あれから暫くすぎた頃、華琳は陳留の街にいた。
もともと教育係としてのみ滞在していたのであって、官職の無い私に皇子の不在である今、洛陽にいる理由がない。
母と共に故郷へと帰ってきていたのある。
そして慌ただしかった時間も過ぎ、最近はようやく落ち着きを取り戻していた。
華琳は庭園でお茶を飲みながら、先日のことを思い出していた。
母親の追跡部隊に再び合流した華琳は洛陽に戻ると今回の件に関する被害者を出来るだけ軽減できるよう奔走するつもりであった。
侍従然り、衛兵然り、様々な懲罰対象者が出ることだろう、と思っていた。
勿論、帝や皇后様も事情は知っているし、協力者である。彼らも動けばそれなりに被害は抑えられるだろう。しかしゼロではない。
少なからず、迷惑を強いることになるかもしれない、そう思っていた。それは正しいことだろう。
しかし、1日経っても、1週間経っても、そして1月以上経過しても降格や罰則を受けたなどということが全く起こっていないのである。
それどころか皇子と皇女が誘拐されたという事実も緘口令が敷かれ、極秘扱いとされていた。
(董太后も十常侍も俗物ではあるけれど、馬鹿ではなかったようね)
ここで誘拐されただの誰彼の責任だの騒ぎ立てれば、ただでさえ失いつつある朝廷の権威は更に失墜し、取り返しのつかないものになる。
権威を悪用し、私腹を肥やすことに執着している十常侍にとってみれば、それは好ましいものではないだろう。
董太后にしてみても、皇女を殺したいと思うほど愛情を注いでいる帝に害をなすことは避けたいことだろう。
勿論、捜索活動は続いている。が、それは全て水面下で行われており、洛陽の民どころか、一部の将兵以外はその事実すら知らされていないのである。
(……でもなんでしょうね。…なにか…何か見落としているような… そんな気がしてならないわ。この曹孟徳が大事な事を忘れているというの?)
何の事を指しているのか分からないものの、胸にもやもやと確かに存在する不安を華琳は感じていた。
───そして、そんな彼女の不安は的中することになる。
「そっちへ行ったぞ!今度こそ確実に捕えるんだ!失敗は死に直結すると思え!」
「分ってます!っと、今度はそちらへ行きましたよ!」
「今度はこっちか。ええぃ!ちょこまかとすばしっこい!」
とある森の中、一組の男女が獲物を追いかけていた。
かれこれ追い始めて四刻ほども経っているだろうか? 男の方は疲労と焦りからか苛立ちを感じていた。
「焦らないでください。今度こそ確実に追い込みますよ」
「あぁ分かってるとも。慎重にいくぞ。……っよし、罠の方へ行ったぞ!」
「はい!かかったようですね。……確認します。よろしいですか?」
「うむ、頼む」
罠の方へ誘導しつつ追い詰めていた甲斐があったようだ。ついに罠への追い込みに成功し、その成果を確かめる。
「……嘘………でしょ? …………いません! 確かに掛ったはずなのに!?」
「なんだと!? そんな馬鹿な! よく確かめたのか?」
「勿論です! 何度も確かめました! …それに………周囲に気配も………あり…ません…」
「……っくそ!! これでは…これではアイツが…!」
「…そろそろ戻りましょう。ここでクヨクヨしていても仕方がありませんし… 時間の方も限界です。朝までに戻らねば…」
「……あぁ、そうであったな。 ………済まぬ………無力な我らを許してくれ……」
獲物を見失った自分たちの無力感に打ちひしがれ、トボトボと暗い足取りで二人は森を後にしたのであった。
そして彼らの追っていた獲物は……見る者がいれば驚き卒倒するような速度で… 目的地へと向かっていった。
一方そんなことはつゆ知らず、朝陽たちは平和な日常を満喫していた。
──カァン キンッ
「違う!そちらへ避ければ相手の思う壷だ!」
──ドガッ ズザザザザーーッ
「ガッ! ぐぅぅ… イテテテテ…… 手加減なしかよ… お~イテ」
「手加減してなければ、刃と潰してあるとはいえしゃべれるものか。 だが、兵士や刺客どもは手加減なぞしてくれんぞ! いつまでも同じ失敗を繰り返すんじゃない!」
「ツゥ…… まぁそうだよね。 っと、じゃあもう一本いこっか」
「その根性は認めよう。だがお前は少し目に頼り過ぎだ。単純な釣りにすぐ引っかかる。相手の剣ばかり見るのではなく、視野を大きくするんだ。気配を探るのも忘れるんじゃないぞ」
「うん、わかった」
「まったく、返事だけはいつもいいんだがな。…ではいくぞ」
──ガァン キンッ ギギッ
四方を林に囲まれた湖のほとり、早朝の清涼な空気の中、ただ金属同士のぶつかり合う音だけが響き渡っている。
知らない者が見れば仲の良い姉弟にみえるかもしれない、そんな師と弟子の姿がそこにあった。
(クソッ 速いし力もスゲェし… これで手加減してるってんだから本気出したらどんだけなんだよ!)
