No.90773

かみ合わない二人の約束

馬骨さん

趣味でやっているTRPGの世界観を借りて、書いてみた短編?小説です。
元ネタは、ソードワールド2.0っていうシステムなんですが。

分量はそれなりに多いですね。これまで投降してきたのに比べると、雲泥の差といってもいいくらいです。

2009-08-21 01:10:31 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:745   閲覧ユーザー数:708

 

 いつまでたっても勝負がつかない二人が、どちらにとっても納得がいって、勝敗が誰の目にも明らかで公平な、ある勝負方法を思いつきます

 周りからは、「それじゃあまた別の意味で勝負がつかない」と呆れられましたが、二人の決意は固かったのです

 さあて、その方法とは――

 

「……散策するには、いい日だな」

 テンガロンハットのひさし越しに、太陽を眼を細めて見上げる、くたびれた旅装のリルドラケンが一人。旅慣れているのか、長旅をしてきたことを感じさせないしっかりとした足取りで、ルーフェリアの国に足を踏み入れた。

 彼――リルドラケンの性別は他の種族には見分けづらいが、今やってきた人物に関して言えば、確かに『彼』で間違いない――が言ったとおり、今日はなかなかにいいお日和であった。ここ、女神の涙ルーフェリアは、テラスティア大陸でも南の端に辺り、その地理条件から気候は寒冷な方と言える。もっともここは沿岸部に属し、そして何よりこの国のシンボルでもあるルーフェリア湖の存在もあって、そこまで厳しい気候というわけでもないようだ。むしろ今日に限れば、冷涼な空気とぽかぽかした陽射しが相まって、なんともすごしやすい。

 叩けば全身から砂ぼこりが立ちそうなそのリルドラケンは、前を閉めて着込んでいたポンチョを脱ぎ肩にかけると、エルフの多い街中を物珍しそうに見物しながら、通りをぶらぶら歩き出した。

 彼の名前はバクター=ヘリゴルム。灰色の鱗のリルドラケン。職業は、冒険者。

名声が知れ渡っているわけでもなく、便利な肩書きを隠れ蓑にした何者か、というわけでもない。まだ何者にもなっていないという意味で、典型的な冒険者そのものであると言っても構わない。

 ただし、その身のどこにも武器を帯びていないのが、少しばかり妙だった。たとえ格闘家であるにせよ、拳や脛を補強する武具を装備しているのが常だが、それもない。まさしく徒手空拳のまま、バクターはどうやって蛮族の領域を渡ってきたというのだろう。

 よくよく観察すれば思い至るかもしれない、そんな些細な違和感。しかしそれを当然と思う彼の振る舞いに不自然さはなく、実際それで首を捻る誰かがいるわけでもない……

 かと思いきや、そんな彼を目ざとく見つけて声をかける、物好きが一人。

「おやトカゲのおっちゃん、一人だよね?」

 バクターが歩き出していくらも行かぬうちに、視界の外から声がかけられた。

「ねえおっちゃん、冒険者でしょ。武器はどうしたのさ、落としたのかい」

「……間違っても落とすようなもんじゃあないが」

 まず先に答えを返し、彼は声の聞こえた右下方へ向けて、首を大きく傾けた。そして見て取った相手の姿に、表情の見分けにくい鱗だらけの顔は、露骨に大きくしかめられる。

 リルドラケンの背丈は総じて高い。バクターも例に漏れず、2メートルを超えている。そして声をかけてきた相手の身長は、誇張なしにその半分以下しかないのだった。腰のベルトにぶら下がれるほどである。

 ようやく視界に入った声の主は、幼い子供のような背丈と、幼い子供そのままの無邪気な笑みを浮かべてそこに立っていた。――いくつになっても稚気を忘れず、好奇心のままに放浪する種族、グラスランナーだ。天性のトラブルメイカーとしても知られていて、正直に言えばあまりすすんでお近づきになりたい相手ではない。

 バクターを狙って話しかけてきた理由はすぐに知れた。グラスランナーの前には大風呂敷が広げられ、その上には武器が山となって積まれていたのだから。比較的軽量で扱いやすそうなものが揃っているのは、店主の個性というやつだろう。

「ふ~ん。まあよくわからないけど、せっかくだから寄ってってよ。おっちゃん、冒険者なことは確かなんでしょう。胴体にはそんだけ見事な鎧を身に着けてんだからさ」

「まあそれはそうなんだがな」

 結局のところ、目をつけられたのが既に運の尽きである。ここで立ち話を始めようものなら、この図体だ、通行の邪魔になるのは火を見るより明らかだった。それはいかにも気まずい。……ちょいちょいと露天商が手招きするのに素直に従い、通りに図々しく広げられた店の前へと、バクターは移動する。

 グラスランナーは大威張りで、両手を精一杯に広げ、リルドラケンの客を出迎えた。

「さあいらっしゃいませえ。オイラ、グリム・ニールの露天武器商店にようこそ!」

 ふと見下ろした先で、看板らしき木の札が武器の上に無造作に投げ出してあり、そこに共通語の殴り書きで『グリム商店』とあった。とりあえずこのグラスランナーの名前がグリムであるらしい、ということだけ了解しておく。

 

