神主の庭に集う妖怪達が、
今日も悪魔のような無垢な笑顔で、
背の高い鳥居をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包むのは、深い紅の巫女装束。
緋袴の裾は乱さないように、
白い襦袢は翻さないように、
ゆっくりと歩くのが、ここでのたしなみ。
私立幻想女学園。ここは妖怪の園。
私、アリス・マーガトロイドは怒っていた。それも、ものすごく。
どのくらいかと言えば、最後に食べようと取っておいたショートケーキの苺を横から取られたぐらい怒っていた。
もっとわかりやすく言えば、自分の歯ブラシを他の人に使われたくらい怒っていた。
少し前傾姿勢で、足は大またに、そして大きく腕を振って廊下を歩いていく。
すると、向こうからクラスメイトの妖夢さんと、その姉の西行寺様が歩いてくるのが見えた。
「あ、アリスさん。ごきげんよう」
「……ごきげんよう。妖夢さん、西行寺様」
「ごきげんよう、アリスちゃん」
いくら怒っているとはいえ、挨拶されたら立ち止まらなくてはいけない。
幻想女学園に通って4年目になる私には、もはや体に染み付いた習慣だった。
「どこかへ急いでいらっしゃったんですか? なにやら急ぎ足でしたが」
「あ、いいえ。そういう訳ではありませんよ」
私は不機嫌オーラ全開だった表情を改め、出来る限りにこやかな表情で答えた。
「妖夢、アリスちゃんは急いでいたのではないと思うわよ。たぶんきっと、お腹が空いているのよ」
そういうなり、西行寺様は自分の袴のポケットを探ると、中から色とりどりの飴玉を取り出した。
「ほら、あまりお腹の足しにはならないと思うけど、無いよりは良いと思うわ。受け取って頂戴」
別にお腹が空いている訳ではないのだけど……。
でも、せっかくの先輩の好意を断ることなど、幻想女学園の生徒にはなかなか出来ることでもない。
「あ、ありがとうございます」
私はそう言って、ピンク色の包装紙に包まれた飴玉を一つつまんだ。
「さすがお姉さま。未熟者の私には、アリスさんがお腹が減ってるなんてことに気づきませんでしたよ」
「簡単よ~。私がああやって歩くときは、早く家に帰ってお菓子を食べたいときぐらいだもの~」
私は西行寺様の言葉を聞いて盛大にずっこけそうになった。
でも、ここは学園内。そんなはしたないことは出来ないから、私は出来る限り無反応を決めこんだ。
「なるほど。人の気持ちを判断するときは自分に置き換えて判断すれば良いのですね。お姉さまと一緒にいると毎日が勉強になります」
「そんな大したことしてないわよ~。それに、その考えがいつも正しいとは限らないもの」
少なくとも、私に限って言えば大ハズレだったわけなんですけどね。と私は心の中でツッコミ入れた。
西行寺様がいつも何かしら食べている、もしくは食べ物を持ち歩いているのはかなり有名な話。
先生も何度かお菓子を取り上げようとしたらしいけど、西行寺様の目をうるませて上目づかいでじっと見つめる攻撃の前になすすべも無く、授業中は何も食べないというこという約束を交わすことで決着したらしい。
そんな食いしん坊な逸話を持つ西行寺様だけど、決して太っているということはない。
どういうことをしたら、あんなに食べても太らないのかしら……。そこは今度聞いておかないとね。
「さて、それでは私はそろそろ失礼させていただきますね。お二人をこれ以上お引止めするのも気が引けますし」
私はなんとかこの場を切り上げようと試みた。
あまり長居をしていると、追っ手に捕まってしまうかもしれないし。
……まあ、捕まるように校舎内を逃げ回っているのだけど。
でも、捕まる瞬間を他の人に見られるのは、私にとって不本意なことだもの。それだけはなんとか避けないと。
「いえいえ、こちらこそ引き止めて悪かったです。それではアリスさん、ごきげんよう」
「ごきげんよう、妖夢さん、西行寺様」
「ごきげんよう~」
私たちはお互いに会釈を返すと、その場から離れた。
「あ、アリスちゃん」
一歩踏み出した私を西行寺様が呼び止めた。
「はい?」
「これも渡しておくわね」
そう言って、西行寺様は私の手に数個の飴玉を握らせた。
「え、飴玉は先ほど貰いましたよ」
「分かってるわよ~。でも、あれだけじゃ足りないかなって思ったの」
いやいや、私は西行寺様みたいにいっぱい食べるわけじゃないし。
「だってね、甘いものには気持ちを落ち着かせる効果と頭を働かせる効果があるの。だから、頑張ってね」