──ギャンッ ギッ ガガガッ キィン
「ほらほら何を考えてるんだ? ボーっとしてる余裕などあるのか?」
──ガガガッ ギギンッキンッ ガッガッ キキィン
先程までよりもスピードが上がったようにみえる。
「うぉっ!っく!くそっ!なにを!とりゃ!ていっ!ほっ!」
「そらそら!こっちがお留守だぞ!」
「なんのっ!そりゃ!ほりゃ!ちぇい!てりゃ!」
「…ほほぉ、ここまでついてこれる様になったか。…これではどうだ?」
そう言いだすや否や先程までの倍の速度で動き出す。
──ギギィ ガッ ッガランガラン
「~~っ! ……参りました」
「ふむ。ここまではまだ早かったか。……まぁいい、初めの頃に比べれば格段に進歩してるぞ」
「むぅ~、それでも手加減してる春蘭からですら一本も取れたことないからなぁ」
「はっはっは。そう簡単にはさせないさ。私から一本取るのはまだまだ先の話だな。さて、今日はここまでにしよう。秋蘭も朝食を作って待ってることだし、傷の手当てもしなければならんしな」
「くそぅ、みてろよ!明日こそ一本取ってやるからな!」
「あぁ、楽しみにしておこう」
(朝陽様は子供とは思えぬ身体能力を持っておられる。歩けるようになった翌日から鍛錬をされていたそうだからな。剣を教え始めてからまだ日も浅いというのにこれだけ振れるというのは、将来が楽しみだが…私もうかうかしてられんな)
そんなことを考える春蘭は楽しそうに軽い足取りで、そんな師の心中など知らず、朝陽は今日もダメだったとトボトボと、対照的な二人は屋敷へと帰って行った。
朝陽が屋敷の扉をあけるといきなり飛びこんでくるものがあった
「にいちゃ~おかえり~♪」
いきなり飛びかかられたものの、そこは兄の意地だ。朝陽は倒れずにふんばり、
「おっと!ただいま、向日葵。でもいつも言ってるだろう?いきなり飛びかかるのは勘弁してくれって」
「んにゅ~…だめ?」
「あ!あ~うそうそ!ごめんな、お兄ちゃんは向日葵が大好きだから嬉しいぞ。どんどんやってくれ」
「…えへへ♪にいちゃ♪」
向日葵を抱き上げて朝食の並べられた食堂へと歩いて行くのであった。
(涙目+上目遣いなんて反則だろ?可愛すぎるぞ。あれで言うこと聞かない奴がいたらそいつは人間じゃない。あ~向日葵かわいいよ向日葵)
なんかもう色々駄目になってるようだ。
「おっと待て、朝陽。朝食もいいが傷の手当てが先だ」
「あ、そうか。ごめんな向日葵、ちょっとだけ待っててな、ってこら」
傷、という言葉を聞き急に心配そうな顔をする向日葵を立たせようとするのだが、しがみついて離れようとしない。
それだけでなく、春蘭をじっと睨みつけている。
「向日葵、これは余が望んで受けた傷なんだよ。春蘭を睨むのは間違ってるぞ」
「うぅ~………コクッ」
納得いかなそうにだが、頷いてくれたくれた向日葵の頭を撫でてやると、えへへへ~っと機嫌を直してくれた。
