No.908778

異能あふれるこの世界で 第十七話

shuyaさん

対局の模様(小走やえ視点)

2017-06-05 00:43:41 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:591   閲覧ユーザー数:591

【阿知賀女子学院・麻雀部部室】

 

≪南一局の小走やえ≫

 

東家:小走 21,800  

南家:戒能 24,300  

西家:赤土 24,100  

北家:末原 29,800 

 

 

-南一局・十巡目―

 

手牌:四五六七九44(223456)  ドラ:九

 

 

小走『国士、か……』

 

小走『部員たちが相手であれば、聴牌気配を感じ取れたりもするのだが』

 

小走『戒能プロは、プロの中でも屈指のポーカーフェイス。私ごときでは何も感じ取ることができない。各種挙動も全くよどみがないように見える』

 

小走『しかし、入っているのだろうな』

 

小走『悪い配牌の際に、ただ漫然と国士に向かうようなお方ではない。向かうからには、何らかの判断に基づいていると見ていい』

 

小走『箸にも棒にも掛からぬ国士狙いをやらすプロもいるにはいる。直後、二軍落ちを告げられるのは毎年の恒例行事にもなっている。しかし、本物のプロは違う』

 

小走『経験なのか、感覚なのか。私にはわからないモノで判断を下して、必ず成就に近いところまでたどり着く。だからこそ、戒能プロの捨て牌が露骨な国士狙いを示していても、ブラフではないと確信している』

 

小走『……くそっ。私ともあろうものが、手の震えを抑えるのに神経を使う破目になるとは』

 

小走『ははっ。役満に怯えるなど……一月前なら、監督やコーチに大目玉を食らっているところだ』

 

小走『麻雀を打つほどに、大事な対局であるほどに、相手が強くあるほどに。一手を打つことが難しく、そして怖くなっていくのは何故なのだろうな』

 

小走『相手の大物手に向かって行く時などは、まるで光の届かぬ闇の中を進むような心地だよ。一歩先が崖だとしても気付けない、でも踏み出さねばならない。一つの牌を切ると決断するたびに、心が追い詰められていく』

 

小走『国士を打つわけにはいかない。降りたいという誘惑に負けてしまいそうだ。この夢のような対局を台無しにしてしまうなど耐えられん。打たなければ、万が一あがられても続けることはできるが……』

 

小走『いやいや、何を考えているんだ。あり得んだろうが』

 

小走『戒能プロに役満をあがられて、勝ち目が残るとでも思っているのか?あの国士は潰さなければならない。当たり前のことじゃないか』

 

小走『……最後の親。ここは、私の勝負局だろう?最も加点を期待できる局なのだ。あがることができれば、勝ちの目が見えてくる。逆にあがらねば、元から細い私の勝ち筋はほぼ消え失せる』

 

小走『お二方が走られた時のために、飛びは無しにしてもらった。万が一あれに打ったとしても、対局は継続する。しかし、局を回すだけで精神力を削られている今の私では、この国士を直撃されれば終わってしまうだろう。結果を受け入れて、次の最善を目指す気力が残るとは思えん』

 

小走『部員相手であれば、親がなかろうが六万点以上の差があろうが、歯を食いしばって向かっていける。しかし今、この状況であれば完全に折れる。負けを認めて戦えなくなる』

 

小走『そんな無様を晒すわけには……ん?』

 

小走『そういえば。対局前、末原さんに心を折るなと忠告したんだったか。ここで私が心を折るようなら、物語に出てくる道化よりも滑稽だな』

 

小走『おいおい、まるで笑えんぞ。引退レベルの恥じゃないか』

 

小走『……』

 

小走『うむ』

 

小走『結果、悪いことが起きてしまったとしても。心が折れてしまったとしても。歯を食いしばって対局を成立させるとここに誓おう』

 

小走『戒能プロの国士に対して前に出た経験は、きっと私の自信になる。真っ向勝負を仕掛けるべきタイミングなのだ。ハイリスクだが、行けると判断する限り、逃すべきではない』

 

小走『……』

 

小走『よし。腹は括った』

 

小走『引くぞっ!』

 

 

ツモ:4

 

 

小走『おおっ!』

 

小走『なんとかノーミスで聴牌にこぎつけた。そして……』

 

 

手牌:四五六七九444(223456)  ドラ:九

 

 

小走「リーチ」

 

 

打:(3)リーチ

 

 

小走『この選択だ。ここを見誤ってはいけない』

 

小走『キーは七マン。序盤に切った戒能プロの七マンに対して、何故か赤土先生が合わせ打っている。おかげで私の目から見て七マンは三枚見え』

 

小走『そして私の捨て牌にはマンズが一つもない。捨てたソウズ、ピンズの数牌跨ぎも十分に警戒する必要がある。私の手を五・八マン待ちとして読むことはできるだろうが、読みを絞り難い捨て牌にはなっている。他の待ちの可能性を捨てきれまい』

 

小走『仮にお二方が理不尽なまでの読みを駆使してきたとしても、ドラ付近だけは切ることができないはずだ。ならば七・八・九のマンズを持った時点で終わり。戒能プロは組み込むだろうが、読み切れない中で数牌を全て勝負してくるだろうか。役満をテンパったからといって全て勝負するのは私たちレベルでもあり得ない』

 

小走『そして、あくまでも予測にすぎないが、最後の七マンの所在は末原さんの手牌だろう。理牌と捨て牌の関係から見て、マンズの上の面子を一つ持っているような切り方をしている』

 

小走『つまり八マンは、末原さんの手牌の一枚を除いた三枚が、そのまま山に生きていることになる』

 

