No.89935

RE:スタート

FARADONさん

鎧伝サムライトルーパーの二次創作。
オリジナルキャラがかなり出張っている、完全オリジナルストーリーなので、原作をご存知なくても充分読めます。
また、かなりの長編であり、ここで紹介させていただいているのは物語の導入部分なので、続きが気になった方は是非是非当サイトまでお越し下さい。
http://faradon.s6.xrea.com/

2009-08-15 22:29:46 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:4133   閲覧ユーザー数:4080

 

「ごめんね。遅れた?」

縦横無尽に走る迷路のような地下街を通り抜け、待ち合わせ場所であった新宿駅前の広場にようやく伸が到着したのは、時計がちょうど夕方の4時を指した頃であった。

「いや、時間ちょうどだ。さすが正確無比の鏡だな。伸は」

一足先に待ち合わせ場所に着いていた征士は、腕時計をチラリと見て安心させるように笑顔を向けた。

今日、征士は剣道の試合の見学に、伸は単館上映の映画を観に東京へ出てくるという予定があったので、時間を合わせて帰りは一緒にと約束をしていたのだった。

「あー良かった。遅れたかと思って走ってきちゃった」

まだ多少肩で息をしながら、伸も征士に笑みを返す。

「まだ帰宅時間には余裕があるのだから、それほど急がなくてもよかったのではないか?」

「約束は約束だよ。それにまだ用事があとひとつ残ってるんだ。これ以上遅れたら夕飯が遅くなっちゃうよ」

「あんな奴ら飢えさせておけばいい」

「約二名に関しては同意するけど、今日の夕飯は遼のリクエストだから」

「相変わらず遼にだけは甘いな」

「それはお互い様だろ」

伸の指摘に思うところがあるのかないのか、微妙な表情で肩をすくめてみせた征士は、しかたないといった態度で伸を促して歩き出した。

「では少し急ぐか。ところで、残っている用事とは?」

「えと…あとは本を買いに、駅前の大型書店へ」

征士に遅れないようにと伸も歩きだしながら買い物リストと思われるメモ帳を開いた。

「書店ということは、もしかしなくても当麻の頼みか?」

「そう。あんまり出回ってない本だから近所の本屋じゃ見つからなかったんだって」

「まったく……」

伸の答えに征士が苦笑した。

柳生邸で皆と一緒に暮らすようになってから、当麻の本好きには拍車がかかっている。それというのも、この家には、各種の専門書籍がそろった立派な書斎があったのだ。しかもその書斎の面積はかなり広く、まだ棚には随分と余裕があるという状況だ。

これ幸いと当麻はまずその専門書の欠けているところを補充し、それが完了すると次は自分が興味を持った別分野の書籍にまで手をだしはじめ、さらなる棚の充実を図りだした。

「伸、あまり奴を甘やかすなよ」

「別に甘やかしてるわけじゃないんだけどね。僕も欲しい本があったから、ついでってことで。それに、頼まれものに関しては秀のほうが多いよ、たぶん。中華用の珍しい食材や調味料から限定品のお菓子まで色々」

「お菓子? なんだそれは、まったく……」

「人がちょっと新宿の方に出るって言ったら、みんなここぞとばかりに頼み事して来るんだよね」

「今度、ひとこと言っておかねばいかんな」

「ほんとほんと」

そんなことを言い合いながら、二人はようやく地下街を抜け、地上へと出たところで立ち止まり、目の前の光景を多少閉口した面持ちで眺めた。

「ものすごい人混みだな」

「確かに……」

待ち合わせの場所へ急ぐ人や、これから何処かへ出かけるのであろう大勢の人々が、目の前を急ぎ足で通り過ぎる。行き交う人の波はほとんど途切れることなく遠くまで続いている。

街は夕暮れ。

ようやく陽も傾き始め、暑さも和らいでくる一番人の多い時間帯だ。

普段自分達が生活している閑静な街並みと比べること自体間違っているのだということは分かっているのだが、それでもやはり圧倒される。しかも地上は地下街とは異なり、人ごみに車やバイクの音も被さってくるので、周辺は更に煩雑に感じられた。

