No.909828

新生アザディスタン王国編 第五話(後編)

千歳台さん

苛烈な一撃で連邦軍を撃退したマリナ・イスマイールは、刹那・F・セイエイと対峙する。
シリアス路線。5話構成、最終話。

2017-06-12 02:07:46 投稿 / 全19ページ    総閲覧数:689   閲覧ユーザー数:689

 

新生アザディスタン王国編 第五話(後編)

 

 ツインドライブ。

 双発のGNドライブから生成されるGN粒子。

 単発のGNドライブと比べ、その2乗という膨大な創出量のほとんどを推進力としたとき、大気中に放出されるGN粒子は蒼い閃きとして視覚できる。

 ダブルオーライザーはソレスタルビーイングが所持する、史上初めて2基のGNドライブの同調に成功した機体である。

 青と白の機体はすでに、ガンダム・アザディスタンの真正面にあった。

 最上段に構えたビームサーベルが振り下ろされる。

 

 突き上げるような衝撃がコクピットを揺らす。

 同時に警告音が鳴り響き、沙慈・クロスロードはモニターをチェックする。

 オーライザーのパイロットは、ダブルオーガンダムとの合体後は、コ・パイロットとしてGNドライブの調整や機体の状態チェックを行い、メインパイロットをサポートする。

 そのため彼の手元には、機体情報はもとより、あらゆる周辺情報が集積され、分析評価することができる。沙慈は状況を再確認する。

 充分な加速を伴ったビームサーベルによる斬撃であったが、相手モビルスーツ――ガンダム・アザディスタンによって展開されたGNフィールドで受け止められている。

 ビームサーベルを押し返そうとするフィールドの反発に、ダブルオーライザーは背面のスラスターの出力を上げて応じる。2体のモビルスーツは拮抗していた。

 モニターには機体の状態が表示されており、警告表示がいくつか見える。

 外部モニターからの映像は、上段から切りつけたダブルオーライザーと、ビームサーベルとして放出されるGN粒子にGNフィールド面が反発し激しく火花が散らされる。

 その向こう側に、白い機体、ガンダム・アザディスタンの姿が見えた。

「これは……?!」

 モニターに表示された、機体関節部の異常値に沙慈は疑問の表情を浮かべた。

 刹那・F・セイエイの声が響いて、沙慈は顔を上げた。

『どうしてしまったのだ、マリナ・イスマイール』

 声は機体の振動に響くように聞こえる。接触回線だ。

『争いを否定していた貴女が、なぜこんなことを。話し合い、お互いを理解することで争いのない世界を実現できると言っていたではないか!?』

 その声音には、苦悶の感情が滲む。

 直接やりとりしたわけではないが沙慈も、マリナ・イスマイールの温厚な人柄を知っている。そしてまた、アザディスタン王国の現状を、ある程度把握してもいる。ゆえに彼も、刹那と同じく先般のマリナ・イスマイールによる攻撃に困惑している。

『そうです』

 返答は、同じく接触回線を通じて聞こえた。穏やかな女性の声音だ。

『わたくしはずっと、お互いを理解するにはどうすればいいか、考えていました。そして気づいたのです』

 沙慈は、聞きながら異常値の解析を進める。

 モニターにいくつかの解析画像が表示され、ダブルオーライザーと相対する白いモビルスーツ――、ガンダム・アザディスタンの正面画像があった。

『相手の意思を――、相手の気持ちを理解するには、相手の立場に立たなければ理解できない。それは言葉だけではなく、身をもってその立場を知らなくてはならない、ということなのだと』

 ガンダム・アザディスタンが顔を向けたように見える。

『刹那、わたくしは今、貴方と同じ世界を視ているのだと思います』

 

 マリナ・イスマイールの言動に刹那・F・セイエイは呆然とする。

 対話による恒久平和を標榜した彼女が、なぜこのように心変わりしてしまったのか。

『大変だよ、刹那!』

 オーライザーに搭乗する沙慈・クロスロードからの内線通話が差し込まれ、刹那は言葉を呑んだ。

『異常値が、機体への負荷が異常値を示しているんだ』

 機体各所に蓄積されたダメージを数値化した情報が転送されてくる。

 表示された数値を流し読みすると、異常値の原因はすぐに知れた。ダブルオーライザーが繰り出した斬撃を防がれて、自ら繰り出した攻撃の負荷が跳ね返っているのだ。

『よく見てほしいんだ、通常のGNフィールドで防がれた場合の予測値はこうなる』

 表示されているデータに新しい数値が追加される。対比されるように配列されたそれは、元の数値を下回っている。つまり、想定以上のダメージを受けていることになる。

『おそらくこちらの攻撃を防ごうとしたエネルギーがそのまま逆流している。でないと計算が合わない――』

 刹那も沙慈の指摘の重要性に気づいて息を飲む。

 説明しつつも沙慈は解析を続けている。

『――あの機体の周辺だけGN粒子濃度が均一すぎるのが要因なのかもしれない。もしGN粒子のベクトルを操作しているのだとすれば』

 どういうことだ、と問う刹那。

『本来、今のような状況は、互いの力が相殺しあって拮抗して成り立つんだ。でも、どういう理屈か分らないけど、あのモビルスーツは、こちらの力を無効化している。でもそれじゃ発生した力の行き場が無くなるから全てこちらが請け負うことになるんだ』

 沙慈の説明にとりあえずの納得を見せる刹那であるが、正直なところマリナの変貌だけで精神的に対処しきれていない彼は、とりあえず「分かった、打開策を検討しよう」と言って事態を保留しようとする。

『いや、分かったじゃないよ刹那、分かってない!』

 沙慈は焦燥を隠さず声を荒げた。

『このモビルスーツは物理法則を歪曲しているかもしれないんだ! やばいんだよ! 敵わないよこの相手は!』

 たしかに現時点で相手の機体に有効なダメージを与えきれていないし、性能面においても不明な部分が多い。

 なにより、周囲に点在する行動不能となったアロウズのモビルスーツの数を目にすれば、それを行ったマリナ・イスマイールを今そこにある危機たらしめる。

 ならばこそ――、彼女の心根を知る自分であればこそと、刹那は操縦グリップを握る手に改めて力をこめる。

 マリナ・イスマイールを止められるのは自分しかいないのだと決意する。

『刹那、聞いてる?! だいたいバックパック見たら分かるじゃないか、GNドライブが3基装備されてる、トリプルドライブ! トリプルドライブだよ刹那! 1基負けてるじゃないか!』

 ヒステリックな声音で追求の手を緩めない沙慈に刹那は小さくつぶやいた。

「少し黙ってくれないか、沙慈・クロスロード……ッ」

 

