No.909685

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百四十話

ムカミさん

第百四十話の投稿です。


苦肉の策、進行中。
対抗策も同時進行中也。

2017-06-11 11:05:22 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2298   閲覧ユーザー数:1951

 

「ふむ……こうして改めて目の当たりにすると、何とも壮観じゃのぅ。

 

 こやつらを全て相手にするなど、やはり考えたくも無い事よ」

 

現在、呉の領内を進軍する魏軍だが、毎朝の軍議は必ず行っている。

 

先日に黄蓋と龐統が真に脱走してきたことの裏付けが取れたとのことで、本日よりその中に二人が加わることになった。

 

先程の台詞は軍議が始まるその手前、議場に揃った魏の武将や軍師たちを見て黄蓋が漏らした感想である。

 

「覇道を公言している華琳の将たちですからね。本人も才ある人材集めは好きみたいですし、目鼻も利きます。

 

 加えてカリスマ性――っと、すみません、人を惹き付ける能力、も抜群なんだから、そんな人物が騒乱の早期から人材集めに奔っていれば、そりゃあ大陸有数の武将知将が集まるのが自然だと思いますよ」

 

そして、黄蓋に後ろから声を掛ける人物が一人。

 

「北郷か。久しいのう。時に、身体の調子はどうじゃ?

 

 主が堅殿を救ってくれたことは記憶に新しい。こんな立場でなんじゃが、良い機会じゃから改めて礼を言わせてもらおう」

 

「お久しぶりです、黄蓋さん。身体の調子は全く問題ありません。華佗様様ですね。

 

 ただ、あの時のあれはこちらの不手際でした。むしろこちらが改めて謝罪しないといけないくらいですよ」

 

以前に魏の地で倒れたことで、一刀は黄蓋と一応の面識がある。

 

面識、とは言っても、当時は敵同士。お互いに交わす言葉も大して持たず、視界に収めた程度のことなのだが。

 

「ふむ。ならば、埒が明かんじゃろうし、その話はこれまでとしておこうかの。

 

 時に、北郷よ。儂に敬語は要らぬぞ?

 

 主は曹操殿と並んでこの国の頂点に立つ男じゃろうに」

 

「ん……そうだね。それじゃあ、これからは普通に接させてもらおうかな」

 

「うむ。儂もそっちの方が落ち着くというもんじゃ」

 

そう言って黄蓋はうんうんと頷いている。

 

会話を交わして改めて感じることだが、黄蓋はこのような状況にも関わらず、全くと言って緊張していないようだった。

 

孫堅の側にずっと仕えてきた呉きっての武将。

 

一刀では想像も出来ないほどの数の死線・修羅場を潜って来て培った胆力ということだろう。

 

対して――――

 

「それから――――こちらも久しぶり、だね、龐統さん。

 

 あれからの劉備とその将たちの活躍はよく聞き及んでいるよ。

 

 魏の領地を抜けようとしていた時の劉備からは、ここまでの活躍は想像も出来なかった。

 

 順調に英傑としての成長をしているようで」

 

「あ、あわわ……お、お、お久しぶりです、北郷さん。

 

 そ、その節は、どうもありがとうございました」

 

龐統は緊張でガチガチの状態だった。一刀に突然話しかけられてしどろもどろになっている。

 

蜀に仕込んだ間諜から、龐統と諸葛亮は芯に強いものはあれど、気が弱いのが難点、という報告を受けていた。

 

なるほど、こうして本人を目の前にすれば、それはよく分かる。

 

泳ぎそうになる視線や魔女っ娘のように大きな帽子を顔を隠すように引っ張りたそうな手の動きは彼女の気の弱さの表れだろう。

 

しかし、そうでありながらも決して一刀から離さない視線や帽子まで持って来ずに体側に張り付く手は、ここに来た目的を果たさんとする強い意志――――確かな芯を持つことの表れだ。

 

一刀はその意志の強さを評価する。

 

もしもこれらが全て演技なのだとすれば、それは例え敵だとしても絶賛して然るべきほどのものだ。

 

ただ――評価はすれども、その怯えた子犬のような様子を見ていると、不意に意地悪をしてみたくなってしまうのは仕方が無いことなのだろうか。

 

「ところで、陣の外で待機させていた部隊についてだけれど、龐統さんの部下は一人もいなかったね?