朝陽が春蘭に師事すると決めた翌日、早速修行に入ろうかと屋敷を出ようとすると、たまたま早起きした向日葵がぴったりと朝陽にへばりつき離れようとせずに大いに困った。秋蘭を呼び、彼女と一緒に見学することになったのだが、朝陽が打たれる度に泣きだし、ついには秋蘭の制止を振り切って朝陽の足もとに縋りつき、梃子でも動かなくなってしまった。それ以来、鍛錬のときは向日葵が寝てるのをしっかり確認したうえでコッソリと出ることになっている。
「まったく仲のいい兄妹だな。向日葵が心配しなくてもいい様に、傷を増やさない手を考えることだ」
「はははっその通りだね。うん、頑張るさ」
華佗が出かけているため、春蘭に手当をしてもらい、食堂へと入った。
「おかえり、朝陽、姉者」
「「ただいま、秋蘭」」
「朝食は出来てるぞ。二人とも手を洗ってこい」
秋蘭の言うとおりに手を洗いに行く。
春蘭も秋蘭も数日かかったが、堅苦しい言葉づかいをやめてくれた。おかげでこの屋敷がすごく居心地のいいものになっている。宮廷では侍女たちが立って見守る前で一人で食事をすることも少なくなかった。いくら一緒に食べようと誘っても誰も首を縦には振ってくれなかった。ここに来てからの4人揃っての食事は朝陽にとって楽しく安らげる空間となっていた。
「「「「いただきます」」」」
「相変わらず秋蘭の料理は美味しいね。今度作り方教えてほしいなぁ」
「皇子が厨房に立つのか?想像つかんな、それは」
「いいじゃないか秋蘭。私は朝陽の作る料理も食べてみたいぞ」
「…姉者……。姉者も食べるばかりではなく、料理を覚えたらどうだ?」
「わ、わたしは武将になるのだからいいのだ!そんな時間があったら訓練でもして民を守る力を身につけた方がいい!…おお、流石わたしだ。立派な心がけじゃないか」
「…私も武を修めているのは同じなのだがな。…まぁいいさ、朝陽、料理であれば私の分かる範囲であれば教えられるぞ」
「うん、助かるよ秋蘭。覚えたら春蘭や向日葵にも御馳走するからね」
「うむ、楽しみにしてるぞ」
向日葵は一心不乱にはぐはぐと秋蘭の作った離乳食を食べている。
いつもの様に楽しい会話と美味しい食事。朝陽は彼女らを第2の家族だと感じていた。
そこまで考えてふと思い出す。
「そういえば、とと様やかか様はどうしてるんだろう?あれから大騒ぎになったと思うけど大丈夫かなぁ」
「物資を補給している細作に尋ねたところ、特に問題なく過ごされていると」
「そっか、ありがと秋蘭。……さて、ご飯も食べたし、勉強でもするかな」
「華琳様から課題を出されているらしいな」
「そうなんだよ春蘭。…書簡にあった指示どおりに倉庫を見てみたらさ、山のような書簡が置いてあってさ、それを読破したうえで自分なりに纏めろって。…鬼ですかあの人」
「はっはっは、華琳様なりのお考えがあってのことだ。あの方のすることに間違いなどないからな」
春蘭の高笑いが響きわたる。
(他人事だと思いやがって……………ちくせう)
暫くの間、自室で勉強をすすめた朝陽はまとめ終わった分の資料の山を戻し、新しいのを持ってこようと倉庫に向かった。
中に入ると不意に何か違和感を感じた。
(ネットリと絡みつくような視線を感じる… なんだこれ? 狙われてる? どこだ?)
