双子物語76話
【雪乃】
こちらでの生活で慣れてきた私は久しぶりに実家の方へ顔を出しに行くことにした。
電話で呼んだサブちゃんの車に一人で乗って発車する。
理由としては家が今どうなっているのかと、これまであったことを母さんに
報告するためでもあった。本当は彩菜も来る予定だったけど、偶然にも
春花との予定が入っていたためそっちを優先したようだ。
普通に遊びに行く予定ではないのだろう。この日、彩菜と顔を合わせると
神妙な顔つきをしていたから。もしかしたら春花の両親の方に挨拶にいったに
違いない。
私の家とは違って春花の家は厳格で気難しいらしいから。
考えるだけでも大変なのは伝わってきそうだった。
後は叶ちゃんだけど。叶ちゃんも同じように叶ちゃんのお母さん…先生に
報告に行っている。
というわけで今サブちゃんと二人きりのドライブ中なのだ。
助手席に座ってる私にサブちゃんが視線を逸らさず私にあるものを渡してきた。
「これは?」
「今、組が少しごたついているので。何かあった時のために」
受け取ってよく見るとそれはスタンガンだった。思ったよりも小型だったからか
すぐには気付かなかった。おそらく親指に触れるボタンを押せば強めの電気が
流れるのだろう。
「そう…母さんも大変なのかなぁ」
「まぁ…それなりに。なのでお嬢が来ると喜んでくれますよ」
「そうだったらいいけど」
私も久しぶりに母さんと話ししたかったし、負担にならなければそれでいい。
普通に話をして、後は少し先のことを話しておきたかった。
これまで生きてきて私がしてみたかったというのは…話を形にすることだった。
子供の頃からそういう人を見て憧れていたし、いざ趣味で考えたことを
形にするというのは思いのほか快感が得られたのもある。
仕事として考えるなら趣味とごっちゃにしないほうがいいのはわかるけど。
体の調子が不安定な私が普通の仕事に就けるかどうか怪しい。
だからまぁ、一つの選択肢として母に聞いておきたかったのだ。
それからしばらく車に揺られていると、いつしか眠っていたのかサブちゃんに
起こされて車から出ると目の前に家の門があった。お屋敷とまではいかなくても
少しばかり他より大きく感じるくらいか…。
そう思いながら私は戸を開けると、その直後にいきなり何者かに後ろに回られ
首に腕を回して刃物を向けてくる。あぁ、これがさっき言ったサブちゃんの
ごたごたの影響なのだろうか。
「もうこの組の方針なんてやってらんねえ!俺の言うこときかねえと
この女を解放してやんねえからな!!」
何かその男は組に文句を言いつつ私を人質かなんかにしようとしているのだろうけど
やり方が慣れていないのか、私のことを舐めているのか、私の腕は自由にしっ放し
だったので私は音を出さずにスタンガンを取り出して男の太股辺りに強く押し当てた。
バチィ!
「ぐわあ!」
するとよほど痛かったのか男は悲鳴を上げてすぐに私から手を話して地面に
ごろごろ転がっていた。予想よりもあっけない形で人質タイムが終わってしまった。
「お嬢!大丈夫ですかい!?」
「あ、サブちゃん」
「油断してるとこれだ。おい、お前…お嬢になにしてやがる!こっちこい!」
「ひええ…」
あの剣幕と怒声は身内の私から見ても怖いのだからこの男の人は相当怖いだろうなぁと
少しだけ同情をしてしまう。でもまぁ、悪いことをしたら罰を与えないといけないのは
どこの世界でも同じことだろう。
私は後のことをサブちゃんに任せて中へと入っていった。
するとおじいちゃんのところにいた人と新しい人がいて私を見るやすぐに挨拶をしてきた。
私も組の人たちに挨拶をしながら奥から来た人に案内される。
久しぶりの我が家。少々見た目が変わったのは代替わりをして人も増えたからだろう。
父にとってここが居心地いいかどうかが気になるところではある。
案内された部屋に入って周りを見渡すと客間のような内装になっていて
一番奥の窓際にある椅子に座っている母の姿。どこか怖そうな雰囲気が漂っている。
そんな顔も私に気付いた途端、いつもの笑顔に戻って私に飛びつくように近づいてきた。
「おかえりー!我が愛しい娘よ!」
「ただいま、母さん」
この温度差である。
