過ごしながらも弾いた柄を左手で握り、俺の足を狙って偃月刀を振り払う。
「とっ!」
振り払われた偃月刀の一閃を跳躍することで躱したが、その隙を逃す張遼ではない。そこで一気に距離を取って、再び間合いを確保する。
「いやぁ、いいわ。ひっさびさにピリピリする戦いや!」
「ご満悦のようで」
「ああ。でも、ここいらで終いやな」
つまり、次の一撃で終わらせるつもりか。
そう思った俺は神経を尖らせるが、彼女がしたのは指笛だった。
「なっ!?」
突然のことに一瞬だけ尖らせていた神経がほどける。その隙に彼女は近くにいたであろう愛馬に跨り、こちらへ向かって駆け出す。
「くっ!」
こなりゃ、馬だけでも!
そう思って刀を構えるが、そこへ見慣れた影が襲い掛かる。
「ぬっ!」
俺の棒手裏剣だ。張遼が拾っておいたものを投げつけてきたのだ。
それを俺は釘十手で払うが、その間に馬を斬るタイミングを完全に逃し、かつ、避けなければならないタイミングへと移行してしまった。
「くそっ!」
タイミングを逃さず、地面を転がるようにして避けた俺に目もくれず、彼女は呂布のもとへ走っていき、彼女を引っ張り上げ、馬に乗せて駆け抜けていってしまった。
「くっ!」
俺はすぐに馬を探して後を追おうとしたが、3人の董卓軍の兵が襲い掛かる。
「邪魔だ!」
刀を2回振るうことで兵を片付け、周囲を見渡すが、馬どころか張遼たちの姿すらも見失ってしまった。
「……チッ!」
深追いはできんか。今、追えば俺が仕留められかねない。
そう判断した俺は友軍の遊撃へと移ろうとするが、将軍二人が退いたことで兵たちも一旦下がり始める。
(どうする、追撃をかけるか?)
いや、さっき深追いはしないと決めた以上、しない方が無難だろう。
(となれば、だれかと合流すべきだな)
俺は周辺を見渡して、旗が近いほうを見渡すが、ほかの二人も同じ考えだったようで、こちらへ向かって動いているようだ。
であれば変に動かない方がいい。実際、そんなに時間もかからず二人と合流できた。
「玄兄ちゃん!」
「張飛、無事か!」
「うん! でも、ここは一度、退いた方がいいのだ!」
「何故だ!」
「勘!」
普段ならば肩透かしを食らうところだが、戦場における張飛の勘は当てになる!
「了解! 関羽もいいか!?」
「ええ!」
三人の意見が出そろったところで、敵の様子を逐一確認しながら本陣へ戻る。
「愛紗、鈴々、玄輝!」
「北郷!」
後曲にいた面々の姿を確認する。と、そこへ左右に分かれていた趙雲と鳳統も戻ってきた。
「玄輝、戦況は!」
「呂布と張遼が退いたからか、兵たちも退いていった。だが、あれは……」
「わかってる。次の一撃のためだ」
そう、間違いなくやつらは次の一撃で勝負を決めるつもりだ。
「どうする?」
「……多分、戦場からの離脱って方針は変わってないはず。それに、さっきの戦いで勝敗は決している」
「どういうことだ?」
俺のその問いに関羽が驚いたように声を上げる
「玄輝殿、気が付かなかったのですか? 先の戦いでこちらは勝ったのですよ?」
「なっ、そうなのか?」
「にゃ、玄兄ちゃん本当に気が付いて無かったのかぁ~」
正直、張遼との戦いに集中していたから気が付かなかった。
「その、張遼とあたっていたから全然気が付かなかった」
「な、張遼と!?」
「にゃあ! 玄兄ちゃんばっかりズルいのだ!」
「い、いや、そんなこと言われてもだな」
どうしたものか、と考えていると、伝令が飛び込んでくる。
「伝令! 呂布軍がこちらへ吶喊してきます!」
「呂布軍が? 張遼は?」
「張遼軍は右翼の曹操軍の方へ向かいました!」
ということは……
「張遼は曹操軍を突破して、呂布はこちらを突破するつもりか」
「そうだろうね。皆」
その言葉に全員が北郷の顔を見る。
「俺はもう血を流す必要はないと考えている。皆はどう思う?」
その言葉にそれぞれの意見を言っていく。
