No.897790

想いは再び、時空を超えて・後編

こしろ毬さん

「想いは再び、時空を超えて」後編です。
今回は穏やかなラストになりそうです。

2017-03-19 00:34:03 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:751   閲覧ユーザー数:749

小マゼラン星雲に到達し、ヤマトはひたすら航行している。

 

「……やけに静かだな」

「嵐の前の静けさというヤツだろう。嫌な静けさだ」

島がぼつりと言ったことに、重ねて進が言う。

その時、メインパネルが動きデスラーが映し出された。

「古代、そちらは異常ないか?」

「ああ、今のところは。…そちらも大丈夫か?」

「うむ」

進の問いに頷くが。

「だが…この静けさはかえって不気味だな」

「……」

デスラーも、進たちと同じことを感じていたようだ。

その会話を聞きながら、佑介は目の前の星々を見据えていた。

(奴らは、いったいどこから…)

そのままの形で襲撃してくるならば問題ない。

だが、場合によってはまた能力を使わざるを得なくなることもありえる。

もっとも、佑介は初めからそのつもりではあるのだが…。

 

「…佑介。また力を使おうなんて思うなよ?」

「いっ!?」

今まさにそう思っていた矢先の進の言葉に、変な声を出してしまった。

そろ~…っと振り返れば、進がじと目で佑介を見ていた。

「あ、あは、ははは…」

引きつった笑みを浮かべるしかない。

「…ったく、図星だろ」

額に手を当て、はあっと一息ついて。

「それは最終手段だからな。わかったか」

そんなふたりのやりとりを、パネルのデスラーはくっくっと笑いつつ。

「こら、私のことを忘れてないか?」

「いや。ふと見たらこいつが深刻な顔してるから」

佑介を親指で差しつつ、苦笑気味に答える進だ。

 

デスラーはそれにふっと目を細め。

「……佑介」

「は、はい!?」

呼びかけられ、背筋が伸びる思いがした。

「古代たちだけでなく、私もついておる。安心しろ」

佑介はもちろん、進たちも僅かに目を見開く。

だが、やがて何とも言えない笑みを浮かべて。

「…はい。ありがとうございます」

そう答える佑介だった。

 

その時。

「うわあっ!?」

ヤマトに襲いかかる爆音と振動。

「右舷被弾しました!」

「右方向に敵艦隊!」

太田と雪の声が聞こえる。

「おいでなすったか!」

島が思いっきり操縦桿を切った。

前方を見れば、次々と現れる艦載機。

 

「総統…!」

「さすがにこの星々の明るさでは、ガス体が使えんと踏んだようだな…好都合だ」

にやりとあの不敵な笑みを浮かべ。

「全砲門、開け! 一機たりとも残すな!」

デスラー艦隊の砲門が火を噴き、ガトランティスの艦隊を撃破していく。

 

「コスモタイガー、発進」

ヤマトでも反撃が始まっていた。

進の号令でコスモタイガーが飛び出していく。

「いいか、一機残らず撃ち落とせ。だが無茶するな!」

コスモタイガー隊長・加藤四郎の声が全機に響き渡る。

「ああやって現れるとなると、どこかに旗艦がいるはずだが…」

攻撃しつつ、辺りを見回す四郎。

――すると。

 

『艦長代理、前方に未確認物体発見しました!』

第一艦橋に四郎の声が届いた。

「拡大投影」

進の指示でメインパネルに映し出されたのは――

 

「…あ、れは…!」

 

進を初め、クルーたちの表情が強張る。

佑介だけは不思議そうに見上げていた。

 

「要塞都市か…!」

真田が呻くような声になる。

「あの、要塞都市って…?」

少し躊躇いつつ佑介が尋ねると。

「ガトランティスの拠点となった要塞だ」

「デスラーの言う通り、第2の白色彗星をつくろうとしていたんだな…」

進がその問いに答え、険しい表情で島もパネルを見ている。

「真田さん、あの要塞都市の内部を探れますか?」

「やってみよう」

進に答えた後、真田は解析を始めた。

しばらくして――

 

「…以前の要塞都市のデータを残しておいてよかった。それと比較してみたが…豊臣秀吉の『一夜城』のような状態だな」

「つまり、表面だけが完成しているということですか」

真田の言葉を受けて佑介が口を開く。

「そうだ。動力炉など完成されている部分もあるが、まだあちこち抜けているところがある」

「じゃ、前回よりはいくらかは…」

太田がそう言うが。

「だが、油断は禁物だ。側面ミサイルは完備されているし、強度も前回同様だ」

「それなら、あとは…」

「…やはり、真上と真下だな」

ふと聞こえた声に。

「デスラー」

見上げる進たち。

「突入戦はヤマトのほうが上手だろう。我々も援護する故、奇襲をしかけろ」

「わかった。ありがとう、デスラー」

そう言って、進が前を見据える。

「ヤマト、要塞都市に向けて全速前進!」

 

ヤマトは前進しつつ、デスラー艦隊と共にガトランティスの艦載機を撃破していく。

コスモタイガー隊も要塞都市に向かって飛ぶ。

『加藤、要塞都市の弱点は真上と真下だ! そこを中心に攻めろ。俺もすぐに行く』

「了解!」

コクピットから聞こえた進の声に、応えた。

 

「…古代さん」

少し思い詰めた声に進が振り向くと、佑介が申し訳なさそうな表情で見ていた。

「どうした? 佑介」

優しく、促す。

佑介は一度俯いて、意を決したように。

「…ごめん。お願い…してもいい?」

その言葉の意味を、進はわかっていた。

つまり、佑介も敵地に赴くつもりなのだと。

 

進はふっと笑みを深めて。

「馬鹿、なーに謝ってんだ。あったりまえだろ?」

言いながら立ち上がって、こつんと軽く佑介の頭を小突く。

「…行くぞ」

「…っ、うん!」

にっと悪戯っぽい笑顔を見せて言う進に、佑介もつられて笑みを浮かべた。

「古代、佑介。これを持って行け」

真田がふたりに渡した、カプセルのようなもの。進はそれに気づいた。

「真田さん、これは…」

「以前、要塞都市の動力炉を爆破させたものと同じだ。…今回は遠隔操作でも爆破できるように作り替えておいた」

言いつつ、小さなスイッチも渡す。

「ふたりとも、気をつけて行けよ」

こくんと、力強く頷く。

そして進と佑介は一度顔を見合わせて、小さく頷き合い第一艦橋を出ようとした時。

「佑介くん!」

その声に振り向けば、雪が駆け寄ってきた。

 

雪は佑介の傍まで来て、その胸元をぎゅっとつかんだ。

「…佑介くん。今度は絶対に戻ってきて」

「!」

佑介の目が、僅かに見開く。

「もう、あんな思いをするのは嫌よ…!」

目を潤ませ、握る手の力がこもる。

僅かに震わせて。

進も目を細めて見ている。

 

「…雪さん…」

言葉が詰まり、何も言えなくなるが。

「雪さん…、それを言う相手違うんじゃない?」

わざとおどけて、そう言うしかない佑介だ。

「佑介くん!」

俯いていた顔を上げ、怒ったような表情になる雪。

進も横で苦笑していた。

…だが、佑介はふと笑みを浮かべて、

「大丈夫だよ、雪さん」

きっぱりとした口調で言う。

「絶対…戻ってくるから。古代さんも、…俺も」

更に笑みを深めてそう言えば。

「…っ。佑介くんっ!」

雪は顔をくしゃりとさせて、そのまま佑介に縋りついてしまった。

「雪さ~ん、だから抱きつく相手も違うってばっ!」

慌てて進を見れば、

「古代さんも笑ってないで、助けてよ~」

情けない声の佑介に、進も他のクルーたちも、おかしそうに笑っているだけだ。

 

その時だけは、第一艦橋は優しい空気に包まれていた。

進と佑介を乗せたコスモゼロは、すぐにコスモタイガー隊と合流した。

「加藤、要塞都市の弱点は真上と真下だ。そこを中心に攻めるぞ」

『了解』

「気をつけてくださいね、加藤さん」

進とコスモタイガー隊長・加藤四郎の会話を聞いていた佑介がそう言うと。

『サンキュー♪ 佑介くんにそう言ってもらえると勇気凛々、百万倍力だよ』

「まーたそんなことを…」

本当に嬉しそうな四郎の口調。佑介は呆れ顔になってしまう。

そんなふたりのやりとりを、進はくすくす笑っていたが。

「…じゃ、行くぞ。しっかり掴まってろ、佑介」

「! う、うん」

佑介の返事が合図になって、コスモゼロはぎゅん、と加速した。

それを狙ってガトランティスの艦載機が攻撃してくる。

「…ふん、それで狙ってるつもりか」

コスモゼロを旋回させガトリングガンを発射すれば、次々と艦載機は炎上した。

 

要塞都市の側面ミサイルの発射口が動きだし、同時にミサイルが発射された。

「!」

コスモゼロがそれをよけた傍で、別のコスモタイガー機が撃墜されてしまう。

「…っ…」

「目を逸らすな。…これが現実だ」

進の優しく、厳しさをも孕んだ声に、

「わかってるよ…っ」

こらえるように再び目を開け、前を見据える佑介だった。

 

そう、これが『戦争』。

自分もかつて、広島で体感したではないか。

あの灼熱の熱さ。何の罪もない人々の怨嗟の声。

それらと同等の『もの』を感じた。

 

