No.911455

真・恋姫†無双~黒の御使いと鬼子の少女~ 33

風猫さん

真・恋姫†無双の蜀√のお話です。

オリジナルキャラクターが蜀√に関わる話なので、大筋の話は本編とほぼ同じですが、そういったのがお嫌いな方はブラウザのバックボタンをお願いします。


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2017-06-25 00:14:13 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:922   閲覧ユーザー数:882

 袁紹の微妙な号令の元、俺たちは汜水関へと進軍を開始していた。

 

(汜水関、虎牢関に並ぶ難攻不落の要塞、か……)

 

 進軍を開始する少し前、北郷にも軽く話を聞いてみたのだが、俺が想像しているよりも難所らしい。

 

 まず、三国志という物語の中でも汜水関はかなりの難所として書かれており、なおかつこちらが放った斥候の情報では、関にいる董卓軍の兵数は約5万。かなりの軍勢だ。

 

 しかも、その中には華雄という猛将がいるらしい。その主力が約3万。名の通った将が率いる軍勢が3万、しかも、難攻不落の要塞に立てこもっているとなると、かなりの激戦になる。

 

「……って俺は思うんだけど、みんなはどう思う?」

 

 なんてことを考えていた俺の耳に北郷の声が入ってくる。どうやら北郷も俺がさっきまで考えていたのと同じ意見のようだった。

 

「俺の意見としてはお前さんと同じだ。何かしら作戦は立てたほうがいいと思う」

 

 その意見に孔明は少しだけ首をかしげながら意見を出す。

 

「作戦がない状況というのは不安なものです。でも、こと攻城戦においては作戦や策は必要ないといえます」

「そうなのか?」

 

 俺のその言葉に鳳統が答える。

 

「はい。攻城戦は何をしても籠城側の戦力が圧倒的に有利なんです。ですから、野戦とは違って、策を考えてもあまり活躍できないんです。できても調略方面でしか……」

 

 それに補足を孔明が加える。

 

「元々、攻城戦は何かしらの支援が期待できる状況で行うものです。そういう意味では複数の諸侯が連合を組んでいるこの軍は挟撃される心配は少ないといえます」

 

 つまり……

 

「作戦なしで戦うってことか……」

 

 その言葉に鳳統がしょんぼりとうなだれてしまう。

 

「言えることとしては、戦況を見て、その都度即応するということしか……。すみません……」

 

 それに対して関羽がその頭をポンポンと叩く。

 

「雛里が謝ることではない。元はと言えば袁紹の無策が原因だ」

「そうなのだ! アンポンタンの袁紹が悪いのだ!」

 

 その言葉に鳳統は少しだけはにかんだ笑顔を見せた。その笑顔を見て北郷もうなずいてから口を開いた。

 

「俺もそう思う。まぁ、今はこの先陣を乗り切る方策を考えよう」

 

 その言葉に集まった全員がうなずいた。その中で一番に口を開いたのは劉備だ。

 

「えっと、今、関にこもっている人の名前って……」

「確か、華雄ってやつだろ。孔明、どんな奴なんだ?」

 

 俺の質問に孔明はすらすらと答える。

 

「董卓軍の中でも猛将と知られる方です。それに付き従う兵士の士気もかなり高く、人気もあります。間違いなく強敵と言える方でしょう」

「猛将にして良将、か。雛里、どこか弱点のようなものはないのか?」

 

 趙雲の問いに鳳統は思い出すように人差し指をこめかみにあてながら答える。

 

「弱点と言えるかはわかりませんが、華雄将軍は己の武に強い誇りを持っているそうです。そのあたりを攻めるのはどうでしょうか……」

「なるほど。そういった人間ならばその誇りを貶されることを嫌うだろうな」

 

 趙雲の言葉に関羽もうなずく。

 

「なら、彼奴を罵って関より引き出すというのもありかもしれん」

 

 だが、その言葉に俺は引っかかりを感じた。

 

「一軍を率いるような将がそんな挑発に乗るか? それに、本当に誇り高い奴ならば、そんな挑発は聞き流すような気もするが……」

 

 まぁ、一概にそうとは言えないのが世の常ってやつだが。

 

「玄輝殿、ある手を使えばかなり高い確率で乗ると思いますよ。なぁ、鈴々」

「にゃ?」

 

 ああ、なるほど。それなら乗るかもしれん。

 

