No.905211

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百三十八話

ムカミさん

第百三十八話の投稿です。


投稿ペースは上がらないのに話のペースは落ちている……
DB現象か

2017-05-12 02:24:43 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2212   閲覧ユーザー数:1844

 

大陸の東側、長江流域にある、連合軍が滞在する砦。

 

そこは現在、大きく二つに分けられて使用されている。

 

即ち、蜀の者が使う側と呉の者が使う側である。

 

その内の蜀の側の一室では暗い顔をした者たちが集まっていた。

 

呉との合同の会議が終わってよりこっち、ずっとこの調子なのだ。

 

誰もが何かを話したいが、しかし何を話せばよいのか分からない。否、話したい内容はほとんど共通していても、切り出し方にあまりにも大きく、見えている地雷があるように思えてならないのだ。

 

ただ、幸いと言うべきか、絶望の色を表情に映している者はいない。

 

大半は困惑と焦燥から来るものであった。

 

このままではいけない、と、蜀の最上たる自らがまず動かねば、と。

 

そうやって無理矢理にでも気合を入れてやれば、どうだろう、少しは元気が出てきた感じがして、劉備は薄くながらも笑みを浮かべて言葉を発した。

 

「皆、軍議お疲れさまでした。

 

 ちょっと軍議が荒れちゃったから、まずは内容を整理しようね。

 

 えっと、連合としての大方針は変わらず、赤壁で船上戦を挑む、けど細かいところは修正をかけないといけない、だったよね、朱里ちゃん?」

 

劉備に早速話を振られた諸葛亮は、こちらもまたこのままではいけないとばかりに頭をプルプルと二、三度振る。

 

そして不安に沈む少女の声では無く、軍を導く頼もしき軍師の声で自らの主人の問いに答えた。

 

「はい、その通りです、桃香様。

 

 一つ捕捉しますと、赤壁での戦端が開かれる前に今一度魏の情報を集め直して突ける弱みを探す、となっています」

 

「うん、そうだったね。

 

 それで、えっと……」

 

気丈に振る舞おうとしていたものの、そこで劉備は言葉を詰まらせてしまう。

 

王らしく無いと分かっていながらも、チラチラと諸葛亮と扉とを交互に見る劉備。

 

何を言いたいか、或いは聞きたいかは一目瞭然だが、暗黙の内にタブー化しかけている話題だ、どう切り出そうか迷いに迷っていた。

 

そこを諸葛亮が切り裂く。

 

「雛里ちゃんですが、先程簡易敵に開いた軍議の通り、暫くの間は謹慎してもらうことになりました。

 

 期間は定めません。ですが、少なくともこの戦が終わるまでは解くことは無いでしょう。

 

 きっと一時的に自信を喪失しているだけだと思います。すぐにいつもの雛里ちゃんに戻ってくれます」

 

その物言いには大なり小なり諸葛亮自身の希望が混ざっていた。

 

しかし、誰もそれを責めることは出来ない。

 

何故ならば、皆知っているからだ。諸葛亮と龐統が、今までどれほど蜀のために共に手を取り合って働いてきたかを。二人の友情の深さを。

 

だからこそ、劉備もそこには触れずに軍議を進める。

 

「うん、そうだね、朱里ちゃん。雛里ちゃんのことは信じて待とう。

 

 それで、今後のことなんだけど、当面私たちの方で出来ることは、決戦での配置をどう変更するか、かな?」

 

「はい。ですが、これはすぐにこの場で決められる類のものではありませんので、雫ちゃんと杏と一緒にこちらの方で練っておきます」

 

「うん、お願い。曹操さんのところへの間諜に関してはどうしよっか?」

 

「それについては後程私が周瑜さんと協議してこようと考えておりました。

 

 正直に申し上げますと、我等蜀の間諜の質は呉の者に比べて二段も三段も落ちます。呉の間諜は間違いなく一流で、蜀の者は良くて二流です。

 