一方、デスラー艦隊。

「全艦、要塞都市ミサイル発射口に向けて主砲発射」

デスラーの号令とともに、主砲が火を噴く。

艦載機も飛び出してガトランティスの艦隊を撃破していった。

ヤマトでも南部の指示により、ガトランティスの艦載機及び要塞都市への攻撃を続けていた。

主砲や艦首ミサイル、バルスレーザーでミサイルを迎え撃つ。

 

 

やがて、やっとの思いで要塞都市の中に潜入した進たち。

周りの状況を確認して。

「…前回と同じ造りのようだな…、これなら行けるな」

「ここの心臓部とも言える、動力室にカプセル爆弾を仕掛けるんですね」

隣で声をかける四郎に、進は頷きつつ。

「記憶に間違いなければ、動力室は向こう…行くぞ」

そう言って足早に歩き出す。…が。

佑介がついてこず、振り向いた。

「佑介? どうした」

佑介はその場に立ったまま、目を閉じていたが。

「…古代さんたちは任務を遂行して」

苦しげに、唇をかみしめながら目を開く。

「俺は…、あいつとケリをつける」

「!!」

進と四郎が息を呑んでいる間に、佑介は踵を返してだっと駆け出した。

「佑介! 待てっ!」

我に返った進が叫んだときには、すでに佑介の姿は遠くなっていた。

「班長、追いかけましょう!」

「言われなくても…!」

こちらも全力で駆け出すふたりだった。

 

佑介がああいう行動に出るのは、偏に自分たちを巻き込ませないため。

守りたい人を守れなかったという幼い頃の古傷が未だに、完全に癒えていない証拠だ。

 

「おまえが、俺たちを巻き込みたくないと思う以上に…」

進の目が苦しげに細められる。

「俺たちだっておまえを喪いたくないんだよ、佑介…っ!」

 

 

外で悲鳴が聞こえたかと思うと、とある一室のドアが開いた。

「――さすが、居場所はわかるという訳か。手間が省けたな」

そう言って振り返る人影を、入ってきた佑介は鋭く冷たい光の瞳で見据える。

「…メルーサ…」

「ここに来たということは、その『力』を差し出すんだな?」

にやりと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「誰が…! その前にあんたを倒してやるさ」

すうっと細めた目の光に、鋭さが増す。

「……ならば仕方があるまい」

そう言うやいなや、メルーサのレーザーガンが火を放った。

「…っ」

間一髪、その卓越した瞬発力と反射神経でかわす。

だが、次から次へとレーザーガンが後を追う。

「くそ…っ」

かわしつつ右手を念じるように眼前で握り込む。

すると、その手から光が生じ一振りの刀…いや、剣が現れた。

刀身が紫水晶で形取られた、安倍晴明の聖剣である。

実体はないが、佑介が手にすることで『力』が形となる。

「哈っ!」

レーザーの光を弾き飛ばし、立ち上がる。

メルーサは僅かに目を見開くが。

「なるほど、剣に覚えがあるか。ならば」

腰に差していた剣を抜いて構える。

「私には姉のような『力』は使えないゆえ…こちらで決めるとしよう」

 

「佑介!」

扉の前に敵兵が倒れているのを認めて、中に入った進と四郎。

そのふたりの目に入ったのは、激しく剣を交える佑介とメルーサの姿だった。

「…っ…」

「なかなかの腕だが、まだまだ甘いな」

剣道で言えば鍔迫り合いの状態で膠着状態になり、離れてはまた剣を交錯させる、その繰り返しだ。

そこには誰も立ち入れない、張り詰めた空気が漂っていた。

進がコスモガンを構えて、メルーサに狙いを定めようとするが。

「…くそ、佑介がいるのと動きが素早いのとで狙えん」

何度か試みようとしているうちに、佑介とメルーサの距離が一瞬広がった。

 

「今だ!」

 

コスモガンを撃つ進。

だが狙いはそれてしまった。

「…古代さん!?」

進と四郎に気づく佑介。

その隙を突いて、メルーサは傍らの壁のボタンを押す。

すると、佑介とメルーサの周りにシールドが張られた。

「な…!」

佑介が体をぶつけるが、びくともしない。

「無駄だ。このシールドはおまえたちには崩せん」

くっくっと顔を歪めて笑うメルーサを、進たちは歯噛みして見据えている。

それでも、コスモガンを撃つ手は緩めない。

弾かれてもひたすらに。

「班長、どいてください!」

四郎が叫んで、シールドに投げつけたものが激しく爆音を上げる。

…が、それも効かない。

四郎が投げたのは、手榴弾であった。

 

そんなふたりの様子に、佑介も再びメルーサに向かっていく。

きぃん、とメルーサの剣と合わさり、動きが止まる。

その下にいるメルーサの顔に、にやりとした笑みが浮かんだと思った、その時。

 

「…ぐっ!」

「!!」

 

佑介の顔が苦痛で歪む。

…メルーサが、隠し持っていた剣で佑介の胸を刺していた。

 

「…っ、佑介っ!!」

切羽詰まった進の声。

だが、ぐらりと佑介の体が崩れ落ちた。

 

溢れ出す赤い血。

…嘘だ。こんなの嘘だ――

 

「メルー…サ、き、さま…っ!」

怒りで形相が変わった進に、ふん、と鼻で笑うと。

「生きてなくても構わんのだ。要は『力』さえ手に入ればよい」

倒れている佑介を、メルーサはいとも簡単に抱え上げる。

そして、部屋の片隅にあるエレベーターらしきものに向かって歩いて行く。

「佑介…! 待て、メルーサ!」

シールドが解け、エレベーターに向かって駆ける進の目の前で、その扉が閉まった。

「待て! 佑介を返せ! …くそおっ」

進はがくんと膝を床につき、思いっきり床に拳を叩きつける。

「班長…」

その後ろで、四郎も悔しげな表情だ。

「…俺は…また…」

進の顔が歪む。

 

――また、喪うのか…!

 

深い絶望感に襲われているとき。

 

「…どうやら、うまく騙せたみたいだね」

 

聞き覚えのありすぎる声に、進と四郎が弾かれるように振り返れば。

 

「…っ!?」

「ゆ、佑介くんっ!?」

 

メルーサに刺され、連れ去られたはずの佑介が、何事もなかったように立っているではないか。

 

「え…え? 佑介くんはさっき…」

佑介と、メルーサが立ち去った方角をきょろきょろと見やり、混乱している風の四郎に苦笑を浮かべて。

「あれは俺の人形(ひとがた)ですよ。俺のつくる人形は、本人と変わらない意思を持つことができるし、行動もできる」

人形とは陰陽道の呪術のひとつで、それを使って祓いを受けたり、呪いにも使う。

そして陰陽師は、それに自分や他人の髪を使って息を吹き込み『式神』として使うこともある。

 

「…ば…っかやろ…。それならそうだと先に言え!」

口調は強いが、どこか弱々しい声音で進が歩み寄ってきた。

「ごめん…。でも、敵を騙すにはまず味方を騙せってよく言うじゃん」

申し訳なさそうな笑みで、ふんわりと言う佑介。

「屁理屈ばかり言うな、まったく…!」

そう言われたときには頭を抱え込まれ、引き寄せられていた。

 

「……また…、喪ってしまうのかと思った…」

か細い声。

ぎゅっと強まる手の力。

それに何も言えなくなる佑介だったが。

「…俺、言ったでしょ? 今度は絶対にいなくならない…消えないって」

そっと進の腕をぽんぽんと叩く。

「ああ、そうだな」

体を放し、ふっと目を細めるが。

 

「それより、あいつを追わなくていいのか」

「あ、その必要はないよ」

にっこりと笑う佑介の様子に、進と四郎は目を瞬かせる。

「だって、このままいけばコレだもん」

言いながら、両手を上に向けパッと開かせた。

「それって…つまり」

「そ。人形に真田さんからもらったカプセルを仕掛けたんだ」

悪戯が成功した子供のように、にっと笑ってVサインをする。

「ったく、おまえってヤツは…」

半ば呆れつつも、苦笑いの進だ。

「メルーサにはアレスと同じ力はないから、わからないよ」

「!」

「あったとしても本当に感じるだけのものさ。だからアレスの意識体とは話ができたんだ」

「そういうことだったのか…」

佑介の説明に、四郎も納得顔だ。

 

「よし、動力室に向かうぞ。カプセルを仕掛けて爆破させる」

進の言葉を合図に、3人は頷き合い駆け出した。

要塞都市の動力室に向かって走る、進と佑介、そして四郎。

彼らの前には行手を阻むガトランティスの兵が攻撃してくる。

佑介を庇いつつ、進と四郎もコスモガンで応戦する。

「…佑介。今度は前みたいな行動はなしな?」

「あ、あは…」

コスモガンを構えてにーっこりと笑顔の進に、佑介は引きつった笑みを浮かべるしかない。

その後ろで、四郎も笑いを噛み殺していた。

 

前回ヤマトの時代にトリップした時、佑介は進の制止も聞かずにひとりで敵兵を制したことがある。

その際も陰陽道の術を使ったのだが。

 

