No.874182

義輝記 星霜の章 その四十弐

いたさん

義輝記の続編です。

2016-10-13 23:25:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1080   閲覧ユーザー数:1040

 

 

【 順慶の後悔 の件 】

 

〖 司州 河南尹 鶏洛山付近 にて〗

 

順慶『颯馬……さま………? ど、どこに………』

 

 

順慶は、渇ききった口から愛しき者の名を呼び、その存在を探る為に動かそうとした。 だが、一言も発する事も、小指一本を動かす事も出来ない。

 

何故ならば、その身体には……生存を維持できるほどの氣さえ、残ってはいない。 憎み恨んで殺害までしようとしていた『天城颯馬』へ……殆どの氣を注ぎ込んでしまったのだから。

 

 

順慶『───っ! も、もう一度………颯馬様に──ひ、一目、逢いたい! そして───』

 

 

まるで、一気に数十年の時を身体だけ通り抜けたような、骨と皮だけに成り果てて……辛うじて虫の息をしている状態。 露出する手足は、干からびた乾物のように水気を失い、少しでも動かそうとすれば苦痛を生じるであろう。 

 

しかし、順慶は枯れ枝のような腕を上に向かわせ、左右に動かす。 身体は既に限界を迎えている。 意識は朦朧とし、身体の五感さえも感知できる事が少ない。 順慶が息絶えるのも……時間の問題。

 

 

順慶『そ………颯馬様は……直に御目覚めになる。 その時……わ、わたくしは───! く、ぐうぅぅ………い、意識………がぁ………』

 

 

───自分のしてきた事はハッキリと知覚している。 何万、何十万の運命を翻弄させ大陸を恐怖に陥れた、人の形をした災害。 その原因が……好きな男に置いて行かれた寂しさだったと……誰が信じよう。

 

今まで行った出来事に関して、順慶は後悔などしていない。 大陸内では、順慶と交わりを成した者が皆無だった事。 日ノ本に居た時分も、自分を駒扱いした重臣との間柄の関係、人としての感情が希薄だった事もある。

 

この大陸の人間が全て死に絶えても………順慶自身に省みる感情など無かったであろう。 寧ろ口角を上げて喝采をしていたかも知れない。

 

 

順慶『………わたくしが………わたくしが………求めていたのは………』

 

 

だが、順慶が大陸を訪れた本来の目的は、大陸に破壊や混乱をもたらす為ではない。 自分達を置いて向かった『天城颯馬の殺害』を決行する筈。 

 

自分を置いて大陸に向かった颯馬を恨み、自分を差し置いて同行して行った光秀達を憎しみ、天城颯馬の殺害を狙う左慈や于吉の誘いに乗り、手を貸した。

 

順慶と久秀は……別に颯馬を見限った訳では無い。 寧ろ──追い込む為に様々な策を張り巡らし、颯馬を自分だけの『物』にしようと考えたからだ。 

 

極端な話、生きていると順慶より逃走を試み、他の女性に心を寄せる。 ならば、命を奪い死体という物に変えれば、今回のような事など起きないだろう。 

それとも生ける屍にして、感情も無い有り様にし順慶が寄り添い、死ぬまで一緒に世話してもいいかも知れない。 そうすれば……他の姫部将達も颯馬を諦めざるえないだろうに──と。 

 

そんな極端な思考を持ってしまった為、この悲劇が颯馬と仲間達だけでなく、関わりになる者達も巻き込み、更なる悲劇が重なった。

 

 

順慶『颯馬様に…………ひ、一言…………だけ』

 

朦朧する意識を必死に繋ぎ止めようとしている順慶。 そんな彼女に『ある風景』が走馬灯のように浮かび上がり、あの時に感じた苦痛を──再度味わわせていた。 

 

 

☆★☆

 

あの時───颯馬が愛紗に刺され倒れた瞬間、近くで様子を窺っていた順慶は、颯馬を殺すという念願が叶ったと感じていた。 

 

颯馬の側に侍る将は、日ノ本が誇る智将、勇将が綺羅星の如く集まっている。 寿命を削ってまで得た力がなければ、久秀と二人しても敵わなかった。 そこまでして得た好機は、正に千載一遇の機会だったのだ。

 

武人で名高き『関羽』の一撃──それは正しく必殺の威力を含み、致命傷となる攻撃。 颯馬も唖然として身体を前面に晒す。 愛紗の狙った刃は、正確に颯馬の腹を貫き、血を吐きながら地面に倒れ伏す颯馬を見つめ続けた。

 

しかし、その後に飛来したのは───

 

『──わたくしは………何を求め、何を得たかったの?』

 

身体が寒くないのに……震えが止まらない。 

 

『………置いていかれた恨みを……晴らす為?』

 

声を出そうにも……言葉が出てこない。

 

『………颯馬様の骸を得て……愛でる為?』 

 

颯馬の側へ直ぐにも駆けつけたいのに………足が竦んで動けない! 

