いつも通りだった。
物量で押してくる蟻んこ共を榴弾で、拡散弾で、徹甲弾でさっと掃除する。
「ウェアウルフ・ブルーバー」の射程内において、例の”魔鳥”でも飛んでこない限り、連中にこの機体は触れることすらかなわず散っていくんだ。
FCSのロックオンにしたがって弾道を飛ばす。それだけだ。
近いやつらにはスティレットがさくっとやってくれるし、魔鳥の襲来は確かに気にかける必要こそあるが...
「まぁそんなことはそうそうないってね」
トリガーを握る。
背中から伸びたレールキャノンの砲口から少しの稲妻が漏れ、それを散らすように砲弾が飛び出していく。
今送り出した砲弾も蟻んこまで一直線だ。
「楽になったもんだぜ」
反動に合わせて、ブルーバーが少しばかり大げさに胸を張った。
『警告!!X1だ!魔鳥が来た!!!フレズヴェルクだ!!!』
悠々と砲撃を送り出していた彼に、半狂乱の叫びが飛び込んでくる。
NSG-X1。近頃出没しだした月の新型だ。
確認されただけでも3種。その中でも最初期に発見された汎用型だ。
それぞれ1機が確認されており、それぞれが地球側にとって脅威として認知されている。
理由は簡単だ。たった1機によって、今の陣形、「フォーメション・ガンプ」が崩壊させられるからだ。
『密集陣形!!密集陣形を取れ!!今新型が来るッ!!!』
いそいそと周囲のブルーバーとレヴァント・アイが身を寄せ合い、突進してくる魔鳥の襲来に備える。
弾幕を濃く、とにかく密集させてその接近を拒む狙いがある。
レヴァナント・アイとのシステムリンクによって拡張された索敵エリアに、NSG-X1の文字が映る。
「見えたぞ!!!」
その方角に向けて、ブルーバーが砲撃を浴びせる。
レーダー上の魔鳥はその速度を緩め、横に退避した。
「よし!そのまま帰っちまえ!!」
『だっ...第三小隊壊滅!!』
『こちら制空第7部隊!!損傷が激しい、撤退する!!』
『第六小隊!!応答しろ!おい!!嘘だろ!!』
脚部のアンカーが軋む。
『だっ...だめだ!!もう敵がそこまで...!!うわッ...』
『クソッたれが!!!来いよ!!相手してやる!!かかって来い!!!』
腕に、装甲を装着する。近距離迎撃姿勢だ。
ついでに、対装甲ナイフも。
『撤退!!撤退だ!!!下がれ!!』
『コッ...コボルドだ!!くそっ!!もうこんなところに!!』
「どういうことだよ..クソッ」
砲身が度重なる射撃で赤熱していた。
もう、限界だった。
砲身が強制冷却に入る。
だめだ。撃てない。
来る。もう来る。だめだ。
来る、来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る
『うわぁぁぁぁぁぁぁ!!』
僚機の一人が、群れから飛び出した。
『待て!まだ機影すら...』
『おい!!離れるな!!それこそ危険だ!!』
部隊のベテランが引きとめようと声をかける。
いや、違うな。アレは自分に言い聞かせている。
離れることこそ危ない。機影も見えてないんだから、陣形維持。
そう、逃げ出しちゃいけない。
「だから何だってんだよ...俺だって死にたくねェ!!」
彼は僚機を追いかけるように逃げ出した。
重い脚部装甲と背中の砲身はパージ。
盾も片方でいい。
身軽になった機体で、駆け出した。
「こんなところで立往生してる方が死ぬ!!全員で下がるのが大正解だろ!!」
その言葉を聞いた部隊長は、決断したようだ。
『....全員一部装甲と砲身一部を放棄だ。撤退だ!!撤退する!!』
その声を皮切りに、全機体が駆け出した。
さすがに砲身はひとつだけ残しているが、それでも身軽になったウェアウルフたちは、一目散に駆け出した。
死にたくない。
その一身が、即座に爆風に煽られた。
何が起きたのか。
わからなかった。
システムの合成音声が言うには、アーキテクトのアクチュエータが損傷したらしい。
人間の方も関節が何箇所か逝ってんなぁ、これは。
ノイズの走るモニターには、どこから来たのか、レヴァナント・アイ=アベンジャーが数機。
救援だろうか。