「あの時はひとりで飛び出すなんて、無茶やってくれたからなあ」

「それは否定しません…」

縮こまった佑介を見て、くすりと笑う。

「…おおかた、佑介のいる時代ではおまえひとりで護っていたんだろう? 大事な人たちを」

「!」

目を大きく見開く佑介を、進はふっと優しい眼差しで見ている。

「だから、ここでは俺たちに護られてろ」

「そーいうこと。これほど強力な鉄壁はないからね」

四郎も悪戯な笑顔で片目をつぶった。

「…古代、さん…。加藤さん…」

不覚にも涙が出そうになり、顔を背ける佑介。

進は苦笑気味に笑って、その頭をぽんぽんと叩いた。

 

 

一方、自分が抱えている佑介が偽物とは知らないメルーサは、姉の意識体が残っている神殿に向かっていた。

「こやつの『力』で白色彗星を再生しようとも思ったが…」

その顔に不敵な笑みが浮かぶ。

「依代にして、姉上の意識体を乗り移らせてもよいな」

姉・アレスの意識を宿して『敵』と化した佑介に、ヤマトの連中は手出しができぬだろう――

その情景を思い浮かべ、ほくそ笑んでいた。

 

敵の攻撃をかわし、動力室に通じる通路の前に来た進たち。

「さて、どうやって向こうまで行くか…」

進がそう呟いていると、ついと佑介が。

『――オン バサラ ギニ ハラチ ハタヤ ソワカ』

「佑介?」

不思議そうに見る進と四郎の目前で、佑介の真言と共に通路にシールドが現れた。

「ゆ、佑介! そんなことしたらまた…」

進が焦って振り返るが。

「大丈夫」

にこっと安心させるような笑みで答える佑介。

「これで敵の攻撃も効かないよ。早く行って処理して」

「佑介…。わかった、行くぞ加藤!」

「はい!」

進と四郎は同時に駆け出した。

それに向けて敵兵のレーザーガンの光が放たれるが、シールドに弾き返される。

 

やがて、ふたりが動力室の中に入ったのを確認して。

「さすがに帰りまでこうしてるのは、ちょっときついよな…」

思案顔になり、佑介は持っていた血符を取り出す。

「この際だから周りのお客さんには…」

言いながらそれを、自分が作り出したシールドの壁に投げつけ。

「これを観てお帰り頂こうか!」

その一瞬。

かあっ、と強い光が生じ、シールドが左右に爆発するように弾けた。

それは上に広がり、進たちを狙っていた敵兵たちに勢いよく向かってくる。

敵兵たちは悲鳴を上げて倒れたり、下に落下したりしていく。

 

「…加藤、なるべく上の方にセッティングしろよ」

「了解」

動力室に次々とカプセル爆弾を仕掛ける進と四郎。

「佑介くん、大丈夫でしょうか」

不意に四郎に問われ、

「…大丈夫さ。俺はあいつを信じてる」

進はふっと目を細めて、最後の一個を仕掛けた。

「…よし、完了だ。さっさと退散するぞ」

動力室から慎重に出てみれば、敵兵の姿はない。

そして通路の向こうでは、

「古代さん、加藤さん!」

何事もなく、ふたりを呼んでいる佑介の姿。

進と四郎は笑顔になり頷き合い、その許へ駆けていった。

 

 

要塞都市の中心部…だろうか。

そこに祭壇のようなものがあり、中央に丸く細長い、光る「もの」が浮かんでいる。

 

「――姉上…ようやくお望みのものを手に入れました」

 

言いながら佑介を横たえ、装置を施すメルーサ。

「この身をを取り込めば、再び共に宇宙を支配できましょう」

かすかな笑みを浮かべ、中央のガラスを開けると。

中央にある「もの」が、じわり…と光を増しアメーバのように動いた。

 

…実は、これはアレスの『意識体』であった。

 

自爆をした際、アレスの魂だけは無意識に別の旗艦にいたメルーサに一時的憑依したのだろう。

メルーサに神官のような性質があるというのはここからである。

だがいつもそうするわけにはいかないので、神殿の祭壇から指示していたのかもしれない。

 

アレスの意識体は、ゆっくりと佑介に近づいていく。

 

 

一方、白兵戦を続けながら出口に向かう進たち。

目の前にコスモゼロと四郎のコスモタイガーが見えてきた。

「…佑介、爆弾のスイッチを入れるぞ。押したら飛び乗れ!」

「うん!」

走りつつ言う進に、佑介が頷く。

そして互いに「1,2,3!」の合図でボタンを押した。

 

動力室からは一瞬の閃光がきらめき、爆風が起こる。

そして――

 

――メルーサ、愚かなことを…。偽物をつかまされたのも気づかぬとは

 

蠢いていた「もの」が動きを止め、冷たい女の声が響く。

「え。そ、そんなはずは――…」

メルーサが佑介を覗き込んだ、その時。

その体がかっ、と光り、凄まじい勢いで爆発した!

あたりには、断末魔の叫びが聞こえるのみ。

 

「コスモゼロ、発進!」

火柱が迫ろうとしている頃、コスモゼロとコスモタイガーが飛び立った。

進たちが要塞都市を見れば、あちこちから爆発が起こっていた。

思わず顔を見合わせ、頷き合う進と佑介であった。

 

ヤマト第一艦橋に、進と佑介が戻ってきた。

「佑介!」

「よかった、戻ってきたのね…!」

嬉々とした島や真田たちの声、駆け寄ってくる雪。

「…えーと、それ古代さんにすべきかと思うんだけど…」

抱きつかれて苦笑いの佑介に、ぷっと吹き出す進。

 

「ご苦労だったな、ふたりとも」

 

不意に聞こえた声に振り向くと。

「兄さ…! いえ、艦長」

艦長席に座っている進の兄・古代守の姿に進と佑介は目を瞬かせた。

「お怪我は…」

佑介も声を掛ける。

「もう大丈夫。すっかりよくなったよ」

守は笑顔になり、佑介を見。

「君のおかげでね、佑介くん」

「あ」

言われて、佑介は少しばつが悪そうに笑った。

隣の進は「え?」という風に見ている。

「佑介くんが、時々ヒーリングを施してくれたんだ」

 

守の説明の通り、実は佑介にはヒーリング…治癒能力も備わっていた。

もう少しで完治するはずの傷がなかなかに治らないため、医師の佐渡酒造が佑介に頼んでいたのだ。

 

「…ったく、それなら言ってくれればよかったろ」

「別に、言う必要がないかなって思ったから…ごめんね」

ちょっとじと目で見ている進に、肩をすくめて言う佑介。

そんなふたりを、守は優しく目を細めて見ていた。

……が。

「…要塞都市が爆発を続けてるな」

前方を見て表情を改めた守。

「止めを刺すぞ。波動砲発射用意」

クルーたちがそれそれの持ち場に戻る。

 

「佑介」

その声に振り向けば、進が自分の席を指差して。

「ここに座れ」

「え。でもそこって古代さんの…」

「いいから」

進の意図がわからず、首を傾げつつ座る佑介。

すると進がすぐ横に立ち、少し屈むようにして後ろから抱くように佑介の肩に手を添えた。

「古代さん?」

不思議そうに進を見れば、優しくも真剣な眼差しとかち合う。

「…佑介。おまえが波動砲を撃て」

「え!?」

とんでもない台詞に、佑介は大きく目を見開いた。

雪や島、真田たちも驚きの表情をしている。

「ちょっ、ちょっと待ってよ! 俺やり方知らないよ!?」

「プロセスは俺がやる。佑介はトリガーを引けばいい」

慌てる佑介に、ふっと柔らかい笑みを浮かべて。

 

「奴らに思い知らせてやれ。佑介が受けた『痛み』をな」

 

「!」

一瞬、声が出なかった。

「…俺も佑介が消えてしまった時…言いようのない気持ちのまま撃ったからな」

苦笑気味に笑う進だ。

「古代、さん…」

 

あの時はそうだった。

 

悲しみ。

怒り。

悔しさ。

苦しみ。

そして、つらさ。

 

そのすべてがない交ぜになった感情で、進は波動砲を撃ったのだ。

ただ、佑介の「仇」を取るために。

 

戸惑いの色を隠せずにいる佑介の頭を、進は肩を抱いていた手でくしゃりと撫でて。

「大丈夫、俺がついてるから。…いいな?」

変わらず優しい笑みで言う。

佑介は意を決したように、しっかりと頷いた。

 

その様子を、目を細めて見ていた機関長・山崎の声が響く。

「波動砲への回路開きます」

「波動砲セーフティロック解除」

再び佑介に寄り添うように体勢を整えた進が続ける。

「エネルギー充填80%」

 

「……エネルギー充填、100%へ」

「ターゲットスコープ、オープン」

進の声とともに、佑介の前にターゲットスコープとトリガーが現れた。

 

「電影クロスケージ、明度9。目標、都市要塞及び敵艦隊。距離4万5千」

ほぼ距離のない顔の位置で、進がターゲットスコープを見て宣言する。

「エネルギー充填120%」

山崎が告げる。

「佑介。トリガーを構えろ」

囁くような声。佑介がトリガーに指をかける。

「発射10秒前。総員対ショック用意、対内光防御!」

クルーたちがゴーグルをつける。

進と佑介も。

「…8、7、6…」

緊張した面持ちでぐっとトリガーを構えている佑介の手に。

「…!」

ふわっと、進の手が重なっていた。包み込むように。

思わず佑介が見れば、かすかな笑みを浮かべて頷く進。

 

「…3、2、1」

更に佑介の手に力が入ったのを、進は感じ取り強く握り込んだ。

 

