北郷一刀が、ドキッ☆乙女(美少女)だらけの三国志(演戯)の世界に迷いこんでから一日が経過した。
過去の世界にタイムスリップするという、SF映画の様な事が自分の身に起ころうとは夢にも思わなかったわけでして。りっぱな髭を蓄え筋骨隆々であるべきはずの三国志武将たちが、萌え萌えな美少女として存在している時点でタイムスリップと言えるのかは疑わしいところだが…………とにかく、俺は今、三国志の時代にいるらしい。こっちの世界に着いてからも殺伐とした事態の連続で、黄巾党と思わしき盗賊たちに殺されかけるわ、夏侯惇たち(美少女)に不審人物として殺されそうになるわ、と実にヘビィで散々な一日だったと思う。結局、妖術使いや間者だのと言った誤解が解け、正体不明の不審者から、めでたく天の国からの遣いへと昇進しました。見知らぬ土地、見知らぬ街、殺伐とした世界を体験した身体は想像以上に疲労していた。今、現在は曹操(美少女)から割り振られた部屋で絶賛爆睡中だ。
だが、爆睡……もとい、安眠はけたたましい足音を立てる闖入者によって破られることとなった。
真・恋姫無双 新約・外史演義 第04話「曹操問答」
「な、なんだ!?」
ノックも無しに乱暴に開かれたのは、部屋の扉。足音高く入ってきたのは……。
「北郷一刀!」
夏侯惇と夏侯淵だった。二人は俺が世話になっている曹操の部下あり、三国志に登場する魏の武将でもある。
「ど、どうしたんだ、二人とも……。まだ、夜も明けてないうちから………」
「華琳さまがお呼びだ、すぐに来い!」
「かり……そ、曹操さんが?」
おお! 危ない……真名だったか? 気を抜くと思わず呼びそう(殺されそう)になる真名。やっかい極まりない風習だ。いやいや、それにしても、こんな時間に呼び出されるなんて明らかにおかしい。正直、イヤな予感しかしないんだが。呼び出しを喰らう覚えは今の所は思いつかないわけで。
「お、俺……何もしてないぞ!」
「うるさい! 貴様は黙って華琳さまの元に向かえばよい」
「うむ。大人しく付いてきてもらおう」
威圧的な夏侯惇の態度の前でに俺の釈明が意味を成すハズも無く、ただの学生が歴史に名を残すほどの武人二人に逆らえるはずが無いわけですよ。
「ああ、すぐに仕度をするから、ちょっと待って―― 」
「貴様、華琳さまを待たせるつもりか! ええい、このまま引きずっていく!」
夏侯惇に問答無用とばかりに襟首をつかまれ、ズルズルと部屋から言葉通りに引きずり出される。
「うわっ!?」
何、この馬鹿力。俺の知っている女の子ってヤツは、こんなゴリラみたいなパワーは無いはずなんだけど。
「ところで北郷。その顔は…………いや、急ぐぞ」
「え、え、何……って、うああああーーーー!」
夏侯淵がこちらを見て何か言いかけるが、聞き返す間もなく豪快に引きずられながら曹操の待つ部屋へと連行されるのであった。
ううぅ、お尻が痛いです……。
二人に連行……もとい案内されたのは簡素な作りをした部屋。少しカビ臭い室内には机と椅子が規則的に並べてあり、フランチェスカ学園の生徒会室を思い起こさせる。華琳こと、曹操はすでに待機していたようで、机の向こう側で誰かと話をしている。室内には彼女一人ではないようだ。
鄧艾ちゃんも呼び出されていたのか。
鄧艾と話をしている曹操がこちらに気付いたようで、会話を打ち切り正面に向かって座りしたところで口を開いた。
「全員、揃ったようね」
「こんな時間に呼び出して、いったい何事だ」
正直、非常に眠い。お空にお月様が見えてる時間なのに。
「貴様! 華琳さまに向かって何という口の利き方―― 」
「別にいいわよ。 一刀が話しやすいように話してかまわないわ」
俺の話し方に激高した夏侯惇を軽く制する曹操。この二人の間には強い主従関係が存在しているようだ。
「単刀直入に言うわね……あなたたちがどれだけ使えるのか見極めたいの」
