東方project×マリア様がみてる 八雲紫編
雲の行方
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
神主の庭に集う妖怪達が、
今日も悪魔のような無垢な笑顔で、
背の高い鳥居をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包むのは、深い紅の巫女装束。
緋袴の裾は乱さないように、
白い襦袢は翻さないように、
ゆっくりと歩くのが、ここでのたしなみ。
私立幻想女学園。ここは妖怪の園。
風のゆくまま、気の向くまま。
今日も空に浮かぶ雲はその形を変えながら、ゆったりと流れていく。
雲は自由の象徴と言われる。
でも、その行く先は風の向きに左右される。雲は風に逆らえない。
つまり、自由に見えるけど束縛されている。人生のように。
好きに生きなさいと言われても、限られた自由の中での選択しかできない、私の人生のように。
春のうららかな日差しが体を暖める。
湿気の少ない、さわやかな風が私の頬をなでる。
薄く目を開けると一面の青空。
「いい日和ね」
私は誰に聞かせることもなく、呟いた。
もっとも、しばらく目を瞑って横になっていたから、誰かがそばにいるかどうかなんて、気配でしか分からないのだけども。
私は横を向いて、腕時計を確認した。
ん……。そろそろかしらね。
でも、まだもうちょっと横になっていようかしら。
バタン!
ここ数十分で一番大きな音が屋上に響き渡った。
そして、トトトと細かい足音がだんだん近づいてくる。
聞きなれた足音。そして、彼女がちょっぴり怒っている時の足音。
足音は私の耳元で止まった。
「お姉様! 今日は野薔薇会の集まりがあるから、放課後は山百合の館に集合と、お昼休みにお伝えしたはずですよ!」
腰に手をあてて、頬を膨らませ、上から私の顔を覗き込んでいる霊夢の顔が簡単に想像できた。
想像できたっていうのは、私がまだ狸寝入りを決めこんで目をつぶっているから、確認できないというのが原因なのだけど。
「もう、お姉様ったら起きて下さい。お昼寝はいつでも出来るのですから」
霊夢は私の肩をゆすってきた。それも、そこそこ強く。
布団で寝ている時に肩をゆすられてもどうってこともないけど、木で出来ているベンチで横になっている時に肩をゆすられたら、頭がこすれて痛い。
「起きているわ。だから、肩をゆするのをやめてくれないかしら? 頭がこすれて痛いのよ」
私は目をつむったまま抗議した。
「あ、すみません」
霊夢はパッと手を離した。
「良い子ね。すぅ」
私はわざと大きく息を吐いた。
「あ、もう! 寝ないでくださいよ~」
霊夢は私の思ったとおり、私が寝たと勘違いしたようだ。
霊夢の手が私の肩に触れる。だけど、すぐに彼女の手の感触はなくなった。
さて、次はどうやって私を起こしてくれるのかしら?
「お姉様、どうしたら起きてくれますか?」
とうとう霊夢は降参したようだ。
「そうねぇ。眠れる王女様は王子様のキスで起きるというわよ」
「キ……キス! そんな、お戯れが過ぎますよ、お姉様」
「すぅ~」
私がまた大きく息を吐いた。
「お姉様、あまり冗談ばかり言っていないで起きて下さいよ。狸寝入りだってことは分かっているんですよ」
「すぅ~すぅ~」
「んもう! お姉様なんてもう知らない!」
霊夢の気配が少し薄くなる。
そして、聞きなれた足音が私から遠ざかる。
少しいじめ過ぎたかしら?
