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戦国†恋姫 三人の天の御遣い    其ノ二十四

雷起さん

これは【真・恋姫無双 三人の天の御遣い 第二章『三爸爸†無双』】の外伝になります。
戦国†恋姫の主人公新田剣丞は登場せず、聖刀、祉狼、昴の三人がその代わりを務めます。

*ヒロイン達におねショタ補正が入っているキャラがいますのでご注意下さい。

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2016-09-27 04:08:24 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:2070   閲覧ユーザー数:1884

戦国†恋姫  三人の天の御遣い

『聖刀・祉狼・昴の探検隊(戦国編)』

 其ノ二十四

 

 

 房都 本城 謁見の間

 

 その日、一刀たちは遠方からの使節を迎え謁見していた。

 

「この度は晋帝国の帝に拝謁賜りしこと、まことに恐悦至極にございます。」

 

 包拳礼で両膝を着く若い女性は髪を角髪に結っている。

 その女性に対し、朱里が微笑んで応えた。

 

「遠路遙々、倭から大義でした。面を上げて下さい、載斯烏越(さしあえ)殿。倭の内乱が治まり、こうして国交を結べた事を、帝は大層お喜びです。」

「はっ。ありがたきお言葉。我が王にしかとお伝えいたします。」

 

 謁見の間の玉座には一刀たち三人と華琳、桃香、蓮華の三王、そして武将、軍師が勢揃いしている。

 一刀たちが直接声を掛けないのは儀礼の意味も在るが、それ以上に一刀たちのラッキースケベが発動して使者に恥を掻かせない様にという気配りの意味合いの方が強い。

 その載斯烏越の視線が落ち着き無く謁見の間を彷徨っているので、朱里はこれだけの文官武官が集まっている事に恐れを抱いているものと推測した。

 

「晋は倭の行く末を気に掛けています。こうして帝、王、文官武官が集まっているのはその現れだと思って下さい♪」

 

 朱里は優しく微笑むが、載斯烏越の緊張は解けない。

 いや、緊張と言うより何かに怯えている様だった。

 

「お、恐れながら………お尋ねいたしたいことが………」

「はい、何でしょう?」

 

「卑弥呼様がこちらにいらっしゃると伺っていたのですが………」

 

 朱里の表情が固まった。

 

「卑弥呼さんは旅に出ていて、この房都にはおりません。」

 

 質問の意図を読む為、朱里は固まった微笑みを崩さず簡潔な事実のみを伝えた。

 すると載斯烏越は大きく安堵の息を吐く。

 

「あの、載斯烏越さんのお歳だと卑弥呼さんと面識は無いと思いますが?」

 

 載斯烏越の歳は朱里の長女の龍里こと諸葛瞻より年下だと聞いている。

 その使者の少女は申し訳なさそうに神妙な顔で答えた。

 

「おっしゃる通りです。ですが卑弥呼様の事は物心着いた頃から常に聞かされて育ちました。それはもう細部まで思い描く事ができる程に………この房都の市で売られている人形を見て、ひと目で卑弥呼様だと判るくらい………」

 

 朱里がチラリと真桜を見ると、真桜はドヤ顔で踏ん反り返っている。

 

「倭には『漢女の悪口を言うと卑弥呼様の逆鱗に触れて地獄と化す』という言葉が伝わっておりまして………倭の内乱も卑弥呼様が倭から姿を消されたのが原因です。」

 

 この話は朱里だけでは無く、一刀たちや謁見の間に集った者達の興味を引いた。

 卑弥呼が倭でどう過ごしていたのか、本人の口から語られる事も有ったが殆どが鵜呑みに出来ない内容だったからだ。

 

「戦の内容も相手に漢女の悪口をいかに言わせるかという権謀術数の応酬に明け暮れる有り様で………おかげでここまで戦が長引いてしまいました……」

 

 朱里は自分もその場に居たら同じ策を講じただろうと思いながら、倭の情勢を後でもっと聞き出そうとこの場は労いの言葉を掛けて謁見を進めるのだった。

 

 後日、載斯烏越には『晋委奴国王印』と数々の宝物が下賜され倭へと戻って行った。

 その宝物の中に吉祥こと管輅が一枚の銅鏡を紛れ込ませている。

 一刀たち三人は吉祥と皇帝執務室でその事について話をしていた。

 

「これで聖刀くん達との交信も少しは良くなる筈よ♪」

「「「これって携帯の中継アンテナを設置する様なもんか?」」」

「うんうん♪地脈なんかの影響も有るからどれだけ良くなるかは運任せだけどね♪」

「「「アバウトだな……まあ、これでザビエルと戦う為に少しはましなアドバイスが送れるんだ。ありがとう、吉祥。」」」

 

 一刀たちは聖刀、祉狼、昴の行く末を案じて真面目な顔で礼を言う。

 それに対し、吉祥も真剣な顔で応えた。

 

「ザビエル君との戦いもそうだけど、それと同じ位重要な事が有るわ。二刃ちゃんと娘達とインテリくんの事。」

 

 一刀たちもそれらの問題を思い出し顔が渋くなる。

 

「「「今まで以上に詳しい情報が入って来るんだもんな…………アドバイスより二刃や眞琳達の愚痴で使い潰されるんじゃないか?」」」

「そうならない様に私達がサポートしなきゃってコト。それから、鏡が上手く良い位置に設置されれば静止画も送受信できるの。二刃ちゃんや娘達にはこれが有れば仲良くなれると思うのよ。でも、インテリくんに昴ちゃんのお嫁さんを見せるのって………」

 

 文字だけで奇行に走ったインテリである。

 映像を見せたら、今度は対馬海峡を泳いで渡って銅鏡にダイブする姿が一刀たちには容易に想像出来た。

 

「「「…………困ったな………太白も身重だから無理はさせられないし………例の偽修行で誤魔化せないか?」」」

「いや、それがね………」

「「「え?…………………まさか…………」」」

 

 一刀たちは嫌な予感がしたが、聞かなければもっと悪い事が起こる気がしたので、覚悟を決めて吉祥の言葉の続きを固唾を呑んで待つ。

 

「この間の風雲再起ちゃんと黒王ちゃんが向こうに行くのを偶然目にしたらしくて、何かを掴みかけてるの………」

「「「………………何て奴だ…………苔の一念岩をも通すとは言うが……ロリコンの一念は外史の壁も貫くのか………」」」

「太白ちゃんを置いて行かせる訳にいかないから、いよいよになったら記憶を消して止まらせるから。」

 

 現在休業中とは言え”管理者”の吉祥ならばそれ位は出来るだろうと予測はしていた一刀たちは、ふとある事を思い付いた。

 

「「「なあ、吉祥。その記憶を消すっていうの、また思い出せる様に出来るかな?」」」

「消すんじゃなく、封印ね。できるわよ………………それってもしかして……」

 

「「「ああ、インテリを本当にいざという時の切り札にする。」」」

 

 真面目な顔で言い切った一刀たちに対し、吉祥は返答に困った。

 

「ええっとねぇ………ゾンビで溢れた街に撃ち込む核ミサイルじゃないんだから。もっとみんなと相談して決めない?」

 

 放射能による汚染と、インテリと昴の親子がもたらす日の本全土の幼女への精神汚染、果たしてどちらがマシなのか。

 どちらも人類にとって悲劇を生むのは間違い無いだろう。

 

 

 

 

 房都でそんな話がされているとは、当然想像もしていない祉狼、昴、聖刀の三人は、既に相模へ入っていた。

 ゴットヴェイドー隊の本隊である救護隊を中心に、エーリカ、梅、歌夜から成る防衛隊、昴を隊長とした攻撃部隊であるスバル隊、麦穂の丹羽衆、桐琴の率いる森一家、心が纏める内藤隊、秋子の直江衆が取り囲み、まるで車懸かりの陣を行う様に先頭を順番に入れ替えて行軍している。

 

「見えて来ました♪あれが小田原城です♪」

 

 祉狼達と一緒に行軍している十六夜が峠を越えた所で、馬上から東を指差とその先に幾重もの塀と堀に囲まれた平山の城が見えた。

 

「これはまた見事な♪美しいお城ですね♪」

 

 直ぐさま反応したのは先ずエーリカだった。

 それに呼応して雫と詩乃が頷き合う。

 

「海、山、川の配置が実に良い土地ですね。これは大軍で攻め込むとなると東からしか有りません。」

「それにしても凄い面積です。城下の町まで塀の中に入れてしまうとは、まるで堺の様です。」

 

 三人の会話に祉狼が笑って振り向いた。

 

「なんだか造りが俺の育った房都に似ているな。房都の本城はもっと高い山に建てられているけど、あんな感じで街を壁で囲っているんだ♪」

「城郭都市という造りですね♪叶うなら祉狼さまの育った都を見てみたいです♪」

 

 雫は房都の街に思いを馳せるが、詩乃は眼前に広がる小田原城の城壁の高さと堀の幅が気になった。

 

「十六夜さま、この城壁と堀は以前からこの様に?」

「ううん、塀も堀も昨年にお母さまが突然言い出されて普請したの。ここからじゃ判らないけど、近くで見ればできたばかりだって判るよ♪」

「ではやはり、これは鬼と戦う為に築かれた物なのですね。」

「なるほど、詩乃。あの城壁の高さと堀の幅ですね。」

「ん?どういう意味だ、詩乃、雫。」

 

 両部衛が何に納得したのか判らず祉狼が訊いた。

 

「塀の高さは敵の侵入を妨げる防御力ですが、同時に弓や鉄砲の射程距離を伸ばす攻撃力にもなるんです。」

「通常、堀の幅は味方の射程距離ぎりぎりにして、敵の矢や弾が届かない状態で殲滅します。ですが、小田原城の水堀は味方の射程すら越えています。」

 

「つまりここから導き出される答えは、敵が水堀に入って城壁に近付くと想定し、水堀で足の鈍った所を鉄砲で殲滅するのを目的とした造りだという事さ、祉狼くん♪」

 

 横から割り込む様に説明したのは一二三だった。

 

「成程、小谷で眞琴が使った戦法を、もっと大掛かりにした物か。」

「ほう、それは興味深いね♪湖衣もそう思うだろう♪」

「ひ、一二三ちゃん!」

 

 湖衣は会話に割り込んだ一二三を嗜め引かせようと目配せするが、一二三はわざと気付かない振りをして詩乃を始めとするゴットヴェイドー隊の女性達に話し掛ける。

 

「いやいや、今まではお役目が忙しくて越中から同道しているというのに、なかなか方々とは話もできなかったからね♪こうして行軍の先頭でご一緒しているのだから、もっと親交を深めようじゃないか♪祉狼くんもそう思わないかい?」

「ああ♪一二三さんの言う通りだな♪仲良くなるには会話をしなければ♪」

 

「私にさん付けはいらないよ。何しろ祉狼くんは御屋形様の良人殿だ♪」

 

「それなら一二三ちゃんも祉狼様とお呼びするべきでしょうに……」

 

 湖衣は呆れて頭を抱えている。

 

「いやいや、祉狼くんが何かとても可愛くてね♪お姉さんとしては『くん』なのさ♪別に構わないよね、祉狼くん♥」

「ああ♪好きに呼んでくれ♪」

 

 一二三のあからさまな気を引く態度に、詩乃達は『またひとり増えたか』と諦め顔で溜息を吐いていた。

 

「だそうだよ♪湖衣も祉狼ちゃんとか祉狼ちゃまとか好きに呼ばせて貰いなよ♪」

「わ、わわわわわ、私は祉狼様と呼ばせていただきますっ!」

 

 湖衣の態度に、詩乃達は再び溜息を吐いた。

 この様な感じで小田原行は鬼にも出会さず、終始穏やかな雰囲気で進んで行った。

 

 

 

 

 一方、小田原城内では十六夜からの先触れを受けて連合の到着を迎える準備が進められていた。

 その指揮を執るのは地黄八幡と呼ばれる北条綱成、通称朧であった。

 

「朧さまぁ〜、物見の報告で連合の先頭が塔ノ峰を越えたそうですよ〜」

 

 そして姫野も朧の補佐として一緒に居る。

 姫野は忍城で朔夜の手紙を預かり、朧が居た玉縄城へ向かった。

 そして手紙には姫野を連れて小田原城へ入り連合を出迎える様に書かれていたのだ。

 小田原城天守の一室で書類仕事をしていた朧は、書簡を置いて立ち上がった。

 

「うむ、いよいよですか!」

 

 部屋を出て階下へ向かう朧の後を姫野も付き従う。

 

「朧さまぁ〜、どこまで出迎えるつもりですか〜?」

 

 姫野は到着まで一時間以上有るのに、今から出迎えに行くのは早すぎだと進言したつもりだった。

 

「外堀の正門までです!」

「はあっ!?今の外堀の正門ってここから半里は有るんですよっ!本丸の黒金門でいいじゃん!」

「何を言っているんですか!連合には公方様もいらっしゃるのです!諸大名の見ている前で礼を失すれば、恥を掻き侮られるのはご本城さまである朔夜姉さまなのですよ!名代として手は抜けません!」

 

 肩を怒らせ廊下を進む朧の背中を見て、姫野は内心面倒くさいと考えていた。

 

(どうせご親族さま方が心配なだけじゃん。そりゃ、名月さまとか久しぶりだし、お嫁に行っちゃって相手がどんな男か気になるんだろうけどさ……………そういやあいつも来てるかも………)

 

 嫁というキーワードから祉狼の顔を連想した姫野は急に会いたくなり、それまでの怠け気分が吹き飛んだ。

 

「お、朧さま!姫野がちょっと先に行って様子を見てきますよ!」

「ん?ああ♪それもそうですね♪先陣の旗印、本隊の位置、特に足利二つ引両、今川赤鳥、武田菱、長尾九曜巴、織田木瓜がどの様に配置がされているか見てきなさい。それから……」

 

 急に言葉が詰まったので、姫野が顔を覗うと朧は顔を赤くして汗を掻き、視線も落ち着かなげにキョロキョロと彷徨っていた。

 

