No.896747

夜摩天料理始末 5

野良さん

式姫の庭二次創作小説です。
夜摩天が如何にして仲間に加わったかという顛末を綴った小説になります。
あれ、閻魔さんもしかして主役……

2017-03-10 23:11:22 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:750   閲覧ユーザー数:744

 閻魔は微かな気配を感じて、布団の中から顔を出した。

「あら、冥府くんだりにお珍しい客人で……まさか、死んだわけじゃ無いわよね?」

「ふふ、生憎と中々死ねない身ですので」

「ま、貴女が死んだらえらい騒ぎになるでしょうしねー……で、閻魔庁のごくつぶしの方にわざわざ会いに来たご用件は?」

「何をおっしゃいます事やら……鬼神族きっての俊秀が」

「真面目な後輩ちゃんに全部押し付ける楽さを覚えちゃってから、人品と評判は下落の一途を辿ってるわよー」

「あらあら、酷い先輩ですこと」

「まーねー」

 ふわぁと軽い欠伸と共に腕を伸ばして、目の端に浮かんだ涙を拭う。

「おせんべ食べる?」

「頂戴します……あら砂糖の衣が上品で美味しい」

「でしょ、目を付けてた菓子屋に、極楽への道の途中に茶店出させてやる代わりに、納入させるようにしたのよ」

「職権乱用も、こう開けっぴろげに言われると、寧ろ清々しいですね」

「地獄に送るほどの悪さもなし、修羅だ畜生まして餓鬼に落とす理由もなし、人界に留めるには勿体ないが、さりとて天界送りにゃ功徳が足りぬ……」

「なれば、中途に置くも一つの裁き……ですね」

 成程と低く呟いて、彼女は静かにほほ笑んだ。

「あはは、夜摩天ちゃんは真面目だから、白黒つけようと頑張ってるけど、元よりあたしらの裁判は、さじ加減ひとつの、灰色判決でやって来た所多いからねぇ」

「是と言えずとも、それを非とする理由もなし……ですね」

「善悪ってのは、私らにすら見えない物だもんねぇ、裁くこちらが絶対正しいという訳でもないし」

「美食を作るは、堕落へ誘う悪行か、口福からの平安をもたらす善行か……という答えすら、実は出せませんからね」

 品よく煎餅を咀嚼しながらの言葉に、こちらは対照的に、ぱりばりと煎餅を齧りながら、閻魔は面倒そうに頭の後ろを掻いた。

「立場の違いや理屈の付け方で変わる物に対して、善だ悪だのいいたかないのよね、ホントはさ」

「さりとて、善悪という概念と法が失われれば、秩序は喪失し、畜生と人の垣根が失われる」

 静かにそう呟きながら茶を啜る人に、閻魔は肩を竦めて見せた。

「だからこそ、夜摩天ちゃんは、冥府の法って奴を、もっときっちしりた物にして、私らの判断より、そっちを軸に出来るようにしようと頑張ってるんだけどね」

「尤もな取り組みだと思いますよ、実を結べば良いのですが」

 そこでため息をついた彼女に、閻魔はお茶を注ぎ足した。

「冥府まで、しかもこっそりと直々のお運びじゃ疲れるでしょ……霊体飛ばして、話だけしにくれば良かったのに」

「それだと、お煎餅を戴けませんでしたし……何より、さすがに冥府の長にお願いをするのに、それでは失礼でしょう」

「あー」

 やっぱりねぇと、閻魔は面倒そうに呟いて座りなおした。 

「無論ただでとは言いません、手土産も持参してますよ」

「手土産は嬉しいわね、“さちや”のお饅頭とか?」

「そういう冗談言うと、本当に出しますよ、ほら」

 悪戯っぽく笑って、彼女は袖からかわいらしい風呂敷包みを取り出した。

「全てを見通す神の名は伊達じゃないわねー……あれ、これ私がお願い聞かなきゃ駄目な流れ?」

 そう言いながらも、閻魔はその風呂敷包みを開いて、中の饅頭をさっそく手にした。

