No.885516

兄弟をやめる日

前提なしの完全なカノサガです。カノサガはどこか神聖なCP。

2016-12-27 13:42:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2192   閲覧ユーザー数:2184

「テレビ、つまんねえなあ。」

 

リモコンであちこちチャンネルを変えていたカノンは、ため息をついた。

 

「あ、ギリシャ紀行だってよ。ギリシャなんて目をつぶって歩けるよな、兄さん。」

 

「う、うん……」

 

サガはまごまごして言葉を返した。ソファに深く座ったカノンの足の間に行儀よく座り、両膝を弟の足で器用に挟まれ、片腕で身体を抱き寄せられ、身動きがとれない。カノンに言われるがままにサガは大人しくしていたが、外からゴロゴロゴロ…と異様な音が聞こえると、ビクリと身体を震わせた。

 

「いちいち怖がるなよ。飛行機のエンジン音じゃないか。」

 

「ああ……すまない……」

 

余裕のカノンとは裏腹に、サガは冷や汗をかきながら弟に身を預けていた。

 

 

現在、二人は双児宮で暮らしている。聖戦を経て絆を取り戻した二人は、今は周囲がゾッとするほど仲が良い。本来なら一人一宮の守護宮だったが、二人は一緒に住むことを全く躊躇しなかった。

 

「俺たちは二人分だから、もっと中を広くしようぜ兄さん。」

 

カノンに乗せられて、サガは外側からわからないように異空間を広げ、部屋数を増やした。内装も言われるままに高級品を買い揃え、豪華に装った。ベッドも最初はそれぞれ用意するつもりだったが、キングサイズにすれば一つでいいと豪語するカノンに負け、その通りにした。弟思いのサガは、素直に甘えてくるカノンを嬉しく思い、彼の望むとおりに願いを叶えた。

 

ある夜、二人はソファで並んで映画を観ていた。内容に少し飽きたカノンは、戯れにサガの身体をあちこちつついたりくすぐったりした。サガは笑っていたが、その顔がとても可愛かったので、カノンの行為はいよいよ度を外しだした。「やめろカノン」と笑いながら言うサガは、どうみても喜んでいるようにしか見えない。サガに乗しかかり、頬にキスをしたり、白い貝殻みたいな耳をいじったりした。耳たぶには、二人暮らしを始めてすぐに一緒に開けたピアスが光っている。サガは右側に、カノンは左側にそれぞれ身につけている。5月の誕生石であるエメラルドだが、自分たちの瞳色と同じ濃度で、極めて高品質な石を探して作らせたものだ。そこにも、カノンは何度もキスをした。映画はいよいよどうでもよくなっていた。

ついに唇を軽く重ね、小鳥のようについばんで楽しむ頃になると、サガが身じろいで突然悩ましい声を発した。

 

「……お前……なんて声を出すんだよ。」

 

初めて見る兄のしどけない姿。耳の後ろに顔を埋めると、さらに甘ったるい声を出したので、カノンの小宇宙は大爆発し、完全に理性を失った。

 

「オレは兄弟をやめるぞ!サガ!!」

 

カノンはそう叫ぶと、足でガラスのテーブルを遠くへ押しやり、敷きつめられたフカフカの絨毯の上にサガと一緒に転がった。青銀の長い髪が大きく広がり、カノンは波打つ芳しい髪ごとサガを抱きしめ、何度もキスをした。桁外れの強い小宇宙に包まれたきめ細かな白い肌は、唇をあてるたびに柔らかく吸いつき、甘ささえ感じる。ここまでしてもサガは全く抵抗しない。それどころか、カノンの首もとに顔を埋め、完全に受け入れる体制をとっている。信じられない光景だった。最初は冗談のつもりだったのに、このバカがつくほど真面目なサガが自分にここまですべてを許すとは。

 

「サガ…お前はオレのものだ。絶対に誰にも渡さん。いつもお前を気にかけているあの人馬宮の野郎になぞ絶対渡さん……近づく奴らは男女問わず全員ぶっつぶしてくれるぞ…」

 

潤んだ碧の視線が熱く交差する。二人は深く口づけ……しようとした時だった。

 

突然、窓から強烈な白い光が差し込み、直後に大地が割れるような雷鳴が響き渡った。途端にサガは恐怖に目をまんまるに見開いて、カノンにしがみついた。

 

「おお、この雷は天罰だ……!私たちは兄弟でとんでもない事をしようとしたのだ!これはたたりだ、神の怒りだ!……」

 

そんなことあるわけないだろ、と興奮したカノンは思った。現に雷は一回鳴っただけで、普通に雨が降ってきた。しかし、サガの狼狽ぶりがひどすぎて、とても先ほどの続きができる雰囲気ではない。その後はサガをなだめるのに一苦労する始末だった。

 

 

この一件で、お互いの気持ちは十分よくわかったが、サガに植えつけられた恐怖はそう簡単に拭えるものではない。女神への忠誠が厚く、神に対して信心深いサガを再びその気にさせるのは至難の技だ。何もしていない時でも、ゴロゴロ音がするたびに彼はビクッと飛び上がった。聖域と旅客機の航路が近いせいで、ゴロゴロは十二宮の空によく響いた。その度に「たたりだ、神の怒りだ」と怯えるサガに、今はもうカノンもすっかり慣れて、「そうだよ兄さん、これはたたりだ。間違いない。」と、適当に返事をしていた。