「つ、ついでに十六夜と三日月と暁月と名月の様子を見てきて……い、いや、ついでですよ!別に無理して見てこなくても良いですからね!」

 

「あ〜はいはい、それじゃあ行ってきまーす。」

 

 この状態の朧の相手は、連合を出迎えるよりも面倒くさいので姫野はさっさと縁側の廊下から飛び出し、ショートカットの為に塀を飛び越えたのだった。

 

 

 

 

「ご主人さま、本陣からお呼びでございます。」

 

 小波の声に祉狼とその周りに集まっていた者達が振り返る。

 

「判った!」

 

 祉狼は間髪入れず本陣に向かって小波と共に走り出し、ひよ子達はいつもの事と手を振って送り出す。

 しかし、十六夜は初めて見る祉狼の足の速さに驚いていた。

 

「祉狼さんって………やっぱり天の国の人なんだねぇ……」

「どうだべ、十六夜ちゃん♪惚れ直すべ♪」

 

 隣に居た雪菜がウットリした顔で十六夜に同意を求めて来る。

 駿府屋形で再会した時に、雪菜の祉狼に対する態度が躑躅ヶ崎館とすっかり変わっていて驚かされたが、この数日ずっと一緒にいたのでもう慣れていた。

 

「うん♪私も早く祉狼さんのお嫁さんになりたいなあ♪」

「名月ちゃん達に先を越されてっしな♪お姉ちゃんとしては焦るべ♪」

「本当だよ〜……あっ!」

「なしただ、十六夜ちゃん?」

「わたしもそうだけど、朧姉さまも焦るんじゃないかな?」

「朧さんけ?縁談の話さ、やっぱ来ねえんだな………」

 

 十六夜と雪菜の会話に興味を引かれた詩乃、雫、ひよ子、転子、エーリカ、一二三、湖衣、名月、空、愛菜がすかさず集まり、詩乃が代表して問い掛ける。

 

「今のは地黄八幡殿のお話ですか?」

「はい。北条朧綱成、私達姉妹の叔母で……血が繋がっていないのはご存知と思いますけど、私達は肉親だと思ってます♪」

「慕っておいでなのですね♪所で、その地黄八幡殿に縁談が来ないと言うのは?」

「朧姉さまは美人で優しくて武勇に秀でている方なので、昔はその手の話も結構あったんです。ただ、性格が真面目すぎてお見合いの席で相手を見定めようとじっくり見るらしく………」

「お母さまから聞いたお話では、お見合い相手を睨んでいるとしか見えないとおっしゃっておられたのですわ。」

 

 名月も朔夜が笑って話してくれた事を思い出して十六夜の言葉に付け加えた。

 それを受けて一二三が腕を組んで頷く。

 

「『北条に地黄八幡在り』と今では関東のみならず東国にその武勇は知れ渡っているからね。普通の男なら尻込みするだろうねぇ。その上、真面目で色恋に不器用とは…………まるで誰かさんの事みたいだね、湖衣♪」

「わ、私は睨んだりしませんよ!」

「別に湖衣のことだなんて言ってないだろう♪」

「っーーーーーー!」

 

 一二三と湖衣の遣り取りに詩乃は複雑な想いを抱きつつ、朧の情報を更に引き出そうと話を続ける。

 

「更にお伺いいたしますが、地黄八幡殿は年下の男性に興味を覚える方でしょうか?」

「え?………それって朧姉さまも祉狼さんを好きになるのかもってことだよね………」

 

 十六夜は少し考えてから答える。

 

「朧姉さまは良人となる人の為人を重視するからお見合い相手を睨むみたいに見ちゃうんだと思うな。年齢に関しては武家の習いで世継ぎを残せるのなら気にしない筈だよ。」

「ええとですね……………」

 

 詩乃は十六夜が年下趣味という物を理解していない事は理解した。

 

「一二三さん、湖衣さん、十六夜さまに説明をしていただけますか?」

「私は祉狼くんの慈愛の精神と政治的立場に惹かれたのであって、湖衣みたいに年下だからでは無いんだが………」

「私だって年下だからじゃなく祉狼さまが素晴らしいお心をお持ちだから好きに!…………」

 

 湖衣は一二三の誘導にまんまと引っ掛かったと気付き、真っ赤になるが直ぐさま反撃に出る。

 

「一二三ちゃんだって政治的立場とか言ってるのは照れ隠しだって私にはお見通しなんだからっ!」

「な、何をっ!……………い、いや、止めよう、湖衣……この言い争いは互いに利が少なすぎる。で、十六夜さま、今孔明ちゃんが言いたいのは年上や同い年には恋愛感情を抱けず、年下に対してのみ執着する者がこの世には少なからず居るという事ですよ。身近な所で昴くん、雹子どの、歌夜どの。後、昴くんの家臣になった栄子もそうだね。」

 

「みなさん保護欲が強いという事でしょうか?…………わたしも妹達は可愛いですし………」

 

 まだ良く理解出来ていない十六夜に雫が微笑み掛けた。

 

「十六夜さまは周囲の人の動向を良く見ておいでですから、後は経験を重ねてその人の行動の意味を覚えられれば良いご当主となられますよ♪」

 

 そして詩乃達に顔を向けて真面目な顔になる。

 

「今問題なのは地黄八幡どのが祉狼さまを好きになり、新たな嫁候補と成るか否かですが………地黄八幡どのは少し前の秋子さんや貞子さんに近い……と言うか数歩手前まで来ているのではと推測しました。」

 

 突然良く知る名が出て来て愛菜ははてと考える。

 

「母上と貞子どのですか?………成程、普段は真面目な二人でしたが、父上の前では我を忘れていましたからな、どん。」

 

 愛菜の言葉に名月が頷く。

 

「朧姉さまも真面目な方ですし祉狼お父さまの人々を愛する熱いお心にきっと惹かれると思いますの♪十六夜姉さまもそう思いませんこと?」

「うん♪そうだね♪朧姉さまとも一緒に祉狼さんのお嫁さんになれたら嬉しいよね、名月ちゃん♪」

 

「曲者っ!」

 

 エーリカの鋭い声が十六夜と名月の醸し出していた和やかな雰囲気を吹き飛ばした。

 

「ギャンッ!」

 

 エーリカが手から放った物が命中し、曲者が声を上げて倒れた。

 

「姫野ちゃんっ!?」「姫野っ!?」

「この間の…」「またこいつですか。」

 

 十六夜、名月、空、愛菜の言葉で、それが駿府屋形に北条の使者としてやって来た風魔の棟梁だと全員が気付いた。

 

「エーリカっ!俺を何処に投げてやがるっ!」

 

 宝譿が倒れた姫野の頭の上で憤慨している。

 先程エーリカが投擲したのは宝譿だった。

 

「ちゃんと胸とか尻を狙いやがれっ!」

 

 宝譿はもう一度エーリカに遠くへ放り投げられた。

 

 

 

 

「良いか、祉狼!小田原城に到着してもお前は城の者と話をするな!麦穂、秋子、心がそれぞれ我らの名代となって話を進めるからなっ!」

「氏康は忍城に居るけど、絶対に何か策を巡らせているに決まっているんだから!あんたじゃ絶対に敵う相手じゃないんだからねっ!」

「本当は付いていてあげたいけど、氏康の居ない小田原城に光璃達当主がいきなり入城する訳にはいかないから………」

 

 久遠、美空、光璃に詰め寄られて祉狼はだじろいでいた。

 

「お、おう………判った……」

 

「おい、そう主様を苛めるでない。そんなに心配なら余が一緒に行ってやろう♪」

 

「バカを言うな!」「できるわけないでしょっ!」「寝言は寝てから言って。」

 

 幽は後ろを向いて耳を塞いでいる。

 将軍の側仕えとして本来なら無礼を咎めなければならないが、最近の一葉は歯止めが効かないので久遠達の言葉は聞かない事にしたのだ。

 

「小波、祉狼の護衛と状況の逐次報告は任せたぞ。」

「はっ!身命を賭しまして、必ずやっ!」

 

 鬼の姿が無い状態で命を賭けるとは言い過ぎなのだが、祉狼が無茶をすれば小波に迷惑が掛かるのだと久遠は言い聞かせているのだ。

 実際祉狼にはこの方が効き、今も祉狼は弱った顔をしていた。

 

 

 

 

「超信じられないしっ!なんでお使いで来た姫野がこんな目に会わなきゃなんないのよっ!」

 

 目を覚ました姫野は顔を真っ赤にして憤慨していた。

 

「そうだそうだ!もっと言ってやれネエチャン!」

 

 エーリカに投げ飛ばされた筈の宝譿がいつの間にか戻って来ていて、姫野の足下でパタパタ腕を動かしていた。

 その宝譿を姫野は引っ掴む。

 

「姫野をバカにするのもいいかげんにするしっ!こいつも誰かが術で操ってんでしょ!」

 

「姫野ちゃん、落ち着いて!」

「姫野!落ち着きますの!宝譿はホントに自分で動く付喪神なのですわ!」

 

 十六夜と名月に言われて姫野は半分は信じた。

 

「十六夜さまと名月さまが言うことだから信じるけど………でも!いきなり人にぶつけるって!そこの異人!どういう了見だしっ!」

 

「それはお前がコソコソ隠れているからだと、前に松葉どのに言われておりますぞ。忍びだからという理由もこの愛菜が変装もせず派手な装束で忍んでいないと言いましたぞ。どや?」

 

 またも愛菜の口撃に反論出来なくなる姫野だった。

 

「愛菜さん、私にも落ち度は有りますので、そう責めないであげて下さい。ええと……お詫びいたします、稗野(ひえの)さん。」

「姫野だしっ!ひ・め・のっ!」

「ああっ!重ね重ね申し訳ありません!」

「姫野ちゃん、エーリカさんは異人さんだからきっと発音ができなかっただけだよ♪」

「メチャクチャ綺麗な日の本言葉を話してるんですけどっ!?…………あ♪この人形くれたら水に流してあげてもいいかなぁ〜♪」

 

 姫野はちょっと困らせてやろう位の気持ちで持ち掛けた。

 

「是非受け取って下さいっ!」

 

 エーリカは即答した。

 しかも満面の笑みで。

 

「え?………いいの?………」

「ええ♪勿論♪」

「おいおい、人を物みたいに扱うんじゃねえよ。」

 

「あなたは物でしょうがっ!」

 

「そんな訳であんたは姫野の物だからね♪」

 

 そう言って姫野はホクホク顔で宝譿を胸の谷間に挟んだ。

 

「おう♪俺っちは物だから好きに扱え♪」

 

 宝譿はあっさりと主張を180°反転させた。

 

「あっと!十六夜さまにご本城様からの手紙を預かってたんだった!はい♪十六夜さま♪」

「母様からっ♪それってもしかして♪」

 

 姫野は腰のポーチから手紙を出して手渡す。

 十六夜が期待を込めて手紙を急いで開くと、その内容に十六夜の顔がパッと輝いた。

 

「やったあーーー♪母様が祉狼さんを良人に迎えるの許してくれましたぁ♪」

 

 雪菜や名月やゴットヴェイドー隊の面々に大喜びで次々と抱き着く十六夜を見て姫野はちょっと羨ましく思い、また祉狼の顔を思い出すのだった。

 

「それじゃあ、十六夜さま。姫野は三日月さまと暁月さまにもご本城様の手紙を届けに行きますね。」

「うん♪お願いね、姫野ちゃん♪」

 

 心ここに在らずな十六夜に頭を下げて、姫野はこの場を後にする。

 胸に宝譿を挟んだまま。

 

「ねえ、ころちゃん。あの姫野さん、宝譿ちゃんを連れてっちゃったけど………」

「大丈夫だよ♪きっといつもみたいにいつの間にかエーリカさんの所に戻って来るって♪」

 

 ひよ子と転子の二人がそっと振り向くと、エーリカは実に晴れやかな顔をして十六夜を祝福していた。

 

「エーリカさんには悪いけど、宝譿ちゃんが頭に乗ってないと………」

「やっぱりちょっと物足りないよね♪」

 

 

 

 

 姫野は三日月と暁月の所に行くと言ったが、後方の本陣に向かって東海道の横に在る林の中を駆け抜けていた。

 

「朧さまに諸大名や公方の場所を確認しろって言われてるしね。………つ、ついでにあいつの顔も見てやろうじゃん。」

「あいつって誰だ?」

「たぶん織田の小姓………って!あんたホントにしゃべれるわけ!?」

 

 姫野は胸元の宝譿を凝視する。

 

「さっき名月が付喪神って言ってたろ。まあ、そんなもんだと思っとけや。名前は宝譿ってんだ。それより、その小姓ってどんな奴だ?俺なら教えてやれると思うぞ♪」

「マジで!?これは情報収集に便利なの手に入れたし♪えっとねえ♪歳は姫野より下の男の子でぇ、背丈も姫野より低くってぇ、赤い髪で白い南蛮風の服でぇ………」

「それってもしかして、あいつじゃねえのか?」

 

 宝譿が示した先、畑の畦道を東からこちらに向かって走って来る祉狼が居た。

 その後ろには小波も随伴している。

 

「な、ちょ!なに、あの脚の速さ!あいつも忍だったの!?あ、でも、殿様の護衛も兼ねる小姓なら忍から選ばれるのかも……」

「おい、早く声かけないと行っちまうぞ。」

「わああ!そうだった!おおーーーーーーーい!ちょっと待つしっ!」

 

 姫野は林から飛び出して祉狼に向かって両手を大きく振って呼び止める。

 祉狼も直ぐに気が付き、それが先日の北条の使者だと判って笑顔で止まった。

 

「何者だ!貴様っ!!」

 

 しかし、小波は姫野の事をすっかり忘れていた。

 

「小波、あれは北条の使者だ。覚えてないのか?」

「え?そ、そう言われてみれば…………あの全く忍んでいない忍装束には見覚えが在るような………」

 

「ちょっと!風魔忍軍の棟梁である姫野になに言っちゃってくれてるわけ!?」

 

