No.899769 ふたりのみほにはさまれるはなし2017-04-03 01:45:25 投稿 / 全5ページ 総閲覧数:1198 閲覧ユーザー数:1140 |
因果応報という言葉がある。
人にはその行いに相応の結果が常について回る、おおむねそんな意味だ。
現実には世の中はそんな上手くは出来ていないし、この世は善人が必ず救われるようにも、悪人が必ず報いを受けるようにも作られてはいない。
だけど、私が掛け替えの無い友人を失い、今こうして無力感に打ちひしがれながら雨に濡れ場所も知れぬ街道をさ迷っているのが神の与えたもうた因果では無いと、他でも無い私自身が否定する言葉を持たないのも事実だ。
西住みほが黒森峰を去った。
記憶にもまだ新しい、第62回戦車道全国高校生大会での十連覇達成失敗の責任を取る形で。
その事実を学園艦の寄港中に聞かされ、憤りと失望と後悔が入り交じりながら後を追おうと飛び出した私は、結局彼女を引き留める所かその姿を見付ける事も叶わぬまま、突然振りだした夕立に身体を打たれ続けていた。
……どうして何も相談してくれなかったのよ。
さっきから何度も同じ疑問を自問自答している。
でも、行き着く答えは何度でも同じだった。
結局、私はあの子の友達なんかじゃ無かった。少なくともみほにとってはそうだった。
当然だ。人の好意を素直に受け止めず、自分の好意も素直に他人に返す事が出来ない。何時だって言葉の裏を嗅ぎ取ろうとし、自分の言葉にも棘を纏わせずにはいられない。
そんないやなやつの事を友達だと思ってくれる人が、居る筈など無かったのだ。
叩きつける雨が制服を髪を濡らし、身体に重みとなってのし掛かる。熱と共に奪われる体力と合わせて、足取りもより重くなる。
見知らぬ土地は道の勝手も分からず、自分が今何処に居るのかも知れない。着の身着のまま飛び出した為に傘は愚か携帯すら手元には無く、学校やチームメイトに連絡することすら儘ならない。
最も、勝手に飛び出した癖に道に迷ったので迎えに来て欲しい等とは、口が避けても言えないだろうが。
子供の頃から奇異の目で見られて嫌いだった銀髪が水気で張り付き視界を遮り、より忌々しく感じる。指先で掻き分け目蓋を拭うと、視線の先には背格好に比して大きな紺色の傘を差す人影が見えた。
その遥か後方から迫り来るトラックが薄暗くなりつつある街道を照らすヘッドライトに目がくらみ、目を細める。
瞬間、強かな風が街道を舐めるように吹き荒んだ。
目の前の大きな傘が風に振られ、小さな体がバランスを崩した。傘は持ち主を置き去りに飛ばされ、取り残された人影が車道の方へと投げ出された。後ろには迫り来る二対の光。
「危ないっ!?」
そう叫ぶよりも速く体は反応していた。熱を奪われ鈍っていた筋肉が瞬時に熱量を取り戻し、爆発的な推力を発揮して自身を前へと繰り出す。
歩数にすれば数歩、駆け出して手を伸ばし、力を込めればそのままへし折れてしまいそうな手首をひっ掴む。加減を間違えば脱臼してしまいそうだが、命を落とすよりマシだ、一切の遠慮無く力一杯引っ張り上げ、歩道の方へと勢いそのままに引き倒す。直後、真横を通り過ぎる目映い光。
息は上がっていなかった。にもかかわらず、目の前で起きた緊張感溢れる出来事に私は思わず息を荒げていた。
「……っ!気を付けなさいよ!!死にたいのっ!?」
口を突いて出た辛辣な言葉に後からつくづく嫌気が差す。見知らぬ相手にも私は言葉を選べないのか。
「あ、ありがとう、ございました……」
困惑しながらも謝礼の言葉を口にし、顔を上げた少女の面影は、よく知ったあの子に似ていた。
「……みほ……?」
穏和そうな丸顔につぶらな瞳、そして耳元を隠すように房を作ったサイドヘアーが何処か犬めいた印象を与え、何時も頼り無さげにあわあわしていたあの子を想起させた。