 バクターは牙の覗く口の両端から、ふぅと大きく息を吐き出し、はるか下の相手に向き直った。

「先に言っておくとだ、グリム。俺に武器の類は一切、必要ないんだがな」

「まあまあ、そんなこと言わないで。まずは手にとってみてよトカゲのおっちゃん。一級品とまでうぬぼれられないけど、その分使いやすいのが揃ってるからさあ」

 つれなくされてもめげずに愛想良く、露天商グリムは「これなんてどうだい」と、自分では抱え上げるのもやっとというメイスを差し出してきた。客引きの時のなれなれしさといい、グラスランナーは意外と商人に向いているのかもしれないと、バクターは思う。

 

 とはいえ、彼は参っていた。武器は本当に必要がないから持っていないだけで、買っても持て余してしまうだけなのだ。

「いや……本当に武器を持ち歩く趣味はないんだよ」

「あーあ、そっか。あっちゃあ、それは商売上がったりだねえ」

 グリムはおどけるように陽気に笑い、それきり差し出したメイスを引っ込めた。が、かえってその眼には好奇心の火が灯され、爛々と光り輝きだすようでもあった。

 そうかと思えばいきなりしゃがみこんで、広げていた武器をかき集め始めてしまう。

「って、おい。どうしたんだ突然」

「いやあ、今日はもうこれでね、店じまいにしようかな、と」

 グリムはそう言っているうちに、手早く手荒く、商品をまとめ終えてしまった。武器が針山のように突き出している商品の包みを、相当に苦労して荷車に積み込んだ。

「おっちゃんは買う気がないようだし。なら広げててもしょうがないでしょ」

 その暴論には、バクターも慌てて反駁せざるを得ない。

「別に客は、俺一人というわけでもないだろう?」

 グリムはあっけらかんと言い放った。

 

「トカゲのおっちゃんに少し興味が湧いちゃってねえ。でもついて行くならさ、商売は続けてられないだろ?」

 

 ――なるほどなァ。バクターは複雑に口元を歪ませた。グリムの決断の早さには、呆れつつも、感心させられてしまう部分が大きかった。別についてこられようとやかましいだけで、それはそれでいいかもしれないと、つい思わされてしまったのだ。

 彼の口から出てきたのは、拒否の言葉ではなく、承諾と同意の注文であった。

「……とりあえずトカゲもおっちゃんも、やめてもらえるとありがたいな。トカゲと言われて気分のいい同族は居ないし――こう見えても俺は、成人したての若造なんでね」

「わかったよ。それじゃあ名前を教えてくれたら、これからはそれで呼ぶことにしてあげようじゃないか」

「そうかい。俺の名前はバクターだよ」

「うん……それじゃバクター。どこか行きたい場所とかあるのかい? この国の中だったら、たぶんオイラが案内してあげられると思うよ」

 異国からの訪問者はううむ、と唸った。元よりはっきりとした指針がある旅ではなかった。ここに足が向いたのも、途中の街で耳に入った単語に、心を動かされたからで……。

 その時彼の眼に、この街の近くに降りてこようとする、空飛ぶ巨大な何かが映った。

 

「そうだな、そう……俺は飛行船が見てみたかったんだ」

 

――準備は完了。作戦は完璧。

 首謀者は一人、押さえ切れない笑いを暗闇の中で噛み殺す。

 息苦しくなってきたと感じるのは、恐らく気のせいではないのだろうが。

 だがもう少し、後しばらくの辛抱だ。……ほら、獲物はもうすぐそこじゃないか。

 もう一つの視覚が、ゆっくりと舞い降りてくる、飛行船の様子を彼に伝えてくる。

逸り猛る仲間たちを鎮め、改めて戒めを課す。

狩猟者たちは、舌なめずりしてその時を待つ……。

 

 

 バクターとグリム、この身長差の有りすぎる二人が、飛行船を見物にやって来た時、既に遠巻きにだが人だかりが出来上がっていた。

「定期的に訪れるっつっても、やっぱりまだまだ話題性があるんだなァ……」

 テンガロンハットを手持ち無沙汰に被り直して、大きい方はさてどうしたものかと顎をかく。

「今は商品の積み下ろし中みたいだけど……。見学したくっても、あんまり近くからは見せてもらえないみたいだねえ。

まあ船そのものが、とんでもなく貴重で高価なものだから、警戒するのは当たり前の話なんだろうけどさ」

 いつの間にやら視点だけは同じ高さで、小さい方が商人らしい感想を述べてみせる。

 ここまでの道すがら、商売道具の大半をグリムは定宿に預けてきていた。そうして身軽になって何をするかと思えば、中を覗き込もうにも背丈が足りないからと、図々しくも同行者の体を柱代わりによじ登って、今は当然とばかりのしたり顔である。

 とはいえそれも、半分はノリや付き合いのような行動だったのかもしれなかった。彼にとってのその光景は、恐らく初見ではない。一通り高地からの眺めを堪能すると、満足したのかあっさりとグリムは飛び降りた。

しばらくぼーっと突っ立って、ただ作業の様子を見ていたバクターの尾を、グリムが唐突に引っ張る。

「せっかくだから、もっといい場所で見たら?」

 バクターは考えるまでもなく首を横に振った。

 警備の人間が、厳粛な顔で野次馬を取り締まっている。その向こうでは、飛行船に忙しなく人が出入りし、荷下ろしに精を出す様子が垣間見えた。活気付いた空気が、野次馬さえ飲み込んで、ここまで伝わってくるようだった。