 警告音とともに、民間放送などで使用される周波数帯から通信が飛び込んできた。

『アザディスタン王国領内にいる、全ての人々に告げる』

 刹那と沙慈は口論を止めた。

 現在の情報戦において、通信帯域全てに対して特定のキーワードでフィルタリングしつつ傍受する技術――、旧世紀ではエシュロンなどと称された虎の子も、もはや一般的なものとなっている。

 よって即時性が求められるキーワードに該当する通信はこのように、まず搭乗者に伝わる仕組みとなっている。

『自分は地球連邦宇宙軍、カティ・マネキン中佐。急を要する事態のため、経緯の説明は省略させていただく』

 マリナ・イスマイールによって通信介入された状況下で、どのように帯域を確保したのか不明であるが、マネキン中佐の放送は、音声だけでなく一部の周波数帯では映像も送信されている。

 プトレマイオスⅡのブリッジでは、モニターにマネキン中佐の映像があった。映像の背景から連邦軍の航宙艦の指揮官席であることが分かる。

『現在、アザディスタン王国はその国土全域が攻撃対象となっている』

 彼女の台詞とともに、映像が切り替わり、オービタルリング上に構築された構造物のコンピュータ・グラフィックが表示される。

『巨大自由電子レーザー掃射装置、通称メメントモリ。さきほどの核攻撃とは比較にならない威力の、超広域掃討兵器だ。これが静止衛星軌道上に配備されており、すでに稼動状態に入っている』

 さらにメメントモリの性能データが画面上に表示される。

『民間人を守る軍人として、メメントモリに関する情報を開示する。詳細な諸元もネット上で公開している』

 再びマネキン中佐の映像に切り替わるが、その表情は厳しい。

『だから、願わくば最善を尽くしてほしい、時間は少ない』

 ここで民間放送の周波数帯からの送信は切断された。

 引き続き放送は一部の軍用回線にのみ送信されている。マネキン中佐は改めて引き締めた表情で発する。

『カタギリ総司令、ならびにアロウズの諸君らに告げる』

 このとき、マネキン中佐旗下の艦隊では、モビルスーツ部隊の出撃準備が進行していた。

 デッキに整列したアヘッドには、整備員が取り付き最終調整を行い、パイロットはコクピットに納まる。

『アロウズが行ってきた数々の非人道的軍事行動が、我々軍人の持つ本来目的、つまり民間人を守るという理念から逸脱しているのは、先だってマリナ・イスマイール女王が報じたとおりである。自分もその一旦に加担した事実を恥じるとともに、諸君らを断罪すると決意した』

 パトリック・コーラサワー中尉もすでに出撃準備を完了している。

 準備を進めさせてはいるが、マネキン中佐は部隊の介入はあくまで最終手段であり、説得させうると考えている。人道的見地からも、今行っているマネキンの説得は理に適ったものであるはずだ。

 自然と言葉に力もこもる。

『ゆえに、メメントモリの稼動を即刻停止し、投降せよ』

 オペレータから、マネキンの発信に対して往信が着信したことが報告される。マネキンはそれを受理し、メメントモリからの双方向通信が接続される。

 彼女が予想したとおりの相手が映像に表示される。

『独立治安維持軍アロウズ指令、ホーマー・カタギリである。中佐の言にも一理あるとも言えるが、貴殿にそれを断罪する権利はない。なぜなら我々の独立性は連邦軍ならびに地球連邦政府に承認された事案であるからだ』

 彼の背景から想定するに、メイキョウシスイから移動して、メメントモリのコントロールルームに居るようだ。

『メメントモリに関する内部情報の漏えいについては、上官である自分自身の監督不行き届きとして不問に伏そう。貴殿はただちに本来任務に戻りたまえ』

 威圧的なカタギリ指令に対して、マネキンは眼鏡の奥にある瞳を冷笑に歪めて見せる。

『それには及びません、指令。先刻、臨時閣議によりアロウズの軍事的独立性が再査され、現状が本質にそぐわないと認められました』

 マネキンはコンソールを操作しながら「ご確認ください」と、政府公式フォーマットで記載された決議文をモニターに表示させた。

 その内容は、アロウズを解体し、地球連邦軍正規部隊に再編成するというものであった。

 文面に目を通すカタギリ指令のまなじりがみるみるつり上がる。

 過半数の賛成によって承認された決議文の末尾に承認者一覧が記載されている。その中にアロウズとつながりの深い閣僚が何人もいた。先刻、ルイス・ハレヴィが面談した士官も顧問として名をつらねている。

 冷笑してみせたマネキンであったが、その拳は終始固く握られている。それが、カタギリ指令の動揺で少し緩む。

『ご覧のとおりです、指令。即座に任務を停止し……』

 マネキンの通告を遮ったのは、豪快な笑い声であった。裏表のない、ある意味爽快さすら感じさせる笑い声であった。

『なるほど流石だ、中佐。部下たちが君を警戒するのも分かる』

 カタギリ指令の言いようは、本心からの評価であった。

 そしてそれは、マネキンの策略をもってしても、なんら揺らぐことのない自信の表れでもあった。

『だがマネキン中佐、明らかにしておきたい事が一つだけある。貴殿は我々を軍人の本来目的を逸脱していると指摘した。自分はそう思っていない』

 マネキンは一転して険しい表情になる。

『全ては恒久平和を目指すためだ。そのために選ばざるえない血道があるならば、迷わず踏み入る覚悟が自分にはある』

 やはりこうなってしまった。マネキンは説得しきれなかった己の不甲斐無さに苛立った。

『中佐はアロウズに配属されて間もないため、知らないのも無理はないが、アロウズ創設時からの部下たちは皆、その覚悟を持って集っている』

 たとえ理にかなっていたとしても、カタギリのような人物はそれを簡単に覆す。これをカリスマというのだろう。

 今後の展開を予測して、マネキンは再び拳を固く握る。

『我々は任務を遂行する。阻むものは何者であろうと撃退する。中佐も己の信じる道に従いたまえ』

 カタギリ指令は豪語して通信を切った。

 

 マネキンの放送を聞いてからの、アニュー・リターナーの動作は素早かった。

 操舵席に駆け寄り、コンソールを操作すると、正面の宇宙空間の一角がワイプで拡大表示される。

「カタギリめ、予定より早いじゃないか」

 愚痴るようにつぶやいて、キーを叩く。

 ワイプ画像には、オービタルリング上に配置されたメメントモリが見える。

 外壁を航行する航宙艦がミニチュアのように見え、メメントモリがいかほど巨体であるか伺うことができる。

「これだ」

 アニューは画像をズームアップして、メメントモリとオービダルリングが接続している箇所を映し出す。

 さらにもう1つ画面を表示する。

 さきほどマネキンが公開した、メメントモリの諸元の抜粋だ。

 指揮官席のスメラギに振り返る。

「メメントモリのメインジェネレータの位置はここだ。オービタルリングとの接続箇所の隔壁が一番薄い。ここを破壊すれば、メメントモリは機能停止する」

 アニューの余裕の無さを察したスメラギは、一瞬だけ思考をめぐらせた後「分かりました」と言うと、

「ミレイナ、ロックオンを呼び戻して」

「ティエリアとアレルヤは出撃準備を」

「フェルト、連邦軍のカティ・マネキン中佐とコンタクトして。協力を要請します」

 矢継ぎ早に指示を飛ばしたスメラギは、一度大きく呼吸した。

「これより、ミッションを開始します」

 