「……ふっ、なるほど。愛紗、おぬしも悪よの」

 

 と、趙雲もわかったのか、いつもの意地の悪い笑みを浮かべている。で、北郷も気が付いたようで、若干呆れたような笑いを浮かべている。

 

「もぅ、二人とも酷いなぁ……。まぁ、言いたいことはわかるけどさ」

 

 そういいながら北郷は張飛の頭をやさしくなでる。

 

「それで、朱里、雛里、愛紗の作戦は効果があると思う?」

「そうですね……」

 

 そういって孔明は顎に手を当てながら考えに耽った後、答えを出した。

 

「単純な策ではありますが、効果はあると思います。ただ、作戦が成功してもそれを受け止めるのは……」

「なるほど、俺たちの役目ってわけだよね……」

「……はい、ですから、怒り心頭の一団をどの様にしていなすのか、それが問題になります」

「そりゃそうだよね……」

 

 北郷がその言葉に唸り始める。

 

「でも、関に籠られるよりはどうにかなるんじゃないかな? 籠っている相手には、えっと、3倍の兵力が必要なんだよね?」

「そうですね……。桃香さまの言う通りです」

「ならば、この手しかあるまい」

 

 関羽の言葉に全員がうなずいた。まぁ、若干一名は相変わらず首をかしげているが。

 

「で、敵が出てきたときの対処はどうするのだ? 真正面から撃破、という手が通じる相手ではあるまい」

「う~ん、誰か案はない?」

 

 と、ここで俺はなんとなく考えていたことを口にした。

 

「なぁ、後ろにいる袁紹軍や、ほかの諸侯に擦り付けることはできないのか?」

 

 その言葉に、雛里が少し考えてから返事をくれた。

 

「……可能だと思います。その、袁紹軍は中軍に控えていますから、押し込まれたふりをしながら後退すれば、いけると思います」

 

 その言葉に全員、悪役が真っ青の悪い笑みを浮かべる。

 

「ありですね」

「ありだな」

「ありだねぇ~」

「ありなのだ!」

 

 全員、やはり腹にため込んだものはあったようで、反対をする人間は誰もいなかった。

 

「よし、全員一致だね。じゃあ、雛里。具体的な策の説明を」

「御意です」

 

 一度だけ深呼吸をした鳳統は作戦の説明を始める。

 

「まず、華雄将軍が突出した際、その攻撃を一度だけ真正面から受け止め、押し返します。次に、再度、こちらに向かってくる華雄将軍の攻撃を受け止めるふりをしながら後退します」

「なるほど。でも、ただの後退じゃダメなんだよね?」

「はい。華雄将軍が追撃をかけやすいように、私たちは本気で戦線を崩さないといけません」

「……危険な賭けだな」

 

 俺がつぶやくと関羽も同意の頷きを返してくれる。

 

「戦線が崩れるということは、そのまま瓦解する可能性も高い」

 

 だが、その言葉に鳳統は首を横に振る。

 

「おそらく、そこまで危惧しなくても大丈夫だと思います」

「なぜだ? 一度崩したものを戻すのは容易ではないと思うのだが……」

 

 俺の問いに彼女はしっかりとした目で説明してくれる。

 

「なぜなら、私たちは連合軍だからです。連合軍である以上は他の諸侯が助け舟を出すはずです」

「何故、そこまで言い切れる? 損耗を嫌う諸侯がいてもおかしくはないと思うのだが」

 

 俺も趙雲の意見と同じだ。

 

「その可能性もありますが、ほかの諸侯の皆さんもこんなところで負けるわけにはいかないはずです。それぞれの思惑を達成するためにも、出す可能性のほうが遥かに高いです」

 

 その言葉に、劉備は眉根を寄せながら確認するように話しかける。

 

「つまり、ここにいる諸侯のみんなも巻き込んじゃえってこと?」

「そうですね。有り体に言えばそういうことです……」

 

 なるほど、わかりやすい。

 

「よし、そういうことなら巻き込める人間はみんな巻き込んじゃおう! そもそも、こんな激戦、俺たちだけが担当するなんて割に合わないし」

 

 最後に締めた北郷の言葉に皆さっきの悪人のような笑いが出てくる。

 

「おやおや、ずいぶん乱暴な方針ですな」

「星はこういったの嫌い?」

 

 その言葉に趙雲はその笑いからさらに口の端を挙げてにたりと笑う。

 