 

 それとも、軍師らしく万が一に備えて伏せているのかな?」

 

「そ、そんなことはありません!

 

 あ……す、すいませんっ!え、えっと、その……あわわ……」

 

「まあまあ、一度落ち着こう。深呼吸深呼吸」

 

「は、はい。すぅ…………はぁ…………

 

 えっとですね。本当に私は一人だけで蜀を抜け出したんです。ただ、その途中で他の皆さんに勘付かれてしまいまして……

 

 私の部隊の皆さんに声をお掛けする暇も無かったのです。申し訳ありません……」

 

「なるほど。なら無事に抜け出せただけでも御の字ってところなのかな」

 

「はい、そうなります」

 

勿論、一刀はその事を知っていた。知っていて敢えて聞いたのである。

 

どう答えるのかで龐統の考える策が中長期に及ぶのか、それともここ数日の短期決戦なのかが分かるかも、との思いからの意地悪な質問であった。

 

結果としてすぐに分かるような嘘を吐かなかったことから、短期的では無いと取ることが出来る。

 

ただ、わざわざ取り繕うような内容でも無いと言えば無いので、断定は出来ないのであった。

 

 

 

さて、そんなこんなの内に全将が揃い、黄蓋と龐統を加えた初の軍議が始まる。

 

今後は二人が共に戦うことを簡潔に説明した後、早速二人から情報の取得が始まった。

 

「それじゃあ、まずは二人から聞きたいわね。

 

 連合軍はどこに向かって退いているのかしら?随分と長距離を退いているようだけれど、この後退事態が罠なのかしら?」

 

「はい、連合軍の後退は罠です。

 

 ただ、罠とは言っても、途中に伏兵を配置していたりするわけではありません。

 

 とある地点――――連合軍の軍師たちが最も勝率が高くなると見込んだ地点へ向けて魏を引っ張っているのです」

 

「斥候部隊同士の散発的な小競り合いもこちらを引っ張るための罠かしら?」

 

「はい。

 

 最終的に連合は魏を赤壁の地に引き込もうとしています。

 

 一定の距離と速度を守って後退し、赤壁を挟んだ時点で即座に転進、船上戦へと持ち込む算段となっていました」

 

軍議直前の一刀とのやり取りが功を奏したのか、龐統は緊張してどもることも無くスラスラと連合の情報を吐いていく。

 

一刀から情報を得ていた一部の者たちを除き、いきなりの重要な情報に皆が軽くざわつく。

 

華琳はそれを一旦無視して龐統への問い掛けを続けた。

 

「確かに、うちは船上での戦の経験が薄いわね。でも、それは蜀も同じこと。

 

 いくら船上戦に慣れているとは言え、呉一国の戦力だけでこの兵力差は埋められるとは考えていないでしょう?

 

 まだ何か策があるはずよね?」

 

「はい、勿論あります。

 

 ただ、所有する情報量の違いから連合と魏とでは考え方に違いがあるようです。

 

 こちらでは、連合の船上戦における主力は呉の部隊のみで、蜀は援護に回るものと考えてはいませんか?」

 

龐統の言葉を受けて華琳は桂花に視線を向ける。

 

桂花はこれに首肯で返した。

 

「そうね。蜀も私たちと同様、船上戦の経験は少ないでしょう?

 

 呉と連合を組んでから蜀の兵を鍛えたのだとしても、所詮は付け焼刃。

 

 こちらの兵と大差無ければ、わざわざ船上戦に持ち込む利点も少ないでしょう」

 

「そこです。そこの認識に違いがあります。

 

 我々が立てた連合の策では、蜀の将兵も主力部隊なんです」

 

「十分な訓練を積む方法があった、と言う事かしら?