 

『───違う、違う! 違うぅううう!! わたくしは……わたくはっ! 颯馬様ぁあああああっ!!!』

 

───達成感、ではなく………喪失、孤独、悲哀、窮愁。 

 

哀しみが心の堤防を決壊させると、ようやく順慶は泣き叫び、颯馬へと駆け寄るが、決して近付く事は出来なかった。 己の師である左慈に気絶させられ、その場を断腸之思で離脱させられた為である。

 

後に、于吉が自慢気に颯馬死亡を告げた為、順慶達は知る。 順慶は颯馬の死に泣き叫んだが、久秀は疑っていた。 于吉が颯馬の死体回収を出来なかったので、完全に鵜呑みにしなかったからである。

 

☆★☆

 

 

順慶『颯馬………さ………まぁ……』

 

順慶が身体の痛みで覚醒して我に返るが、その身体も限界に達し………意識が徐々に遠退く。 伸ばした腕からも力が抜け、地面に接しようとしている。 呼吸する力も弱くなり、口から発する言葉は声にならない。

 

颯馬亡き後の末など、最早どうでもいい──そう考えて久秀と参戦すれば、まさか、まさかの出逢い。 久秀は先に出逢ったらしいが、颯馬が無事に居るという事、少し先で倒れている姿を見て、敗れたと覚った。

 

 

順慶『ひ、一言、ほんの………一言だけでも…………』

 

 

久秀が何を颯馬に語らい、何を颯馬に望んだのか? 

 

順慶は知る事も知ろうとも思わない。 ただ、久秀の死顔が……満足そうな表情を浮かべている。 

 

それが無性に──悔しかった。

 

 

『あ、謝り…………たかっ────』

 

 

苦痛にも負けず、颯馬を探そうと何回も何回も手探りするのだが……肝心の颯馬の場所は全く違う所を探しており、その努力は無駄に終わる。 動かしていた手がブルブルと震え出し、最後は力尽きて───地面へと落ちる。

 

 

順慶『─────ッ!?』

 

 

しかし、その手が地面へ当たる直前、咄嗟に掴み取られて落下を回避。 

 

そしてユックリと、まるで大事な物を扱うように優しく持ち上げられて、何やら温かい物が掌に触れた。 

 

 

順慶『こ……この手の感触、この温かみ………は?』

 

 

その触れた物が………微妙に上下へと動いた。

 

 

《────じゅ・ん・け・い……!!》

 

 

その動きは、何となく自分の名前を呼ばれた………そんな気がしたのだった。

 

 

◆◇◆

  

【 謀 の件 】

 

〖 河南尹 鶏洛山付近 にて〗

 

 

颯馬「じゅ・ん・け・い!」

 

ーー

 

か細い声で颯馬を捜す順慶に急ぎ声を掛け、伸びた手を掴んだ颯馬。 

 

そのまま直ぐに地面へ座り込んだ後、貴重な物を扱うように順慶の上半身を優しく持ち上げて、言葉を区切りながら再度名前を呼掛けた。 意識の無い順慶に声が届かせる為の配慮である。

 

その為か、少しして目蓋がピクピクと動き、目を開いたと思えば小さく開いた唇より言葉を紡ぎ出した。

 

ーー

 

順慶「──あ、アはァ! 颯馬……さマ………! 声………がァ………聞コえ……ぇェ…………」

 

颯馬「───順慶……殿!」

 

ーー

 

その呼掛けの効果は、ほんの少しだけ順慶に力を取り戻させ、喜ぶ溢れる声をあげさせた。 颯馬は、その様子を見て少しだけ安堵する。

 

ーー

 

颯馬「俺は此処に居る! 君の、順慶のお陰で生きているんだ! だからこうして、俺が手を握っているじゃないか!! だから──しっかりするんだ、順慶!!!」

 