 メメントモリ本体から、第一防衛線まで離れたマネキンの艦隊から出撃するモビルスーツ部隊が見える。

 オペレータの報告とともに、モニタ越しにその光景を見るのは、アーサー・グッドマン准将だ。

「雌狐め、土壇場で尻尾を出したな」

 言葉とは裏腹に、彼の表情には余裕があった。

 グッドマン准将が席を納めるのは、旗艦メイキョウシスイの司令官席である。

 今の彼は、マネキン率いる防衛艦隊から出撃するモビルスーツ部隊に対する迎撃作戦を直接指揮する立場にある。

 メメントモリのコントロールタワーへ移動したカタギリ指令の代理とはいえ、総艦隊指令という肩書きに昂ぶるものはある。

 艦橋の外には、コントロールタワーの巨大な外壁が見える。

 現在、メイキョウシスイは直接コントロールタワーに接舷している。他の艦艇はメメントモリ周辺に展開していて、順次、迎撃のためアヘッドがカタパルトから射出されている。

 准将の手元のサブモニターには、コントロールタワーの状況が表示されていて、カタギリ指令の姿が見えた。

『だが、もう遅い。カウントダウン省略、メメントモリ、照射開始』

 サブモニターは映像だけでなく音声も中継されていて、カタギリ指令はたしかにそう言った。

 

 アザディスタン王国。

 時は数分ほど遡る。

 ガンダム・アザディスタンのコクピット。

「わかりました」

 カティ・マネキン中佐の放送を受けて、マリナ・イスマイールは一人呟いた。

 バイザーの表面に電子的な閃きがはしり、コクピット内の起動音が高まる。

 マリナが身を預けるシートすら震わす振動。

 ガンダム・アザディスタンのバックパックに装備された3基の疑似GNドライブが臨界に達する。

 それが一度大きく震えた。

 途端、GNドライブから爆発的にGN粒子を放出される。禍々しい朱色の柱が3方向に噴き上がる。

 反射的にダブルオーライザーは距離をとった。

 刹那は絶句する。

「これは……!」

 噴き出した粒子は大気と混ざり合い、急速に拡散し、またたくまに王宮の上空を被ってしまう。

 刹那には見覚えがある。

 4年前、タクラマカン砂漠で実施されたG計画。

 突如飛来したチーム・トリニティによるガンダム・スローネ。

 追い詰められたガンダム・マイスターたちを救出すべく、戦闘地域全域にGN粒子を大量散布させた。あの光景を思い起こさせた。

「いや、それ以上だ」

 刹那は無意識につぶやいていた。

 気づけば粒子の波は王宮周辺の市街地を覆い、高層ビル群の空を粒子で埋め尽くす。

 眼下には、さきほどのミスター・ブシドーとの戦いで、アリー・アル・サーシェスの部下が搭乗していたアヘッドの残骸があった。

 GN粒子の煌めきが残骸にも舞い落ちる。

 途端、コクピットもすでに無人となり完全に機能停止していたはずのそれが、小さく振動する。

 甲高い起動音とともにGNドライブが息をふき返す。

 無人であるはずのモビルスーツが再起動する。否、厳密にはGNドライブが再起動していた。

 再起動したGNドライブから放出されるGN粒子が、さらに拡散していく。

 

 アザディスタン王国、首都マシュファド。

 庁舎前に乗り付けたトレーラーへ移動するさなか、シーリン・バフティヤールは不意に空を見上げた。

 上空を覆う粒子の煌めきに言葉を失う。

 

『大変だ、刹那!』

 沙慈・クロスロードが機内通信で刹那に呼びかける。

 返答を待たずに沙慈は続ける。

『周辺のGN粒子密度が急激に上昇してる』

 GNドライブから放出されるGN粒子量は、ドライブの基数分乗化される。

 ゆえに、3基のGNドライブを装備するガンダム・アザディスタンの粒子放出量は、スローネ・ドライのそれと比べるまでもない。それは刹那も理解している。

「見れば分る」

 憮然と応じる刹那であったが、沙慈の真意は違っている。

『でも、これも数値がおかしい。散布されているGN粒子が、GNドライブ3基分をはるかに上回っているんだ』

 モニターにグラフを表示してみせる沙慈。

『だから発生源を解析した』

 さらにモニターは周辺地図に切り替わり、稼働していると推測されるGNドライブの位置が光点でマークされる。まずは5つ。ガンダム・アザディスタンと、ダブルオーライザーのツインドライブだ。

 さらに、ダブルオーライザーの現在地周辺にも、いくつかの光点が表示されて、さすがに刹那も「これは……」と沙慈の意図を理解する。

 光点は少し離れた位置にも点在していて、その数は24になる。リボーンズ・ガンダムに迎撃され行動不能となったアロウズのモビルスーツ部隊であった。

 半壊、もしくはダメージにより擱座した機体背面に装備されたGNドライブが起動している。

 コクピットから脱出したパイロットたちが、再びGN粒子を放出する機体を呆然と見つめる。

 少し離れた所からその光景を俯瞰する、もう一体のモビルスーツがあった。

 光学的カモフラージュを解除した、リボーンズ・ガンダムである。

 コクピット内のリボンズ・アルマークは、モニタに表示される周囲のGN粒子量、その増加率、散布範囲などのデータをひととおり確認したうえで、苦笑いをこぼしてみせた。

「まぁ、この状況では仕方ない。だが、粒子供給量に不安があるな」

 しかし、苦笑いは強張った表情でうまくできていなかった。

 この時点でリボンズは、アニュー・リターナーを媒介にソレスタルビーイングと交渉し、メメントモリへの対応策を講じている。

 講じているが、彼はまったく安心できていない。

「マリナ・イスマイール、そもそもソレは対ダブルオーに準備したものだ。メメントモリクラスを想定した設計では――」

 モニタに新たな警告メッセージが表示される。

 同時に、リボーンズ・ガンダムの駆動音が変調したことに気づきつつ、メッセージを読み取る。

「なるほど、それも想定外だったな」

 つぶやくリボンズは、いつものシニカルな笑みを浮かべた。

 