「使える、ですか?」
「そう。 私たちに協力してくれる間は面倒を見る、と言ったのは覚えているかしら」
「……そういう事ですか」
曹操の言葉に、少し間を置いてから納得した態度を示す鄧艾。
「え、え、何? どういう事なの?」
「曹操殿は私たちに、ここでの生活の対価を求めている。だけれども、何が出来るかわからないので適正を試すと……」
ああ、そういう事か。なるほどね。タダで住まわせてくれるほど甘くないよね、だって曹孟徳だもん。
「就職試験みたいなもんか」
「話が早くて助かるわ。頭の良い子は嫌いじゃあないわよ、鄧艾」
「恐れ入ります」
「じゃあ、さっそく始めましょう……」
そう告げると曹操は椅子から立ち上がり部屋の外へ歩いていく。一刀と鄧艾も慌てて彼女の後を追う。
就職試験は別会場を用意している模様、用意周到なことで……何にしても衣食住を得るためにがんばるゾ!
「で、ここは何処なんだ」
案内されたのは、肌寒い深夜の屋外。一面に広がる土色の荒野が俺たちの目の前にある。いや、遠め目に敷地を区切る柵のようなもの見えるし、使用用途がわからない人工物が所々に設置してある。ただの荒野というワケでは無いようだが。
「ここは我が軍の訓練場よ。春蘭たちがここで毎日、兵の調練を行っているわ」
「軍の訓練場……って、まさか!?」
――軍、兵、調練。 血なまぐさいワードしか無い! いやな予感しかねぇぇぇ!
「ふふ、春蘭!秋蘭! 準備は出来ている?」
「はい」
曹操の合図で、先ほどから姿が見えなかった二人が現れた。夏侯淵は手押し車になにやら物騒なモノを乗せ、夏侯惇の方はと言うと随分と気合が入っている様子。いわいる一つの臨戦態勢というヤツだろうか。
「いつでも大丈夫です。では、好きな武器を取れ。すぐに殺りあうぞ!…………鄧艾!」
「え、わ、わたしですか!」
急なご指名にうろたえる鄧艾。曹操に試すと言われていたので、何かをやらされるとは思っていた。思ってはいたが気合十分で武器を取れと、すぐに殺りあうぞと、こんな物騒な展開になるとは予想していなかった。
…………『殺』りあう。う~ん、非常に物騒な響きが聞こえて来たんですが。様子を見る限りは冗談では無い……ですよね。
「うむ。貴様は、中々の使い手だと聞いているぞ。さあ、選べ」
「い、いや……さすがに猛将と謳われる夏侯惇将軍と一騎打ちというのは……」
冗談じゃないですよぉ。試験と称してわたしを殺す気ですか!
「安心しろ、鄧艾。 使うのは刃を潰した訓練用のモノだ、姉者も全力で戦うわけでは無い。そんなに脅えるな」
いやいや、殺る気満々にしか見えませんが。この方は、どっからどう見ても猪武者でしょ。手加減してくれるようには思えませんよぉ!
「どうした!貴様、それでも武人か! 怖気づいたのなら辞めるか?」
殺る気オーラ全開の猪武者を前に、怯みまくる鄧艾を勢いに任せて煽る夏侯惇。怖気づいていた鄧艾だったが……イラッ! さすがに癪に触った。
「む…………やります! 私だって、師父の厳しい修行に耐えてきたんです」
さすがにカチンと来ました……いいでしょう。わたしだって腕に自信が無いわけじゃあないんですからね。
用意された武器は矛、槍、大刀、斧、鞭などの一般的な打撃武器。その中から一振りの短刀を選び、素振りをする。良し、準備運動終わり! 夏侯惇に向かって「さあ、来おおぉぉい!」と気合を入れて叫びながら、武器を構える。
「面白い、その意気や良し! この夏侯惇元譲、全力で相手をしてやろう!」
「あ、そこまで全力じゃなくても大丈夫なんですけど……」
前言撤回です。スイマセン、虚勢を張りました。そこまで腕に自信があるわけじゃあ無いです。
「遠慮するな。全力で相手をしてやるぞ」
「そのぉ、地力の差もありますし、少しぐらい手を抜いていただいても……」
「秋蘭、私の七星餓狼を!」
はあ?
