神様、私は一体どんな悪いことをしたのですか?
何も悪いことをしていないのであれば、これは悪い夢だと私に教えてください――
彼が恐怖と驚きの入り混じった顔で私を見ている。そんな目で私を見ないで! 私もどうしてこんな姿になってしまったのかわからないのだから……
一時間前。
私はデートの待ち合わせでなかなか彼が来ないので、暇な時間を潰してもらおうと大学時代の親友のユイに相手をしてもらっていた。
『あー、今日も疲れたぁーヽ( ̄~ ̄;)ノ』
『そうだねー。年末年始は忙しいからね(笑)』
『わかってるけどぉー、正月休みがまだ抜けきれなくて困っちゃう(笑)』
『こらこら、そろそろ抜け出さないとヤバいぞぉ~( ̄。 ̄)σ』
『モー、このまま牛になりたいよ ~TT廿モォォー』
『あははは(笑) ダメダメだね~( *´艸`)クスクス』
『ダメダメだよぉー。ナミもそう思わない?』
『そりゃなれるものならなってみたいけどさー』
『でしょ? あー、早くこのダルダル感抜けないかなぁー』
ユイはまだ正月休みの緩みが抜けきれず、仕事に熱が入らないようだった。その時、前方からこちらに向かって来る彼の姿が見えた。
『気合い入れろ! 気合い!(笑) あ、カレが来たからメール切るね』
『えぇー(¬з¬)』
『はいはい、またメールするから(≧∇≦)ノシ マタネー!』
私は相手をしてもらっていたユイとのメールを切り、彼に向って文句を言った。
「おそーい! 三十分遅刻!」
「ごめん、ごめん、ナミ。仕事が押しちゃって」
彼は頭を掻きながら申し訳なさそうに謝る。仕方ない、許してやるか。久々のデートなのに会って早々ケンカしてもつまらない。私は早速彼に甘えることにした。彼の腕に私の腕を通し、彼とくっつく。
「おいおい、イキナリ」
「遅刻したんだよ。いいでしょ、これくらい」
彼はポリポリと照れ臭そうに頭を掻いた。
私達は夜の街をブラブラ歩いた。デートと言っても夜遅くではレジャー施設はもう閉ってしまっている。でも、私はそういったレジャー施設で一緒に遊ぶよりも彼とこうして一緒にいる時間さえあればそれで幸せだった。
「お腹空いたよね? 何が食べたい?」
「うーん……おでんとか食べたいなぁ。飲み屋でゆっくりおでんを食べられたら最高」
「飲み屋でおでんか……よし! いいところを知っているんだ。そこに行こう」
「わーい!」
私は上機嫌になった。
人のごったかえす食品街を抜け、ひっそりとした少しもの寂しいような裏路地に入る。
「!」
すると誰からかのメールを受信した。頭の中でメールを開く。昔は『ケータイ』とかいう機械を通して、人々はメールの受送信をしていたようだが、今は手の甲に埋め込まれたICチップのおかげで頭の中でメールを受送信できるようになった。どこに居ても連絡を取り合えるから一種のテレパシーのようなもの。社会の授業で習ったけど、昔は不便だったと思う。
『ナミさん! この書類どう書けばいいんですか~~~~?』
残業している後輩からのメールだった。
せっかく彼とのデート中なのに、仕事の話は気分を萎えさせる。しかし、放っておけない質の私は添付ファイルの画像を開き、書き方の説明を思い浮かべて返信した。
一つの技術は結局のところ表裏一体で、必ずメリットとデメリットがあると思う。どこにいてもメールのやり取りができるということは、どこに行っても仕事のメールから逃げられないということにもなる。
「ナミ、どうした?」
「今ね、会社で残業している後輩から書類の書き方を教えてくれー、ってメールがあって、返信したところ。せっかくのデート中なのに、気分が冷めちゃうわ」
「あははは。それは大変だね」
「まったく、世話の焼ける……!」
彼と話している最中、同じ後輩からまたメールが来た。
