【阿知賀女子麻雀部部室・末原恭子退出中】
やえ「いやしかし……赤土さんはものすごく顔が広かったりするんでしょうか。それとも、私が思っている以上にすごい方だった、ということなのでしょうか」
赤土「別に大した奴じゃないよ。はやりさんが無茶苦茶顔広いから、その流れでって感じじゃないか ?なにせほら、私は他のプロより自由になる時間が多いからね。巻き込まれることも多くなるってわけ」
やえ「流石にそれは……あの、失礼かもしれませんが、謙遜が過ぎるのではありませんか?瑞原プロが実力や講義の保証をするなんて、よほどの信頼があってこそかと思えるのですが」
赤土「んー……まあ、ね」
やえ「あっ、言いにくいことでしたら、無理に聞くつもりはありませんので――」
赤土「いや、いいよ。せっかくだから教えておくか。私にはね、今も抱えているトラウマがあるんだよ。原因となった対局は、高一のインハイ団体戦準決勝。メンツがはやりさんと野依さん、それから小鍛治さんだった。あの対局で、私はしばらく牌に触れることすらできなくなるほどの傷を負った。今でもさ、あの時みたいな大事な局面になると、記憶がフラッシュバックして上手く打てないんだよ」
憧「……」
やえ「なんて面子……確か、赤土さんは年齢が下だったと記憶していますが」
赤土「小鍛治さんと野依さんが1こ上で、はやりさんが2こ上」
やえ「私では対局にならないでしょうね。高一ならなおさら……赤土さんは、まともに戦えたのですか?」
赤土「結果はボロ負け。あの当時さ、小鍛治さんは麻雀がよくわかってなかったっていうか、自分をわかっていなかったっていうか、小鍛治さんと打った相手がどうなるのかってことを考えていなかったっていうか……誤解を承知でざっくり言うと、今よりも化物度は高かったんだ」
憧「へっ?!それ初耳なんだけどっ」
赤土「もちろん、麻雀の実力自体は今の方がはるかに上なのは間違いない。だけど、対戦相手としての危険度は高校時代の方が上だと思う。ホント、当時の私はよくあの小鍛治さんに立ち向かったもんだよ。私ら相手だから私一人の犠牲で済んだけれど、面子が悪い時にアレが出ていたら……まあ、インハイ中継で放送事故級の大惨事になっちゃうだろうね」
やえ「小鍛治さんと打ったことで、麻雀が打てなくなった人がいるという話は聞いたことがあります」
赤土「詳しくはわからないけれど、どこかのタイミングである程度の調整はできるようになったらしい。でも、高校当時は自然発生的で反射的なもの、だったのかなあ。小鍛治さん、インハイの解説の時なんかに『高校の時、一度だけ跳満をくらった』って話をしているだろ?あれやったの私でさ、直撃した後はホント酷いことになったよ。もちろん何度あの場面を繰り返したとしても絶対にあがる跳満なんだけど、トラウマで麻雀を打てなかった時期は、あれをあがらなければ私の人生は違ったのかなーなんてことも頭に浮かんでくるわけ」
憧「……あの時の話をするの、珍しいじゃん」
赤土「やっとできるようになったんだよ。みんなのおかげでな。憧には話す機会がなかったけど、灼とはけっこう話をしてるんだぞ。で、結局何が言いたいのかっていうと、この対局は深く印象に残っているんだ。対局者のみんなが、今でも細かく語れるくらい記憶に刻み込まれている。見ていた人の中にだって、覚えてくれている人もいる。これから来るゲストも、小学生の時に見たのをまだ覚えてるみたい」
やえ「10年前の出来事なのに」
赤土「そのくらい、とんでもない対局だったってことなんだろうな。でさ、そういうキツい対局をした面子って、なんていうか、妙な連帯感みたいなものが芽生えたりするんだよね。だから、はやりさんや野依さんとは、戦友みたいな感覚がある。つまりは、そういうこと」
憧「私にはよくわかんないな。そういうの」
赤土「そりゃそうだ。こんな対局がそうそうあってたまるか。でも、今回で言うと、対宮永照をやった玄と新道寺の花田さんと千里山の園城寺さんあたりは、通じるものがあってもおかしくない。玄はちょっと天然入ってるからアレだけど、宮永さんの方もたぶん印象に残ってると思う。こういうのって、点差や結果はあまり関係ないんだよね」
やえ「……一人の打ち手として、とても恐ろしい話だと思います。ですが、いつか私もそういう対局をしてみたい、とも思います」
赤土「なら、何かを失ってしまうしれないね。だけど、得るものも絶対にあるから、止めとけとは言わないよ。一応、経験者として前もって忠告しておくが、大切なのはその対局の後。自身がその対局をどう受け止めるかにかかっている。私は……どうだろうな。まだ結論を出せていないような気も――」
憧「ハルエには悪いけど、私らはアレのおかげで助かってるからね。思うところだってもちろんあるけど、ハルエには出来る限り前向きに受け止めて欲しいな……インハイで結果出したから、これくらいは言ってもいいよね?」
赤土「ははっ!いいよいいよ。憧たちを二度も教えることになったきっかけだ。決勝まで連れて行ってくれたのに、悲観してたら報われないよな。わかっちゃいるんだが、これがなかなか心の端に引っかかってくれるんだ」
憧「わかってるよ。待ってるし、ずっと見てるから」
赤土「ありがとな。さあ、私の話ばかりしても仕方ない。やえももういいだろ?恭子はまだ戻って来ないのか?」
やえ「監督室には入った後は、物音一つしていませんね。流石に声は聞こえませんから」
赤土「十分くらいは経ってるよなあ。ちょっと様子でも見てくるか」
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