「何処から湧いて来るんだろう、この人達って……」

半年前、ここ新宿に妖邪界の帝王阿羅醐が現れ、彼らは戦うために集結した。

だが、巨大な新宿の街にそびえ立っていた妖邪門はもう跡形もなく、今ではまるでそんな事は何も起こらなかったかの様に、新しいビルが建ち、車が行き交い、いっそう街はにぎやかさを増している。

「なんか、すごい平和だよね……」

通り過ぎる人々の横顔を眺めながら、感心したように伸が言った。

「この人混みが平和?」

あきれたように征士が聞き返す。

周りをいっさい見ないで早足に駆けていく人々の姿は、戦う企業戦士のそれだ。

平和というと、のんびり健やかというイメージが湧く中、どう考えても伸の言葉は少し違うのではないかと征士には思えてしまう。

「いや、人混みって言うか、どこも崩れてないビルや、きれいな道路を見てたら、あまりにもあの戦いに結びつかなくて……」

「それは確かに……そうだな」

行きかう人々の頭の中には、もうあの妖邪界の記憶はない。

「どこにもあの頃の痕跡はないのに、僕達の記憶の中にだけはしっかり刻まれて残ってるんだ、あの戦いは。そう考えたら不思議じゃない?」

「そうだな」

「いつか……消えていくのかな?」

「戦いの記憶が、ということか? 我々の記憶の中からも?」

「っていうか、たとえばほら、よく毎日通ってたはずの道に、新しい店ができたりすると、その店が建つ前、この場所に何があったのか急に思い出せなくなったりするじゃない。あんな感じで……いつか……」

「…………」

話しながら、だんだんゆっくりになっていく伸の歩調に合わせながら、征士は横目でそっとその表情をうかがった。

自分達の中で、一番戦うということに抵抗を覚えていた水滸の戦士。

いつも大丈夫、平気だからと言って笑う伸の顔は寂しそうで苦しそうで、この少年には過酷すぎた“戦い”という現実が、いつか伸を押しつぶしてしまうのではないかと、以前、征士は不安に思っていた。

そしてその不安は、戦いが終わった今でもまだ、続いているのだ。

「すべて忘れたいと思っているのか? お前は」

征士は伸を振り返り、そう聞いた。伸は、静かに首を振る。

「そういうわけじゃない。それどころか、むしろ忘れちゃいけないと思ってる。僕が倒した奴らのことも、あの戦いに巻き込まれて傷ついた人達のことも、僕らは忘れちゃいけないと思うんだ。だってたとえもう人々の記憶に残っていなくても、あれは本当にあったことなんだから」

「そうだな。それに忘れたいなどと言ったら、我らが智将が黙ってはいまい。なんせ、奴は忘れるということが出来ないんだからな」

智将天空。

“記憶バンク”としての役目を担う当麻は、過去の記憶をすべて受け継いでいる。その膨大な記憶の量は、いくら同じ鎧戦士の彼らにも、理解することは出来ないものだ。

「そう……だね。ほんと、その通りだ」

大きく頷き、再び伸は歩き出した。征士もすぐにそのあとを追う。目指す駅前の大型書店は、もう目の前だ。

と、その時、軽い振動のようなものが二人の身体の中を駆け巡った。

「……!?」

続いて微かな爆発音。

「征士……今の」

「ああ」

お互い、眼と眼で確認しあうと、二人は同時に駆け出した。

「あそこだ!」

見まわすと、右手100メートル程先で黒い煙が立ち上っているのが見えた。

何事かと集まってきた野次馬達でごった返していた現場に二人が駆けつけると、大きなトレーラーが横倒しになっており、その奥で一台の乗用車が無惨にも半分押しつぶされた形になって燃えていた。