 ……やはりこの場所には華がある、とバクターは思う。たとえ一介の雇われ人足に過ぎないとしても、憧れを受けて働くものには皆、いくらかの自負が宿るものだ。

 もちろん、バクターにももっと近くで見てみたいという欲は、当然ある。

「だが俺は、わざわざそこで無理を通そうとするほど、子供じゃあないぜ」

「まあ言いたいことはわかるけど。だったら迷惑にならない距離で、ここよりもっと見やすい場所に行こうってことだよ」

 わからないという顔をする竜人に、グリムは、

「何のためにバクターは、そんなかさばって邪魔になりそうなもの、背負ってるのさ」

 と言って、まっすぐに上を指差した。

 

「……なるほど」

 ――数分後のことである。二人は飛行船を見下ろせる高さの樹上にあった。

「こういう小ずるいことを考えさせたら、さすがにグラスランナーの右に出るものはいない、ってことか」

 バクターはすましてそんなことを言ったものだが、その見栄えは限りなく悪いと言わざるを得ない。グリムは気分であっちこっちと、枝を変えて遊ぶ余裕がある一方で、バクターは半ば木の幹にすがりつくようにして、かろうじて体重を支えてもらえているという状況だ。腰掛けている太い枝がきしみ音を立てるたびに、翼をばっと広げて思わず身構えるあたり、滑稽とさえ見えてしまうかもしれない。

「少し落ち着かないのを抜きにすれば……悪くは、ないな」

「でしょう」

 悪戯が大成功したときに見せそうな会心の笑みで、グリムは笑って見せた。

 眼下の作業は何の滞りもなく進んでいく。二人は世間話をしつつ、それを見るともなしに眺め続けた。結局作業が終わって関係者の大半が居なくなり、今度はその位置が、夕陽を望む絶好のロケーションになるまで、飽きもせずそのままずっと、そこにいた。

 バクターがさすがに長居をしすぎたかと、小さい同席者に少々申し訳なく思いながら撤収を提案しようとしたところで、グリムは何かを見つけて鋭く警告を発した。

「あそこ、ほら、見て! 急に地面が盛り上がって人が、しかもぞろぞろとっ……!」

 夕陽の創る長い影に隠れるように、それらはぞわぞわと一体になって動いていた。たとえるのなら、驚いたアリが一斉に巣穴から飛び出してくる様を、二人に思い起こさせた。

 ただしそいつらは、決して無力に逃げるだけのアリではなく、獲物を求める獰猛な兵隊アリどもなのだった。

 

 ロズラットは、誰よりも先に飛び出した。木の蓋の上に被せていた土が頭にかかった。毛ほども気にせず目標へ向けて突撃する。その先にはこちらに見向きもしない、飛行船の警備兵たちの姿がある。

 手下どもも我先にと続く。格別脚の速いものが、横からロズラットを追い抜いていき、勢いのまま深く深く剣を獲物に突き立てた。押し倒し覆いかぶさり、そこに追いついてきた後続が、イナゴのように群がる。

穴の中から這い出した盗賊たちは、目に付いた先から手当たり次第、無防備な背を見せる兵士に踊りかかっていった。

 外向きの警戒ばかりを続けていた警備兵たちは、突然降って湧いた内側からの襲撃に、ひとたまりもなく蹂躙されていく。

 盗賊集団の首魁であるロズラットは、自身の手によっても二人目を仕留めながら、計画が予想通りの成功を収めつつあることに心中で喝采を叫んだ。

 そうして彼らが穴倉から飛び出して、ようやく一分が経とうという頃には、そこに居るものは仲間を除いて例外なく地面に倒れこみ、わずかなうめき声を上げるのみとなっていた。事前に調べていた警備兵の数(=8)と、転がっている骸の数(=9)、そしてばらばらと集まってきた手下の数(=1人減って8)を素早く確認すると、ロズラットはようやく緊張をわずかばかり解いた。へました間抜けが1人なら、悪くはない結果だ。

「お前らよくやった。よくやってくれたぞ。これで飛行船のコアは俺たちのもんだ。

つまり、俺たちは大金持ちってことだ!」

 作戦中は声を出さぬよう、厳重に言い含められていた手下たちが、頭の勝利宣言を聞くと、抑えていたものを爆発させたように沸き立った。

 ――ロズラットが考え実行した作戦は、大掛かりではあるが仕掛け自体は単純である。

 飛行船が降り立つ空き地に、事前に穴倉を掘っておいて、その中に十分な手勢を連れて潜む。そして人が少なくなった頃合を見て抜け出し、邪魔な警備兵を奇襲をかけて排除するというわけだ。後は飛行船ごと奪って逃げても、コアだけひっそり盗み出してもいい。

 下準備となる穴掘りは、誰かに知られることのないよう細心の注意を払いつつ、深夜のうちに進められた。その際、彼らはあえて魔法もマジックアイテムも、一切使用していない。原始的で一見面倒極まりない手段であればこそ、探知魔法にかかることもなく、何より相手の心理的盲点をつけるはず、とロズラットは考えていたからである。