私のことをぎゅっと抱きしめた母は満足そうに一息吐いてから私から離れる。
「うん、いつも通り気持ちいい抱き心地だった。いや、前以上かも?」
「え、私太った?」
「そうじゃなくて前より女の子らしい柔らかさが出てるかなぁって…。
…恋人ちゃんのおかげ?」
母は叶ちゃんのことを知ってるからそのことを言っているのだろうが。
少しからかうような笑みからは嫌味は感じ取れなかった。純粋に気になってるのだろう。
その浮かれた姿を見ていると私よりもずっと子供っぽく見えるから不思議だ。
ほとんど老けもしなく、写真を昔見た限り今とあまり変わらない。
ただ…やっぱり少し疲れたような雰囲気は出ていた。
「あ、お茶二人分持ってきてくれる?」
「わかりました」
部屋に留まっていた組の人に母はそう告げるとちょっと強面のその人は嫌な顔一つ
せず礼をして一度私達のいる部屋から出て行った。
これで母と私はこの部屋で二人きりになって母はようやく落ち着けると近くにあった
ソファーに腰掛けて私は向かい側の方のソファーに座ると母は微笑んで私を見ていた。
「いやぁ、理想までの道はまだまだ遠いわね~」
「まぁ、そうだろうな…とは思った」
暴力のイメージを払拭して、少しでも良い評判を増やしていって。
もしこの道でやっていけなくなった人も普通に働けるよう取り計らう。
そういう形でやっていきたいという。
「まずボランティアからしてお互い嫌がるからね~。まぁ粘るしかないけれど」
「うん」
「まぁ、私の話はこの辺で…。雪乃のお話を聞こうか」
「うん」
「最近、叶ちゃんとはどう?」
「まぁ、詳しく言うと照れるくらいには仲良くしてるかな」
彼女との生活の話をしていると半分以上は惚気たような内容になってしまい
母はニヤニヤしながら頷くのを見て私は照れくさくてしかたなかった。
「あぁ、それと。叶ちゃん順調に柔道の試合のレギュラー入りをして
かなり見込まれてるらしいよ。何かその手のプロの人とか見学に来てた」
「へぇ、将来有望ね~。有名になったらどうなっちゃうのかしらね」
「まだそこまではお互いに何も考えてないけど」
自分の彼女の話をして嬉しそうに聞いてくれると私も自分のことのように嬉しい。
話を聞いている内は母は何度も頷いてくれる。
「幸せそうで何よりだ」
「うん…」
「赤くなってる娘も可愛いし。あぁ、お酒が欲しくなってきた…」
「なんでそこでお酒なの」
手で飲む仕草をする母にツッコミを入れながらも今度は別の…ある意味本題となる
話を持ちかけることにした。言い出そうとした直後、お茶を頼まれていた組の人が
来て美味しいお茶を淹れて再び部屋から出ていった。
この場の空気を察して気を遣ってくれたのだろう。
「で、さっきから何か言いたそうにしているけど、今度は何の話?」
さっきと違って私が改めて向かい合うと真剣な顔をして聞いてきた。
そこから溢れる圧力が普段物怖じしない私も少し怖く感じていた。
「ん…将来の仕事についてだけど」
「うん」
「まだ本格的に決まってないんだけど…物書きがしたくて」
「へぇ、いいじゃない」
細かいことを少しずつ話し始めて物作りが楽しいことと一人じゃなくて色んな人と
一緒になって作業したいって思ったことを告げると。
「まぁ、元から体調が不安定な雪乃だから普通の仕事には就けないだろうけど…。
その世界も更に辛いって聞くわよ。主に旦那から」
「わかってます…」
私の反応に足を組み直して何か考える仕草をする母。
「雪乃が何を目指そうが自由だけど、コネだけはないわよ。地力で何とかしてみなさい。
そうすれば母さんも応援してあげるわ」
「元よりそのつもりよ」
そこは最初から考えていない。
地力で無理なら別の仕事を考えるまで、そのつもりだった。
私のその目を見て母さんは嬉しそうに笑いながら私の肩を正面からバンバン叩いた。
少し痛い…。
「小難しい話は終わったかしら」
「そうだね…」
私がそう呟いた瞬間、母は立ち上がった後私を力強く引き寄せて抱きしめた。
そして空いた手で頭を撫でてくる。
「ちょっ…!」
「いいじゃない。もっと雪乃分を補給させてよ。あぁ、良い匂い」
「匂いなんて嗅がないで…!」
母相手だとこうも容易く調子を崩されるのだから、ある意味すごいと思うのだった。