「発射!」

 

進の凜、とした声と同時に、佑介の指がトリガーを引く。

 

ヤマトの艦首から青白い光が生じ、要塞都市に向けて放たれた。

瞬く間に消滅していくガトランティスの艦隊、そして要塞都市。

 

「やったあ!」

「今度こそガトランティスを倒したぞ」

第一艦橋では嬉々とした声が広がっていた。

「佑介、よくやった!」

進もわしゃわしゃと佑介の頭を抱え込むように撫で回している。

「って、トリガーを引いただけだよ~」

苦笑気味に言う佑介だが。

「そんなことない。倒したのはおまえだよ」

佑介の頭を抱え込んだまま、にこりと優しく微笑んだ。

 

「…古代、ようやく終わったな」

パネルに、デスラーが映し出された。

「…ああ。君の協力もあってのことだ。ありがとう」

進の言葉に、デスラーも口角をつり上げた。

 

「…おいっ、ありゃ何だ!?」

突然の太田の声に、クルーたちは前方を見た。

「…あ…あれは…」

佑介の表情が強張る。

 

何もなくなった宇宙空間に、蠢くものがあった。

それは黒く染まり、アメーバのように。

 

「まさか…、アレス…か…!?」

宇宙空間に蠢く、黒い影。

その姿に、

「何なんだ、あれは…!」

ヤマトクルーたちは半ば呆然とそれを見ている。

「あの女…アレスの、意識ですよ」

ひとり佑介だけは、冷ややかで鋭い視線を向けていた。

「なんだって…!」

「体は滅んでも、意識だけは残っていたというのか」

南部や真田の言葉に、佑介は頷く。

「ったく、なんて女だ」

島も険しい表情で見ていた。

 

デスラー艦でも…。

「総統…」

「まさか、あの娘の意識体とはな…なんという執着心だ」

タランとデスラーが顔を顰めて、宇宙空間に浮かぶ「もの」を見ている。

ガトランティス帝国の再興と、佑介の持つ「大きな力」。

この二つに対する執着がああいう形に変えたというのか。

…その時。

『デスラー、逃げて下さい!』

突然聞こえた佑介の声にはっと前を見ると、アレスの意識体がデスラー艦隊の旗艦を飲み込んで行くではないか。

「…っ。退避、全艦直ちに退避せよ!」

デスラーの号令に、傍らにいる旗艦は全速で移動する。

デスラー艦もヤマトの傍まで来る。

「デスラー、大丈夫か!?」

「ああ、なんとかな」

進の問いに答えつつ、

「佑介が知らせてくれなければやられるところだった。礼を言うぞ、佑介」

佑介を見て言うデスラーだ。

「いえ、そんな。ご無事でよかった」

佑介は首を振りながら答えた。

「…古代、あれはこちらが引き受ける」

表情を改めて、デスラーが告げる。

「デスラー」

「そちらは既に波動砲を撃ってしまってるだろう。ハイパーデスラー砲で撃ち込めば、あるいは…」

「…わかった。気をつけろよ」

進の言葉に、デスラーの姿が頷きながら消えた。

 

 

「タラン、ハイパーデスラー砲発射準備だ」

「はっ」

一礼して出て行くタランを目で見送り、空間を見据える。

「今度こそ…これで最後にしてやる」

そう言うデスラーの目が鋭く光った。

 

しばらくして、デスラー艦の砲口が僅かに薄く光を帯びてくる。

ハイパーデスラー砲の準備が整ったのだ。

「ハイパーデスラー砲、発射10秒前」

トリガーに指を添え、

「…7、6、5、4…」

目の前の「敵」を険しい眼差しで射る。

そして。

 

「――ハイパーデスラー砲、発射!」

デスラーの一声と共に、淡い紫がかったピンクの凄まじい光が放たれた。

それは真っ直ぐ、黒く禍々しい「もの」へと向かい、爆発させた。

「やったか!?」

ヤマト第一艦橋でも皆が身を乗り出して、その様子を見ていた。

……だが。

 

霧散したと思われた黒い影は、再び形取りその姿を現した。

「…馬鹿…な」

信じられないという表情で、デスラーが目を見開く。

 

「そんな…。デスラー砲も効かないなんて」

ヤマトクルーたちもただ呆然とするしかなかった。

「………」

そんな中、佑介だけは鋭い眼光はそのままに、ふっと目を閉じる。

 

(――晴明公…。聞こえる?)

 

心の中で『彼の者』に呼びかける。

 

――…私と同じことを考えていたようだな、佑介

 

佑介の脳裏だけに響く、低いが慈しみをたたえた声。

これこそ、佑介が自分の先祖だとヤマトクルーにも話していた、安倍晴明の声である。

今回は佑介自身が危険を察知したように自分から、ヤマトの時代に跳んだ。

その際、晴明も佑介の気持ちを汲んで共に赴いたのだ。

 

(うん…。あらゆる武器も効かないなら、直接しかないだろ?)

 

――だが、下手すればそなたが…

 

(覚悟の上だよ)

 

その揺るぎのない口調に、ふっと笑う気配が漂う。

 

――この場所でも…大事な者たちを得たのだな

 

どこか安堵したような、穏やかな晴明の声。

それに鋭かった眼光を和らげ、口元に笑みを浮かべる佑介だった。

 

 

「艦長、他に手は…」

進の呼びかけに、守も考え込んでしまう。

ハイパーデスラー砲が効かないということは、ヤマトにあるあらゆる武器を使っても無駄ということだ。

「……ひとつだけ、方法があります」

そう言ったのは、先ほどまで黙っていた佑介。

「佑介くん?」

守が少し訝しんで見ると。

「俺が、意識を飛ばしてアレスと対峙します」

「!」

静かな口調に、進たちは息を呑んだ。

「ばっ…馬鹿、何を言ってるんだ! 意識を飛ばすなんて危険すぎる!」

進が佑介の腕を掴む。

痛いほどの力で。

「…これしか、方法がないんだよ」

眉を下げて、何とも言えない表情で進を見る。

「武器が効かないなら直接行くしかない」

「だが…っ」

「それに、俺ひとりじゃないから」

かすかに微笑む。

「え?」

「…晴明公…。出てきてくれる?」

佑介がそう言うと周りに神々しい空気が漂い、現れたのは――

「……!」

狩衣姿の、慈愛に満ちた表情で進たちを見る、見目麗しい男であった。

進たちはその姿に、言葉を失っている。

 

『お初にお目にかかる…。私は安倍晴明と申す』

男…安倍晴明はその顔に穏やかな笑みを浮かべた。

「安倍晴明…!」

「じゃ、佑介くんのご先祖…」

南部と相原の言葉に、静かに頷く。

『…佑介も申しておるが、あれを倒すには同じ意識体…幽体となって対峙するほかはない』

晴明は進たちを見渡しながら言う。

『むろん、私も共に赴く所存だ』

僅かに厳しい表情になる晴明の許に。

「晴明公…!」

進が近づいてきた。

「お願いです。どうか、どうか佑介を…!」

その先は言葉にならない。

ただ、俯いて傍の佑介の肩を強く抱くのみ。

「古代さん…」

佑介はその横顔を、つらそうに瞳を揺らして見ている。

 

(佑介がこの者たちを大事に思うているように、この者たちも…まこと佑介を思うてくれておるのだな)

 

ふっと目を閉じ、そのことに喜びつつも。

 

正直、佑介を無事にヤマトに連れ帰ることは容易ではないと思う。

生きている状態で意識体…幽体を飛ばすということは、命の糸をぎりぎりまで繋げるということだ。

その命と体を繋ぐ糸が切れれば――『死』を意味する。

 

だが、それでも。

 

『…あいわかった』

そう答えることしかできなかった。

 

「じゃ…行ってくるね」

かすかに笑んで席に座った佑介を、守や雪たちは沈痛な表情で見ていたが。

「佑介」

進が歩み寄ってきたと思うと。

「…!」

頭を、両腕で強く抱え込まれた。

「…帰ってこい…」

震える声。

「おまえが帰る所は、今はここだ。ヤマトのみんながいるここだ」

「こだ…」

佑介の頭を抱く力が籠もる。

「だから…絶対に帰ってこい…!」

「…っ…」

 

伝わってくる。

想いが、魂の叫びが。

 

ぎゅっと目を閉じ、佑介は頷くように進の肩口に顔を埋める。

手は知らずに、その服の裾を掴んでいた。

 

席に座り直した佑介は、静かに目を閉じる。

口元で何事か唱えると、その体が光り出した。

そしてその光はだんだんと大きくなり、やがて佑介の体から離れた。

「……!」

進たちは僅かに目を見開いて、光を追う。

それはまるで、進たちを振り返るように一瞬止まったかと思うと、すうっと第一艦橋の窓を擦り抜けていく。

そして、もう一つの光が後を追っていった。

 

「佑介くんが…行っちゃう…」

目に涙を溜めて、遠ざかる光を見る雪の隣に寄り添う進。

「信じよう、佑介を」

その声に、雪は隣にある横顔を見た。

 

「あいつは…絶対に帰ってくる…!」

 