 

 そうであれば、確かにこちらには不利な戦となるでしょうね」

 

華琳の推測に、しかし龐統は首を横に振って否定の意を示す。

 

「甘寧さん曰く、通常の船上での戦闘で十分に実力を発揮するには月単位で時間が掛かる、とのことでした。

 

 ですので、呉が特別な訓練法を持っているわけではありません。

 

 特別なのは船の方です」

 

「船?どう違うと言うのかしら?」

 

「簡潔に言いますと、揺れが格段に抑えられています。

 

 方法自体は幸いにして単純で、二隻以上の船を何等かの方法で繋いで固定する、というものです。

 

 私も一度、乗船して確認してみたのですが、本当に揺れをほとんど感じませんでした。

 

 蜀の兵はこちらの船で訓練し、実際の戦でもその船で出ることで、比較的短期で水練を終えたのです」

 

「へぇ。船を繋ぐ……

 

 一刀、今の話はどうなのかしら?」

 

ここで華琳は一刀に話の矛先を向けた。

 

一刀は少しだけ考えてから答える。

 

「言われてみれば、確かに双胴船というものがあったな。

 

 着水部分が二隻の船を並べたような形になっていて、それに跨るように客席なんかを作った船だったんだが。

 

 利点は龐統さんの言うように揺れが少ない、つまり安定性が高いことだ。

 

 対して欠点は機動力が落ちること。ただ、それは策次第でどうとでもなりそうな部分だな」

 

一刀の言葉に龐統は目を丸くして驚く。

 

「ほ、北郷さんは既にこの技術を知っていたのですか?」

 

「むしろ、忘れていた、だね。今、龐統さんの話を聞いて思い出したよ」

 

「ふむ。北郷よ。この技術に関してはあまり広くは知られておらぬはずなのじゃが、主はどうやって知ったと言うのじゃ?

 

 まさか天より授かった知識だとは言うまい?」

 

黄蓋も顔には出さずとも驚いていたようで、一刀に質問を投げた。

 

これに、一刀はしれっと答える。

 

「その”まさか”に近いかな?

 

 俺が元々いたところではその手の船も結構あったんだよ」

 

「…………主は、真の”天の御遣い”じゃと言うのか?」

 

さすがにこの回答だけは黄蓋も予想していなかったようで、自身でも半ば突拍子も無いことだと思いながらも聞いてしまう。

 

「そう言えば、貴女たちは知らないのよね。

 

 一刀は今私たちがいるこの時よりも進んだ時の世界から来たらしいわよ?

 

 事実、私たちの知らなかった革新的なものや考えが一刀からたくさん飛び出してくるのだし、魏では皆が知っていて納得していることよ」

 

この内容にはさすがに黄蓋も表情を取り繕い切れなかった。

 

龐統は最早目玉が転げ落ちんばかり。

 

対して魏の面々は至って平然としていた。

 

「というわけなんでね。

 

 この大陸よりも格段に技術が進んだところにいたものだから、知識として知っていることは多いよ。

 

 それは技術に限らず情報も、ね。

 

 例えば、孫堅さんへの忠告や周瑜さんの病気。あれは二人の死因を知っていたから、だね」

 

「いやいや、これは何とも…………

 

 余りにも予想外な事実だったもんじゃから、ちと呼吸を忘れてしまっておったわ……

 

 事実……なんじゃな?」

 

「はい、間違い無く」

 

「あ、あの。

 

 それはつまり、これから起こることは、北郷さんには全て分かっている、ということでしょうか?」

 

龐統が恐る恐る尋ねる。その声音にはほんの僅かに恐怖が滲み出していた。

 

つまり、龐統は気付いたことになる。二人が企む策について、一刀が既に知ってしまっているという可能性に。

 

一刀は龐統に目を合わせて苦笑で返した。

 

「一部、その通りだね。いや、だった、だね。例えば、龐統さんなら記憶にも新しいだろうけど、定軍山の一件などがそれに当たるかな。

 

 歴史に残るような出来事が起こる大きな戦や事件はある程度知っている。

 

 そのおかげで仲間を救えたことも、一度ならずある」

 

幾人かの魏の将が感慨深そうに首肯する様子が龐統の目にも黄蓋の目にも飛び込んでくる。

 