 対する魏の間諜や捕殺技術は、呉に匹敵するか、それ以上。

 

 ですので、蜀からはむしろ間諜を出さない方が良いかも知れません」

 

「う~ん……それで周瑜さんは納得してくれるかなぁ?」

 

「そこは交渉次第かと思います。場合によっては武将の皆さんにより働いていただくか、或いはその逆で暇が増えるか……」

 

さすがに諸葛亮もここは言葉を濁す。

 

要するに、相手方にもっと負担を負ってくれませんか、と言いに行くようなものなのだ。それも、大した交渉カードも無しに。

 

さしもの伏龍もこれを確約は出来ないのであった。

 

「桃香様。私も朱里に付いて周瑜殿と交渉を行うつもりです。

 

 可能な限りこちらの要望を受け入れてもらうつもりではありますが、それに当たって二つ、交渉の方針をご理解いただきたいと思います」

 

諸葛亮に助け船を出したのは徐庶だった。

 

後参入でありながらも確かな実力と実績を以て蜀内で諸葛亮と同等の地位に立つ彼女は、それだけに非凡なる才を皆に認められている。

 

そんな彼女からこういった提案があったとなれば、誰も異論を挟むことは無かった。

 

「まず一つ目は先程の朱里の言に沿うものですが、失うと分かり切っている兵力を蜀から供出する策は断固拒否します。

 

 その代わりに今後の戦において損害が大きくなると目される点を蜀が多く担うことになりますでしょうが、そこはご容赦ください。

 

 策のために兵力を捨てるよりも、策を進めつつもさらに策を重ねることで生存率を上げることの方が上策だと考えたが故です」

 

「うん、そうだね。まだ、私は兵の人たちに、死んで来い、なんて命令は出来ないから……。

 

 ありがとう、雫ちゃん。

 

 それで、二つ目っていうのは?」

 

「はい。二つ目ですが、こちらの内情も含め、我等の持つ情報の開示に制限を設けないこととします」

 

「えっと……それってもしかして、呉の人たちから問われれば、何でも答えちゃう、ってこと?」

 

「はい、その通りです」

 

即答できっぱりと答えた徐庶に、劉備は驚く。

 

自分で言っておきながらも、半ば意味を読み違えたのだ、と思っていたからであった。

 

そして、ここまで黙って徐庶の言葉を聞いていた者たちも、さすがにこれだけは聞き捨てならないと声を上げて来る。

 

「雫ちゃん、それはいくら何でもマズいのでは無いかしら?

 

 呉の方々とは今は協力関係にあるとは言え、今後もずっとそうだとは限らないのだし」

 

「そうだぞ、雫よ。いや、むしろそのようなことは雫の方が分かっているだろう?

 

 今後の事までも考えれば悪手だとしか思えんのだが、何か他に狙いがあると言うのだな?」

 

先陣切って苦言を呈した黄忠に、趙雲が自身の考えを交えて追随し徐庶に問い質す。

 

徐庶は一斉に向けられた怪訝な視線にも一切動じず、粛粛とその問いに答えた。

 

「確かに、普通に考えれば悪手でしょう。そこは認めます。

 

 しかし、今後の事を考えればこそ、そこに楔を打ち込む意味において好手となり得る策です。

 

 勿論、相手の――この場合は周瑜さんやその他の軍師の方になりますが――その知力が高く無ければ無為に終わる策ではあります。

 

 ですが、こと呉の軍師を相手にその心配は無いでしょう」

 

「悪手なのに好手なのだ?う~~…………わっかんないのだ~!!