「……ちょっ! それって夏侯惇さんの愛刀ですよね!? 本物の剣は反則ですよ!」
「では両者、構え! …………始め!」
「待ったぁぁ!」の言葉は曹操の試合開始の合図に無常にもかき消される。瞬間、赤い疾風が懐に飛び込ん来み、気合の入った雄たけびと共に強烈な黒の一閃が襲い掛かる。
「はあああっ!」
夏侯惇の強襲に慌てて防御の姿勢を取り、短剣の刀身で七星餓狼をギリギリで受け止めることに成功した……かに見えた。
「んぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
金属の炸裂音と美少女が口にしてはいけない悲鳴を撒き散らして、空高く吹き飛ばされる。強烈な一撃を受け止めた刀身は威力を吸収できずにバラバラに砕け、砕いても尚、威力の衰えない斬撃をその身に受けた。長い滞空時間を経て地上に落下し「ぎゃん――っ!」と断末魔を上げて力尽きた……。
「と、鄧艾ちゃーーん!」
「勝者、夏侯惇元譲!」
「きゅぅぅぅぅ~……」
「なんだ、この程度で伸びてしまうのか? …………まあ良い。次ぃ、北郷一刀ぉ!」
「え、お、俺も…………ぐぎゃーーーーーーーーー!」
「ううぅ~……本気で死ぬかと思いました。一瞬、天国の爸爸と妈妈が見えましたよ……」
「み、右に同じく……婆ちゃんが川岸で手を振っていた気がした。いやいや、いくらなんでもデタラメすぎだ。本当に同じ人間なのか……」
死屍累々。訓練場に転がる二つの屍が、プルプル震えながら各々の臨死体験を語る。
……ド●ゴンボールじゃ無いんだから。空に向かって数十メートル近くぶっ飛ばすとか、人間のやることじゃねぇ! は! 実は地球とは良く似た別の惑星でした、ってオチじゃないよな。もしかして、この時代の人間はこのくらいの筋力が普通で、人類の肉体は退化しました、とでも言うのか?
「二人ともだらしが無いな。まさか、一撃も防せげんとは……そんな軟弱では曹魏の兵とは言えんぞ」
まだ、魏じゃないだろ。それ以前にまだ兵士じゃないし。
「……華琳さま」
「一刀はともかく、鄧艾の方は期待はずれだったわね」
ボロボロの二人を遠巻きに眺めていた曹操と夏侯淵。ここまで一方的な展開になるとは予想をしていなかったのだろうか、非常に厳しい評価を下す。
(……で、秋蘭。 鄧艾はワザと手を抜いたのかしら?)