「いいえ。むしろ賛成です。乱暴大いに結構、弱小の我らが先陣で戦うのです。そのぐらいは他の諸侯も考えておくべきでしょう」

 

 まぁ、こいつはそんなやつだよな。さて、俺の意見も言っておこう。

 

「俺も趙雲と同じく賛成だ。そもそも、弱小勢力が強大な勢力に力を借りというのは何らおかしいことじゃないし、正義とも言えるだろうさ」

「う~ん、今回は俺たちの正義、だけどね。桃香、愛紗、鈴々はどう?」

 

 話を振られた三人はそれそれの答えを返す。

 

「異論ありません。雛里の作戦以外、我らに勝利の道はないと思いますから」

「私もないよ。まずはこの戦いに生き残ることが優先だもんね」

「鈴々もないから、これで決まりなのだ!」

 

 こうして皆の意見は出そろった。

 

「満場一致で決定、だね」

 

 再確認した北郷は表情を切り替え、指示を飛ばす。

 

「まず、愛紗、星は先陣の中の先陣を任せる。うまく戦線を崩せるように頑張ってくれ」

「御意。やって見せましょうとも」

「大任、受け賜りました」

「玄輝、雛里、朱里は二人のすぐ後ろについて補佐を。玄輝、場合によっては玄輝に戦線をつなぐための命綱をしてもらうからそのつもりで」

「……承知した」

「ぎょ、御意です!」

「は、はい……!」

「桃香は俺と二人で崩れてくる愛紗たちの援護をできるように待機」

「うん!」

「鈴々はー?」

「鈴々も俺たちと一緒に待機してて」

 

 だが、ちびっこ将軍は不満なようだ。

 

「う~、鈴々は先陣がいいのだ!」

「こら、鈴々! わが軍の存亡がかかっているこの戦にそんなわがままを言うな!」

 

 だが、張飛はそれでもひかない。

 

「それでも嫌なのだ! 鈴々も暴れたいのだぁ!」

 

 しかし、その頭に北郷は手をのせて、いつもとは違った声でなだめる。

 

「……鈴々、悪いけど今回はダメだ。鈴々には本陣にいてもらわないといけないんだ。鈴々にしか頼めない、とても重要な役割がある」

「にゃ……」

 

 その雰囲気にただならぬものを感じた張飛は真剣な表情になって聞き返す。

 

「それは鈴々にしかできないの?」

「ああ。正直、俺と桃香だと、なだれ込んでくる愛紗たちをうまく援護できるとは思えない。でも、その時、鈴々の力が必要なんだ。それにさ」

 

 そこまで真剣な表情で話していた本郷だが、そこから先はいつも彼女と接するような表情特徴に変わる。

 

「敵の追撃を何とか防ぎながら撤退してくるみんなの前に本陣を率いて颯爽と登場する鈴々……想像してみて?」

「…………………か、かっくいいのだ~」

「だろ? だからさ、本陣にいてくれないかな?」

「そういうことなら任せてほしいのだ! みんなを守りながら“さっそう”と登場するのだ」

「ありがとう。頼りにしてるよ?」

「頼りにするのだ!」

 

 そう言って上機嫌になった張飛は準備のためにその場を離れる。そこへ関羽が近づいて話しかける。

 

「お見事です。ご主人様」

「う~ん、どうにも自分が詐欺師にでもなった気分……」

 

 とは言うものの、あの言葉すべてが嘘ではないはずだ。俺はその真意を確認する。

 

「詐欺は相手から何かを奪うための噓のことだ。それに、張飛がカギなのは事実なんだろ?」

「うん。この作戦は前線の愛紗、星、玄輝の動きも重要だけど、その撤退を支えられるかかどうかで決まると思うんだ」

 

 それを一緒に聞いていた趙雲も北郷に言葉をかける。

 

「さすがは主。よくわかってらっしゃる。では、鈴々の手綱、お任せしますぞ」

「任せて。って言っても鈴々は元々戦いの勘って言えばいいのかな? それがずば抜けてるから、あんまり必要ないとは思うけど」

「しかし、鈴々はたまに暴走することがあります故、そこはお気を付けください」

「ん、気を付ける。じゃあ、三人とも」

 

 北郷は改めて俺たちに向き合ってまっすぐな目で俺たちを見つめる。

 