「えっ」
私ははっとして西行寺様の顔を見た。
西行寺様はにっこりと私の顔を見て微笑んだ。
「じゃあ、私は行くわ。引き止めて悪かったわね」
そう言って西行寺様は身を翻し、妖夢さんの方へ歩いていった。
「あ、あの!」
私は何を言おうかとか考えてなかったのに、西行寺様を呼び止めていた。
「えっと、その、ありがとうございます」
私は西行寺様に向かってお辞儀をした。
「素直な子は私、好きよ。頑張ってね」
西行寺様は少しだけ私の方を見ると、また妖夢さんの方へと歩いていった。
私も色とりどりの飴玉を袴のポケットに押し込んで、西行寺様とは逆の方向へゆっくりと歩き始めた。
「あ! おーい、アリス。待ってよー」
しばらく歩いていると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
聞きなれた声だから、誰が私のことを呼んでいるのかはすぐに分かった。
だけど、私はあえて知らん振りをしてそのままのペースで歩き続けた。
トトトトト
後ろから細かい足音が聞こえてくる。
幻想女学園の制服は袴だから、走ることは難しい。
だから急いで歩くとなると、必然的に小さい歩幅で素早く歩くしかない。
「おい、待てってばアリス」
私は後ろから追いかけてきた人物に肩を捕まれた。
「ふん。なにか御用ですか、お姉さま」
私は毒づきながら振り返った。
お姉さまはずっと走っていたのか、少し汗をかいて息を切らせていた。
そして、その顔は私の思ったとおり、少し困った表情をしていた。
「用もなにも、私にはなんでアリスが怒っているのかが分からないんだぜ」
「分からなくて結構です。それに、私怒ってないもの」
ツーンと私はそっぽを向いたまま答えた。
「そういう態度を世間じゃ怒ってるっていうんだ。なにか私、気に障るようなこと言ったか?」
「べっつにー。なにも気に障るようなことは言ってないと思いますよ」
「じゃあ、なんでみんながいるのに教室を飛び出したんだ? 二人よりもみんなでクレープ食べに行った方が楽しいじゃないか。私はアリスのためを思ってみんなに声をかけたんだぜ」
まだ気づかないのかしら。このニブチンは。
今自分が言った台詞の中にヒントがあるというのに。
でも、このままいじめて仕方ないし、追ってきてくれたから許してあげようかな。
「はいはい、分かりました。急に出て行った私が悪かったですよ」
「……なんか釈然としないが。とにかく、みんなのところに戻ろう。心配してたぜ」
どーだか。邪魔者の私がいなくなって、せいせいしてるんじゃないかしら。
あの人たち、上辺を取り繕うことだけは得意なんだから。
「あ、ちょっと待ってください」
私は袴のポケットから、西行寺様から頂いた飴玉を取り出した。
「心配させちゃったみたいだから、これ差し上げます」
「ん? こんなにたくさんの飴玉をどこで手に入れたんだ?」
「西行寺様から頂いたの」
「へ~。んまあ、ありがたくいただくぜ」
そういうと、お姉さまは私の手のひらから、ピンク色の包装紙に包まれた飴玉を取った。
「あっ」
「ん? どうした? まさかこの飴玉は取っちゃいけなかったか?」
「えっ! そんなことないです!」
私は首を左右に振って答えた。
なんだろう、ただの偶然だとは分かってるけど、なんとなく嬉しい。
「そう? じゃあ食べるとするか」
お姉さまは包装紙から飴玉を取り出し、口の中に入れた。
「よし、じゃあ戻るぜ」
「うん」
お姉さまと私は、今度は一緒に歩き始めた。
歩いているときに、どちらともなく手がぶつかり、そしてどちらともなく手を繋いだ。
教室に戻ると、お姉さまの言った通り、数人の生徒が私の帰りを待っていた。
私はそんなみなさんにお詫びということで、飴玉を配った。
配った飴玉の中には、もちろんピンク色の包装紙のものは無かった。
「ふふふ」
「どうしたんだ? アリス、なんかにやけてないか?」
飴玉を配り終わった私が突然漏らした小さな笑い声を聞きつけたお姉さまが、振り返って尋ねてきた。
「えへ、お姉さまとおそろいだって思ってさ」
「おそろい? なにが?」
「な・い・しょ~♪ そんなことより、早くクレープを食べに行こうよ」
私はお姉さまの腕を取って歩き始めた。
お姉さまの口からは、私と同じほのかな苺の香りがした。
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