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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百三十一話

ムカミさん

皆さん、明けましておめでとうございます。
第百三十一話の投稿です。


遂に出陣、衝突まで秒読み状態。

2017-01-10 00:41:25 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3135   閲覧ユーザー数:2599

華琳の号令にて士気を最高潮にまで上げた魏軍が許昌を出立した。

 

魏領各所の砦では早馬によってそれが伝えられ、合流の手筈を整えている。

 

許昌に近しい砦では既に合流に向けて出陣したところまであった。

 

そんな中、とある砦でのことに目を向けてみる。

 

 

 

その砦には主に工作部隊が詰めていた。

 

此度の戦、工作部隊は非常に荷駄が多くなることが当初より予測されていた。

 

と言っても、それらの多くは一刀の策に必要とされるものとなるのだが。

 

そんなこともあって、工作部隊は随分と早くからかなり遠い砦まで出向いていたのだ。

 

工作部隊なのだから、当然そこには真桜の姿がある。

 

そして、その真桜の親友である凪の姿もまた、そこにあった。

 

「なぁなぁ、凪ぃ~。

 

 ちょお手伝ってぇなぁ」

 

この砦も出陣に向けて慌ただしく準備を進める中、疲れが色濃く滲む真桜の声がした。

 

ちょうど通り掛かった凪に向けての呼びかけであったわけだが、別に凪の方も暇というわけでは無い。

 

「どうしたんだ、真桜?内容にも依るが……

 

 私も華琳様から預かった部隊の準備があるから手を貸せる案件は限られてくるぞ?」

 

このような返答となるのも当然と言えるだろう。

 

それでも真桜にとっては渡りに船だったようだ。

 

「ウチにとっちゃあ重要な案件やでぇ……

 

 こいつを荷駄んとこまで運んどかなあかんねんけど、重たすぎんねん……」

 

そう言って真桜は自身の前にある”とあるもの”を指し示す。

 

確かに真桜の前には大きな筒があり、今更ながらに気付くが真桜の周囲にはこれまた疲れ切った様子の兵たちがいた。

 

凪がそのブツを見るや、半ば閉ざしておこうとしていた記憶の蓋が開くのを感じた。

 

「…………なあ、真桜。

 

 それ、本当に持っていくのか?

 

 というか、一刀殿は――――」

 

「その一刀はんからの要請が来たんやで?

 

 ついにこいつを実戦に投入する時が来たんや!

 

 はっきり言うけど、ウチら工作隊の最高傑作やと思てるで、こいつは」

 

疲れきった表情でありながら誇らし気に言う真桜は、確かに本心からそう思っているらしい。

 

凪もそこは疑う気は無いし、何より一刀の許可が出ているというのであれば――

 

「一刀殿が仰られているのならそれでいいんだ。

 

 あの時も奥の手だと仰られていたし、確かに重要なものなんだろう。

 

 分かった、私も手伝うからさっさと運んでしまおう」

 

凪は腕まくりをしてそのブツ、『大砲』を運び出しにかかる。

 

「おお~、ほんま助かるわぁ~。

 

 よっしゃ、もうひと頑張りしよか!」

 

ただ運ぶだけのはずだが、気合を入れる真桜。

 

…………それほどまでに重いのだった。

 

 

 

 

 

「どっこい……しょおぉっ!!

 

 ふいぃ~……やっと終わったわ。ほんま疲れたぁ~」

 

作製した全ての大砲をようやく積み終えると、真桜はその場で大の字に転がった。

 

腕も足も疲労でパンパンになり、今はこれ以上動きたくなかったのである。

 

それは凪も同じようなもので、寝転がるまではいかなくてもその場に座り込んでいた。

 

「こ、これはさすがに……

 

 なあ、真桜。これだけの重さだと、戦場での運用には困ると思うのだが、一体どうするつもりなのだ?

 

 まさか、敵部隊をこいつの正面におびき寄せる、なんてことは無いんだろう?」

 

「あ~、戦場ではこいつを車輪のついた台車に乗せて動かすねん。

 

 さすがに山ん中とかはキッツい、ってか無理やろうけど、平地ならそれで十分いけるで」

 

ふとした疑問を凪が投げ、それに真桜が答える。

 

と、凪があることに気付いた。

 

「……なあ、真桜?

