さくら に ひびく声
校舎のしたは、花吹雪。
桜の花が、風にゆれ、枝埋めつくし、咲いている。
ならぶ桜が、枝をふり、花弁をふりまき、まっている。
花をふりまき、手招いて、こっちに来いと、まっている。
中学校の校庭に、ならぶ桜が咲いていた。
桜がつらなり色をしめ、ここに来いと咲いていた。
舞いちる桜の花びらが、
校舎にみえる、ひとの影。
屋上の、
行きかう人は、気にもせず、ただ足を、運ぶのみ。
目があっても、見もせずに、ただ考えず、歩くのみ。
耳があっても、聞きもせず、ただ家に、帰るのみ。
屋上の影、その少女。
うつろな瞳で、桜見る。
聞いてもらえぬ声
だれにも気にしてもらえずに、見もせず聞いてもらえずに。
ただひとりで立ったまま、じっと虚空を見つめてた。
黒野ミコは歩道から、その光景を見つめてた。
「本当に。すくわれないわね」
黒野ミコが、つぶやく。
ただ毎日が、普通の日常としか思えない人間には、その少女は、みえない。
その少女が、ひとりで、校舎の屋上の
も、見えない。
その少女が、かかえ込んだ叫びの声も、その人間たちには、聞こえない。
黒野ミコは、歩道を行きかう人間の中から、無表情に、その光景をみてい
た。
黒野ミコだけが、その少女を見つめていた。
今時めずらしい、刺繍がはいっただけの真っ黒いセーラー服。
真っ黒のスクールバック。
真っ黒の、ハイソックス。
真っ黒の、ながい黒髪。
黒一色の、黒野ミコだけが、そこにあるものを見ていた。
黒野ミコは、歩きだす。
黒髪をゆらりゆらりとゆらしつつ、桜の舞いちるその中に、ゆらりゆらりと
歩いていった。
屋上に、小柄な少女が、立っていた。
やせた少女の、その姿。
桜の木の、枝のよう。
枝に花咲く、桜のように、短い髪が、ゆれていた。
黒野ミコは、屋上の出入り口から、それを見る。
校舎の
フェンスの向こうにたたずんで、やせた少女が下を見る。
その少女と黒野ミコ。
夕日がふたりを照らしてた。
夕日がひとつ、影をひく。
黒野ミコの影だけが、夕日に照らされ、のびていた。
ながい影をひく、黒野ミコ。
ゆらりゆらりと、歩いてく。
屋上を、ゆらりゆらりと、歩いていく。
黒野ミコは、屋上の出入り口から、フェンスの外側に立つ少女の元に、歩い
ていった。
その少女は、屋上の端から、校庭に咲く桜を見ていた。
ただ、じっと、桜を見ていた。
「あなた。どうするの」
「わたしは…」
「わたしは、みる者」
「わたしは…」
「わたしは、きく者」
「わたしは…」
「わたしは、いる者。あなたのそばに」
その少女は、黒野ミコをにらみつけた。
「わたしには…。そばにいる人なんて、いない!みんなそうだ。分かったよう
な顔して。分かったようなこと言って。やさしいこと言っても、何も分かって
ない。ただ、にやにやして。顔を向けているだけよ!」
「わたしは、いるわ」
「あなたなんか、いない!いるわけない。分かってないのに、何も言わない
で」
「見て、いるわ」
「見てないくせに。知らないくせに…。なにが分かるのよ」
「そばに、いるわ」
「そんなこと言うなら。いっしょに来てよ。そばにいるんでしょう。いっしょ
に飛んでよ」
「わかったわ」
「やめてよ。なんで。なんで、なんで、なんでなんでなんで。どうして、そん
なこと言うの!」
「わたしには見える。ありのままの、そのままの、あなた自身が」
「わたし…」
「わたしには聞こえる。あなたのかかえた、そのままの、あなたの声が」
「わたし…」
「ここにいるわ。ありのままの、そのままの。あなたのそばに」
「わたしは…。もう…。自分がイヤで、まわりがイヤで、それが嫌な自分も。