(今の一戦だけでは何とも……申し訳ありません、姉者が本気を出したせいで)
小声でこそこそ内緒話。兵としての適正を測るのだけ目的ではない。それ以外にも思う所があったのだが、夏侯惇の暴走でそれは叶わなかったようだ。
「……しかたがないわね。 兵にする案は保留にしましょう。次に行くわよ」
「はい。準備は整っております」
「よろしい。春蘭も……一刀と鄧艾も戻るわよ」
一次試験の評価……一刀、鄧艾、共に失格。
戻ってきたのは最初の部屋。筆と無地の用紙が机の上に二人分並べられている。学生にはお馴染みのテスト開始直前の風景だった。ここが曹操の執務室であることを後になって知ることになるのだが、今はただの受験会場である。
「今度は筆記ですか。良かった……死ななくて済みそうですよ」
「ああ、まったくだ。それにしてもこっちの世界でもテストを受けさせられるとはなあ…………はあ」
テスト開始前の緊張する気分、長年染み付いた嫌な感覚を思い出した一刀が小ささなため息をつく。
「てすと……北郷さんも天の国ではてすとと言う試験を受けていたんですか」
「テストも試験も意味は同じだけどね。 学生の……えっと、学問を学ぶ人たちを学生って言って、テストは学生たちに取っては試験であると同時に苦行でもある」
勉強が大切なことだって重々承知しているよ。だけど、授業を受けて試験勉強に時間を取られて頭の良いヤツと成績を比べられるワケじゃない? 苦行以外の何なんでしょうね。それを過去にまで来て受けることになるなんて……学生という名のカルマってヤツかな。
「……苦行。なるほど、天の国でも考えることは一緒なんですね。わたしも試験は大っキライでしたよ」
「お、こっちでもそうなのか。遥か昔からテストは学生の天敵だったか…………ん? 試験って、鄧艾ちゃんも学校に行ってたの?」
「学校って……たしか、昨日言っていた……天の国の私塾でしたよね」
「ああ、この時代風に言うとそうなるのかな」
この時代に学校なんて無かったんだよな。日本だって、学校に通うのがあたりまえになったのは近代になってからだし。
「妈妈に勉強を教わりました。わたしの家は私塾に通えるほど裕福ではありませんでしたから……」
「へえ、鄧艾ちゃんのママにか…………じゃあ、お母さんは頭が良い人だったんだね」
「そうですねぇ……頭は良かったと思いますけど、私が小さいころに死んじゃったから、あまり詳しくは覚えていないんですよね。教わった事と……試験がすごく厳しかったことだけは、今でも覚えてるんですけどね、……えへへ」
――あ! そうか、この子の両親は病気でもう……。
「その……ゴメン。 悪いこと聞い―― 」
「試験を始める! 無駄話はそのくらいにしてもらおう……華琳さま」
少し気まずい雰囲気の中、木簡の束と砂時計を抱えた夏侯淵が俺たちの前に現れた。今度の試験官はどうやら夏侯淵のようだ。司会進行は今回も曹操。
「この筆記試験では計算問題を解いてもらう。内政、軍事、他のどの分野においても数字を自在に扱える者は貴重な人材よ」
うえぇ、数学か。苦手分野……いや、得意分野のほうが少ないんだけどね。
「一刀は天の国で学問を学んでいたそうね……あなたには特に期待しているわよ」
「砂時計が全て落ちるまでを制限時間とする。二人とも問題に集中して問題を聞き損ねないように…………では、始めろ!」
「……この結果はさすがに予想外だわ」
「はい、まさか満点を取るとは。前回の文官の登用試験と同じものを用意したのですが…………満点を取る者が一人しか出ないほどの難問です」
試験が終わり、採点し終えた二人が結果に驚いている。どうやら予想以上の高得点が出たようで、先ほどの武力を測る試験と真逆の意味で驚きの表情を浮かべていた。そう、これこそが未来から来たアドバンテージ。所詮は二世紀末の数学。二十一世紀の学生にとっては赤子の手を捻るようなもの――
「――それに比べて、一問も答えられないって。どういう事かしら、一刀!」