 

 その台車というのはどこにあるんだ?」

 

「台車やったらもう荷馬車に積んどるで。ちゃんと数も準備したし、予備もあるし」

 

「……もう一度聞くが、台車は山の中では使えないんだな?」

 

「せやな。坂や段差のあるとこやと使えんと思っといた方がええわ。

 

 それ以外やったら問題……は…………」

 

凪の問い掛けに答えていた真桜が、その途中でフリーズする。

 

既に凪はジト目になっていた。

 

「…………なあ、真桜――」

 

「皆まで言わんといてぇや……」

 

今更ながらに気付いた内容に、真桜はがっくりと上半身を落としたのだった。

 

 

 

 

 

「ま、ま!過ぎたことはしゃあない!

 

 気ぃ取り直して、皆、出陣すんでぇ~!」

 

傍目に明らかな空元気ながらも、真桜がこの砦に詰めていた部隊の兵達に号令を出す。

 

兵達にはもちろんのこと、凪にも真桜を揶揄ったり責めたりするつもりなど無いので、そのまま出陣となった。

 

大砲の件もあって、この砦から出る工作部隊の足は遅い。

 

その分、予め距離を稼げる砦に詰めていた。

 

ただ、それは言い換えれば蜀呉の連合軍に近いということでもある。

 

ほぼ無いだろうと予測されてはいても、奇襲の可能性を拭い切れない以上、いざという時に切り札を守るための力が必要となる。

 

その役目を担ったのが凪であった。

 

相変わらず武が伸びに伸びている凪は、ここ最近では春蘭や菖蒲クラスにまで至ったのではないかと噂されているほどだった。

 

「ほんなら、凪。頼むで?

 

 ウチらは直接の戦闘ではほぼ役立たずやからな」

 

「ああ、任せておけ。

 

 いざとなれば、一刀殿と鍛え上げた私の技で敵を圧倒してやる」

 

凪自身、既に実力に見合った自信を身に付けている。

 

かと言って慢心しているわけでは無い辺りは、凪の生来の謙虚さが良い方向に出たということだろう。

 

「ほれほれ、お前ら~、キリキリ歩きぃや~!

 

 ウチらの部隊が合流遅れたらウチが桂花様に怒られるんやからな~!」

 

兎にも角にも、今回の戦で魏側のキーとなる部隊は、本隊への合流を目指して動き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………一刀、久しぶりに会う」

 

「ですね。一刀さんが兵の水練に出られてから随分と経ちましたし。

 

 楽しみですね、恋さん」

 

「……ん」

 

行軍する魏の本隊中央付近、華琳の親衛隊のすぐ外側には火輪隊が配置されていた。

 

今回は恋とその部下も火輪隊の一員として扱われている。

 

その火輪隊の中央では月と恋がいた。なお、詠は本隊にて桂花や零たち軍師陣に混ざって今後の計画を詰めている。

 

ここに霞、梅と華雄を入れればかつての董卓軍の中枢を担う者たち。

 

今となってはそのメンバーだけの時間を持つことはほとんど無い。

 

とは言っても、月も詠もそして霞も、その辺りに不満を抱いてはいない。

 

自由奔放な恋だけはどうか分からないが、普段からの様子を見るに、特に気にしてはいないだろう。

 

そんな、月にとっては珍しいものとなってしまった、恋以外に見知った者のいないこの場にて。

 

ふと月はいつか聞いてみようと思っていたことを口にした。

 

「あの、恋さん。

 

 恋さんが華琳さんの下で戦っているのは?」

 

「……?」

 

「えっと、恋さんが戦う理由をお聞きしたいんですけれど……」

 

「……一刀、魏のために戦うって言ってた。

 

 ……恋は一刀を守る。一刀と一緒に戦う。それだけ」

 

「なるほど。間接的に、と言うことだったんですね……恋さんは余程一刀さんに信を置かれているのですね」

 

恋らしい。月は恋の答えを感じて素直にそう感じた。

 

それは月の知っている恋からも考え得る範囲だった。

 

恋は今までその武故に利用と裏切りを数えきれないくらいに経験させられてきた。

 

月の下に来た時には既に恋の心はカチカチに凍っていたのだ。

 

それもどうやら一刀が溶かしてくれたようだ、と。月はそんな安堵と達成感のようなものを感じてもいたのだった。

 

「……月も」

 

「えっと……?」

 

「……恋が守る」

 

