◆紅葉が散り散り居場所を探す
→……飛び降り自殺してコンクリの道に鮮やかな紅葉を舞わせた友達の細かい部位が、四方八方にチミチミと蠢きながら移動している。
僕はその様子をビルの窓からジッと見つめる。
「俺は外に出たい」
好奇心旺盛な君は、バカの一つ覚えみたいにしょっちゅうそう言っていたね。
「俺の手が、足が、脳が、細胞が、外に出て泣けてくる程に鮮やかな空を見たい、肺に澄んだ空気を入れたい、足の裏で青臭い草原を踏みつけたい、風に身をさらしたい、崖に楔を突き刺して少しずつ上に登って頂上に行って雲の上にあるものを見たいと、疼いてわめいてる」と、よく地団駄を踏んでいたね。
僕はそんなコイツの相手が面倒だったし、コイツは僕の事を「友達」だと思っているようだが、僕自身はどうとも思っていなかった。と、いうか嫌いだった。
こいつのキラキラした目が嫌いだった。声のデカさが嫌いだった。すぐ笑う所が嫌いだった。僕と違ってピーマンが食べられる所も疎ましかった。
だから、「生きてここから出ることは難しいから、死んでみればいいんじゃないのかな」と適当に言っておいた。
「マスターは、ここを出る事は許さないが“自殺”は許してくれる。死ねばいいんだよ」
「……? 死んだら、外を歩けないよ」
至極真っ当な返答をされたが、僕は「死んだら、生き返ればいいじゃないか」と返した。
なるほど、と奴は納得した。……あぁ。言い忘れていたが、コイツの頭は残念だ。
「じゃあ、あばよ」と奴は窓から身を乗り出して、落ちた。
数秒後に、パン!……と音がした。窓から下を見ると、奴が粉々の紅葉になっていた。
しかし、奴の身体は己が死んだことにも気がつかず、身体の一部一部が思いのままの方向に散りだした。歩みだした。
――――そこまでして、外に出たいのかよ。外なんかに何があるんだよ。
僕は思わず「ここがそんなに不満か! 僕がいて不満か! 僕だけじゃ不満か!」と下に向かって叫んでいた。
すると、奴の肉片の1つの動きが止まり、ソレだけが建物の中に戻ってきた。
玄関の方に行くと、ヤツの耳がずぞぞ、ずぞぞと僕の方に向かってきていた。
こいつのキラキラした目が嫌いだった。羨ましかった。その目で見つめられると泣きたくなった。
声のデカさが嫌いだった。どこにいて隠れても聞こえてきて、奴を身近に感じてしまった。
すぐ笑う所が嫌いだった。「お前が笑えないぶんまで笑うよ」って謎の気づかいなんなんなん。
僕と違ってピーマンが食べられる所も疎ましかった。あいつはただひたすら、カッコよかった。
あいつが「どこか行きたい」というなら止めはしない。いや、止めたい。止める。止めたくない。
止めたくないが、ならせめてお前の体の一部だけでも僕のもとにいつまでもいて。
「……耳かよ。耳が残ってくれるのかよ」
眼なら良かったのに。
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◆段ボールに詰め込んで
→「さて、どこに捨てよう」。僕は独りごちた。
子供は解体しやすいから好きだ。軽くて柔らかくて、さらうのもチョロいから大好きだ。
しかし、こんな肉片にもまだ使いみちがあるかもわからない。
確か、クラスメイトに『分解された人間』を欲しがっていた奴がいなかったっけかな。
そう思い直した僕は、次の日の学校にこの段ボールを持っていった。
案の定、バスケ部の佐々木が「わぁ、欲しい!」とジャレつく犬のように近寄ってきて僕の右耳を引きちぎろうと引っ張ってきたから、その横っ面を思っクソはたく。
「そんなゴミ、どうするんだよ」
僕が訊くと佐々木は「? 入浴剤以外に何の使いみちがあるんだい?」と、きょとんとした。
「食べないんだ」隣の席の真中が参加する。
「俺、人食うと便秘になるんだよなぁ」佐々木が白目をむいて笑う様が気味悪かったので、僕は佐々木に目潰しした。
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◆音の消えたオルゴール
→……それは、私が涙を流す度にこのオルゴールにそれを詰めたから。
涙を入れると音が変わった。鼓膜にキンキン刺さる金属音が、よく練った小麦粉生地のようにまろやかになった。
「泣かないで」と、私を優しくあやすかのように鼓膜から、心に染みていった。
そのせいで、気がついたらオルゴールの中がサビにサビていた。
「よくも大事なオルゴールを!」
私は義父に心臓をくり抜かれた。しかし、まろやかな音がたっぷり染み込んだ私の心臓はとても瑞々しそうに、歌うように脈を打ち続けた。
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◆祝杯にはほど遠い
→かもしれない。……が、勝ちは勝ちだ。
「これを飲み干せたら、そちらの勝ちでいいぞ」
戦に惨敗した軍の総隊長である私の目の前に差し出されたものは、ジョッキに入った真っ赤に濁った鉄臭く、生臭い液体。赤黒い固形物も浮いている。
この液体は、つい先程まで目の前で臼でひかれ、泣き叫びながら死んでいった我が兵達の体の一部の……何が何やらが混ざったものだった。
「これを飲めたら命は助けてやるし……なんなら『お前たった1人が我が軍を蹴散らして圧勝した』と吹聴して賞賛を与えてやろうか」
意地悪く笑う敵軍の老醜。若造。笑うたびにカタカタ鳴る鎧。
「悔しくない。そんなコトしたくない」と言えば嘘になるが、正直私は「え? マジ?」という喜びの方が強かった。
だって、コレを飲むだけで負けたはずのこの戦が勝ちになり? 全て自分の手柄? 良くない?