 

 雫!鈴々にも分かるように説明してほしいのだ!」

 

ずっと喋らずに、自分なりに理解しようと努力していた張飛だったが、遂に頭から煙を上げてギブアップする。

 

そして簡素な説明を徐庶に要求した。

 

ただ、これは他にも多くの者が思ったことのようで、徐庶の集まる視線には無言のままに説明を要求する色が多かった。

 

「そうですね……朱里。話しても構いませんか?」

 

徐庶が視線を諸葛亮に向けてそう問う。

 

どうやら『今後の事』とやらは蜀の軍師間では共有している事のようだ。いや、或いは徐庶と諸葛亮の二人だけかも知れない。

 

それは徐庶の確認が、龐統はともかく、姜維に全く向かなかったことからの推測となる。

 

「まだ周瑜さんにも話していないことですけど……良いと思います。

 

 この機会に皆さんにも知っておいてもらいましょう。この戦を踏まえて今後、蜀がどういう道を歩むのが最善か、私たちが導き出した結論を」

 

諸葛亮からは諾の返答。

 

それを以て、徐庶は説明に踏み切ることにした。

 

「私たちは、この戦で魏を降した後、蜀と呉の二国による大陸の分割統治を提唱するつもりです。

 

 魏におられる陛下が納得されるのであればそのまま漢王朝の下で、そうでなければ大陸が二国に分かれる形となりますが。

 

 いずれにしても、統治体制に異なる点はほぼありません。

 

 現状の蜀・呉それぞれの領地に魏の領地を分割して併合し、各々の政を敷くだけです。

 

 これは、呉の孫堅さんの理念が我々のものとほとんど衝突しないからこそのものになります。

 

 加えて言いますと、この戦を終えた後に蜀と呉の二国間で争うことは泥沼の展開が予想されますので、大陸のためにもその民のためにもここまでで戦は仕舞いとした方が良いかと考えます」

 

徐庶の話を聞き、皆目を丸くしている。

 

一時的に共闘しているとは言え、今まで覇権を争っていた二国間で協力して大陸を統治する。そのような発想は他の者、特に武将には無かったからだ。

 

同じ目的があり、そこに向かう集団が二つ以上ある場合、最後に一つが残るまで争う。それが人という生き物の常。

 

規模が大きくなってくれば、膠着や休戦などで一時的に同時に存在し続けることはあるだろう。が、その集団間での争いが完全に無くなるようなことはまずない。

 

徐庶の、いや、徐庶と諸葛亮という蜀の頭脳トップ二人揃ってのこの案は、その無理難題を実現しようというものだった。

 

二人が見据えているのは一時的なものなのか、はたまた恒久的なものなのかは分からない。

 

それでも、いずれであってもあまりにも実現難易度が高い提案であることだけは誰の目にも明らかであった。

 

「……朱里ちゃん、雫ちゃん。言葉を返すようで申し訳ないのだけれど、それを実現させる目処は付いているのかしら?

 

 確かに、諸々の事情を鑑みれば理想的な案であることは認めるわ。けれど、その実現可能性が低いと言うのであれば、その提案を前提とした先ほどの方針には異を唱えさせてもらうわよ」

 

武将側を代表して、といった形で、またも黄忠が声を上げる。

 

その言葉使いこそ柔らかいものの、中途半端な答えであれば強く拒否を示すことが容易に読み取れる声音であった。

 

「私たちの見立てでは、現状で持ち掛けた際、呉が提案を飲む確率は六分ほどです。

 

 ここから私たちの交渉や話術次第で七分から八分ほどまで引き上げられると考えていましたが、更に先の方針の態度を示して見せることで更に一分上がると見ています。

 

 賭けるには十分な確率かと思いますが、いかがでしょうか、紫苑さん?」

 

「全部上手くいって八分から九分、失敗しても元々の六分ほど、なのね。

 

 それであれば、確かに賭ける価値はあると思うわ。けれど、その根拠も教えてもらえるかしら?

