~クロスベル自治州 オルキスタワー 35F国際会議場~
マリクやレヴァイス、ロイドらが拠点捜索および摘発のためその場を離れると……会議場は最低限の警備兵のみとなり、各国首脳陣、オブザーバーと一部の報道関係者のみとなったが……その場に漂う空気は完全に最悪と言わざるを得ないほどに緊迫していた。
「……シオン、どういたします?」
「どうするもこうするもないだろう。今回の一件と両国政府が結託して私らの両親を殺めた嫌疑のこと。それに対して今ここで明確な『誠意』を見せていただかなければ話にならない」
クローディア王太女のいつになく真剣な表情に加え、シュトレオン宰相の覇気が武を嗜んでいないものでも感じ取られるほどの圧迫感となって、ほかの首脳―――特にオズボーン宰相とロックスミス大統領に向けられる。リベール王国に領土的野心はない以上『賠償』という言葉を使わなかったが、三大国の名誉に傷だけでなく泥を塗りたくるような行為を黙って見過ごせるレベルではなくなっている。
これには両首脳も押し黙るほかなく、レクターやキリカも迂闊に言葉を発せない状況。チェスでいうところの『チェックメイト』に他ならない。すると、アルフィン皇女が口を開いた。
「クローディア殿下にシュトレオン殿下。此度の一件は政府だけでなく貴族派を御しきれなかったアルノール家にも責任がございます。ですので、そのお詫び足りえるかは解りませんが私アルフィン・ライゼ・アルノールにその責を負わせていただければ」
「いや、アルフィン。それを言うならば皇族に連なるものとして私も同罪だ。クローディア殿下にシュトレオン殿下、此度の件は<百日戦役>の時のような“一部の権益者による”暴走が原因だろうと考えます。本国に帰還次第、皇帝陛下にこの件を確りと報告した上でそちらが納得しうる『誠意』を一か月以内に提示したいと考えますが、いかがでしょうか?」
アルフィン皇女とオリヴァルト皇子が揃ってリベール側に頭を下げたことに記者たちは騒めく。この行動自体リベール王国が西ゼムリアの三大国として確立したということにもつながる。それはともかくとして、二人の言葉を聞いたクローディア王太女は考え込む。
「両殿下、頭をお上げください。シオン、お二方は<百日事変>の折、我が国の混乱にともに立ち向かった功労者。我が国にとって信頼できる方々ですので、信じるに値するかと」
「……そうだな。イアン弁護士、お聞きいたしますがクロスベルの自治州内総生産額に対する帝国および共和国に納めている税の総計は割合でどれぐらいになるのでしょうか?」
「え? そうですな、ざっと両国に対して10%……細かいものも含めれば25%程度になります」
「なら、その割合をわが王国内で施行されている自治州税制法と<不戦条約>附則における税制案に照らし合わせ―――最低1%、上限4%の早期実行をこの場で確約していただければ、帝国側に一か月ほどの猶予を与えることにしましょう。なお、クロスベルの宗主国自体特殊なため、税率はクロスベル側と交渉した上で共和国側と折半する形で提案いたします」
「………!!」
折半すると最低0.5%、上限2%……単純に税収が五分の一未満にまで落とされる形となる。一見無茶苦茶とも言えるかもしれないが、現にリベール内で実施されている税制に基づく税率設定のため、そこまで無茶でもないし一定の説得力がある合理的な内容。そもそもそういったところから収入を頼り切っていた側の問題としか言いようがない。
「!?」
「ええっ!?」
「なっ!? そのような税率変更自体横暴ではないのかね!?」
しっかりとした自国産業の形成にはお金がかかることぐらい承知している。国を国として維持していくためにも莫大なミラが必要になることも。だが、シュトレオン宰相は……リベール王国はそれを成し得た。
「―――貴方方が直接関与していなくとも、両国が七十年間このクロスベルを縛り続けてきた。その裏で罪もなき大勢の人々が負の感情を抱えた。それでいてなお、この地域に暮らす人々を人ではなく『自分たちの都合のよい収入源』としてしかクロスベルを見ていない現状。この提案が飲めないというのであれば、それを誤魔化そうというのであれば、あなた方両国が関与したクロスベルにかかわる一連の真相すべてを公表する用意がこちらにはあります」
「―――っ!?」
(シオン、それは本当ですか?)
