はっきりと月が見える夜の日ことである。
その男。可もなく不可もないように仲間と談笑した帰り道で、壊れかけのカーブミラーに映る時化た顔はどこかで見たような顔だと感じた。
なので頭をたくさんに使い、考える。
しばらくの間そうしていると、誰かの足音が聞こえたので思考を保ちつつも面をあげた。
「どうかなさいましたか」
まだ歳の若い女性である。賢そうな声が印象深く、月明かりを頼りによくよく見ると容姿も美麗だったために男は思わずため息をついた。
「いえね。それは昔、ここに御らっしゃる彼をどこかしらで拝見したように思うのだが、いかんせん最近は記憶が遠いため思い出せずにいたのですよ」
彼は現物を指差しながら遠慮がちに、言った。
その言葉には、小首を傾げて聞いていた女も、猫のようにほそい目を更にほそくして驚きを隠さない。
「鏡は正面しか見せてくれませんと教えられましたよ。これを参考にしますと、ですから。そこに居るのはご主人ではなくて?」
今度に驚くのは男のほうである。
「今まで生きてきたけれども全く耳にしたことが無い説であった。誰が思いついたのか詳しく聞かせてくれないだろうか」
くつくつと耳障りな笑い方の女である。意地の悪そうな印象を受けて、男は少々げんなりとした。そして別の意味で、先ほどと同じくらいのため息を再び吐きだした。
「義理の母でございます」
ふふ、くつくつ。月のように黄色い目をして笑う女である。
「そうかそれは失礼をした。また機会があれば会おうぞ」
「ええ、いつかしらに会えたらいいと願います」
二人は背を向けて何事もなく別れた。
数歩だけ歩いたところで男は知る。あれほど集中して考えていた時にさえ聞こえた足音が、今度は聞こえぬことを。
この世のものではない者と会話を交わしたのではないかと冷や汗をかきながらも、今度は足元に気配を感じた。
男は恐る恐る後ろを振り返る。
にゃあ
電柱の軋む音がしたので、静かにうなづいて男は帰宅した。
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たぶん昨日くらいの話