「あ……ふふ、はい。ありがとうございます、恋さん」

 

ちょっとした恋の不意打ちに月一瞬呆気に取られ、しかしすぐに微笑みを溢す。

 

月は知る由も無いが、恋の心は月が溶かし、一刀が温めた。客観的に見ればそう結論付く。

 

恋は本能でか直感でか、それを理解していて、それが故に月と一刀を特別に思っているのである。

 

「…………月は?」

 

「はい?」

 

「……どうして、戦う?月、偉い人。戦う必要、無い」

 

これまた恋の不意打ちが月に刺さる。

 

実はこうして恋が他人の行動に興味を持つことは珍しいことだった。

 

ただ、それを一刀は知らない。何故ならば、恋は魏に来てからこっち、色々と他人の行動にも気を向けるようになってきていたからだ。

 

そうは言っても、その対象となるのは主に一刀、そして月。恋が真に心を許している相手がほとんどであった。

 

そんなわけで、今も恋が月に質問をぶつけたわけなのだが。

 

月は即答では無く、暫し考え込んだ。それは月自身の中で答えを固めるため。

 

やがて答える内容が固まった頃、月が口を開く。

 

「…………私は、華琳さん、一刀さんの見る未来に希望を見たから、ですね」

 

「……?」

 

恋はカクンと首を横に倒す。その仕草に月はクスリと笑みを漏らしてから、その内容を詳しく説明し直した。

 

「華琳さんも一刀さんも、本気でこの大陸に平穏を齎そうとしておられます。

 

 才ある将を集め、兵を集め、国として武を強化して大陸をその手中に収めていく一方で、決して力で上から押さえつけるわけでは無い。

 

 今までとは全く違った支配構造ではあるのですけど、それは民の皆さんに広く受け入れられています。

 

 そんな魏領の街の様子を見て、ああ、これが大陸のこれから目指す姿なのだろうなぁ、と、そう思ったんです」

 

「……ん」

 

今度は恋の首が縦に振られた。どうやら月の言葉には恋も納得するところがあったらしい。

 

それが分かり、月も再び笑みを浮かべる。

 

「……だったら、負けられない」

 

「はい。私も兵の皆さんも、一刀さんに命を救われただけでなく新たな力を与えてもらってもいるんです。

 

 なのに、まだ一刀さんには大した恩も返せてはいません。

 

 だからこそ……火輪隊一同、この戦に掛ける想いは大きいですよ」

 

「……恋も、頑張る」

 

「はい。一緒に頑張りましょう」

 

はっきりと宣言した月のその揺るがぬ姿はいつも以上に大きく見えるものだった。

 

 

 

「そう言えば恋さん、ねねちゃんはどうされたのですか?」

 

「……ねね、桂花に連れられて行った」

 

「そうだったのですね。

 

 ねねちゃんもこちらに来てから随分と勉強されていましたし、遂に、ということでしょうか?」

 

「……?」

 

月の言葉に恋がまたも首を傾げる。

 

今度は逆に月が戸惑ってしまった。

 

「えっと……洛陽、いえ、汜水関以来、ねねちゃんが軍師として出ることは無かったのですよね?

 

 ですから、遂にこちらでも、と思ったのですが」

 

「……ねね、何度か出てる」

 

「えっ?!」

 

恋の言葉に月は本音で驚いていた。

 

確かに魏では自身も色々と忙しい身ではあったのだが、それでも周囲の動きには気を配っていたつもりだったからだ。

 

「……稟とか零とかと、何度か国境守ってた」

 

「あ、ここ最近の……そうでしたか。

 

 それじゃあ、ねねちゃんの活躍にも期待しておかないといけませんね、ふふっ」

 

「……ん。ねねなら大丈夫。きっと」

 

 

 

 

 

恋と月がねねのことについて話していた頃。

 

本隊では軍師たちが集って行軍と合流の経路やそれからの動きについて話を巡らせていた。

 

そんな折。

 

「っ、くしゅんっ!」

 

大きなくしゃみの音が一つ。

 

音の発生源は先ほどの噂の人物、ねねであった。

 

「ちょっと、ねね、大丈夫なの?風邪じゃないでしょうね?

 

 大事な時なんだし、ボクたちには移さないでよね」

 

「失礼なっ!ねねは風邪なんて引かないのですぞっ!