 

 そこが荒唐無稽では意味のない試算よ?」

 

納得を示しながらも、用心を重ねるべく黄忠は粗を探す。

 

しかし、徐庶は一切慌てる様子も見せずにスラスラと答える。

 

「まず初めの六分についてですが、先ほども申しました通り、我々蜀と呉の理念にはほとんど衝突するところがありません。

 

 つまり、互いの肝となるところさえ抑えておけば共存は可能なのです。

 

 更に、呉の、特に孫堅さんは自国の民を思う方だとの情報があります。

 

 この戦以降、大陸で大きな戦が起こらなくなるであろう提案を一考もせずに無碍にするとは思えません。

 

 交渉や話術での歩合上昇はこの辺りの話を上手く使って孫堅さんを同意の方向に誘導するものです。

 

 そして最後の一分ですが、一方的に不利になるような態度を堂々と示して見せることで、蜀には共同統治の案を本気で推し進める覚悟があるのだと示します。

 

 これら全てが機能すれば、無駄な争いを避け得るこの提案は必ずや好意的に受け入れてもらえることと思います」

 

「…………ちなみに、それは魏に対しては……?」

 

「曹操も無為に大陸の民を傷つける意志は無いようですが、統べる者は唯一人のみとの強い考えを持っている節があります。

 

 そして、それを為し得る力も知も、そして名まで揃っているのが今の魏です。

 

 最早、あれを説得で止めるのは不可能でしょう。どうしてもと仰るのであれば、連合軍で壊滅寸前まで追いつめてから今の提案を持ち掛け、大陸を三国で分割統治する案はありますが、近く破綻するでしょう。

 

 三者間で力関係を均衡に保ち続けることは実質不可能です。

 

 故に、魏を滅ぼして後の、二国間による分割統治。相互監視の仕組みを上手く作り上げることが出来れば、出し抜きによる抜け駆けも無くなるでしょう」

 

徐庶の話は、確かに筋が通っている。

 

話を聞けば、その通りの明るく平和な未来が幻視出来るほどに。

 

しかし、これは――――

 

「雫ちゃんの言う通り、魏とはこの手の交渉は不可能に近く、呉との交渉であれば実現性が高いことは理解したわ。

 

 けれど、話を聞いて私は思ったの。これは――――」

 

「理想論に近い。理論上可能でも実質的に不可能に近い。でしょうか?」

 

黄忠は言葉の先取りをされて目を丸くするも、すぐに平静に戻す。

 

考えてみれば、徐庶ほどの者であればその程度のことは当然考慮しているはずなのだから。

 

「ええ、そうよ。この戦を終えて、呉との協力態勢が整ったとして。

 

 これからの十年、二十年は確かに安泰なものとなるでしょう。

 

 けれど、次の世代、そのまた次の世代と続いていくほど、想定外の事態は起こりやすくなるわよ?

 

 桃香様の前でこんなことを言うのも申し訳ないのだけれど、人というものは無条件の信用を置くには怖い生き物なの。特に、種類を問わず力を持った人間は、ね」

 

「はい。そこは私も朱里も認識しています。それと同時に、その対処が最も難しく、これからの、そして永遠の課題となるかと思います。

 

 呉との協力態勢が組み上がり次第、識者で定期的に集って策を考え続けることになるでしょう。それでも、きっと万全の策は立たず、常に次善の策を展開していくことになるかと思います。

 

 ですが、それでも、短期的にも長期的にも、この案が最も蜀にとって利するものだと判断したのです」

 

徐庶は覚悟を持って語っている。

 

隣に並ぶ諸葛亮の瞳にも、同様の炎が揺らめいている。

 

不退転の決意。これから先、どれほど苦しい思いをするのだとしても、その智謀で真っ向から突破してやる、と。

 

強く語り掛けてさえくるような二人の瞳を目にしたことで、黄忠は遂に同意を示すに至った。

 

「分かったわ。雫ちゃん、朱里ちゃん。私たち将に出来ることは何でも協力しましょう。

 

 皆もそれでいいかしら?聞いておきたいことは今の内に聞いておいた方がいいわよ?」

 