「ううっ……こんな話聞いてないよぉ。数字が通じないってどういう事だよ」
「は? どういう意味よ」
そう、今回の試験で見事に満点を取ったの二世紀末の鄧艾。一方の二十一世紀の学生こと、北郷一刀の方はのび太くんでお馴染みの零点……文句なしの最低点だ。そもそも、三国志の時代には既に高度な数学が確立しており、数学が苦手な一刀が無双出来るわけが無いのだ。とはいえ、全て出来なかったわけでは無い。四則演算(足し引きや掛け算割り算)レベルの問題も出題されており、そこは十八歳以上の意地で全ての回答欄を埋めてやった。だが、落とし穴が別の所にあったとは……。
「なんで『1』とか『2』とかが通じないんだよ!」
試験官が問題を読んで、答えを無地の用紙に書き込む方式だったので理解することは出来たのだ。紙が貴重な時代だからこそなのだろうが。しかし、問題点はそこでは無く数字がまだ発明されていないという現実。現代の数字が通じないという理不尽。そして、かたや零点、かたや満点という最悪な結果を前に机に突っ伏してしまう。
「まさか、北郷が盲文だったとは。 いかがなさいますか、華琳さま」
「はあ~……。一刀のほうは、また保留ね。仕事をさせる前に読み書きを教わる師を見つけるほうが先のようね」
「それに引き換え、鄧艾はかなり知識があるみたいね」
「え? はあ……、この問題、そんなに難しかったんですか?」
「ほう」
「……ふふふ。鄧艾……あなた、ずいぶんと頼もしいことを言ってくれるわね」
「ふへ? え、え、あの……頼もしいことって、え?」
零点男と比較されえて褒められる満点少女だったが、褒められている意味がイマイチ分からないようであった。
「それが虚勢か演技でないのなら、こちらとしては有り難いことだわ。ねえ、秋蘭」
「はい」
「??」
「まあ、いいわ。 それでは最後の試験を行う。試験内容は……………………討論よ」
二次試験の結果……一刀、赤点。鄧艾、学年一位。
「討論ですか?」
「ええ。 最近、わたしの領地で起こっている案件そのモノが討論の内容よ」
「え……それって、実際に起こっている案件なの? そんなのを試験に出していいのかよ……」
「別にかまわないわよ。機密に触れるような内容でもないし……、この討論で解決できる良い案が出れば儲けものでしょう」
文官の実務内容と同じことが試験。今まで一番難易度が高いと思われる試験内容に思わず緊張する。
「良い案ですか……、その、解決できるかは分かりませんが知恵を振り絞ってみます」
「春蘭の言葉を借りるなら、その意気込みや良し、と言う所かしら。 良い答えを期待しているわ、鄧艾」
「は、はい!」
私の答えに、曹操殿はニヤッとした笑みを浮かべながら檄を送る。正直、少し楽しんでいるようにも見えるかな。
「あのぉ、曹操さん。俺には……」
「始めるわよ。秋蘭!」
あ、彼は今回も無視されていますね。
「は! 今回の討論は、現在、陳留周辺で起こっている反乱をどう収めるか、それが論題となる」
「えーーーー! 反乱って、あの反乱ですか!?」
「曹操さんの領地で反乱……え、あれ? 史実にそんな事件あったかな……?」
「二人とも少し落ち着け。 反乱と言っても華琳さまに対して刃を向けると言ったモノではないのだ。 むしろ、その方がこちらとしては対処しやすいのだが……」
「秋蘭、続きはわたしから話すわ。 陳留で税を払わないとゴネている集落が増えているのよ。僻地にある三つの村だったかしら……わたしが直接出向いて言い聞かせたけど払わないの一点張り」
「いや、それって脱税ってやつだろ。 犯罪なんだから刺史の権限で取り締まればいいだけの話じゃないか」
まさに彼の言うとおりだろう。税を払わないことは間違いない犯罪だ。その犯罪を防ぎ、取り締まるのが刺史の職務内容なのだから。
「そうね。 税を払わない集落の人たちを捕まえれば一件落着……なんだけど、集落の村長たちが問題なのよ」
「そこの村長たちは、都の宦官たちの子飼いの豪族と繋がりがあってね。彼らを捕まえると、後々厄介なことになりそうなの」