もう、全部なくなればいいんだ。消えればいいんだ。嫌なことしかないのに。
なんで、ここにいるのよ。痛いだけなのに。なんで、わたしは、ここにいるの
よ!」
「つらかったのね。わたしが、いっしょに飛ぶわ」
「わたしは…」
その少女は、黒野ミコを見ていた。
桜を舞いあげた風が、黒野ミコの黒髪をゆらしていた。
その少女は、さけぶように、口を開けた。
その少女は、黒野ミコに、必死に、さけぼうとしていた。
その少女は…。
「わたしはそんなこと、のぞんでない。…もうイヤだ…タ…ス…ケ…テ…」
その瞬間、その少女の姿は、消えていた。
黒野ミコは、校舎の屋上から、舞いちる桜を見ていた。
校庭のさくらが、色をならべて咲いている。
風に舞いちる花びらが、
黒野ミコは、それを見る。
花をならべた、さくら花。
ただ満開のその花は、春咲くさだめの、さくら花。
幾年月がたとうとも、忘れずに咲く、さくら花。
だれにも届かぬその想い、刻みつづける、さくら花
あの子のこころを
「おかえり…。せめて、安らぎを」
校庭に舞う、花吹雪。
桜の花がひしめいて 今、満開に、ただ放つ。
桜の花は、ただ花を、さだめのように咲かせてる。
いくら季節が過ぎたとて、桜の色は変わらない。
いくら桜が咲いたとて、あのこころは、救われない。
終わるをゆるさぬ、さくらの花。
消えるをゆるさぬ、さくらの花。
いつになったら、ゆるされる。
終わることない、あの叫び。
きえることない、あの叫び。
いつまでも、きえることのない、あの少女の声。
「…もうイヤだ…」
あの子が天に帰っても、この叫びは消えはしない。
この、見てもらえない、聞いてもらえない、分かってもらえない声は。
「…もうイヤだ…」
自分自身を、奪われつづける、その子の声は。
「…もうイヤだ…」
自分自身を、まわりにいる人々に引きちぎられる、その子の声は。
「…もうイヤだ…」
自分自身を、受けいれることも、受けいれてもらえることも、いることさえ
認められない、許されない、その子の声は。
「…もうイヤだ…」
そこに、たったひとりでいる、その子は。
「…もうイヤだ…」
分かってもらえないこころを、無視される、その子は。
「…もうイヤだ…」
苦しむことでしか、そこにいることを許されない、その子は。
「…もうイヤだ…」
ありのままが、否定され、笑われつづける、その子の声は、消えはしない。
ただ、桜の花が見せつける、その声。
黒野ミコは、ただ、
ひとが、無関心、無理解の輪廻から解き放たれ、目を、耳を、こころをむけ
てくれる時を待ちながら。
黒野ミコは、その声を、ただ、
たとえ、それが、消えゆくだけの声だとしても。
「…もうイヤだ…」
声ではなく、こころの叫びとしか、発することを許されない、声。
いつか、この声が…。
ひかりに包まれることを、願いながら。
黒野ミコの前にひろがる、世界。
真っ黒な虚空と、桜花の舞。
黒野ミコは、それを見つづけていた。
「本当に。すくわれないわね。世界も…。わたしも…」
黒野ミコは、屋上を、ゆらりゆらりと、歩いていく。
屋上の出入り口の扉を、黒い影が、くぐる。
黒野ミコの影が、ゆらり、ゆらりと、消えていく。
揺らいだ影が、消えていく。
夕闇の訪れる中に、夕闇につつまれる町の中に、闇に包まれる人の中に消え
る。
そして、見えなくなった。
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「ひびいてくる 声」第2話
受けいれられないものが、残した、発した、その声が、桜にひびく。
(グロテスク表現はありません)