手には、イオンレーザーブレード。
動けない味方機の胸部に突き刺した。
何をしたのか。
理解できない。
そこまで思考を巡らせて、コクピットの装甲が裂けていることに気がついた。
逃げようにも、FAは膨大な量のエラーを吐き続け、モニターなんかはもうその役目を履き違えて、正面の隙間を残して画面いっぱいに文字列を並べていた。
通信機は死んでいた。
様々な周波数に合わせてみるが、先程までの悲鳴はおろか司令部からの命令すら聞こえない。
隙間を見ると、レヴァナント・アイがまた刀身をコクピットに突き入れていた。
何をやってやがる畜生。死にたくない。
どんどん近付いてくる、その機体は鎧武者の亡霊の様にも見えた。
そして、同時に見えてしまった。
魔鳥だ。
点のような影だが、今までの機体にはない大きな噴射炎が、明らかに人型でないシルエットが、正面からでも確認できる。
自身を半分程焼くような、もはや光の玉となって迫るそれは、もはや悪魔とも呼べるプレッシャーを持って迫っている。
亡霊達にもその接近は想定外だったらしく、明らかな動揺が見て取れる。
終わった。
あぁ、ここで死ぬんだ。
彼はノイズまみれのコクピットで、うな垂れた。
願わくば一瞬で。
苦しませないで消してくれ。
亡霊達は慌てて身を寄せ合い、銃を持ち上げた。
魔鳥が、近づいてくる。
迎撃するならもう撃たなければならない。
何せ、Xシリーズ(特にX1)に対する現行の対応は新開発されたSX-25(JX-25)をぶつけるか、重厚な弾幕で追い払うかどちらかで、もはや旧式扱いされるここいらの機体では時間稼ぎ程度も難しい。
フルチューンされた特務機や、エースパイロットとその専用機でもあれば話は変わってくるが、そんなものと戦場を共にするなんて天文学的確率だ。
Xシリーズに対しては撃破は不可能。
即時撤退、それすら無理であれば濃厚なATCS弾を織り交ぜた弾幕で追い払う。
その程度のことしか許されないものなのだ。
なのに、目の前のレヴァナントアイ達は、もたげた引き金を引かずにいた。
もたもたしているうちに、その魔鳥の全貌が露わになる。
...なったのだが、その姿は異様だった。
まず、その機体には、アーキテクト2機分ほど広げられるほどの巨大な翼があった。
無機質でありながら、航空機のものとは違う、禍々しさすら感じる4枚羽。
さらには機首が刀剣のような鋭いオシレーターではなく、重厚な砲口をのぞかせるレールガンだった。
そして、頭部があるであろう位置に、フードのような装甲が覆いかぶさっていた。
肩口もブースターなどなく、小振りな装甲が載っているだけだ。
X1じゃない。
なぜOSがそう解釈したのかもわからなかったが、この機体は世間一般のXシリーズとは明らかに違う形態だった。
交戦距離に入り、数瞬。
しびれを切らしたレヴァナントアイのうちの一機が、所持しているライフルを発砲した...と同時にXモドキが錐揉み回転を始めた。
そのシルエットから新たに四肢が広がり、挙動が変形だったことを遅れて理解した。
アーキテクトのそれよりも削がれた腕と脚は異様なパーツであり、細い腕には似つかわしくない、巨大な刀身が下腕から肘に向かって伸びている。
脚はなんかは脛部分がまるまるサスペンションに置き換わっており、先端には緑色にぼんやりと光を漏らす、オシレーター。
異質で異形で異様だが、腰から生えた4枚の翼がゆったりと広げられ、ほんのりと光をまとうその姿は不気味さも通り越して神々しさすら覚えた。
頭部を覆っていた装甲が開き、後方に流れていくと、Xシリーズと似た頭部が現れた。
側頭部の大型アンテナが起き上がり、水晶のような頭部の奥で、眼光のようなものが煌めいた。
Xモドキのその姿は、暴力的で攻撃的な姿ではあったが、同時に、脆さと哀しさを携えていた。
ピエロのように跳ね上がったつま先が地面に触れ、その全身が縮こまる。
来る。
感じるよりも速く、それは地を滑っていた。
残光を引き摺り、空間を引き裂くように突き抜ける。
どういうわけか、踊るように機体と軌道が揺れ、加速度とベクトルから算出された偏差射撃が暴れるように散らばる。