「危険な役目だけど、よろしく頼む。絶対に、無事に戻ってきてくれ」

「御意」

「ええ」

「わかっている。じゃあ、俺たちは先陣へ向かう」

 

 そして一度背を向けたのだが、ああも言ってくれた人間に一言もないのはさすがに気が引けたので、首だけ軽く後ろに向け、

 

「北郷も、武運を」

 

 それだけ声をかけた。

 

「……玄輝こそ、武運を。愛紗も、星もね」

「“はっ!”」

 

 そして俺たちは先陣へと向かっていった。

「玄輝殿」

 

 向かう途中で趙雲に話しかけられる。

 

「なんだ?」

「先も主が言っていたが、玄輝殿には我らの戦線が崩れ去るのを防いでもらうのだが……」

「それがどうかしたか?」

「いや、どのように動くつもりなのかを確認しておきたくてな。我らも戦況を見ながら動くという余裕がないかもしれん。それ故、事前に知っておきたいのだ」

 

 その話が聞こえていたのか、関羽もこちらに近づいてきた。

 

「そうだな……」

 

 現状考えられる方法は……

 

「戦線を崩しつつ瓦解させないためには修復力が大事だと俺は考える」

「というと?」

「要は穴の開いたところに薄皮を張る、と言ったところか」

「つまり、華雄将軍があけた穴をそれとなく塞ぐということか?」

「ああ、そうだ。無論、そのことに気が付いてまた開けようとすれば、また開かせる。そして塞ぐ。その繰り返しをするつもりだ」

「なるほど。あい分かった」

 

 趙雲と関羽は俺の言葉に互いにうなずいてくれた。

 

「では、玄輝殿。穴埋め、お任せいたします」

「我らが背中、お任せいたしましたぞ?」

「……任された」

 

 こうして俺たちはそれぞれの持ち場に付き、合図を待つことになった。そして、持ち場についてから半刻、連合軍からの伝令が走り始めた。

 

(いよいよか……)

 

 否応無しに高まる緊張感。だが、そんなときに限って雑念ってのは湧いてくる。

 

(白装束の軍団……)

 

 頭の中を真っ白にしたいのだが、そうしようとするたびにアイツらの姿が浮かんでくる。

 

(今は、目の前のことに集中しろ、御剣玄輝……!)

 

 ここで生き残らねば、アイツらをその視界に収めることすらできないんだぞ……!

 

「すぅー……。ふぅー……」

 

 何度か深呼吸をして、精神統一をする。

 

(……よし)

 

 どうにか整えたところで、銅鑼の音が鳴り響く。

 

「来たか!」

 

 後ろから前進の合図が聞こえてくる。それに合わせ、俺たちも前進を始める。

 

「黄仁、行くぞ!」

「はっ! 全軍前進だ!」

 

 傍にいた黄仁に指示を出してもらい、足を前に進めていく。

 

 だんだんと近づいてくる汜水関は、やはりデカい。難攻不落というのもうなずける。

 

(さて、うまく食いついてくれるといいが……)

 

 なんて考えていると、どうにも関のほうが騒がしく感じる。

 

(何かあったのか……?)

 

 前方の二人も気が付いているはずだ。何かしら伝令を送ったほうがいいか……?

 

(まさか、突出してくるのか?)

 

 いや、そんなことはあるまい。有利な状況を捨てて突出など、愚行極まれりだ。そんなことを名の通った将軍はするはずない。

 

「……黄仁、前にいる二人に伝令を頼めるか?」

「はっ、承知、ん?」

「どうした?」

「いや、開門、したようなのですが……」

「……旗は?」

「華、の一文字ですね。おそらく件の華雄将軍かと」

 

 え~と、つまり?

 

「……黄仁、あれはまさか突出というやつか?」

「ええ、まごうことなき突出ですな」

 

 ……まぁ、楽ができたんだ。良しとしよう。

 

(関羽あたりが“なんだかなぁ”みたいな表情をしてそうだなぁ……)

 

 と、そんなことを考えている場合じゃないな。

 

「全軍、聞けぇ! これより突出してきた猪を狩る! だが、その猪に殺気を気取られるな! 我らが戦いはこれより始まるのだ! このような戦いで挫けるわけにはいかぬ! 繊細に、そして全力で罠にかけるぞ!」

「“おぉー!!!”」

「よし! 全軍抜刀! 位置に付けぇ! 誰一人として死なせるなぁ!」

「“おぉー!!!”」

 

 前方の関羽、趙雲の隊が吶喊したのに合わせ、俺たちも突撃を始める。

 

 向こうのほうも速度を上げたようだ。土煙が大きくなる。

 

(関羽たちは、動いたな!)