実際には目の前の少女はみほよりも幾分か幼く、髪も栗色では無く艶めいた黒色で、あくまでも面影が似ていると言うだけだったが。
「えっ……?あの、どうして私の名前を……?」
「い、嫌ごめんなさい、少し知り合いに似ていたものだから……って、貴女もみほって言うの?」
「はい……私、この近くの中学に通っていて、今日はたまたま部活の帰りが遅くなったんですけど、この時間は車通りも多くて、お姉さんが居なければどうなっていたか……本当にありがとうございました……」
そう言うと少女はおもむろに立ち上がり、道の先に転がり落ちていた傘を拾い上げる。
みほを探し歩いて、もう一人の“みほ”に出会う。これも何かの因果なのかしら。
馬鹿げた考えが過りながらも鼻で笑いその場を立ち去ろうとした時、もう一人の“みほ”に呼び止められた。
「あっあのぅ!その制服、黒森峰の方ですよね?近くに寄港してる……」
「……ええ、そうだけど?」
「ここから港まで結構遠いですし、助けてくれたお礼にもなりませんけど、よければこの傘使ってください」
そう言って彼女は手に持った傘を私に向けて手渡してきた。
「そんな、いいわよ別に……当たり前の事をしただけだし、それにあなたが濡れちゃうじゃない」
「私なら大丈夫です。ここから家も近いですし、はいっ」
固辞する私に構わず半ば強引に傘を握らせるみほ”。変な所で意固地なのも何処と無く似ている。結局押しに負けて受け取ってしまった。
「そこまで言うなら借りるけど……言っとくけど返せる当てはないわよ?今夜には出港するし……」
「そっそれなら今度寄港する時でもいいですよ……?黒森峰が定期的に寄港してるのは知ってますし、傘の柄の部分に連絡先が書いてあるから、次に寄港する前に連絡して頂ければ伺いますっ」
そう告げると彼女は此方の返事も聞かず駆け出してしまった。
引き留める言葉も咄嗟に思い浮かばず、一人残された私は仕方なく素直に傘を差し彼女が走り去った方と逆向きへ再び歩き出した。
それにしても何と言うか、見知らぬ人に連絡先を書いた私物を渡すなんて危機感が無いと言うか、そんな抜けた所もあの子に似ていると言うか……私は手にした傘の柄に目を向ける。
今時の中学生にしては珍しくわざわざタグシールまで張り付けて記された連絡先の電話番号、そして“東美帆”の名前。
西の“みほ”が私の元を去り、東の“美帆”が私の前に現れた。随分と出来過ぎた話に、自嘲気味の笑みが零れた。
「……そう言えば港までの道、聞いておくんだったわ……」
第63回戦車道全国高校生大会。黒森峰悲願の優勝旗奪還に向け動き出していた西住隊長と私は、そのトーナメント抽選会の為にある地方都市に寄港していた。
抽選会場で隊長と私は、黒森峰を飛び出し戦車道から逃げ出した“西住みほ”が別の学園艦で戦車道を再開し、大会に乗り込んで来た事実を知る事となった。
愛しい妹が自分の敵となって立ちはだかるかも知れない事実に、姉である隊長も心中穏やかでは無いだろう。
一方で、かつてみほが黒森峰を出た時あれ程我を見失った私はと言うと、不思議と以前程の苛立ちは感じていなかった。
勿論、一度は投げ出した戦車道にそ知らぬ顔で舞い戻り、あろう事か古巣に対して牙を向かんとする様に幾ばくの腹立たしさはある物の、何処かで言え知れぬゆとりを持って事態を受け止められているのもまた事実だった。
それは単に、こんな底意地の悪い私を受け止めてくれる、新な友人を得た事も要因だろう。
「おまたせ、美帆」
「エリカさん!お久しぶりですっ!」
待ち合わせ場所の駅前に、ブラウスにフレアスカートの何処か野暮ったい私服を纏った美帆が居た。
私の姿を見るなりぱぁっと顔を輝かせ駆け寄るその姿は、まるで主人を見付けた子犬のようで、無い筈の尻尾をぶんぶんと振り回す様子が目に浮かびそうだった。