 憤慨する姫野の胸の谷間に宝譿が居る事に祉狼と小波が気付いた。

 

「宝譿!」

「宝譿どの!」

「よう♪俺がここに居んのはエーリカも承知してっから気にすんな。」

「もうそんなに仲良くなったのか♪あ、俺の名は祉狼だ♪姫野と呼んでいいか?」

「呼び捨て!?ま、まあいいけど…………それじゃあ姫野もあんたのこと、四郎って呼び捨てにするからね!」

「貴様!…」

 

 小波が怒って飛び出しそうになるのを、祉狼はすかさず制して口伝無量で自分に話を合わせる様に頼んだ。

 

「おい!風魔の棟梁!私は伊賀同心筆頭、服部半蔵だ!覚えておけ!」

「え?あんたが伊賀の服部?じゃあ四郎も伊賀者なの?織田の殿様の小姓じゃないの?」

 

 姫野は『四郎』と思い込み、更に小波の配下なのかと焦りだす。

 

「小波は俺の護衛なんだ。」

「護衛…………ということは…………」

 

(伊賀者は松平の忍……それが織田の小姓の護衛をするってことは………四郎って織田の殿様に重用されてるってことじゃん♪それじゃあ姫野が四郎を良人にすれば服部半蔵も姫野の配下!風魔が伊賀より優れてるって証明できちゃうじゃん♪)

 

 そんな事を考えてニヘラと笑う姫野に祉狼が声を掛ける。

 

「姫野は北条の使者としての勤めの途中なのか?」

「へ?………ああ、公方様や諸大名の位置の確認よ。客人を迎えるのに失礼が無いようにって、朧さまがね。」

「そうなのか。なら宝譿が一緒に居るなら街道を走った方があらぬ誤解をされないし、呼び止められずに本陣に行けるぞ♪」

「そうなの?ありがとう♪それで四郎は……」

「俺はゴットヴェイドー隊に向かう所だ。今後も何か有ったらゴットヴェイドー隊に来てくれれば会えるぞ♪」

 

 祉狼は治療が必要な時は来てくれという意味で言ったのだが、姫野は自分を誘っていると誤解した。

 

「そ、そうなんだ♪それじゃあその気になったら行ってあげるよ………姫野、もう行くし!」

「じゃあな、祉狼、小波。こいつの事は俺に任せとけ♪」

 

 姫野は赤くなった顔を見せない様に、西へ向かって走り出した。

 その背中を見送ってから祉狼は小波に笑い掛ける。

 

「どうだ♪結構打ち解けていただろう♪」

「は、はあ…………」

 

 小波は北条が鬼との戦で忙しい今、風魔の棟梁とはもう会う機会は無いだろうと思い、つい曖昧な返事をしてしまった。

 そして姫野の事を記憶の隅へと追いやったのだった。

 

 

 

 

「本陣はあんな遠目で見るだけで良かったのか?」

「公方と大名があんなにひと塊になってるなら、別に近くまで行く必要ないじゃん。」

 

 本陣を確認し終わった姫野が、今度は三日月と暁月の所へと向かっている。

 

「本陣に行く前に本当の目的は果たせたみたいだしな。」

「は?なにそれ?」

「はっはっは♪とぼけたって俺にはお見通しだぜ♪姫野は祉狼が好きなんだろう?」

「べ、別に姫野は四郎のことなんかなんとも思ってないし!」

「鼓動が早くなってるぜ♪千年以上人間を見てきた俺に隠し事は無意味だぜ!」

「せ、千年っ!?あんたってそんなにスゴい人形だったの!?」

「そんな俺が姫野に協力してやろうじゃねぇか♪」

「うそ!マジで!?」

「おっと、それよりスバル隊の旗が見えてきたぜ。あそこに三日月と暁月が居るぞ。」

 

 他の旗差物とは明らかに違う派手で緑を基調とした『孟』の文字が印された旗が風に翻っている。

 

「あそこにはちょっと厄介な忍が居るから気を付けろ。」

「はあ?姫野は風魔の棟梁なんだよ。姫野以上の忍なんているわけないし。」

「そいつは『飛び加藤』って呼ばれてた奴だぞ。」

「え?と、飛び加藤!?あいつって長尾と武田を追い出されたじゃん!なんで戻って来てるの!?訳わかんないし!」

「奴との交渉は任せろ。それより姫野はあのトライフォースみたいな家紋の入った旗とか持ってねえのか?」

「虎居……なに?…………北条三つ鱗の入った小さい旗なら持ってるけど………」

 

 姫野はポーチから手拭いの様な小さな旗を取り出して広げた。

 

「持ってんじゃねえか!最初っからそれ出しとけよ!でも、それだと俺が今ここに居ねえのか………まあいいや。とにかく、それ出しときゃ余計なイザコザは起きねえから。」

「そう?うん、わかった。」

 

「そこの方、北条のご使者殿か?」

 

 早速背後から声を掛けられた。

 駿府屋形の時や先程の様にいきなり攻撃されなかった事に驚くと同時に気を良くして姫野は笑顔で振り向いた。

 

「ぎゃぁああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 悲鳴を上げたのは姫野である。

 振り向いた先に居たのは栄子ことかつての『飛び加藤』、現在は戸沢白雲斎と名乗る女性なのだが、その服装は全裸と見間違えそうなマイクロビキニ姿だった。

 

「へ、変態!変態っ!!変態ぃいいいっ!!!」

 

 姫野は尻餅をついて藻掻く様に栄子から距離を取る。

 

「何を言いますか!忍は隠密性と俊敏性を重視する者!衣擦れの音を出さず空気抵抗を最小限にできる全裸こそが最強の装備と狂王の試練場の昔から決まっているんですよっ!」

「ウィザードリィだかブラックオニキスだか知らないけど誰が見たって痴女だしっ!」

 

 姫野も錯乱している為か異世界の知識が流入している様だ。

 

「よう、栄子。今日はまたぶっ飛んだ格好してんな。俺は好きだけど♪」

「おや、宝譿殿ではありませんか。北条の者と一緒とはどうしたのですか?」

「その説明をしてやるから、先にこの姫野を三日月と暁月の所に通してやってくれ。」

 

 先に姫野を通せと言うのは、姫野に聞かせたくない話が有るのだと栄子は直ぐに理解した。

 宝譿は姫野の胸元から栄子の胸へと飛び移る。

 

「姫野、俺が説明しといてやるから用事を済ませてこい。」

 

 姫野は無言で頷くと栄子を大きく迂回して昴の旗の場所へと向かった。

 

「で、あの姫野だけど、祉狼を好きになってんだ。」

「成程。でもそれはいつもの事ではないですか?」

 

 幼女が絡んでいないので、栄子は完全に他人事だ。

 

「それだけなら確かにそうなんだが、姫野は祉狼の事を久遠の小姓だと思い込んでる♪」

「ん?…………それは祉狼様を『田楽狭間の天人』だと気付いていないという事ですか?」

「そういうこった♪」

「それは………………面白いですねぇ♪」

 

 栄子は新しいオモチャを見付けた子供の様に笑顔を浮かべた。

 

「雛辺りが好きそうなネタだろう♪俺が姫野にくっついて上手く誘導するからそっちで根回ししてくれ♪」

「了解しました♪お任せください♪」

 

 宝譿と栄子がそんな話をしているとは夢にも思わず、姫野は三日月と暁月の所へとやって来た。

 

「ん?なんじゃ、またお主が使いで来たのか、髭野。」

「姫野よ姫野っ!髭野って誰よっ!」

 

 先に気付いた沙綾にからかわれる姫野に、三日月と暁月が駆け寄ってきた。

 

「姫野ぉーーー!姉ちゃんのこと、母様は許してくれたのかーー!?」

「姫野、お使いご苦労さまです。母様は何と?」

「三日月さま!暁月さま!ご本城さまから手紙を預かってきましたー♪」

 

 姫野の差し出した手紙を暁月が受け取り急いで開いた。

 

『早速だけど、十六夜の結婚はお母さん大賛成よ♪

 前線に来ると時間が取れないだろうから、こっちに来る前に既成事実を作っておくように十六夜に言っておいてね♪

 それから三日月と暁月も天人の昴ちゃんが気に入ったのなら良人にしちゃって良いからね〜♪

 それとも、これを読んでる頃はもうしちゃったかな〜♪

 お母さんはそれでも構わないからやっちゃえやっちゃえ♪

 あ、朧にはその辺りの話をしてないから怒り出すと思うけど、その時はお母さんが許可したって言えば渋々引き下がるからね。

 ついでに朧も祉狼ちゃんの嫁になるように誘導してあげて♪

 名月にまで先を越されてるから内心焦りまくってる筈だから♪

 それと姫野も出来れば祉狼ちゃんに引き合わせてね。

 嫁になるかはあの子次第だけど。

 それじゃあよろしくね〜♪』

 

 暁月は手紙を読んで喜んだり、恥ずかしそうに顔を赤らめたり、驚いて目を丸くしたり、悩んでむむむと唸ったりと、百面相を見せていた。

 

「なあなあ、暁月。母様なんだって?姉ちゃんにも見せてくれよ〜。」

「え、ええとですね、三日月ちゃん……………」

 

 暁月は少し考えてから昴達に振り向いた。

 

「昴さん、それと皆さんも聞いてください。」

「あら、良いの?」

 

 昴達も気になっていたので飛び付く様に集まった。

 

「まず、十六夜姉さまのことですけど、母さまは了承してくださいました。」

「おーーーーー♪よかったあ♪」

「ふむ、まあ予想通りじゃの。」

 

 三日月が飛び跳ねて喜び、沙綾は頷いて次を聞き逃すまいと暁月を見ていた。

 

「それからわたしと三日月ちゃんの事を母様はお見通しでした………」

「え!?母様、怒ってるのか?」

「いえ、母様は昴さんを良人にして良いと言っています。むしろその………」

「三日月と暁月がもう昴どのと関係を持ったと確信しているのでやがろう?氏康公が送り出した時に『昴どのによろしく』と言ったのであれば、最初からそのつもりだったと見るべきでやがる。」

 

 暁月も多分そうだろうとは思っていたが、夕霧に言われて納得するのだった。

 

「あのぉ、暁月さま………今の話だと三日月さまと暁月さまが………」

 

 姫野が引き吊った顔で恐る恐る問い掛ける。

 

「うん♪三日月と暁月は昴ちゃんを良人にしたぞ♪」

「み、三日月ちゃん!」

「なんだよ、暁月ぃ〜。母様も許してくれてるんだから隠すことないじゃんか〜」

「それはそうですが…………」

「わ、わかりました!姫野は納得しましたあっ!」

 

 暁月は恥ずかしいのだと姫野も流石に察し、一緒に顔を真っ赤にして腕をワタワタと振り言葉を制した。

 

「それじゃあ姫野は朧さまにその旨伝えてきますっ!」

「あっ!姫野!」

 

 暁月の制止も聞こえなかったらしく、姫野は小田原城に向かって走り出してしまった。

 

「何じゃ、あやつ。あんなに初心で忍が務まるのか?」

「なんか応援したくなる可愛さね♪ちゃんとお話してお友達になりたいな。三日月ちゃんと暁月ちゃんのためにも♪」

 

 昴の言葉に下心が無いのは暁月にも判る。

 祉狼や聖刀の嫁達と気安く会話をしていたのを思い出し、暁月は手紙に書かれた二つの問題を相談する事に決めた。

 

「あの、昴さん、皆さん、この母からの手紙に朧姉さまと姫野を祉狼さんへ嫁がせるよう画策する様に書かれていました。どうするべきかお知恵をお貸し願えますか?」

「地黄八幡殿と今の忍を兄上の嫁にでやがるか!?」

「綱成に関しては問題無かろう。祉狼さまと顔を合わせ、言葉を交わすだけであっさり落ちるのが目に見えるわ、かかか♪北条と連合の絆が強くなるのじゃから、政治的な意味では歓迎されるじゃろうな。まあ、御大将や秋子や貞子が嫉妬に目を吊り上げるじゃろうから、儂らはそちらに気を配る事になるな。しかし、問題はあの泌施野(ひせの)とかいう忍じゃな。あれが祉狼さまに懸想するじゃろうか?」

「あの………泌施野ではなく姫野です………」

 

「その事についてお話がございます!」

 

 マイクロビキニ姿の栄子が突然現れ跪いた。

 

「栄子は何か情報を掴んで…あれ?宝譿じゃない。」

「よう、昴。あの姫野はもう祉狼に惚れてるぜ。」

 

『『『ええっ!?』』』

 

 スバル隊の面々が驚いて宝譿に注目した。

 

「だけどよ。ちょっと面白ぇことになってんだ。姫野は祉狼を久遠の小姓だと思い込んでて、田楽狭間の天人だとこれっぽっちも気付いていねえんだ♪」

「は?………宝譿はどうしてそんな事を知ってるの?」

 

 宝譿は姫野がゴットヴェイドー隊に現れた所から経緯を説明した。

 

「また祉狼は…………でも、これで姫野ちゃんが純粋に祉狼を好きになったんだって証明できるわ♪これは周りを納得させる材料にできるわね♪」

「しかし、勘違いとは言え、気付かんとは馬鹿過ぎるじゃろ。」

「おっしゃる通り姫野は馬鹿ですけど、今はそれ以上に恋心が目を眩ませているのでしょう。わたしは姫野のこんなに乙女な所を見るのは初めてです。」

 

 暁月が優しげに微笑むのを見て、全員の思いがひとつになった。

 

「よぉし!みんな、姫野ちゃんに協力してあげましょ♪」

『『『おおーーーーーーーーーーーーーーー♪』』』

 

 声を揃えて拳を上げる。

 と、その時姫野が走って戻って来た。

 

「宝譿忘れてたしーーーーっ!」

 

「どうも宝譿の名が出る度に昴の事を呼んでいる気になるの、かかかか♪」

「うささん…………それは言わないで………」

 

 

 

 