 同じく、ダブルオーライザーのコクピット内でもアラートが鳴り響く。

「今度はなんだ?!」

 若干キレ気味の刹那は、沙慈の解析を待たず自ら確認を試みる。そしてすぐに原因は分かった。

 機体の出力が低下している。実際、新王宮中央塔上空で滞空していたダブルオーライザーであるが徐々に高度を落としている。

「GNドライブからの粒子供給量が半減している?」

 すぐさま沙慈から訂正の連絡が入る。

『いや、GNドライブは正常に稼働している。粒子創出量は変わっていないんだ』

 GNドライブから創出されるGN粒子は変わっていない。にもかかわらず推進装置に供給される粒子量が半減している。

 沙慈から転送されてくるデータをモニターに見ながら、推察される事態に刹那は驚嘆の表情で小さくつぶやいた。

「外にGN粒子が漏れ出しているのか?」

 とっさに、刹那は正面のガンダム・アザディスタンを見やる。

 広範囲に放出された疑似GN粒子、破壊されたモビルスーツに搭載されたGNドライブの再起動、そしてダブルオーライザーのGN粒子供給量の不調、刹那の疑念は一つの結論に至ろうとする。

 が、そのような思考を遮るように事態は展開する。

 

 それは光の柱だった。

 静止衛星軌道、オービタルリング上に設置された、メメントモリの照射基部から発したエネルギー照射は直径500キロにもおよぶ。

 圧倒的な光。地球面の青い輝きのみに照らされた暗い宇宙空間に、突き刺すような閃光。

 その光量は、メメントモリ本体のみならず、周囲を航行するアロウズの艦隊にも黒い影を落とす。

 メイキョウシスイの位置だと、ちょうど足元からの発光になる。漆黒の宇宙空間を照らし、艦の影を遠くに飛ばす。

 この瞬間、その場に居合わせた者たちすべてが息を呑んだ。

 メメントモリから距離をとったカティ・マネキンの艦隊からは、なおさらに光の柱の全容が見て取れた。

 地球に突き刺さるかのような、一本の光の柱。

「わっ、まぶしっ」

 モビルスーツ射出口に立ったアヘッドのコクピット内でコーラサワー中尉が思わず手をかざす。

 特殊素材で有害な光線をフィルターする艦橋の外壁ガラスを通してもなお、まぶしさに目を細める。

「そんな……」

 無意識につぶやいたルイス・ハレヴィは、はっとして艦長席を見やる。

「モビルスーツ隊、発進を急がせろ」

 カティ・マネキンは冷静に指示を出す。

「次の照射までは時間がある。それまでにアレを止めるのだ」

 艦橋のスタッフは皆、正面からの閃光をさえぎるように作業している。その中で彼女だけは光の柱を見つめている。

 下唇を噛むその表情は厳しい。

「まただ……、また止めることができなかった。あそこには軍人だけではない。なにも関係のない人々がいるのだ」

 

 メメントモリからのエネルギー照射は、照射された瞬間から照射範囲を拡大し、最終的に直径500キロに及ぶ。世界各国、どこの主要都市であろうと消滅できる規模である。

 それは、アザディスタン王国新王宮を中心に、成層圏に滞留する雲海を蒸発させながら地表に照射された。

 この場合、アザディスタン王国は遷都したマシュファドを含む国土の1/3を失い、その範囲はカスピ海沿岸におよぶ。

 ――はずであった。

 最初に事態の異常を察知したのは、メメントモリコントロールルームであった。エネルギー照射開始から10秒が経過していた。

 コントロールルーム内のスタッフがざわめく。

 カタギリ指令の表情には焦りの色が浮かぶ。

「バカな、観測機を飛ばせ、直接確認するのだ」

 それは、アザディスタン王国周辺の地表温度のデータであった。

 ユニオン所属のアメリカ空軍が所有する超水平線レーダーシステムによって遠隔地からアザディスタン王国を観測したものだ。

 現状、メメントモリのエネルギー照射による影響で、人工衛星から正確に地上観測することができない。しかしこのレーダーシステムは、地上からレーダー照射し、指向性を利用して遠隔地を観測する。探知距離は3,000キロにおよぶ。よって、プローブのような観測地点に観測装置を配置する必要がなく、観測地点が攻撃されていても観測結果の信頼性は高い。

 実際、さきほどの紅海でも、核攻撃相当の地表温度の変化を観測している。

 だが、エネルギー照射直後のアザディスタン王国、それもマシュファド近傍の地表温度は、例年の平均温度を数度上回るていどの数値であった。

「エネルギー照射開始から20秒経過」

 オペレーターの報告。メメントモリの連続照射時間は30秒である。

 今も、リアルタイムで送信されてくる数値に大きな変化はない。

 まっさきにメメントモリ本体の故障を疑ったカタギリ指令であったが、すでに問題ないとの報告を受けている。

「観測機より報告!」

 オペレーターの声にカタギリ指令は黙って首肯した。

「エネルギー照射部の状態は良好。熱量その他数値に異常なし」

 口頭報告の伝達とともに、カタギリ指令の手元のモニターに詳細な数値が表示される。

 もちろんそうだろう、とカタギリ指令は首肯する。

「ただし」

 一瞬沈黙して、オペレーターは報告を続けた。

「ただし、目視観測であるが、照射地点の地表状態に変化は見られない。誘爆等の火災なども一切見受けられない」

 カタギリ指令は大きく唸った。

「バカな!」

 

 ダブルオーライザーはさきほどの出力低下の結果として、今は地表に片膝をついて身動きが取れないでいる。ツインドライブから放出されるGN粒子は今もなお、大気に拡散し続けている。

 刹那・F・セイエイは上空の様子を、驚愕の表情で見つめている。

 コクピットのスピーカからは沙慈の状況解析の声が聞こえる。

『GNフィールドは高度約5,000メートルの位置で展開されてる』

 コクピットのモニター越しに見えるのは、全天を覆う朱色のベール。

 刹那もよく知る、アロウズのモビルスーツが装備しているGNシールドと同じ現象だ。

『粒子密度はそれほど高くないけど、影響範囲が桁違いだ、計測値が本当なら半径1,000キロにもなる』

 

 メメントモリからの高エネルギー反応との報告を受けて、おもわず指揮官席を立ったスメラギ・李・ノリエガであった。

 しかし、アロウズと同じように情報収集するにつれ、想定した事態に陥っていない事が分かってくる。

「なにが起こっているの?」

 スメラギが問いかける相手はもう決まっていた。

 操舵席のアニュー・リターナーが振り返る。

「難しいことではないよ、20数基のGNドライブから放出されたGN粒子でGNフィールドを形成し、メメントモリからのエネルギー照射を防いでいるだけさ。真新しいことはなにもしていない」

 とりあえず最悪の事態は回避したことを理解して指揮官席に座りなおすスメラギ。

「そんな、だってダブルオーですら2基のドライブを同期させるのに相当手間取ったのよ?」

 ダブルオーガンダムに搭載されたツインドライブであるが、調整に難航したことはプトレマイオスのクルーならば誰もが知っている。

「いや、あれほど精度の高い同期ではないんだ、厳密には手法がまったく違う。指向性を付与したGN粒子を広範囲に散布し、範囲内の他のGNドライブの流入機構を遡行して制御機能を掌握する」

