No.883574

人類には早すぎた御使いが再び恋姫入り 四十八話

TAPEtさん

もう一度魯子敬を尋ねる蓮華。
彼女の思いは届くでしょうか。

2016-12-15 21:33:23 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1785   閲覧ユーザー数:1708

蓮華SIDE

 

次の日、私は明命にヘレナをお願いして思春と共に私たちが初めて会った豪族、魯粛子敬を会いに再び彼女のいる魚市場商会の建物に向かった。

 

「約束もしていないのに会ってくれるでしょうか」

「そこは彼女の異様なまでの好意に頼ってみましょう。それと、もし門前払いされても日を改めてまた来るまでよ」

 

前に会った受付の人に魯子敬を会いに来たと言って、約束はしていないと言うと彼はしばしお待ちくださいと言った後中へ入っていった。

 

豪族たちを一通り会った。が、我軍に好意的な返事はあまり見当たらなかった。中には私に対してだけは好意的だった人たちも居たが、それが何か裏があるからかどうかはっきりと判らなかった。だけど魯子敬の場合、私の前で姉様のことを謀反の話を向こうから持ち出して来るほど私のことを支持していて、それに反比例して姉様のことを嫌った。もし魯子敬を説得できれば私は強力な建業の豪族の一人を味方に付けることが出来る。

 

しかしこれは私にとっても危険な賭けになりえた。魯子敬は私の前で謀反を起こそうと言ってくるぐらいに私を支持していた。姉様ではなく、私を孫呉の王にしようとしているのだった。そんな彼女の口車に乗せられてはいけないのはもちろん、そんな思想を持っている彼女と近くに居るだけでも、姉様と冥琳は私に謀反の疑いがあると考えるかもしれない。そんなことが起きることはもちろん、そんな疑惑が上がるだけでも、軍に亀裂がかかる。

 

だから江東の民も孫呉の軍も傷つけたくない私にとって、この決定は劇薬だった。成功すれば、江東が穏便に姉様を迎え入れ、従ってくれる可能性が高まる。失敗して均衡を間違えれば、江東の豪族たちか、私自身を含めて軍の中で血を見ることになる。

 

「商会長が会いになると仰っております。どうぞ私に付いてきてください」

 

間もなく中に行っていた受付の人が戻ってきて私たちを以前魯子敬に会った時と同じ部屋に案内した。部屋に入ると魯子敬が既に私たちを待っていた。服装は前に会った時より地味で、髪や手元に飾りなどもしていなかった。やはり突然の訪問で、しかも朝っぱらからだったからちゃんと客を迎える準備など出来ていなかったのだろう。

 

「お詫び申し上げます。昨日大きな商談が成立したもので、ここで部下たちと少々お祝いをやっていまして…大事な方を迎えるのに準備が出来ていませんでした」

「約束も無しにやってきたのはこちらよ。私こそ謝らなければならない」

 

話からして多分ここで飲み潰して、受付の者に起こされて慌てて準備したという所ではないだろうか。

 

「今日は聞きたいことがあって来た。具合が悪いのであれば日を改めることも出来るが…察してるように私にもそう余裕はない」

「…存じています。とりあえずお座りください」

 

私は魯子敬が勧めるように席に座って魯子敬もその反対側に座った。

 

「あなたを始めにして色んな豪族たちに会ったわ。だけど、出て来る答えはだいたい同じだった。『姉様はダメ』。何故なの?」

「大きく分けて二つの理由があります。まず、以前にもお話致しました通り、わたしは伯符さまが江東の王になることが江東のためになるとは思いません。伯符さまにとって江東は野望のための踏み台。ご自分の欲望のために江東を糧とするその姿が袁術と一体何の差があるのでしょうか。そう思っている豪族が私だけではないということです。もう一つの理由は、もっと世俗的な問題です。伯符さまより袁術の方が私たちにとって扱い易いからです」

「扱いやすいとは…?」

「袁術は江北の遠い地に居ます。そこに報告する者どもさえ賄賂で買い占めれば、袁術が江東に直接手を出してくることはありません。現に、袁術は江東からの贈り物さえ届けばそれ以上を要求することはありません。そうしたらその後は江東の豪族たちが何をしようが、止める者は誰も居ないというわけです。江東の自治権を守れるという点では良いかもしれませんが…まあ、ぶっちゃけ皆自分の腹を肥やすことに夢中になれるというわけです」