「三日月と暁月が天人の妻となっているだとっ!しかも朔夜姉さまが承認しているっ!?」

 

 姫野の報告を聞いた朧は驚愕し声を荒げた。

 

「は、はい…………でも三日月さまも暁月さまも喜んでましたよ。」

「それは誑かされているに違いない!三日月はあの通り純真だし、暁月もしっかりしている様でまだ子供です!だから私はあの子達を使者に出すのを反対したんですっ!」

「ご本城さまはお見通しだったんですよねぇ………」

「朔夜姉さまはご自分の娘達を政治の道具に!…………いや、北条の当主ならば北条の為にそこまで非情になれねばならんのか…………悲しい時代だな………」

 

「政治の道具でも本人が幸せになれりゃ良いこと尽くめだろ。」

 

「何者だっ!」

 

 聞き慣れない声に朧が刀を抜き放って振り返る。

 しかし、そこには姫野しか居ない。

 いや、その姫野が宝譿を掴んで朧に見せていた。

 

「俺は宝譿っていう、ちょっとばかし人の歴史を見てきたケチな野郎よ。」

 

 宝譿はニヒルに笑ってみせる。

 

「…………………姫野…………冗談はよしなさい……………」

 

 朧は姫野を可哀想な子を見る目で見ていた。

 

「ち、違うし!姫野の術じゃなくて本当にこの人形が自分で動いてしゃべってるんですってば!」

「おう、本当だぜ。ちょと見てろ♪」

 

 宝譿が姫野の手から飛び出し地面に降り立つと、ピョコピョコと踊ってみせた。

 

「どうだ!」

「……………可愛い………い、いや!姫野、この人形をどこで手に入れたのです?」

「連合のエーリカって異人からもらいました………」

「それは天主教の司祭のルイス・フロイス殿ですね………」

 

 今度は宝譿を警戒する目で睨む。

 

「間者じゃねえよ。むしろ連合の外交官とでも思ってくれ。ザビエルを倒すのに北条と早く結束したいのさ、連合もな。」

「そうですか………判りました。では、今から連合の先陣を迎えるのに同席してもらいましょう。」

 

「おう、任せとけ♪」

 

 宝譿は胸を叩いて請け負うと、跳び上がって姫野の胸の谷間に収まる。

 その時、計った様に連合の到着を告げる声が聞こえて来た。

 大手門が開かれると、そこには先頭に十六夜、三日月、暁月が並び、その後ろに麦穂、秋子、心が凜とした姿で立っている。

 

「十六夜氏政、並びに三日月氏照、暁月氏規、戻りました。無事、連合の方々をお連れできました、朧姉さま♪」

「お役目、お疲れ様でした、十六夜。三日月と暁月も………」

 

 朧は『無事』という部分に引っ掛かりを感じて言葉に詰まる。

 

「お初にお目に掛かります。織田家家老、丹羽五郎左衛門尉麦穂長秀と申します。」

「長尾家家老、直江神五郎与兵衛尉秋子景綱です。」

「武田家四天王、内藤修理亮心昌秀。ご無沙汰しておりました、朧どの♪」

 

 心は幼少期を小田原で過ごしていた。

 母の工藤虎豊が躑躅を諫める反乱を起こしたが敗北し、北条を頼って逃れた為だ。

 その時に心は朧と出会っていた。

 

「心♪っと………お、おほん!私的な挨拶は後に………北条孫九郞左衞門大夫朧綱成。相模守はお伝えしての通り武蔵の忍城で鬼との戦いの指揮を執っており、恐れながらこの綱成が名代を仰せ付かっております。しかし、その前に…」

 

 朧の顔が怒りを含んだ物に変わった。

 

「三日月、暁月、名月の叔母として先に問わせていただく!連合の先触れとして来ていただいた宝譿殿の言によれば、我が姪達は『無事』に帰還したとは言い難く!その釈明をお聞かせ願いたいっ」

 

 この言葉に先ず反応したのは秋子だった。

 

「お待ち下さい、左衞門大夫殿!名月さまは既に我が主、長尾美空さまのご養子!長尾家の問題であり北条家に意見される事ではございません!しかし、左衞門大夫殿の姪御を想う肉親の情を思い、返答差し上げるならば、我が御大将は名月さまの幸せを第一に考え悩み抜かれた上でのご判断であると申し上げます!」

 

「そしてわたくしが自ら望んで美空お姉さまにお願いしたのですわ。朧姉さま。」

 

 名月が秋子達の後ろの集団から前に出た。

 その顔は自信に満ち溢れ、何ら後ろ暗い所は無いと朧に語っている。

 

「名月………」

 

 久方振りに目にした愛する幼い姪の堂々とした姿に朧の心は揺らぐ。

 麦穂はその揺らぎを見逃さず言葉の刃で攻め掛かる。

 

「朧殿。名月さまの良人となられた方は田楽狭間に舞い降りた天上人にして、この世で唯一人の鬼を人に戻せる薬師如来の化身と謳われるお医者様。そして我が主、織田久遠を始め公方様、長尾美空様、武田光璃様、浅井眞琴様を正室とし、多くの者が側室、愛妾となってお支えすると誓った方。もちろん私もそのひとりです。ですが勘違いなさらないで下さい。我らは全員が自ら願って彼の人の妻となったのです。」

 

 朧は麦穂の頑とした態度に女として彼女が数段上だと肌で感じ取った。

 

 とその時。朧の後ろに控えていた姫野に、その胸元から宝譿が声を掛ける。

 

「(おい、姫野。)」

「(なに?今大事なところなんだから…)」

 

「(ションベンがしてぇ。)」

 

「(はあっ!?が、我慢するしっ!)」

「(限界まで我慢したから声掛けたんじゃねえか。早く厠に連れてかねえとこのまま姫野にションベンぶっかけるぞ。)」

「(わぁああ!わぁあああ!わぁああああああ!)」

 

 姫野は慌てて厠に向かった。

 

 朧はそんな姫野の様子に気付く余裕も無く麦穂に圧倒されて言葉に詰まっていた。

 そこに心が優しい微笑みを浮かべて声を掛ける。

 

「朧殿、我らが幾ら言葉を重ねても納得されないでしょう。ここは直にお会いになって、ご自分の目でお確かめ下さい。」

 

 その言葉に朧よりも麦穂と秋子が驚いた。

 

「心さん!それは…」

「御大将方から…」

「お二人も朧殿が真っ直ぐな気性の方だと、話してお判りになられたでしょう♪出会いを遅らせても結果は変わらないと思いませんか?」

 

 麦穂と秋子は小さく溜息を吐く。

 二人も心と同じ考えに至っていたのだった。

 心は二人の態度を了承と捉え、振り返って祉狼を呼ぶ。

 

「祉狼さま♪こちらへお越し下さい♪」

 

 控えていた人垣がザッと割れ、祉狼がゆっくりと進み出る。

 その姿に朧は目を奪われた。

 

(何という存在感………力強く、それでいて柔らかい凰羅………幾ら人垣の後ろに居たとはいえ、何故私は気付かなかった…………いや、それが出来る技量を持っているのだ!……この様な少年が………)

 

「はじめまして。華旉伯元祉狼です。祉狼と通称で呼んで下さい♪」

 

 年上の女性を尽く魅了して来た笑顔を、まるっきり自覚無く見せて祉狼は手を差し伸べる。

 

「あ……北条朧綱成です……わ、私のことも通称で………」

 

 朧は差し出された手の意味を計りかねて戸惑いの表情を見せる。

 

「ああ、これは握手と言って俺の国の挨拶なんだ♪」

 

 戦場では手を握って助け起こすなど気にせず出来る朧だが、男の手と意識してしまうと恥ずかしくなった。

 

(こ、これは礼儀なのだ!手を握るくらい何だと言うのだ!そ、そうだ!折角の機会なのだ、この者がどの様な人物か見定めてくれる!)

 

 飲まれそうになった気を奮い起こし、見合いの時の様に目に力を入れて祉狼を見た。

 十六夜と名月は先程話題に出た『睨み』を実際目の当たりにして、見合いが全て破談になった意味を痛感した。

 三日月と暁月も朧の表情を見て見合いの話を思い出し、雹子あたりがキレるのではと焦り出す。

 

「よ、宜しくお願いいたします、し、祉狼殿……」

 

 朧も祉狼に手を差し出すが、傍から見ると虎が毒蛇に対して前脚で威嚇している様だった。

 

「こちらこそ宜しく、朧さん♪」

 

 祉狼はそんな威嚇を微風にも感じず、更に輝く笑顔で手を握る。

 

「っ!?」

 

 握手を交わした瞬間に、朧の中へ『祉狼』という存在が入り込んだ。

 それは剣を交え、拳を交える様に、朧程の達人が相対する者を見極める能力が在った為だ。

 朧は強く相手を見極め様とした。

 対して祉狼は相手を受け入れ、相手の警戒を解き自分を受け入れて貰う、医者として患者とのコミュニケーションを取るスタンスで朧と接した。

 その為、急流の様に祉狼の存在感が一気に朧の意識に流れ込んだ。

 いや、祉狼はこれまでの修行で氣を増大させているので、例えるなら、『なみなみと水を湛えたダムからの放水を真正面から受け止めた』といった感じだ。

 

「朧さん………どうかしたのか?」

 

 朧から病魔の姿が見えないので、呆然としている理由を問い掛ける。

 

「あ………も、申し訳ございませんっ!祉狼様があまりにその………」

「俺が?…………やはり握手は気分を害しただろうか…………」

「め、めめめ、滅相もございませんっ!むしろ祉狼様の偉大さを直接知れて僥倖…い、いえ!その………」

 

 朧は自分が祉狼を『祉狼殿』から『祉狼様』と呼び代えている事に気付いていない。

 しかし、麦穂、秋子、心の三人は勿論、詩乃達ゴットヴェイドー隊の面々は聞き逃さず、瞬時に朧が”落ちた”と直感した。

 

「なんだよ朧姉ちゃん。急にくねくねし始めて気持ち悪いぞー?」

「だ、誰が気持ち悪いですかっ!三日月っ!」

 

 三日月を怒る間も祉狼の手を離さず、むしろ両手でしっかりと握っていた。

 

「そ、その!祉狼様の人々を愛し、民を救いたいというお気持ちがとても伝わって来まして!感動に自失してしまいました!」

「そんな、大袈裟ですよ♪」

「いいえ!今も祉狼様は一刻も早く民を救いに行きたいとお考えなのでしょう!?」

 

 祉狼は驚いて目を見開いた。

 

「…………判るのか?」

「はいっ♪これまで聞こえて来ていた祉狼様の噂、鬼を人に戻したと言う話も真実であると確信いたしました♪この北条朧綱成、微力なれど全身全霊を以て祉狼様のお力になりますっ!共に民を救いましょうっ!」

「ああっ!よろしく頼むっ!朧さん♪」

「はいっ♪」

 

 互いに両手で固い握手を交わし見つめ合う朧と祉狼。

 

「それでは朧殿。ご懸念は晴れたご様子ですので、公方様並びにご当主方を小田原城内にお呼びしても宜しいですか?」

 

 心に言われて朧は自分の仕事を思い出す。

 

「こ、これはとんだご無礼を!準備はできておりますので、お越し頂く様お伝え願います!」

 

 朧が改まって心と話をしている隙に、麦穂と秋子は祉狼の腕を引っ張ってゴットヴェイドー隊へ渡し、更にエーリカや梅達が取り囲んで隠してしまった。

 そこに姫野が宝譿を手拭いでゴシゴシ擦りながら戻って来る。

 

「ん?姫野、どこに行っていたのです?」

「宝譿を厠に連れて行ってたんです!人形のクセにおしっこするなんて、ホント変なやつ!」

「はっはっは♪それよりも。おーい!麦穂!秋子!心!話は終わったのか?」

 

 呼ばれた三人は小さな先触れの使者を見て苦笑する。

 

「終わりましたよ。予想通り………と言うか、予想以上の結果になりましたけど……」

「宝譿さんは…………その……お役目ご苦労さまです……」

「宝譿ちゃん、成り行きとは言え大事なお役目ですからお願いしますね。」

 

 三人は事前に昴、沙綾、夕霧から話を聞き、エーリカにも確認していた。

 

「おう!任せとけ!」

 

 朧は麦穂達が宝譿と会話しているのを見て、一己の人格として認められているのだと改めてお驚きを覚えていた。

 

「では姫野、あなたには宿営地への案内を任せます。」

「ええっ!?姫野が!?」

「使える場所は私が台帳に記してあります。宝譿殿と一緒に連合の担当の方と話し合い割り振りなさい。」

「姫野、そういうの苦手なのにぃ……」

 

「あの、朧姉さま。姫野ひとりでは大変でしょうから、わたしと三日月ちゃんもお手伝いいたします。」

 

 そう言って暁月が三日月の手を引いて朧の前にやって来る。

 

「あなた達は長旅で疲れているでしょう?ここは私達に任せて…」

「いいえ。連合は万を越える大所帯です。姫野だけでは対処しきれないでしょう。十六夜姉さまは嫡子として朧姉さまと一緒に公方様と当主の方々をお迎えしなくてはなりません。ここは一丸となって連合に北条が関東の雄であると見せる時です!」

「暁月の言う通りだぞ、朧姉ちゃん!みんなに『鬼に勝てたのは小田原で休めたからだ』って言わせてやろうな、暁月♪」

 

「わたくしもお手伝いしますわ、暁月姉さま!」

 

 名月が勇んで手を上げる。

 しかし、暁月は首を横に振った。

 

「ど、どうしてですの!?」

「名月ちゃんはもう長尾家の人間ですよ。歓迎されるべき側の人間にお手伝いをさせる訳にはいきません。」

 

 暁月は名月を他家の者だと言うが、その諭す姿は紛れもなく姉妹の物であり、見ていた者の心を和ませた。

 

「名月さまには空さま、愛菜と一緒に連合側の采配のお手伝いを願えますか♪」

 

 秋子が微笑んで頼むと、落ち込んでいた名月に笑顔が戻る。

 