前を見据えたままそう言う進の瞳も、かすかに潤んで揺れていた。

「総統、あれは…」

「む?」

タランの呼びかけで前を見れば、ヤマトから生じた光がデスラー艦の前を横切っていくのが見える。

「…古代、あの光はなんだ?」

通信でパネルに映った進に問えば、その顔は苦しげで…。

「…あれは…、佑介だ」

「なに?」

「アレスに対抗するために、同じように自分の意識体…幽体を飛ばしたんだ」

進の言葉に、デスラーは大きく目を見開いた。

「馬鹿な、そんなことをすれば佑介の命が…なぜ止めなかっ…!」

「止めたさ!」

叫びにも似た進の声が、デスラーの強い語気の声を遮った。

「止めたよ…。だが、すべての武器が効かない以上、他にどんな方法がある?」

「…っ…」

「方法があったなら、行かせなかった…!」

今にも泣き出しそうな表情で言う進。

デスラーも苦しげに目を細めるしかなかった。

「俺は佑介を信じてる。あいつは必ず帰ってくるさ」

「古代……」

精一杯の強がり。

でも、気持ちとしては本心だった。

 

必ず帰ってくる。

 

この状況の中そうとも思わなければ、精神状態がおかしくなって狂ってしまいそうだ。

1年前の暗黒星団帝国との戦いの際、雪と離ればなれになってしまった。

あの時と同じ心境なのが、自分でも嫌と言うほどわかっていた。

 

 

「…佑介、大丈夫か」

今は同じ幽体ということで、佑介のすぐ隣にいる安倍晴明が心配げに声を掛ける。

傍から見れば、ふたりの光は一つになっている状態だ。

「今からそう言われちゃ、世話ないよ」

苦笑気味に笑っていた佑介だが、すぐに険しい表情になる。

「……来たよ」

目の前に、黒い影が迫ってくるのが見えた。

「哈っ!」

『気』を集中させて弾き飛ばす。

「…哀れなもんだな、アレス。そんなになってまで執着するとは、かえって感心するぜ」

普段の佑介とは思えない、低く冷徹な声。

そして別の声が聞こえてくる。

 

――どうして…どうして邪魔する

 

――私たちは似た者同士のはず

 

――ふたりが組めば、思い通りに支配できるものを

 

「……笑わせるな」

更に声の温度が下がる。

「俺は自分の欲だけで力は使わない…」

きっ、と前を見据えて言い放つ。

「ましてや支配するためじゃない!」

 

昔は、この力さえ疎ましく思っていた。

なぜ自分には、こんな能力があるのかと。

だが今は、先祖である晴明にも会えて力の意味を見いだせた。

 

大切な、大事な者たちを護るために使うのだと。

 

だが、空間に冷たい笑い声が聞こえる。

 

――愚かなことを。それこそ欲というもの

 

「なん、だと…?」

 

――そうすることで、周りの者たちを知らずに縛り付けているのではないの?

 

くっくっ、と嘲笑が響き渡る。

 

 

ヤマトでは進たちが為す術もなく、交錯する光と影を見ていた。

皆、悔しさをにじませた表情をしている。

「…佑介がひとりで戦ってるってのに…俺たちに何にもできないなんて」

島の言葉に、皆は更に悔しげに顔を歪めた。

顔を背ける者、握り拳を叩きつける者…。

 

不意に、進が席に座っている佑介を見る。

その顔は眠っているのと変わりない。

進は静かに歩み寄り、しゃがんで佑介の頬にそっと手を添えた。

 

「…おまえも、こんな気持ちだったんだな。佑介」

 

何とも言えない寂しげな笑みを浮かべて、独りごちる。

返事はないとわかっていても、言わずにはいられない。

 

進たちが戦っているとき、佑介も言っていた。

力を持っているのに、何もできないのは嫌だ…と。

その気持ちが、今ならよくわかる。

今の自分たちも何もできず、ただ待つことしかできない。

それがどれほど悔しくて、もどかしいことか…。

 

「だがな、佑介」

頬や頭をひと撫でして、続ける。

「それでもおまえはいつだって、俺たちのために頑張ってくれてただろう?」

ふと、やりきれなさに目を細め。

「それに比べれば、今の俺たちのほうがよっぽど…っ」

声も震える。

「おまえのために、何もしてやれない…!」

体を震わせ、俯いた進の耳に。

 

――待っててくれてるじゃない…

 

「!?」

佑介の声が聞こえたような気がしてその顔を見るが、佑介の目は閉じられたまま。

だが。

 

――古代さんたちがいたから…いてくれたから、決心がつけられたんだよ。俺

 

声は間違いなく聞こえてきた。

「…っ…!」

たまらず、進は佑介の動かぬ体を思いっきり抱きしめた。

そのまま前を見れば、宇宙空間が激しくぶつかり合っているのがわかる。

 

まさに、光と闇の戦いだ。

 

「…待ってるからな」

佑介の体を抱く手に、力が籠もる。

「俺も、みんなも待ってる。だから…必ず帰ってこい、佑介…!」

 

 

――護りたいというのは所詮綺麗事…。大義名分にしかすぎないわ

 

「…っ」

「佑介、惑わされるな。そなたは間違うておらぬ」

「わかってる…」

晴明の呼びかけに、苦笑を浮かべる佑介は。

「なら聞くがな…アレス」

冷たくも、落ち着いた声音で。

 

「おまえ自身には…そう思える人がいなかったんじゃないのか?」

空間がどくん、と震える。

「俺には…俺自身をありのままに受け止めてくれた人たちがたくさんいる」

佑介の周りの光が、輝きを増す。

「そういう人たちを、護りたいと思うのは当然だろう!」

その声と共に、光が闇に向かって放たれた。

 

 

いつも、自分が宇宙の絶対の秩序だと言っていた父・ズォーダー。

それが当たり前だと思っていた。

支配することで、心が満たされるものだと…。

 

だが、たてついてくるこの少年はどうだ。

 

あの頃、自分を本当に思ってくれた者がいたか…?

いつも父の顔色を窺い、あの女のご機嫌を取り。

自分や弟にも媚びへつらう臣下たち。

だから、父のように宇宙を支配して帝国を復興させることしか、存在価値を見いだせなかった。

この少年はそれを見抜いている。

 

「本当は…周りに認めて欲しかったんじゃないのか?」

いっそ、優しげな声音で言う。

 

――黙れ…

 

「…せめて、なにもかも忘れさせてやるよ」

 

――黙れえぇえ!

 

アレスが叫んだ途端、ぐわっと黒い影が四方に広がる。

「!!」

それは佑介と晴明を囲むように覆っていく。

 

「ああっ、光が!」

光を覆い尽くそうとする影の様子に、第一艦橋メンバーが狼狽する。

 

――……佑介…!

 

進も目を見開いたまま、声にならない叫びを上げていた。

 

 

――さあ、自分の欲を認めなさい。そして私とひとつになるの

 

「ふざけんな…っ」

とてつもない圧迫感に押されながらも、

「俺は…、おまえとは違う!」

どうにか手を動かし、印を結ぶ。

 

『キュウキュウ キョウライ…』

「! 佑介、だめだ! それは…っ」

佑介がやろうとしていることに気づき、晴明が止めようとするが。

 

陰陽道最大にして最強。

しかし禁忌の呪術でもあるそれ。

力と引き替えに、体の一部を痛めるかなくしてしまうとも言われているのだ。

それは部位なのか、内臓なのか。

それとも――

 

だが佑介は。

 

『キュウキュウ キョウライ キュウキュウニョリツリョウ―――!』

 

護りたい。

進たちが護ってくれた分、今度は自分が――

 

その想いだけが、佑介を突き動かしていた。

 

 

佑介の叫びと共に、宇宙空間に目も開けられないほどの眩い光が広がった。

「うわあっ!」

「…っ!」

宇宙空間に広がった眩い光に、進たちやデスラーは手や腕で顔を覆う。

 

「………」

 

腕を放して前方を見れば。

「…消え、てる…?」

そこには、静寂を取り戻した宇宙空間。

あの黒い影など、どこにも見当たらない。

「…やったあーっ!」

「今度こそ、ほんとに終わったんだ」

途端に、ヤマト艦内は歓喜の声に包まれる。

 

「総統…! あの少年がやってくれましたな!」

ヤマトクルー同様、デスラー艦でもタランが喜びをにじませた声を上げる。

デスラーもそれに頷き、笑みを見せていたが…。

「……!?」

何かに気づいたか、彼らしからぬ慌てた様子で、

「古代! 佑介は戻ってきておるか?」

デスラーの様子に、タランは目を見開いてしまっている。

「総統、いったいどうされたのですか?」

「気づかんか。アレスの影は消えて当然だが、佑介の光も見当たらない!」

「!」

 

デスラーの言葉を受けて、ヤマトでも。

「佑介! 目を覚ませ、佑介っ!!」

進が佑介を抱き起こして、その頬を叩きながら呼びかけていた。

看護師でもある雪が駆け寄る。

「古代くん、どいて!」

そう言って佑介の首に触れると。

「……っ!?」

瞳を揺らすように大きく見開いた雪は、次は佑介の目を開かせ、瞳を診た。

「…そ、んな…っ」

再び佑介の首に触れて、信じたくない、と言うように首を振りつつ。

「いや…。いやあああっ、佑介くんっ!!」

「雪!?」

佑介に取り縋る雪の様子に、進が不吉な予感を感じていると。

「…佑介!? こりゃどうしたことじゃい!」

「シッカリシテ下サイ、佑介サン!」

知らせを受けて飛んできた酒造とアナライザーが、足早に席に近づく。

「先生…っ!」

涙で濡れた顔を上げて、雪が訴える。

 

「雪…。まさか」

 

知りたくない。

聞きたくない。

 

心ではそう叫んでいるのに、知らずに口にした進。

「脈も…、呼吸…も、止まってるわ。瞳孔も開いてる…!」

そう言うや雪はわっ、と顔を両手で覆ってしまった。

 

――頭の中が、真っ白になった。

 

それと同時に、頭を殴られたような感覚が進を襲う。

 

ふらふらと再び佑介の席に近づき、がくんと膝をついてしまう。

「…佑、介…」

両手で佑介の頬を包んで。

「なあ…。嘘だろ…?」

震える声。

「絶対に…消えないと、言ったよな…?」

潤み出す瞳。

「二度と、いなくならないと言っ、た……っ…!」

 

触れているこのぬくもりも、まだあたたかいのに…!

