少し肌寒くなってきた10月のとある昼下がり。
水銀燈との戦いが終わっても僕の家は相変わらず真紅達に占拠されたままだった。
僕はいつも通りパソコンの前に座って趣味のネット通販をやっていた。
いくら真紅達が僕の家にやってきたとはいえ、この趣味ばかりは譲れない。
「なになに?中国4000年の奇跡、若返りのツボ30万か・・・。買いだな」
カチッ
ガチャ
誰かがドアを開けたらしい。
「ま~たちび人間が陰険な事やっているですよぉ」
「こら、勝手に入ってくるなって言ってんだろ」
全く、僕の唯一の趣味を邪魔しに来るなよ・・・。
しかし、こんな僕の内心など知るよしもなく翠星石はベッドに腰を下ろした。
「いつもテレビに向かって何をしてるのです?」
「買い物。ちなみにテレビじゃなくてパソコン」
「買い物ならのりに頼みやがれば良いじゃないです?」
「いちいちうるさいなぁ。いい加減出てけ!」
「キャーちび人間が怒ったですぅ」
翠星石がからんできて僕が怒る。これが僕と翠星石が出会ってからの接し方だった。
いつのまにかこの口論も挨拶代わりみたいな感じになってきていた。
今日もすんなりといつものように翠星石が部屋から出て終わりのはずだったのだ。
だが、何の気まぐれか知らないが今日は翠星石がパソコンの裏に回り込もうとした。
だが、その後が問題だった。
当然パソコンの裏はケーブル類がたくさんあるわけで・・・
「キャーーー」
翠星石はケーブルに足を取られて思いっきり頭から転んだ。
それだけならいつもの笑い話で済んだのだが
プチューーーーン
という音が耳元でした。
も、もしかして翠星石のやつ・・・まさか。
おそるおそるパソコンを見た。
画面は真っ暗だった。
次に翠星石が引っかけたコードを見た。
コンセントからプラグが抜けていた。
「・・・」
「痛いですぅ~。思いっきりおでこを打ったですぅ~。ちび人間、早く謝りやがれです」
「・・・この」
「ちび人間?どうしたですか?マンガみたいに額に怒りマークが浮かんでるですよ」
「この大バカ野郎ーーー!!!!」
こいつ、よりにもよって電源コードを引っこ抜くとは・・・。
いや、まだパソコンが壊れたと決まったわけではないな。
とにかく確認しないと。
僕はコンセントにプラグを差し込もうとかがみ込んだ。
そうなると自然に翠星石と目が合う訳で。
「ちび人間?」
「邪魔だ、どいてろ」
僕は珍しく本気で怒っていた。
翠星石もそれを感じ取ったのか、静かにしていた。
え~と、プラグはこれだな。
あれ?なんでコンセントに差し込めないんだ?
僕はコンセントを見た。
コンセントには亀裂が入っていた。
誰が見てもコンセントは壊れていた。
パソコンじゃなくてコンセントを壊すとは・・・。
まだパソコンじゃなくて良かったと思うべきか。
部品さえあれば自力で直せそうだな。
かといってお茶づけ海苔に頼んでもコンセントの部品なんて買ってこられるわけないし。
となると僕が買いに行くしかないのか・・・。
「ち、ちび人間・・・その・・・悪かったですぅ」
僕があまりにも深刻そうな顔をしていたからだろうか、翠星石が珍しく謝ってきた。
しかも、翠星石の目がめずらしく潤んでいる気さえした。
僕はあまり責めるのも可哀想だと思い。
「まあ、パソコンが壊れなかっただけましだよ」
と、ため息をつきつつ答えた。
とにかく買い物に行かないと。
家の外に出るのは今でもあまり気が進まないが、パソコンが使えないよりはマシだ。
「その、ちび人間。あたしに何か出来る事はあるですか?」
「いいや、特にはないよ。でも、もう二度とパソコンの周りで遊ぶなよ」
「そんなのもう分かったです。バカにするなです」
僕は肩をすくめた。
軽口が言えるくらいに回復したなら大丈夫だな。
久しぶりにあいつがここまで凹んでいるのを見たから多少は心配だったし。
僕は立ち上がり、部屋から出るためにドアノブに手をかけた。