宦官? なぜそこでが宦官出てくるのでしょうか。いや、そもそも――
「……あの、宦官と繋がりがあるとなぜ厄介なのでしょうか? 宦官は漢王朝側の人間ですよね。むしろ、税を納めさせる立場ではないのでしょうか」
曹操殿と宦官は立場的に同じ支配者層のはず。宦官も民に税を納めてもらわないと困るはずなのに。なぜ、厄介なことになるんだろうか。
「そうか……鄧艾は知らないのだな。 華琳さまと都の宦官どもとは浅からぬ因縁があってだな―― 」
「思い出した! たしか、霊帝のお気に入りの宦官の家族だったかを棒で叩き殺して、恨みを買って洛陽から追いだされた、ってヤツだろ」
何かを思い出そうと考え込む様子で、ここまで沈黙していた一刀だったが、大きな声で急に曹操に問いかけた。その問いに対して、不満そうな態度で言葉を返す。
「失礼ね! 半殺しにはしたけど、ちゃんと生かして帰してやったわ。 禁令を犯した以上、誰であろうと罰を受けるのは当然の事でしょ」
「え、百叩きで殺したんじゃ……」
は! 半殺し? 百叩き? 殺した? この二人は何を言ってるのだろうか。宦官が強い権力を持っているのは子供でも知っていますよ。そもそも、たかが一地方の刺史にそんな権限があるはずも無いし。そんな事をしたら、確実に首が飛ぶ――
「それに、洛陽を追い出されていないわよ。宦官たちが裏でそういう働きかけをしていたのは認めるけど、全て無視してやったわ。 あちら側からくれると言い出した、県令の位はいただいたけどね」
「今のお話で、曹操殿が宦官に相当な恨みを買っていることだけは分かりました」
帝に最も近い臣下と言われる宦官に対して、この不遜な態度と姿勢。この曹孟徳という人……うわさ以上に危険な人なのかも。
「要するに、宦官の息が掛かった村長たちに波風立たない様に税を払わせる方法があればいいなー、って事か?」
「そういう事よ。このまま税を払わない状況が続けば他の集落や納税者に対して示しがつかないでしょう。そして曹孟徳は税を納めさせられない無能、とでも醜聞を垂れ流すのでしょうね」
「かと言って、力で抑え付けようとすれば民を無下に扱った、と非難してくるわけか」
「あら、天の国にも同じような輩がいるみたいね。 ふふ、今までは強硬手段には出なかったけど……そろそろ限界ね」
「……さて、何か良い案があれば述べなさい。 鄧艾、何かある?」
どうしたら良いものでしょうか。税を払わない集落は半殺しの件で彼女を恨んでいる宦官たちの差し金で間違いないでしょう。とは言え、宦官たちを恐れて見過ごすわけにもいかない。と、なれば答えは一つしかないでしょう。
「ええと……宦官たちのいう事に耳を貸さずに、税を払って頂けるよう根気よく説得すれば―― 」
「宦官たちの戯言に耳を貸すな、もちろん言ってやったわ。説得は十分に行った。 他には」
「え、あ、刺史の指示を無視したり税を払わないのは悪い事ですが、彼らの言い分をきちんと聞いてから方法を―― 」
「悪評名高い小娘を刺史とは認めない、お前が洛陽から出て行けば税は払う、新参者がこの集落に口を出すな、だそうよ。 わたし自ら、集落に赴いて言い分を聞いた。 他には」
彼女の言い分が本当だとすれば、相手は聞く耳を持たないらしい。いや、おそらく意図的に無視をしているという表現が正しいのかもしれない。
「あ……えっと、その……あの、一度、時間を置いてから改めて……」
「鄧艾、他の集落や納税者に対して示しがつかないとわたしは言ったのだけど? それに、税を払わないのは彼らの意思と言うより後ろにいる『誰かさん』の意思……改めるべき人間は都でふんぞり返っているわ。 他には」
「だったら………………、だったら…………」
だったら? その後の言葉が思い浮かばない。払わない、払わせない、邪魔をしておいてこちらの非を追求する。理不尽です。しかし、理不尽極まりないことをしている人たちがこの国の高い位置にいる権力者たちという理不尽。理不尽、理不尽、理不尽……。