 

 今のはきっと恋殿が寂しくてねねの噂をしていただけなのですぞ!」

 

詠の指摘にねねが憤慨する。そんなやり取りを聞いていた稟が溜め息を吐いた。

 

「はぁ……貴女はまたそんなことを言って……

 

 いいですか、音々音?軍師たる者、迷信の類を軽々しく口にしてはいけませんとあれほど――――」

 

「まあまあ、稟ちゃん。ちょっとくらいいいじゃないですか~。

 

 むしろ、こうであってこそねねちゃんだ、という感じですので~」

 

お説教モードに入ろうとしていた稟は、しかし風に止められてしまった。

 

何故止めるのか、と問いたげな視線を一瞬向けてきた稟だったが、すぐにその理由を察して黙る。

 

代わりに口を開いたのは零であった。

 

「風の言ったことはともかく、今はお説教よりも早急に進めておくべき事柄があるわ。

 

 諸々の雑事はそれが終わってからにしてくれるかしら?」

 

「ええ、そうですね。すみませんでした」

 

稟もそこに思い至っていたので素直に謝罪する。

 

その話はそこで終わりとなって、すぐに先ほどまでの話の内容へと戻って行く。

 

まずは桂花が先ほどまでの話を簡潔にまとめるところから再開した。

 

「取り敢えず、進軍と合流の経路に変更は加えなくて済みそうね。

 

 今のところ、どの砦からも連合側の奇襲を受けたという報告も無いわ」

 

「呉領に最も近い砦には霞ちゃんと梅ちゃんに向かっていただいてますので~。

 

 仮に何かがあったとしても、あのお二人であれば一先ずは問題ないかと~」

 

「霞なら心配いらないわ。ちゃんと頭を使った判断も出来るし、いざともなれば援軍要請を送って籠城も可能よ。

 

 ボクとしては真桜の方が気になるわね。

 

 もしも連合が霞の砦を飛び越えてあっちを襲ったら、こちらとしては損害が大きいんじゃない?」

 

詠の懸念には桂花が答える。

 

「わざわざ砦を飛び越して領土の内側を攻める利点が無いのだし、その心配はいらないと思うわ。

 

 ただし、そこを狙う利点があれば別。つまり、こちらの切り札の存在がバレた場合ね。

 

 その対策として、腕利きの間諜を一塊送り込んで入念な草刈りをさせているわ」

 

「その腕利きって――」

 

「ええ、そうよ。あんたを苦しめたこともある奴らだから、心配いらないわ」

 

「なるほどね。敵に回せば恐ろしいけど、味方になればあれほど頼もしい連中も中々いないわね」

 

「そちらの恋ちゃんも同じだと思うのですが~?」

 

桂花と詠のやりとりにフッと風が割り込んでくる。

 

それは的確な指摘であると同時に、詠を含む深く関わる一部の者にはそうとも言えない内容であった。

 

そのため、答える詠の面には苦笑が浮かんでいた。

 

「恋はねぇ……あれはあれで扱いが難しいのよ。

 

 ほんっと、月や一刀はどうやってああも上手く恋を扱えているのか……」

 

「逆に言えば、一刀や月がいれば恋の扱いには困らないということでしょう?

 

 なら、今話すべきは合流の後のことよ」

 

またも逸れそうになった話題に、零がすぐに軌道修正を掛ける。

 

皆もちゃんとそちらに乗って、話題は最初の戦までのことへと移る。

 

「兵站は追加分を真桜と凪のところから持って来させるわ。

 

 許昌からの兵站と合わせて全部隊分。かなりの量な分、進軍速度は遅くなってしまうけれど、そこは仕方が無いわね」

 

「他の砦に振り分けた将にも少量の兵站は持たせているわよ。

 

 余程の事が無い限り、兵站にも心配はいらないでしょう」

 

まずは桂花と零が遠征を行うに当たって最重要となる兵站についての準備を確認する。

 

二人も言っている通り、準備段階では何も問題は無い。合流に当たって僅かでも懸念があるとすれば、やはり奇襲だろう。

 

大軍を動かしている都合上、その移動は隠し切れるものでは無い。

 

移動経路やその他魏領の砦の動きなどから合流地点を予測し、そこに至るまでの小部隊の間に奇襲を掛けて無力化してしまうことも不可能では無い。

 

但し、情報の伝達に非常に多くの時間が掛かるこの時代のこと、その懸念もほとんど必要は無いだろう。

 

「陣の設営に関しても、真桜の工兵部隊が本隊にも一部いますから問題無いでしょう」

 

「進軍速度は大丈夫なのですか~?