「はいですの♪」

 

 名月が元気に返事をすると、雫が前に出て朧に一礼した。

 

「我が名は小寺官兵衛雫孝高と申します。連合の宿営の采配を任されておりますので、早速話し合いに入らせて頂きます。」

「あなたが播磨の出来人と呼ばれる………よろしくお願いいたします。必要な物がございましたら、遠慮無くお申し出ください。」

「お心遣い感謝いたします。それでは名月さま、空さま、愛菜さん、参りましょう♪三日月さま、暁月さま、お願いします♪それから………ええと………日出野さん?」

 

「ひ・め・のっ!なんで姫野の名前をみんな間違うのよっ!」

 

「(そう怒んな。俺が後でシローと二人で会える様に話をつけてやるからよ♪)」

「(う、うん………)」

 

 祉狼の名を聞いて大人しくなる姫野だった。

 

 

 

 

「北条相模守が名代、北条左衞門大夫朧綱成にございます。公方様、並びに織田上総介様、お初にお目に掛かります。武田大膳大夫様、長尾弾正少弼様、久方ぶりにございます。此度は関東の民の為ご助力いただけた事、心より感謝いたします。長旅と連戦に次ぐ連戦でお疲れで御座いましょう。早速城内へご案内いたします。」

 

 朧の短い挨拶は、公家の挨拶にうんざりしている一葉と合理性を重視する久遠に良い印象を与えた。

 光璃と美空は同盟の会談と戦で何度も顔を合わせているので、今更蒸し返すのも時間の無駄だと割り切っている。

 しかし、朧が祉狼に振り返る度に見せる笑顔に四人の顔が憮然となっていった。

 

「おい、地黄八幡………出会って間もない余の良人と、随分と仲が良うなったようじゃのお。」

「え?…………そ、そそそ、それは…………」

「一葉さま、自分ひとりだけの良人みたいに言わないで。祉狼は私の良人でもあるんだから。で、朧♪祉狼に何をしたのかしらあ♪」

 

 一葉も美空も笑顔のこめかみに血管を浮かべ、眉間に皺が刻まれている。

 

「そ、そそそ、それは………」

「お待ち下さい。祉狼さまを朧殿に引き合わせたのは私です。責は私が…」

「心………朧は生真面目で男に耐性が無い。何故?………」

 

 光璃は冷静な口調で問い掛けるが、その顔に隠しきれない拗ねが見えていた。

 

「朧殿は名月さまと十六夜さまという愛する姪を奪われたと気が立っておられる様に見受けられました。朧殿の誤解を解くにはいくら言葉を費やしても無意味と判断いたしました。」

 

「然り………心の対応に納得いった………………でもヤキモチは治まらない……」

 

 光璃が頬を膨らませているのを見て、麦穂と秋子はこういう可愛らしい所が武田の結束力をより強くしているのだろうと、つい自分の主君と比べてしまうのだった。

 

「まあ、どうせこうなるであろうと薄々思ってはいたがな…………それで祉狼………麦穂、秋子、心に言われて朧と言葉を交わしたのだからそこは問わん。で、なにをした?」

 

 今まで黙っていた久遠が祉狼ににじり寄る。

 

「握手をした♪」

 

 祉狼は敬愛する伯父たちと尊敬する母の広める挨拶を、自分もまたひとり広める事が出来たと無邪気に喜んでいた。

 

「そうか…………今後は我らに許可無く握手をする事を禁じる。」

「ええっ!?」

「『ええっ!?』ではないわっ!今のお前の凰羅は慣れぬ者には影響が強すぎる!手を握っただけでこの有様だ!お前に邪な気持ちが無いのは判るが、ここらでお前の行動を制御しておかねば麦穂の時の様にまたいきなり胸を揉みかねん!」

 

 久遠が言うのは、祉狼達が現れたその日に行われた試合の事だ。

 しかし、祉狼と麦穂の試合はその詳細を伏せられ、現場に居た者以外は詩乃や半羽といった織田家中の数名しか知る者は居ない。

 一葉、美空、光璃は勿論、秋子と心、その他大勢が麦穂に注目した。

 

「ち、治療ですよ♪腕試しの試合中に祉狼さまが私を治療したと何度もお話したではありませんか♪」

 

 麦穂は笑って誤魔化すが、一葉達は深刻にこの事実を受け止める。

 

「成程…………これは由々しき事態であるな………」

「ちょっと腰を据えてじっくり話し合いましょうか。」

「今の話は光璃も知らなかった…………知っていれば真名じゃなくそっちを使ってたのに………」

 

 正室四人の意思が纏まり、これ以上無い程真剣な顔で詰め寄った。

 

「早う案内せい!」「早く案内しろ!」「早く案内しなさいよ!」「早く案内して。」

 

「は、はいっ!」

 

 朧は言われるがままに急いで本丸へと先導する。

 その後ろを久遠、一葉、美空、光璃が祉狼の腕を掴み、引き摺って付いて行った。

 更にその後ろを主だった者達が追い駆ける。

 そんな中、結菜と双葉を中心とした奥を取り仕切る者達は十六夜と一緒にゆっくりと本丸へと向かった。

 

「十六夜さん、祉狼との話がまるで出なかったけど、今夜にでも初夜が迎えられる様に朧さんと交渉するから安心してちょうだい♪」

「あ、ありがとうございます、結菜さん!………あの…朧姉さまのことですけど………」

「あの方も祉狼に惚れてしまっているわね♪」

「はい!あんな朧姉さまを見るのは初めてです♪………それでですね、母様からの手紙には朧姉さまも祉狼さんのお嫁さんにって書かれていたんです。」

 

 その言葉に結菜の表情が厳しくなる。

 

「でも、朧姉さまにはその事を母様は伝えていないらしく………」

「それは………」

 

 結菜の顔から険が取れ、思案顔に変わった。

 

「朧さんを少々お見受けしただけだけど、事前にその話を聞いていられたのなら、朧さんはまだ祉狼を警戒……と言うか、緊張してまともに話もできないでいたんじゃないかしら?」

「私もそう思います♪…………でも母様が策を弄したことがみなさんに申し訳なくて………」

 

 俯く十六夜に結菜は笑って肩を叩く。

 

「似た様な事はもう何度もあるから気にしないで♪氏康さんは朧さんの幸せを考えてそうしたのでしょう?」

「そ、それは間違いありません!」

「それじゃあ、朧さんにはそのままを伝えた方が良いでしょうね♪」

「そのままですか!?…………確かに朧姉さまには小細工をするよりいいですね♪私もその方が心苦しくないですし♪………………それとですね………」

「はいはい♪」

 

「姫野ちゃんなんですけど……」

 

「え?…………確か駿府屋形に使者として来ていた風魔の?」

 

 結菜はてっきり初夜についての質問を訊かれると思っていたので、肩透かしを食らった気分だった。

 

「はい。母様は姫野ちゃんにも祉狼さんを良人にしてあげたいと手紙に書いていました。なんですが………」

「本人にその気が無い?」

「いえ!その前に母様の手紙の文面が変なんです。」

「変?……というと?」

「母様の手紙には姫野ちゃんと祉狼さんを会わせてほしいと書いてあったんです。」

「それって………今日受け取った手紙に?」

「はい………祉狼さんは駿府屋形で姫野ちゃんに会って按摩をしてあげたって言ってましたよね?」

「ええ………私も久遠と一緒に祉狼からどんな按摩をしたのか聞き出したから間違いないわ……」

「母様は姫野ちゃんに祉狼さんに会ったか、会ったのならどんな人物だったか絶対に訊いた筈です。姫野ちゃんは隠し事って苦手だから恥ずかしくて言ってないとかも無いんです。」

「隠し事が苦手って………忍として問題なんじゃ………」

 

「結菜さま〜。ご注進〜♪」

 

 結菜と十六夜が首を捻っている所に雛が走ってやって来た。

 

「雛、何か有ったの?」

「十六夜さまも居るなら丁度いいですね〜♪姫野ちゃんって風魔の子のことで〜♪」

「あら。丁度今その話をしてた所なのよ。」

「あ、そうなんですか♪じゃあ、宝譿ちゃんが姫野ちゃんと一緒に居るのも聞いてます?」

「え?宝譿が?」

「ああ、じゃあこの話はまだ伝わってないですね。宝譿ちゃん曰く、姫野ちゃんは祉狼くんを久遠さまの小姓だと思い込んでいるとの事です〜♪」

「はあ?」

「どうやら祉狼くんが姫野ちゃんを驚かさない為に通称しか教えなかったみたいですね〜♪思い出してみたら祉狼くんと姫野ちゃんって評定の間で顔を会わせてないですし〜♪」

「あっ!そう言われればそうだわ!でも祉狼ったら………どうしてあの子の気遣いはいつも的外れなのかしら………」

「それでですね♪姫野ちゃんが祉狼くんを好きになっていると宝譿ちゃんは言うわけですよ♪これはなかなかな純愛だと思いませんか〜♪」

「………成程、田楽狭間の天人が目当てなのではなく、飽くまでも祉狼個人を好きになったと……」

「え〜、スバル隊は現在、暁月ちゃんと三日月ちゃんの要請を受けまして、全面的に宝譿ちゃんの作戦に協力を行っていま〜す♪十六夜さまの受け取った手紙には姫野ちゃんと祉狼くんを会わせてほしいって書いてませんでした?」

「書いてありました♪今の雛さんのお話で疑問も解けました♪」

「確かに疑問は解決したけど………雛、うささんには手加減する様に伝えてちょうだいね。」

「あや〜、結菜さまにはお見通しでしたか〜………」

「それと進捗状況は逐一報告する様に。私は先ず十六夜さまの事を優先するから任せるわね。」

「は〜い、かしこまり〜♪」

 

 雛は結菜と十六夜に笑顔で敬礼すると、来た道を引き返して行った。

 その先ではスバル隊とゴットヴェイドー隊が姫野を手伝って連合の各部隊への宿営地を割り振り、案内をしている。

 

(一二三と湖衣に朧さんと風魔の暇野(ひまの)………だったかしら?まあ、とにかく十六夜さんも合わせて五人をしっかり補佐しないと!その為にも先ずは祉狼を確保して話を聞かなきゃ!)

 

 結菜が気合を入れてフンとひとつ鼻息を荒く吐き、祉狼が久遠達に連れて行かれた小田原城本丸の黒金門を見据えたのだった。

 

 

 

 

「ウチの連中を塀の中に入れてどうすんだよ!」

 

 小夜叉が姫野に向かって吠えた。

 『塀の中』と言うと刑務所の中みたいで森一家にとても似合いそうだが、小夜叉は別に逮捕されたと怒っている訳ではない。

 

「鬼が出てくるかも知れねえのに塀の中に居たら出足が遅れるじゃねぇか!森一家は塀の外で野営だ、野営!」

「なに訳のわかんないこと言ってるし!玉縄城で鬼を食い止めてんだから小田原城に鬼なんて現れっこないし!朧さまが配置したんだから大人しく三の丸に入んなさいよ!」

「ああっ!?なんだとこらっ!てめぇ、捻野(ひねの)!ぶっ殺すぞっ!」

「姫野よ!ひ・め・のっ!!連合の連中って揃いも揃って頭悪いんじゃないのっ!」

 

「小夜叉、お主は今晩森一家の所に行くのか?」

 

 沙綾は放っておくつもりだったが、暁月とひよ子がオロオロするので助け船を出す事にした。

 

「んだよ、うさばあさん!各務と母次第だぜ?各務が旦那んとこ行って、父が母んとこに来れねえってかち合った時はオレがあいつらの面倒を見る。いつものことじゃねえか。」

「今日は恐らく宴の後に十六夜の初夜じゃ。雹子は森一家の所じゃよ。で、儂らスバル隊は三日月と暁月がおるから本丸じゃ♪鬼が出たらお主は先に行かせてやるが、森一家が塀の外じゃと小夜叉が到着する頃には雹子は全て平らげとるじゃろうなあ♪」

「しまった!そこまで考えてなかったぜ!よし、森一家は三の丸の中でいいぜ。」

 

 小夜叉が引き下がり、姫野はどっと疲れた顔をする。

 

「姫野、少し休憩していいですよ。」

「そうさせてもらいます…………ふぅ………」

 

 台帳を取り囲む輪から離れた姫野に胸元の宝譿が話し掛けた。

 

「小夜叉相手に一歩も引かねえとか、結構根性あるじゃねえか♪見直したぜ♪」

「別にあんなちびっ子、どってことないし………それよりもさ………」

「シローの事か?よし、先ずはひよ子と仲良くなってシローの居場所を聞き出せ。」

「ひよ子ってどいつよ?」

「あの小荷駄に指示を出してる気弱そうで胸の平らな女だ。」

「あの気弱そうで胸の平らな……って!仲良くしろとか言っといて、そんなこと言ったら嫌われるじゃんっ!」

「別に口に出して言う必要はねえんだよ。」

「頭で思ってても顔に出るし………」

「正直モンだな………それでよく忍者が務まるな。まあいいや、ほら丁度手が空いたみたいだぞ。おーーーーい、ひよ!」

「うわぁああ!何勝手に!」

 

 姫野が慌てて宝譿を掴んで黙らせようとする。

 だが、宝譿のどこを押さえれば黙らせられるのか皆目判らず、余計にアタフタする羽目になった。

 

「宝譿ちゃん、な、何か用事かな♪」

 

 寄ってきたひよ子は笑顔が少々引き吊っている。

 当然ひよ子も事前に知らされており片棒を担がされているのだが、ぼろを出さない様にと緊張しまくっていた。

 

「姫野がひよに訊きたい事が有るってよ。おら、姫野、ひよ子は織田の殿様の小人頭だったんだ♪挨拶挨拶♪」

「ええっ!?そういう事を先に言いなさいよ!あ♪風魔姫野小太郎よ♪よろしくね♪」

 

 姫野が屈託の無い笑顔でメイドカフェのメイドさんの様にひよ子へお辞儀をする。

 

