第十四・五章~一刀の洛陽での平穏な三日間~
3日目・・・、
午前・・・、洛陽の街。復旧作業も順調に進み、街本来の姿を取り戻しつつあった。
今日は朝早くから、俺は季衣と流琉と一緒に復旧作業での炊き出しに参加するべく、
食材の買い出しに出ていた・・・。
「なぁ、季衣・・・。炊き出しの食材ってこんなに必要なのか?」
背中に大量の食材を背負い込み、両手にも食材を引き下げながら、右横の季衣に問い
かけた。季衣も当然ながら、食材が山のように積まれた一回り大きいザルを両手で
抱える様に運んでいた。
「何言ってんだよ、兄ちゃん!これだけでも足りないくらいだよー!皆、頑張って街を
元通りに直してるんだもん!一杯お腹がすいちゃうよー!」
「う~ん、言いたい事は分からなくもないけど・・・。」
「でも、実際はほとんどを季衣が食べちゃうんですけどね・・・。」
と、俺の左横を歩く、これまた大量の食材が入った大きな竹かごを背負っている流琉
がさりげなく俺に言ってきた。
「あ~・・・、そう言う事。」
流琉の言葉に納得する俺。
「流琉っ!どうして兄ちゃんの前でそんな余計な事を言うんだよ!?」
「本当の事でしょう!街の人達に炊き出ししたのに、それを自分で食べてちゃ
本末転倒じゃない!」
と、俺を挟んで口げんかする2人。そんなこんなで、炊き出しする場所に着くと
食材をまな板、包丁といった調理器具が用意されている台の上に、食材を置いた。
重い物を背負っていたせいで、肩と腕が痛い・・・。
「これでいいか、流琉?」
「はい、お疲れ様です。」
俺と言葉を交わしながら、流琉はやり慣れた感じでエプロンを着けるとすぐさまに
食材を次々とさばいていく・・・。他にも炊き出しをしている人達もいて、味噌汁を
作っている人、ご飯を炊きだしている人、出来た料理を運ぶ人と・・・俺の出る幕は
無かった。季衣も既にそこにはおらず、復旧作業の手伝いに行ってしまった。
「・・・・・・。」
俺もなにかしなくては、と思い、周囲を見渡す。すると、流琉の足元に置かれた、食材を
洗うための、桶に入った水がだいぶ汚れているのに気が付いた。なので、俺は新しい水を
取りに炊き出し場から出て行った。
炊き出し場から少し離れた井戸から水を汲みとり、あらかじめ用意していた桶に綺麗な
水を注いだ。
「・・・さて、行くか。」
水が入った桶を手に取ると、俺は再び炊き出し場に向かった。その道中・・・。
「そこの・・・若い人。」
突然、呼び止められる。俺は周囲をキョロキョロと見渡し、呼び止めた人物を探した。
そして俺の目に止まったのは、家の日陰となっている所で腰を降ろす、目深く布を被った
人物がそこにいた・・・。そして、俺はこの人物を知っていた。
「お前は・・・、確か許子将・・・!」
「覚えておいで下さり・・・。」
『大局の示すまま、流れに従い、逆らわぬようにしなされ。さもなくば、
待ちうけるのは身の破滅・・・。くれぐれも用心なされよ?』
あの日、華琳達と一緒に街の視察の帰りに言われた言葉・・・。
その時は、まだその言葉の真意を知らず、知ったのはずっと後、すでに手遅れだった。
もし、俺がその言葉の真意を理解して従っていたら、一体どうなっていたのだろう?