そこに演技の様子は無い。というより、二人の目から見て演技など出来無さそうな者がそうしているのだ。

 

それはつまり、事実だということ。

 

「ただ、それも少し前までのこと。

 

 定軍山以来、俺の知る過去とは大きく道を外して、この大陸の歴史は進み始めているんだ。

 

 最早、俺の知る歴史は当てになどならない。むしろ、判断を誤らせるような邪魔なものになりかねないとすら言える。

 

 このような戦――――蜀と呉が連合を組んで魏に当たる、という戦だけど、これも聞いたことが無かった。

 

 龐統と黄蓋の二人が魏に流れて来る、なんて展開も俺は知らない。

 

 けど、色々と不安があった今回の戦にも、二人が来たことで光明が見えたと思っているよ」

 

「そう、ですか。

 

 色々と聞き及んでいた北郷さんの神業の正体は、そういうことだったのですね。

 

 ありがとうございました、北郷さん。

 

 私も、私に出来る協力は惜しみません」

 

龐統は平静を装ってこの場を切り抜けられたと考える。

 

ただ、真実を知っている一刀は、龐統が僅かに漏らした安堵の気配を見逃さなかった。

 

万が一の可能性、つまり二人が本当に投降してきた可能性は今の一幕で潰えたことになる。

 

「話が随分逸れたわね。

 

 それで、龐統。貴女は私たちに、船を繋げ、と言うのね?」

 

華琳が軍議の流れを本筋に戻す。

 

龐統もすぐに切り替えてこれに答えた。

 

「はい。加えて進軍経路の変更を提案します。

 

 今のまま連合を追えば、風下側から船を出すことになります。

 

 それは避けたいところですので、進路を変え、早々に河に面し、そこから船を繋ぎつつ訓練をするのが良いかと。

 

 船の安定性が高くなる分、訓練は比較的容易かと思います。

 

 魏の皆さんは呉に攻め入らんと水練を行っていたとの情報も入っていましたので」

 

「桂花。龐統の案についてどう思うかしら?」

 

華琳は早速桂花に問う。

 

魏の頭脳は慌てることなく淡々と自らの見解を述べた。

 

「良いかと思います。

 

 正直に申し上げまして、我々魏の兵の水練はお世辞にも十分とは言えない状態のままです。

 

 龐統の策でその部分が埋められるのであればむしろ歓迎すべきかと。

 

 一刀も保証する技術であれば大丈夫でしょう」

 

「そう。なら、異論が無ければ龐統の策を採用しましょう。どうかしら?」

 

華琳が一同に問い掛けるが、反論の声は上がらない。

 

実に滑らかに龐統の策の採用が決定した。

 

「それじゃあ、龐統。桂花、零と共に進軍経路の選択をなさい。

 

 それから、水練に関してだけれど……どうしたものかしら?

 

 一刀。確か水練を施していた教官は間者として処分したのだったわよね?」

 

「ああ。呉と繋がっていた竹簡が発見されたため、処刑した。

 

 現状、魏には満足に水練を行える者はいない状態だな」

 

「ならば、水練は儂が担当しよう。今はそれくらいしか出来ることが無いじゃろうからの」

 

ここで黄蓋が名乗りを上げた。

 

そして、それは魏にとって非常に有益な申し出だった。

 

「なるほど、そうか……華琳。問題無ければ黄蓋さんに水練を担当してもらった方が良い。

 

 いくら龐統さんの策で船の揺れが抑えられるようになっても、満足な水練が出来ないままでは効果が半減だ」

 

「そうね……分かったわ。ならば、黄蓋。貴女には兵の水練を担ってもらうわ。

 

 貴女たちが提示した要求を実現したいのであれば、しっかりと成果を見せることね」

 

「うむ、承った」

 

一刀が納得を示して華琳に後押しし、それを受けて華琳が決定を下す。

 

流れとしておかしいところは見せない。例えそれが予め決められていた事項であったとしても、だ。

 

一刀が零に嗾けたように、既に真実を知る者たちは結託してこの二人を利用するだけ利用する腹積もりでいる。

 

まずはその一点目、黄蓋による水練の実施を勝ち取ったのだった。

 

「さて、龐統。貴女にはこの軍議の後、桂花と零の下に行ってもらえるかしら?