 説明を聞きながらスメラギは、内心で「前から思ってたけど、GN粒子ってなんでもアリなのよね」と愚痴る。戦術的な課題がGN粒子によって技術的に解決されてしまうのは、便利ではあるが反面、不確定要素になりやすい。戦況予報士としては扱いに困る場面もあるのだ。

「便宜上、"GNクラウド"と名づけたシステムだが、理論上256基のGNドライブを制御下に置くことができる。本来は、拠点防衛を目的としたものだ」

 スメラギは自分の愚痴に「ほらね」と相づちをうつ。

「だが、メメントモリのような、戦術核20数発分の核熱エネルギーを継続して最大30秒間も照射できる兵器を前提としていない。正直なところ、事前に足止めしたアロウズのモビルスーツでは粒子量が不足していた。GNフィールドというのは攻撃エネルギーを単にGN粒子で相殺する仕組みだから、攻撃エネルギー量に応じてGN粒子が消費される。今回は絶対的量が足らなかった」

 リボンズが慌ててメメントモリの弱点を情報提供したのはこれが理由だった。

「しかし、それを補って余りあるのが、ダブルオーガンダムのツインドライブだった。GNクラウドはあくまで疑似GNドライブを想定して設計されていたのだが、まさか純正品も適用できるとはね」

 などと会話をしているうちに、外からのまばゆい光が徐々に光量を無くしてゆく。エネルギー照射が終わったのだ。

 

 刹那・F・セイエイと沙慈・クロスロードは限られた情報から、あるていどの結論を導き出しつつあった。

「マリナ・イスマイールのモビルスーツが、こちらのGNドライブの制御を奪っているというのか」

 そのようにまとめる刹那に同意する沙慈は捕捉説明する。

『すべてではないんだ。でも一定量のGN粒子は生成後、想定した流動にならずある種の指向性をもって機体の外に流出していくんだ』

 途方にくれて「これじゃ対処のしようもないよ」と沙慈は嘆いた。

 反して、刹那は瞳に決意の光を宿らせる。

「ひとつだけ、こちらから、GN粒子の流れを変える方法がある」

 おもむろに計器類を操作する。

「ドライブの制御を取り戻せるかは――、分からない。だが、粒子の流出を無効化できるかもしれない」

 ひととおりの操作を終えた刹那は、操縦桿を握りなおし大きく息を吸い込む。

「呪縛を断ち切る!」

 続けて刹那は大きく叫んだ。

「トランザム!」

 コンソールのゲージ類がレッドゾーンに達する。

 

 爆発的な粒子放出量の変化は、GNクラウドによる流量制御を大きく乱れさせる。

 さらにトランザム発動によって生成された高濃度圧縮粒子は、安定した流量を保ち、ダブルオーライザーはGN粒子の制御を取り戻した。奇跡的に刹那の狙いどおりとなった。

 通常よりも輝きを増したGN粒子を纏ってダブルオーライザーは飛翔する。

 刹那の動きは、マリナ・イスマイールも把握していた。ちょうどメメントモリからのエネルギー照射が事切れたタイミングである。

 マリナは驚きの表情を口元に浮かべる。

 ダブルオーライザーが復活したためではない。この状況下で刹那がまだ立ち向かおうとするとは、予想できていなかったのだ。

 すでにダブルオーライザーは眼前にあった。再び対峙する2体。

 ガンダム・アザディスタンはレーザー通信を受信した。

 飛び込んできたのは、刹那の張り詰めた声だった。

『マリナ・イスマイールとは、方法は違えど、恒久平和を目指す志を同じとして在るのだと思っていた。俺は戦いを戦いでもって止めさせることができると信じている。そしてマリナ・イスマイールは争いを否定し、話し合うことで解決できると信じている。それが争いのない平和な世界を実現できると』

 言いながら、刹那はダブルオーライザーにGNソードを構えさせる。

 その切っ先は、高濃度圧縮粒子によって紅蓮の炎のごとくゆらめいている。

『だが、それは俺やマリナ・イスマイールに限ったことではない。連邦軍や、ましてやアロウズにも同じ事が言えるのだ。誰もが争いのない世界を目指して戦っている。今、ここで起こっている戦いとは、自身の、平和を実現するための手段を、世界に通用させるための戦いなのだ』

 聞いてマリナは微笑んだ。

「刹那、それが貴方の覚悟なのですね」

 おだやかな声音のマリナに、対する刹那は口調を変えない。

『そうだ、俺の間逆を行くマリナ・イスマイールは、やはり敵なのだ』

 GNソードの切っ先をガンダム・アザディスタンに向ける。

 沙慈からライザーシステム起動完了の報告が入る。

「トランザム、ライザー!」

 両腕に構える二刀のGNソードとサイドバインダーから爆発的に放出されたGN粒子が煌めくビーム状の切っ先となる。このとき延びた切っ先はすでにダブルオーライザーの全長を上回っている。

 それがガンダム・アザディスタンに振り下ろされる。

 が、正面、ガンダム・アザディスタンによって形成されたGNフィールドによって受け止められる。

 事の成り行きを見守るマリナ・イスマイールはおだやかな表情を変えない。

 実体剣のごとき高密度GN粒子の照射によるライザーソードによる斬撃は、たとえ大量のGN粒子をつぎこんだGNフィールドでもしのぎきれない。

 ガンダム・アザディスタンは、GN粒子をベクトル操作しビーム状となったライザーソードを捻じ曲げる。

 ビームの刀身はまたたくまに延び、刃はそのまま天空へ延びていく。

 GNフィールドを基点に直角に捻じ曲げられるライザーソードの刀身。

 それでも刹那は切り結びをやめようとしない。

『無茶だ!』

 沙慈は叫ぶ。

「まだだ!」

 刹那はヘルメットのバイザーをあげ、正面のガンダム・アザディスタンを凝視する。

 その間もGNドライブは起動音を高まらせる。高音化していく起動音はついに可聴域を超える。

 そして、何かが爆ぜた。

 

 まったく予想しえなかった光景に、カティ・マネキンは指揮官席を立った。

「なんだあれは!?」

 漆黒の宇宙空間と、青く輝く地球面。

 蒼い一条の煌めきが地表から伸び上がってくる。

 それはほぼメメントモリと同じ位置。だが衛星軌道から照射されたさきほどの光景とは、全く逆だった。

 メメントモリのレーザー照射とはまったく異質で、鋭利さすら感じさせるそれは、一瞬、メメントモリから距離をとった風に動くと、まるで切っ先を振り下ろすかのように、次の瞬間、深々とメメントモリ本体に突き刺さった。