「危険ですので、さがってください!」

近くのガソリンスタンドの店員らしい男が、声を張り上げ怒鳴っている。

どうやら、接触事故のようだった。

トレーラーの運転手であろう、灰色の作業服を着た男が運び出され、そばの道路に横たえられている。潰されてしまった乗用車は、まだ炎をあげ続けており、数人が消火器で消火作業をしているが、火の勢いは収まりそうになかった。消防車の到着も少し遅れているようだ。

「征士、あそこ」

伸が潰れた乗用車のそばの、崩れたブロック壁の奥を指さして言った。

「えっ?」

何かあるのだろうかと征士が伸の指した方向に目を向けたとたん、いきなり伸は事故現場のまわりに張ってあったロープをくぐり抜け、ブロック壁目指して走り出した。

「あ……そこの君!」

ガソリンスタンドの店員が止める声を無視して、伸は燃えさかっている車のそばをすり抜け、ブロック壁の所まで駆けつけると、何かを探すように立ち止まった。慌てて征士も伸のそばまで駆け寄る。

「どうした、伸」

「声が……聞こえた」

「声?」

「子供の泣き声だ」

耳をすますと、征士の耳にも微かに子供の泣き声が聞こえてきた。

すすり泣く声だが、距離はかなり近い。恐らくすぐそこだろう。

改めて辺りを見回してみると、崩れたブロック壁と乗用車の間に、小さな運動靴が見えた。

「あそこだ」

少し瓦礫をかき分けると、小さな少年が一人そこにうずくまっていた。ちょうどブロック壁に遮られて炎や衝撃は防げたようだが、隙間に挟まったまま恐くて動けなくなってしまったのだろう。

征士と伸は急いでそばの瓦礫を押しのけ、手を引いて少年を引っ張りだした。

「大丈夫?」

顔についた泥を拭ってやりながら、伸が優しく問いかけると、少年は安心したように笑った。

多少のかすり傷はあるものの、大きな怪我などはしていないみたいだ。

「ありがとう。お兄ちゃん」

と、その時、周りを取り囲んでいる人混みの中から、その子の母親らしい女性の声が聞こえた。

「まさとちゃん!」

その声に一瞬ぴくりと伸が反応する。

「お母さんか?」

「うん」

征士が問いかけると、その少年がこくりと頷いた。同時に母親が伸達の元に駆け寄ってくる。

よかった。

安心して征士はほうっと息を洩らした。

隣で伸も少し放心したかのような表情で無事を喜び合う親子の姿を眺めている。

その時、ほんの少しの違和感が征士の心の中に芽生えた。何故か、伸の表情に表れているものが、安堵とは違う別のものに見えたのだ。

なんだろう。

困ったような。悔しそうな。懐かしそうな。

そう、言葉にすると、そんな感じ。

「危険ですので、早くその場を離れてください!」

ガソリンスタンドの店員の声に、ハッとして、まさとと呼ばれた少年と母親が慌ててその場を離れた。違和感の正体を追求する前に、征士も伸を促してその場を離れるため駆けだす。

すると、その時、横倒しになっていたトレーラーの燃料にガソリンが引火し、第二の大爆発が起こった。

「伸……!!」

「……!?」

視界が真っ赤に染まり、伸と征士は爆風に吹き飛ばされて宙に飛んだ。

 

 

 

 

――――――「おい、当麻。ちょっと来いよ。大変だ!」

「大変? なにが?」

居間から聞こえてきた秀の呼びかけに、当麻は作業中だったパソコンの電源を切り立ち上がると、急ぎ書斎を飛び出した。

いつも秀はちょっとしたことでも大袈裟に騒ぎ立てる傾向がある。だが、当麻が書斎にこもっている間は邪魔をしない程度には物事をわきまえていたはずだ。それなのに何を大騒ぎしているのだろう。

「何があったんだ」

呼びつけた理由がたいしたことじゃなかったら、どうしてくれよう。

そんなことを思いながら当麻が居間の扉を開けると、秀だけではなく、遼までもが食い入るようにテレビを見ていた。画面に映っているのはどこかの駅前の大通り。どうやら夕方のニュース番組のようだった。