 

 貴女が脱走するまでに練られていた策の詳細を伝えておいて欲しいの」

 

「はい、分かりました」

 

「桂花、零。そういうことだから、後は任せるわね」

 

『はっ』

 

「二人からの情報の引き出しはこのくらいかしらね。

 

 それじゃあ、後はいつも通りに進めましょうか。桂花、間諜からの報告は?」

 

「はっ。新たに入った情報ですが――――――」

 

最後に龐統に軽く支持を出し、華琳は二人への聞き込みを締めた。

 

より細かい情報はそれぞれ引き出す役目に任せれば良い。

 

 

 

そこからはいつもの魏の軍議と同じく進められていった。

 

ちなみに、龐統はその情報の精細さに驚きを示していたのだが、黄蓋はそれ程でも無かった。

 

魏と二国との間諜のレベルの差を物語っていたのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……のう、北郷よ。これは一体どういうことじゃ?」

 

現在時刻は夜。

 

魏軍は既にこの日の進軍を終え、陣地の構築も終わっていた。

 

その陣地の一角、広くスペースが取られた場所での出来事。

 

不思議そうに先の言葉を放った黄蓋は、言葉とは裏腹にゆっくりと余裕そうな瞳で周囲を見渡す。

 

黄蓋は現在、魏の将に囲まれていた。

 

その囲みを形作るのは、一刀や恋を始め、春蘭、菖蒲、霞に凪……要するに実力ある武将が総出である。

 

一同が醸し出す雰囲気は非常に物々しい。

 

重苦しいまでは行かないものの、確かな緊張感を孕んだものであった。

 

そして、囲みの内側には魏の将も一人。秋蘭である。

 

どうしてこのような状況となっているのか。その発端はつい四半刻前に遡る。

 

 

 

 

 

黄蓋は構築された陣の内側を見て回っていた。

 

一時的な陣の構築一つ取っても、そこからその国の力について分かる部分は多い。

 

兵の連携や役割分担の迅速さなど、様々な要素を確認することが出来るからだ。

 

こうして陣をブラブラして得た情報は、後程龐統に口頭で伝えることにしている。

 

黄蓋には細かいところが分からずとも、頭脳屋の龐統であれば重要な情報と出来るものと踏んでいたのだ。

 

そんな折、不意に一刀と出会う。

 

そして簡単な挨拶の後、一刀は黄蓋をこう言って誘ったのだった。

 

「そうだ、黄蓋さん。将絡みのことでちょっと話をさせてもらってもいいかな?

 

 勿論、空も暗くなったことだし、手短に済ませるようにはするよ」

 

これは黄蓋にとってもまたと無いチャンスである。

 

一刀の挙動に警戒しつつも承諾し、そして連れて行かれた先が現在の場所だった。

 

初め、そこには秋蘭のみがいた。

 

元々一刀が呼んでいたようで、共にいる黄蓋を見ても疑問を抱いた様子が無かった。

 

三人で少し雑談をしていると、徐々にそこに人が集まり始める。

 

その集まり方に黄蓋が違和感を覚えた時には、既に黄蓋は将達によって囲まれる状態となっていたのであった。

 

 

 

 

 

こうして囲まれた黄蓋であったが、やはりそこに緊迫したものは感じられない。

 

それは恐らく、薄々ながらも集った者たちの目的を理解していたからであろう。

 

先程発された黄蓋の疑問に対して、一刀は返答の前に真桜に簡単に指示を出した。

 

準備を、という指示に対し、既に出来ている、との返答。

 

これを受けて、一刀は黄蓋の疑問にようやく答える。

 

「さて、と。黄蓋さん。将絡みで相談があることはさっきも話したと思う。

 

 相談の内容はここにいる秋蘭のことについて。

 

 実は、うちで弓を主として扱える武将は秋蘭しかいなくてね。

 

 それで、秋蘭の実力のほどがどれくらいのものなのか、正確に判断が出来なかったんだ。

 