あの日事故に遭いそうな彼女を助け、連絡先を書いた傘を受け取った私は、純朴で人を疑う事を知らないとばかりの純真さについ興味を引かれ、傘に記された携帯番号に改めて連絡を取って見た。
彼女は中学の部活で戦車道を嗜み毎日練習に明け暮れる大の戦車道好きで、何時かは憧れの黒森峰にも入学したい、と言う。
言葉を交わす内、そのひたむきさにすっかり私も毒気を抜かれ自然と連絡を重ねるようになり、彼女の悩みを聞いたり、時には私自身の悩みを打ち明けることもあった。
年下に悩み相談なんて情けない話で、以前の私なら考えられなかったが、美帆は年の割りに早熟で達観した考えの持ち主で不思議と心を委ねてしまう、言うなれば“重力”めいた引き付ける力を持っていた。
そして奇遇にも今回のトーナメント抽選会は美帆の地元で執り行われる次第となり、隊長には閉会後に改めてお暇を頂き、美帆と会う約束を取り付けていた。
「それで、これからどうする?貴女お腹空いてるでしょう?何処かお店に入りましょうよ」
「それだったら!最近この近くに人気の戦車喫茶チェーンの新店がオープンしたんです!そこにしませんか?」
「本当に好きねぇ、まあいいわ、案内してくれる?」
「はいっ!」
喜び勇み私の腕に手を回し組んで来た美帆は、急かすように腕を引き歩き始めた。
私はその道のりが自身に巡り来る因果の“応報”に続いていて、同時に彼女の持つ“重力”の根元を知る切っ掛けになる等とは、その時は思っても見なかった……
シックな造りの扉を潜ると、店内は塹壕か防空壕を模した装飾で彩られ正しく戦場の息吹を忠実に再現した内装だった。美帆はと言うと、傍らで小刻みに跳ねすっかりはしゃいでいる。
「わぁ!すごいすごい!雰囲気出てますねぇ!」
「ふふっ、そんなにはしゃがないの美帆。他のお客様に迷惑でしょ」
そう咎められ、後ろめたさと気恥ずかしさで一気にしゅんとなる美帆。それが何だか微笑ましくて、彼女の髪を撫で慰めた。
「もうっ、そんなにしょげないで頂戴美帆。御詫びにケーキ奢ってあげるから、ね?」
「本当ですか!?やったぁ!」
普段とは違い年相応の幼い仕草を見る事が出来て私も頬が緩む。
そそくさと駆けて来たタンクジャケットにエプロン姿のウェイトレスに催促され、席へと案内される。
「店員さんの制服もかっこいいですね、着てみたいなぁ……」
「あら、美帆は黒森峰のタンクジャケットが憧れだったんじゃないかしら。残念だわ?」
「そ、そういう意味じゃ……もうっエリカさんの意地悪っ」
「ふふ、ごめんなさい。ちょっとからかって見ただけよ」
普段なら嫌味ばかりが前に出るような冗談も、美帆の前なら幾らか自然に言えた。そんな自分の変化に少しだけ誇らしさを感じていた、その時。
がたん
窓際のテーブル席で机を叩く音がして反射的に視線を向ける。どうやら誰かが勢いよく立ち上がろうとして、太股を強かに打ち付けたらしい。
痛みに太股をさする制服姿に、私は確かに見覚えがあった。
県立大洗女子学園。
全国大会初参加の無名高。
“あの子”が転校した先の学校。
太股をさすりながら身体を起こす、見覚えのある栗色の髪。
「エリ……逸見さん……?」
「み、みみみみほっ!?」
どうしてこんな所にみほがたしかに仮にも同じ戦車道の選手だし戦車喫茶に寄る事はおかしくもないけれど何でよりにもよってこのタイミングで鉢合わせちゃうのよって言うかひょっとしてさっきの美帆との会話も聞かれてたってこれヤバくない自分の元から友達が居なくなったからって同じ名前の子を捕まえてイチャイチャするって端から見れば私ドクズかサイコじゃない控えめに言ってもいや待て別に向こうは私の事なんて友達とは思ってないでしょうし後ろめたく思う必要なんか
「あの……えっと、よく分からないけど、何があってもわたしは逸見さんの事友達と思ってるからね?」
思っていた以上にフラグ成立してたーっ!?