 熱したナイフでバターを切るかのようなそれは、易々と中心部まで切り込まれ、くるりと弧を描いてえぐるように両断する。

 少し間を置いて、メメントモリ本体の各所で誘爆による爆発光がちらちらと光る。

 マネキンの艦隊から観測しきれていないが、振り下ろされた切っ先は、メメントモリ・コントロールを破砕し、コアとなるジェネレータをも破壊していた。

 誘爆により本体は崩壊をはじめ、それに巻き込まれるようにアロウズ旗艦メイキョウシスイも轟沈する。

 事態を理解できないまま、アーサー・グッドマン准将は、誘爆の中に消えた。

 同じく、カタギリ指令も事態を理解できていない。

 もはや半壊したコントロールルームから、巨大な光の刀身を見る。まったく現実感を伴わない光景だが、それでも彼は直感的に得心する。

「これが、世界の答えということか」

 己の信念が半ばにして絶たれる事実に、コンソールに置かれた拳は固く握られている。

 だが、爆煙で見えなくなる彼の表情は、決して苦渋に満ちたものではなかった。

 

 それでもライザーソードから放出されるGN粒子はとどまらない。

 コクピット内で刹那が咆哮を上げる。

 突き昇るのは、切っ先のごとく収束されたGN粒子の帯。

 異変に気づいたのは、沙慈・クロスロードだった。追ってマリナ・イスマイールも気づく。

 刹那に呼応するように、双発のGNドライブが通常値を上回る粒子創出をはじめていた。

 コクピット内を漂う黄金色の粒子。

 琥珀色に輝く刹那の瞳。

 

 遠くで爆砕しているメメントモリを見つつ、スメラギは指示をとばす。

「ミッション一時停止、状況確認!」

「フェルト、地上の情報収集、急いで」

「マイスター各員、情報を連携するわ、各自で解析してみて。とにかく情報が欲しいの」

 プトレマイオスの速力を通常値に操舵して、アニュー・リターナーは一人ぼぅっとしていた。

 そして、小さく呟く。

「これが、純粋種の力か……」

 彼女は、地表に見える蒼く輝く2つのリングを呆然と見つめていた。

 

 トランザム・ライザー時に形成されるライザー・ソードによる刀身は、実に全長1万キロメートルにおよぶという。

 その破壊力たるや、かくの如し。

 消費されるGN粒子量も膨大で、使用後、ダブルオーライザーはほぼ行動不能となる。

 前触れ無く、GN粒子で生成された長大な刀身が消滅する。ツインドライブから放出される粒子も消え、機体がゆるゆると降下していく。

 刹那はようやく我にかえり、そして見上げる。

 コクピットのスクリーンに見えるのは、ガンダム・アザディスタン。

 同じく降下していくダブルオーライザーを、マリナ・イスマイールはコクピットのスクリーン越しに見送るように見つめるのであった。

 さらにそこから遠方。

 リボーンズ・ガンダムのコクピットに収まるリボンズ・アルマークは、ただ呆然としたままだ。

 

「ダメージ・レポート!」

 カティ・マネキンの一声で、各所から口頭による報告、および手元のモニターにもテキストがスクロールされる。

 概要としては、メメントモリに駐留していた総司令直属の艦隊は、壊滅こそ免れたものの、その機能をほぼ消失していた。

 それらの情報を整理しつつ、マネキンは、戦術予報士としての彼女が想定していたシナリオを思い返す。

 実のところ、メメントモリの予想を上回る立ち上がりの速さに、アザディスタン王国へのダメージは、あるていど致し方なしと想定していた。

 だが時間をかけた対価としてアロウズの組織としての解体を勝ち取った。

 連邦政府の内諾を得た時点で、アロウズがどれほど抵抗しようともそれはただの反乱である。だれも援助はしないし、現時点で主要な資金源を押さえてもいる。マネキンに抜かりはなかった。

 反乱は長期化するかもしれない、だが時間の問題だ。いづれ収束する。

 あとは連邦政府による新たな秩序の構築を進めることで情勢の安定化が図れる。

 それがどうだ、今の状況はマネキンの想定を完全に覆している。地上でいったい何が起こっているのか、彼女の手元には推測するにも乏しい情報しかない。だが、あるていどの予想はできた。

「これも、彼女の行いだというのか……?」

 小さくつぶやいてマネキンは、即座に出撃中止命令を発令し、メメントモリ近傍宙域への救助指示に切り替えた。

 と、そこへ全く別の報告があがる。

 怪訝に眉をしかめつつも、艦橋から外を見る。

「なにをするつもりだ、クジョウ」

 ソレスタルビーイングの輸送船、プトレマイオスが推力を上げて遠ざかる姿が目視できた。

 報告による予想進路は、地球とあった。

 

 現時点でも、いちおうプトレマイオスの操舵手であるアニュー・リターナーは、スメラギからの突然の指示にも対応した。

「いや、そのていどの仰角計算なら容易いものだが」

 さきほどの、なんらかの茫然自失状態から持ち直したアニューは、的確に作業を進める。

 ブリッジの正面モニターに表示されているのは、コクピットで待機中のティエリア・アーデだ。モニターには、ロックオン、アレルヤの姿もあった。

『何をするつもりだスメラギ・李・ノリエガ』

「それは追って説明するから。もう時間はあまりない」

 指揮官席に深く座りなおしたスメラギは、「それよりも」と、言葉を継ぐ。

「みんなに決めてほしいことがあるの。これからの私たちの身の振り方よ」

 軽い口調でありながら、スメラギは真剣な表情でクルーを見回す。

「状況を整理します。メメントモリは破壊され、同時にアロウズも瓦解した。勝ち残ったのは誰?」

『おそらく』

 まず発言したのはティエリアだった。

『というより、ようやく地球連邦軍が本来の形に成る。地上世界の軍事力がひとつに纏まるだろう。これはイオリア・シュヘンベルグの、新たな意思との邂逅を想定した準備段階として成功した事例となる。アロウズの壊滅は軍事力統一の過程で生まれる不安要素の排除と考えれば、本件は通過儀礼といえる』

『ようするに、ソレスタルビーイングも今度こそお払い箱ってことか』

 ロックオンがぼやく。

『我々の存在価値はそうだったはずだ。世界の脅威となることで世界をひとつにする。これは想定された状況だ』

 まぁな、とロックオンは返すが、それだけでなく彼は不敵に笑ってみせる。

『だがな、あのお姫様はどうするんだい?』

 アニュー・リターナーを媒介としたリボンズ・アルマークによる、地上の状況説明や、メメントモリの破壊がダブルオーによるものと解析が済んでいる点で、ソレスタルビーイングはどの勢力よりも状況把握ができている。

