No.910052

真祖といちゃいちゃ 3-2

oltainさん

2017-06-13 22:50:44 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:496   閲覧ユーザー数:490

「――あら、お邪魔でしたか」

不意に障子が開いて、白峯さんが顔を出した。その背後で、大粒の雨が降り続いている。

 

あぁ、そういえば今日はずっと雨だったな。

かくして俺の舟は転覆した。

 

『しーっ!』

混乱した頭が導き出したのは、とりあえず眠っている真祖を起こさないでくれという妙な気遣い。

だったのだが、どうやら白峯さんには通じなかったようで、

「うふふ、この事は誰にも言いませんよ」

なんてニッコリ笑いながら返された。

 

「ご主人様から伝言ですわ。夕餉の片付けの後、俺の部屋に来て欲しい、と」

『こくこく』

雨が降っているのに、彼女の言葉はよく通る。占い師故の力だろうか。

「ちゃんと伝えましたからね。後は、ごゆっくりどうぞ」

 

白峯さんが去って、しばらくしてから背中に張りついた真祖をゆっくり引き剥がす。

幸いにも熟睡してくれているので目を覚ます事はなく、俺はそのまま部屋を後にした。

行先はもちろん、厠である。

 

「来てくれ、ではなく来て欲しい、ねぇ」

師匠にしては珍しく、困り事があると見た。

 

 

 

 

 

例の時間になったので、俺は一人師匠の部屋へ向かった。

宵闇に降り注ぐ雨粒は、寒さは感じさせないが五月蠅い程の勢いである。

普段なら淡々と響く廊下の足音も、雨音にかき消されて殆ど耳に届かない。

 

角を曲がった所で、ばったり師匠本人と出くわした。手には着替えと、洗面道具を持っている。

「おう、ちょうど呼びに行こうと思ってた所でな」

そのまま踵を返し、二人して師匠の部屋に向かう。

「何かあったんですか?」

「まぁ、あるというかないというか……用事を一つ、頼みたくてなぁ」

「内容によっては、ここで引き返しますよ」

「そんな難しい事じゃない。少しの間、俺の式姫の面倒を見ておいて欲しいだけだ」

 

いよいよもって怪しい。

自分の式姫の面倒を見させるなど、これまでに一度もなかった事だ。

 

「俺は風呂に入ってくるから、その間適当に相手してやってくれ」

「はぁ?」

「念の為に言っておくが、変な気は起こすなよ」

「はいはい、分かってますって……」

 

部屋の前に着くと、師匠は俺の肩をぽんと叩いて入るように促した。

「じゃ、そういう事でよろしく」

そのまますたすたと足早に去っていく師匠。

俺は少し陰鬱な気分になりながら、ゆっくりと障子を開けた。

「あら、これはこれはマドカ様。いらっしゃいませ」

四本の尻尾、金色の美しい毛並み。

柔和な微笑みが、俺の陰鬱な気分を一瞬で和ませてくれ――る事は無かった。

「おさきさん、何やってるんですか……」

 

綺麗に敷かれた布団の上で、きっちりと縄に縛られているおさきさん。

一瞬、師匠が縛りつけて放置したのかと思ったが、だったら俺を部屋に呼んだりはしない。

この様相を目にしたのはこれで三、四回程になる。

そしていつも、彼女はどこか嬉しそうな顔をしているのだ。

 

部屋の片隅には鞠や巾着、櫛などがごっちゃになって入った箱が置かれている。

それ以外は、特に目に付くものは無かった。

 

俺は後ろ手に障子を閉めて、おさきさんに歩み寄って抱き起こした。

「縄、解きますよ」

「私はそのままでも良いのですが……」

「俺が困るんですよ。こんなんじゃ、話もしにくいじゃないですか」

彼女の意向を無視して、結び目に手をかける。

「全く、毎回毎回、誰にやられたんです?」

「私です」

「はい?」

 

うん、聞かなかった事にしよう。

 

「こうしていれば、ハル様が私を使ってくれるのではないかと」

「……いや、むしろ逆効果だと思いますよ」

 

結び目と格闘すること数分、ようやく縄を解く事ができた。

 

「そういえば、マドカ様。ハル様を見かけませんでしたか?」

彼女は、主以外にも敬称を付ける数少ない式姫の一人である。

「師匠なら、今頃お風呂じゃないですかね」

「あら、それではお背中を流しに行かないと」

すっと立ち上がったおさきさんを見て、俺は瞬時に師匠の意図を理解できた。

 

「あーっとおさきさん、ちょーっと待ったぁ!」

俺は縄をまとめる作業を中断し、咄嗟に彼女の裾を掴んだ。

「毛づくろい、毛づくろいです!俺、師匠に言われて風呂の間に、おさきさんの毛づくろいするように言われて来たんですよ!」

「あらあら、それでは仕方ありませんね。では、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「やりますやります、精一杯やらせてもらいますとも!さぁさぁ座った座った」