(ああ。マリクに加えてルドガーが情報提供してくれた。さすがにこの条件では共和国側の拒否はできないだろう)
シュトレオン宰相の放った言葉にロックスミス大統領の表情が一瞬にして青ざめた。これがマリクがアスベルらに言っていた“共和国のアキレス腱”。これは帝国側にとっても大ダメージを負うこととなる。なにせ、オズボーン宰相の前は貴族派に近しい人物が政府代表を務めていただけに、双方の派閥が混乱に陥るのは難くないことだ。
「シュトレオン殿下。その事実に関しては初耳だが、間違いなく我が国にとっても混乱に陥るほどの事態になるだろう。他国とはいえ三大国の一角を担う者として、穏便に済ませる方法はないだろうか?」
「お兄様……」
「そうだな。確かに事の発端は帝国と共和国の対立によるもの。できれば必要以上の混乱を煽りたくはないが……わかりました。カルバード側に対しては先ほどの税制条項に加え、我が国と結んでいる不可侵条約の改正条項提案を遊撃士協会に委託する形で三日以内に送付いたします。その後の対応は二国間での話となりますが……共和国議会において一か月以内での承認をお願いいたします」
「オリヴァルト皇子が共和国のために……」
この流れ自体打ち合わせにはなかったものの、ここぞというタイミングでオリヴァルト皇子が声を発したことには感謝すべきであった。敵対しうる国であろうとも、地域の安定のために手を差し伸べてくれたともなればその好感度は計り知れなくなる……まぁ、その絡みで自国も混乱する事態ともなれば黙っているほうが難しい。一通りの流れが終わったところで、これが機と見たディーター市長が言葉を発する。
「――――皆さん、襲撃によって邪魔された私の発言を再開させていただきたい」
「……ディ、ディーター君………?」
この言葉にマクダエル議長は戸惑うような言葉を発し、各国首脳は彼の言葉に真剣なまなざしを向ける。とりわけ厳しい表情をしているのがオズボーン宰相とロックスミス大統領。市長の言葉を聞き、それに対してアルバート大公が問いかけた。
「ほう……?」
「して、どのような提議を?」
「いえ――――提議ではなく決意表明というべきでしょうか。迷いもあったのですが……この事件やスヴェンド局長達の働きで決意は固まりました。今、この場をお借りして一つの提唱をさせていただきます」
その発言が『引き金』になりうる。そうシュトレオン宰相はすぐさま感じた。ここから先の歴史は……流れは止められないのだと。それを知ってか知らずか、ディーター市長ははっきりとした口調で会議場に響き渡る声をもって、その提唱の言葉を発した。
「我々はもはや、他国の思惑に振り回されるわけにはいきません。周辺地域の、いや大陸全土の恒久的な平和と発展のためにも―――私はここに、市民及び大陸諸国に対し、『クロスベルの国家独立』を提唱します!」
波乱含みとなった<西ゼムリア通商会議>はディーター・クロイス市長による『国家独立提唱』によって幕を閉じた。
まず、オルキスタワー襲撃のテロリストおよびそれにかかわった<赤い星座>や<黒月>に関しては全員拘束され、テロリストらは権限に基づきリベール王国へと移送され、入念な取り調べが行われることとなった。後の二つの組織は自治州からの永久追放処分はもとより、国際犯罪組織扱いとなったために各国から追われる立場となる。
次にカルバード共和国側。ロックスミス大統領が国際犯罪組織と契約したことや十七年前のリベール王太子夫妻を事故に見せかけて暗殺に加担した事実を隠蔽し続けていた嫌疑により、支持率は大統領制が開始されてから史上最低支持率を記録。共和国議会では野党による追及が日を追うごとに増す形となり、次期当選の可能性が実質消滅しただけなく現在の議会運営ひいては行政サービスに支障が出るほどの混乱を呈していた。その際、可能な限り遊撃士協会が歯止めの機能を果たしたおかげで、行政手続きなどを除けば市民の日常生活に然程支障は出ていない。