<<バババッ ガッ>>
周囲を見渡そうとするもそんな暇も与えられず、朝陽は何者かに押し倒された。
少し時間を遡る。この屋敷を守る二人の様子を見てみよう。
「ん?…なんだこの気配は?何者か知らんが…こちらに向かってきているようだな」
「何か感じたのか、姉者?私には分からんが。獣の類か?」
「いや……何か違う気がする。ちょっと見てくる」
「そうか、姉者がそういうなら何かあるのだろう。私も出るか?」
「いや私だけで十分だ。何者か知らんが華琳様のために磨いたこの武、見せつけてくれる!」
「この間の何進将軍の例もある。敵とは決まったわけじゃないが、気をつけろよ姉者」
うむ!と勇んででていく春蘭。後ろ姿を頼もしく思いつつ、秋蘭は自分の役目は、と向日葵が寝ているのを確認すると屋敷を出て周囲を警戒した。
屋敷を飛び出した春蘭は気配を感じる方向へと一直線に向かう。
鬱蒼と生い茂る木々の間を抜け直走ると、視界の先に何かを捕えた。
「(なんだあいつは!? 信じられん) おい、そこのお前!そこで止まれ!」
視界に入った影は残像でも発生しそうなほど素早く移動している。獣かと思ったがそうではない。明らかにアレは人影だったのだ。
「ック!追いつけん!この私が付いていけぬとは!……まずい、秋蘭達があぶない!」
追跡するも無理だと悟った春蘭はそれならば、と屋敷へ戻り守りを固めようと急ぎ引き返す。
一方、屋敷周辺を警戒する秋蘭が呟く。
「姉者をそうそう抜けるとは思わんが… それでも来るというのなら来るがいい。この夏候淵が弓、悉く敵を撃ち抜こう。朝陽、向日葵には指一本触れさせはせん!」
我が姉ながら、その武は思わず見惚れるほどのもの。倒されるなどとは思ってはいない。
…しかしながら猪突猛進ぶりに不安を感じなくもない。突っ込んで避けられ抜かれるなんて状況も有り得るのだ。[…実際にそうなってるわけだが]
警戒を強め様子を窺っていると、ふと視界の端に影を捕えた。
(姉者!しくじったのか!)
チッっと舌打ちをして弓を構える。
(まだ遠すぎる。もう少し引きつけてからだ。焦るな)
自分に言い聞かすように小さくつぶやく。
そして木々に見え隠れしていた敵が漸く間合いに届いたとき
「……嘘…………なん……で…!?」
彼女は全く動けなくなり、そのまま通過を許してしまったのだった。
再び朝陽の様子。
(クソッ!!こんな時のために鍛えてるってのに畜生!襲われても全く反応できなかった… 向日葵は!春蘭や秋蘭は無事なのか!?俺はこんなところで終っちまうのか!ちくちょう!ちくしょう!)
朝陽は上から覆い被され、腕を押さえつけられ全く身動きが出来なかった。
(十常侍か董太后の放った刺客か?ふざけやがって!俺はまだ何も返しちゃいないんだ!素直に死んでたまるか!)
それでも尚、もがき続ける。自分は色々な人に生かされている。その自分が簡単に死ぬなんて、諦めるなんて許させるはずがない、と。
(そうだ!ここで生き延びるんだ!そして、命を狙った黒幕を引きずり出してやる!そのために…)
自分を狙った刺客の正体を見てやろうと、目を凝らした。
そして、暗い倉庫にも目が慣れてきたとき、朝陽は自分の予想を遥かに超えた襲撃者の正体を目撃した。
「え?……ええ? えええええええええええええええええええええええええええ!!! かか様!なにしてんの!?」
いや、目撃してしまった。…いや、ほんと見なきゃよかった。
そこに居たのは、「あぁ朝陽、朝陽ぃ」と呟きながら、一心不乱に朝陽の匂いを嗅いでいる何皇后の姿だった。
「…やはり…見間違いではなかったのだな…」
「しゅ、秋蘭!これ、これってどういうことなのさ!?」
「私が知るものか。常人離れした動きをする刺客と思いきや………お姿を見たときは思わず自分の眼を疑ったぞ」
「あぁ朝陽だ、朝陽の匂い♪ あぁもうたまんないわ~♪」
「ちょ!か、かかさま!服を脱がさないで!ちょ、やめ!こら!なんで自分も脱ごうとしてるのさ!?」
二人の声など聞こえないという様に、何皇后の行動はエスカレートしていく。