鉛玉のシャワーは、その機体を掠めることもなく虚空へ飛んで行った。
推進器はだんまりしている。
腰の羽と腕のブレードによる空力制御と重心移動だけでまるで蛇のような軌跡を描いているということだ。
誘導弾や広範囲にわたる拡散弾などは地を蹴り、横に飛んで回避する。
かすりもしない。
まるで未来を見ているかのように、繊細かつ機敏に、それでいて鋭く。
そして、標的にたどり着いた。
まるで曲芸のようにその身が丸まり、腰の羽だけ大きく開かれた。花の様に。
その根本から槍が飛び出した。
それが足であることは伸びきった後で気づいたが、その先端はレヴァナント・アイの中心を穿っていた。
僚機がやられたことに一瞬遅れて気づいた亡霊達は、あわてて銃口を向けるが、いない。
そのはるか後方で、肘の刀身が、亡霊の胸部を抉っていた。
崩れ落ちるレヴァナント・アイを眼下に、X1モドキはその刀身を手首側へ展開した。
身を屈め、目標を見据える。
亡霊達は動かない、動けない。
距離はそれほど離れていない。
人型で、尚且つ武装を手で保持するFAでは予備動作が生まれてしまう。
理屈はそうだろうが、表情のない頭部が異様なプレッシャーを発していた。
最も距離の離れた亡霊が、ライフルを構えて発砲した。
同時に他の機体がイオンレーザーカッターを手に散開。
狙いを絞らせずに攻撃に対する対処を容易にするつもりだろう。
体制を立て直すには十分だった。
X1モドキが、砲弾をかいくぐり、光の盾を構えながら接近していなければ。
胸部周辺を気持ち程度に覆い、後方に流した腕部がこじんまりとその陰に収まっていた。
TCS。X1が脅威であるとされる由縁の防御機構だ。
一瞬狼狽え、一射。
砲弾が、弾かれ、遥か後方に流れていく。
そして、目の前。
慣性のまま、腕を振り抜き、その脚を寸断し、そのまま空間を裂く。
崩れ落ちる上半身を尻目に、脚部を地に突き刺し、急減速しながら、脛のサスペンションが軋み、縮む。
その伸縮が解放された時、機体が後ろに舞い上がった。
伏した上半身にどう見えただろう。
跳び上がった機体は覆いかぶさるように上半身の上に着地した。
腕の刀身は胸部に深々と突き刺さっていた。
間髪入れず、レヴァナント・アイがライフルを構える...が、直後、腰から上が吹き飛んだ。
亡霊たちに背を向けるように着地していたX1モドキは、尾のように長く伸びたレールガンをそのまま発砲していた。
残った亡霊は、踵を返して撤退を始めた。
残ったのは2機。装備から考えても、接近を許した段階で既に彼らに勝ち目は無かった。
そして、2機の前に残骸が落ちた。
その先にはゆっくりと落下するX1モドキ。
まるで執念のように2機に追いすがり、その退路を絶っていた。
そして、地に足が着いた。
縮む脛。
振り向いた2機の火線が火を吹く前に、刀身が振り切られた。
TCSオシレーターが生成する刀身は、その見た目よりも大きく、攻撃範囲には不可視の領域が存在する。
振り切られた刀身は、まず、ライフルごとその腕を断ち切った。
そのまま回転し、次の刃が迫るのを見た亡霊たちは、イオンレーザーカッターを最大出力で発振した。
したはずだった。
エネルギーの刀身と、光波の刀身は一瞬だけ閃光を散らして、胴が落ちた。
その太刀筋は、レヴァナント・アイのコクピットを正確にに捉えていた。
見たか定かでは無いが、残った一機は倒れこむように後退する。
直後、刀身が頭部を切り裂いた。
目標は背後を向けている。このまま退けば逃げ切れる。
多分、残骸と化す自機の中で思っただろう。
尾部の大型レールキャノンだった。
姿勢を低く屈み込んだ敵機に、特大の弾丸を叩き込んでいたのだった。
至近距離で受けた砲弾に耐え切れず、フレームアーキテクトはバラバラになった。
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作成した機体がどういう状況で戦っているのかイメージしたら楽しいですよね。
稚拙な文ですので修正が入るかもしれませんがご容赦を。