 

 確か真桜ちゃんのところは結構遅くなるという話だったかと思うのですが~」

 

「真桜のところにはその分早めに砦から出てもらっているわ。

 

 こちらが何らかの理由で足を遅めない限り、そこの合流に不備が生じることは無いでしょうね」

 

稟の確認の言葉に続いた風の指摘にも、桂花が予めの対応で問題は無いと断ずる。

 

道中についての話はこの調子で、出陣前の予測から外れそうな懸念が上がることは無かった。

 

「それで、いざ連合軍と対峙した時の陣形はどのようにお考えで~?」

 

「鶴翼の陣を基本とするわ。但し、鶸と蒲公英の二部隊に遊撃を任せて、両翼で隠してその外側から敵陣に横撃を掛ける。

 

 霞には敵の目を引き付けるように遊撃部隊を動かしてもらうつもりよ。

 

 両翼には菖蒲と斗詩を配置。本陣付きは春蘭と秋蘭、それに火輪隊ね。

 

 変更のつもりが無い部分はその辺りよ」

 

「両翼に菖蒲と斗詩、なのですか?菖蒲も主戦場に回すが定石じゃないのですか?

 

 それに遊撃部隊もやけに多い気がするのですぞ」

 

「おぉ~、なるほど~。桂花ちゃん、そういう狙いですか~」

 

桂花が話した陣形と配置。そこから風は狙いを理解した様子だった。

 

ねねがすぐには理解できず説明を求めようするが、それより先に桂花からの言葉があった。

 

「私というよりは零の策よ。狙いの説明は任せるわ」

 

「狙いなんて単純なものよ。敵の策と心理の裏を突いて大打撃を、あわよくば討ち取ってしまおうと言うだけのこと。

 

 連合軍は退いていって長江に誘うつもりだと結論が出たでしょう?

 

 だったら、退かせず、包囲してしまえば殲滅しやすい、とね。

 

 菖蒲は言うに及ばず、斗詩も相当部隊運用は上手いわ。特に兵数が多くなるほどね。

 

 どうやら麗羽のところで色々な役目を押し付けられることでその手の能力が鍛え上げられたようよ。

 

 いつ退くとも分からない相手なら、菖蒲と斗詩で素早く網を閉じるの。

 

 鶸と蒲公英はその際のダメ押し。それと、万一推測が誤っていた場合、戦況を立て直す時間を稼ぐため」

 

「むむ……なるほど、です」

 

零の説明にねねが納得を示す。

 

他の者たちの若干の疑問等もそこで同時に解決したようだった。

 

「取り敢えず、変更は後々入れるとして、まずはこの戦の他の部隊配置について決めてしまうわよ。

 

 修正は情報が入る度、適宜。それでいいわね?」

 

集っている軍師達は一様にうなずいて同意を示す。

 

そのまま詳細の詰めへと話題を移していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魏領内各地の砦で本隊への合流のために動き出している頃、とある砦では詰めている全兵では無く一部の者のみが出立の準備を行っていた。

 

そこは一刀が詰め、水練を行っている砦。

 

一刀はその内、出陣組を纏めていた。

 

「皆、準備を急げ!日が中天に差し掛かる前には出るぞ!」

 

兵達に檄を飛ばし、準備を急がせる。

 

一刀自身もこの砦に持って来ている兵站を持っていくものと残すものに振り分けていく作業の確認に追われていた。

 

一方で、砦に残る者たちは出陣準備に追われる者たちを横目に砦から出ていくところであった。

 

その中の一人が一刀の下へと寄って来る。

 

「隊長、我々は本日の調練へと向かいます。

 

 残る者たちの移動に関しては、変更は無しとのことでよかったのですよね?」

 

「ああ、今のところはな。

 

 ただし、状況がどう転ぶかは正直誰にも分からない。

 

 桂花や或いは俺から出すかも知れないが、作戦変更の使者が来れば最新のものに従ってくれ」

 

「はっ、承知致しました!