それを今言った所で、仕方のない事だ・・・。そして今、俺の前にいる人物はまさに
その言葉を言った本人でだった。俺は手に持っていた桶を地面に置いた。
「あんたの忠告を無視したおかげで、言葉通り俺は身を破滅させてしまったよ。」
俺は許子将に、その後の俺の顛末を告げた。許子将はくくく・・・と喉を鳴らした。
「しかし今そなたはここにおる。それはそなたが新たに役割を得たと言う事・・・。」
「役割・・・か。あんたにはそれが何か分かるのか?」
「この外史はすでにそなたが知る正史とは完全に逸した世界・・・。その先はまさに
白紙・・・。」
「その白紙に未来を描くのが、俺の役割だって・・・。」
「未来を描くは、この世界に生きる者達全てに等しく与えられた権利。そなただけに
限った話では無い・・・。」
「・・・・・・。」
「しかし、等しく与えられた権利を無理やりに奪い上げようとする存在がおるのも
また事実・・・。」
「奪い上げる・・・?一体何の為にそんな事を?」
「その者は、人の形を知りたいがため・・・己の使命を忘れ、人の形を求め彷徨い、
そして自分の糧にしておるのじゃ。」
「そいつをどうにかするのが・・・、俺の新たな役割。」
「されど・・・、その役割は本来、別の者が担うはずじゃった。自身がまいた種、過ちと
して・・・しかし、その者はすでに形を失い、そしてその遺志はそなたに託された。」
過ち・・・。その時、俺の頭にあの時の露仁の言葉が蘇った・・・。
『頼む・・・、北郷!!わた・・・しの・・・、私の・・・過ちを・・・、
た、たの・・・ん・・・。』
「もしかして、その人って・・・。」
「心の向かう先を見失う事が無い様に。この世界の行く末は、今やそなたの心次第・・・。」
「その言葉・・・!やっぱり露仁の事か!?そうなんだな!教えてくれ・・・、知って
いるんだろ!俺の力の事を!あいつ等の事を!」
俺は許子将の細い両腕を乱暴に掴み、俺の疑問に対する答えを求めるあまり、許子将の
体を乱暴に揺する・・・。
「全ては我が友の遺志がために・・・。その身、大事になされよ。」
俺に体を揺すられながら、許子将はそれをだけを言って黙ってしまう。
「頼む、教えてくれ!何を知っているんだ!あんたは何を知っているんだ・・・!」
「・・・刀、一刀っ!!」
「・・・ッ!?」
突然の呼びかけにはっと我に返る。後ろを振り返ると、そこには俺の左肩を掴む霞の
が立っていた。そして再び許子将の方に目を向けると、そこに許子将の姿は無かった。
俺の両手の中には、俺をじっと見ている猫の姿があった。俺は猫を持ったまま、左、右
と許子将の姿を探す・・・が、その姿は何処にも無かった。
「ちょい一刀、どないしたん、さっきから?何を探しとんねん・・・。」
「霞・・・、許子将は何処に行った!?」
「はっ?許子将で誰やん?」
「今、俺とここで話をしていた人の名前だ!さっきまでここにいたはずなのに・・・!」
「・・・一刀?お前、何を言っておるん?」
「何をって・・・!」
「人なんて・・・、最初からおらんかったで?一刀一人で野良猫にずっと話しかけて
おって、そしたら急に猫を抱き上げて乱暴に揺すり始めたんやで・・・?」
「・・・・・・・・・!!」
霞の言葉に、俺は言葉を失った。俺は猫から手を離すと、猫はそのまま地面に着地する。
そして横に置かれた桶を倒して、そのまま何処かへと行ってしまった・・・。横に倒れた
桶から、井戸から汲み上げたばかりの水が流れだし、地面に水溜りを作りながら地面の中に
染み込んでいった・・・。
午後・・・、街で季衣達と炊き出しを終えた俺は街で季衣と流琉と別れ、霞と一緒に
一足先に城に帰っていた。一緒に酒でもどうやって霞に誘われたが、とてもそんな気分
では無かったから、霞の部屋の前で別れてしまった・・・。そして俺は自分の部屋に
戻るべく近道に中庭を通っていた時だった。
「あら、一刀じゃない。」
右方向から声が掛かる。俺は右に顔を向けると、庵の下で茶会をしている華琳と・・・。