「は、はい……木下藤吉郎ひよ子秀吉です。ひよって呼んでくださいね♪姫野ちゃん♪」

 

 通称を間違わずに言ってもらえた事に感激して、ひよ子の手を取り激しく上下に振り回した。

 

「ありがとうっ!ひよちゃんっ!姫野はもうひよちゃんの親友だよっ♪」

「は、はひ………」

「それでひよちゃん!早速なんだけど、織田の殿様の小姓に四郎って男の子がいるでしょ!」

 

 宝譿の言葉を信じているので断定形だ。

 

「今、どこに居るのか知ってたら教えて欲しいんだけどなあ♪」

「え、え〜と………それはぁ…………」

 

 ひよ子は姫野を騙す事になると思うと、良心の呵責に苛まれて言葉に詰まる。

 察した宝譿はひよ子を誘導する事にした。

 

「また久遠の所に戻されちまったのか。あいつは可愛がられてっからな。」

「う、うん。今は本丸に行ってるの……」

「本丸なんだ♪よし、後で会いに行こ~♪」

 

 実に嬉しそうに言う姫野の表情を見て、ひよ子は姫野が本当に祉狼の事を好きになっているのだと悟った。

 

「ねえ、姫野ちゃんはおか……祉狼さんと夫婦になりたい?」

「め、夫婦にっ!?」

 

 姫野は驚いた顔をしてひよ子を見つめ返すと、あっと言う間に真っ赤になりモジモジしだす。

 

「な、なれる………かな?」

「大丈夫だよ♪私も協力するから♪」

「で、でも、その………姫野が手柄を立てないと………」

「手柄を?」

「その…姫野が手柄を立てた時に、褒美としてご本城様に織田の殿様へ一筆書いていただこうって考えてたの……」

「う~ん………」

 

 ひよ子も十六夜と暁月から手紙の内容を教えて貰っているので既に一筆どころか二筆書かれているのを知っていた。

 

「手柄も大事だけど、それよりももっと大事な事があるよ!」

「手柄より大事なこと?」

 

「祉狼さんに好きだって伝えるんだよ!」

 

「えぇええええええええっ!?そ、そんな!恥ずかしいじゃんっ!!」

 

 ひよ子は真剣な顔で姫野の肩をガッチリと掴んだ。

 

「姫野ちゃん!祉狼さんはとことん鈍いから!ハッキリと『好きです!』『夫婦(めおと)になってください!』って言わないと絶っっっ対に気付かないから!」

「そんなに鈍いの?………確かに男女の駆け引きとか判ってないよね、あいつ。姫野なんかいきなりお尻揉まれたし………」

「え?…………お尻揉まれた?」

「あ!その…………駿府屋形で疲れを取るって按摩してくれてね♪」

 

 これでひよ子は完全に納得がいった。

 祉狼がいつもの様に純粋な厚意から姫野を治療し、姫野が按摩でイカされ魅了されてしまったのだと。

 自分も体験している事なので、姫野の気持ちが良く判る。

 

「姫野~!そろそろ仕事に戻れって暁月が言ってるぞ~!」

 

 三日月の声に姫野の背筋が伸びた。

 

「はーい!………ありがとうね、ひよちゃん♪姫野ガンバルから♪」

 

 手を振って暁月達の所に戻る姫野に手を振り返すひよ子。

 そのひよ子に転子が声を掛ける。

 

「ひよ、どうだった、姫野ちゃん?」

「うん、それがね………」

 

 こうしてひよ子から転子に姫野の情報が伝わり、そこから嫁ネットワークで姫野情報が共有されていったのだった。

 

 

 

 

 小田原城本丸に在る屋形の一室に、祉狼と久遠達正室、結菜と双葉が通され、十六夜と朧が迎える形で座り先程の話の続きをしていた。

 部屋の外では小波と一二三、湖衣の三人が控えている。

 

「それでは氏康の了承も得ておりますので、十六夜の輿入れの話を進めさせていただきたい。」

「うむ、十六夜が祉狼の嫁となるのは我らも異存は無い。だがその前に決めておかねばならぬ事が有る。」

「それは如何なる事でしょうか?」

「序列だ。正室は国持ちの当主と決めてある。我、公方、美空、光璃。そして今ここには居ないが浅井眞琴長政の五人だ。しかし、ひとりだけ国持ちにも拘わらず側室を選んだ者がおってな。お主も顔見知りの伊達輝宗、雪菜だ。その事があるので当主ではなく嫡子の十六夜は側室となるが、了承するか?」

 

 朧は落ち着いて目を閉じ、少し考えてから返答する。

 

「いずれ時が来れば十六夜は北条家当主となります。その時に正室となれますでしょうか。」

「それは約束しよう。出来ればその時に雪菜も正室になるよう説得してくれ。こう一々説明するのも面倒くさいからな♪」

 

 面倒くさいと言うのは久遠の冗談だ。

 何かと遠慮がちな雪菜を手助けしたいと思っている。

 関東での戦いは奥州も関わっているので、戦の後の布石の意味も有るのだ。

 

「お約束いただき、誠にありがとうございます。伊達殿の事は、十六夜はもちろん私からも説得いたしましょう。」

 

 朧は深々と頭を下げた後、十六夜に振り返り優しく微笑み掛ける。

 

「良かったですね、十六夜♪祉狼さまという素晴らしい殿方を良人としてお迎えできて、私も心から祝福します♪」

「ありがとうございます♪朧姉さま♪」

 

 十六夜は微笑み返すと、更に言葉を続けた。

 

「あのですね……実は母様からの手紙に朧姉さまの事も書かれていまして………」

「私の事も?」

「朧姉さまも祉狼さんのお嫁さんにしていただいてはと書かれてありました。」

 

「……………………………………………………は?」

 

「ですから、朧姉さまも祉狼さんと夫婦に…」

「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って十六夜っ!そんなっ!私はっ!」

 

 朧は一瞬で顔を真っ赤にして、(><)という顔で腕をワタワタ振り回しだした。

 この場に居る祉狼以外の全員が朧の気持ちを察し、ある者は溜息を吐き、ある者は微笑んでいる。

 共通しているのは、誰もが朧を迎える事に否は無い事だった。

 

「そんな突然言われても朧さんも困むぐ!」

「はい、祉狼は黙ってる!」

 

 結菜が祉狼の口を手で塞いだ。

 

「私達、祉狼の妻一同は歓迎しますよ、朧さん♪後は朧さんのお気持ち次第ですが、どうされますか?」

 

 結菜は朧がかなり純情だと見て、時を置けば余計な悩みを抱えるに違いないので、朧の為にもここで一気に片を付ける事にしたのだ。

 

「よ、よよよ、よろしいのでしょうか………………」

「朧さん!祉狼が好きですか!?」

「は、はいっ!」

「祉狼の妻になりたいですかっ!?」

「はいっ!………………………あ………」

 

 朧の動きが止まって固まった。

 

「と、いうことだから、祉狼♪」

「わ、判った…………」

 

 祉狼も呆気に取られて頷くしか出来ないでいる。

 そんな祉狼に光璃が前触れもなく声を掛けた。

 

「祉狼。一二三と湖衣も祉狼のお嫁さんになりたいって言ってる。」

「え?一二三と湖衣も?」

「だめ?………………」

 

 いつもの様に小首を傾げる光璃に祉狼は困った顔をする。

 

「駄目なんて事は無いが、やはり本人の口から聞いて直接返事をしたいな。」

「うん。…………一二三、湖衣、入室を。」

 

 言われて一二三と湖衣が控えていた縁側の廊下から姿を現し、部屋の端に並んで正座する。

 

「先ずは我らの不躾な願をお聞き及び下さいました事、武藤一二三、並びに山本湖衣の両名、謹んで御礼申し上げます。」

 

 一度平伏してから二人は祉狼へ向き直り、先ずは湖衣が口を開く。

 

「祉狼さま。この山本勘助湖衣晴幸、加賀にて初めてお会いした頃より秘かに惹かれ始めておりました。駿府屋形にて先代様を鬼から人に戻されただけではなく、以前の悋気すら祓われた手腕に感服いたしました。我が想いを伝えようと思いましたが…………」

 

 湖衣のそれまで淀みなかった言葉が途切れ、顔を真っ赤にして汗を流し始めている。

 

「なにぶん……その……恥ずかしくて……………言い出せませんでした…………」

 

 最後は蚊の鳴く様な声になり、終いには肩を竦めて小さくなってしまった。

 流石に祉狼にも湖衣の気持ちが伝わり、同時に恥ずかしい思いをさせてしまったと後悔する。

 

「祉狼くん、そこで湖衣に掛ける言葉は『ありがとう』だよ♪」

 

 一二三の言葉で我に返り、祉狼は落ち着きを取り戻して湖衣に微笑んだ。

 

「ありがとう、湖衣♪」

「は、はい♪祉狼さま♪」

 

 今の湖衣にとって、祉狼の笑顔は最高の薬だ。

 少々効き過ぎるのが問題だが。

 続いて一二三の番だが、真面目な顔で腕組みをしている。

 

「では祉狼くん。私の気持ちを伝えようと思うのだが、私は生来の捻くれ者でねえ。素直に君のことが好きだと言うのは何か負けた気がするんだよ………」

 

 う〜んと唸る一二三を祉狼と光璃以外の全員がジト目で一二三を見ていた。

 中でも美空が堪え切れず、眉間に皺を寄せて口を出す。

 

「ちょっと一二三………あんた、今しっかりと祉狼が好きだって言ってるじゃない!」

「おや?これはしたり。捻くれ過ぎて正面を向いてしまいましたよ♪あっはっはっは♪」

「一徳斎の婆さんといい、あんたといい、ホント真田一族の相手は疲れるわ………光璃もよくこんなの一族に迎える気になったわね………」

「一二三と湖衣は光璃の耳と眼。聞いた音、見た物を正しく判断できる頭が有れば問題ない♪」

「あんたも捻くれてるから丁度真っ直ぐになるんでしょ!」

 

「おい、美空。言いたい気持ちは良く判るが、今は話が進まんから後にしろ。」

「なんじゃ、もう終いか?折角面白くなってきた所ではないか♪」

 

 一葉が本気で面白がっているので、美空は久遠の言う通りこの話は後でする事にした。

 

「ええと…………それで一二三の気持ちを教えて貰いたいんだが………」

 

 祉狼が困った顔で一二三を見るので久遠は思わず吹き出した。

 

「ぷふっ♪…………おい、一二三♪」

「ははは……………これは敵いません。負けを認めるしかありませんな♪」

 

 祉狼に肩透かしを食らって力無い笑いが漏れたが、一二三は腹を決めて祉狼に向き直る。

 

「祉狼くん。捻くれ者の私が滅多に言わない真っ正直な言葉だ。しっかりと聞いてくれ給えよ♪」

 

 目に力を込める一二三を、祉狼は真剣な表情で受け止める。

 

 

「好きだ!私の良人となり、私に君の子を産ませてくれ!」

「判ったっ!」

 

 

 この場に居る者の殆どが一二三と祉狼による突然の大声に驚いていたが、湖衣と光璃の両名だけは、始めて聞く一二三の全く飾らない本当に真っ直ぐな言葉に驚いていた。

 

「ひ、一二三ちゃん………」

「武藤喜兵衛一二三昌幸、天晴れなり♪」

 

 斯くして、祉狼の新たな嫁が加わった。

 

「すまん、ちょっと厠に行きたいんだが。」

 

 しかし、祉狼は空気を読めず、相変わらずマイペースだった。

 

 

 

 

 姫野は小田原城本丸の中を、祉狼を探して彷徨っていた。

 元々自分の縄張りである。

 何の遠慮も無く屋根裏を駆け回り、幾つも在る建物の各部屋を虱潰しに探していたが。十六夜と朧が会談を行っている部屋は避けていた。

 

「会談の場に小姓を連れて行く筈ないもんね。」

「まあ、そうだろうな。」

 

 宝譿は適当な相槌を打ちつつ、どうやって祉狼と姫野を会わせるか考えている。

 

(さてどうしたもんかな?姫野も恥ずかしがって部下に会っても祉狼を捜してるの言わねえから、まだ正体に気付いてねえがいつまでも見付けられないと……)

 

「あ♪四郎はっけーん♪」

「なにっ!?」

 

 屋根の上から見下ろすと、祉狼が縁側の廊下を歩いていた。

 

「やっほーーーー♪四郎ぉーーーー♪」

 

 喜び勇んで姫野が屋根から祉狼に向かって飛び降りる。

 

「何奴っ!」

 

 祉狼の護衛である小波が小太刀を抜いて姫野の着地地点で構えた。

 

 キンッ!