「…これ以上はまずいな。 お許しを!」
「うぐ!」
ズビシ! と秋蘭の斜め45度のチョップを受け、やっと止められたのだった。
意識を取り戻した何皇后は、朝陽、秋蘭、そして戻ってきた春蘭に囲まれ正座させられていた。
「…で、皇后様。何故あのような行動にでられたのですか?」
「……………」
「…帝はこのことを御存じなのですか?」
「……………」
皇后は二人が質問をしても俯いたまま、全く答えようとしない。
かといって強く出るわけにもいかない二人の視線が朝陽へと集まる。
「…はぁ…。ねぇかか様。余も知りたいなぁ、なんでこんなことしたのか、さ」
「……うぅぅ……朝陽までかか様をいぢめるの…?」
「…別に責めてるわけじゃないよ。理由が知りたいだけなんだから」
(涙目+上目遣いで見上げてくる母親に萌えてしまったのは勿論内緒だ)
「…仕方なかったの。かか様が悪いわけじゃないのよ?…そうよ、朝陽がいけないのよ?」
「余が?…何かしたっけ?覚えがないんだけど…」
「酷いわ!かか様がどれだけ… ううぅ…」
手で顔を覆い、いやんいやんしながら泣き出してしまった。朝陽がその姿にまた萌えてしまったのも当然内緒である。
「あ~~ゴメンゴメン!余が悪かった、その通りだから泣かないでかか様」
「…グスン…分かってくれたの?」
「うん、ごめんねかか様。でも余は頭が悪いから教えてくれるかな?余の何が悪かったのかな?」
「………朝陽がいなかったおかげで大変だったのよ?朝陽分が補給できなかったおかげでお通じは悪くなるし、肌もカサカサしてくるし、頭痛はするし…それなのに朝陽ったら可愛い子に囲まれて楽しそうにしちゃって…」
何を言っているのか聞こえても理解できない
「…え~っと、かか様?ここで余が生活するってことは前もって承知してたんだよね?」
「知ってたからって関係ないの!朝陽分が無くなったらかか様死んじゃうんだから!朝陽はかか様に死んでほしいの?」
「イエ、ソンナコトアリマセンヨ?ソウダヨネ、ヨガワルインダヨネ。ゴメンナサイ」
「…仕方ないから許してあげる。その代わり、今日はずっとかか様と一緒に過ごすこと。いいわね?」
「ハイ。ワカリマシタ」
春蘭と秋蘭は朝陽の様子を目頭が熱くなるのを抑えながら見守るのだった。…哀れ。
場面は移り、ここは湖のほとり。
「そうだわ、折角綺麗な湖があるんですもの。皆で泳ぎましょう♪」
というママ無双の発言により実行に移されることになったのだ。
「なんともお元気な方だな。朝陽分とかいうものはよく分からないが」
「まさか皇后様があのような素早い動きをなさるとはな。私もまだまだ修行が足りんらしい」
「ははは… お恥ずかしいです。はい。…でも向日葵があんなに嫌うとは思わなかったなぁ、なんでだろ?」
(あの様子を見ても分からなかったというのか?華琳様のおっしゃる通り…本当に鈍感なんだな)
乾いた笑いを浮かべる朝陽。秋蘭と春蘭はその顔を見ながら軽い頭痛を感じていた。
湖に行くことになり、朝陽たちは皇后を連れて向日葵の寝ているもとへ起こしにいった。
「え?かか様も向日葵に会うの初めてなの?」
「そうなのよ。帝にお願いもし辛かったし、王さんは病気になっちゃうし。コッソリ見に行こうにも後宮内じゃ他人の目があるし。なかなか機会がなくてね」
「へぇ~。それは残念だったね。向日葵はいい子だから、きっとかか様も気にいると思うよ」
「まぁ、それは楽しみね♪」
部屋に入ると、まだ向日葵は夢の中にいた
「ふにゅ~…むにゃむにゃ……えへへ…」
「ニコニコしちゃって、いい夢見てるのかな?起こすのも可哀そうだけど、起こさないと後で怒られそうだからなぁ。…うりうり~ ほれ起きろ~ 可愛い向日葵ちゃ~ん♪」
柔らかいほっぺをツンツンと突く。すべすべでもちもちな肌触りは癖になりそうだ。
「ん?……んんん~…? …にいちゃ? えへへへ~♪」
起きたばかりでボ~っとしつつも朝陽の姿を目に入れると嬉しそうに抱きついた。
「ははは、甘えんぼだな、向日葵」