黄忠は将たちの方へと声を掛ける。

 

そこに並ぶ顔には既に理解の色が広がっていた。

 

黄忠が皆の聞きたいことをほぼ聞いてくれたということだろう。

 

暫しの確認の沈黙の後、今度は代表して関羽が口を開いた。

 

「見ての通り、我等には最早異存は無い。

 

 どうでしょう、桃香様?後は全て桃香様の御心次第。

 

 我等は桃香様の決定に異論なく従うことを誓いましょう」

 

関羽の言葉を受けて、劉備が立ち上がる。

 

ずっと黙って全ての意見を聞いていた劉備は、しっかりとした眼差しで皆を見回してから口を開いた。

 

「皆さん。私は雫ちゃんと朱里ちゃんの策に賭けようと思います。

 

 私たち、上に立つ者が一番に考えるべきなのは、民のみんなの平穏な暮らしだと思うんです。

 

 だから、呉の皆さんと手を取り合って、大陸に真の平和を齎しましょう。

 

 本当は曹操さんとも手を取り合いたかったんだけど、きっとそれは難しいと思うから……

 

 でも、もし……もしも、その機会があれば、曹操さんにも手を伸ばしたいと思います。そこは皆さんも覚えておいてください。

 

 成功率は高いって、さっき雫ちゃんが言ってくれたけど、雫ちゃんと朱里ちゃんが本気で取り組んでくれていて、杏ちゃんもいてくれて。それに、きっと雛里ちゃんもすぐに復帰して協力してくれると信じているから。

 

 絶対に成功するって信じます!皆さん、この理想的な策の実現に向けて、頑張りましょう!」

 

『はっ!!』

 

劉備が強く言い切る。徐庶と諸葛亮の策を取って大陸に平穏を齎す、と。

 

部下たちもまた、強い返答で応じる。

 

自分たちが戴く王の、民を想うその心を幻のものとさせないために。

 

そして。

 

そんな蜀の面々の様子を見て薄く笑む人物が一人。馬家当主、馬騰その人。

 

その胸中で何を思うか。

 

ただ、その表情に悪意やそれに類するマイナスのものは見られなかった。

 

 

 

「桃香様にご承認いただけましたので、策の方針は先の話の通りとします。

 

 それでは、これを踏まえた上で、今後の我々の動きについての修正点をお伝えしておきます。まずは――――」

 

諸葛亮の下に軍議の主導権が移り、話題を先へと進め始める。

 

以降は淡々と、しかし、しっかりと各々の内に熱量を込めたまま、これからの蜀の動きについての話が為されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里よ。少し話をしないか?」

 

軍議が終わった後、将達が続々と退出していく中、趙雲が諸葛亮に声を掛ける。

 

わざわざ軍議が終わってから個別に話したい内容とは何か。その内容についてほとんど確信に近い推測を以て諸葛亮はこう答えた。

 

「はい、構いません。ですが……皆さんが出ていかれてからにしましょうか」

 

「ふむ。それもそうだな」

 

趙雲に否やは無く、二人してそれから少し待つ。

 

それほど時間を置かずして皆が部屋からいなくなった。

 

徐庶や姜維なども空気を読んで退出している。

 

確かにたった二人になったことを確認してから、まずは諸葛亮が口を開く。

 

「そろそろいいでしょう。それで、星さん。どうかされたのですか?」

 

「なに、少しばかり確認がしたかったので、な」

 

「確認、ですか?