エレボニア帝国側というと……その混乱は共和国の比ではなかった。“革新派”ではオズボーン宰相の支持率低下だけでなく盟友のレーグニッツ帝都知事にまで影響が及び、宰相の肝いりである帝国軍情報局や鉄道憲兵隊ひいては<
“貴族派”においてもカイエン公爵家の実印の書状をテロリストが所持していたことから、“貴族派”がスポンサーとなってテロリストを支援し帝国を混乱に貶めようとした嫌疑がかかる。彼らテロリストは先月の夏至祭で皇族を誘拐しようとしていたことから、カイエン公爵家はアルノール皇家に対して反骨の相を見せたのではという疑いが持ち上がった。カイエン公爵家は皇帝陛下の怒りを鎮めるために現保有資産の四分の一を支払うことで合意。この補填のために州内の税率を上げた結果は……言うまでもないことだ。
その反動を受けたのはオリヴァルト皇子とアルフィン皇女。双方ともに別の意味で知名度はあったが、今回の会議において帝国の誇りだけでなく、自国のためとはいえ敵対するカルバードに対しても慈悲の心を見せたことが高く評価されることとなった。双方ともに<百日事変>の立役者という功績に加え、多方面で身分にとらわれない活動を行うオリヴァルト皇子と、わずか15歳ながらも多国間の外交をこなしたアルフィン皇女に対して次代のエレボニアが明るいものになるという期待感を抱かせる形となった。
リベール王国側は両殿下の両親がカルバードとエレボニアの政府が暗殺にかかわっていたという嫌疑から、国民から『開戦も已む無し』という主張もあったが……シュトレオン宰相は帰国次第、報道機関などを通してそういった主張の鎮静化を図った。その怒りは今放つべきではなく、近い将来我が国を襲う可能性のあるその時まで矛を収めるべきだと。
経済や軍の規模は十二年前より強大になっているが、戦争自体は忌避すべき方針に変わりはない。失うものが多いのだということは<百日戦役>を経験している人がいるからこそ分かる話。国家元首であるアリシアⅡ世女王もその方向性を表明し、両国の誠意を見たうえで改めて声明を発する形とした。そして、今回の一件を受けてシュトレオン・フォン・アウスレーゼ宰相は前リベール王であるエドガー・フォン・アウスレーゼⅢ世の再来と謳われることとなった。
最後にクロスベル……マリク・スヴェンド警察局長とレヴァイス・クラウゼル警備隊司令の功績は瞬く間にクロスベル全土に広がり、“救世の英雄”と称されることとなる。西ゼムリア通商会議に端を発したこの一連の出来事は後に<西ゼムリア事変>と呼ばれることとなる事件の引き金となることに、一部の本来の未来を知っている者たちは強く感じていた。
外伝入れると100話は超えてますが、三桁突入です……はい、社会的に抹殺しました。単調に聞こえるって? この程度でくたばるようなシンプルな性格なんてしていませんからね。特にギリアス・オズボーンは。
で、第六章入る前に外伝を挟みます。碧の面子は面子で楽しんでいたので、そういった計らいはあってもいいかな、と。それに、そろそろリィンの好感度もろとも上げて爆発するように仕向けないと(ぇ
それと、オリヴァルト皇子らの視点でもう一個やっておきたい話があります。内容は次回にて。
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第100話 事の終わりにして始まりの引き金(第五章END)