「私はご主人様に賛成です。いくら軍とはいえ、歩兵のほとんどは農民の次男や三男、ここで散らせなくともよいでしょうし、私自身気乗りはしません」
「ふむ、甘いな、愛紗。と、言いたいところではありますが、今回はわたしも愛紗と同じです。主」
「鈴々も二人と同じなのだ!」
「私も、雛里ちゃんもご主人様に従います」
「私はご主人様に賛成。流さなくていいなら、それが一番だよ」
皆の意見を聞いた北郷は俺に視線を向ける。
「玄輝は?」
「俺は反対だ。仕留めるべき時に仕留めるべきだろう」
その言葉に全員が驚きの表情をする。
「もし仮に、ここで見逃した場合、奴らはどこへ向かう? 周りの皆がすでに敵となった世界で生き残るには賊にでもなるしかない。そうなれば力の無い民が苦しむことにならないか?」
「それは……」
俺の言葉に全員が下を向く。
「それを承知した上で逃がすというのであれば何も言わん。それに協力はしよう」
そう言い終えた俺の言葉に全員が沈黙する中、別の声が飛び込んできた。
「その心配はない。恋、呂布のところに仕える兵はそのように落ちぶれた獣は一人もいない」
「な!」
そう、華雄だ。
「き、貴様! なぜここに!」
関羽が一番に臨戦態勢に入り、他の面々もすぐに戦闘体制へ移行するが、当の本人はそれに何の反応を示さず俺を見ている。
俺はその眼に正面から向き合い、問いを投げる。
「……その言葉、真であるという保証は?」
「我が魂だ」
「では、偽りだったときは?」
「売女にでもすればいい。奴隷でも構わん」
「なるほどな……」
つまり、死よりも辛い選択肢を平然と出せるぐらいには信じているということか。
「……いいだろう」
俺は北郷に向き合う。
「俺の意見は変更する。こいつの言を信用する」
「……本当にいいの? 玄輝の言っていることは、その、俺ももっともだと思うし……」
「構わん。だが、前線には立たせてもらう。呂布という人間をこの目で間近に見たい」
「わかった」
頷いた北郷は誰が呂布とあたるかを指示していく。
「呂布には玄輝、愛紗、鈴々の3人が当たってくれ。もしもの時に備えて星は本陣の護衛を」
「む、貧乏くじですか……」
「そういわないでよ、星」
「冗談ですよ。護衛の件、承知いたしました」
「二人もいい?」
「ええ。問題ありません」
「鈴々も!」
こうして俺たちは呂布との最後の戦いへと赴くこととなった。
吶喊してくる呂布へ向かって走ることしばらく、その姿が視界に入る。
「……敵」
向こうも気が付いたようで、走るのをやめてこちらへ武器を向ける。
「呂布よ、ここから先にはいかせん!」
「“とうせんぼ”なのだ!」
だが、対峙する呂布は警戒すれども、戦いの色を出さない。
「すまないが、三人同時に戦ってもらうぞ、呂布」
「……ふふ」
その代りに小さい笑いを出した。
「……何がおかしい?」
「……お前たちの判断は、正しい」
そう言って、彼女はようやく戦いの色を出す。
「恋は、強い。死にたくなかったら同時に来い」
「……だろうな」
さっき感じたように、呂布の力は圧倒的だ。三人でかからねば負けるのは間違いない。
「でも、鈴々たち三人に簡単に勝てると思うなー!」
「そうだ! 我ら三人、そう易々と組せると思うな!」
「……そうは思ってない。でも、やるだけ」
そう言って彼女は自身の得物を振るう。
(っ!?)
それはまさしく“閃光”と言うべき速さの一撃だった。どうにか咄嗟に出した鞘で受けるが、
「がっ!?」
肺の中の空気が一気に持ってかれるほど衝撃が駆け抜けた。
「にゃっ!?」
「くぅ!」
ほかの二人も何とか受けるが、その表情は苦痛に歪んでいた。
「なんという、剛力……!」
「手が、手が痺れるのだ~!」
こっちも似たようなものだ。竜の一撃と比べ物にならない衝撃がいまだに手に残っている。
それに対し、呂布は余裕のある口調で口を開く。
「……よく、止めた」
「くそっ……!」
こいつ、本当に人間か……!?