「まぁ、流石にこれで、お願いを聞いてもらおうなんて思ってませんよ」

 すっと笑いを納めて、彼女は言葉を継いだ。

「頼まれていた件ですが、調べ終わりましたので、その結果と引き換えというのは」

 如何です、と向けてくる、温和だが鋭い視線から、閻魔は軽く目を背けた。

「あー、あれ……判ったんだ」

 正直、駄目で元々の依頼だったんだけどなぁ。

「苦労しましたよ、この世界には存在しない代物でしたから」

「だよねぇ」

 知りたいのは勿論だし、それ以前に、彼女直々のお願いを、そもそも断れる物でも無いんだけど。

 はぁ、とため息を吐いて、閻魔は声を低めた。

「で、そちらのお願いってアレ?夜摩天ちゃんが今苦労してる、式姫の主殿の処遇?」

「……貴女は、話が早くて助かりますよ」

 

「鈴鹿と紅葉が怒れば、そりゃこうなるわよね……」

 城に雨霰と降り注ぐ、丸太や巨岩を見て、おゆきは肩を竦めた。

「とはいえ穏やかに済ませておる方じゃよ、以前なら奴の所領全てが、今頃は瓦礫の山だったじゃろ」

「まぁねぇ、私もあんなケチなの一匹相手にするより、問答無用で全部凍らせてただろうし……けど」

 もう一度城の方を見て、おゆきは首を振りながら言葉を続けた。

「あそこに童子切まで切り込んでるんでしょ? やる事無くなっちゃったのは変わりないわね」

「そうでも無いと、わっちは思うぞ」

 仙狸が、城に続く山道では無く、裏の山を見上げる。

「どういう事?」

「何、城というのはのう、大体が逃げるために幾つか道を持っとる物じゃでな」

「そうなの?」

 雪女、すなわち山姫のおゆきは、その人に近しい姿からは意外な程に、人界への理解が乏しいが、仙狸のような人に沿う事の多い猫の式姫達は、そうではない。

 いや、寧ろ長い目で人の歴史を身近から見続けて来た分、人より人の事を知っているのかもしれない。

 鞍馬のような政戦両略の話とは別の部分での人の扱いに関して、仙狸が主の良き相談役であったのは、故無い事ではない。

「うむ、普段は使わぬ細道を、深い木立の中に隠したり、凝った地下道を作り、山の下の里に抜けたりする物も見た事がある」

「ああ、タヌキや狐の巣穴みたいな物ね」

「そんな所じゃ、何らかは有ると考えるのが普通じゃよ。屍山血河を築いた揚句に、肝心の獲物を逃したのではつまらんじゃろ?」

 すん、と鼻を利かせながら仙狸が道の無い所を歩き出す。

「それこそ隠してある物だろうけど、判るの?」

「さて……」

 山中で人の匂いを辿る程度は、山猫の式姫たる自分には容易い。

 定まった道に付くのは杣人の。

 犬と共に移動した形跡は狩人の。

 それらを除外し、山中に現れる人跡を辿れば、自ずと見つかるであろう。

 だが……それが駄目でも。

「最悪、見つからなければ、お主の力で、全山凍らせても、おつの殿に焼き払って貰っても良かろうさ」

「あらあら、それじゃ最初からやっちゃう?」

「わっちは山猫じゃでな、過剰に森や山を痛めるのは本意ではない、第一、あの男も喜ばぬじゃろ……じゃがな、最悪の時は手段を選ばぬ……それだけじゃ」

「……そうね」

「案ずるな、探してやろうさ」

 憎き仇を……この手で引き裂いてやるために。

 

「話が……話が違う」

 泣き言を言いながら走っているにも関わらず、息が荒くならないのは、流石に戦場往来が長いだけはあるか。

 ずしんと、大地を揺るがす一撃が来た段階で、この男は隠し通路の扉を開き、二度目が来た時には、すでにその姿は通路の奥に消えていた。

 何が起きているかも確認せずに、殆ど動物に等しい本能に頼ったこの逃げ足はいっそ潔いと言っても良い程で、成程、この男はこうして戦国の世を泳ぎ渡って来たのかと、呆れるより寧ろ感嘆する。