 

 それでは、これにて失礼致します。

 

 隊長、ご武運を……」

 

要点だけの端的なやり取りを終えればその兵はすぐに砦から出ていく兵に混ざって行った。

 

呼び方から分かる通り、あの兵は黒衣隊員である。

 

一刀が去った後の水練の監督を任せられた者であった。

 

どうしてこうなったのか。それは諸々のタイミングに問題があった。

 

水練を施せる内の最後の部隊、これが十分とは言えない状態で許昌からの合流命令が下ったのだ。

 

当初の予定では、このようになった場合、水練を途中で切り上げて合流を果たす予定であった。

 

が、最後の部隊の調練が残り少しであること、そして予想以上の兵数に水練を仕込めたことから、部隊を分けての一部合流という形に変更したのであった。

 

 

 

「北郷様!兵站準備完了しました!」

 

「よし。軍馬と輜重車の準備はどうだ?」

 

「そちらも整っております!」

 

「兵は?」

 

「既に揃っております!」

 

「よし。どうやら間に合いそうだな」

 

日が高く昇り、されど未だ中天に至る前に、出陣準備の方は完了した。

 

準備を終え、整列して待つ兵達の前に一刀が出る。

 

元より少なかったさざめきもその瞬間に零へと至った。

 

耳が痛いほどの静寂が束の間、空間を支配する。

 

兵達の持つ熱量は十分。これからの戦がいかに大切なものか、それを末端に至るまでしっかりと理解している証左だ。

 

それに満足するとすぅっと息を吸い込み、一刀は兵達に出陣前の口上を上げ始めた。

 

「皆の者!この砦に来てより今まで、よく水練をこなしてくれた!

 

 これより我等魏軍は呉軍・蜀軍の連合軍と雌雄を決する大戦に臨むこととなる!

 

 この戦、敵の望む展開に予測は付いている。が、我等は敢えてそれに乗り、その上でこれを撃破する!その為に必要となるのが皆の力だ!

 

 既に、以前にこの砦より発って本隊や各地の砦から合流する者たちと合わせ、皆が今回の戦の主たる戦力となるのだ!

 

 ただ、船上戦闘だけを見れば、経験値は呉軍の方が数段上手となるだろう……

 

 しかし、だ!我等には荀文若を始め、大陸に名立たる名軍師達が揃っている!

 

 夏候元譲以下猛将・勇将・知将が揃い踏み、呂奉先という天下無双の将まで我等の戦力である!

 

 然らば、経験の差にて不利を被ろうとも、それを覆して余りある策を、武力を、我等はこの手に持っていると同義と言えよう!

 

 故に、臆するな、皆の者!我らが軍師を、我らが将を、そして我らが国王・曹孟徳を信じれば、その先待つは勝利の二文字だ!!」

 

『おおおおぉぉぉぉっっ!!』

 

一刀が出陣に当たって飛ばした檄は、兵達の士気を否応なく高める。

 

本隊に劣らぬ高い士気を持って、一刀たちは出陣していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冥琳様、ご報告です。魏が動きました。

 

 許昌より曹孟徳を含む部隊、こちらが本隊と思われます。

 

 それと魏領内各地の砦からも続々と部隊が出陣、あるいはその準備をしているとの報告が上がっています」

 

「そうか。やはり早いな。

 

 明命は引き続き部下には魏の内情を探らせておけ。

 

 思春は部下を引き上げさせて良い。連合本隊に先だって赤壁に部隊を送り、準備をさせておくんだ」

 

戦場に、と定めた平原へと向かう連合本陣にて、周瑜が周泰からの報告を受けていた。

 

どちらの陣営も相手が動き出していることはきちんと掴んでいる。

 

その上でどちらが主導権を握るのか。そして、その方法は。

 

「第一戦は撤退戦を展開する、とのことでしたが、より安全に撤退すべく罠を仕掛けてはどうでしょうか?」

 

呉軍ばかりが知恵を出しているわけでは無い。

 

蜀軍の方もこうして諸葛亮を始め、様々な知恵を出していた。

 

「ふむ。ならば伏龍と称えられる諸葛孔明の手腕、お見せいただくとしようか」

 

「はい、お任せください」

 

蜀呉の連合軍。そこにも大陸有数の勇将・猛将・知将に軍師、果てはかつての英雄まで所属している。

 

どちらから見ても、相手が一筋縄では行かないことは火を見るよりも明らか。

 

互いに相見えるよりも遥か前から、既に戦は始まっていると言っていいのだろう。

 


 
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