【藤川】
ほとんど睡眠をとらずに作業に没頭していたせいか頭が働かない。
原因としては少しでも早く作っておきたかったことと、時々見る夢のせい。
最近は特に見ている気がする。
「うあー…死にそう」
誰もいないところで小さく呟きながら自ら作った音楽を確認がてら聴きながら
気分転換に校内を散歩していた。
それにしても照先輩や姉さんが出てくる夢はどれも似たり寄ったりだけど
慣れないなぁ。あの夢はいつも私の心を抉ってくる。
普段なら関さんに愚痴を聞いてもらうか何かで気を紛らわせるかなんだが…。
今回はどれも不可能な状況だった。
「今日はあったかいな~。久しぶりに外にでも出るか」
移動の時やイベントくらいでしか外にいない気がする。
外に出ると眠気を誘うくらい心地よい風が吹いていて
これはベンチとかで横になったら気持ちよさそうだと思った。
「ふあぁ…眠くなってきた…」
目瞑って眠っていたと思われる時間は大体2時間くらい。
そんな状態が何日か続いていたから温かくて気持ちいい風が吹いていたら
眠くなって当然だろう。
私は近くの大きい木が植えてあるとこの石段に腰をかけた。
そしてだるい体を休めるかのように上半身だけ倒して目を瞑った。
―そういえばここって文化祭の時、照先輩と一緒に話した場所だっけ―
**
ちょっとばかり目を閉じていただけですぐに意識が途切れた私。
そして起きた時には頭を乗せていた場所は冷たく固かったのに
今は柔らかくて温かい感触を感じていた。
そして何か頭をなでられているような…。
私は驚いてバッと上半身を起こすと目の前には照先輩が微笑みながら
私を見つめていた。
「お久しぶりだね、ふよんちゃん」
あぁ、この変なあだ名をつけて呼ぶ辺り、やっぱりあの先輩だった。
「ちょっ…。先輩…大学はどうしたんですか」
できるだけ平静を装いながら聞くと照先輩は笑いながら答えてくれた。
「急にふよんちゃんに会いたくなったから来ただけだよ。
今日の講義は一つしか取っていなかったのだ~」
「じゃあこんなことしてないで大学生らしいことしてくださいよ」
「言ったでしょ。私はふよんちゃんに会いたいから来たの」
「何でです?」
「なんだろ。その可愛い顔が見たかったからかな」
「ばっ…。何バカなことを」
不意にそんなことを言われると驚きと照れが同時に来て辛い。
表情が緩んでしまいそうになるのを必死に堪えた。
「ふよんちゃんは、こういうとこに一人でいるの…珍しいね」
「まぁ…気分転換ですよ」
「風邪引いちゃうから今度から気をつけなよぉ?」
「はいはい」
相変わらずマイペースな先輩である。
不思議とこの先輩は持ち前の明るさと人懐っこさで周りを
振り回す節がある。
わかっていて毎度付き合ってる私も私なんだが…。
「ここで二人でたこ焼き食べたよね、楽しかったな~」
「普通に食べただけでしょ」
「え~、あーんしてくれたでしょ?」
先輩は自分の口に指差しながら照れくさそうに言う。
「それは先輩が言ったからでしょ!」
「そう?」
「それ以外のなんだと…」
「ふよんちゃん、私のこと好きだと思って」
「は?」
「私はふよんちゃんのこと大好きだよ!」
私の反応を無視しながら一方的に告げてくる照先輩。
こんな人なのにどんなことでもある程度までは呑み込みが異様に早くて。
深くやり込めばどこまでもいけそうだと思ったのに。
『ここはもういいかな』
不意に過去の先輩が思い浮かんで少し嫌な気持ちになる。
先輩のせいじゃないのはわかってるけど、姉さんに似て簡単に諦めるのが
私の中では許せなかった。才能があるだけになおさら許し難かった。
「あ、これふよんちゃんが作ってた曲?」
「え、いつの間に」
「寝てる間にちょっと聞かせてもらったよ。
いつもふよんちゃんの作る曲はすごく良くて私好きだなぁ」
「先輩だって長いこと作り込めばできますって」
「んーん、無理なのわかってたから」
「またすぐそうやって」
「昔ね、どんなにがんばっても届かなかったから」
