No.895726

夜摩天料理始末 3

野良さん

式姫の庭、二次創作小説第三話です。

2017-03-03 20:49:50 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:750   閲覧ユーザー数:746

「貴女が子供か仕事の為以外で動くとは珍しいわね」

 夜闇の中、おゆきは傍らを無言で歩く天羽々斬に、低く声をかけた。

「白兎ちゃん達を泣かせた奴を、私がのうのうと生かして置くとでも?」

 こちらはさらに低い声が、だが、はっきりとおゆきの耳に届く。

 なるほど、こういう声の使い方も彼女の稼業ならではか。

「……ご尤も」

 嘘ではない……だが。

「それで全てではあるまい」

 おゆきが続けようとした言葉が、別の人の言葉で後ろから響く。

「仙狸……」

 おゆきだけでなく、天羽々斬も、僅かに驚いた様子で振り返った。

 流石は猫の式姫というべきか、全く気配を感じなかった。

「どういう意味です?」

「なに、わっちもおゆき殿も……そしてお主も、理由は同じじゃろ」

 夜の闇の中、彼女の瞳が獣の色を宿して煌めく。

「……否定はしませんよ」

「まぁ、ね」

 長い生の中、珍しく心底楽しめた日々の、唐突な終焉。

 それを黙って受け入れられる程、自分たちはお上品な存在ではない。

 血には血を。

 愚行には、相応の報いを。

 

「……似たようなのが、他にも居たみたいですね」

「うん?」

 天羽々斬の低い声に、仙狸が顔を上げる。

 小高い丘の中腹に、目指す敵の城館はある。

 夜の闇の中、静かに寝静まっている筈の、その館に火が灯りだし、どよめきと地響きが夜気を震わせる。

「ふむ、そういえば、わっちが見た限り、お主ら以外じゃと、鈴鹿殿、紅葉殿、おつの殿、童子切殿が不在であったな」

 主にべた惚れの鬼神に、無双の豪傑である呑み友達二人、普段は優しく明るいが、怒らせると、とことん怖い大天狗。

「……急がないと、私たちのやる事無くなりそうね」

「やれやれ、正面からとは正直な……」

 軽い舌打ちと共に、天羽々斬の姿が闇の中に消える。

「仙狸!」

「急ごうかの」

 

 

「天界?」

 怪訝そうに問い返す男に、夜摩天は軽く頷いた。

「ええ、貴方は現状では天界に行くのが妥当な存在です」

 何かの聞き間違いかと、男が首を傾げる。

「地獄で冗談が聞けるとは思っていませんでしたよ」

 彼自身が思い描く天界に行くべき人間と、自分の姿が重ならない。

「私はこの仕事に付いて以来、冗談を口にしたことはありませんよ、当然貴方を騙す意図もありません」

「それはそれは」

 病も知らず、長寿を保つ美しい外見の、天界の住人。

 光に包まれた己の姿を想像し、男は一人皮肉な笑みを浮かべた。

 ……柄じゃねぇな。

 苦笑を浮かべて、軽く首を振っている男に、夜摩天は珍しく苛立った声をぶつけた。

「地龍を封じ、世界の気の流れを正常に保ち、それを歪めようという大妖怪と戦う、事ならぬ内に世を去ったとはいえ、これは実に立派な話で、極めて多くの存在に対する功徳となっております、経を読むことしか知らないような坊主如きより、何層倍も、天界に行くには十分すぎる理由です」

 なるほどねぇ、と何処か他人事のように呟いて、男は居心地悪そうに顎を掻いた。

「言われりゃ立派な事やってるようにも聞こえますが、俺はふんぞり返ってるだけで、後はみんな式姫が戦ってくれてるだけですよ」

「貴方がふんぞり返るだけの凡夫なら、彼女たちはその下に集いも、その神々の列に連なる力を貸すこともありません」

 

 式姫はそんな安っぽい存在ではありませんよね?

 

「……ええ、まぁ」

 ここで卑下しては、俺の下で戦ってくれてるあいつらを侮辱する事になっちまう……それは出来ない。

「そういう事です……ですが困るのですよ」

「成程、本来天界行きを宣するべき相手が、人界に戻る事を希望している……か」

「ええ、夜摩天になってこちら、初めての状況です、なので、本来しない事ですが、貴方に希望を聞きます」

 言葉を切って呼吸を整える。

「貴方は天界に赴きますか?それとも」

 

「人界に、俺を生き返らせてくれ」

 

 夜摩天の言葉を遮った、その言葉は力強い程で……

 どこかでそれを予想していたのに、夜摩天はそれでも狼狽する自分を感じていた。

「貴方……は」

 夜摩天は、浄玻璃で全てを見た。

 この人の戦いの始まり。

 地龍の王、黄龍を封じるその戦いがいかに困難を極め、その目的を果たすことがいかに大変かは、夜摩天も良く知っている。

 

 その先の見えない激越な戦いの果てには、富も栄光も無く。

 そして、更には、困難を極める龍王の封印を為さねばならない。

 

 今、彼は、誰憚る事無く、その道から逃れられる。

 己の意思に依らない死という不可抗力と、夜摩天の判決……その二つを免罪符に、過酷な運命を放り出せる。

 それだけでは無い、大方の人の望む、天地に等しい寿命を得て、天界への転生を果たせる。

 

 その僥倖を、この男は、いとも軽やかに投げ捨てて。

 

「いや、良かったですよ、俺みたいなろくでなしだと、地獄行きをひっくり返すのは難しいだろうと思ってましたが、それなら簡単でしょう?」

 何故、そんなに晴れやかに笑うのです、貴方は。

 

 貴方は、あの雷神建御雷と何を約したのです……。

 日ノ本の大いなる神の一人、思兼を冥府の裁判に介入させる程の、何を。

 その生に、天界行きを蹴ってでも戻りたい、何を残してきたのです。


 
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