小走『戒能プロの国士には不必要な牌で、しかもドラそば。持っていたら先に切り飛ばしている。赤土先生の手牌にもない。序盤の七マン切りで否定されている』

 

小走『ならばもう、リーチの一手だろう』

 

小走『ここから伸ばすメリットは薄い。七万の三枚見えがあるんだから、四・七マン待ちに魅力はない。手替わり待ちのダマで利があるのは三・六マン引きくらい。もしそうなった場合でも、狙い目の八マンが待ちに入るのだ。時間をかける意味があるのか?』

 

小走『どうせお二方からは、手替わり後のダマでも出てこないんだろうさ。手替わりの間にも情報は増えるからな。じゃあダマにする意味は、末原さんからの出あがり期待か?ははっ、お二方が楽になったと喜びそうだ』

 

小走『それに、悠長なことをしていたら戒能プロが必ず来る。先にあがらねば負けなのだ』

 

小走『八マンは三枚生きている。ならば私のところに来たっていいだろう。テンパった後の戒能プロに行ってくれてもいい。私を舐めているのなら、万が一があるかもしれん』

 

小走『いや、違うな。ここはむしろ降りてもらいたい』

 

小走『私はこの手に、一戦の全てをかけるつもりで打っている』

 

小走『渾身の手順で作り上げた一手。絶対に引きあがってみせる!』

 

 

 

……

 

小走『白か』

 

……

 

小走『1ソウだと?』

 

……

 

小走『東っ!なんだこれは!私に国士を打てとでも言っているのかっ!』

 

小走『……頼むよ。引け……引いてくれ!ここで引けば、トップが見えるんだ』

 

小走『勝つためには、ここで引くしかないんだ』

 

小走『戒能プロはツモ切りを繰り返している。つかませることが出来ていない。私が打っていないのはただのラッキー』

 

小走『危険極まりない状況に自ら飛び込んだのだから、危ない牌を引くことも覚悟していた。だが、全てのツモに声がかかりそうなのは流石にキツい』

 

小走『偶然なのはわかっている。だが、今のように判断の悪さを指摘するような引きをされると、一牌を引くたびに間違っているんじゃあないかという疑念が膨れ上がる。たまったものではないぞ』

 

小走『……私は、打つのか?』

 

小走『この対局で、あの国士に?』

 

小走『くそっ!心臓がヤバい。鼓動が響きすぎだろうがっ』

 

小走『顔が赤くなってはいないか?いったいどうしたというのだ。まるで小学生のようじゃないか!』

 

小走『冷静に打つのが常になっていた。インハイ予選の開幕早々、松実玄に8,000オールを引かれた時だって動揺は一瞬で抑えることができた』

 

小走『高校生活の集大成とも言えるあの時だって、こんなに乱れはしなかったんだ!』

 

 

小走『……』

 

小走『祈るような気持ちで牌を引いている。懐かしい気持ちだ』

 

小走『引いた牌が当たり牌でなくて悲しい。その牌で振り込みそうで怖い。通ったらほっとする』

 

小走『なんだろうこれは』

 

小走『私は今、どういう状態なんだ?』

 

小走『次はどんな牌が来るだろうか』

 

小走『楽しみだ』

 

小走『怖いな』

 

小走『わくわくするぞ』

 

小走『次で振り込むかもな』

 

小走『それもまたいい』

 

小走『……』

 

小走『うむ』

 

小走『この感覚は、心地良い』

 

 

……

 

 

ツモ:八

 

 

小走「……!」

 

小走「ツモッ」

 

 

四五六七九444(22456)  ツモ:八  ドラ:九 裏ドラ:四 

 

 

小走「3,900オール!」

 

 

小走『お……』

 

小走『おおおおおっ!』

 

小走『やった!やったぞ!!』

 

小走『これでトップに立った。お二方を削りながらの親満級のあがり。最高の結果じゃないか』

 

小走『いい感じだ。私はこの状況を楽しめているぞ。お二方の警戒も薄い今なら、私でも隙を突くことができるんだ』

 

小走『いける。私の麻雀は通用する、ん……?』

 

 

 

小走『――――』

 

 

 

小走『なんだ?今の悪寒は』

 

 

 

小走『―――――』

 

 

 

小走『震え?』

 

 

 

小走『―――――』

 

 

 

小走『手だけじゃない。体全体が震えている。点棒すら上手く受け取れない』

 

小走『歓喜?いや違う。これは、そんな良いものではない』

 

小走『強いて言うなら』

 

 

小走『―――――あっ』

 

 

小走『私を見ている』

 

小走『皆が私を。目だけじゃない。全身、いやもっと大きな……存在の全てが私を狙っている?』

 

小走『狙われている。私は……』

 

 

小走『獲物だ』

 

 

小走『ああ、なるほど』

 

小走『これが、あれか』

 

 

小走『打てなくなる感覚』

 

 

小走『強者を相手にすると、逃げたくなるという話』

 

小走『小鍛治プロを相手にした普通のプロみたいな』

 

小走『圧倒的な、存在の差』

 

 

小走『これが、一線級のプロレベル……』

 

小走『うちの部員なら、誰を連れてきても終わるだろうな』

 

 

小走『私さえも土俵際。徳俵に指をかけ、あと数ミリで終わらされる』

 

 

小走『……ははっ』

 

小走『なんだ、末原さんもいい目をしているじゃないか』

 

 

小走『対局が終わったら、なぜあの顔から復活できたのかを聞こう』

 

小走『どうやら私は、この威圧に耐えるだけで精一杯だ』

 

 

小走『諦めはしない』

 

小走『全力を尽くすことに変わりはない。だが』

 

小走『思考すらままならんこの状況で、どこまで粘り込めるものか……』

 

 


 
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