 

 先程も申しました通り、今後の策に関する細かい変更点については追って連絡を――」

 

「朱里よ、そうでは無い。主も分かっているのだろう?私が何を言いたいのかが。

 

 まあ、ここは私らしく単刀直入に聞かせてもらうとしようか。

 

 この件、どこまでが本気なのか。私はそれが知りたかっただけだよ」

 

「…………」

 

やはり、と諸葛亮は思う。

 

趙雲は蜀の武将の中ではトップクラスに頭を働かせられる人物だ。

 

まだ付き合いの浅い馬家を除けば、黄忠以外に並び立てる者はいないだろう程の。

 

そんな彼女が、こうして秘密裡に問うて来ている。

 

ならば、()()()()()()()()か。

 

沈黙した諸葛亮が思考するは、その線引きであった。

 

「どこまで、と言われましても……

 

 この戦に勝つべく、私たち軍師陣は皆出せる以上の力で取り組む所存ですよ?」

 

そうして出した諸葛亮の答えが、これ。

 

明言はしない。ルールはそれだけで、思うように話す。

 

趙雲の方も素直に教えてもらえるとは思っていなかったようで、さして調子を狂わせるでも無く言葉をつづけた。

 

「ふむ、そうか?

 

 だが、いくら力を絞り出すと言っても、()人がバラバラに考えていては連携が取れぬのではないか?」

 

「確かに、色々と追加の情報や各種変更の対応が忙しく、摺り合わせの時間は無いも同然でした。

 

 ですが、長年連れ添った仲ですので、口に出さずともお互いに読み合って息は合わせられますよ」

 

「さらりと申すが、これはなかなか……

 

 なればこそ、我等は全てを知る必要が無い、ということかな?」

 

そうやって再び直球で斬り込んでみても。

 

「いえいえ。雫ちゃんと話し合って、策の修正が完了次第、周知致しますよ」

 

欲するものとは論点をずらされた、異なる回答が返ってきた。

 

ただ、言葉の端々から諸葛亮がヒントをくれていたのだと察し、趙雲は今一度一連の会話を思い起こす。

 

そして。

 

「ふむ……ところで朱里よ。今夜は雲が出ているな。

 

 月が隠された暗闇では少々警備が難しいのでは無いか?」

 

「ええ、そうですね。その通りです。

 

 ですので……()()()分かっている方に、警備を任せようかと」

 

その問答を経て、趙雲は己が疑問を確信に変えた。

 

「そうか。取り敢えず、聞きたいことは聞けたのでお暇させてもらうとしよう。

 

 それと……お主らの()()、しかと見届けさせてもらうとしよう」

 

それだけを言い残し、趙雲も部屋を出て行った。

 

後に残った諸葛亮は、しかし何もしないまま、暫しの間目を瞑って佇んでいた。

 

「…………よし。頑張ろう!」

 

最後に自身を鼓舞すべく、一言。

 

その後、諸葛亮も部屋を出ていく。

 

その瞳に、新たにした決意の炎を灯して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

 

趙雲の言葉通り、夜は暗い。

 

月明かりも雲に隠され、近距離でも相手の顔が判別出来ないほどの闇夜。

 

この状態をこれ幸いとばかりに忍び足で歩く人影が一つあった。

 

「どうにかして今日中に……()()()に会いに行かないと……!」

 

人影はこそこそと蜀に割り当てられた区画から呉の者が使用している区画へと足を向けている。

 

時折淡く照らされる度、慌てて進路を修正しているのは、誰あろう軟禁されているはずの龐統だった。

 

と、蜀の区画が俄かに騒がしくなり始める。

 

「――――っちの方、いたか?!」

 

「い、いえ!まだ見つかっておりません!」

 

「ならばもっと他の場所も探せ!

 

 いいか?相手は武の研鑚を積んでいないのだから、お前たちでも十分捕えられる!

 

 呉の者たちにこの失態が知られる前に、何としてでも捕まえて部屋に戻すのだ!」

 

「は、はっ!!」

 

怒鳴り声は関羽の、そして答える声は兵のものだった。

 

彼女たちが探しているのは、言うまでも無く龐統だ。

 

見つかってはまずい。龐統は暗がりに身を潜めてやり過ごさんとする。

 

ところが、幸か不幸か、関羽は龐統には気付いていないものの、近くで立ち止まってしまった。

 

一体何故、と疑問が浮かびかけた時、その理由は続く声によって即座に解消される。

 

「も、申し訳ありません、愛紗さん……」

 

酷く沈んでいて小さな声だったが、それは確かに姜維の声。

 

彼女は、今夜の龐統の部屋の見張り番であった。ということは、つまり。

 

「謝っている暇があったらお前も探せ、杏!