「あ、華琳・・・。それに曹洪さんも・・・。」
華琳の反対側に座ってお茶をすすっていた曹洪が湯呑を置き皿に戻して、頬笑み
ながら軽く会釈をしてきた。俺もつられて軽く会釈した。
「二人でお茶会・・・?」
「ええ・・・、本当なら明日の予定だったのだけれど。仕事の都合で一日早まって
しまったの。」
そう言えば、昨日春蘭が言っていたな・・・。丸いテ-ブルの上には、昨日春蘭と
一緒に買って来た菓子が二人の前に置かれていた。俺は華琳に誘われ、二人の間に
挟まれる形に座る。侍女の人がお茶の入った湯呑を俺の前に無表情に置いてくれた・・・。
「一応、二人は面識はあるのよね?」
「ああ、この間の宴会で一回。軽く挨拶程度に・・・。」
「そうですわね。あの時以来、ですね。あちらこちらとごたごたしていたせいで
ちゃんとお話し出来る機会がありませんでしたしね・・・。」
確かに、遠くに見かける事はあったが、面と向かって話すのは今日が初めてかもしれない。
「曹洪さんは確か・・・、華琳とは昔からの付き合いなんですよね?」
俺は宴会でのおぼろげな記憶を元に彼女に聞いてみた。
「はい、橋玄様の元で華琳と一緒にお世話になっておりました。」
「私がまだ文官だった頃、撫子は橋玄様の秘書を務めていたの。元々身内の間柄では
あったけど、橋玄様を通じて初めて会ったの。」
「それより前に会った事は無かったのか?」
「曹の家系って、あなたが考えているより複雑なのよ。私も橋玄様に教えられるまで
は、撫子が身内だとは思ってもいなかったのだから。」
まぁ、俺だって親戚の人達全員の顔と名前を知っているわけでもないしな・・・。
華琳の一族ともなれば、尚更なんだろうな・・・。
「あれ?じゃあ、曹洪さ・・・。」
「撫子で結構ですよ?」
撫子ってきっと真名の事なんだよな、きっと。彼女は俺を見ながらニコニコしている。
「・・・じゃあ、撫子さん。」
「はい?」
「橋玄さんが亡くなった後は・・・、どうしていたんですか?華琳の所にはいなかった
ようだけど・・・。」
俺が初めてこの世界にやって来た時、俺は彼女の存在は知らなかった。城にもいなかった
し・・・、だからと言って他の武将の所でも彼女の名前は聞いた事が無かった・・・。
「橋玄様が亡くなられた後、私は朝廷で働いておりました。最も位は華琳よりも低かった
ですが・・・。」
そう言い終えた後、撫子さんはお茶をすすった。そうか・・・、朝廷の人だったから
知らなかったのか。華琳は朝廷の事はあまり口にはしなかったし・・・。
「じゃあ、今は・・・?」
今の朝廷はその機能を完全に失い、形骸化している。例えるなら、今の日本の天皇の
ような立ち位置にある・・・。
「今は、華琳の所で働かせて頂いております。前々からお誘いがありました事ですし。」
「そうだったの?」
「ええ・・・、中々首を縦に振ってはくれなかったけど・・・。」
「・・・まぁ、そう簡単には人は変われない、・・・でしょう、一刀様?」
「いや、そこで俺に振られても・・・。」
「撫子には、魏領内を歩きまわってもらい、各地での問題事を解決してもらっているの。」
「いわゆる、何でも屋ですね♪」
華琳の説明に、撫子は補足をつける。
「魏の何でも屋・・・、ねぇ?でも・・・、魏だって結構大きいだろ?大変じゃないか?」
「えぇ・・・。あまりに大変で華琳に対して殺意を感じる事も・・・。」
「えぇ・・・?」
お茶を飲もうと湯呑に伸ばした華琳の手が止まる・・・。
今この人・・・、何を言ったんだ?ニコニコと笑うその顔で今何て言ったんだ!?
「冗談ですよ♪」
何でもない言わんばかりのその笑顔・・・。再び華琳の時間が動き出す。
「あ、そうだ。今度は一刀様に聞いてもよろしいですか?」
「え?はい、何です?」
俺の傍らで、華琳は熱いお茶をすすっていた・・・。
「一刀様と華琳・・・、寝台の上ではどっちが攻め手なんです?」
ブブーーーーーーッ!!!