「他には、思いつかないのかしら」
「……申し訳ありません」
残念ながら、私には思いつきません。これがこの国の現状なのだから……本当に腐敗している。
「謝る事はないわ。良い案が出れば儲けものと言ったでしょう…………それに、この案件はどう対処するのかはもう決まっていたのだから。 秋蘭!」
「は! 討伐隊の用意はすでに整えてあります」
決まっていた? ……討伐って。
「討伐隊って……それって」
「鄧艾よ。 本日の日の出を合図に、税を払わん反乱者どもを武力鎮圧することはすでに決まっていたのだ。今回の討論は華琳さまの最後の慈悲……いや、猶予と言うべきものだったのだよ。分かるな」
この人たちは何を言っているんだろうか。反乱者……たしかに悪いことをしたのですから裁かれるべきなのは分かりますが、武力鎮圧って。一体、ナニをするつもりなんだろう。
「討伐……鎮圧……それって、集落の人たちを捕縛するってことですよね」
「捕縛? そうね、一度は捕縛しないと陳留まで連行することが出来ないもの」
「……っ、その罪状と……その、刑罰はどのくらいの重さに……?」
「あら。鄧艾は、わたしの法律に興味があるのかしら」
「…………刑罰は、どの程度に」
「税を意図的に納めず、こちらの再三の催促にも応じず、頓丘県令であり刺史でもあるこの曹孟徳を公衆の面前で口汚く罵った。非常に悪質であり罪の重さは語るべくも無し……、斬首刑が相当である!」
「ざ、斬首刑……」
「これだけ悪質な村長の行いを見て見ぬふりをした集落の罪も非常に重い。よって、集落の住人すべてを連座刑に処す。……以上よ」
斬首刑、そして連座刑。つまり皆殺しという事ですか? 何故、この人は人の命を奪うと簡単に言えるのでしょうか? 刃を振るうのは大切な人を守る時だけだと…………あなたは教わらなかったのですか? やっぱりアナタは………………アナタが……」
「…………っ! やはりあなたが……」
曹操の答えを聞いた鄧艾が静かに呟く。聞き取れないような小さな声で、思い出した怒りを乗せて。
「何かしら。 声が小さくて聞き取れないわ。わたしに言いたい事があるのなら、聞こえるように話してちょうだい」
曹操の一言。そして…………彼女は思い出した。
「そ、そう、曹孟徳ううぅぅ……! やはりあなたがこの大陸の……この乱世のおおぉぉおお!」
「……くっ、あははははは! ちゃんとしゃべれるじゃないの。このわたしが大陸と乱世の……何かしら?」
敵意。いや、純粋までの殺意を前に臆する事無く曹孟徳は笑う。その眼は自分を狩ろうとする目の前の敵に対して獰猛な炎を宿している。宿る炎は彼女の戦闘欲求。曹孟徳はこの中の誰よりも好戦的であり、その笑みは暴力と言う快楽への期待と喜び。彼女は知っている。向かってくるモノを力ずくで犯す快感を。ああ、早く殺りたい、早く犯りたい! 流行る興奮を抑えきれずに、腰に下げた愛刀・倚天剣に手を伸ばす。その動きに反応したのは正面から対峙する鄧艾、そして――
「……っ! 華琳さま、お下がりください。 やはりこやつは――」
曹操の前に躍り出る夏侯淵と―― もう一人。
「あのー……、三人とも俺のこと忘れてないかな」
「北郷、今は取り込み中だ! 話なら後にしろ!」
一触即発の鉄火場の中で殺気の欠片も無い声が一つ。
「いや、でもさあ……」
「一刀、少しは状況を読みなさい! わたしは鄧艾と話しているのだけれど」
最高に興奮していた曹操としては、情事の最中を邪魔されたも同然。最悪な邪魔者を不機嫌に叱り付ける。
「いや、さっきの答えが分かったんだけど。 今じゃあ、ダメなのかな……」
「は、答え?」
「だから……討論の答えだけど。 この試験ってまだ続いてるんだよね」
【解説・用語・人物】は05話「外史演義開幕」に04話分とまとめて載せます。
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夏侯惇vs一刀&鄧艾
陳留周辺で発生するクーデター