 

 陣が“魚鱗の陣”へと変わっていく。それに合わせ、俺たちは“鶴翼の陣”へと変える。

 

(……死ぬなよ、二人とも)

 

 まるで湧き出るように出てきた心配を消さずに俺は両軍がぶつかるのを見つめていた。そして、激突する両軍。

 

 前方から鉄のぶつかり合う音が鳴り響く。

 

「御剣様」

 

 心配そうに黄仁が話しかけてくるが、手でそこから先を制する。

 

「焦るな。俺たちは命綱になる可能性が高いんだ。下手に動くな」

「……御意」

「……時は必ず来ると皆に伝えろ」

「はっ!」

 

 しばらく音が続いたが、ふと音が止まる。敵が退いたのだ。

 

(……いや、そんなはずはねぇな。あれは“距離”を取ったんだ)

 

 つまり“弓を引いた”のだ。もう一度吶喊するために。

 

「お前ら、出番が来たぞ! 気を引き締めろ! 退いてくる関羽隊、趙雲隊の足を止めず、尚且つ戦線を瓦解させるな! 作戦を頭の中で復唱しろ! しくじるんじゃねぇぞ!」

 

 兵に一気に緊張と不安が走るだが、こいつらなら問題ない。それを俺は言葉にして聞かせる。

 

「お前らには天の御遣いの加護がある! そして、お前たちの力は俺がよく知っている! だからあえて言う! お前たちならできる! 自分が信じられないというのであれば俺を信じろ!」

 

 その言葉に、全員の雰囲気が変わる。緊張はしている。でも、顔つきは精悍なものだ。

 

「おし! 気合い入れろぉ!」

「“うぉおおおおおおおおおおお!!!”」

 

 なんとも頼もしい雄叫びだろうか。俺も気合を入れなければ。

 

 そして、関羽たちの隊が敗走を演じながら退いてくる。

 

「よし、歩幅を合わせろぉ! “穴”をふさぎながら後退するぞぉ!」

「“応!”」

 

 そして、“敗走”をする一団に混乱するようにして“巻き込まれる”

 

「死ねぇ!」

「させるかぁ!」

「“黒の御遣い”の下にいるのは伊達じゃねぇんだよ!」

 

 敵軍と罵詈雑言をぶつけ合いながら、時に斬り合いながら退いていく。

 

「玄輝殿!」

「関羽か!」

「こちらにもおりますぞ!」

「趙雲!」

 

 どうやら無事なようだ。少しだけ安堵のため息を吐いて、すぐに表情を引き締める。

 

「無事か?」

「もちろんです。ですが……」

 

 退きながらも後ろを見やる関羽。その眼には敵軍の姿。

 

「……良い感じで敵軍が喰らいついてますね」

 

 俺も後ろを見やれば、確かにつかず離れずの距離を維持している。

 

「……猛将にして良将、なるほどよく言ったものだ」

「全くですな。まるで質の良い膏薬の様だ。べったりと張り付いてくる」

 

 趙雲の言いたいことはもっともだ。

 

「しかし、こうも張り付かれては、被害が増える……」

 

 関羽がその先を言いそうになるのを俺が止めた。

 

「逆撃はやめておけ。気持ちはわかるが、今は合流することが先決。被害を減らしたいなら、一気に走り抜けるしかない」

「玄輝殿……」

 

 と、話したところで、近くに穴が開いたのが見えた。

 

「悪い、俺は塞ぎに戻る。先に行け」

「……では、我らが後ろ、お任せしましたぞ」

「ああ、任せろ」

 

 趙雲が別れ際に“ご武運を”と言って先へ進む。だが、関羽は戸惑っているようだった。

 

「行け! 迷うな!」

「……ですが」

 

 ……気持ちはありがたいが、ここは突き放すべきだな。

 

「己が役目を全うせよ! 関雲長!」

「!」

「俺は俺の役目を果たす! お前もお前の役目を果たせ!」

 

 その言葉で迷いは断ち切れたようだ。こちらに一礼だけして、趙雲の後を追った。

 

「……さて」

 

 そして俺は穴の開いたところへ駆けていく。だが、そこへ巨大な戦斧が振り下ろされる。

 

「ちぃ!」

 

 とっさに鞘ごと引き抜いた刀で一撃を逸らして身を守る。

 

「ほぉ、やるではないか」

 

 そこにいたのは、薄手の鎧をまとった銀髪の女だった。

 

「貴様、名はなんだ?」

 

 こんな状況で名前を聞いてくるってことは……

 

(こいつが、華雄か……)

 

 となれば、下手に相手にするわけにはいかない。

 

(なら!)