順慶「……………あ、アァぁ…………」

 

左近「順慶殿、しっかりしろっ!」

 

義清「………………」

 

ーー

 

安堵する順慶の声が小さく聞こえるが、その表情は全く分からない。 

 

何故なら………順慶は倒れる前に陣羽織で顔を覆い、片手で押さえていたのだ。 

その陣羽織は、左近が順慶を隠すために被せていた物。 左慈により復活した身なれど、陣羽織を手放す事もなく持って来た事は幸いだった。 

 

愛していた殿方に、今の醜く成り果てた顔を見せるなど、死を迎える事よりも辛く哀しい。 想い出の自分は美しいままで………そう願うからだ。

 

この大陸に渡り、初めて間近で接した二人。 

 

しかし、その逢瀬を堪能する暇さえもなく、颯馬との別れの刻は……既に近付いていた。 

 

ーー

 

左慈「───これは、これは……どういうつもりだっ!?」

 

順慶「────!!」

 

左慈「………俺の信頼を虚仮にして、敵に回した男を救うなど何を考えているんだ、筒井順慶! 貴様の役目は天城颯馬を殺す事! それが、敵を助ける為に貴様に与えた氣を移すなど、どういう理由だっ!?」

 

順慶「も、申シ訳………あリマせ……ん。 ワタ……くしに……颯馬様……を……殺す事は………できマ……せん……デシた……」

 

左慈「チッ! 貴様ぁ──」

 

ーー

 

左慈の怒声が更なる怒りで迫力を増すに比べ、順慶の声は弱々しい。 

 

左慈より与えられた役目は、天城颯馬の命を奪う事。 しかし、今の順慶に……そんな気持ちは既に無い。 命の大切さを知り、心の暖かさを感じた順慶には、あの頃の振舞いなど……できる訳がなかった。

 

そんな順慶の様子を腹立たしげに舌打ちすると、顔を真っ赤にさせて順慶に近付こうと一歩進めた。

 

ーー

 

颯馬「───止めろぉおおおおっ!!!」

 

左慈「…………なんだと?」

 

順慶「…………!?」

 

ーー

 

順慶を抱きかかえた颯馬は、呼吸を荒くしながらも左慈を睨み付けた。 

 

順慶のお蔭で傷が回復した身だが、体力までは戻らず動きも鈍い。 それなのに管理者の一人である左慈相手するなど、自殺行為に等しい。 

 

しかし、颯馬としては看過できない話であった。 

 

左慈達管理者により運命を狂わし命を削り、それでも一途に想いを成そうとした少女達。 大陸に生きる者達を巻き込み、この世界の破壊にまで手を貸してしまったが、その最大の原因となるのは──天城颯馬。

 

そんな自分が、久秀や順慶と全くの無関係など言いたくは無い!

 

だからこそ、二人の為に怒りたかった。 いや、罪悪感による謝罪の意味も含んでいたのかもしれない。 颯馬が置いて行かなければ、この様な悲劇など排除できたのではなかろうかと。

 

ーー

 

颯馬「いい加減にしろ! これ以上……順慶殿を苦しめるのは……止めろっ!」

 

順慶「………………そ、颯馬……サマ! ワタクシなど……捨て置キ……は、早く……逃ゲ……て…………」

 

左慈「───ふん! 期待はしていたが、まさか簡単に情に流されるとは思ってみなかった。 やはり、人形は人形に過ぎんかったようだ………」 

 

颯馬「俺は、最後の最後まで………順慶殿を……順慶を守り抜いてやる! 貴様の様な卑劣な奴に………負けるものかっ!!」

 

左慈「……………いいだろう、俺自身の手で貴様を殺してやる! 自分の未熟さを──死をもって知るがいい!!」

 

ーー

 

左慈の両手が蒼白く光り輝き、颯馬や順慶の方に向かう。 順慶に氣の運用を教え、体術まで指南した男が本気となり、両手を広げて一歩進める。

 

筒井順慶は、戦乱の日ノ本で活躍した姫武将の一人だが、その活躍は文官寄りである。 戦での勝利に目立った活躍などなく、家臣だった島左近の方が遥かに署名であった。 

 

しかし、その順慶に左慈が与えた力は、まさしく無双に近い活躍ぶり。 その力を与えた左慈が、こうして直に出てくるとなると──颯馬や順慶達の死は確実となろう。 

 

