【インハイ最終日・ホテルの部屋】
洋榎「きょうこ~」
恭子「なんですか、主将」
洋榎「あ~恭子に主将って呼ばれんのも、もうちょいだけなんやな~」
恭子「まあそうですね。主将やないのに主将なんて呼びませんし」
洋榎「あっさりしとんなあ。インハイ終わってもうたんやで。ちっとはなんか思うたりせえへんのか」
恭子「そんなん……するに決まってます」
洋榎「決まっとったんか~。そら知らんかったなあ。でも返しはいつもと変わらんな~」
恭子「なんか、やけにぼーっとしてて……思うところがありすぎるんやと思いますわ。いろいろと」
洋榎「いろいろて。まあ恭子はそうやって、むっずかしい顔してんのも似合うからええなあ」
恭子「なんもええことありませんよ。このまま歳とってもうたら、眉間の皺が取れんくなって難儀しそうですし」
洋榎「性分っちゅうもんがあるからなあ。その点うちは皺ができても笑い皺や。歳とってもめっちゃかわいいままやで~」
恭子「そやなー言うて欲しいんなら、そっちの部屋で言うてくださいね。絹ちゃんならきっと同意してくれますから」
洋榎「……やっぱ、ええなあ」
恭子「なにがですか」
洋榎「わかっとるのに言わせたいんか。相変わらず趣味悪いなあ」
恭子「……間違っとったら恥ずいんで」
洋榎「終わりたなかったんや。恭子とゆーこと絹と漫と。姫松のみんなでまだまだ打っていたかったんや……」
恭子「そうですね。私もおんなじ気持ちです」
洋榎「優勝もできんかった。個人戦もちょびっとしか勝てんかった。うちがエースやったのに、全国の勲章はなーんも取れんかった」
恭子「強かったですねえ、全国は」
洋榎「全部は勝てんにしても、もうちょい行けるつもりやった。ずーっとな、なんか一個でもええから、部にうちらがいたってことを残したるで~って思っとった」
恭子「大阪とか、近畿とか、そういうんはいくらかありますけど」
洋榎「そんなんあかん。そこそこ強けりゃ取れるもんで満足できるかいな。もっとでっかい勲章をみんなで取って、一生の思い出にしたかったんや」
恭子「そりゃできたらよかったですけど」
洋榎「んでな、プロになって、OGとして呼ばれた時にや!『あれ見てみい!うちらが取ったんやで~』言うて」
恭子「後輩相手にドヤりたかった、と」
洋榎「そらもうドヤ顔も決めたるけどな、ちゃうねん。そこでみんなの話ができるやんか。あの時のメンバーはなーゆーて、みんなのこと語ったりたかったんや。でももう、そんなんできん」
恭子「主将がプロで活躍したったらええんですよ。そしたらメンバーのことは知らんでも、興味持って貰えますって」
洋榎「そんなんつまらん……ってなんや。恭子も麻雀の道には進まんのかい。ゆーこも絹も、ちゃんとやるのは高校か大学までのつもりみたいやから、恭子には期待しとったのに」
恭子「……それも込みで、悩んどるんです」
洋榎「あ~、そういやそういう話やったなあ」
恭子「主将、忘れてましたね」
洋榎「そやかてな~、恭子の悩みはいっつもややこいねん。そのうち自分で勝手に解決しとるし、心配のし甲斐ってもんがないわ」
恭子「そうですね。そういえば、悩んどっても主将に相談するとか考えたことなかったかもしれませんわ」
洋榎「もちょっとくらい期待せえや!こう見えても名門・姫松の主将やっとる女やで。相談事の一つや二つ、ぱぱ~っとこなしたるわ」
恭子「なるほどなるほど、そうですか。じゃあ、そこまで言うなら聞きますがね」
洋榎「おお、こんかい」
恭子「私の実力で麻雀の道に進んでも、正直勝てんのですよ。このまま麻雀の道に飛び込んだら、実力不足で潰れるのは目に見えてます。運が良くても参謀経験を活かした裏方家業がせいぜいで、それもまず確実に潰れます。どうせやるなら打ち手としてやっていきたいと思うてますし、それができんのなら目指してもしゃあないなあと」
洋榎「しゃあないて、お前」
恭子「高校だけでも、私よりはるかに強い奴らが何十人とおるんです。その中でも、年代トップクラスのエリート共が蟲毒よろしく喰らいおうて、必死に生存競争をしとるとこがプロ、もしくは実業団なわけです。なんかの間違いで上手く潜り込めたとしても、どう考えてたってまずい飯すら食えんことになるわけで……」