「何? ニュース? 事件でもあったのか?」

「事故だよ。事故。新宿駅前で事故があったみたいなんだ。ニュースでやってる」

画面を指さしながら遼が叫ぶように言った。

「新宿って……」

新宿は、今日、伸と征士が出かけている先だ。当麻の表情が一瞬で引き締まった。

「どんな事故だ」

「大型トレーラーと乗用車が接触事故を起こしたんだ。それが運悪くガソリンスタンドの真ん前だったらしく、トレーラーがスタンドに激突して、爆発事故になっちまったみたいで」

「爆発? かなりの大事故じゃないか」

「そうなんだ。トレーラーの運転手は重体。乗用車に乗ってたサラリーマンは即死。ただ、それ以外の怪我人はなし」

「ちょっと待て。被害は当事者二人だけってことないだろ?」

遼の説明を慌てて遮り、当麻は確かめるようにテレビ画面を見直した。新宿駅前、しかも夕方の時間帯となると、かなり人通りも多いはず。そんなところで爆発が起こったら、それこそとんでもない被害がでて当然のはずなのに。

「その事故、なんか妙なんだよ。だからお前にも見てもらおうと思ってさ」

神妙な顔をして秀がテレビ画面を指さした。

「妙って……何が」

「最初、接触時、乗用車はすぐ炎上したんだけど、その後しばらくしてからトレーラーの燃料にガソリンが引火して大爆発があったんだ」

「それで?」

「その爆発が、普通の爆発のしかたじゃなかったって」

「……どういうことだ」

「さっき、リポーターが現場に居合わせた人にインタビューしてたんだけどさ、すんげえ大爆発だったような気がしたのに爆風も起こらず、一瞬で炎が文字通り消えちまったって……」

「…………」

「どう思う? これ」

テレビは人でごった返した事故現場を映しだしており、その前でレポーターがなにやら早口でまくし立てている。黄色いテープが張り巡らされ、事故現場の周りは立ち入り禁止区域になってはいるようだが、どうも事故の規模に比べてその範囲が異常に狭いような気がするのだと、秀は言った。

その証拠に、ごく僅かの範囲までしか焦げ跡等も見当たらない。それは確かに異常なほど狭い範囲でのみ爆発が起こったことを物語っているということだろう。

「普通なら、もっと大惨事になるはずの事故なのに、運がよかったってさ。でもこれ、運だけで片付けられることじゃねえよな」

ちょうど人通りの多い時間帯の事故なのに、接触した当事者以外、つまりガソリンに引火して起こった爆発に関しては、巻き添えをくった者が誰もいなかったというのは、幸運という言葉で括るには異常すぎる。

「大丈夫かなあ? 伸と征士」

遼が心配げにつぶやいた。

「あいつらに限って、なにかあるってことはねえだろうけどさ」

そう言いながらも秀の表情も晴れているとは言い難い暗さだ。

「連絡は? 今から帰るコールとかなかったのか?」

「何もないよ」

連絡がない理由として一番楽観的なものは、事故自体を知らない、気づかないまま通り過ぎて、今まさに帰宅途中ということ。

そして逆に一番悲観的なものは、運悪く事故現場に遭遇してしまい、考えたくない何らかの事情が発生してしまったということ。

「でも、巻き込まれて怪我をした人はいなかったって話だし……」

確かにニュースの情報を信じるのであれば、当事者二人以外は死人も怪我人もいないはずなのだ。

それなのになんだろう。この奇妙な不安は。

腹の底の方がざわつくような不快感。

「なんか……歪んでないか? これ」

食い入るように画面を見つめて当麻が言った。

「歪んでる……?」

秀と遼もつられて一緒に画面をのぞき込む。

「なんか、こう、中心の方、空間が歪んでるっていうか……」

「熱で陽炎がたってる……とか?」

「いや、そういうんじゃない」

目を細めた当麻は、考え込むように画面を見つめ続けている。

なにか、よくわからない嫌な予感が三人の心の中を駆けめぐった。

 

 
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