『す、すいません! せっかく書いて頂いたのに、今、間違えてメールを消去してしまいました(泣) もう一回送って下さい! お願いしますー!!』
「もう、しっかりしてよ!」
「え?」
彼は私の独り言に驚いた。
「あ、ごめん。その後輩の子からまたメールがあって、私の返信を間違えて消去したんだって」
「おっちょこちょいなんだね」
彼は笑って言ったが、私は彼女ののんびり具合に呆れていた。
『――もうちょっとネズミのようにしっかりキビキビ行動してよ!』
最後に先輩らしく叱咤も入れて送った。
『ありがとうございます。そうなれるよう頑張ります!』
すぐに返信があり、今度はちゃんと受け取ってくれてようだ。
「はぁ……」
「ナミ、ため息は幸せが逃げちゃうよ」
「あの子の世話を焼いていたらため息もしたくなるわ」
ため息をしていると、三度、すぐに彼女からメールが送られてきた。
「もう、いい加減にしてよ!」
私もさすがに怒ってメールを開くと……何か様子が変だった。
『キミハ牛ニナリタインダヨネ?』
意味不明なメールに私の怒りは頂点に達した。
『何、変なメール送ってんの? 牛はあなたでしょ? こんなメール送る暇があったらさっさと仕事したら?』
私は勢いでキツいメールを送ってしまった。でもたまにはこれくらいやってやらないと。
『フフフ……ワカッタヨ。ノリコヲ牛カラ鼠二変身サセタインダネ。デモソノ前二、君ノ望ミを叶エテアゲル』
意味不明なメールが再び送られて来たと思ったら、私の体が何だかムズムズし始めた。
「え? な、何?」
体がムクムクと膨張し始める。耳が頭の上の方へと引っ張られ、楕円形に変化する。お尻の方からしっぽが伸びてきてパンツを突き破る。
「ど、どうしたんだ、ナミ!」
彼が驚いた顔をする。しかし、私は体の変化が激しすぎて彼の声に応えることができない。
「はぁ……はぁ……」
鼻が大きくなり、口と共に前へ前へと突き出していく。足の指がくっつき合って蹄となり、履いていたヒールを踏み潰す。体全体の骨格が変化し始め、私は両手を地面についた。すると、手の指がくっつき始め、やがて蹄となった。髪の毛が頭の中に吸収されると反対に、体中から白をベースとした黒い斑点のあるウシ模様の獣毛が生えてくる。
「いやぁぁぁ……もやあぉぉ……もおぉぉ……」
私の悲鳴が牛の鳴き声に変わっていく。耳より上、額の部分にニョキニョキと角が生えてくる。ムネがお尻の方に、お乳が伸びながら移動する。
「フー……フー……フー……」
私は着ていた服をビリビリに引き裂いて牛になってしまった。息を荒げて鼻で大きく呼吸する。
『ヨカッタネ。立派ナ牛二ナレテ。ソレジャア、次ハユイノ願イヲ叶エ二イコウ』
後輩のメールアドレスで送ってきた謎の送信者はこのメールを最後に途絶えた。
「ナミ……なのか……?」
彼は恐怖と驚きの入り混じった顔で、変わり果てた姿になってしまった私に向かって言った。
「モオオォォォー」
私は応えたが鳴き声にしかならない。
「わ、わかった。と、とにかくこのまま人目の付かないところに行ってから考えよう」
私は嬉しかった。彼は牛になった私を受け入れてくれている。
しかし、私は彼が動く度、ファッションで肩に巻いている赤いバンダナが揺れるのが気になって仕方ない。
「フー……フー……」
「え?」
彼が大きく動いた瞬間、私は衝動を抑えきれず、彼に突進してしまった。
「モ……モオオォォォー!」
私は彼を襲ってしまった自分にショックを受けて理性を失い、夜の街を暴走して走り回った。そして、通報を受けて駆け付けた警察官に麻酔銃を撃たれ、眠りに落ちた。
――神様、これは悪い夢ですよね?
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「開けてはならない~TFメール~」の続編です。
ググるとたぶん出ます。