…そこのところは尊敬はしないけど。
***
火照った顔がなかなか冷めない中、私はサブちゃんに今住んでるアパートまで車で
送ってもらった。その後、部屋の入り口に立ったまま私は呼吸を整える。
「どうしたんですか、先輩。そんなところに立ってて」
「叶ちゃん!?」
私は叶ちゃんは中にいるものだとばかり考えていたからまさか同じ時間帯にこの場所に
いるとは思いもしなくてびっくりした。
「おかえりなさい」
「ただいま」
まだお互い中に入ってもいないのにそういう言葉を掛け合うのは少しばかり
違和感を覚えるのだった。
「はい、お茶どうぞ」
「ありがとうございます」
二人で中へ入った後、何から話せばいいのかわからなくて気を紛らわせるために
緑茶を淹れてから二人一緒に一服して落ち着いてから少しずつ今日あったことを
ぽつぽつと話し始めた。
するとお互いに両親達は娘二人に対して寛容なことを言っていたのがツボで
二人共笑いながら少しずつ未来に向かってのことも話すようになる。
「私はもちろんこの世界でやっていくつもりですよ、先輩は?」
「私もやりたい方向性は見えたけど、実力がね…」
「今どんなお話書いてるんですか?」
「見てみる?」
そうして私は叶ちゃんに一冊のノートを差し出す。
それは勉強の合間に少しずつ少しずつ書きためていった小説であった。
まだ物語も序盤で拙い文章ではあったが一つ一つにしっかりと書いて
背景を思い浮かべられるようにがんばったものだけど…。
叶ちゃんに見せるのは初めてなので少し気恥ずかしかった。
「いいじゃないですか。読みやすいですし、私好きですよ。こういうの」
お世辞とかではなく、本当に目を輝かせながら読む姿を見て私はドキドキしていた。
「ありがとう。叶ちゃん」
私の書いた小説を読んでいる彼女の後ろから包み込むように抱きついた。
「せ、先輩!?」
「叶ちゃんって抱き心地いいね」
無駄な脂肪なんて全くついてなくて、筋肉もあって引き締まってるのに
ちゃんと女の子らしい柔らかさもある。
「それいったら先輩だって気持ちいいし、良い匂いします!」
「な、何を言って…」
「だって先輩から言い出したことですよ~」
叶ちゃんがそう言って振り返ると二人の間の距離がすごく近くてもう少し近づけたら
唇が触れてしまいそうになるくらい…。
「…お互いにがんばろうね」
「はい、未来のために。ですね!」
叶ちゃんが笑顔で私の思っていたことを言ってくれる。前と違って互いに相手のことを
考えて出た言葉だ。優しい笑みを浮かべたその言葉は温かみを感じる。
「もう少ししたら勉強でもしようかと思ったけど…」
何だか叶ちゃんとこうしていると脱力しすぎて勉強しようという気持ちが
薄れてきた。単に今日は色々あって気疲れしたせいもあるんだろうけど。
「私も今日はこうしていたいです」
「じゃあ、そうしようか」
同じ姿勢のまま、もう一度叶ちゃんが振り返った時に私は叶ちゃんと軽く唇を重ねた。
そうなるともうくっついていたいという気持ちがすごい出てきて一緒にベッドに
潜りたくなる。
そんな気持ちのまま見つめあうと…。
ぐぅーーーーっ。
盛大なおなかの音が鳴り響いた。愛しい気持ちや気持ちよくなりたいという気持ちを
大きく上回る欲求、空腹は我慢できないようで…。
ちょっと情けなくも恥ずかしい気持ちになりながら時計を見ると
ちょうど夜のご飯の時間になっていたので叶ちゃんと一緒にご飯を食べるために
みんなが食事をしにくる部屋まで一緒に手を繋ぎながら歩いた。
彼女の横顔を見ながら、私の言うことを聞き続けてなお私の傍にいてくれて…。
こんな私をずっと好きでいてくれて…ありがとう。
胸からこみ上げるような愛しい気持ちを抱きながら
空に散りばめられた星の下を歩くのだった。
続く。
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母に報告する回。みんな親子関係いいから
あんまり隠し事して心配させたりしない良い子ちゃん。
ただ彩菜が行った春花の家は昔ながらの偏見ありまくり家庭なので
認められるまでが大変そう。がんばれ、双子姉。
後は将来やら自分達の関係を改めて見て幸せになる回。