「きゃっ!ちゃっと!なにすんのよ、服部半蔵っ!」

 

 間一髪で姫野も小太刀を抜いて小波の刃を受け止めた。

 

「私の名を知っているとは………捕まえて何処の刺客か吐かせてくれる!」

「はあっ!?何言ってんの!?姫野よ!風魔の棟梁の風魔姫野小太郎っ!」

「?………………………………風魔の棟梁?」

 

「あんたさっき自分のことは覚えておけとか言っておきながら、また姫野のこと忘れてんじゃんっ!」

「小波、また覚えて無いのか?」

 

「その…………あ!宝譿殿!宝譿殿とお会いした事はハッキリと覚えています♪……あれ?そういえばその時に風魔の棟梁と出会った様な気も…………こんな顔だったか?…………ああ♪あの時は変装していたのですね♪」

「してないしっ!北条家の正式な使者で行ってるのに、何で顔を変えないとなんないのよっ!」

「じゃあ、今の顔が変装か…………」

「だからしてないってのっ!」

 

「ついさっき化粧はしたけどな。」

 

「ちょ、宝譿!なんでバラすのよっ!」

 

「なにっ!?やはり貴様、変装をっ!」

「そんな厚化粧してないしっ!」

 

「まあまあ、二人共落ち着いて♪」

 

 祉狼が未だ離れていない刃を抓んでヒョイッと引き離す。

 軽い動作だったがそれは自分達の力の数倍有って出来る事なので、小波と姫野はその力強さに見惚れてしまった。

 

「先ずは小波。ついさっき会ったばかりの姫野を覚えて無いなんてどうしたんだ?病魔の影は見えないし、特に体調も悪く無さそうなんだが……」

「ご心配をおかけして申し訳ありません………ですがもう大丈夫です!顔と名前はしっかりと憶えました!」

 

 祉狼と小波の遣り取りを見聞きして、姫野は先程の推測を修正する。

 

(なんだか服部の態度が主君に対するヤツじゃん。ということは………………四郎が本当の伊賀の棟梁!………じゃなくて、きっと棟梁の嫡男なんだ!有力家臣の子が小姓を務めるなんてよく有ることじゃん!ってことはぁ、姫野と四郎が夫婦になったらぁ、日の本の東がわ全部を牛耳る忍軍ができあがるってことっしょ♪夫婦…………きゃぁ〜〜〜〜♪夫婦だってぇ〜〜〜♪)

 

 前は伊賀を配下にと言っていたのに、今では合併統合へ変わっていた。

 というか、もうそんな物は自分を誤魔化す言い訳で、姫野の頭は祉狼を中心に回り始めている。

 妄想大暴走中の姫野は自分の体を抱き締めクネクネさせるので、小波は気味悪がって妙見菩薩掌を発動しそうになる程だ。

 但し姫野の胸の谷間に挟まれている宝譿はご満悦である。

 

「おーい、姫野………」

「あぁあん♪そんな人前でなんて恥ずかしいしぃ〜〜〜♪」

「え〜と…………はっ!これは稟伯母さんが鼻血を噴く直前と同じ!おいっ!姫野っ!」

 

 祉狼は姫野の肩を掴んでガクガク揺さぶった。

 

「え?……………四郎………?」

「良かった………正気に戻ったか♪」

 

 妄想から呼び戻された姫野は、目の前に祉狼の顔が有ってパニックに陥る。

 

「きゃああっ!四郎!口付けなんてまだ早いしっ!」

「病魔の姿が見えないこの奇病が日の本でも発症するとは………」

「心の病気だしな。そりゃ病魔は見えねえよ。」

 

 顔を真っ赤にして目を閉じる姫野と、それを無視して悩む祉狼、そして至福の時が終わって不満気な宝譿だった。

 

「あの………ご主人さま、結菜さまから戻りが遅いと………」

「あっと、しまった。まだ厠に行ってないぞ。すまん、小波。結菜にはもう少し掛かると言っといてくれ。」

 

 続いて姫野に振り返ると、まだ顔を赤くして目をギュッと閉じたまま固まっている。

 

「姫野。会ったばかりだが戻らなければならない。次はゆっくりと話をしよう♪」

 

 祉狼の言葉に驚いて姫野は呪縛が解けた。

 

「えええええっ!そんなあっ!やっと覚悟決めたのにいっ!」

「俺との連絡方法は宝譿に聞けば判る。姫野を頼んだぞ、宝譿!」

「おう♪」

 

 祉狼は姫野に手を振って走り去った。

 厠に向かってだが。

 当然その後を小波が付いて行った。

 

「姫野、あんまり話せなかったけど落ち込むな。俺が…」

「ねえ!宝譿!」

「おわ!なんだ!?」

「次はゆっくり話をしようって♪もしかして姫野、求婚されちゃうっ!?ね!ね♪」

「……………………………………かも知れねえな…………」

 

 姫野のポジティブシンキングに流石の宝譿も呆れ返った。

 

(すっかり頭ん中がお花畑だな。まあ、これはこれで面白えか。)

 

「ところでよ。さっき姫野は頭の中でシローと何しようとしてたんだ?」

 

 宝譿が人間だったならばセクハラをするスケベオヤジの顔をしていたに違いない。

 

「えっ!?ちょっと、やだ!姫野、声に出てたの!」

「(声だけじゃなく態度もだけどな。)いいじゃねえか♪聞かせてくれたら、その夢を俺が叶えてやるぜ♪」

「そ、そう?…………そ、そのね…………」

「おう♪」

 

「四郎と手を繋いで市でお買い物してたのっ♪きゃーーーーー!恥ずかしぃいいいーーーー♪」

 

「お……………おう………………」

 

 顔をまた真っ赤にしてピョンピョン飛び跳ねる姫野に対し、宝譿は目が点になっていた。

 元々左目は点みたいな物だが。

 

(こいつ、とんでもねえ箱入り娘だぞ。こんなんでよく忍者の棟梁になれたな………まあ、初恋に振り回されてる所が可愛いっちゃ可愛いか…………よし♪こいつはマジで助けてやるとすっか♪)

 

「おい、姫野。俺が必ずシローと良い仲にさせてやっからな!」

「い、いいいい、良い仲って…………………手を繋ぐどころか腕を組んじゃうぐらいってことっ!?」

 

「ああ♪」

 

 

 

 

 厠で用を足した祉狼が部屋に戻ると、正座をした朧が顔を真っ赤にしてガチガチに固まっていた。

 

「祉狼、あなたが居ない間に話し合ったのだけど、朧さんも今夜、十六夜さまと一緒に初夜を行う事になったわ。」

「判った。」

 

 結菜に言われて祉狼が即答するので、朧は驚きまた腕をパタパタと振り回す。

 

「し、ししし、祉狼さまっ!?その様に即答されるのは如何なものかと思うのですがっ!」

「う〜ん………さっきの握手で朧さんが尊敬できる女性だと判っているし、朧さんが僅かでも嫌だと思っているなら結菜は許可を出さない。俺は朧さんが好きだし、朧さんも俺の奥さんになりたいとさっき言ってくれたからな♪俺は朧さんの想いを全身全霊で以て受け止め応えたい。」

 

 祉狼の真剣な眼差しを見れば全く嘘偽りの無い事が身体の芯に伝わってくる。

 朧はまたも(><)という顔で必死に声を絞り出す。

 

「………(お、朧で)………」

「ん?」

「私を妻と認めて下さるのなら朧と呼び捨ててくださいっ!」

 

「判った、朧♪」

 

 叫ぶ様に伝えた想いは朧の期待以上の笑顔で応えられた。

 

「おい、朧。床入りは日が暮れてからだぞ。」

「嬉しそうな顔をしおって。今にも主様に覆い被さりそうじゃの。」

「今までガッチリ守りを固めてたクセに、攻めるときは一気呵成とか、流石玉縄城の城主よねぇ。」

「祉狼。光璃が守ってあげるから膝の上においで♪」

「って!あんたはドサクサに紛れて何するつもりよっ!」

 

 という感じで正室達がドタバタしている頃、姫野が大手門の暁月達の所に戻って来た。

 

「暁月さまあ♪姫野、ただいま戻りましたあーーー♪」

「仕事を放り出しておきながら実に良い態度ですね。」

 

「……………………………あ゙……………」

 

 四郎(祉狼)の事ばかり考えていたので朧から与えられた仕事をすっかり忘れていた。

 

「と言うのは冗談です。さっきの様子だとちゃんと会えたみたいですね♪」

「へ?………………な、なんのことでしょう〜〜〜♪」

 

「誤魔化さなくても大丈夫ですよ、姫野。小田原城に到着する前から姫野が祉狼さんを好きになっていたのを知っています。」

「え?え?え?………………」

「それと母様からも姫野が良人を迎えるのを助けるようにと手紙に書いてありました。」

 

 暁月は手紙の内容を少し変えて伝える。

 それは何故かというと。

 

「うぅ………ご本城さまは何でもお見通しなんですね……………」

 

 姫野がこう解釈すると判っているからだ。

 

「そういう訳ですから、姫野が想い人と添い遂げられるようにわたしと三日月ちゃんが………いえ、スバル隊とゴットヴェイドー隊のみんなで姫野の手助けをしてあげますよ♪」

「ふぇ?」

「だから、母様の手紙に書いてあったと言ったでしょう。」

「は、はい♪ありがとうございますっ!」

「それから、宝譿さんには特に感謝してください。わたし達に教えてくれたのは宝譿さんなのですから。」

 

「ええっ!?あっ!あの飛び加藤と話してる時ねっ!」

 

 姫野は宝譿を胸元から引っ張り出すと両手で掴んで睨んだ。

 

「はっはっは♪そういうこった♪余計な真似だったか?」

 

 悪びれない宝譿に姫野の顔が笑顔に変わる。

 

「ううん♪ありがとう、宝譿♪」

 

 そんな二人の姿にスバル隊とゴットヴェイドー隊の面々も優しい笑顔になる。

 

「姫野。和んでいる所済まないのですが、本丸で動きが有ったので伝えます。」

「はい♪暁月さま♪」

 

 姫野は上機嫌で暁月に敬礼した。

 

「朧姉さまもお兄様のお嫁さんになることが決まりました。」

「朧さまもですか?一目惚れってやつですね♪うんうん♪」

「そして今夜、十六夜姉さまと一緒に初夜を迎えることとなりました。」

「うわっ♪朧さま積極的ぃ♪」

「その為、朧姉さまはお嫁入りの準備で連合を迎える仕事ができなくなりました。」

「そうですよね♪嫁入りは女にとって大事ですから♪」

「なので、歓迎の宴をわたしと三日月ちゃんが中心になって進めるのですが、姫野にも大いに手伝ってもらうので頑張ってください。」

「はぁ〜い♪かしこまりぃ〜♪」

「具体的には今日と明日は常にわたし達のそばに居てもらいます。」

 

「え゙ぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 姫野はそれまでの上機嫌から一転、地獄の底に叩き落とされた気分だった。

 

「そんなぁああ!次に会った時は四郎が求婚してくれるんですよ!それが二日もお預けとかありえないしっ!この二日間で四郎の気が変わったらどうすんですか!あぁああああん!四郎、捨てないでぇえええええええええ!」

 

 姫野が地面にへたり込んでマジ泣きし始めたので、暁月はつい情にほだされそうになった。

 

「大丈夫だよ、姫野ちゃん♪」

 

 そこで声を掛けたのはひよ子だ。

 

「ひよちゃん………………」

「祉狼さまは必ず姫野ちゃんをお嫁さんにしてくれるよっ!」

「ほ……ほんとに?」

「うんっ♪だからお仕事頑張って祉狼さまに次会った時にほめてもらおう♪」

「………四郎………ほめてくれる………かな………」

 

 目に涙を溜めて見上げる姫野がひよ子には暁月くらい幼く見えていた。

 

「もちろんだよ♪だからお仕事頑張ろ♪」

「うんっ!姫野がんばるっ!」

 

 そんな二人を見る目は、先程と違って少々微妙だ。

 和奏ですら心配になり転子にヒソヒソと話し掛ける。

 

「(なあ、ころ。大丈夫なのか?……その…色んな意味で……)」

「(隠し通すのは二日間だけなんで、なんとか………むしろ問題はお頭の事をいつ、どうやって教えるかですよぅ………)」

「(悪い………ボクらもちょっと悪乗りしすぎた………)」

 

 そこに昴がそっと寄って来て会話に加わる。

 

「(元々祉狼が普通に自己紹介してれば、こんなにややこしくならなかったのよ。祉狼に土下座させて謝れば許してくれるんじゃない?)」

「(バカ!祉狼は殿の良人なんだぞ!体面ってのが有るんだから土下座なんかさせられる訳ないだろ!)」

「(だよねぇ………久遠さまだけじゃなく、公方様と美空さまと光璃さまと眞琴さま………ご正室だけでも錚々たる方々だもん。後々禍根を残すのは間違いないよ………)」

 

 転子が溜息を吐いた所で更に沙綾、夕霧、エーリカが話の輪に加わる。

 

「(そんなに悩まずとも簡単な解決方法があるぞい♪あの風魔の小娘を御伽衆という事にすれば万事解決であろう♪かかか♪)」

「(うさどの、いくら風魔に過去の因縁があるとは言え、それはあんまりでやがるよ……)」

「(私が宝譿をあの方に押し付けてしまったのが、こうまで拗れた原因です………神の教えを広める身でありながら、誠に申し訳ございません………)」

「(だから悪いのは祉狼で、エーリカさんは何も悪く無いんですってば。)」

「(ふむ。そもそも祉狼さまは何で捻野に正体を隠したんじゃ?)」

「(単に友達になりたかったんですよ。祉狼は男友達しか作った事がないから。)」

「(んん?あれだけ妻を娶っておるのに………そういえば百人近い従姉妹がおるのじゃったな。妹君もいらっしゃると聞いておるし、つまり肉親や嫁とは違う『友人』が欲しいのじゃな。)」

「(祉狼兄上の場合は難しいやがるよ。友達を通り越して嫁になってしまうでやがりますからな。後は夕霧達の様な『肉親』でやがる。)」

「(なあ、昴。なんで祉狼はそんな『友達』にこだわるんだ?)」

「(和奏ちゃん、それはね、祉狼のご両親は『友達』が多いのよ。特に医者王さまと皇帝陛下たちは正に『親友』なの。それに医者王さまは陛下たちの奥様全員の出産に立ち会う程の信頼を得ているわ。祉狼はそんな父親を尊敬し、憧れてるの。)」

「(ね、ねえ、昴ちゃん……お頭って本当に向こうの世界に女性の『友達』って居ないの?)」

「(ええ、居ないわ。だって、私が全部阻止したから。)」

「(えっ!?な、なんで………)」

「(祉狼の母上さまから命令されたのよ……………悪い虫が付かない様にって………)」

「(また過保護な御母堂じゃの♪)」

「(それがそうでも無いのよねぇ…………祉狼は自分が都で有名だって自覚が無いのよ。で、祉狼を籠絡して皇帝と姻戚関係を結ぼうとする地方豪族なんかが娘を送り込んで来てね。そういうのを寄せ付けないのが私の役目だったの。)」

「(聖刀兄上でも同じ話をしなかったでやがるか?)」

「(それは聖刀殿では姻戚関係を結べても思う様な旨味が得られん。それどころか家が乗っ取られると気付いたんじゃろ。祉狼さまは聖刀殿とは違い純真そのもの。思い通りに操れると考えるじゃろうな。)」