ありったけの力で、佑介の体を抱きしめていた。

 

「起きろよ…。目を開けろ佑介ぇええ――っ!!」

 

進の慟哭が、艦内に響き渡る。

雪は進同様に、佑介の席の傍で泣き崩れ。

相原、南部、太田は憚ることなく嗚咽を漏らしている。

山崎、真田はきつく目を閉じて俯いている。肩を震わせて。

島も、操縦桿を握りしめたまま、身動きしない。

そして…艦長である守も、艦長帽を胸に当て目を閉じている。

だがその唇は震え、嗚咽をこらえていた。

 

絶望的な悲しみに包まれた第一艦橋――

それを見ていたデスラーの顔も、言いようのない悲しみに歪んでいた。

…が、その時。

 

『――諦めるのは、まだ早い』

 

「っ!」

空間に聞こえた声に、進が顔を上げる。

そこには、佑介と共にアレスに立ち向かった安倍晴明の姿があった。

「晴明公…」

進は流れる涙をそのままに、

「なぜ…、なぜ佑介を連れてきてくれなかったんですか…っ!」

「進!」

「やめろ、古代」

守と真田がそれぞれ窘める。

晴明は進の腕の中にいる佑介を見て。

『……あの状況では…、私の力ではなんとか留めるだけで精一杯だった…』

「留めるとは、どういうことなのですか」

守が気丈にも口を開く。

『佑介は、使えば体の一部を失うと言われる呪術を使うたのだ』

晴明はそこで目を伏せ。

『佑介の場合…命そのものが代償になった』

「!」

クルーたちの表情が凍り付く。

『だが、私の持てるすべての力で佑介の幽体を引き戻そうとして…』

再び顔を上げ、クルーたちを見渡す。

『それは、この世とあの世の狭間に留まってしまったのだ』

 

「で、は…、佑介は…」

進の呼びかけに、晴明は目を細め。

『あとは…そなたたちと佑介次第だ』

穏やかな口調で告げた。

『そなたたちが、まこと佑介を思うておるのなら…そして』

一旦言葉を切り。

『佑介がここに帰りたいと強く思うておるのなら、息を吹き返すかもしれぬ』

「………」

佑介を見る進に、晴明は表情を柔らかくし。

『佑介が言うておった…。自分には別世界にも大事な家族…大好きな兄がおると』

そして、慈悲深い表情で微笑みかけ、

『そなたのことであったのだな、古代どのとやら』

「!」

見開いた進の瞳が揺れ、

「…佑介、おまえ……」

まるで、小さい子供を撫でるように佑介の頭や頬に触れた。

その様子を見つつ、いつしか晴明の姿は消えていた。

 

 

同じように、空間を見ていたデスラーは。

「…タラン」

「はい」

「あの『神』が告げられたこと…、我々も信じようではないか」

晴明のことを、デスラーは佑介を守る『神』だと認識していた。

「…はっ、総統」

タランの口調も、力強いものであった。

 

 

――何もない、薄暗い空間。

気がつけば、佑介はそこに立っていた。

 

「ここって…」

 

きょろきょろと辺りを見回すが。

「…もしかして、俺……」

言いかけて、きゅっと唇を噛みしめた。

 

「…ごめん…」

 

脳裏に、優しい人たちの笑顔が浮かぶ。

自分の帰りを待っていると、言ってくれた人たち。

 

「古代さん…。雪さん、みんな…。ごめん…っ」

 

必ず帰ると、言ったのに――

 

悔しさと申し訳なさで顔を歪め、俯いていると。

 

「…おまえさんのような若い者は、まだあちらに行くべきではないな」

「!」

声がした方を見れば、顔全体を覆うほどの立派な髭を蓄えた年配の男性。

「…あ、あの…」

「おお、すまんすまん。…わしもなぜかここにいたのでな」

戸惑う佑介に、その人は穏やかに笑って答える。

「ここって…いわゆるあの世…の…」

「いや。…どうやらその手前のようじゃな」

「え?」

「つまり、この世とあの世の狭間に、おまえさんはいるんじゃよ」

佑介の目が見開く。

 

男性は更に笑みを深め。

「おまえさんは早く戻った方がいい。…ほれ」

彼が指差す方向を見れば。

 

――佑介…!

 

――戻ってきて、佑介くん!!

 

――佑介サン、目ヲ開ケテ下サイ!

 

かすかに聞こえる、声。

 

「古代…さん。雪さん…!」

アナライザーまで…!

 

「あいつらが、必死におまえさんを呼んどるわい」

男性の表情は、どこか嬉しそうでもあった。

「あいつら…って、古代さんたちのことを知ってるんですか?」

佑介が尋ねると。

「知ってるも何も、1年間艦(ふね)で一緒だったからの」

「!」

にっこりと笑う瞳に、佑介は更に言い募ろうとするが。

「早く戻ってやれ、あいつらのためにも。…おまえさんのためにもな」

言われ、声が聞こえる方角を見る。

 

……帰る。あの人たちの許に。

絶対に帰ると、いなくならないと言った。

だから。

 

絶対に、ヤマトに帰る――

 

その佑介の思いに呼応するかのように、僅かな光が見えた。

「おお、光が現れたの。あとはその先に進むだけじゃ」

頷く男性に、

「でも、あなたは…」

「わしのことを気にしていたら、光が消えてしまうぞ」

ぴしゃりと強い口調で言われる。

「あの光はおまえさんの『戻る』という強い思いの象徴なのだからな」

ふっと目を細めて。

「そしてあいつらの、おまえさんに戻ってきて欲しいという思いが合わさってこそのものだ」

「………」

「さあ、早く行きなさい」

その声に押されるように佑介は小さく頷き、光の見える方角へと駆け出した――

 

ひたすら走る。

その間にも、優しい人たちの顔が浮かんでは消える。

 

はにかんだような笑みの真田。

見ている方も安心する、山崎の微笑み。

落ち着いているが、茶目っ気もあった島。

からかいもされたけど、気分が楽しくなった太田、相原、南部の笑顔。

心が癒やされた、酒造とアナライザー。

自分を優しく見つめていた、艦長の守。

 

そして……。

 

――佑介…

 

大きく両腕を広げ、自分の帰りを待っている進と雪の姿。

佑介はその胸の中に飛び込んだ――

 

 

第一艦橋では、変わらず進たちが佑介に呼びかけていた。

体には、現代で言うAEDのような器具がつけられている。

だが、一向に目を開ける気配もない。

「…古代くん…」

佑介の手を握っていた雪の目が、再び涙で潤み出す。

 

もう、駄目なのか。

佑介の幽体は、あの世に行ってしまったのか。

 

誰もが、そう思っていた時。

 

「…っ!?」

進の目が僅かに見開き、佑介を見た。

びくり、と動いた感触があったような…。

「佑、介…?」

恐る恐る、佑介の顔を覗き込むようにする進の目の前で。

「……!」

うっすらと。

本当に気づくか気づかないかの程度で、佑介の目が開いていた。

「…ゆ…」

言葉が出せないでいると、それはだんだんと、しっかりと開いていく。

「……ゆ、すけ…くん」

雪も目を見開いて、唇を震わせていた。

やがて佑介は声を掛けた雪のほうを見、かすかに微笑んでその手を握り返す。

「佑介くん…っ!」

忽ちに涙が溢れ出し、雪はそのまま佑介の手に顔を当てた。

 

そして。

 

「…ご、めん…。遅くなっちゃった…」

弱々しいが、はっきりした口調。

進はまだ、言葉を出せないでいる。

「…でも俺…帰って…きたでしょ?」

にこりと、ふんわりとした笑顔。

「ゆ…う、すけ…。佑介っ!!」

顔をくしゃりとさせ、がばっと佑介の頭を抱え込む。

 

周りの者たちも、進と佑介を泣き笑いの表情で見ていた。

「…古代さん、苦しいよ…」

進に強く抱きしめられている佑介が、ぽつりとそう言えば。

「うる、さい…っ。今は黙ってろ…!」

台詞とは裏腹に、進の声は完全な涙声だ。

「馬鹿野郎…散々心配させやがって…」

「…うん、ごめん…」

そう言った途端、佑介は再び意識を手放した。

「! 佑介!?」

焦る進の横から、

「…大丈夫。気を失っとるだけじゃ」

酒造が笑顔で言う。

 

「…お帰り、佑介」

いつも、自分が言われていた言葉。

進はふっと、呟くように言った。

辛うじてヤマトに戻ることができた佑介は、医務室で眠り続けている。

 