洋榎「まあなあ。言うてることは間違ってへんかもしれん。けどなあ……」
恭子「けど、なんですか」
洋榎「ん~どうしよかなあ」
恭子「そこまで引っ張ったんなら言うてくださいよ」
洋榎「ええわ。言うたる!恭子やから言うけどな、うち、おかんに脅されとるんよ。プロになるなら覚悟せえ、て。うちの実力、通用せんらしいわ」
恭子「えっ!主将でもあかんのですか」
洋榎「アカンな。うちもホンマはすぐに通用すると思うてへんし。ゆうても、もちろん今のまんまならって話やで。そもそもな、プロの世界で高卒ルーキーがちゃんとやっていけるわけないやん。いきなり活躍するんは、戒能プロみたいなトンデモさんだけやで。おかんが言うにはな、あの宮永照でも今の打ち方だけならそない勝てんのちゃうかって。まあ新人王くらいなら取れるかもしれん、とも言うてたけど」
恭子「宮永照はそこらのプロじゃ相手にならん、いう噂はガセっちゅうことですか」
洋榎「プロになったらな、専門家チームのガチ対策が始まるんや。アマチュア時代の戦績なんてあてにならんで。対策しやすいモンなら、相手全員が熟知してやってくるようになるんよ。それに、あの連続あがりくらいなら、おかん一人でも余裕で捌けるらしいわ。プロ行っても毎回やるなら、そのうち全く勝てんくなるやろな~言うて……あ、これ全部な、家族の会話でぽろっと出た話やから、あんま人に流さんといて。たぶん監督やっとる千里山の選手でも知らんから」
恭子「そんなん聞いたら、ますますどうにもならんって話になるんですが」
洋榎「どこがや。しっかり聞いとったんか?」
恭子「プロは厳しい。実力が桁違い。同年代でぶっちぎりの宮永照でも、あっさり勝てんくなる世界。私の入る余地なんてどこにもありません」
洋榎「分析とか対策とかどこいった?うちは一番違うのはそこや、いう話をしたつもりやで。得意分野ちゃうんかい」
恭子「いや、それは……凡人の私には、それくらいしかなかったってだけで」
洋榎「千里山の浩子もそうやけどな、お前ら自己評価が低すぎんねん。高校生であんなんできるやつ滅多におらんで。もちろんうちもできん。なら活かしたったらええやんか。恭子はそのつもりで鍛えとるんやな~て勝手に思っとったけど、なんやそんな気なかったんかい」
恭子「……なかったんかとか言われたら、流石に腹立ちますね」
洋榎「せやろ?ホンマにないんは自信の方や。自信がないから悩みが広がっとんちゃう?そこ抜いて、もっかいちゃんと考えてみた方がええ。やらんで後悔するんは辛いからな」
恭子「主将はやって後悔するタイプですもんね」
洋榎「そやで~!やらかしたおして痛い目ぇみて笑い泣きする人生や、ってなんでやねん!」
恭子「なんでや言われても。こっちが勝手に羨ましがっとるだけですよ。まあ、もうちょいしっかり考えてみますわ」
洋榎「たまーにちゃんと相談のったったらこれかい。もうやらんからな!」
恭子「そしたら、主将が困った時もシカトしますんでよろしゅうお願いしますわ」
洋榎「えっ」
恭子「なんも聞かんでくださいね。勉強のわからんとことか、試験の範囲とか、もろもろの対策とか。忘れもんも貸さんときましょうか」
洋榎「ま、まあ、ちょっとくらいはのったるわ」
恭子「なら赤点になるかならんかくらいの協力はしますわ」
洋榎「よっしゃ!いつでもうちを頼るんやで。恭子とうちの仲やからな」
恭子「大阪に帰ったら、夏休み明けの試験に向けて対策やりましょか」
洋榎「あと、今は二人なんやから主将呼びも敬語もやめーって。何度言わすんや」
恭子「そうやったな。あー……どっかでまだ、インハイ気分でいたいって思うとるんやろなあ」
洋榎「わかるけども。う~、大阪帰ったらお勉強の時間になってまうなあ。インハイ前からな~んもやっとらんから、下手したらテストの右上にお月さんが顔出しかねんわ」
恭子「まんまるでええ眺めやろなー、とかゆうてる場合ちゃうか。けど、そんな点は取らせんから安心してかまわん」
洋榎「えらい頼もしいな。でもなんや、いつもよりやる気出てへん?」
恭子「ええこと聞けたからな。少しは前向いて行けそうや」
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とてもとても、薄い可能性の先にある、少しだけ未来の物語。