「本気でこい。でないと死ぬ」
「その通りだろうな」
「にゃあ!」
だが、関羽も張飛も闘志は消え去っていない。
「だが、我らとて腕には覚えがある。貴様の足はここで止める!」
「……ならば、来い」
「参る! でやぁあああああああああああああああああ!」
関羽が真っ先に青龍偃月刀を振りかぶって、斬りかかるが、呂布は身動ぎ一つで躱してしまう。
「なっ!?」
驚愕の声を上げる関羽に呂布は一言だけ告げる。
「振りが大きい。避けるの難しくない」
だが、そこへ張飛が飛び掛かる。
「愛紗、屈むのだ! んにゃぁあああああああ!」
次に攻撃を仕掛けた張飛は関羽が屈むのに合わせ、蛇矛を横なぎに振るうが、それも小さく飛びのいてギリギリのところで避けてしまう。
「軌道が単純。分かりやすい」
「ならば、これはどうだ!」
俺は呂布の左側から掬い上げるような抜刀の一撃を繰り出す。
「……」
しかし、それも関羽と同じように身動ぎ一つで難なく避けられた。
「面白いけど、それだけ」
「ちぃ!」
一瞬、暗器を投げるか迷ったが、こいつ相手には悪手のような気がする。
(平然と指でつかんで投げ返してきそうなんだよな……)
この飛将軍ならばやりかねない。
(だが、ここでこいつに負けるわけにはいかない)
たとえ、兵を逃がすのが主目的だとしてもだ!
だが、その時。呂布の口から思わぬ言葉が出てきた。そう、全く予想していなかった言葉だ。
「……お前、一人の方が強い?」
「!?」
思わず、思考が止まった。
「なに? 呂布、それはどういう意味だ!」
関羽が呂布へ問いかけると、彼女は素直に答える。
「この男、みんなで戦うの、苦手。違う?」
(……こいつ)
……慧眼まで持ってるとは、恐れ入る。
「……下手に合わせるなら。お前、死ぬ」
その言葉に、頭の枷が外れたような気がした。
「……そういうことなら、仕方があるまい」
俺は関羽たちに振り向いて頭を下げた。
「すまん、ここからは一人でやらせてもらう」
「玄輝殿!?」
「にゃあ! それは無茶なのだ!」
確かに、無茶ではあるだろうな。だが、
「悪いが、ここで俺は死ぬわけにはいかない」
「それは我らも同じです!」
「……そういう意味でもないんだ」
それだけ言って俺は完全に背を向けて呂布と対峙する。
「……いいだろう」
そう言った呂布は、そこでやっと殺気を放ち始める。
異様な殺気だった。いや、もしかしたらこれこそが本来、殺気と呼ばれるモノなのかもしれない。まるで、体の芯へじわりじわりと食い込んでいく氷の刃。それが、この飛将軍が放つ殺気だ。
(ちっ、嫌な汗が止まんねぇな……)
俺は間合いを慎重に測りながら呂布を睨みつける。が、呂布の方はただ見ているだけである。それが逆に怖い。
ただ見ているという事は、戦うことは彼女にとって日常の延長線上でしかないことを物語っている。正直、竜と戦っている時の方が幾分かマシだ。
だが、そこで怖気るわけにはいかない。
「スゥ、フゥー……」
俺は目を逸らさずに一度呼吸して、
「シッ!」
一気に間合いを詰めた。
(狙うは、首!)
そう思いながら抜刀した刀を首へ持っていく。
「!」
しかし、その一撃に呂布は完全に反応している。となれば次の一手!
(これならば!)
刀が抜けきった鞘を押し出すようにして腹を狙う。上下二段からの攻撃。流石に反応しきれるとは、そう思った矢先だった。
(なんだと!?)
反応された。首には得物、鞘には左足を。それぞれ絶妙なタイミングで二段攻撃を防いでしまう。
「のっ! 化け物が!」
仕方なしに左足のローキックを繰り出すが、それは一歩飛び退くことで躱されてしまう。俺も残った右足だけでなんとか刀を納めながら飛び退き、再び間合いを取りなおす。
「……さっきより、早い。それに、鋭い」
「そりゃどーも」
何て軽口を叩きはしたものの、予想以上に化け物だ。人の皮を被った何か別次元の生き物なんじゃないかと本気で疑ってしまう。
「……ちょっと本気で、行く」
「……おいおい、冗談は勘弁してくれよ」
「? ……冗談は、言っていない」
そういう意味じゃないんだがな。なんて頭の中でぼやいても伝わるわけもなく。
(にしても、まずいな)
さっきの受け止めた時の感覚から言って、刀ではそう何合も打ち合える相手じゃないし、一手でも間違えれば刀ごと俺も死にかねない。
(かといって、釘十手で戦える相手じゃない)
刀と比べれば、打ち合える数は増すだろうが、相手を仕留める手が減る。こいつ相手に手を減らすのは自殺行為に等しい。
刀と同時に使うという手もあるが、片手であの一撃を受けたり流せたりする自分が想像できない。間違いなく腕を持ってかれる。現に、左手はまだ痺れている。
(やるしか、ねぇか)
このままジリ貧になるのは火を見るより明らかだ。俺は刀を抜いて構えを取る。左足を前にし、半身となり、手を交差させ左肩を相手に向け、その肩に刀の側面を当てるように切っ先を下に向ける。
(たっく、未だに成功率低いってのに!)