「先生、佑介は…」

「ああ、まだ眠っておる。相当体力と気力を削がれておるようじゃな」

医務室に入ってきた戦闘班長の古代進に答えているのは、医師の佐渡酒造。

無理もない。全身全霊を以てアレスに立ち向かったのだから。

「…まったく、いつも無茶ばかりしやがって」

佑介が眠るベッドの傍らに座りながら、溜め息をつくと。

「先生、しばらくここにいてもいいですか?」

「それは構わんが、仕事はいいのか?」

進の言葉に、酒造は目を瞬かせる。

「…艦長命令でもあるんですよ。しばらくついててやれって」

「相変わらず、兄弟揃って佑介には甘いのう」

しょうがないなという風に笑う酒造だ。

佑介の寝顔を見つつ、進はあの時、佑介の先祖である安倍晴明が言っていた言葉を思い出す。

 

――佑介が言うておった…。自分には別世界にも大事な家族…大好きな兄がおると

 

「…俺も、おまえと同じなんだからな。佑介」

進にとっても、今となっては佑介は大切で可愛い「弟」同然なのだ。

 

と、その時。

「…ん…」

佑介の目が、うっすらと開いた。

「佑介! 目が覚めたか」

ぱっと明るい顔になる進。

「…こ、だい…さん」

進の姿を認め、佑介は目を細めるが。

「ごめん…ね」

「馬鹿。なに謝ってんだ」

困ったような笑みを浮かべ、ふわりと佑介の頭を撫でる。

「約束通り…帰ってきてくれたんじゃないか」

更に笑みを深くして。

「――お帰り」

進の言葉に、佑介は僅かに目を見開いて。

「うん…。たたいま」

ふんわりとした笑みで答える。

酒造も「うんうん」と頷いていた。

 

「しかし、佑介の力ってすごいんだな。ひとりでも帰って来れたんだから」

感嘆の意で進が言うと。

「そんなことないよ…。俺が戻れたのだって、あの人のおかげだし」

「あの人?」

こくりと頷く。

「あの人が背中を押してくれなかったら、戻れなかったかもしれない」

苦笑気味になる佑介。

「…古代さんたちのことを知ってるみたいだったよ。1年間艦(ふね)で一緒だったからって」

「え?」

これには進のみならず、傍で聞いていた酒造も目を瞬かせる。

「…どんな人だったんだ?」

いささか、慎重な口ぶりになる。

「…んーと…」

思い出すように、口元に手をやり。

 

「年配の男の人だったな…。顔全体が髭に覆われてさ」

 

「!?」

佑介の発した特徴。それに進と酒造はさらに目を大きく見開かせた。

「ちょ、ちょっと待ってろ」

慌てて酒造がその場を離れたと思うと…。

「佑介。もしかしてこの人じゃなかったかの?」

酒造が差し出した写真を見て。

「…そう! この人だったよ」

驚愕の表情のまま、進と酒造は顔を見合わせた。

 

酒造が持ってきた写真。

それはヤマト初代艦長・沖田十三が亡くなる際に持っていた家族とのもの。

 

「…やっぱり、古代さんたちも知ってる人だったんだね」

「ああ。沖田十三…ヤマト初代艦長だった人だ」

進が懐かしげに目を細める。

「え、そうなの!?」

それを聞くや、わたわたし始める佑介。

「わわ、どうしよう~。俺失礼な態度取ってたんじゃ」

その様子に、ぷっと吹き出す進。

「大丈夫だよ。厳しいがそういうことには寛大な人だったから」

「だと、いいけど…」

進は未だくすくす笑っている。

少しじと目になって。

「それより古代さん。こんなとこで油売ってていいの?」

そう突っ込む佑介だ。

「あ~…。ま、佑介が目を覚ましたら戻るつもりだったがな」

決まりが悪そうに進がそう言えば。

「そういう気もさらさらなかったくせに」

「先生っ」

にしし…と人の悪い笑みの酒造に、進は抗議の視線を向ける。

今度は佑介が笑いを噛み殺していた。

 

「…それにしても、沖田艦長に助けられるとはたいしたもんじゃな、佑介」

酒造が何とも言えない笑みを浮かべて言う。

「…とても偉大な方だったんですね」

そこに含まれた意味を汲み、佑介もふっと微笑んだ。

そのふたりを穏やかな表情で見つめながら…。

 

(沖田艦長…。ありがとうございます)

 

偉大で、父のようにも思える亡き艦長の姿を思い浮かべ、礼を述べる進だった。

 

進が第一艦橋に戻ってくると。

「古代! 佑介は…」

「大丈夫なんですか?」

口々に言うメンバーに向かって、にっこりと笑って。

「ああ、目を覚ました。もう大丈夫だ」

「よかったあ~」

あたりに安堵の空気が漂う。

「2、3日すればまた普段通りになるだろうと、佐渡先生も言ってた」

「…だが、そうであってもしばらくは無理させんようにしないとな」

艦長席の守も穏やかな表情だ。

「はい」

進も微笑み返す。

 

 

――そうして、数日後。

 

いつもの通り、進が医務室に入ると。

「…佑介?」

先日までベッドにあった姿が見えない。

そこに酒造とアナライザーが現れる。

「あ、佐渡先生。佑介はどこに…」

「おお、すっかり元気を取り戻しての。ヤマト食堂に行っとるわ」

「え?」

「平田サンニ厨房ヲ貸シテモラウトカ言ッテマシタケド…」

「厨房を?」

酒造とアナライザーの答えに話が見えない進だったが、とりあえず食堂に向かう。

 

そこには。

生活班炊事科の平田一や、チーフの幕之内勉となにやら話し込んでいる佑介がいた。

「佑介。もう起きてて大丈夫か?」

「あ。古代さん」

進の姿に気づいて笑顔を返す。

「ごめんね。心配させちゃったけどもう大丈夫だよ」

「ならいいが…。あまり無理するなよ」

進も笑みを浮かべて、歩み寄って来る。

「うん。…って、わーっ、古代さんストップストップ!」

「へっ?」

厨房越しに止めるような仕草をする佑介に、思わず間抜けな声になってしまう。

「それ以上来たら見えちゃうから。後で持ってきたいものがあるんだ」

少し苦笑気味の佑介。平田と幕之内を見れば「楽しみにしてろ」という風に笑っていた。

 

その後、進たちが第一艦橋で各々過ごしていると。

「皆さん、お疲れ様~」

そう言って入ってきたのは。

「佑介くん!」

「もう起きてていいのか?」

雪や真田たちが駆け寄ってくる。

「心配おかけしてすみませんでした」

申し訳なさそうな笑顔になり。

「そのお詫びに、コーヒー淹れようかと思って」

佑介はワゴンに乗せていた、ドリップ式のコーヒーサーバーと人数分のマグカップを指差した。

「さっき持って行くって言ってたの、それだったのか」

少し笑いの含んだ声の進。

「うん。あの時は豆を挽いていたんだ」

佑介も肩をすくませた。

 

しばらくたって、あたりにコーヒー独特の香りが広がってきた。

次々と皆にコーヒーをついで渡していく。

「…うんまっ! なにこれ」

一口飲んだ相原の第一声。他のクルーたちも目を丸くしている。

「お口に合ってよかったです」

照れくさそうに笑う。

「いや、本当に美味いぞ。香りがものすごくいい」

真田も絶賛している。

「なんというのか…、癒やされるな。香りに包み込まれるという感じで」

「ありがとうございます」

艦長席から降りてじっくり味わって飲む守に、恐縮する佑介だ。

「さながら『佑介オリジナル』だな。豆の配分も佑介が考えたのか?」

島がそう尋ねれば。

「実は違うんです。知人が作ってくれたものを再現しただけで」

えへへ、とばつの悪そうに笑う。

「それでも、淹れるのがうまいからできることだろう? 本当に美味いよ」

進も穏やかな笑みを浮かべる。

 

「よかった~、喜んで貰えて」

佑介が嬉しそうにしているのを、皆が微笑ましげに見ていると。

「…佑介くん!」

雪が駆け寄ってきて、その手をぎゅっと握り込んだ。

「は、はいっ!?」

その勢いに声がうわずってしまった。

「お願い、コーヒーの美味しい淹れ方私にも教えて! ねっ」

そのまま手を合わせる雪。

「へ? って、まさか雪さん淹れられないのっ!?」

意外なことに面食らってしまう。

「初航海の時の、あのコーヒーの味はある意味忘れられないよな~」

「太田くんっ!」

しみじみ~と言っている太田を咎めるように言う。顔はほんのり赤い。

「以前よりは良くなったのよ。でもどうしてもね」

「そ、そうなんだ…」

太田の台詞に「うんうん」と頷いているクルーたちに、

 

(いったい、どんな味だったんだろう…)

 

そう思ってしまう佑介である。

その横では佑介の反応や一連のやりとりに、笑いを必死にこらえている進の姿があった。

 