 

 俺はあえて名乗らず、棒手裏剣を投げつけて後退する。

 

「貴様! 待て!」

 

 華雄は手裏剣を払うと、逃げた俺を追ってくる。

 

(よし、食いついた!)

 

 これで、被害はある程度減らせるはずだ、と思ったが甘かった。

 

「どけぇ!」

「がぁ!」

「いぎぃ!」

 

 まるで棒切れのように戦斧を振り回し、こちらの兵を薙ぎ払っていく。

 

「くそっ、しくじったか!」

 

 退くことに考えの重きを置きすぎた!

 

 俺はすぐに反転し、抜刀で華雄に斬りかかる。

 

「ぬっ!」

 

 その一撃を華雄は難なく受け止め、弾き返すが、それに合わせて俺も飛び退いた。

 

「……先ほどは失礼した。我が名は御剣、そちらは華雄将軍とお見受けする」

「ふん、先ほどは無礼な奴と思ったが、まともな礼ができるではないか。いかにも。私こそが華雄だ!」

「では、先の無礼の謝罪も込めて全力で当たらせていただく!」

「ふむ、いいぞ、貴様! 気に入った! こいっ!」

 

 俺は刀を鞘に納めず、そのまま駆け出す。対し、華雄も飾り気のない突進をしてくる。

 

「はぁあああああああああああああああああ!」

 

 気のこもった叫びをあげながら、華雄が戦斧を振り下ろす。その一撃をさっきと同じように左手に持った鞘で受け流して、右で抜いた刀で首を狙う。

 

「ぬぅっ!」

 

 だが、華雄は流された体を止めることなく、しゃがみ込むことによって刀を避けたばかりか、その場で回転して、俺の足を狙ってくる。

 

「くっ!」

 

 それに対し俺はあえて華雄の方へ飛び、その頭に手をついて飛び越えながら今度は棒手裏剣ではなく、苦無型の暗器を投げつける。

 

「ちっ!」

 

 その暗器を振った勢いを使って上に掲げた戦斧で防いだ華雄は、俺が着地する場所を見極めて、そのタイミングに合わせるように斧を横向きに振るう。

 

 だが、それは予想の範囲内だ。俺は着地のために伸ばした足を一気に屈めて、右から迫ってきた戦斧をやり過ごしてから、着地し、返しの一撃で迫ってきた刃を再び鞘で流して、その刃の上を転がって躱した。

 

「やるな! 久しぶりに良き敵に巡り合った!」

「そりゃどーも!」

 

 だが、こちらとしてはあまりいい状況ではない。俺は攻め込むふりをしながら、後退を開始する。

 

「いい、いいぞ! 久々に血が滾る!」

 

 まぁ、華雄はそのことには気が付いて無いようだ。

 

 時折、援護しようとする味方を制しながら、後退をしていく。

 

(くそ、まだ本陣には着かねぇのか!)

 

 さすがのこのクラスの相手を長時間退いていることを悟らせないで闘い続けるのは骨が折れる!

 

 と、その時、前方に砂塵が見えた。

 

(あれは!)

 

 おそらく、いや、間違いない! 張飛の隊だ!

 

(もうそんなところまで来ていたか!)

 

 なら、ここで張り付く必要はない!

 

「すまぬな、華雄殿。ここいらで引かせてもらう!」

「な、待て!」

 

 食い下がろうとする華雄を残っている暗器全部を使用して、ひたすら撤退に全神経を傾ける。

 

「待てぇ!」

(悪いな! あんたの相手はここで終わりだ!)

 

 それだけ心でつぶやくと、俺は張飛たちの隊へめがけ駆けだす。どうやら生き残っていたやつらも張飛の隊が見えた時に撤退を始めていたようだ。

 

 だが、こちらの予想よりも矢が早く飛んできた!