「あらあら、本当に可愛いわねぇ。朝陽にすっかり懐いてるのね♪ お兄ちゃん♪」
後ろから覗き込むように向日葵をみつつ、兄妹の様子に微笑みながら声をかけた。
「んゅ……? だぁれにいちゃ?」
「ああ、お兄ちゃんのかか様だよ。向日葵のお母さんのお友達だったんだ」
「朝陽の母の麗羅よ。よろしくね、向日葵ちゃん♪」
しかし、そのときの向日葵の反応は普段とは異なるものだった。
皇后と目を合わせ、笑顔だった顔が険しくなり、歯を剥き出しにして叫んだ。
「だめ!にいちゃ、ひまわりの!」
「お、おい、どうしたんだ?」
「……………」
それだけでなく、母の麗羅もまたじっと向日葵を見詰めたまま何も言おうとしない。
「おいおい、向日葵? そうか、怖い夢でもみたのか?」
「う~~~ にいちゃ~~~」
ますます顔は険しくなる。涙目で朝陽にしがみつき、震えている。
「…あらあら、嫌われちゃったかしら?」
「ちょっと起き抜けで機嫌が悪かっただけだよ、きっと」
「そうかもね。さ、向日葵ちゃんも起きたことだし、行きましょう♪」
そう言い、振り向いて震えている姉妹の横をすり抜けていく。
(なんだあの迫力は… この間退治した虎なんか目じゃなかったぞ秋蘭)
(わ、わからん姉者。ひとつ言えることは、あの方を敵に回したらいけないということだけだ)
長きにわたる妹と母親の朝陽を巡るバトル、その火蓋が切って落とされた瞬間だった。
「でもさ、泳ぐはいいけど水着とかどうするの?」
そうなのだ。朝陽は自分の水着など持っていなかった。この時代に短パンなんてものもなく、どうするのか疑問だった。
しかし帰ってきた答えは、朝陽の考えの斜め上をいっていた。
「水着……ってなにかしら?泳ぐのに服を着るの?濡れちゃうじゃない」
「え゛!?」
「ほらほら、朝陽も向日葵ちゃんも元譲さんも妙才さんも脱いで脱いで♪」
スポポポ~ンと自らあっという間に裸になり、皆の服を脱がそうとする麗羅。
そんな母親から目をそらしつつ考える。
(誰もいないからってこの母親は!ていうか普段、侍女さんたちに着替えを手伝ってもらう必要あるのかあれ)
「あ~さ~ひ~?脱がないならかか様が脱がしてあげるわねっ♪」
「ま、待ってよ!春蘭とか秋蘭だって居るんだから!裸なんて!」
「あら、二人ならもう向日葵ちゃんと一緒に泳いでるわよ?」
「え、え?いつの間に!?」
「何を照れてるのかしらこの子は? あの二人だっていつも一緒にお風呂入ってるんでしょ?」
「う…そう言われればそうなんだけど」
そうなのだ。一人は常に警戒してなければならないので、一人づつではあるが、普段は朝陽、向日葵と共に風呂に風呂に入っているのだ。
「じゃあいいじゃない♪ そ~れっ さ、行くわよ~♪」
結局ささっと脱がされて連行された。
4歳児の目の前に広がる桃源郷
相変わらず子を産んだとは思えないスタイルを誇る母親。100人中100人が抱いてみたいと言うだろう。
若々しく瑞々しい水を弾く肌、熟れきっていないとはいえ柔らかそうに実った胸を惜し気もなく晒し、美しい黒髪を濡らす春蘭。
透き通るような白い肌に姉に負けずとも劣らないたわわな胸、向日葵を抱き優しげに微笑む秋蘭。
そして、秋蘭に抱かれながら初めての水遊びを「きゃっきゃ♪」と喜び笑顔の向日葵。
(4歳で本当に良かった。…以前の高校生の体だったら絶対反応しちまってた。…母親に欲情したなんて業を背負わなくて本当によかった)
「ふふっ何をぼ~っとしてるのよ?泳ぎましょう、朝陽」
「あ、うん。そうだね、折角だから楽しまないとね」
「そうよ♪ あなたはまだ難しいこと考えなくてもいいのよ? こんなにいい環境にいるのだからもっと楽しみなさいね♪」
「……ほんとに、敵わないよ、かか様には」
あれこれ言っても、結局は心配で態々来てくれたのだ。遊びに連れだしたのも、朝陽の様子を見て何かを感じたのだろう。母の愛は偉大なのである。
それから日が暮れるまで5人で遊んだ。
春蘭と秋蘭が競泳を始めれば、朝陽が向日葵を抱きつつ審判をしたり、