 やれやれとは思うが、この殿様にはまだまだ利用価値がある。側近の男も、それに付いて走り出していた。

 彼にしても、自分の結界があのような力技で叩き壊されるとは、想像の外だった。

 人知を超えたこの力は、流石に式姫、伝承にのみ語られる神の力と言うべきか。

 

 陰陽師に伝わる、式姫の秘術。

 かつて、平安の御代に都を襲った、強大無比な物の怪、玉藻の前や酒呑童子に対するために生み出された秘術。

 だが、その大いなる力は、なぜか大妖の滅びと共に表舞台から去った。

 その力を振るえば、武家の跳梁を押さえ、貴族たちの王朝の繁栄を維持出来ただろうに、帝を始めとする朝廷は、何故かその強大無比な力の行使を、配下の陰陽師たちに命じる事は無かった。

 今となっては、その力は一部の陰陽寮でも高位の存在が、秘伝として受け継いでいるらしい、そう噂で語られるだけ。

 それを……その失われた秘術をあのような男が。

 術の心得も何もないその辺の男が、陰陽師の最高峰の力を振るうなど、許される話ではない。

 嫉妬に歪んだ心は、現実を認められなかった。

 あの場所は……式姫に囲まれ、妖怪を征し、後世に大陰陽師として、安倍晴明や加茂忠行、蘆屋道満と言った名と並べて語られるあの場所は……私の物。

 あの方が、それを助けてくれる。

 

 だが、そんな胸中に荒れ狂う感情はおくびにも出さず、彼は白っぽい顔で肩を竦めた。

「殿もご承知のように、戦で相手の戦力や出方を見誤る事はままある事でございますよ」

「見誤りで済むか! わしは重臣と我が子すら犠牲にして、貴様の話に乗ったのじゃぞ!」

「やれやれ、私の責ですか。あの男が平定した所領の広大さや価値を見れば、それを欲した賭けの対価としては、悪くない物だったでしょうに」

 いつの間にか、石畳だった通路の道が土に変わっていた。

 根に脚を取られそうになるが、気取られない為に、松明も灯せない、だが足も緩められない。

 走る頬を夜気がくすぐる。

 背中に感じる轟音や悲鳴が遠い。

「まぁ、捲土重来とも言います、再起を期すためにも今は逃げ延びましょうか」

 そう口にして傍らを走っている領主に向けた男の顔に、言葉の代わりに何か生暖かい物が跳ねた。

「……殿?」

 領主の体はそこにあった、だが、彼を罵っていた醜悪に歪んだ表情を浮かべていた首が、そこには無かった。

「再起したいなら、地獄からでもやり直す事ですね」

 代わって答えたのは、低い女性の声。

「……貴様、式姫か」

「ええ」

 首を失った領主の体が、ぐらりと揺れて、闇の中に倒れる。

 その後ろから、闇色の衣を纏った長身の女性がこちらをじっと見ていた。

 感情を宿さない瞳と、同じ輝きを宿す、古風な刀を向けられて、男はわずかに後ずさった。

「私を殺そうとする……お前の名は?」

「名前ね……それを聞いてなんとします?」

「死にゆく身として、それを聞きたいのは人情だろう」

 その男の言葉に、彼女は微苦笑を浮かべた。

「私をその名で縛るつもりですか、三流陰陽師」

「……何故それを」

「ああ、図星でしたか、蠱毒とこの城の結界からの当て推量ですけどね」

 妖怪相手に使い古された手段ですね……そう憐れむように呟きながら、彼女はくくっと低く笑った。

 思惑を見透かされたせいか、たじろいだ男を冷たい目で見やる。

 その浮かべた表情に無限の侮蔑を込めて。

「そのちっぽけな器で私を縛れるならやってみなさい……我が名は天羽々斬」

 


 
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