「袁術から搾取されているだけでなく中の豪族たちにまで搾取されているということ?」

「それに袁術に集めた税を送らず横取りしている袁家の家老ども居ます。彼らと結託している豪族も少なくないでしょう。伯符さまが来れば、彼らの命はないも同然です」

「あなたはどうなの?」

「私はほら、こういう性格でして…あまり人に媚を売ったりは出来ませんから」

 

彼女が裏でどんなことをしていたかはともかく、問題は二つ。一つは江東豪族のそのものの腐敗。これは妥協の余地がなかった。これは姉様でなく誰が江東に来ても剔抉せねばならない問題だった。だから袁術に現状を漏らそうとしている輩もいるのだろう。姉様と袁術の仲を悪化させて姉様が江東に来られないようにするたにだ。

 

もう一つ、初日にも聞いた姉様に関しての魯子敬の評価だが…。

 

「姉様は母様が居る頃江東の内政に参加したことがないと聞いているわ。姉様はいつも母様の命令でいつも河賊の掃討や山越の追い払いみたいな仕事に行かされていたと姉様から聞いている。あなたは姉様が江東を絞り出して戦争を始めるだろうと断言するけど、今も姉様は袁術の監視下に居ても廬江の太守として働いているし、廬江は豫州の他の都市より栄えている」

「今は持っているものがそれだけないからそうしているまでです。足元に何か置かないと浮きませんから。でも一度大きな台を持つと、それがどれだけオンボロな台であと一回踏めば壊れるとしても先ず踏みます。壊れる前により高い所まで行くのです。ご自分がそのつもりがなくても、江東の腐敗剔抉という名の政敵排除を済ませたら真っ先に袁術に復讐を果たさんとなさるでしょう。そしてその後の話は以前私が言った通りになるでしょう」

「江東を保てる線で軍を動かせばいい話よ。姉様だって復讐に血迷った猛獣ではないわ。先ずは江東の民を見守ろうとする。江東の状態だってあなたが思うほど悪いわけじゃないかもしれないわ。袁術からだけでなく江東の豪族たち自ら搾取している規模も馬鹿にならないはずよ。そんなものを駆除できれば、あなたが思うよりも早く江東を以前の軌道に戻せるかもしれない」

 

私は簡単に姉様を信じることが出来た。当然のことだった。妹なのだから。でも逆にだからこそ客観性に欠けた。魯子敬だって姉様や冥琳のことを知っていた。にも関わらず彼女の予見は私のよりずっと悲観的だった。私がそんな彼女の考えを変えるには私自身にやっているようにただ感情に訴えてはいけないことが解った。

 

「…そんなに姉様のことを信じてもらえないなら私はどうなの?私のことは信じてくれるんでしょう?何の根拠もない、ただ母様がそう言っただけというだけであなたは私なら良い王になるだろうって信じている。私は姉様と争うつもりはないわ。でも姉様が江東にとって害になることをするのなら私があなたに代わってこの命を賭けてでも姉様を止めましょう。だから私を信じて、私に力を貸して頂戴」

「……」

 

私の訴えに魯子敬は少し沈黙して考え込んだ後口を開けた。

 

「どうせ伯符さまが江東に戻られることは避けられないことでしょう。他のうしろめたい連中はなんとしても生き残るために袁術に頼ろうとしたり、仲謀さまを懐柔しようとも思ったみたいですけど、結局死ぬ者は死ぬでしょう。そしてその数は仲謀さまが思うよりもずっと多いだろうと思います。それだけ江東は腐敗していて、伯符さまは自分が治める地にそんな奴らが残っていることを許す人柄ではありません」

「それは避けられない道程よ。あなたに後ろめたい所がないのなら問題はないわ。濡れ衣であるなら私は最大に弁護して…」

「いいえ、仲謀さまは何もなさらないでください。伯符さまが何をなさっても、たとえ私が粛清の対象になるとしても、仲謀さまはそれに指図しようとせずただ見ていてください」

「え?」

「それが私が仲謀さまに協力する条件です」

 

魯子敬の話が理解できなかった。前に来た時でも私に謀反を起こせと言っていた彼女だった。なのに今更私に姉様の政治に一切関わるな、と?