 飛行船の奪取における問題は、どのようにして近づくかの一点に絞られていたといっていい。8人という警備の数は、少なくはないが多くもなく、排除するだけなら決して不可能な数ではない。ただし正面からぶつかった場合、どうしても時間がかかってしまい、騒ぎになるのは避けられない。かといって、迅速に勝利するために人数を増やせば、そこに至る前に見咎められてしまうことだろう。

 ロズラットはそこまで思い起こし、周囲を見回してみて確信する。ここまでスマートな結果が得られる作戦は、他になかった、と。

 そして今、それは正しく証明されようとしていた。

 ――しかし同時にその時、彼は一瞬にして熱狂から醒めさせられる。ロズラットの使い魔が持つ視界に、はっきりと動く影が認められたからだ。

「全員警戒! 近くに何か……」

 

「あっちゃあバクター、なんでかばれたみたいだよ」

「あわよくばと思ったが、やっぱ慣れないことはするもんじゃねえな。

こっそり近づくのもこれが限界……となると、だ。俺はいっそ出て行っちまおうかと思うが、グリム、お前はどうする。見ての通り、あいつらはまったく容赦ないぞ。かといって逃げたところで、二手に分かれて追ってくるだけだろうが」

「一緒に居てもダメ、今逃げてもダメ……じゃあどうすればいい?」

「そうだな……」

 

 そいつらはいっそ堂々と、飛行船の陰から姿を現して見せた。

 手ぶらのリルドラケンと、大荷物を背負ったグラスランナー。眼に入るたびに違和感を感じる二人組みである。リルドラケンはテンガロンハットの具合が気に入らないのか、ブツブツと呟きながら片手でいじり回し、グラスランナーはその後ろからひょこんと顔だけを突き出していた。

 だが、そいつらの正体などどうでもいいのだ。ロズラットは手っ取り早い命令を下す。

「射撃用意。……相手がなんだろうと関係ない。邪魔だ、殺せ」

 矢は躊躇もなく放たれた。第一射6本のうち、2本が狙いを外したものの、残りの4本は見事に竜人の身体へ命中。しかしそのうち2本が鎧で弾かれ、残りの1本も鱗に傷をつけたのみに留まり、結局手傷を負わせたといえるのは左肩に刺さった一本のみであった。

 リルドラケンはわずかに顔をしかめたものの、持ち前のタフさのせいかあまりこたえた様子もなく、ただ一歩だけ後退する。

「向こうは見たところ、遠距離攻撃の手段を持っていない。逃げられる前に何としても」

 指示を下しかけたその時、またも使い魔の猫の視点が、警鐘を発する。リルドラケンの背に隠れたグラスランナーが、自動弓を取り出して構えているのが映った。

「――でかい奴を壁にして、小さい奴が自動弓で狙っているぞ!」

 だがその警告も、実は全くの筋違いであったことを、盗賊たちは思い知ることになる。

リルドラケンが唐突に呟くのをやめ――その手に嵌められていた指輪が光を放ち――その口元が大きく開いて――

 

 ――刹那の雷光が、彼らの中心で炸裂した。

 

 襲い掛かってくる痺れと痛み。思考が一瞬、白く曇って停止する。

 魔法文明語での呪文の発声を、ロズラットだけが確認していた。発せられた言葉は『スパーク』……操霊魔法による攻撃呪文。

「まさかあの図体で、魔法使いかよ、くそっ!」

 悪態をつき、被害のほどを見回す。幸い、威力はさほどでもなかったようで、手下たちにも驚いた程度のダメージしかないようだ。

「……得物を持ち替えろ。距離を取っていても相手に有利になるだけだ。

とにかく距離を詰めろ。がむしゃらに突っ込め。囲んで突き殺せ……!」

応じる蛮声。そして怒声。誰も彼もが弓矢を放り出し、得物を抜いて走り寄る。ロズラットも仲間と同様、はらわたを煮えくり返らせながら一心不乱に駆けた。

チビが逃げていく。ネズミのようだ。危険には聡いらしい。飛行船の裏へ。慌てて逃げ込んでいく。対して、トカゲは取り残された。遅い。致命的に鈍重だ。尻を向けて、それだけだ。もうその背に先頭が追いつく、いや追いついた。

いけ、やれっ……心中で叫んだつもりだが、口に出ていたかもしれない。刃を手に飛び掛る3人の荒くれ。少し前と重なる光景。だが。

尾の一撃、返して二撃。振り回された尻尾が3人ともを打ち据え、地に這わせる。

「お前ら、外道の相手なんざ、」

続いて仕掛けた攻撃を、するり機敏にかわしつつ、リルドラケンは高らかに宣言する。

「腕組みしたままで、十分だ」

 盗賊たちに取り囲まれつつある状況の中、彼はこれ見よがしに腕を組んで見せた。

 

 バクターの尻尾が唸る。唸る、唸る。しつこいほどに唸りを上げ、振り回される。包囲している敵全てを巻き込んで、あたかも暴風のごとく猛威を振るう。

 ズパーン、と小気味いい音を立て、したたかに打ちのめされた盗賊がまた一人、吹き飛ばされ地面に伏したままとなった。

1対9、数の上では圧倒的に盗賊側が優勢ながら、手数ではむしろバクターが押しているようにさえ見える。囲い込んでいることが、テイルスイングの攻撃範囲のせいで、まったく有利に働かない。