私は「まぁいいか」と総隊長からジョッキを受け取り、先程まで“我が部下”だったものを喉に流し込み始めた。どろどろネトリ、と“我が部下”達が私の喉に絡みついてくる。
鼻から抜ける生臭い匂いの中に、日々を共に過ごした“我が部下”達の懐かしき体臭を感じた。それは汗臭い、気がした。
「浅ましい!浅ましい!」敵軍の奴らは手を叩いて喜んだ。
「そこまでして生きたいか、勝ちたいか」
「宜しい。その浅ましさに免じて、お前を生かしてやろう。お前んとこが勝った事にしてやろう」
敵軍は私を賞賛しながら去っていった。こうして、我々の領土は守られた。
――――数日後、私は「負け戦をひっくり返した男」として賞賛された。
「凄い! 生きたいからって己の部下達のスムージーを飲み下したんですって?!」
「悪魔だね! 潔く死んだ方がまだかっこよかったよ!」
城に行くと、王からすらも「生きたいが為に、勝ちたいが為によくもまぁそんな事をした。私は恥ずかしい。……報酬をやるから、我が国から出て行け」と言われた。
妻や子も私を避けた、逃げた、出て行った。
まぁしかし、私の懐は報酬でホクホクで、そんな事は何も気にならない。勝ちは勝ちだ。
地面に穴を掘ってそこにクソをしたから、埋葬だって人道的に完璧なはずだ。私に責められる事など、やましい事など何一つない。
祝杯をあげよう。今度は、キンキンに冷えたビールで。
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◆季節外れの線香花火
「?」
深夜、空中に大きな線香花火が浮かんでいた。辺りには焦げ臭い匂いが立ちこめている。
近づいてよくよく見てみると、高い木に両足をくくりつけられて逆さに吊るされた青年の頭が燃えていた。
なるほど。だから、遠目で見て「線香花火」と思ったのか。
「花火だったら、誰か後片付けしろよ」と、私は首吊り死体の燃える頭を蹴り飛ばした。
頭は軽々ともげ、森の向こうに転がっていった。
……転がった先でチラチラと赤いものが発生していたが、私は何食わぬ顔でこの場から去った。
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◆怒った勇者、泣いた魔王
→「もう許して下さい……」
悪逆非道・残虐無情のはずの魔王が、身体はボロボロ・血にもまみれたデカい図体を縮こませて土下座をしていた。
その目の前には勇者。つい先程まで行なっていた魔王との激戦のせいか、魔王と同じくこちらも身体のあちこちがボロボロだった――が、こちらはドッシリと仁王立ちしており、見ていて疲れを感じさせない様子だった。
そんな勇者が、口の中に溜まった血を地面に向けてペッ、と吐いた。
「『許して』って? は? ナメてんの? お前、こっちに今まで何してくれたん?」
勇者は魔王の頭を思い切り踏みつけた。
「村、町、城、祠。テメェんとこの輩がグチャメチャにしてくれたウチんトコ、どう落とし前つけてくれるワケ?」
「…………しゅ、修理費は出します」
頭を踏みつけられた魔王が、下を向いたままあえぐ。
「金出す……だけぇ?」勇者が大仰に声を出す。
「金出すだけじゃなくて、手伝うのが筋じゃねぇの? ガーゴイルなんかの飛行部隊やオークとかの脳筋部隊を貸せやコラ。資材運ぶくらいのことは出来るだろ?」
「は、はい……」
「っつうか、修理費どんだけかかると思ってんのバカなの? てめぇら側がくれた被害は『オカネダスヨー』でホイホイ気安く払える額だと思ってんの?」
勇者がイライラと、まくしたてる。勇者の仲間の1人である魔法使いが後ろで「お腹すいたから帰ろうよ」とボヤいている。
「修理費だけじゃない。医療費、避難している人達の食費、とにかく物資いろいろ……。何もかんも全て手伝え、差し出せ。それが『謝罪』ってもんじゃねぇの?」
ネチネチと一方的に責められ、頭を垂れたままだった魔王が険しい表情で頭を上げた。
「いいかげんにしろよ?! 元々の敗者になんでそんなにサービスせなアカンのだ! 確かに私は負けたかもしれないが、【勇者】であるお前に負けただけであって【人間共】には負けてな……痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」
勇者は魔王の長い耳を思っクソ引っ張った。
「……何、ヘリクツこねてんだ。うっせーな殺すぞ」
瞳孔が開き、殺気立った勇者の目を見た魔王は再び、顔をクシャクシャにして「ごめんなさいごめんなさい……」と、ポロポロ泣き出した。
「バカめ……。金融屋の1人息子である勇者様にたてつこうなどと、か、かんたはらいひゃいわ……」
後ろの魔法使いが、懐から出したメロンパンをもちゃもちゃほふりながらドヤ顔した。
ところで、メロンパンって食べるとめちゃくちゃカス落ちるよね。
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お題サイトの短文から思いつくままに打っていったら【飛び降り自殺するわ、子ども解体するわ、部下をミキサーにかけるわ】な短編しかできませんでした。
“変な人達のちょっとした日常”な感じなだけですので、オチはないです(断言)。