 

「んな!?」

 

 味方ごと打つ気か!? と一瞬思ったが、すぐに違うと考えを改める。

 

「おめえら! 全力で走れ! でないと矢に当たるぞぉ!」

 

 そう、全力で走ればどうにかなる!

 

 俺の声を聴いたやつらが全員走る速度を一段階、いや、二段階ぐらい上げて走り出す。かくいう俺も同じように段階を上げて走っている。

 

「って!」

 

 その時、近くにいた兵がつまずいて転んだ。

 

(まずい! あの位置だと!)

 

 俺は強引に減速して、そいつのもとへ駆け寄る。

 

「おい、しっかりしろ!」

「御剣様! 私のことは捨て置きくださいませ!」

「知るか! どっちにしたってもう遅ぇ!」

 

 俺はそいつに俺の後ろを絶対に離れないことと、剣を掲げとくように指示をして走り出す。矢はすでにこちらへ向かってきている。

 

「やってやらぁ!」

 

そして、矢の雨が降り注ぐ。

「ひぃいい!」

「びびってんじぇねぇ! しっかりついてこい!」

 

 俺は後ろの兵に当たりそうな矢、そして、自身の致命傷になり得るような矢をはじきながら前進していく。

 

「つっ!」

 

 そのため、掠るものが俺の体を傷つけていく。だが、それで止まれば死につながる。

 

(距離はそんなにねぇ、突っ切れる)

「まだ生きてるか!」

「はぃいいいい!」

「上等!」

 

 俺は時折後ろの兵の生存を確認しながら駆け抜け、そして、雨を抜けた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「い、生きてる……」

「だから、いった、ろうが……。加護があるって、よ」

「し、しかし、御剣様が!」

「こんなんかすり傷だ。さっさと合流するぞ!」

「……はい!」

 

 俺はその兵を引き連れ、張飛の隊に合流する。

 

「玄兄ちゃん!?」

「張飛!」

「も、もしかして当たっちゃったのか!?」

 

一気に顔が青ざめる張飛だが、その前にさっき庇った兵士が飛び出して、そのまま全力で頭を下げる。

 

「ち、違うのです! 張飛様! 御剣様は私をかばって!」

 

 自分の非を素直に認めるところは良いが、今はその時間すら惜しい。

 

「そんなものは良い! 張飛、関羽たちは!?」

 

 俺の声を聴いたのか、関羽たちが後ろから出てくるのだが、そこに北郷も加わっていた。

 

「玄輝殿!?」

「玄輝!」

 

 二人とも張飛と同じような表情になるが、俺はそれを吹き飛ばす為に一喝する。

 

「俺のことは良い! 作戦を優先させろ!」

 

 その言葉に面を食らったのか、一瞬ひるむ北郷だったが、すぐに表情を引き締める。

 

「わかった。玄輝、ありがとう。でも、玄輝は先に後退を」

 

 その言葉に一瞬反論が頭をよぎるが、それを飲み込んだ。確かに怪我人が殿にいるべきではない。

 

「……そうだな。その言葉に甘えさせてもらう」

「よし、じゃあすぐに桃香たちに合流しよう!」

「“応!”」

 

 全員が返事を返した後、俺と北郷が先行し、関羽、趙雲が中軍、そして張飛が殿となって後退を始める。

 

 そして、しばらく退いた後、劉備たちの本陣が見えてきた。

 

「あ、ご主人様、玄」

 

 俺の姿を見た劉備の顔が見事に凍り付く。

 

「げ、玄輝さん!? ど、どうしたの!?」

「はわわぁ!?!?」

「あ、あわ……」

「ひ、雛里ちゃん!?」

 

 俺の傷ついた姿を見たせいか、鳳統がふらついて倒れそうになるのを、孔明が抱き留める。

 

 そこへ駆け寄って、その額を軽く叩く。

 

「鳳統、しっかりしろ。このぐらいで気絶するな」

「あ、あわわ、き、気絶はしてないでしゅ……」

「嚙む余裕があるなら大丈夫だな」

 

 孔明に支えられ、何とか立った鳳統は俺の目を見て怪我の具合を尋ねる。

 

「そ、その怪我はどのくらいですか?」

「ほとんどかすり傷だ。戦闘に差しさわりはない。ただ、華雄と戦ったせいで暗器を全部使っちまった」

「か、華雄将軍と!?」

「すまん、まずかったか?」

「い、いえ、それは問題ないんですけど、あまり無茶をされては……」

 

