思いかけずもウェールズ皇太子に出会ってしまったルイズ達を乗せ、空賊船に偽装した『イーグル』号は、アルビオン王国の秘密の港に到着した。ウェールズはルイズ達をタラップから降ろした後、船長室で兵士に指示を出していた。
「この麻袋には大事なものがはいっている。私の部屋に丁寧に運んでくれ。ぐれぐれもぞんざいに扱うことのないように。あと中身は決して見るなよ」
「はっ!」
船長室の片隅にあった麻袋を指差し、ウェールズは兵士に告げる。兵士は敬礼すると、麻袋を丁寧に持ち上げて、船長室を出ていった。
「ふぅ。やれやれ皇太子になりきるのも楽じゃないな・・・」
ウェールズは誰もいないことを確かめてからため息を吐きだして呟くが、すぐに表情を引き締めると船長室をでて、ルイズ達のもとへと向かった。
「大使殿。遠路はるばるようこそのアルビオン王国へいらっしゃった。私は殿下の侍従を仰せつかっておりまする、パリーでございます」
その頃、タラップを降りたルイズ達一行は、背の高い年老いた老メイジと挨拶を交わしていた。
パリーと名乗った老メイジは恭しく一礼する。
「殿下から話を伺っております。何か重要な用件で、王国に参られたとか。今、このような状況ですので、たいしたもてなしはできませぬが、今夜はささやかな祝宴が催されます。是非とも出席くださいませ」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
ルイズが代表して応えると、パリーは微笑むと、ルイズ達を見つめて告げた。
「殿下も間もなくいらっしゃるでしょう。もう少しここでお待ちいただきますようお願いいたします」
そしてもう一度一礼して、『イーグル』号と曳航されてきた『マリー・ガラント』号に向かった。
「お待たせしてすまない。大使殿」
それと入れ違いにウェールズがタラップを降りてきた。
待たせたことを謝罪したウェールズは、ルイズたちを促して城内へと向かった。
*****
ルイズと才人は、最初に案内された応接室からウェールズに付き従い、城内の彼の居室へと向かった。
ワルドはギーシュやキュルケ、タバサの三人とともに応接室に残っている。ウェールズにルイズとだけ話がしたいと言われたためだ。ちなみに才人が一緒にいるのは、使い魔だからという理由だ。
居室は、城の一番高い天守の一角にあったが、そこは王子の部屋とは思えない、質素な部屋だった。
ウェールズは椅子の横に置かれていた麻袋を丁寧に持ち上げて、ベットに置く。そして椅子に腰かけると、机の引き出しを開く。そこには宝石が散りばめられた小箱が入っていた。
それからベットに置いた麻袋の中からネックレスを取り出す。その先には小さい鍵がついていた。
ウェールズは小箱の鍵穴にそれを差し込み、箱を開けた。
その中から一通の手紙を取り出す。その手紙は、そうとう読み込まれているのか、すでにボロボロだった。
「これが姫からいただいた手紙だ。このとおり、確かに返却したぞ」
ウェールズは手紙を丁寧に封筒に入れて、ルイズに手渡す。
「ありがとうございます」
ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。
「あの、殿下・・・・・・」
「なんだい?」
その手紙をじっと見つめていたルイズは、決心したように口を開いた。
「さきほど王軍の兵たちが栄光ある敗北と言っていたのを訊いたのですが、王軍には勝ち目はないのですか?」
ルイズは躊躇うように訊ねたが、ウェールズは至極あっさりと答える。
「ないよ。わが軍は三百。敵軍は五万だからね。万に一つの可能性もありはしない。我々にできることは、勇敢な死に様を見せることだけだ」
「殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」
「私は死ぬが、殿下はしなないさ」
「「?」」
ルイズと才人は、ウェールズの言葉に顔を見合わせて首を傾げる。自分は死ぬが殿下はしなないという意味が、今一つ理解できなかったからだ。
ウェールズは椅子から立ちあがると、麻袋を丁寧に持ち上げてベットに置いた。