 ロックオンの問いに答えるのはアニュー・リターナーだ。

「アザディスタン王国としては、一時的に掌握した核施設の制御を地球連邦政府に移譲する想定だ」

 ロックオンはすでに相手がアニューであろうと怯まず、『だろうな』と、いちおうの納得をしてみせる。

 だが彼はアニューを見ていない。モニター越しに見るのは指揮官席のスメラギだ。

「もちろんそうするでしょう」

 ロックオンの言を引き継ぐように言うと、スメラギ・李・ノリエガは胸元で腕を組んでみせた。

「でも、彼女、マリナ・イスマイールはその意思を押し通してみせた。いえ、押し通せる力を示した。地球連邦政府におもねることで、一時的な安寧を得るかもしれない。でもひとたび彼女が決意すれば、事態は一転してしまうのではないかしら?」

 と、ここで一息ついて「これはあくまで私見だけど」と前置きする。

「マリナ・イスマイールによる、緩やかな独裁。私は現状をこのように解釈するわ」

 口元を厳しく引き結んでスメラギは操舵席のアニューを見つめる。

 彼女は操作を行いつつ、いたって事務的に答える。

「イオリア・シュヘンベルクの思想に、地上世界の統一形態についての条件はない」

 と言い切った上で、操舵席のシートを動かしスメラギに向き直った。

「あえて私見を述べるなら。我々イノベイドは人類の革新をサポートする立場にある。が、人類が我々より優れているとも考えていない。優劣には個体差がある。ならば」

「それは前世紀で失敗しているわ。散々にね」

 楽しそうな物言いのアニューを、スメラギはあえて遮った。

 それは生前のイオリア・シュヘンベルクの人類への達観に似ていたかもしれない。

 最初に言ったように、どのような形で纏まろうと関係ないのだ、彼らにしてみれば。

「人類は優れていないと言ったが、成長していないわけでもないだろ? "彼女"ならやれるのではないか、という考えもあると思わないかい?」

 事態はほぼ終息しつつある。ようやく余裕を見出したリボンズは、いつもの皮肉めいた笑みを浮かべてみせた。

 

 見渡すかぎりの蒼穹に、白い輝きが幾つも瞬く。

 メメントモリの残骸が大気との摩擦で燃え尽きようとする輝きだ。

 膝を付いて各坐するダブルオーライザーの前方に、ガンダム・アザディスタンも着地した。

 トリプルドライブから放出されるGN粒子は通常運転に戻っている。

 トランザム発動限界をむかえたダブルオーライザーは、かろうじて生命維持や通信設備を機能させてはいるが駆動することはできない。

『刹那』

 まだ接続されているレーザー通信を通してマリナ・イスマイールが問いかける。その声音はいつも優しい。

『もう戦いは終わったのです。刹那、貴方の神は見つからなかったかもしれない。けれどもう、休んでも良いのではないですか?』

 旅の疲れを癒すように言う。

 刹那・F・セイエイはヘルメットのバイザーを下ろす。

 計器の瞬きが反射して、その表情をうかがい知ることはできない。彼は沈黙している。

『ここは――、アザディスタン王国は風と砂しかないところですけれど、ひととき落ち着くくらいは出来る場所になったと思うのです』

 コクピット内に警告音が響く。

 機内通信で沙慈から、”大気圏を突入し、こちらに向かう物体がある”と連絡を受け、刹那は黙って首肯する。

 マリナ・イスマイールもガンダム・アザディスタンからもたらされる情報で、状況を把握していた。

 静止軌道上に展開していたソレスタルビーイングのモビルスーツ輸送船が大気圏を突入し、一直線にここへ向かっている。ガンダム・アザディスタンが警告するのは、プトレマイオスの予測軌道が文字通り、ここに突撃するかのように向かっているためであった。

 マリナは再び表情を引き締める。

『俺の故郷はもうない。だが、風と砂しかないここは、故郷に近いのかもしれない』

 不意に飛び込んできた刹那の応答にはっとする。

 大気圏突入を完了したプトレマイオスは、その合間にも推進力を最大にみるみる相対距離を縮めていく。

 すでに上空に目視できる距離にあった。

『それでも戦いは終わっていない。いや、終わることなど無いのかもしれない』

 突撃の軌道にあったプトレマイオスは一転、推力はそのままに上昇軌道に転じる。

 同時に船体下部からアンカーが射出される。それはダブルオーライザーに向けられていた。

 駆動がままならないダブルオーライザーは、合体しているオーライザーの推進力で半ば強引に離陸すると、アンカーに接続する。

 それら一連の操作を行いつつ、刹那は語気を強めて言う。

『だから俺は戦う。すべてを終わらせるために戦う……!』

 プトレマイオスに格納されている3体のガンダムがそれぞれにトランザムを発動し、そのまま大気圏離脱シークエンスに移行する。以前、収監されたアレルヤ・ハプティズムを収奪したときのシチュエーションに似たミッションであった。

 遠ざかるダブルオーライザーをマリナはただ見上げていた。

 レーザー通信の維持が出来なくなる距離になって『それは貴女も知っているはずだ』と、刹那の呟きが聞こえて通信が途絶えた。

「ええ、わかっています」

 無理に笑みを浮かべようとしつつ、マリナは小さく言った。

 

 10年後

 

 対ソレスタルビーイング第一次防衛ライン

 木星外縁宙域

 

 地球連邦軍創設後初となる、総戦力の過半数を投入した混成宇宙艦隊は、木星の第二衛星エウロパの前線補給基地にて補給を受け、すでに迎撃陣形の展開を完了していた。

 モビルスーツ部隊が順次出撃をはじめている。

「陛下!」

 大艦隊の中央に位置する航宙艦のモビルスーツデッキ。出撃準備の喧騒にまぎれて女性の声が響く。

 シーリン・バフティヤールは、当の人物を見つけると、再度「陛下!」と呼びつつ、モビルスーツデッキの壁面を蹴って、慣性浮遊で重力制御の効かない空間を飛ぶ。

 シーリンと同じように慣性浮遊しつつ、周囲に待機していたパイロットたちが送る敬礼に返礼していたマリナ・イスマイールは、ようやく気づいて振り返った。

 手を差し伸べてシーリンを捕まえる。

 本来なら重心がずれて姿勢が崩れるところであるが、なんらかの力場が作用しているようでマリナは気にする様子もない。

 例によってマスクで表情は伺えないが、微笑に口元をほころばせ友人を迎える。

「まぁ、国連事務総長自らのお見送り、恐縮です」

 対するシーリンは事務的ながら苦言を口にする。

「陛下、いまさら出撃するなとは申しません。ですが、せめてパイロットスーツを着てはいただけませんか?」

 言われてつい、マリナは自身の身なりを確認してしまう。

 アザディスタン王国の正式な礼装だ。とはいえ無重力化を配慮してスカートではなくパンツルックに変えているし、若干軍装っぽく精悍さをイメージさせるアレンジも施されている。だが、宇宙空間で耐えうる生命維持や酸素供給装置は無い。