俺は、自身の奥義を放とうとしている。だが、正直、調子が良い時ですら十回に一回成功するかしないかくらいだ。さらに、左手は万全の状態ではない。かなり分の悪い賭けだ。
(だが、しなければ)
勝ちはないし、死は確実なものになる。
「…………」
こちらの気配が変わったことに気が付いたのか、呂布は警戒心を高めている。だが、成功すればそんなものに意味はない。
「……フッ!」
先に動いたのは呂布だ。さっきまで十歩ほどあった間合いを一気に六歩までに詰めてしまう。
「参る……!」
対して俺は、その場を動かず、体中の全神経を総動員する。
(奥義、)
間合いは四歩までに縮まり、呂布はその凶器をすでに振り上げている。だが、こちらが勝つには、十分な時間だ!
(始終、同迅!)
「!?」
一瞬で剣を交わし、向かい合う二人。互いに“下から切り上げる姿勢”で静止していたが、呂布の後ろに何かが重たい音を立てて突き刺さった。それは、
「…………」
呂布の得物だ。そう、呂布はとっさに武器の軌道を変えて俺の刀を防いだのだ。そのため、首を取るまでにはいかなかったものの“得物を弾かれる”という武人にとって負けに等しい結果になった。
「ぐっぅ!」
だが、俺も無傷というわけにはいかない。刀が武器を弾く直前にその刃が腕を捉え、左腕が少しだけ深く切られていた。刀を持ちつつ、右手で斬られた腕を強く握って止血をしながら、後ろの呂布へ視線を向ける。
(くそっ、しくじったか……っ!)
成功していたなら、こんな傷を負うことはない。師匠がいたら半殺しにされそうな結果だ。だが、彼女にとっては違う。
「………………」
呂布は、その手に何も持たないまま俺を睨めつけている。
「お前、何をした?」
「……答えると思うか?」
互いににらみ合う事数秒、呂布は一度視線を逸らし、自身の得物を素早く拾って、再び視線をこちらに向ける。
「お前、名は?」
「……御剣だ」
「……お前、危険。今、殺す」
そう言って彼女は殺気を全開にする。が、そこへ赤い何かが大量に打ち込まれてきた。
「なっ!」
それは火矢だった。地面へ突き刺さった矢は新たな火を生み出して、辺りを焼いていく。
「アチ、アチチ!」
思わず飛び跳ねている張飛。そこへ高らかな笑い声が響き渡る。
「はーっはっはっはぁ!」
「……ちんきゅー」
呂布が見た方向へ視線を向ければ、小さな女の子が兵に肩車をされながら両手を組んで高笑いしていた。
「戦っているところ、申し訳ないとは思うのですが、そろそろお暇させていただきますぞ!」
「くぅ、卑怯な!」
そう言った関羽に陳宮は指をさしながら反論する。
「なんとでも言えばいいのです! 我らには生き残らねばならぬ理由があるのです! 呂布殿! そやつらにとどめを!」
「…………」
呂布はそれに従って俺にとどめを刺そうと切っ先を向けるが、一度目を閉じてそれを下げた。
「呂布殿? いかがなされましたか?」
「……敵は混乱してる。とどめは、いらない」
「し、しかし」
と、そこへ関羽が話に割り込む。
「呂布の言う通りだ。我が軍もだいぶ混乱している。逃げるならば今が好機ではないか、呂布?」
「……お前、最初から」
だが、呂布はその先を続けることなく、陳宮と共に退いていった。
「……ふぅ」
俺は小さくため息をついてその場に腰を下ろしてしまう。
「玄輝殿!?」
関羽が慌てて俺の背中に手を当てる。張飛も分かりやすいぐらいに心配の表情を浮かべている。
「大丈夫だ、そこまで深い傷じゃない」
「そんなわけないのだ!」
「鈴々の言う通りです! 血が止まってないではありませんか! 私と一緒に退いてください!」
「別に一人で問――――――」
「問答無用!」
「んがっ!?」
で、首根っこを掴まれ、引きずられるようにして後退していく羽目になった。その去り際、
「鈴々、すまないが」
「にゃ、兵をまとめて後退させておくのだ! 愛紗は玄兄ちゃんを!」
そう会話をした後、彼女は無言で俺を引きずっていった。
その途中、さすがに尻が痛くなってきたので、抗議の声を上げた。
「……もうちょい優しくしてくれてもいいんじゃないか?」
「…………」
だめだこりゃ。俺は諦めて自分で立ち上がって、関羽に歩幅を合わせて走っていく。幸い、呂布が撤退したことによって、敵兵もあらかた引いており、とくに襲われるということはないのだが、
