「こらぁ!往水!また、タダ食いか!」
「うひゃぁ!ちゃ、ちゃんと払いますって」
俺『本多忠勝』は扉を開け、逃げ出した少女『仲村往水』にかまぼこの板を投げる。
その板は狙い違わず、彼女の後頭部に直撃したが、彼女の勢いは止まらず、路地を曲がって見えなくなってしまった。
「くそ、また逃げられた」
そう言って、店に戻ると、数人の客から笑われた。
「本田の旦那は女に甘々ですからねぇ」
「男が無銭飲食、万引きなんかすると問答無用で叩きのめして、奉行所送り。逆に女がやったら、説教。それで反省すればお咎め無し、反省しなければ奉行所送りですもんね」
「そんなんじゃねえ。家訓で『女には手を出すな。泣かすな』って書かれてんだよ」
「ったって、限度があるじゃないですか(と言うかその所為でこの店に来る女性客のほとんどは旦那に惚れてるって全然気づいちゃいねえ)」
「しかたねえだろ?それにちゃんと目を見て、気持ちを込めて説教してやればわかってくれるさ。現に俺が説教して悪さする奴いねえだろ?アイツを除いて」
俺がそう言うと、なんとなく苦虫を噛み潰したような表情を見せる客たち。
カランカラン
「いらっしゃい」
「こんにちは、本田くん」
「おお、逢岡じゃねえか」
現れたのは南町奉行『逢岡想』だった。
突然現れた南町奉行に慌てふためく客達に苦笑すると、彼女が何時も座っている席を引く。
「あ、ありがとうございます」
「いんや、礼には及ばんよ」
椅子に座った逢岡に水を出し、注文を取る。
「えっと、ランチセットをお願いします」
「あいよ」
注文を受けたので、作るためにコンロに向かう。
うちの店はなるべく客と話をしながら料理をし、出来たてを味わってもらうのを方針としてあげている。
「ほい、ランチセット一丁上がり!」
そう言って、今日のランチセット「エビピラフ」と「コンソメスープ」を逢岡の前に置く。
「美味しそうですね」
そう言って、逢岡は手を合わせ、ゆっくりと食べ始める。
「おう、ゆっくり食べな」
「はい、お気遣いありがとうございます」
花が咲くような笑顔でお礼を言われるとなんとなく気恥ずかしくなる。
(おい、あれで全然好意に気がついてねえんだぜ?)
(朴念仁ここに極まれりってところか?)
(同感だ)
端っこのほうで客(男)がヒソヒソと話をしている。
勘に引っかからないので放置しておく。
「ごちそうさまでした。お代はここにおいておきますね」
「毎度、って、多いぞ?」
「いえ、人伝に仲村さんが無銭飲食を何度も繰り返しているという話を聞きまして、せめて今日の分くらいは、と思いまして」
そう言うと、困ったような笑顔を浮かべる逢岡。
これは逢岡が払うべき金じゃない、そう思った俺はランチ分の金額だけ取って、残りは彼女の手に返した。
「逢岡、これでお前さんが払ったら仲村が増長するだけだ。あいつの為を思うならば、きっちり代金を払わせてくれ。俺からはしばらく無償奉仕という形で罰を与えるだけだからな」
「いえ、でも……」
「そんな思いつめた顔しなさんな。綺麗な顔が台無しだぜ」
「そ、そんな、きき、綺麗だなんて…!?」
何故か急に慌てふためき始めた逢岡を見て、不思議に思う。
だが、公衆の面前でこんな姿を見せるわけにもいかないので、頭を数度撫で落ち着かせる。
「ひゃっ!?」
頭を撫でたら、更に錯乱し始めた。
あれ?
妹が泣いた時とか撫でると落ち着いたんだけどな。
(うわ、出たよ。旦那の女殺しテクニック)
(あれで堕ちない女はいない)
(つか、なんであそこまで真っ赤になってて気が付かないのかね)
(あー、それ分かる)
(それにしても、逢岡様の乙女な一面を見られるなんて、ここの常連になっててよかった)
((同感だ))
何時まで経っても、錯乱したままの逢岡に俺はあたふたしたままで、途中で長谷河がやって来なかったら、閉店まで逢岡の面倒を見なくてはいけなかっただろう。
了
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あっぱれ!天下御免短編