ーー

 

義輝「───颯馬、逃げよっ! 奴は妾より遥かに強いぞっ!」

 

凪「私達の事は諦めて下さいっ! 天城様、お早くっ!!」

 

光秀「逃げてぇ! 颯馬、早く逃げてぇ!!」

 

信長「………………是非も……無し……か!」

 

ーー

 

義輝達は颯馬に早く逃げるように促すが、颯馬は逃げるどころか順慶を自分の後ろに隠し、両手を広げて守ろうとする。 順慶も弱々しく顔を横に何度も振るが、颯馬は気付かない振りをして動かない。

 

そんな中、左慈は一歩、また一歩と颯馬に進み、順慶を庇う颯馬の顔に汗が一条流れる。

 

ーー

 

于吉「………まあ、待って下さい。 左慈が出る程もありません」

 

左慈「───于吉?」

 

于吉「左慈、貴方が力の大半を使用して残り少ないのは判っています。 しかし、それを誤魔化す為に示威的なパフォーマンスを行えば、今度は貂蝉達に気取られてしまいますよ?」

 

左慈「………しかし、お前の力も………」

 

于吉「左慈の背中の温もりが、私を回復させてくれましてねぇ。 ふふ……これも愛の成せるぅ──ぶっほぉぉおおおおっ!?」

 

左慈「───なら、利子も付けてやる。 この拳でな」

 

于吉「……………………グホッ」 

 

左慈「これでも、まだ足りないというのなら……何時でも言え。 お前の頭に俺の蹴りを好きなだけ浴びせてや──『これ以上は結構です』──何っ!?」

 

ーー

 

左慈の拳を顔面に喰らった于吉は、恍惚の表情を浮かべ後方へ飛ぶ。 左慈は顔を顰め(しかめ)拳に付着した血を払いつつ、警告とも捨て台詞とも思える言葉を吐き出すが、横合いから遮られた。 

 

そこには、殴られて飛ばされた筈の于吉が、サムズアップを決めてドヤ顔を浮かべる。 飛ばされた者を見れば、傀儡兵が顔面を潰され倒れていた。

 

ーー

 

于吉「これからが面白いのに、前座を長引かせても興味が薄れてしまうではないですか? それに……私の力が少しは戻り、更に丁度いい『人形』も居る、ならば──今こそ好機ですよ、左慈?」

 

左慈「────貴様!?」

 

于吉「さて、ここからが私の出番です。 術の力を最小限に変えて──こうすればどうでしょう! ───『操』!!」

 

ーー

 

颯馬に抱えられた順慶の目が一瞬だけ悲しげな色を浮かべた後、再び狂気の明かりを灯す。

 

その様子に気付くのは、絶えず左慈と颯馬の様子を注視していた義清。 直ぐに颯馬へ注意喚起を促した。

 

ーー

 

義清「──兄者! 其奴から直ぐに離れるのじゃ!!」

 

颯馬「よ、義清!?」

 

順慶「…………颯馬……さ………マァ!」

 

颯馬「順慶ど──ぐぅ!? な、何を………うおおぉぉっ!?」

 

義清「あ、兄者っ!?」

 

左近「───順慶殿!?」

 

順慶「…………二人共、そノ場を……離レナさい。 颯馬サマの命……惜しケレば………」

 

ーー

 

颯馬は弱々しく呟く言葉を聞きかね、順慶に顔を寄せると、急に空いてる右手が伸びて颯馬の首に手を回す。 その力は、死に急ぐ弱まった者の力とは思えない程の力を発揮し、颯馬は逃れようと足掻いた。

 

義清と順慶は驚き、直ぐに颯馬を解放しようと動くが、颯馬が苦しむ様を見て二の足を踏む。 そして、順慶の脅迫により飛び出してきた場所へと、戻るはめにとなった。

 

ーー

 

颯馬「や、止めろ! じゅ、順慶……殿ぉぉ………!!」

 

順慶「────ヤッ………と、やット………わたクしを……見てくレた。 こうして颯馬さまニ……抱きシメられタ。 アレから……避けラレ……続けテぇ………ずっと……ずっト。 哀シクてェ……寂しかっタァ…………」

 

義清「あ、兄者を離せ!」

 

左近「───乱心されたか、順慶殿っ!?」

 