「…………」
「関羽?」
横に並んでいても、関羽はこちらに顔を見せずに走っていく。でも、ペースはこちらに合わせてくれているので、追いつけないわけではないんだが……
で、結局そのまま本陣まで撤退し、関羽は張飛を手助けするためにか、すぐに戦場へ戻って行ってしまった。
「玄輝さん!」
「玄輝!」
本陣へ入った瞬間、怪我の知らせを受けていたのか、劉備と北郷が血相を変えて駆け寄ってくる。いや、正しくは孔明と鳳統も、なのだが、
「うきゅぅ~」
「はふぅ~……」
血を見た瞬間に気を失いかけていた。
「と、とにかく、え、衛生兵さん! 衛生兵さんはどこですか!?」
「俺が呼んでくる! 桃香はとにかく傷口を押さえて止血を!」
「わ、わかった!」
劉備は俺を適当な椅子に座らせ、自身はしゃがんで俺の腕を半泣きで必死に押さえつけていた。
「ど、どうしよう!? 血が……!」
まぁ、心配してくれるのは嬉しいのだが、腕は動くし、骨にまでは至っていない。ちゃんとした手当をすれば問題ないはずだ。
「はぁ……落ち着け、少しは」
「で、でも!」
「この程度で死にはしない。それに、出血もさっきと比べればだいぶ落ち着いている」
「ほ、本当に?」
涙目の上目使いでこっちを見てくる劉備は思った以上に破壊力があった。
「~っ、そ、そもそも、俺は一応、天の世界の住人だぞ? こんなところでくたばるかよ」
顔を逸らしながら適当な嘘を吐く。
「そ、そうだよね」
その嘘で、どうやら少し安心したようだ。でも、天の御遣いの話はこいつらが仕組んだことのはずなんだが……。
(まぁ、いいか)
落ち着かせることが出来れば、この際何でもいい。
(にしても……)
呂布、噂に違わぬ化け物だった。
(飛将軍の名は伊達じゃねぇ……)
さっきの戦いで使った奥義、始終同迅(ししどうじん)。それは始まりの斬撃と終わりの斬撃を“同時に”繰り出す技。つまり、最初の斬撃を防いでも終わりの斬撃が、終わりの斬撃を防いでも最初の斬撃が相手を斬る、まさしく防御不能の、確実に相手を絶命させる技だ。
そんな技を、こちらが失敗したとはいえ、あの呂布は防いだのだ。おそらく、彼女は袈裟と左切り上げ、二つの斬撃の微妙な“ズレ”を直感で感じ取ったのだろう。若干早かった袈裟の斬撃をはじき返し、下から襲い来る左切り上げをギリギリのところで踏み留まり、半歩引いて避けたのだ。その結果、得物を弾かれるという事になったのだろう。
(くそっ、まだ俺には扱いきれないのか……)
師匠の言葉を思い出す。
(この技が使えない限りお前に先はない。何もなせずに死ぬだけだ、か……)
その言葉が、俺の心に久しく忘れていた焦燥感を思い出させていた。いや、正しくは忘れていたのだ。雪華と出会い、彼女たちと過ごすうちに。
(くそっ……!)
俺は、何のために剣を掴んだ? 何のために力を得た? その力で、こんな結果が許されるものか……! アイツらが、白装束がこの世界にいるってのにっ!
「玄輝さん……?」
「っ!」
劉備の心配そうな声に意識を表に戻した。
「すまん、考え事をしていた」
「だ、大丈夫? やっぱり痛い?」
「いや、痛いっての。斬られてんだから」
「そ、そうじゃなくて、押さえているところが……」
「あ~、そっちか」
止血の力加減の事だったか。
「いや、それは大丈夫だ」
なんて話をしていると、北郷が衛生兵を連れて戻ってきた。俺は少しだけ北郷と言葉を交わした後、医療用の天幕へ運ばれた。そして、そこでの治療が終わったころには、虎牢関の一戦は終わっていた。
はい、おはこんばんにちわ、作者の風猫です。
玄輝の奥義が炸裂した回です。「おい、ちょっとチートすぎんだろ!」と思った方。
申し訳ないのですが、これが玄輝には”必要”なのです。
なので、もう少し付き合っていただければ幸いです。
さて、董卓編ももう少しで終わりです。何とか7月中までには終わらせたい気がしています。
しかし、予定は未定なので気長に待っていただければと思います。
では、また次回!
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