ある戦場報道記者の記憶
「おい! 戦争が終わったらしいぞ!」
喫煙室に息急き切ってはいってきた同僚の言葉にたいして出てきた自分の言葉はまったく陳腐なものだった。
「ははは、面白い冗談だな。で、なにがどうしたって?」
まったく本気にしていなかった。それは一緒にタバコをふかして談笑していた他の同僚たちも同じであった。あるものは彼の言葉を意に介さず煙をくゆらせ、またあるものはおれにつづいて軽く笑った。
それはある種しょうがないことだろう。昨日まで続いていた月面の無人ロボット軍団との地球全土の規模で行われていた戦争がただの一日で終結した、などとまともな思考力をもっていれば信じられるはずがない。
「だから、終わっちまったんだよ! 戦争が!」
(おそらくは)朗報を喫煙室に持ち込んできた彼————アラム・アルマゾフは白い肌を紅潮させて続けた。
「冗談なんかじゃない! そこのモニターをつけてみろ、地球防衛機構の正式発表が全世界同時中継で流れてる!」
アラムの態度に、やっと尋常ならざるものを感じた自分は近くのテーブルに置かれたコントローラを操作して壁に据え付けられたモニターをつけた。
『————全世界の皆様に、地球防衛機構広報本部よりお知らせいたします。本日をもって地球と月面プラントとの戦争行為が終結いたしました。地球防衛機構が秘密裏に計画・実行した月面強襲作戦により、月面の全エリアの支配圏を回復し、月面を不当に占拠していたAI軍を一掃せしめました。全世界の皆様に
————』
目に入って来たのは男性アナウンサーがプリント情報を読み上げる30秒ほどの映像が繰り返し流され続ける映像だった。それをみた自分は言葉を発することもできず口をあけてただただ呆然としていた。
それは同僚たちも同じで、ランベルトは左手に握っていたタバコを取り落とし、ドミニクは何が何だかわからないといった顔でふらふらと壁付けソファにすわりこんでいた。ほかに喫煙室にいた誰もがそんな風であった。
モニターは、同じ映像・同じ音声を繰り返し続け、それがまごうことなき現実なのだと自分たちに言い聞かせているようだった。
ポケットに入れていた携帯デバイスが震えて、メッセージの受信を知らせる。自分はポケットからデバイスを取り出して確認した。統括デスクからの一斉送信メッセージだった。
「戦争終了の事案について事実関係の確認、諸情報収集を早急に行うように……」
自分はメッセージを読み上げてようやく我に帰った。そうだ、何があったのか確認せねば。何が起こったのかを知らねばならない。それこそが、自分がこの仕事についた理由ではないか。
同僚たちも気持ちは同じようでみな早足で喫煙室をでて自分のデスクへ向かう。自分も携帯デバイスから知り合いの傭兵、軍関係者へメッセージを飛ばし、自分の机に走った。
それからは地獄の忙しさだった。後日行われた防衛機構の記者会見では軍事機密に関連する、として終戦発表映像以上の情報は得られず、自分たち記者は傭兵、将校などへの手間のかかる取材に明け暮れることとなった。
とはいえ、軍関係者へは厳しい箝口令が敷かれているのか、しばらくは全くまともな情報は得られなかった。中には「FAが”進化”した」とか、「みたこともないFAが敵中枢を叩いてくれた」などというふざけた冗談を言うものまでいた始末だ。
そして、全く悲しいことは月面軍との戦争が終結して数年経った今現在もなお”戦闘行為”は続いていると言う事実だ。
はじめに起こったのは奪回された月での利権闘争だった。防衛機構軍、軍需企業、長年の戦争の末私設武装組織を持つに至った大企業、傭兵派遣会社など様々なものたちが月にむらがった。月面軍が運用したTCS兵器やその周辺技術、たかい量産機能、そして彼らを動かしたAIシステム……。この数年間で月は宝の山になっていたのだ。それを求めて、彼らは政治的闘争に飽き足らず、秘密裏に直接的な闘争まで行いはじめたのだ。長い戦争で疲弊した防衛機構にはこれを止める術はなく、そしてそれに伴って地球月面間航路での海賊行為、謎のFAや宇宙用戦闘機に攻撃される船舶が目立つようになった。
通商航路は大きな傭兵ビジネスの舞台となってしまったのだ。早くから宇宙での活動を始めていた一部民間軍事会社はこれを機に宇宙戦力を拡充して、大きな成功をおさめたと聞く。
そしてまた地球でも、月へ向けられていた戦力が余剰戦力となったことで小規模の傭兵集団が海賊集団・武装強盗集団化することがあとをたたず、州軍が機能しない地域は無法地帯と化してしまった。
そして、それを無法者を排除するために地域行政あるいは地域の有力者によって傭兵集団が雇われ、また戦場が産まれた。
自分は戦場報道記者として様々な場所を飛び回ったが、その間に亡くなった同僚も多い。戦争終結を自分たちに伝えたいアラムも東南アジアでの海賊集団による被害の取材中に、戦闘に巻き込まれて亡くなった。
今こうして自分がこの記録を書いていられるのもただの幸運ゆえだ。戦争が終結したはずなのに続くこの地獄は一体どこまで続くのか。今、自分はそれを見とどけるということへの義務感と興味で生きていると言っても過言ではない。
この世界が、西暦を捨てCCという新たな世紀でなお争いを続けるこの世界を、死ぬまで観察し記録し続けたいと思うのだ。
ワールドセントラルジャーナル社付戦場報道記者 アレス・シルバ
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レイファルクスのインスト設定があんまりにあんまりだったので自分の世界観に合うように脳内補正をかけました。