「どこへ行くですか?」
「お前が壊したコンセントの部品を買いに行くんだよ。お茶づけ海苔じゃ間違った物を買ってきそうだからな」
「じゃあ、私も一緒に行くです」
「・・・なんで?」
「勘違いするなですよ!私はただちび人間が一人で外に行くのは寂しいだろうと思って・・・そうそう、いわゆる慈悲の心ですよ!!」
「分かったよ。ついてくるなら好きにしろ」
「それに今日は・・・」
「何か言ったか?」
「な、何でもねぇです!」
僕は翠星石に背を向けて階段を下りていった。
どうせ止めたってついてくるんだ。
なら最初から一緒に行った方が効率が良い。
1階に降りると、お茶づけ海苔と雛苺は画用紙に絵を描いていた。
そして真紅は相変わらず椅子に座って本を読んでいた。
蒼星石はテレビの時代劇を見ていた。
「おい、お茶づけ海苔」
「な~に、ジュン君?」
「ちょっと買い物行ってくる」
「あらあら、頼んでくれれば私が行くのに」
「いや、パソコンのコンセントをこの性悪人形が壊したから部品を買わなきゃならないから」
「いちいち性悪って言うなです!!」
ゲシッ
翠星石が思いっきり俺のすねを蹴った。
「いってえな~、なにしやがるんだ」
「うるさいわよジュン。全く、ゆっくり読書も出来ないじゃないの」
真紅が本を閉じて話しかけてきた。
「お買い物行くの?ヒナも行きたいの~」
「だ、だめですよ。ちびちび雛苺が行っても何の役にも立たないです。ここは私に任せるです」
「あら、翠星石。あなたがジュンと行くの?」
「え、ええそうですよ。このちび人間が『僕、一人で行くのが怖いよ~』なんて言い出すから仕方なしに一緒に行ってやるんです。誤解するなです!!」
「ちょっと待てよ!僕は別に頼んでなんかいないぞ!!」
「まあまあジュン君」
テレビを見ていたはずの蒼星石が割って入ってきた。
「翠星石も責任を感じているから一緒に行こうなんて言い出したんですよ。それを上手く言えないだけでね」
「蒼星石~、妹のくせに何言ってやがるんですか!!そんなんじゃないです!!」
「分かった分かった。そう言う事にしといてあげるよ姉さん」
蒼星石は苦笑いをして言った。
翠星石はまだムスッとしたままだった。
「じゃあ、そういうことで行ってくるから」
「・・・行ってくるです」
「気を付けて行ってきてね」
「ねぇ~え、ヒナも行きたいの~」
「じゃあ、雛ちゃんは私と絵本でも読んでいようか」
「わーい。ヒナ絵本大好き」
「じゃあ、絵本を選びに行きましょうか」
お茶づけ海苔は雛苺を連れて絵本を取りに行った。
「いいこと、ジュン。くれぐれもレディーに失礼のないように」
「どこにレディーなんか居るんだよ・・・」
「そして翠星石、あなたはもう少し素直になりなさい」
「・・・分かったです」
真紅はそれだけ言うとまた本を広げて読み出した。
「全く・・・、行くぞ性悪人形」
「だから、いちいち性悪と言うなと」
僕たちはワイワイやりながら玄関に向かった。
「あれで良いのかい、真紅?」
「何の事かしら、蒼星石?」
「あの2人のこと。最近、結構良い感じだから先にジュン君取られちゃうかもよ」
「あら。私は一向に構わないわよ。だってジュンは私にとってはただの下僕なのだから」
「君もプライドが高いね・・・、君の方こそ素直になったらどうだい?」
「・・・私は二度と姉妹の間で争いをしたくないの」
「なるほど。苦労するね、お互い」
「全くだわ」
桜田家のリビング久々に静かになった。
そして、商店街の入り口では
「なあ、性悪人形。僕のズボンの裾を引っ張るのはいい加減やめろよ。歩きにくいだろ」
「う、うるさいです。それにいちいち性悪って呼ぶなです」
「まさか、お前まだ人間が怖いのか?」
「こ、怖くなんかないですよ!!そっちこそ引きこもりのくせにつけあがるなです!」
まだ引きこもりって言うか・・・。
それは禁句だぞ。
ちょっとお仕置きが必要だな。