でも、ここで慌てて起きて追いかけたら負けな気もするし、少し様子を見ようかしら。
霊夢が私のそばから離れて少し経つというのに、屋上の扉が閉まる音がしない。
きっと霊夢は悩んでいるのね。あの子は真面目だから。
さて、もうちょっと待ったら起きてあげようかしら。あの子の真面目さに免じて、ね。
そう思ったのもつかの間。足音が私の方に向って急速に近づいてきた。
そして、私の耳元で足音が止まった。
少し時間が流れた。
急に霊夢がやってきたことに対して、私も少なからず驚いていたし、それに霊夢がこの後何をするのかも興味があった。
だから、私は狸寝入りを続けた。
すっと霊夢の気配が強まった。そして、
チュッ
頬に、温かい感触が。
「えっ」
思わず私は瞼を開けた。
「っ~……」
顔を真っ赤にして俯き、なにやら唸っている霊夢。
彼女としては一刻も早く立ち去りたいだろうに、自分のしでかした事の重大さのために動けなくなっているようだ。
そういう態度を取りたいのは私の方よ、もう。
ほんの冗談だったはずなのに……。
ともかく、場を取り繕わないと。
「ふぅ。ようやく目覚めることが出来たわ。ありがとう、霊夢」
私は努めて平静に、そして何事もなかったように言葉を発した。
「ほ、本当ですよ。お姉様は手がかかり過ぎです。もっとしっかりして下さい」
霊夢は未だに目を合わせることが出来ないようだ。
ふむ。これは今すぐみんなの元に戻っても仕事にならないわね。
少し雑談でもして気を紛らわせてあげようかしら。
「それにしても、よくこの場所が分かったわね。誰にも行き先は伝えてなかったと思うけど」
「それは、私はお姉様の妹ですから。お姉様の行くところぐらいの検討はつきますよ」
少し顔を上げて、誇らしげに霊夢は答えた。
うん、もう一押しね。
「そう。じゃあ、次回からはもうちょっと見つけにくい場所で昼寝をしてようかしら」
「やめて下さいよ……。今回も見つけるまでに、あちこち探し回ったんですよ」
「ふふふ、や~だ。だって、私がどこにいたって、霊夢は絶対見つけてくれるでしょ?」
「そんな無茶苦茶な……」
「あら、そこは自信満々に“もちろんです! お姉様がどこにいようと、私が必ず見つけ出します”っていうところじゃないの?」
「私は出来ないことは請け負わない主義なんです。ほら、みなさんが待っているのですし、早く行きましょうよ」
霊夢が私の腕を取って立ち上がらせようとする。
私は素直にそれに応じた。
「う~ん、良く寝たわ」
背伸びをしながら、私は目を細めた。
「さて、行きましょうか」
私は霊夢を先導して歩きだした。
霊夢は私の視界の端で肩をすくめつつも、黙ってついてきた。
それにしても、会議、会議、また会議。
行事が近いからとはいえ、学園ですらも束縛される時間が長いと、さすがに憂鬱になってくるわ。
これはもっと充電が必要ね。
「そうそう、霊夢」
私は足を止めて、霊夢を振り返った。
「はい?」
「さっきの、なんで隠れるのかって話だけどね。理由は簡単なのよ」
「そうなんですか?」
「ええ、だって、霊夢が探してくれるから」
そういって、私はニッコリと笑みを浮かべて霊夢の顔を見た。
「探してくれないかくれんぼなんて、意味ないでしょ?」
さらに満面の笑顔でたたみかける。
「……つっぅ~」
思ったとおり、霊夢は顔を真っ赤にして俯いている。
あ~もう、可愛いなぁ。
うん、充電完了。これで委員会活動も頑張れそう。
「ほらほら、ぼーっとしていたら会議室まで着けないわよ」
私は霊夢を置いて歩き出した。
私は雲。
家柄、期待、規則、色々な風が私に吹きつける。
風が強くなればなるほど、私は遠くへ行こうとする。
でも、そんな私を必死に追って来てくれる人がいる。
だから、私は学園内でくらいは安心して気ままに過ごすことができる。
「待って下さいよ、お姉様~」
やっと我に返ったのか、霊夢の足音が後ろから近づいてくる。
でも、絶対に捕まってあげない。
だって、雲はつかめないからこそ夢があるのだもの。
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マリア様がみてる×東方Project第二弾
今回は紫×霊夢です。