順慶「颯馬サマ……颯馬サマ、颯馬サマ、颯馬サマ、颯馬サマ! ダ、誰ニモ渡しマセんわ。 颯馬サマ……は……ワたくシの………ものぉおおおっ!!」

 

颯馬「う、うわぁああああああっ!!」

 

「「 ────!? 」」

 

ーー

 

しかし、陣羽織の透き間から見える目は爛々と輝き、颯馬の慌てる姿を楽しんでいるようで、目を細めて見つめている。 

 

颯馬が渾身の力て抜け出そうとするが、先程まで重傷を負っていた身。 体力も落ちている状態であり、しかも、順慶の身体を抱きかかえていた為、両手が塞がれてしまっているのだ。  

 

この順慶の束縛には、流石の颯馬もなすすべもなく、相手に捕らわれのみ。

 

更に、少しでも束縛を外そうとすれば、順慶の力が強くなり颯馬の拘束を堅固にしていく。 義清や左近が救出に駆け付けようにも、少し動くだけで颯馬の拘束は強まり、颯馬の呻き声が更に大きく響き渡る。

 

まさか、死ぬ間際の者が、最期の最期で……このような事をしてくるとは誰も思ってはいなかった。 いや、思えなかったのだ。 

 

それが隙となり、于吉が放った最後にして最大の罠が、天城颯馬を絡め取る。 

───『筒井順慶を傀儡化して襲わせる』

 

この罠の前に──誰も動く事ができなかった。

 

 

◆◇◆

 

【 其々の思惑 の件 】

 

〖 河南尹 鶏洛山付近  左慈側 にて 〗

 

動く者が居ない今、左慈と于吉が語り合う。 左慈は不機嫌そうに顔をしかめて別方向を眺め、そんな左慈に世間話をするかのよう軽く話し掛ける于吉。

 

ーー

 

于吉「いやぁ~、色男と言うのは結構辛いようですねぇ……」

 

左慈「………順慶を操り、彼奴を殺すつもりか?」 

 

ーー

 

不機嫌に答える左慈に、于吉は珍しく眼鏡を外して左慈に顔を近付けた。 いつもの于吉とは違う、至極真面目な表情で左慈を見ている。 その目は左慈の目を見据え、不退転の決意である事を示していた。

 

ーー

 

于吉「私は直接『殺す』など物騒な事を命じていませんよ。 『己の秘めた心を解放させよ』と──命じただけです。 何やら牙を抜かれたままですので、深層心理に呼掛けて、天城に対する強烈な恋慕を表に出しただけですから」

 

左慈「……………………」

 

于吉「しかし、あれだけ欲していた相手が直ぐ傍に居るんですよ? あの執着振りは異常でしたから、天城の命は必ず──消滅する結果になるでしょう。 私達が直接手を下さなくても………………」

 

左慈「────胸糞悪い策だ!」

 

于吉「………ですが、左慈。 天城颯馬──あの者は、どんな手を使っても排除しなければならない、危険な存在なんです。 私達の策を尽く潰した『異界の賢者』を、この世界に存在させる訳にいかないんですよ!」

 

左慈「……………………」

 

于吉「貴方にどう思われようとも……今回ばかりは我を通して、このまま始末します。 あの者は、それだけ危険な人物なんですから──」 

 

左慈「───ふん! 勝手にしろ!」

 

ーー

 

顔を背ける左慈の様子を見つめていた于吉は、それだけ言うと眼鏡を掛け直す。 だが、何時もの様に左慈をからかう様子を見せず、上目遣いで左慈を見ていた。

 

そして、言いにくそうにポツリポツリと、語る。

 

ーー

 

于吉「嫌われてるのは慣れていますが………できれば、私の側を離れないで下さいね。 私は左慈以外にペアを組みたくなんか……ありませんから」

 

左慈「───ちっ! めんどくさいお前を相手する奴が何処に居る。 それに俺が幾ら嫌っても俺の傍に来るんじゃないか。 此処にしか居場所が無いのなら、俺の役に立ってみせろっ!」

 

于吉「────えっ!?」

 

左慈「…………自慢じゃないが、俺の行動は直情径行気味だから、謀なんか嫌いだ。 その点、貴様なら得意なんだろう? ならば、俺の足りない部分を補えろ。 それができるのなら──俺は拒否などせん!」

 

于吉「さ、左慈ぃいいいいっ!!」ガバッ!