「え…?」
いつもの笑顔の中で少し曇った表情の先輩。
少し聞きたいような聞きたくないような。
でも踏み込んじゃいけない領域なのではと感じた。
だから黙って先輩の顔を見ていた。
「だから私の中であの言葉がぴったりだったの」
「ふーん」
「だからね、ふよんちゃんは諦めないでね」
「え…?」
「私はがんばってるふよんちゃんを見るのが好きだから」
「また何を勝手に…」
「前にしいなんにも言ったけど、これからどうしたいか
自分の気持ちに耳を傾けてがんばってね。私はどんなふよんちゃんでも応援するよ」
「せんぱっ…!」
とさっ
先輩に言おうとしたらその前に私の頭をもう一度先輩の膝の上に
寝かせられるような態勢にされてしまった。
「もう少し休憩しときなね」
「先輩…」
何を言おうかすらわからなくなってしまうほどまたウトウトとしてしまう。
また眠りに就くかと思った瞬間、先輩の声が微かに私に伝わってきた。
好きだよ。
それが何だかこそばゆくて、傷ついた時もあるはずなのに私は先輩と
いるときが気持ちよくいられて、ずっといたかったのに…。
またしばらく会えなくなるかと思うと胸が少し痛かった。
**
むくっ
起きた時には私は部室にいた。
周りにはいつものメンツ、そして隣に関さんが座っていて
私を見るや。
「おはよう、藤川さん」
「ん、あぁ…」
「どしたの、狐につままれたような顔をして」
「いやぁ、さっきのことが現実か夢かわからなくて」
「誰出てきたの」
「照先輩…」
「また例の?」
「いや…珍しくいい夢だった」
「あはは、それはよかった」
シナリオを打ち込んでる関さんは笑いながら呟くように
言葉を付け足してきた。
「そういやさ、みんなが来る前に実は部室の前で照先輩を見たんだけど」
「え…!?」
「すぐに目の前から消えちゃったもんで、見間違いかと思ったんだけどさ」
ってことは、照先輩が私をここまで運んだってこと?
いや、さすがにそれはないか…。
あの人が関わるといつも不思議な気分にさせられる。
神出鬼没で何を考えてるかわからなくて気分屋で…。
でも一度決めると責任もって誰よりもがんばっていた。
良くも悪くも私の中に残る先輩が…。
あぁ、そうか。私は先輩のことが好きだったんだ。
だからあまり他人に興味を示さなかった私が
あの人に対しては「もっと知りたい」と思ったんだ。
好きな人に言われたから切り替えの早い私でも
ずっと引きずっていたのか。
そう…姉さんの時のように…。
いや、それ以上に…。私は照先輩を意識していた。
「藤川さん?」
「ん?」
「大丈夫か?」
みんなの存在を忘れてしまうほど深く考えていた私に
関さんは心配そうに私を見つめていた。
「あ、心配かけちゃった?悪いね、関さん。でももう大丈夫だ」
そう簡単に悪いことは私の中からなくなりはしないけど
一つだけ良かったことを見つけた。
新たに私の中で音が生まれた。
強引に照先輩に誘われて徐々に馴染んで好きになっていったSNS部。
それは紛れもなく貴女のおかげだ。
だから一つ私の中に生まれたこの音を紡いで先輩に送ろう。
私の気持ちを込めたこの曲を――――。
それを聞いてどう思ってくれるのだろう。
気に入ってくれるだろうか。そして私の好きな笑顔を向けてくれるのだろうか。
気まぐれに照らしてくるその太陽のような笑顔を。
そう想って笑みを漏らしてから私は頭に浮かんだ曲を打ち始めたのだった。
お終い。
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単行本5巻(しか買ってない)を読んで思ったことをつらつら書いてみた。
普段切り替えの早い人が特定のことには執着してるところを見ると
恨みの他にももう一つ感情が隠れていそうだったということ。
普段から嫌ってるならまだしも、相手には好意を持っていたことも。
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