 

 全く……!お前は武将としての鍛錬も積んでいるのだろうが!

 

 いくらお前の師の一人だからと言って、雛里に落とされてどうするのだ!」

 

「は、はいぃ……本当に申し訳ありません……」

 

そう、龐統は姜維を出し抜いて脱出した、という事になる。

 

幸いにも姜維はすぐに目覚めたため、状況を知らせて龐統の捜索網が張られているのが今現在。

 

「うぅ……杏ちゃん、起きるの早いよぉ……」

 

抜けようにも抜けられなくなってしまい、龐統は目尻に涙を浮かべる。

 

しかし、行動を起こしてしまった今、引き返すことは出来ない。前進しか選択肢は無いのだ。

 

「杏は向こうを!私はあっちを探す!」

 

「はっ、はいっ!」

 

そうこうしている内に、関羽の説教が終わり、二人の姿が無くなる。

 

それでもさらに暫く身を潜め続け、完全に誰もいなくなったことを確認してから龐統は再び移動を再開する。

 

「それにしても……辿り着ける、かなぁ?」

 

予定外に時間が掛かっている今、龐統は当初の目的を達成し得るかを改めて脳裏で再計算する。

 

が、それが頂けなかった。

 

「おや、お嬢さん。こんな闇夜にどこかにお出かけで?」

 

「っ!?」

 

龐統の目の前、全く気付かぬ間に人影が一つ。

 

灯りを避けていたこともあって、相手の情報はシルエットしか分からない。

 

が、女性の声。たったそれだけの情報でも、龐統が絶望しかけるに十分なものであった。

 

覚悟は決めていた。それが余りにも予定が前倒しになり過ぎただけだ、と。龐統は無理矢理自らに言い聞かせる。

 

そして、悲壮な覚悟と共に、玉砕的に攻撃を仕掛けようした、その寸前。

 

再び目の前の女性から声が掛けられた。

 

「まあまあ、待たれよ。我はそなたの味方よ。

 

 我が心が信ずる正義に従い、この華蝶仮面、そなたの進路を切り拓いて見せよう」

 

「せ、せい――あ、いえ、華蝶仮面さんっ!?

 

 ど、どうしてここに?!いえ、それよりも、さっきの――んむっ?!」

 

「これこれ、声を抑えられよ。

 

 我は国とは無関係の義賊なりしや。その行動は常に己が正義に忠実に。

 

 そなたはただ、黙って頷いておれば良いのよ」

 

この瞬間、龐統は全てを察した。

 

どうやら、彼女は全てを――――もしかすると、一部だけかも知れないが――――知った上で、こうした行動を起こしてくれている。

 

ならば、ここはその好意に甘えようと。

 

大事な場面で、またも見通しの甘かった己への罰と反省はまた後にすることにして。

 

龐統は、コクンと首を縦に振った。

 

「お願いします、華蝶仮面さん。助けてください」

 

「ふっ……その言葉を待っていた!

 

 尤も、することなど単純なものよ。

 

 私はあちらの方で派手に暴れて見せよう。

 

 そなたはその間にここを抜けられよ」

 

「はい。よろしくお願いいたします」

 

策とも呼べぬ策ではあるが、それで十分だった。

 

何せ、今探し回っている蜀の面々は、まさか龐統に協力者がいるなどとは夢にも思っていないのだから。

 

 

 

こうして。

 

この日、夜の闇に紛れる形で、鳳雛こと龐士元が蜀の下より姿を消した。

 


 
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