 

私が混乱していると魯子敬は続いてこう言った。

 

「仲謀さまが伯符さまの政治に諌言せずにただ見ていてください。そうすれば伯符さまや公瑾さんは仲謀さまのことを警戒しなくなるでしょう。そしていずれ時が来れば…」

「魯子敬!!」

 

私は座っていた卓をガンと叩いた。

 

「ひゃわ!」

 

魯子敬の驚く様子を見てへれなからの忠告を忘れてしまったと後悔したが、もうここまでしたら仕方がないと勢いに任せて話を続けた。

 

「言ったはずだ!私に姉様を裏切るつもりはないと!母様の栄光をやっと取り戻せるのだ。姉妹同士で争ってそれを無駄にしてなるものか!」

「…失礼、口が過ぎました。ですが私が願うことは変わりません。仲謀さまが江東の覇王の名を継ぐこと。それが文台さまの遺志を継ぐことだと私は信じていますから。ですからそれまで、仲謀さまにはご自分の身の安全を最優先にして欲しいと思います」

「私の身の安全?私に保身のために諌言もしない佞臣になれというの?」

「佞臣とは、自分の利のために上に媚び、下を逼迫する者。私が仲謀さまになって欲しいのは江東の、孫呉の新しい時代に導く王です」

「言ったはず。私は姉様に歯向かわない。姉様の座を奪うなんてことはしないわ。もしあなたが私の許可もなくそんなことを企むというのなら私の計画を諦めてでも、ここであなたを斬って姉様に私の忠義を証明する」

「……はあ」

 

魯子敬は大きくため息をついた。ため息をつきたいのはこっちの方だった。新しい気持ちで来たものの、話は前に来ていた時と同じく平行線を描いていた。互いに絶対に譲れない線が交差していて、話を進めるにも引けないその線を踏んでしまうのだった。

 

「でしたら、これだけ約束してください。これでもダメなら、申し訳ありませんが、私は仲謀さまを援助出来ません」

「言ってみて」

「……伯符さまに心から忠言することは構いません。ですが、伯符さまに命を賭けて忠言しないでください。身の危険を感じる場合それ以上伯符さまのなさることに関わらないでください。それで仲謀さまの以外の誰かが死んでもです」

 

魯子敬はまるで姉様が私や私の身近な人を殺すだろうと確信してるように話していた。私に大事な人なら姉様にも大事な人だった。姉様が身近な人を殺そうとするはずがなかった。

 

「何故そんなことを約束しろというの?」

「仲謀さまが優しい人だからです。伯符さまと違って、仲謀さまはご自分に関わる人々に優しすぎます。仲謀さまが一度諦めた私の所に戻ってきたこともその一種です。自分を危険に陥れながらも、江東の人々を守るためにと私に会いに来られたのです。仲謀さまが頑張るが頑張らまいが、江東はもう伯符さまに落ちます。伯符さまが剣にどれだけ血を付けるかの差があるだけです。そして正直な話、あの方の剣はこれ以上赤くなることも出来ません」

「……」

「伯符さまが孫呉の王になると仲謀さまはもうその妹ではなく、その家臣になるのです。そしてもし伯符さまの行動に何らかの理由で耐えられず反抗した時、きっと民の心は仲謀さまの方に傾くでしょう。そうなったら伯符さまは王権を固くするために仲謀さままでも殺します。それがご自分の意志であるかどうかは関係ありません。王であることはそれだけ多くを犠牲にする座なのですから」

 

姉様は、婉曲に言っても優しい人とは程遠かった。家長としての姉様は孫家のためなら私の意思なんて黙らせる。でも、それが姉様が望んでいることではなかった。人が嫌うのをわざわざ強要して喜ぶ人がどこに居るだろうか。増してやそれが妹ならば。王とは時には人が嫌うことでもやらなければならない。そんな姉様を前にして私が甘い口で民と豪族の支持を得るならそれは優しいのではなくずる賢いのだ。

 

姉様は今の座に居るために多くを犠牲になさった。女としての自分、姉としての自分。王になる姉様は、私ではなくても多くの負担を背負うことになる。 それを判っているからこそ私は姉様の力になりたい。姉様のもう一つの負担になりたくはなかった。

 

「…判った。約束しましょう。だけどこれは保身のためではないわ。姉様に更なる負担をかけたくないからよ」

「ありがとうございます、仲謀さま」

「言ったはずよ。これは姉様が率いる孫呉の安寧のため。あなたや私のためではないわ」

「今は信じてもらえないでしょうけど、私もまた孫呉の安寧を望みます。ただその安寧は伯符さまの治世では訪れない。私がそう信じているだけです」

「……」

 

まだ迷ってしまう。こんな人に頼って本当に良いのだろうか。それこそ彼女が姉様を暗殺して私を王位に付かせようとするかもしれない。そしたら私は魯子敬が操る傀儡と化すだろう。いっそこの場で斬ってしまった方が、姉様と江東のためになるのでは?