 

しかしそのわりに、サガはこうして今も弟の足に挟まれ、身体を抱き寄せられ大人しくしている。サガはサガで、どうしたらいいのかわからないのだろう。「怖いのに、その先を知りたい。」……そんな子供のような好奇心と理性の狭間で揺れている兄の姿は、カノンからしてみれば可愛くて仕方なかった。

 

しばらくすると、カノンはサガの両膝を持ち上げてソファの上に乗せ、横抱きにして顔を覗き込んだ。恥ずかしさに、サガは視線を泳がせてカノンにしがみついている。

 

「腹の中で同時に育ったのに、先に生まれやがって。お前が兄なんてズルいぞ。」

 

「それは仕方ないだろう…」

 

「お前が弟だったら、もう毎日グリグリこねくり回して可愛がっちゃうんだけどな。」

 

「…………………ッ」

 

「なんで赤くなってんだよ。何を想像したんだよ。」

 

熱く火照った顔を見られたくなくて、サガはおろおろしてカノンの胸元に頬を埋め、身体をすくませた。

 

「おい隠れるな。よく見せろ。」

 

カノンは面白がって、逃げるサガの顎をとらえて自分の方を向かせた。目尻に涙を浮かばせて、まるで生娘のようだ。唇を当てて拭うと、サガの身体が震えた。ゆっくり見開かれた碧の瞳が、同じ色のクールな眼差しをとらえる。

 

「サガ、オレに抱っこされて嬉しいか?」

 

「………同じ顔なのに…カノンは変な気分にならないのか?」

 

「オレとお前は違う。」

 

「………どこが?…」

 

カノンの顔から笑顔が消えていた。じっとサガを見つめている。その表情は、何か触れられたくない核心をつかれて、ともすれば怒りに変わるかもしれない前兆のように見えた。サガは眉をひそめてカノンの言葉を待っている。

 

「…………さあね。まあ、お前には一生わからないさ。」

 

「………………?」

 

天使のように清らかで、愚かなサガ。悪鬼にとりつかれていた時でさえ、彼は妖艶さを失わない。凄絶な破壊力と扇情的な美貌で周囲を惑わせ、聖域を悪霊の虜にした。

オレはこの世でただ一人、サガと同じ血を汲む存在。顔も、瞳も、力も、すべて同じはずなのに……

 

カノンは、ふと厳しい表情を解いてサガを見つめ返し、ささやいた。

 

「いいんだよ、サガはそれだからいいんだ。ずっとそのままでいい……」

 

カノンは優しくサガを抱きしめた。

サガ…大切なオレの兄さん。そして、いつの日かきっと、かけがえのない恋人になる人。こうして抱きしめていると、欠けた部分が補われていくような気がする。しがみついているのは自分の方かもしれない。

カノンの腕に力がこもった。

 

「カノン…大丈夫か?」

 

サガが心配そうな声を出した。カノンの頬に何度も触れてくる。いつの間にか涙を流していたらしい。雫を指で優しく拭っている。カノンはその手を掴み、そっと口づけた。いいムードだったが、切なげなサガの顔を見ているうちに、カノンの心にいつもの悪戯心がフツフツと沸き上がってくる。このチャンスを使わない手はない。

 

「オレの事が心配だったら、何か元気の出ることしてくれよ。」

 

カノンはにやりとしたが、その直後にサガがとった行動に目を見開いた。温かな手のひらでカノンの両頬を包み、彼の唇に深く口づけた。目を閉じ、恥ずかしそうではあったが、サガはしっかりと唇を合わせている。しばらくしてゆっくりと離れたが、それでもまだ両頬を優しく撫で続けている。

 

「また空がゴロゴロするかもしれんぞ。怖くないのか?」

 

「それは……まあ怖いけど……」

 

サガは一度視線を泳がせたが、しかし、カノンに困ったような笑顔を向けて言った。

 

「お前が悲しんでいる姿を見るのはつらい。」

 

「…………」

 

「カノン、お前に抱きしめられると不思議な気持ちになるんだ……何かぽっかりと開いたところが、埋められていくみたいな気がするんだ。」

 

「…サガ………」

 

「でも、神は恐れ敬わなくてはならない。カノン、どうしよう?」

 

カノンは思わず吹き出して笑った。あの最強を謳われてきたサガが、なんと頼りなげな顔をするのだろう。

ああ、オレたちは愛欲のためにお互いを求めているのではない……生まれた時に離ればなれになってしまった自分の片割れを取り戻そうと、本能でお互いを求めているんだ。ひとつの完全な魂となるために。

だから……神よ、たとえ兄弟をやめる日が来ても、どうか我々を許してほしい。

 

カノンは心の中でそう祈りながら、いつものあの音が聞こえないようにサガの両耳をそっとふさぎ、唇を合わせた。

 

 


 
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