「ほらほら、どうした」

 バクターの挑発にも、それで発奮して突っかかっていける元気のあるものは、順調に減ってきていた。

 かといって一度乱戦に持ち込んでしまった以上、同士討ちが怖くて弓矢を使うこともできない。ならばと斬りかかってきても、そもそも接近戦に対する技量が違う。攻撃の半分は体裁きでいなされ、当たっても鎧と鱗によって、大してダメージを受けてはくれない。

「いいのか。休んでいると、俺の尻尾はどんどん手に負えなくなるぞ」

 では反対に、そんなバクターの尻尾はというと。マナを自身の肉体に作用させる技術、錬技によって、更に速く鋭く重く、凶悪なまでに強化されていた。そこいらの武器が可愛く見えてしまうほどの凶器、それが往復ビンタのごとく、一拍につき二発も襲い掛かってくるのだから、それを相手する盗賊たちもたまったものではなかった。

 ロズラットには真語魔法の心得がある。それによって打開を試みることくらいはできただろう……発動体を身に着けてさえいれば。念には念を入れ、魔法を帯びる物品を一つも持ち込まなかったことが、ここに来て完全に裏目に出てしまっていた。

あっさりと蹴散らされていく手下の姿を歯噛みして見つめ、ロズラットはようやく一つの打開策を打ち出した。仲間に大声で発破をかける。

「いいか、奴の尻尾の動きを、できる限りでいい、身体を張ってでも拘束しろ! 何度倒されようが、構わず食らいついていくんだ、決して相手に楽をさせるな!」

 そして自身は、何を思ったか、バクターの真正面へと回りこんでいた。

不敵に笑いながら、真っ向から打ちかかっていく。

「真正面なら尻尾はほとんど届かないはず。お前は何もできずに切り刻まれるんだ!」

「……馬鹿かお前は」

 顔面に鉄拳がめり込む。何が起こったのか理解できなかったか、ふらつく足取りで再度斬りかかってこようとしたので、もう一発。カウンターが見事に決まり、ロズラットは鼻血を撒き散らしながら、無様に尻餅をついた。

「俺の目は見ての通り、こうして前を向いて付いている。真正面が死角な、わけがない」

「ぐ……っ! いや、でも、腕組みしたままで、十分だ、って……」

「それを真に受けるほうが間抜けだ。お前ら悪党の世界なら特にだ」

 それに俺も、まさか真正面から無防備に切りかかってくるとは、思いもしなかったんでな。バクターはそう言って、呆れたまなざしでロズラットを見下ろした。

 ロズラットは腰を落としたまま後ずさり、ほうほうの体でテイルスイングの攻撃範囲から離脱した。バクターはまだ周囲に残っていた雑兵の相手が忙しく、彼らに指示を出していた男からは、早々に意識を移してしまった。

そうして、懲りることなく突っかかってくる盗賊たちをあしらい続け、数分の後に最後の一人を打ち倒したが……その倒れている中に頭目が含まれていないことには、この場ではとうとう気づくことはなかった。

 

 翌朝。リルドラケンとグラスランナーの二人組みが、飛行船の持ち主であるナイトメアの女船長から、恐らく昨夜から繰り返されているだろう感謝を、ここでももう一度受けているという情景、それを忌々しく見下ろし。ロズラットは一人、積み下ろしが終わり、あとは出発するだけとなった飛行船の船内に、小さくなって潜り込んでいた。

 小さくなって、というのは伊達ではない。荷物と荷物のわずかな隙間に、その身を押し込めることに成功していた。なぜなら彼の身体は今、錬技の技法の一つ『シェイプアニマル』によって、けれんみなく猫の姿を取っているからであった。

 バクターからの勝利を諦め、計画に早々に見切りをつけたロズラットは、あの後すぐに飛行船の貨物室に隠れ潜んでいた。それから、約半日。人の気配を感じればすぐに変身できるよう、気を張ったまま一睡もせず、とうとう出航の時間にまでこぎつける。

 一度飛び立ってさえしまえば、貨物室をわざわざ開けて確認するようなことも、早々なくなる。そうなればようやくロズラットも休むことができる……何よりもあのリルドラケンから、完全に逃げ切ることができる。

 そして、ああ……ついに飛行船が地面から離れた。あの二人組みは何の疑問も抱かず、平和なことに手なんて振って見送っていた。ロズラットは胸のうちで、ありったけの勝利の言葉を叫び尽くす。確かにやつらのせいで、計画をつぶされ、仲間を失い、考える限り散々な目にあったが、最後の最後で勝利を得られた。あとはゆっくりと船旅でも楽しみ、別天地での再起を図る心積もりである。……もちろんいつか、この飛行船も奪い取ってみせよう、そう固く心に誓いを立て。

 そうした一塊の不穏を乗せて、ルーフェリアを出たアメリア・スカイフィッシュの飛行船は、テラスティア大陸を南から北に縦断し、一路ロシレッタへと船首を向ける――。

 