でも決定的なヒビも入ったーっ!?
「あ、あのね副隊長……じゃなかった元だった、ってそんな事じゃ無くてみほ違うのこれは」
「うん大丈夫大丈夫だから逸見さんがどんな趣味しててもわたしは否定しないからね」
みほは唯でさえ狭いテーブル席を目一杯に後退り私から遠退こうとしていた。お願いガチで引かないで頂戴割と本気で凹むから。
「“みほ”……?エリカさんこれってどういう事ですか……?」
耳元で凄味を感じる囁きが木霊する。えっ何これ美帆ってこんなドスの効いた声出せたっけ。
組んでいた腕は想像だにしなかった力で締め上げられ、鈍い痛みを訴え始めていた。
「えっとその、あの……彼女はそう、昔のチームメイトだったんだけど、じ、事情があって今は転校してて……」
みほに悪印象を与えず、かつ美帆の神経を刺激しない表現で必要な情報を纏めようとする。とにかく事態を穏便に。
「貴女は確か黒森峰の逸見エリカどのでありますよねぇ!?西住どのが黒森峰在籍中は一方的にライバル視しつつも実際は常に行動を共にし面倒を見ていてチームメイト達からは仲の良さをからかわれたりチームワークも抜群で名コンビと称されたり」
誰だか知らんが黙ってろやモジャ毛ェ――――ッ!!頭の陰毛引きちぎって散らすぞ!!11!1!!123!!!
「ライバル…からかわれるほど仲の良い…何時も面倒を……ふぅん……私に出会うより前に……ふうぅん……!?」
あっこれ地雷踏んだな……美帆は光の消えた瞳に漆黒の意思を宿し睨みつけてきた。
「エリカさん……この前私に言ってくれましたよね……?“あなたと話しているときは、本当に伝えたい素直な気持ちを言葉に出来る”って……それって本当に“私への気持ち”だったんですか……!?」
そ、そんなことは無いのよ?だからお願いもう少し腕の力を緩めてくれるとありがたいかなぁーっって。美帆によって機械のように一定のトルクで締め上げられ続ける私の腕は、なんか見た事無い色に変色していた。
まずい、このままではせっかく築き上げた二人の友人との絆が断たれてしまう。その前に私の腕と選手生命が断たれそうだ。物理的に。
「ね、ねぇみんな、そろそろお店出よっか……逸見さんそれじゃ友達とゆっくりね……あはは……」
「……西住みほさんでしたよね……?あなたエリカさんの何なんですか?その余裕ぶった態度は私への優越感ですか?ひょっとして本妻気取りですか?」
完全に関わり合いになりたくないと店を出ようとする“みほ”と、その態度を曲解してますますヒートアップしていく“美帆”。
これが地獄か……私はもはや収拾不能な域に拗れ始めた事態と腕の痛みに意識が遠のき始めていた。
おねがいだれかたすけて。
がちゃり。いらっしゃいませーお一人様ですかー?
「はい……ん?エリカ……?」
背後で来店を告げる声。返事を返す、またも聞き覚えのある声。
「えりか……せっかくおひるにせんしゃきっさにさそってやったのにようじがあるとかいってでていったとおもったらおまえ……うわぁ……」
更にややこしくなった!?
おわり
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