 

おさきさんを布団に座らせて、縄を手早くまとめて箱に放り込んで、代わりに櫛を取り出す。

「それじゃ、始めますよ」

「はい、お願いします」

 

尻尾に触れるのは、これが初めてである。いざ相手にしてみると、布団とは比べ物にならない程の手触りともふもふ具合。

多少、湿気を含んでいるせいか、そこそこ重量感もある。

俺はおさきさんを刺激しないよう、なるべくゆっくりと丁寧に梳いていく事を心掛けた。

 

「加減はどうでしょうか?」

「はい、とても気持ちいいですよ」

普段から誰かが手入れしているのか、特に目立った汚れやほつれはない。

満足げな声が返ってきたので、俺はそのまま尻尾を梳く事に集中した。

おさきさんについては、俺はあまり知らない。

たまに家事を手伝ってくれる事はあるが、毎日の事ではない。

俺がここに来るまでは、おそらく家事の殆どをこなしていたに違いないだろう。

そういう背景もあって、俺は彼女にはなるべく頼らないようにしていた。

 

俺には自己犠牲とはよく分からない概念である。いや、はっきり言うと理解できない。

式姫は主に従うものだが、おさきさんの場合はそれがどこかズレている。

自分の身を粉にして、誰かのためにせっせと働く。それは良い事なのだろうが、彼女の場合は度を越している。

師匠とて困惑するのも仕方ないだろう。今はゆっくりと風呂に浸かっていて欲しい。

 

「あの、おさきさん」

「はい、何でしょうか?」

「どうしてそこまで、自分を犠牲にしようとするんですか?」

 

誰かの為に頑張るとか、好きな人の為に尽くす、というのならまだ分かる。

彼女の場合は、そのどちらでもない。

 

「私は、誰かのお役に立てる事が嬉しいのですよ。

その為に犠牲が必要なら、私は喜んでこの身を差し出します」

「いやぁ、そうじゃなくて……」

「誰かを助ける為に、自分を犠牲にする。良い事ではありませんか」

 

それは分かっている。当然の摂理だ。

何故それが度を越えるところまで膨れ上がっているのかが俺は気になるのだ。

 

「師匠は、そんな事を望んではいないと思いますよ」

実際のところは師匠の気持ちなど知る由もないが、俺が師匠だったらそう思う。

 

「そうですね……少し、昔話をしましょうか」

しばらくして、唐突におさきさんが語り始めた。

俺は二本目の尻尾に取り掛かりながら、静かに耳を傾ける。

 

 

 

 

 

むかしむかし、あるところに、一人の陰陽師と一匹の式姫がおりました。

二人は強い絆と深い愛で結ばれ、共に幾多の困難を乗り越え、あやかしを退治してきました。

 

ある時、二人は未踏の領域で大勢のあやかし達と戦っていました。

そこは瘴気がとても強く、優勢だった二人は次第にあやかし達に追い詰められてきました。

 

このままでは二人とも死んでしまうと思った陰陽師は、身に付けていた陰陽の御守りを渡して、

言霊の力で無理矢理式姫だけを撤退させました。

 

一人帰ってきた式姫は、とてもとても悲しみました。

来る日も来る日も、泣いてばかりいました。

 

 

 

 

 

「おしまいです」

「えっ、それだけ?」

「……残されるというのは、辛いものですね」

独り言のように、おさきさんが呟いた。

俺は気の利いた返しが浮かばなかったので、閉口したまま手を動かす。

 

「ところで、マドカ様」

「はい」

「縄は、何の為に作られたか分かりますか?」

「縄?……うーん、運搬とか荷造りの為ですかね?」

唐突に話題を切り替えられたが、俺は極めて馬鹿正直に対応した。

 

「縄は、縛ると言いますね」

「はい」

「括るとも言います」

「はい」

「最初に縄を作った人は、それを罪人の磔に用いたのです」

 

二本目を梳かし終えた。

 

「罪人の四肢を、柱に固定する為に使われました。だから肢を張ると書いて『肢張る』と呼ぶのだそうです」

「じゃあ、『括る』は……」

「磔にされた罪人に、苦しみから逃れる術はありません。なので――」

「苦しいから『苦々る』」

「そういう事です」

 

なんて事だ。

おさきさんは、拷問の道具と知りながら甘んじてそれを望んでいるのか。

 

 

 

 

 

己を肢張り

 

 

 

 

 

苦々られて

 

 

 

 

 

あの人の元へ行きたいのか――?

 

背筋がぞくりとした。止まっていた両手が勝手に震えだす。

「でも、それは」

 

言いかけたところで、障子がすっと開いた。


 
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