「じゃあ、お前は一人で好きな店に行ってろ。僕は電気屋に行くから。30分後にここで集合。文句はないな?」
「それは・・・か、か弱い乙女を一人にするなんて人間のすることじゃねぇです!!」
「大丈夫だって。いくらなんでも店の中は安全だ。それとも、やっぱり怖いのか?」
「そんなことねぇです!分かったです!言うとおりにしてやるから感謝しろです!30分ぴったり後に来ないと承知しないですよ」
「りょーかい。そいじゃ30分後に」
僕はさっさと電気屋に向かった。
買い物はほんの10分で終わった。
それにしても、これからどうしよう・・・。
暇だし、翠星石の様子でも見てくるか。
商店街と言ってもここはそこまで大きくはない。
翠星石の居るところは大体限られている。
まずはケーキ屋でも行ってみるか。
あいつは食い意地が張ってるからな。
あれ?居ないぞ。
まあ、もうすぐで30分経つから集合場所に戻るか。
集合場所の近くまで来た僕はアクセサリーショップの前に居る翠星石を見つけた。
だが、向こうは商品を見るのに夢中で全く僕に気づいていない。
随分と熱心に見ているな。
あ、こっちに気がついたみたいだ。
「居たなら声くらいかけやがれです。ほんと、悪趣味なちび人間ですね」
「何見てたんだ?」
「何でもないですぅ。ところでちび人間、今日が何の日か知ってるですか?」
「今日?今日は10月28日だよな。確か・・・そうだ!思い出した!!」
「覚えていてくれたですか?」
「そうだ、今日は速記記念日だ」
翠星石は俺の足を思いっきり無言で蹴った。
俺はあまりの痛みに声も出せずにうずくまった。
「・・・・・・ちょっとでも期待した自分がバカみたいです」
「おい!!そこまで思いっきり蹴る事はないだろ!」
「ちび人間が悪いんですよ!せっかく真面目に聞いたのにちゃんと答えないのが悪いです!!」
「じゃあ何の日なんだよ?」
「もう良いですよ。さあ、早く帰るです」
翠星石はすぐに回れ右をして僕に背を向けた。
でも一瞬見せた翠星石の表情はいままで見た事のない暗かった。
それでも無理矢理に声の調子だけはいつもと同じようにしているのがとても痛々しく、僕はとてつもない罪悪感に襲われた。
「なあ、本当に今日は何の日なんだ?」
「もう良いって言ってるです!しつこいです!」
「おい、ちょっと待てよ」
僕は翠星石の肩を掴んで僕の方を向かせた。
「お、おい。お前泣いているのか?」
「な、泣いてなんかいないですよ。勘違いするのもいい加減にしやがれ・・・です」
翠星石はそう言っているが、泣いているのは明らかだった。
「悪い、本当に何の日か分からないんだ」
「謝るなです。ちび人間は本当に脳みそまでちびですね」
「・・・」
「ちび人間?いつもならここは否定するところですよ?」
「そうだな。でも、忘れた僕が悪いんだから何とも言えないよ」
「ちび人間がそこまで反省しているなら教えてあげない事もないですよ」
「本当か!!」
「今日はですね・・・私がちび人間と出会った日なんですよ」
ああ~、そういえば・・・。
翠星石が初めて窓ガラスを突き破って僕の部屋に飛び込んできた日からもう1年か・・・早いな。
「私たちドールの誕生日は長い年月の中で忘れられてしまいました。だから私たちの唯一の記念日は新しいマスターと出会った日なんです」
「でも、僕はお前のネジを巻いた訳じゃ・・・」
「マスターはちび人間になったのだから関係なしです。それに、この翠星石様を祝える権利与えるのだからもっと感謝しやがれです」
「だからプレゼントでも買って貰おうとアクセサリーショップの前に居たのか」
「やっと気づいたですか・・・鈍すぎです」
そうか、だから僕と一緒に買い物に行くって言い張ったのか・・・。
「で、何が欲しいんだ?」
「そ、それはですね・・・」
翠星石は顔を真っ赤にしてうつむいた。
そんな顔されたらこっちまで恥ずかしくなってくるだろ・・・。
一体、翠星石は何を頼むつもりなんだ?