と、その時扉がシュン、と開いて。

「あ、佑介くん。すまんがちょっと手伝ってくれないか」

と言う平田の姿。

「平田? どうしたんだ」

進が怪訝そうに尋ねる。

「いや~、実はな。さっき佑介くんが淹れてくれたコーヒーを俺たちも貰って…」

ぽりぽりと頭を掻きながら。

「で、余った分があるからそれを他のヤツにも出したら、注文が増えちゃって」

「え~っ」

佑介は驚くしかない。他のクルーたちは「そらそうだろう」という顔だが。

進もしょうがないという表情になり。

「…わかった。行ってこい、佑介」

「え、いいの?」

目を瞬かせる佑介に頷きながらも。

「ただし平田。こいつをこき使ってくれるなよ。ただでさえ病み上がりなんだから」

「わかってるよ。…ほんと佑介くんには『兄貴』になるんだな、古代は」

「こっちはそのつもりだが? 悪いか」

にっと悪戯な笑みを浮かべる進だ。

 

「古代さんってば…」

「ま、言うだけヤボってヤツだな」

「そうそう。私も佑介くんには『おねーちゃん』のつもりだし♪」

「…雪さんまで…」

 

進くんと平田さんのやりとりに対する、佑と島くん、雪ちゃんの会話でした。

誰もいない、ヤマト側面展望室。

そこで土御門佑介は物憂げな表情で宇宙の星々を見ていた。…すると。

「…相変わらず、ここに来てるんだな」

少し笑んだ声と、ぽんと叩かれる肩。

「古代さん」

声の主――ヤマト戦闘班長・古代進の姿を認めて、佑介も笑みを返す。

「ほんとに星を見るのが好きなんだな、佑介は」

「うん。それに……」

「気持ちが落ち着くから…だろ?」

「!」

その言葉に佑介が弾かれるように振り返れば、優しく微笑んでいる進。

「初めてヤマトに来たときもそうだったしな。…何か考え事でもしてたのか?」

やんわりとした問いかけに、ふっと俯き加減になり。

 

「…なんて言うのか…。もう、そろそろなのかな…って」

 

ぽつりと言う佑介。進もはっとしたように目を見開いた。

「あの連中の影も気配も感じなくなったし。かといって、もう何も起こらないとは言えないかもしれないし」

そう言う表情はどこか寂しげで。

「今回は、はっきり言えば晴明公がいるから還ろうと思えば還れる。…でも」

更に顔を俯かせる。

「でも…。心のとこかで、還りたくないと言ってる自分もいて…さ…」

「………」

消え入りそうな、今にも泣き出しそうな声。

 

「…ったく。泣き虫だな、おまえは」

不意に頭をわしゃわしゃと掻き混ぜられ、首元に引き寄せられる。

「泣いてないっ」

声は潤んでるのに、強がる佑介。

ふっと苦笑を漏らしてしまう。

「…俺も…、俺たちだって同じだよ、それは」

「え…?」

佑介が見上げるのを感じつつ、続ける。

「初めて佑介がここに来たときも…気がつけば、おまえがこのままヤマトにいてくれたらと思ってしまったこともあるんだからな」

苦笑気味に笑って佑介を見る。

「そして今もだ。俺だけじゃない…みんなもそう思ってるはずだ」

「古代、さん…」

進は何ともいえない笑みを浮かべ、佑介の頭を軽くぽんぽんと叩くように撫でる。

 

今となっては進にとっても、他のヤマトクルーにとっても大事な「家族」同然の存在である佑介。

家族だからこそ、送り出すことも必要なのはわかっている。

そもそも、佑介は本来「ここ」で生きるべきではない。

それもわかっているのだが、それでも…と望んでしまうのだ。

 

「…だがな、佑介」

体を離して、佑介の両肩に手を乗せて向かい合わせる。

「それじゃ駄目だってことは…わかってるよな」

こくんと頷く佑介。

目を細めてそれを見る進の表情も、どこか寂しげだ。

…と。

 

「よ、そこの仲良し兄弟♪」

「なかよ…」

不覚にもコケそうになるのをこらえつつ。

「し~ま~。何言ってるんだ、おまえは」

半眼で親友を見る進。

「だってほんとのことだろ?」

悪びれもなく、にっと明るい口調で言うが。

「…佑介くん、元気がないわね。どうかした?」

島や相原たちと一緒に来た雪が、心配そうに佑介を見た。

進と佑介は顔を見合わせるしかない。

 

「…ええっ、佑介くん還っちゃうの!?」

明らかに落胆した表情で目を見開く雪。

「うん…、もう大丈夫だと思うしさ。今回は晴明公がいるから、方法もわかってるし」

何ともいえない笑みを浮かべて言う。

「寂しいけど…ずっとここにいる訳にもいかないから」

「そ、う…よね…」

雪はそのまま俯いてしまう。島や相原、南部たちも物悲しげな表情で見ていた。

「…ごめん」

申し訳なさそうにそう言えば。

「馬鹿。何謝ってるんだ」

技師長の真田志郎がばんっと佑介の背中を叩く。

「俺たちがこうしていること自体、奇跡なんだからな」

にこっと優しげな笑みを見せる。

つられるように佑介もかすかに微笑んだ。

 

「…そう…か。とうとう還ってしまうか、佑介くん」

所は艦長室。椅子に座っている艦長の古代守は、溜め息混じりで言う。

「前回のようにならなかった分だけ、心の準備もできるが…やはり寂しいものだな」

守の言葉に頷く進。

「で…すぐに還ると言っているのか?」

「いや。佑介が言うには繋がる次元同士がぴったり合わさる時期があるらしくて、その時になったら…」

今は「弟」としての口調で言う。

「そうか…」

守は静かに目を閉じる。

「じゃあ今のうちに、思いっきり佑介くんを構ってやれ。でなきゃ後悔するぞ」

「兄さん…」

気持ちを紛らわせるような守の悪戯っぽい笑顔に、苦笑を漏らすしかなかった。

 

「佑介が還る」という話は、瞬く間に艦内に広がり。

そして、医務室でも――

「悪いアナライザー、これ外してくれる?」

作業している佑介がそう言うと。

「………」

何故か無視のアナライザー。

「…アナライザー?」

怪訝な顔で見るが、じっとこちらを見ているようにも思える。

すると、おもむろに近づいてきたと思うと。

「うわあっ!?」

通り過ぎ際に、佑介が作業のために乗っている椅子を倒しにかかった。

そこは反射神経と瞬発力のいい佑介、なんとか転ばずにすんだが。

「こらアナライザー! 何すんだよ!」

そのまま通り過ぎる後ろ姿に怒鳴っていると。

「…ありゃ相当拗ねておるのう、アナライザーのやつ」

「佐渡先生」

声に振り向けば、苦笑いを浮かべている酒造が立っていた。

「あれも寂しいんじゃよ。佑介が還ると聞いてからあんなじゃからの」

「………」

「もちろん、わしもじゃ」

ほろ苦い笑顔のまま。

「じゃが、ちゃんと送り出せるようにせんとな」

「先生……」

 

みんな、それぞれ形は違っていても。

自分がいなくなることを、こうして気にかけてくれている。

進を始めとしたヤマトクルーに、自分がどれだけ大事に思われていたか…。

改めてそれを悟る佑介であった。

 

――そしてついに、その日の第一艦橋。

 

「――佑介くん…私たちのこと、忘れないでね」

「忘れる訳ないでしょ、雪さん」

涙目の雪に苦笑気味になる。

「雪さんやヤマトクルーのみんなが…俺にとっても『家族』なんだもの」

ふんわりと笑ってそう言えば。

「…っ、佑介くんっ!」

たまらず佑介に抱きついてしまう。

島や真田、守や南部らも「元気でな」「また…いつかな」などと声をかける。

 

――そして。

 

「…古代さん」

真っ直ぐ進のほうを見て。

「今まで…ありがと」

眉を下げて、何ともいえない顔で微笑う。

「佑介…」

目を細めて、こらえるような声色になる。

その目前に、すうっと神々しい光。晴明が姿を見せた。

「晴明公…」

その時が、来てしまった。

 

『古代どの…それに皆。佑介のこと、まことに感謝しておる。かたじけない』

ふっと穏やかな笑みを浮かべる。

「とんでもない。俺たちが佑介に助けられました。お礼を言うのは俺たちのほうです」

進も笑顔で応えて。

「…晴明公」

改まったように姿勢を正し、

 

「佑介のこと…頼みます」

 

「古代さん…」

僅かに目を見開く佑介。

そこにいる進の顔は、まさに「遠い地へ行く弟を送り出す兄」のそれであった。

『――承知した』

晴明もその高貴な表情を緩ませた。

 

『佑介。…そろそろ』

「…うん」

次元がずれかけているのだろう、晴明が静かに促す。

佑介もすうっと印を結ぶ。

『…臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前――』

手を縦、横と交互に動かすごとに、佑介の体が光り出す。

 

「佑介…!」

思わず呼びかけてしまう進に、佑介は。

 

――ありがとう…『兄さん』

 

そう言ってるような口の動きを見せた。

「…っ…」

更に笑みを深めたまま小さく手を振りつつ、だんだん薄くなっていく佑介の姿を、進たちはただ見つめるしかない。

やがて、弾けるように光が広がったと思うと、佑介の姿は消えていた。

 

「行ってしまったな…あいつ」

真田がぽつりと呟く。

雪は顔を両手で覆い、咽び泣いている。

「また…会えるかな」

島もまた、うら悲しげな表情だ。

 

「――会えるさ…きっと」

 

慰めるように雪の肩を叩きながら、進は窓の外の星々を見る。

 

(また、夢でも会えるかもしれないな…佑介)

 

大宇宙の星々の中に屈託のない笑顔が見えたような気がして、不意に目を細める進だった――

 

 

 


 
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