「あー……なんていいお天気なのかしらね~ぇ……」

 言葉面とは正反対の皮肉げな調子で、テーブルに肘を着けたタビットが、不機嫌そうに呟いた。

 テラスティア大陸北部、ザルツ地方にある国、彩りの港ロシレッタの、小さな冒険者の店、『静かなる潮騒亭』での出来事である。

 元から温暖なこの地方、近頃は常に汗ばむ季節となり、トドメに今日のこの陽気。海が近いせいか湿度も高く、不快指数は天井を突破して、蒸し焼きにされる食材と無駄に分かり合えそうだった。

 特にこの、目の前でイライラと頬杖を付いているタビット、ミス・アニルータ=ムゥメに至っては、脱ぐに脱げない毛皮を着込んでおられるので、その不機嫌さはまさに天井知らずといったところでありまして。

 いつ爆発するのだろうかと、逆に背筋だけは妙に冷やされている同席者、ナイトメアの楽士であるところのテオドは、ゆだった頭に思い浮かんだことを口走ってみる。

「そんなに暑いなら、アニルータさん。ここは一つ、夏毛に生え変わったらいかがかと愚考しますが」

「動物扱いするんじゃないわよっ、ぶっ殺すわよ!」

 ストレスの溜まっていた彼女は、案の定即座に激昂して、腰の細剣を突きつけてきた。か細い刃ではあるが、それを見た途端にテオドは諸手を上げて降参を示し、すごすごと椅子の上で小さくなる。

 そもそも彼女の毛皮は、言うまでもなく明らかに夏毛のそれであった。被服によって体温調節できるのだから、進化の方向性としてはまったくもって妥当に過ぎる。

「あ~~~~~~、むかつくわぁ」

 イライラの度合いを更に一段上げたアニルータは、背負い袋の中から何かをむんずと掴み出し、テーブルに力強くたたきつけた。そしてあえてその上にもう一度肘を下ろすと、行儀の悪い頬杖の体勢に戻った。

 背負い袋の中から出てきたそれは、ぬいぐるみのようだった。手荒に扱われているのが一目でわかるほどにぼろぼろで、あちこち修繕の跡も見える。お手製なのだろう、造形は甘く、果たして何をかたどっているのか、一見したところではわからない。ただ、全体の色合いは灰色が多く、また四肢以外の余分な部位があるようにも見受けられた。

「おや、そのぬいぐるみは、一体何のぬいぐるみでしょうか?」

「見てわからない? ばっかじゃないの……トカゲよトカゲ」

「ははぁ、なるほど、リルドラケンですか。年季が入っているようですが、どうして持ち歩かれているんです?」

「…………こうやって!」

 タビットのお嬢さんは、突然テーブルの上に飛び乗ると、肘を付いていたぬいぐるみを椅子の上に投げ出し、そこに勢いよく腰を下ろした。

「ストレス解消のためよ」

バンバンと腹立ちまぎれに何度かお尻で押しつぶし、それが終わるとぷいっとそっぽを向いて、彼女は押し黙ってしまう。不機嫌は不機嫌でも、今度はどうやら、頬を膨らませて子供のようにむくれてしまったらしい。

気は紛れてくれたようだが、しかしあまり触れられたくない場所に、どうやら触れてもしまったようだ……とテオドは気づき、なんとも微妙な心持になる。

 暑さで殺気立った空気から、気まずい沈黙にシフトしようとしたところで、宿の外が騒がしくなった。

 耳を澄ましてみると、何やら飛行船が来たとかどうとかで騒いでいるらしい。

 アニルータは俄然元気になって、テーブルをダンと叩いて立ち上がった。……どうでもいいかもしれないが、彼女は宿の備品を粗末に扱いすぎに思えてしょうがない。いつか修理代を請求されたらどうしたものだろう。

「見に行くわよっ、アタシたちも!」

「よろしいですが、どういう風の吹き回しで?」

「ここでうだうだしてても、気分は一向に良くなりゃしないしっ。

それに飛行船よ、飛行船。空を飛ぶってだけでなんかこう……開放的で、どことな~く涼しげな感じがするじゃないの」

 やれやれと、テオドは苦笑しながらもアニルータに従い、椅子から立ち上がった。

 

「ふ~ん……へえ、なるほどー……」

「アニルータさん、そうやって私の後ろに隠れていたんでは、よく見えないのでは?

せめてあの野次馬の群れの中からでも、ご覧になったらいかがです」

「……いい。見に来たのはあくまで飛行船なんだから、ここからだって見えるもの」

 そう言って、野次馬さえ遠巻きにしたまま、あくまでテオドの後ろから出てこようとしない、人見知りなアニルータである。

 こうして懐かれる、いや慣れてもらうまでには、テオドにも相当の苦労があった。そしてそれとは立場は変わったが、現在進行形での苦労もある。彼女自身のためにも、何とか改善できないものかと思うが、これがなかなか上手くいかない。