「二人には話しておこう。私はウェールズ殿下ではない」
「な、なにを仰っているのですか? 殿下」
「ル、ルイズ」
「何よ、サイ・・・、え!?」
ルイズは、才人に呼ばれて振り返るが、ベットに置かれた麻袋から、人間の頭が出ていたのに気付いて目を見開く。
そしてその人間の顔が、見覚えのある顔だと気づき、さらに驚きの表情になった。
「で、殿下が二人・・・・・・?」
ルイズは、ポカーンと麻袋に包まれているウェールズと椅子に腰かけたウェールズを見つめた。
椅子に腰かけたウェールズは何事もないように、麻袋から出ていた顔を隠し、小箱の鍵のネックレスと指にはめていた、アルビオン王家に伝わる、風邪のルビーを入れた。
「このお方が正真正銘のウェールズ・テューダー皇太子殿下だよ。今は薬で眠ってもらっている。目を覚ますのは恐らく明日の昼頃かな」
ウェールズは緒を締めながら、麻袋の中身について説明する。
才人は、突然の告白に唖然とするばかりだったが、ルイズは困惑した表情をしながら偽物だと語るウェールズに訊ねる。
「・・・・・・こちらが本物の殿下であるならば、あなたは一体」
ウェールズはすぐには答えず立ち上がると、ルイズに椅子を勧めた。
ルイズは言われるがままに椅子に腰を下ろし、我に返った才人がその横に移動する。ウェールズはベットに腰かけると、ルイズを見つめ口を開いた。
「私の正体など些細なことは気にしないでほしい。大事なのは、明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が、ここを出港することになっていることだ。大使殿。この麻袋をトリステインにもっていってもらえないかい?」
「姫さまのもとへ届けるようにと?」
「それは大使殿に任せる」
ルイズは麻袋をじっと見つめると、ボソッと呟いた。
「姫さまはきっと・・・・・・」
「ルイズ?」
「なんでもないわ。ふぅ。殿下。この麻袋、確かにお預かりいたします」
そばに控えていた才人の呼びかけに応えたルイズは大きく息を吐きだすと、視線を戻してウェールズの頼みを了承する旨を告げ頭を下げた。
「ありがとう。大使殿。これで私は明日、立派な死を迎えることができる」
「あんたはそれでいいのかよ?」
思わず口を出してしまった才人に対して、ウェールズは微笑みを絶やさずに応えた。
「もちろんだ。殿下の身代わりで死ぬのだからな。こんな名誉なことなど、他にはないよ。さて、そろそろパーティの時間だな」
机の上に置かれた、水がはられた盆の上に載った、針を見つめたウェールズが立ちあがり、部屋の扉を開く。ルイズもそれに倣って立ち上がると、才人ともに部屋の外に出た。
「そうそう。先ほどの件は誰にも話さないでもらえるかい。あの子爵殿にもな」
「ワルドにも、ですか?」
「ああ。あなた方を無事にトリステインへ帰れるようにしたいのでな」
「・・・・・・分かりました。サイトもいいわね」
「了解」
ウェールズは微笑むと、ルイズと才人を連れて応接室に戻る。そこで侍女を呼び、ルイズ達をパーティ会場へ案内するよう指示を出した。
侍女は恭しくルイズ達に頭を下げると、『こちらです』とルイズ達を促した。
ルイズ達は一人ずつウェールズに頭を下げて、応接室を出て行った。
そして最後にワルドが、ウェールズに一礼し出ていったが、すぐに引き返してきた。
「なにか御用がおありかな? 子爵殿」
「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」
「なんなりとうかがおう」
ワルドが自分の願いを語って聞かせると、ウェールズはにっこりと笑った。
「なんともめでたい話ではないか。喜んでそのお役目を引き受けよう」
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死神のうっかりミスによって死亡した主人公。
その上司の死神からお詫びとして、『ゼロの使い魔』の世界に転生させてもらえることに・・・・・・。
第二十六話、始まります。