 黄蓋さんにはこの機会に、秋蘭の実力を測ってもらいたい。

 

 ただ、とは言ってもこんな暗い中で仕合を行うのも色々と危ないところがあるから、こんなものを用意させてもらった」

 

一刀の言葉と同時、囲みの一部が開く。

 

その先には二組並べられた的が設置されていた。

 

「三種類、的を用意させてもらった。これで秋蘭と射的で競ってもらいたい。

 

 その上で、秋蘭に修正した方が良い点があれば助言をもらいたいと思っている。

 

 どうかな?引き受けてもらえるだろうか?」

 

「ふむ。引き受けるのは構わんのじゃが、一つ主に聞いておきたいことがある。

 

 何故、儂は囲まれておる?まるで逃がさんとしているかのようじゃのう」

 

「ああ、それについては心象を悪くしてしまったのなら申し訳ない。

 

 秋蘭は見ての通り人望が篤いものでね。

 

 一応、こういうことをするからこの時間はこの辺りの通行に注意を、って促したんだけど、それが結果的に見物客の引き寄せになってしまったみたいだね」

 

しれっと答える一刀。が、これはもちろん嘘である。

 

ただ、別に答えに矛盾があるわけでも無い。

 

それ故にこれ以上突くのも無意味と悟ったのか、黄蓋はそれ以上の追及は行わなかった。

 

「なるほどのぅ。ならば仕方の無いことか。

 

 して、北郷。あれに好きに射ち込めば良いのか?」

 

くいっと顎で的を指し示す黄蓋。

 

だが、一刀は首を横に振るとルールの説明に入った。

 

「いや、二人同時に、指定の的に向かって射ち込んでもらいたい。

 

 総括は全て終わってからで。得点勝負だとか賭け代があるだとかじゃないんだけれど、構わないかな?」

 

「よかろう。夏侯淵の弓の腕は儂としても気になっておったところじゃしのぅ」

 

「秋蘭も、それでいいかな?」

 

「うむ、構わない。

 

 黄蓋殿。貴殿のお噂はかねがね。こうして弓の腕を競える機会を得られたこと、感謝します」

 

「そういうお主も十分に噂になっておろうに。

 

 じゃが、まあ、弓の腕だけはまだまだ負けるつもりは無いのでな」

 

静かに闘志の炎を燃やし始める二人。

 

ウォームアップの時間などは特に取っていないが、そもそもそれが不要なほどに二人のやる気は満ちているようだった。

 

「ああ、そうだ。立ち位置ももうちょっと……そうそう、黄蓋さんが右で秋蘭が左で……うん、その辺で。

 

 さて。それじゃあ、二人とも。今、二人の正面にはそれぞれ3つの的を並べている。

 

 これの内、まずは左端の的を狙ってほしい。

 

 射数は3本。

 

 機は……今この時より、二人に任せるとしよう」

 

一刀の言葉を受け、黄蓋、秋蘭ともに自らの得物を構える。

 

視線の先には第一の的。それは現代において弓道で用いられるような、よく見る的に似せたものであった。

 

一呼吸の後、ほぼ同時に第一射――――と、二人の動きはほぼ同じ。

 

だが、そこからの動きが異なっていた。

 

どちらも連射の動きで二射、三射と続けたのだが、明らかに黄蓋の方が早かったのである。

 

「二人とも、3本射ったね。

 

 それじゃあ、次。真ん中の的だ。

 

 次は共に1本のみ。よ~く狙って射ってくれ」

 

続く第二の的。

 

今度は人型のもの。

 

ただ単に木の板を人型に切り出したもので特別な細工などは無い。

 

今度は二人とも先ほどよりも時間を使って――――言葉通り、しっかりと狙いを付けて矢を放った。

 

「よし、それじゃあ最後。3つめの的だ。

 

 今度の的は当てられるかな?