「熱ッ、あちちちちちちッ!?!?」
華琳の口から噴き出た熱いお茶が俺の顔にかかり、その熱さに椅子から転げ落ち
ゴロゴロと地面を転げまわった・・・。
「全く・・・、口に一度含んだお茶を噴き出すなんて・・・はしたないわよ、華琳?」
「あ、あなたが変な事を言うからでしょう!」
侍女の人が、乾いた手拭を無表情で俺に差し出す。俺はそれを手にとって顔を急いで
拭いた・・・。
「・・・で、実際はどうなんです?」
撫子が俺に改めて聞き直してくる。
「だ、だから・・・!」
「どっちかって言うと、俺の方が攻め手かな・・・。」
「一刀!?あなたもあなたで答えているんじゃないわよ~!!」
「ご、ごめん!ついうっかり・・・!」
「ついうっかりって何よ!?ついうっかりって!?」
「あらあら・・・♪二人とも仲がいい事で。」
「「誰のせいッ!?」」
俺と華琳の声がおもしろいくらいに重なる。
「でも・・・そう。成程。」
そう言いながら、撫子さんは華琳の顔をじろじろと見る。
「な、何よ・・・?」
「ううん、別に・・・。唯、いつも人の上に立って導いているあなたが、彼の立派な
剣で上から為す術もなく刺し貫かれているんだなぁって・・・。」
「ただの下ネタじゃないか、それぇッ!?」
気が付いた時には、すでに俺は彼女に突っ込みを入れていた。
「ええ、それが何か♪」
開き直りッ!?その笑顔で開き直りですか、あなた!?
「でも私も興味をそそられますね~。華琳をそこまで夢中にさせるあなたが・・・。」
そう言って、撫子さんは椅子から立ち上がるとテーブル越しに、俺の鼻と彼女の鼻が
ぶつかるすれすれまで、顔を近づけてきた。彼女のその長い黒髪から良い香りがして来て、
その香り俺の鼻をくすぐる。
「ちょっと撫子。何勝手に一刀を誘惑しているの?」
とそこに水を刺す様に、華琳が割って入って来る。
「まぁまぁ・・・♪あの華琳が、まさかのやきもち?」
「なっ!?誰がやきもちなんて!?」
「違うの?」
「それは・・・!?」
「それは?」
「・・・・・・っ!もう、知らないわよ!」
そう言って、華琳は頬杖ついてそっぽ向いてしまう。俺は驚きが隠せなかった。
こんな華琳・・・、今まで見た事も無い。そもそもこんな風に華琳をからかったり
するような人間、ここにはいないからな・・・。他の奴がしたら、その人は確実に
首が飛んでいる・・・、絶対。
「あぁん、もう♪華琳、あなたはどうしてそんな可愛いの?このまま持って行きたい♪」
そう言いながら、撫子さんは不貞腐れている華琳の側に駆け寄って行き、そのまま華琳を
抱き締めた。華琳の顔が撫子さんの豊満な胸に埋もれていく・・・。この人・・・、実は
超が3,4個付く様なフリーダム人間なのでは・・・?
「~~~っ!!撫子ぉぉぉおおおっ!もう、いい加減にしなさーーーい!!」
撫子さんに抱き締められながら、華琳は大声を上げる。が、それでも撫子さんは
止めなかった・・・。
そんなこんなで数分後・・・。
「それじゃあ、華琳、一刀様。御機嫌よう・・・!」
庵の外を出た撫子さんは1度振り返って、俺達に軽く会釈する。その控えめな笑顔で・・・。
そして彼女はそのまま・・・、城を後にした。そこに残されたのは、俺と華琳。
あと最後まで無表情を徹していた侍女だけとなった・・・。
「なぁ、華琳。」
「何?」
「華琳の周りにいる人達ってさ・・・、皆有能だよな。」
「ええ、そうね。」
華琳は答えた。
「それで皆、どっか変だよな。」
「・・・・・・。」
今度は答えなかった。
そして沈黙が流れる・・・。
その沈黙を破ったのは、意外な人物だった。
「華琳様ーーーーーーっ!!!」
向こうから大声を上げながら、血相を変えた桂花が走って来る。
様子からして、ただ事では無いのはまず、間違い無いだろうな・・・。
こうして俺の洛陽での比較的に平穏だった日々はわずか3日で終わった・・・。
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こんばんわ、アンドレカンドレです。
今回で十四・五章も終り、次から本編に戻ります。
前に投稿した華琳さんの絵が意外に好評だったのに、
僕自身驚いています。最も僕は小説を書くのが本職
なのですがwww(笑)。
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