やがて、翠星石は深呼吸をして
「こ、これが欲しいんです!!」
真っ赤になってうつむいたまま、だけどしっかりと商品を指さして言った。
「これって、このネックレスか?」
翠星石の指の先にペアのシンプルなシルバーのネックレスがあった。
いわゆる、2つ合わせると1つの形になるっていうやつだ。
「そ、そうです。それをプレゼントしやがれです!」
「それは・・・お、お前と僕にはもう薔薇の指輪があるじゃないか。もっと他の物で・・・」
「ダメです!!」
「何が?」
「指輪なら真紅も持ってるです!!私は2人だけの物が欲しいんです!!真紅と2人でジュンを分け合うなんてもう耐えられないんです!」
そう一気に言い切ると翠星石はまた泣き出してしまった。
僕は何も言い出せなかった。
僕はこういうことには当然疎い。
だが、翠星石の本気はまじまじと伝わってきた。
でも翠星石がここまで言い切った以上、僕も返事を返さなくちゃならない。
僕は悩む必要なんかなかった。
「泣くなよ・・・。お前に泣かれるとこっちまで調子狂うだろ。買ってやるから」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、買ってやるよ。だから俺が店から出てくるまでに泣きやんでおけよ」
僕はあまりの恥ずかしさに翠星石の顔を見る事が出来なかった。
僕が店から出てくると翠星石は落ち着かなさそうにソワソワしていた。
そして、僕が店から出てきたのを見つけると駆け寄ってきて
「買ってきたですか?」
「ああ。ほら、かけてやるよ」
翠星石の首にそっとネックレスをかけた。
僕らはお互いにあまりにも恥ずかしかったのでお互いの顔を見る事が出来なかった。
すると、翠星石がおずおずと
「じゃ、じゃあ次は私がジュンにかけてあげるです」
「ん。分かった」
翠星石は人形だから僕と翠星石は相当な身長差がある。
僕は翠星石がネックレスをかけやすいように屈んだ。
翠星石の手は少し震えていた
「そんなに緊張することじゃないだろ」
「いちいち茶々入れるなです!まったくムードのかけらも分からないやつですね」
「分かった分かった。ほら、はやくかけてくれ」
「まったく、これだからちび人間は・・・」
翠星石はブツブツ言いながらもちゃんと僕の首にかけてくれた。
「じゃ、じゃあ次はですね・・・このネックレスに口づけをするです」
「今度は何を契約するんだ?」
「・・・2人が絶対に離ればなれにならないことをです」
僕は無言でそのネックレスにそっと口づけをした。
もちろん、薔薇の指輪に口づけをしたときのように光が溢れ出したりするようなことはない。
でも、なぜだか知らないけど僕の胸は何となく暖かくなっていた。
「こ、これで契約は終了です。ちび人間、感謝しやがれです」
「いいや、まだ終わってないぞ」
「え?なんでです?」
翠星石はきょとんとしている。
自分にかかっているネックレスを指さして。
「契約っていうのはお互いにやらなきゃ意味がないだろ。だからお前もやれよ」
「私がするのですか!?」
「ああ。それとも嫌か?」
「別に嫌っていう訳じゃねえです。ただ、ちょっと驚いただけです。ほら、早くするです」
翠星石はかなり緊張しながらも、しっかりと僕のネックレスを掴んで口づけをした。
「さ、さあジュン、そろそろ帰るですよ。あまり遅くなるとみんなに心配かけるですからね」
「そうだな。そろそろ暗くなってきたし、帰ろうか」
「はいですぅ」
僕たちは家に向けて歩き出した。
翠星石はまだモジモジと何かしている。
というか、さっきから落ち着きがなく何度も僕の顔を見てきた。
全く、少しは素直になったと思ったのに相変わらずだな。
僕はそっと翠星石の手を握った。
翠星石は少し驚いていたが、一瞬で満面の笑顔に変わって僕にもたれかかってきた。
「ジュン」
「なんだ?」
「せっかく名前で呼んでるんですからジュンも名前で呼んでくださいですぅ」
「・・・そのうちな」
「今すぐ呼ぶです~」
「あとでな」
「だから今すぐにと・・・」
結局、僕と翠星石は言い争いをしながら帰った。
ただ、いつもとちょっと違うのは2人とも笑顔が絶えなかったという事だ。
秋の夕日の中を僕と翠星石は家へとゆっくりゆっくり歩いていった。
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ローゼンメイデンの翠星石のアフターシナリオです。ジュン視点で話が進みます。