そんな朝陽に嫉妬した麗羅が後ろから朝陽に抱きつくのを「う~う~」と向日葵が可愛らしく押し返そうとしてたり、
お腹が減ったと言えば、春蘭が魚を手づかみで獲り、秋蘭が焼いてくれたり、
朝陽にとっては本当に久しぶりに心から楽しんだ一日となった。
屋敷に戻ると、向日葵は疲れたのかすぐに寝てしまった。
そんな向日葵を優しげに撫でつつ、麗羅と朝陽は話していた。
「かか様のおかげで今日一日本当に楽しかったよ。来てくれてありがとう」
「…私にはこの程度のことしか出来ないわ。本当に…向日葵ちゃん…こんなに可愛らしい子が…一歩間違えば殺されてたかもしれないなんて…」
「うん、本当にいやな世の中だよね。でも、それを変えてやるんだ。余はその為に生れてきたんだと思うから」
「……あなたがそんなに重荷を背負う必要はないのよ、朝陽? 生まれてくることに理由なんてないのだから」
「余はとと様の、帝の子だから。他の人には出来ない、余だけが出来ることが必ずあるから。その責務を負うと決めたから。絶対に逃げないよ」
「…そう。もう決めてしまったのね」
「うん、民を守りたい。家族を守りたい。大事な物を守れる力が欲しいんだ。…でも根を詰めすぎてもいけないんだよね。今日はいい息抜きになったよ」
「ふふ、私のことも守ってくれるのかしら? 嬉しいけどだめよ? 子を守るのは親の務めですもの♪」
「いや、余が守るよ」「い~え、かか様が守るんです」
「いや、だって」「だめです」
「…はははは」「…ふふふふ」
───波乱の人生を歩む親子の安らかな会話を満月だけが優しく照らしていた。
(おまけその1)
「なぁ秋蘭。皇后様のあの目って母親と言うよりも…」
「姉者もそう思うか。……華琳様も難儀なことだな…」
「……クシュッ… う~くしゃみだなんて… 誰か噂でもしてるのかしら? な~んか嫌な予感がするのよね。大事な出番を奪われたような… 強敵が現れたような…」
(おまけその2)
麗羽は落ち込んでいた。教育係として接してきたあの可愛らしい少年に会えなくなっているから。
そんな塞ぎ込んでいる麗羽の様子を心配し、母の袁成が年の近い侍従をつけることにした。
「私は顔良、真名は斗詩です。袁紹様、よろしくお願いします」
「アタイは文醜、真名は猪々子。よろしくな、袁紹様」
「……そう、貴女方がお母様の言っていた人たちですのね。……そうですわね、いつまでもクヨクヨしていたらあの方に笑われてしまいますわね」
麗羽の元に生涯の友となる二人がやってきた。
(おまけその3)
(朝陽のところへ行ったんだろうけどなぁ… あの気迫… 朝陽喰われなきゃいいけどなぁ… まぁなるようになるだろ、 お、この饅頭美味いな)
帝は他人事のように思っていた。
(おまけその4)
「入ってこないで!…今日は気分が優れないのです」
「は、はい。畏まりました」
足音が遠のいていくのを聞き、一人愚痴る。
「うう、なんで私がこんなことを…」
留守を気取られない様に何皇后の部屋で声真似し、人払いをする侍従長の姿がそこにあった。
ちなみに自身は体調不良で欠勤扱いとなっており、減給対象になっている。
やっぱり苦労人な侍従長だった。
<あとがき>
この前sionさんからショトメを頂き知ったのですが、王冠が! この駄作に王冠がついてましたよ奥さん。そしてよく見ればお気に入り登録して下さってる方々が100人超えてました。
こんな作者にお付合い頂きまして本当にありがとうございます
これからもがんばって書いていこうと思ってます。……思い…たいです。
うう… このママさん何とかして下さい。どこ目指してるんですかこの人…
春蘭が追い付けないスピードってどんなんですか?
やっぱり逃げちゃダメなんだろうなぁ… とりあえず…酒でも飲んで寝ます。
ではまた次回でお会いしましょう。出来るかな…頑張ります。
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北郷一刀が弁皇子に憑依転生する話です
今回もあまり時間が進みませんでした。
大人になる日は来るのでしょうか?