「それで、どうするんです? これ以上近寄れないなら、このままこうして、ずっと飛行船を見ているだけですか?」

「……あっ、猫!」

 人ごみへの恐怖も忘れ、彼女は陰から飛び出した。テオドの問いかけについては完全に忘れ去って、大変な発見をしてしまったとばかりに指を差し、大声ではしゃぐ。

「はい? 猫、ですか」

「そうよ、猫! 今飛行船の方から、人だかりの足元をくぐって出てきて……ほら、あっちに逃げてったの」

「……ただの猫ですよね?」

「た、ただの猫じゃないわ……たぶんだけど。アタシの第六感に、こう、びびびっとね」

「まあ、その証言については盲目的に信じるとしましょう。

ただ、タビット族のその能力は、確か危険なものを察知するための能力、だった気がしますが。それでビビッと来たものを追いかけるというのは、本末転倒では?」

「アタシのは特別なの! 面白いものにビビッと来るんだってば!」

 聞く耳を持たずに、アニルータはさっさと猫を追いかけていってしまう。テオドはそれに、いつものようにしぶしぶながらもついて行き――そして、その場面と出くわした。

 ――無理やりにでも止めるべきだったかもしれない。衝撃の光景に思わず固まる、アニルータの姿を見て、テオドは滅多にしない後悔の念にとらわれていた。

「へっ……へ、へ……」

 若干まだ12歳のタビットの少女は、しゃくりあげるように身体を震わせる。

 猫が逃げ込んでいったはずの路地裏。そこには、なぜか。

 全裸の男が一人、中腰の姿勢で固まっていた。

「変・態っ、だぁ~~~~~!」

 震える指先を対象から微妙に外して、アニルータは心の限りに、涙声で絶叫する。

 理解不能の情景に錯乱したか、はたまた脅えきった末の防衛本能か、腰の細剣は既に抜き放たれ、威嚇するように裸の男に向けられている。

 

「くそっ」

 対して裸の男こと、飛行船内から猫の姿で逃げ出し、この路地裏でようやくシェイプアニマルを解いたロズラットは、日を変えてもまだ続く不運を、心の底から嘆いていた。

 この逃走方法を選んだ時から、これに近い状況になることは覚悟の上だったが……まさか変身を解いて早々、人に発見されることになるとまでは思っていなかった。

 今のロズラットは、まさしく丸腰。鎧も剣も、それどころか言いつくろおうにも服さえない。ただ、それでもこの窮地を脱しようと、ロズラットは必死で頭を働かせ始める。

 

 しかしアニルータは、そんな暇など与えてはくれなかった。

 

 一体何の冗談か、彼女は当然の顔をして、剣を片手に敵に向かって突っ込んでいく。

 もう一度確認しておくと、彼女は紛うことなきタビットである。ウサギの外見に反して不器用で鈍足、頭でっかちな学者型種族と一般に認識されている、あのタビット。にも関わらず、その繰り出した突きは十分な速度で、裸の男に襲い掛かった。

「この変態がっ! 死ねっ、死んでしまえっ!」

「って、おわ……!」

 度肝を抜かれたロズラットは、それでも何とか危ういところで回避に成功する。――ほっと息をつくその後ろで、路地裏の石壁がさっくりと切り裂かれた。

 信じられない剣技の威力に、裸の盗賊は目を丸くする。

 手伝う気もないらしいテオドが、路地の入り口からありがたい忠告をくれた。

「タビットだからって、甘くみないほうがいいですよー。彼女の剣には、魔力がたっぷり上乗せされてますからね。威力はまあ、ご覧の通りです」

「くそっ……タビットごときにっ……!」

 ロズラットは苦し紛れにパンチを繰り出して反撃。攻撃一辺倒だったアニルータの隙を上手く捉え、頬に命中した。手応えもあったが、一発程度のダメージでは、彼女はまったく怯む様子がない。やけに格好よく血を吐き捨て、獣のように吼え猛るタビット。

「タビットが接近戦して、何がおかしいってのよ!」

 胸を張って誇りつつ、アニルータは再び敵に討ちかかっていく。魔力撃の威力が目に焼きついているロズラットは、必死になって彼女が突き出した剣をかわそうとするが、実は今回、剣はただの牽制に過ぎなかった。同時に詠唱、準備していた妖精魔法の弾丸が、避けられないタイミングで発動、その身を貫く。

 それが、決定打になった。戦士としての力量はほぼ互角だとしても、いやむしろだからこそ、武器・防具・魔法触媒を持たない状態では、勝てるはずもないとロズラットは悟った。盗賊団の首魁は、許しを請うように膝を折り、頭を垂れる。

 こうして、飛行船強奪をもくろんだ盗賊団は、ここに人知れず完全壊滅することになったわけだが。

 落ち着いた今になって、直視できなくなったらしいアニルータは、視線を慌てて逸らしつつ、それでも威嚇のために剣を突きつけて、

「でもアンタ、何でこんなところで裸になってたの?」

 彼女の立場からすれば、至極当然な疑問を発した。ただ、降参して大人しくなったロズラットも、それについてだけは決して自ら口を開こうとはしないのだった。

 

 あの裸男は、衛兵の聴取によると、どうやらルーフェリアから飛行船に密航して、ここまで来たらしい。テオドがもののついでに聞いてきたことを話すと、アニルータは露骨に眉をひそめていぶかしんだ。

「はあっ、ルーフェリアぁ? そんな遠いところから、はるばるアタシに捕まえられに来るなんて……ご苦労さまなことだわね」

 もっとも、これ以上関わる気は毛頭なかったので、そういうものなのかと飲み下した後はもう、正直どうでも良くなりつつあった。

 場所は静かなる潮騒亭の、さんざん駄弁っていたのと同じテーブル。お出かけにケチがついてしまったので、一足先に帰っていたアニルータと、一人で引渡しを済ませてようやく帰ってきたテオド、という構図である。