 

 これも一射のみ。必ず一射、だ」

 

意地の悪い笑みでそう言い放った一刀。

 

言葉通り、二人の視線の先にある的はシンプルな円形だが非常に小さいものであった。

 

それに対して狙いを定め、弦を引き絞――ったところで、黄蓋は僅かに口角を持ち上げた。

 

そして――第一の的の時と同じように、ほぼ同時に二人は最後の一射を放つ。

 

「ありがとう、二人とも。それじゃあ、結果を確認していこうか」

 

一刀の言葉で一同がぞろぞろと動き出す。

 

そして、まずは第一の的へ。

 

「第一の的の結果は……おお!両方ともほぼど真ん中に三本命中。流石だな」

 

「ふふん!秋蘭ならば辺り前であろう!」

 

どうしてか春蘭が得意気にそんな返しをしているが、当の本人、秋蘭の表情は晴れない。

 

「それで、黄蓋さん。第一の的に関して、何かあるかな?」

 

「そうじゃな。強いて挙げるならば、動作の無駄を削る、ということかの。

 

 戦闘を想定するならば精確性はもちろんじゃが、速度も必要になってくるもんじゃ。

 

 儂ら弓使いは、矢筒より矢を抜き、弓に番え、引き絞る。そんな三段階の動作が必要になってくるわけじゃが、主はまだまだこれらの繋ぎに無駄な動作があったように思うぞ?」

 

「なるほど、繋ぎの動作、ですか。

 

 確かに、黄蓋殿に比べれば私の動きはまだまだのようです」

 

黄蓋の指摘には秋蘭も納得していた。

 

一刀には弓の技術に関して言えることは無い。ましてや、それを教えることなど出来ない。

 

だからこそ、こうして秋蘭の実力を底上げするチャンスを活かそうとしているわけだが、どうやら当たりだったようだ。

 

この一時だけなのかも知れないが、少なくともこの競い合いに関して黄蓋は本気で取り組んでくれたようである。

 

「それじゃあ、続いて第二の的へ。

 

 こっちは……どっちも的中だけど場所が違うな。

 

 秋蘭は肩、黄蓋さんは鳩尾あたり、かな?

 

 人型の的なら頭か首かと思ってたんだけど、素人考えだったかな?」

 

「そうじゃの。実戦を想定するならば、頭や首は狙わんのが正解じゃ。

 

 それらは人にとって一番の弱点じゃからな、真っ先に防ぐか避けるために動く部位じゃ。

 

 相手に気付かれておらんのならともかく、まず中らん」

 

「なるほど、言われてみれば確かに。

 

 けれど、二人の射る箇所が異なるのは一体?」

 

そこが論点だ、と黄蓋はニヤリと笑みを作って答える。

 

「今の話から大体分かるじゃろうが、狙うならばまず避けにくい場所じゃ。

 

 夏侯淵が狙ったのはその選択で胴回り、その中でも敵の次の動きを阻害する目的で肩、じゃな?」

 

視線を向けて確認を取れば秋蘭は首肯で答える。

 

黄蓋はそれで納得して続きを語り出した。

 

「その考え自体は悪くない。じゃが、まだ少しだけ狙いが早いのぅ。

 

 動きを阻害することは勿論大事じゃ。胴周りを狙うともなれば、心の臓を穿ちでもせん限り一射で決着は着かんからのう。

 

 儂はまず、最も避けにくい体の中心を狙う。時に夏侯淵のように肩や或いは足を狙ったりなどもするが、それは実力に開きがあると分かる時のみじゃな。或いは集団戦の時か。

 

 儂ら弓を扱う将はまず一騎討ちはせんが、それ紛いのことをすることはある。その時に肩を狙うてもまず中らんぞ?体の端もまた、避けやすいもんじゃ」

 

「……敬服いたしました、黄蓋殿。

 

 たしかに、私は今までほとんど集団戦の経験しかありません。

 

 私が主に後詰めの担当であり、弓を主とした部隊であるからですが、それはあまり理由になりませんね。

 

 将たるもの、戦場でのあらゆる場面を想定して鍛錬して然るべきもの。

 

 私は想定がまだまだ甘かったようです」

 

黄蓋も言っていたが、決して秋蘭の狙いが悪かったわけでは無い。

 

が、黄蓋の説明には反論出来ない。

 

つまり、客観的に黄蓋の狙いの方が効果的であったということだった。

 

秋蘭は素直に感心し、吸収すべく心に刻む。

 

「さてさて、それじゃあ最後の的だが……む?