「ありがとうシーリン。でも心配いりません」

 他のモビルスーツとは異なり、背面のバックパック上部に位置するコクピットへの入り口に、二人はたどり着く。

「このガンダム・アザディスタンは、元は拠点防衛用といって防御力が最も高い機体なのだそうです。艦内の居住区より安全だとお墨付きをいただいています」

 シーリンはリボンズ・アルマークのしたり顔を思い浮かべて内心で舌打ちする。

 マスクから微量に放出されるGN粒子で姿勢を安定させたマリナは、周囲を振り仰ぐ。

「それに――」

 長い黒髪が扇のごとくひろがる。その向こうでは、カタパルトデッキに搬送されるモビルスーツ群が見える。

「わたくしが、"死んで"とお願いした兵士たちを、わたくし自身が見送らないわけにはいきません」

 そのような台詞に、シーリンは黙って苦笑を返す。

 こんなとき、シーリンはマリナと初めて出会った頃を思い出さずにはいられない。あの頃の彼女であればこのような言葉を口にするだろうか、と。

 などと回想にひたろうとするシーリンに、マリナは軽く敬礼してコクピットへ向かおうとする。

 慌てて返礼したシーリンは機体を蹴って離れつつ、手元のインカムのスイッチを入れる。

「グラード総司令! 陛下が出撃されます!」

 

 同、航宙艦、作戦指揮艦橋

 スタッフたちのどよめきが響く。

 艦橋正面の大型スクリーンに映し出されているのは、木星。特徴的な大赤斑がズームアップされている。

 巨大な高気圧性の台風とされる大赤斑だが、今、その部位が黒く変色している。まるで穴が穿たれたかのような有様に皆が驚きの声をあげているのだ。

「大赤斑より高エネルギー反応!」

 混成艦隊総司令官を務めるクラウス・グラード准将はスタッフの報告に黙って首肯すると、指揮官席を立って、黒い大赤斑を凝視する。

「エネルギー発生源特定! 大赤斑から現出します……、小さい。モビルスーツサイズ」

 艦橋内の喧騒が少し小さくなった気がした。大赤斑の事態を分析するスタッフの言葉に耳をそばだてるように。

 クラウスのみならず、誰もがそれを知っている。

 誰もがそれを確認するべく解析結果を待っているのだ。

「機体形状より、ソレスタルビーイング所属のモビルスーツ、ダブルオークアンタとほぼ特定」

 予想どおりの結果だが、誰も緊張を途切れさせない。

「いや、待ってください」と、スタッフの報告が続くなか、誰かが声をあげた。

 大型スクリーンに映る大赤斑にも変化が見受けられたのだ。

 黒い穴の中心に青白く輝く渦が目視できる。実際の規模はいかほどだろうか、みるみる渦はひろがっているのだ。

「当該モビルスーツのGN粒子放出量がスペックとまったく異なります!」

 応じてクラウスは指示をとばす。

「エウロパに打電! そちらの観測設備からの映像を回せ!」

 すぐに大型スクリーンの映像が切り替わる。航宙艦に設置された高密度望遠カメラでは不可能な精度で、エウロパに常設された観測所のGN粒子望遠鏡はその姿を克明に捉えていた。

 漆黒の空間に、白銀の飛翔体が幾つもの群体を成し、縦横に飛び交っている。

 人類が呼称するところの地球外変異性金属体「ELS」である。

 さらにその奥。

「融合している……、のか!」

 幾重にも網目のごとく飛び交うELSのその奥に、青白い粒子を放出する人型があった。表面は金属質の光沢に包まれ、すでに形状は定かではなくなっている。

 クラウスが唸る。

「機体呼称を変更! 当該モビルスーツは以降、ELSクアンタと呼称する!」

 

 混成艦隊の前面に展開する地球連邦軍のモビルスーツ部隊は、ガンダム・アザディスタンを中心に陣形の形成を完了している。まもなくELSクアンタとの交戦可能距離に入る。

 その中で、突出する2体の機影があった。

 1体は、まだユニオンに軍があったころのモビルスーツ、フラッグに形状が似ている。

『なるほど、新たな力を手に入れたようだな、少年!』

 もう1体は連邦軍標準モビルスーツであるジンクスⅣだ。

『まぁ、報酬に見合った仕事はさせてもらうぜ、姫さんよぉ!』

 オープン回線で発せられた言葉どおり、2体はELS群体の1つに先制攻撃を開始し、火蓋は切られた。

 敵性行動に反応したELS群体は、迎撃すべく即座に転進させる。

 大口径のGNキャノンによる掃射によって立て続けに撃破されていくELS固体。

 2体のモビルスーツはELS群体と充分な距離を置いている。ELSと接触すれば融合される危険性は、先の戦いで周知されていた。

 だが、地球連邦軍の総戦力のほとんどを動員したとはいえ、ELS群体の物量は圧倒的で、戦力差は歴然であった。

 モビルスーツ2体が対峙しているELS群体にしても、激突してしまえば一溜まりもないだろう。さらにいえば、それと同じ規模のELS群体が背後に幾重も控えており、大赤斑の黒い穴からは未だELSの現出が止まらない。

 新たなELS群体がうねりながら接近してくる。

 包囲されないよう回避機動をとるも、さらに新たなELS群体が現れる。

 モビルスーツ2体の優位もここまでか、と思われたこのときELS群体の動きが一瞬、止まる。

 ELSクアンタのコクピットに収まる人物も、ELS群体の変化を感じ取る。

 フラッグに似た機体――、連邦軍の次期主力候補である機体名称ブレイヴは、巡航形態から人型に変形させていた。

 異質だったのは機体の表面に、いくつもの火花が散っていることだ。

 それは変形機構による摩擦などではなく、人型になってもなお、火花は散り続けている。

 いくつもの火花は空間で融合し、稲妻のような輝きに変わる。

『少年よ、新たな力を手に入れたのは、自分だけとは思わぬことだ』

 輝きは意思ある何かのごとく、機体表面を覆いつつある。

 それは、ブレイヴの横に立つジンクスⅣについても同じであった。

 2体のモビルスーツが、道を開けるように左右へ移動すると、ガンダム・アザディスタンが姿を現した。

 輝きに覆われる様は、ELSと融合したダブルオークアンタと様相が似ていなくも無い。

 視界をひろげれば、背後に展開するモビルスーツ部隊の個々の機体や、さらに背後に控える艦隊の艦船それぞれにおいても幾筋もの煌めきが見えた。

 ガンダム・アザディスタンの背面に設置された3基のGNドライブが、放電現象を起こしながらGN粒子を放出する。

 放電現象は消えることなく、さながらガンダム・アザディスタンの新たな手足のごとく空間に固着する。

 コクピット内。

 身体にまとわり付く放電を気にする風でもなく、マリナ・イスマイールは口元に微笑みを浮かべてみせる。

「では、わたくしたちの対話を再開しましょう」

 

<了>

 

 
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