 

しかし、彼女の助け無しでは江東に血の川が流れることになる。

 

「では、こう致しましょう、仲謀さま。私に十日だけ時間をください。それまでに私は江東で私の手が至る限り、孫家の追従者を集めましょう。そして孫家に従う者、従わない者の名を分けて、一冊の本にしてお渡しします」

「あなたにそれが出来ると?それもたった十日で?」

「仲謀さまに私がずっと謀反を提案したことをお忘れですか。私なりに準備していたのです。いろいろと」

 

それを聞いて私はゾッとした。この者は本当に私に姉様を裏切らせるつもりだったのだと思うとより危機感が身に染みた。

 

「あなたはとても優しい人です、仲謀さま。だからこそ、あなた様こそが孫呉の王として相応しい」

「孫呉の王になるのは私のお姉様、孫伯符よ。私も、もちろんあなたも、あの方が率いる孫呉のために忠誠を誓うの」

「私は仲謀さまに忠誠を誓いましょう。いつか必ず来るその日のために…。ですが今仲謀さまが望まれることがそれなら今はそれでもいいでしょう。私の真名は包(パオ)、伯符さまを正式会うまではまだ呼んで頂けないと思いますが、その前に先ず仲謀さまへの想いの証としてこの真名を捧げます」

「……」

 

判らなかった。

 

「何故そこまで私を慕うの?単に母様にそんな風に言われたから?それだけで母様が亡くなった以来、冥琳の誘いも断って、ここで姉様でもなく私が来るのを待っていたというの?私が姉様を差し置いて王になろうとするのを待っていた?おかしいでしょう?もしかして、あなたが私を利用して権力を手に入れたいからではないの?」

「……どうでしょう。生憎私にはもうその思惑を否定できる証拠が何もありません。ただ信じて欲しいとしか言い様がありません。ですが私が若い頃の伯符さまと今の仲謀さまを見た目が確かであれば、そのうち仲謀さまも自然と判るはずです。私が伯符さまを拒む理由を……」

 

最後の魯子敬の言っていることは良く判らなかったが、とにかく私は彼女の協力を得ることは出来た。これで江東の豪族たちの懐柔にも拍車がかかるだろう。

 

しかし、魯子敬の思想はこれからも私と姉様の仲に危険となりうるものだった。これからも彼女の動きには気をつけなければ……

 

・・・

 

・・

 

 

 

 

<作者からの言葉>

 

風邪を引いてしまいました。咳で喉がいっちゃって夜な夜な寝ることもきついです。

 

今回は特に話すことがありません。ぼうっとしてます。

 

<コメント返しのコーナー>

 

未奈兎さん>>演義、正史の魯粛さんは素晴らしい人でしたね。彼と周瑜が居なければ孫呉は居なかったでしょう。特に正史だと荊州を置いて犬猿としていた孫呉の仲を最後までうまく調律しようと頑張りました。挙句にはあの軍神関羽さんを前にして口で論破するという快挙を取った人ですから…かなりタフな人だったことは違いありません。

 

わく惑星さん>>いえ、雰囲気作りに可読性を犠牲にしては元モ子もありませんからね。以後気をつけます。これからもご指摘頂ければ嬉しいです。

 

marumoさん>>なろうでは本当に「あげてる」だけになってます。爆発した後は特に機械的にあげてるだけになってます。あまりリアクションもないので…。

 

山県阿波守景勝さん>>ぶっちゃけ個人的には孫策も周瑜もチート扱いになってますがどっちも憤死してるのでちょっと酷く言うと大きくなる器ではなかったなあと思ってます。に比べて魯粛さんは大器な上でタフさも両立させてるのでもっと長生きしてほしかった…。

 

スネークさん>>おいかけご苦労さまでした。それもいいですけど元の世界のもありますからね。皆心配してます。(経営が難しくなるとはいわないふしぎ)

 

 

 

 

 


 
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