 

 これは…………どちらも外れた?」

 

「いや、ちと違うな、北郷よ。外れたのでは無い。外したんじゃよ。

 

 それにしても、この的は誰が考えたんじゃ?

 

 何といえば良いのか、底意地の悪さが見える的じゃのう」

 

一刀の言葉に黄蓋が割って入ってきた。

 

そして、そのままその結果についての黄蓋の狙いを語り始める。

 

「狙いがどこにあるかは分からぬが、この的に限っては射抜いたら負けじゃろう?

 

 あんなものが的に掛けてあったら、のう?」

 

黄蓋の言葉の意味が理解出来なかった者たちがこぞって的に近寄ってよく見る。

 

すると――――

 

「あっ!的に竹簡が掛かってるよ!

 

 えっと…………華琳様と……?」

 

「曹孟徳、それに孫文台。華琳様と呉の孫堅さんの名前だね。

 

 あの、兄様。この竹簡の狙いを教えていただけませんか?」

 

一番最初に駆け寄った季衣と流琉が声を上げた。

 

それによって皆が第三の的の全容を知ることとなる。

 

「もちろん、今から説明するよ。

 

 狙いは単純で、目の良さと、一応状況判断能力とを測る意図だった。

 

 狙って外したのであれば、あの距離でしっかりと見えていたってことになるね。

 

 黄蓋さんはそのようだ。秋蘭はどうかな?」

 

「うむ。私も華琳様の竹簡を捉えたので外して射った。

 

 お前が『必ず一射』と言っていたのはこういうことだったのだな、一刀」

 

「うん、その通りだ。

 

 という事は、この結果については――――」

 

「何も言う事は無いのう。

 

 強いて言うならば、夏侯淵は弓を扱う上で大切な良き眼を持っておる。

 

 このまま精進を続ければ、いずれは儂も抜かれるやも知れぬな」

 

三つを総じて考えても、決して評価は低くは無かった。

 

そして、黄蓋の助言も得ることが出来た。

 

それが即、秋蘭の実力アップに役立つかと言われれば難しいが、それでも十分に収穫はあったと言えるだろう。

 

「黄蓋さん、どうもありがとう。

 

 やっぱり、長年弓を扱ってきた方の意見はとても有益だった。

 

 よかったらまた秋蘭への指導をお願いしたいんだけど」

 

「機会があれば、じゃな。

 

 それでは、儂はここいらで失礼するとしよう。龐統殿が心配しておるやも知れぬのでな」

 

そう言って黄蓋は去って行く。

 

その弓の腕前を遺憾なく発揮し、見せつけられた魏の将達は、その背からひしひしと実力者の圧を感じていたのだった。

 

 

 

 

 

「どうだった、秋蘭?」

 

黄蓋が完全に去り、集った魏の将たちも去った後、一刀は秋蘭に問う。

 

秋蘭は少し考えてからこれに答えた。

 

「黄蓋殿は真の実力は見せておらんだろうな。

 

 だが、私よりも実力が上であることは間違いないだろう。

 

 ただ、私も奥の手はまだ隠してある。

 

 例えあれと同等の使い手と対峙したとしても、勝機はあると踏んでいるよ」

 

秋蘭が冷静に分析した結果がそういうことだった。

 

黄蓋クラスともなれば、考えつく限りでは蜀の黄忠と厳顔。内、厳顔はこの戦では復帰できないはずだ。

 

黄蓋をこちらの陣内で制圧しきってしまえば――――

 

「遠距離戦にも分はある、か」

 

「うむ。双方の策次第となるだろうが、な」

 

表の目的として秋蘭への助言を貰いつつ、裏の目的として黄蓋の実力を量る。

 

それがどの程度上手くいったのか、実のところははっきりしない。

 

黄蓋が全てを出し切ったとは到底言えないからである。

 

 

 

ただ、今まで判然としていなかった弓を主とした将の実力差。

 

それがようやく分かるようになってきた一幕でもあった。

 


 
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