「ん~~~~~~。まあ暴れられて、少しはすっきりした。

……でもあの光景見させられた代償がそれだけじゃ、全然割に合わないんだけど」

耳を萎れさせながら彼女はぼやく。

「ははは、トラウマにでもなりましたか、アニルータさん? まあ種族が違うとはいえ、年端も行かないお嬢さんのリアクションとしては、むしろ喜ばしいのかも……」

 そこまで条件反射のごとく煽ってから、しばらく待っても思っていた反応がないのにテオドは気づいて、慌てて同席者の顔を覗き込む。

「って、どうしました? まさか生理的嫌悪感から、本気で体調不良になったんじゃ」

「んー…………ああ、そういうわけじゃないわよ。あの男についてはもう、可及的速やかに忘れ去りたい、それだけ。

ただなーんかね、ルーフェリアって聞いた時から、モヤモヤ感が……」

アニルータはまるで毛皮製のテーブルクロスのように、机の上でだらーんと突っ伏したまま、口だけを動かした。

「ルーフェリアですか。何かご関係が?」

「別に。名前を聞いたことがあるだけの国よ~。大体、あんな南の方なんて、行ったことさえあるわけが……」

 そこまで言って、アニルータは顔一杯の渋面を作った。

「思い当たりましたか、それはめでたい。よろしければ私にも、疑問の答えを教えていただきたいのですが?」

「よろしくないっ!」

ぐんにゃりしていた彼女は、急にすねたような声を出すと、そっぽを向いて立ち上がった。テオドを置き去りにして階段を上がり、自室に鍵をかけて閉じこもる。そのままの格好でベッドに飛び込むと、うつ伏せに体をうずめた。

ふと、背負い袋の中身が妙に気になった。アニルータはむしゃくしゃした勢いで、背中に負ったままの袋へ肘打ちをかまそうとするが、残念なことに腕が短くて届かない。ますますむかっ腹が立ち、駄々っ子のようにじたばたもがく。

背負い袋の中には、あれが入っていた――宿敵を模したぬいぐるみが。ではなぜ今そんなものが気にかかるのか……といえば、それはルーフェリアが『南』にあるというただそれだけで、不覚にもアイツのことを連想してしまったからに他ならない。

背中合わせに別々の方角へ旅立ったあの日。アニルータは北、アイツは……南だった。それからもう二年。自分はここまで来た。テラスティア大陸の、ほぼ北の果て。だったらアイツも、南の端っこの、ルーフェリアまで行っていたっておかしくはないのだ。

アニルータはそう思い、しかし対抗心からすぐさま否定した。

「いや……あのとんまが、そんなに順調に旅なんてできてるはずないわよねっ」

 ふんっ、と鼻から息を吐き、自分の言った悪口に自分でうなずいて、彼女は元気を取り戻す。あの日交わした勝負の約束……アニルータはこれっぽっちも負ける気はなかった。

 

 ……あるところに、幼馴染の男の子と女の子がいました

 もっともその二人の間に、仲睦まじさという言葉は無縁でした

 片方が腕力を誇れば、もう片方は剣技を習って対抗し

 一方が妖精とお友達になれば、もう一方は猛勉強して魔法を身に着けます

 ことあるごとに張り合う二人でしたが、いつまで経っても一向に勝負がつきません

 なぜなら、二人の得意分野はまったくの真逆で

 自分の得意分野は見事に相手の苦手分野であり、何で勝負しようと公平な勝負はとても望めなかったからです

 戦績は常に五分と五分。引き分けにすればいいと思うでしょうが、二人は決着をつけたくてたまりませんでした

 そんなある時、二人は画期的な勝負の方法を思いつきました

 周りの大人たちは「それじゃまた別の意味で勝負がつかない」と笑いましたが、二人だけは真剣です

 さて、二人が思いついた、その勝負方法ですが……

 

「先に神様になったほうが勝ち!」……という、とてつもないものであったのです

 

 二人は同じ日に、別々の方角に向かって旅立ちます

 その約束と、絶対に勝ってやるんだという、決意だけを胸に秘めて

 

 そして今、その二人はというと――

 

 はるか南の空の下

「さて、次はどこに行ったものかな」

 灰色の鱗をしたリルドラケンが、ふらりと街を出ようとしていた。

「始まりの剣を探すにしても、もうちょっと魔法は勉強しとく方が、都合が良さそうだし……せっかくだ、カイン・ガラにでも、寄ってみようかね」

 そうして、気の向くままに次の進路を決め。

 

 北の宿屋の一室では

「神様になる手がかりは、未だにつかめず、かあ。ま、このアタシにさえ進展がないってことは、向こうだって同じようなもんでしょ。

 ふふん、それにこんだけ気合入れて追っかけてるんだもん。相手が神様だろうが、追いつくのは時間の問題、ってぇやつよねえ」

 勝気なタビットの少女が、根拠のない自信を取り戻し。

「……あ、そうだ。このさいだし、見つかったのがもし第二の剣だったりしても、よしとしよう、うん」

 ……なりふり構わず、怪しい決意を固めていたりした。

 

 この二人に、いかなる結末が訪れるのか。それは、神様にでも会わないことには、誰にも判りはしない。                                   〈END〉

 

 

 
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