 どうやら心配してくれているようだ。

 

「すまない。ただ……」

 

 と理由を言う直前で鳳統は首を振って、先を言わせなかった。

 

「いえ、玄輝さんのことですからそこは言わなくて大丈夫れふ」

「……そうか。ありがとう」

 

 その言葉に帽子を目深にかぶって照れ隠しをする鳳統。

 

「え、えっと、大丈夫なんだよね?」

 

 劉備が恐る恐るといった素振りで俺に確認を取る。

 

「問題ない。ただ、暗器の補充が欲しいが、時間は……」

 

 いや、みなまで言うまい。

 

「すまん、余計なことを言った」

「う、ううん……」

 

 と、そこへ黄仁が駆け寄ってきた。

 

「御剣様!」

「黄仁、どうし」

 

 と、俺はその手に持っている束を見て驚いた。

 

「お前、それは」

「もしもの時に備え、我が御剣隊は皆、持ってますよ」

 

 俺がよく使う棒手裏剣型の暗器だった。それが2束ほど黄仁の手に握られていた。

 

「……すまん、助かる」

 

 俺はそれをすべて受け取ると、懐へ入れる。

 

「いえ、これしきの事」

 

 暗器を受け取った俺はここにいる面々に振り替える。

 

「これで俺も戦える。戦力として数えてくれ」

 

 その言葉に北郷は少しだけ悩むような表情を見せるが、すぐに頭を振って決断をする。

 

「わかった。じゃあ、朱里」

「はい!」

「今の状況を説明するね。まず、後ろの状況だけど、殿が華雄の部隊をうまくいなしてくれている。でも、後退をしながらの戦闘だから、少しずつだけど削られている」

「そうですか」

 

 北郷の報告に孔明は迅速に策を示す。

 

「では、まずは愛紗さんたちと合流し、そのあとで私たちの部隊で押し返します。その隙に反転すれば、袁紹さんの陣へなだれ込むことができるかと」

「了解。じゃあ作戦はそれでいくとして、問題は他の諸侯だよね……」

 

 そう、この作戦には他の諸侯も巻き込まなければ最大の効果は発揮できない。

 

「雛里、ほかの諸侯の動きは?」

「えっと、ほとんどの諸侯が多少の混乱は見えますけど、救援の動きをしています。でも、曹操さん、孫策さんの陣だけは動きがないようです」

「なるほど。俺たちの動きに気が付いているか……」

「あるいは、それすら見抜いたうえで最もおいしいところを取る時期を見ているか、ってところか?」

 

 俺の言葉に北郷は頷きを返す。

 

「恐らくね」

 

 だが、だとしてもだ。

 

「袁紹を巻き込めばその思惑も分かるだろ」

「そうだね」

 

 互いに考えを確認したところで、劉備が話を切り出す。

 

「じゃあ、話も終わったことだし、早く愛紗ちゃんたちと合流しよう」

「そうだね。じゃあみんな、頼む!」

 

 北郷の言葉に俺を含めた全員が首を縦に振り、行動を始める。

 

「じゃあ、朱里ちゃん、雛里ちゃん、みんなの指揮を」

「“御意です!”」

 

 気合いの入った返事を返した二人がすぐに兵へ指示を飛ばす。

 

「まずは部隊を前曲、後曲の二つに大きく分けてください! 前曲には槍兵の皆さん、後曲には弓兵の皆さんが入ってください! 弓兵の皆さんは合図とともに斉射を!」

 

 その先を鳳統が続ける。

 

「斉射が終わった後、槍兵さんは穂先を揃え、突撃してください。敵の前線を大きく押し返したらすぐに反転して、後退してください。その後退と一緒に袁紹さんの本陣へ乱入します……」

「“応!”」

 

 兵がその指示に返事を返したところで、劉備が号令をかける。

 

「じゃあ、みんないっくよー! 前進!」

 

 こうして俺たちは後方でいまだ戦い続けている関羽たちのもとへ走り出した。

 

どうもおはこんばんにちは、作者の風猫です。

 

筆が乗ってくれたので、更新してみました。

 

そういえば、前々からではありますが、恋姫の最新作が予約開始になっていますね。

 

今回は真恋姫の魏ルートのリメイク?のようですが、あのエンディングはどうなるんでしょうか……

 

そこだけが気になります……

 

では、こんなところでまた次回お会いしましょう。

 


 
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