 

左慈「く、くっつくなっ! それが貴様の持つ最大な嫌いな所だ!! そ、それよりも早く行動をしろ! 俺達の軍勢が押されまくっているんだぞ!?」

 

于吉「わかりました。 ならば、手加減など不要ですね! 順慶に更なる暗示を与え……しっかりと捕まえるようにと命じましょう。 天城颯馬を捕らえた後、二度と離さないないように……取り込んでしまえと!」

 

ーー

 

于吉は順慶に更に強く命じる。 

 

───颯馬を殺害する為の最終指令として。

 

 

★☆☆

 

〖 颯馬側 にて 〗

 

その頃、颯馬は順慶に力付くで引き寄せられ、身動きが出来ないままでいる。 

何故ならば、于吉の命じられた通りに、颯馬を強く抱き締めている状態である。 首を片手で引き寄せ、腰の辺りを両脚で挟み込む仕草は、何とも色気があるが、やられている本人にとっては生きた心地などしていない。

 

于吉の期待した颯馬の殺害──とはいかないが、こうも完全に動きを封じ込められた身にとって、命は風前之灯。 もし、どこかで心代わりでもされれば、颯馬の命など簡単に奪い取れてしまう。

 

また、同時に順慶から口撃も受けている。 自分達を置いて行った経緯を何度も繰返し、颯馬から答えを聞き出そうと尋ねるのだ。

 

颯馬の神経も急速に消耗していったが、それでも脱出の機会を窺っていた。

 

ーー

 

順慶「………そ、颯馬……サマ。 ワたくシの想いヲ……知りナガラ……ナゼ……ワタクシを……松永……久秀と置いテ………颯馬……サマ………は、行かレタのデスか? どウしてェ? ドうゥして……なノ?」

 

颯馬「じゅ、順慶殿………………」

 

順慶「………答えテ………颯馬さマ。 どうシてェ、ワタくしと……ひ、久秀ヲ捨て置キ……ナゼ………」 

 

颯馬「そ、それは…………」

 

順慶「颯馬サマ………わ、ワタくシは直に……地ヘト還る身。 それヲ見越し、このママ黙りデ時を稼ごウなど……悪手(あくしゅ)でスワよ?」 

 

颯馬「───!」

 

ーー

 

颯馬の背中から冷汗が流れ落ちる。 確かに時間を稼げば、順慶からの束縛も弛むだろうと考えていたからだ。 

 

しかし、下手な行動を起こせば、最期の力で颯馬の命を道連れにする事など、容易い。 そうなれば、天城颯馬生還で盛り上がる味方の士気が下り、敗北の要因になる可能性があるからだ。 

 

ーー

 

颯馬「…………お、俺は! こんな事……している暇なん……かっ! ぐぅ、ううぅおおぉぉぉっ………」

 

順慶「アはぁ、颯……馬サマの……苦悩スる尊顔……日ノ本に居タ時よリ……更に素敵に……ナリマした、わ。 そレダけ、この地でノ悩みモ……深かっタノで……しょウね。 デスが……見惚れテいル暇、も……アリませんカ……」 

 

颯馬「──ハァッ、ハァハァ! ひ、人の、苦悩する顔を見てぇ……何が面白いんだ………順慶殿っ!?」

 

順慶「ふふ……いイえ、ワタクシが喜ぶノハ、相手ガ颯馬さマだかラデすわ。 颯馬サマだかラ……こそ………ワたクシは………胸がトキメく………のデス。 他のオノコなど、不快デ、吐き気……を覚エるダけ……の存在……ですモノ」

 

颯馬「日ノ本に居た時と変わらない………いや、前にも増して………か」

 

順慶「ふふ……誉め言葉ト……受取りマすわ……」

 

ーー

 

力尽くで脱出を試みるが、病み上りの颯馬が持つ力など普段より劣るのは当然。 それに比べ順慶は、于吉の術により身体に残る氣の残滓を絞り出しての抵抗。 どちらかの力の差は、歴然としている。 

 

ここで真意を漏らせば、激怒した順慶に殺される予想が頭を過る。 では、美辞麗句で飾らした言葉を示そうなどとすれば、普段の颯馬を知り尽くしている順慶が簡単に見破り、正に地獄への道連れにするだろう。

 

つまり───八方塞がり、であった。

 

 

 


 
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