「(私もあの頃はそう思ってたんだけど、今思うと華琳さまは祉狼が聖刀さまみたいに女性を虜にする才能が有ると見抜いていたんでしょうね………なにしろあの皇帝陛下の甥だもの………)」

 

 沙綾を始め、話を聞いていた者達全員が件の皇帝、北郷一刀がどの様な人物か気になると同時に、非常な警戒心を抱かずにいられなかった。

 

 

 

 

 朧が下準備をし、暁月と三日月の指揮で用意された宴は夕刻から始まった。

 関東の雄、後北条の力を誇示するが如く、連合の足軽は勿論、雑兵や人足にまで御振舞いが出され、連合の者達は皆驚嘆し、また北条に負けてはならじと鬼退治に意欲を燃やした。

 本丸の天守で開かれた将の揃う宴では、連合側から足軽達と同じ食事にする様に、過度に贅を尽くさぬ様にと要求が出され、大大名が居並ぶ宴としては質素な物になったが彼女達は戦に向かう兵と一丸なのだと己を鼓舞し闘志の漲る宴となった。

 この宴で十六夜と朧が祉狼を良人にする事が北条家家臣達へ正式に伝えられ、宴は二人の仮祝言の意味も含む事となる。

 因みにこの宴に姫野は参加していない。

 

「四郎はきっと織田の殿様と一緒に居るよね。それ見たら姫野、きっと冷静でいられないよ………そうなったら四郎に迷惑かけるし…………姫野は裏方の手伝いしてる方がいいし!」

「そうか…………絶対にシローをお前の良人にしてやる。それまで楽しみにしてんだぞ、姫野。」

「うん♪期待してるよ、宝譿♪」

 

 姫野は御台所から料理や酒を運ぶ指揮をしていた。

 暁月は姫野の現状をまだ十六夜と朧に伝えていない。

 知れば二人共動揺して初夜に集中出来ないのが判るからだ。

 姫野に申し訳ないと思う気持ちと、姉達にも自分と同じ様に良い初夜を迎えて欲しいという気持ち、二つを抱えて暁月は宴の総指揮をこなした。

 

 時が来て祉狼、十六夜、朧がそっと中座する。

 結菜の指揮の下で整えられた閨へと向かったのだ。

 三人は結菜指揮の奥女中隊の指示に従い案内され、肌襦袢に着替えた後、祉狼が先に閨に入り座って十六夜と朧を待つ。

 

「祉狼さま。北条十六夜様、北条朧様、ご入室にございます。」

 

 奥女中が告げると襖がするりと開かれ肌襦袢姿の十六夜と朧が正座をしている。

 無言のまま入室し、祉狼の前に並んで再び正座をすると、揃って三つ指を着いた。

 

「北条新九郞十六夜氏政。不束者ではございますが、宜しくお願いいたします。」

「北条孫九郞朧綱成。不束者ではございますが………その………よ、宜しくお願いいたしますっ!」

 

「こちらこそ色々と迷惑も掛けると思うが、お互いに支え合って行こう♪」

 

「はい、祉狼さん♪」

「は、はいっ!つ、妻として不退転の心構えで臨む所存でございますっ!」

 

 年上の朧の方が十六夜よりも緊張していて落ち着きが無い。

 祉狼にもそれが判ったので、先ずは朧の緊張を解す所から始める事にした。

 

「朧の氣の流が良くないな。マッサージをしてあげるから先に布団へ俯せに寝てくれるか?」

 

「えっ!?まっさあじとは……」

「朧姉さま♪さっき結菜さんから按摩の事だと教えていただきましたよ♪」

「あ!そ、そうでした!そ、その、緊張のあまり頭がまわらず…………」

「ははは♪その緊張を解す為でも有るんだ♪さあ、横になって♪」

「は、はい………し、失礼致します………」

 

 朧は言われた通り布団へ俯せになった。

 

「祉狼さん、私もまっさあじをお手伝いして構いませんか?実は前から按摩の勉強をしていて、祉狼さんにご教授してほしかったんです♪」

「判った♪それじゃあ一緒に朧の体を解してあげよう♪」

 

 祉狼は思わぬ所で共通の話題が出来た事に喜び十六夜を招き寄せ、自分の正面、朧の左側に座らせた。

 

「それじゃあ先ずは肩からだ。俺と同じ様にしてみてくれ。朧、始めるぞ♪」

 

「「はい!」」

 

 祉狼は朧の肩に手を置きゆっくりと揉み始める。

 それを見て十六夜も同じ様に、祉狼の手の動きを真似て朧の肩を揉んだ。

 

「大きく鼻から息を吸って、ゆっくり口から吐き出してくれ。」

「はい………すぅぅぅ……………はぁぁぁぁ……………」

「そう♪呼吸方法は暫くそれを続けて。」

「すぅぅぅ…………はぁぁぁぁ……………」

 

 深呼吸をする事で朧の緊張が落ち着いていく。

 

「鍛えられていて良い筋肉だ♪」

「そうでしょうか………」

「ああ♪今日は緊張が続いたみたいだな。普段はこんなに肩が凝らないんだろう?」

「お判りになるのですか?」

「背骨に歪みが無いのは普段から姿勢の良い証拠だ♪毎日の鍛錬で血流も良い♪緊張で体が強張らない限り凝らないと診断した♪」

「朧姉さま、うらやましいです………私はいつも肩が凝ってて………」

 

 十六夜が手を動かしながら苦笑いをしていた。

 

「それは十六夜の乳房が大きいからだな。」

 

「へ……………………ふぇええええええ!?」

 

 按摩に集中していたので忘れていたが、祉狼の口から『乳房』と言われてこれからする事を思い出し、恥ずかしさに顔が真っ赤になる。

 

「乳房の重さに対して筋力が足りてないな。普段から楽な姿勢になってしまい猫背になるだろう?その為首を支える筋肉に負担が掛かって肩が凝るんだ。」

「はぁ〜………そうだったんですか………」

「按摩の勉強を始めたのは自分の肩凝りを直す為かな?」

「当たりです♪あ、でも半分は違います!暁月ちゃんも肩が凝るって言うので私が揉んであげようと思って♪」

「暁月の場合は書見でしょうね。あれも肩にきますから。」

 

 朧は凝りが解れてすっかり落ち着きを取り戻していた。

 話が暁月の事に及んだので自分の事が頭から抜けて、暁月を心配しだした。

 

「それは眼精疲労だ。目の凝りは肩に直結する。肩を揉む以外に眼窩の上下に在るツボ鼻側から耳に向かって細かく押して行くと良いぞ♪」

「はわ〜……やっぱり祉狼さんはお医者様なんですねぇ♪とっても勉強になります♪」

「俺に教えられる事なら何でも教えるよ♪あ、そうだ。十六夜が勉強した本にはどんな按摩の方法が書いてあった?」

「ええと…………それは………」

 

 十六夜が言い淀むのを、朧は素人が玄人に意見する様で恥ずかしいのだと解釈した。

 

「十六夜。流派が違えば技も変わる。医術でも同じなのでしょう。」

「な、なるほど………」

「私にその本で勉強した事をしてみなさい♪祉狼さまの為になるのなら、それは妻の務めと言う物です♪」

 

 十六夜は自分と朧が同時に、祉狼の妻として最初に役に立つ事が出来ると思い躊躇いを捨てた。

 

「わかりました!祉狼さんの妻として頑張りますっ!」

 

 そう力強く宣言して立ち上がり、部屋の隅に置いてある化粧箱に向かった。

 十六夜は箱から一升は有りそうな徳利を取り出した。

 

「十六夜、酒など用意していたのですか?」

「いいえ、これはお薬です♪」

 

 重そうに抱えて戻って来ると、栓を抜いて指に少しだけ掬って祉狼と朧に見せる。

 

「南蛮商人から母さまが買った物で、手紙に使って良いと書かれていました♪」

「朔夜姉さまが?」

「ちょっと見せて貰っていいか?」

 

 祉狼は海外の薬と聞いて俄然興味が湧いた。

 色は透き通った茶褐色をしていて見るからに薬っぽい。

 

「匂いは…………おっ♪俺の知らない薬剤が有りそうだ♪味は……っと、結構水っぽいんだな♪ヌルヌルしてる♪」

 

 祉狼も指で掬ってみると糸を引く程の粘度が有った。

 指に付いた薬液を舌で舐めて確認する。

 

「この粘りは海草の物だな♪確かに血行促進や疲労回復に効果の有る薬剤ばかりだ♪だけど、ひとつだけ俺の知らない物が入っている。と言うかそれが主成分だな♪」

「それはきっと『臥螺梛(ガラナ)』だと思います♪ほら、徳利に張ってある紙に書いてありますよ♪」

「臥螺梛?………初めて聞くな♪」

「何でも海を越えて遥か南西の地で発見された木の実だそうで、滋養強壮の効果が有るそうです!」

 

 十六夜は徳利を抱えて力説した。

 

「成程♪これを患部に塗り込むと効果が有るだろうな♪」

「ええとですね、このお薬には特別な塗り方がありまして、今から朧姉さまに塗って差し上げるので見ててください♪」

「判った♪十六夜の勉強の成果を見せて貰おう♪」

 

 朧は薬を塗るのに襦袢をはだける事になるが、十六夜が祉狼の役に立とうと頑張っているのが判るので、ここは文字通りひと肌脱ごうと意を決する。

 

「って!十六夜っ!?あなたが脱ぐのですかっ!?」

 

 俯せの朧が首を捻って十六夜を見ると、襦袢を脱いでブラとパンツだけになっていた。

 

「こ、このお薬は体を使って塗るので!お、朧姉さまも身に付けている物を脱いでくださいますか!」

 

(十六夜は恥ずかしいのを我慢している!?私はついさっき十六夜の為にひと肌脱ぐと決めたではないですか!それにこれからの一生を捧げると心に決めた良人に見せるのです!隠し立てするなど妻として有るまじき事!)

 

 朧は自分に強く言い聞かせ、身を起こすと勢い良く襦袢前を開いた。

 クリームイエローのブラとパンツを祉狼に晒す恥ずかしさに、頭が沸騰しそうになり固く目を閉じる。

 

「ぬ、脱ぎましたよ、十六夜っ!」

「朧姉さま!下着も全てです!お薬で汚れてしまいますよ!」

「い、今脱ぐのですか!?」

 

 それは流石に睦事が始まってからと、驚いて目を開けば十六夜は既に一糸纏わぬ全裸。

 しあも、朧の眼前で仁王立ちをしている。

 

「わ………………わかりました……………」

 

 十六夜の迫力に気圧(けお)され、朧は背中に腕を回してホックに手を触れる。

 

(祉狼さまに……本当にこの身を晒す……………)

 

 横目でそっと祉狼がどんな目で自分を見ているのか確認する。

 

(み、見てるーーーーー!あんなにマジマジと………………ん?視線にまるで邪気が無い…………)

 

 祉狼は当然、いつもの様に医者の目で二人を見ていた。

 しかし、その事を知らない朧は、祉狼の視線に清々しさすら感じて恥ずかしさが薄らいでいく。

 

(ああ♪あの握手をした時に感じた………正に薬師如来の慈悲に満ちた視線♪)

 

 朧は極自然にブラを外し、パンツも脱いでいた。

 

「それでは朧姉さま、仰向けになってください。」

 

 言われるままに朧が仰向けになると、十六夜は自分の身体にゲル状の薬液を塗し始める。

 

「(えっと………これくらいかな?………)」

 

 乳房と腹部に塗り終え、そのまま朧の上に身体を横たえた。

 暫く二人は薬液を互いに擦り込む様に身体を動かし続ける。

 そして二人の動きが止まった。 

 二人共身体を硬直させ、目と口を硬く閉ざしている。

 絶頂を迎え声が出そうなのを必死に押さえ込んでいるのだ。

 

「「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……………はぁぁぁぁ………………」」

 

「成程!途中まで疑問を感じていたんだが、最後に緊張が解けた瞬間に氣と血流がとても良くなっている♪ありがとう、十六夜♪良いものを見せてもらった♪」

 

 祉狼は今のがマッサージだと信じ込んでいる。

 それは十六夜と朧もだった。

 

「今度は……祉狼さんに……してさしあげますね♪………」

「私も………お手伝い…しましょう♪」

 

 二人の息はまだ荒いが、身体を起こして祉狼ににじり寄る。

 

「さあ、祉狼さん♥」

「お召し物を脱がせて差し上げましょう♥」

 

 二人は理性の箍が殆どはずれていて、それは使った薬液の効果である。

 

 十六夜が持ち出したのは媚薬だったのだ。

 

 確かに疲労回復の効果も有るのだが、それ以上に性欲を高める。

 勿論、朔夜は知っていて十六夜に話していない。

 媚薬の影響を受けた十六夜と朧の膣は女の本能が目覚め止まらなくなっていた。

 

………………………………

 

………………………………………………………

 

………………………………………………………………………………………………………

 

 十六夜と朧は一刻程で完全に気を失って動けなくなってしまった。

 良人の務めを終えた祉狼は一息吐いてから、しっかりした足取りで二人を布団に寝かせる。

 以前と違い、祉狼に疲労の色は見えず、精力も衰えがまるで見られなかった。

 

「修行の成果が出ているな♪だけどひとりでも多く鬼にされた人を戻す為にはもっと氣を増大させないと!」

 

 決意を新たにすると、祉狼は十六夜と朧と一緒の布団に入り安らかな眠りについたのだった。

 

 

 

 

 次の日の午後。

 祉狼、一二三、湖衣の三人は遠乗りに出掛けていた。

 城内に居ては祉狼がばったり姫野と出会うに違いないので、姫野の為にもと一二三と湖衣が提案したのだ。

 遠乗りと言っても目的地は小田原城からそれ程離れていない箱根、それも芦ノ湖までは行かず早川と須雲川の合流点付近、現代では箱根湯本となる場所である。

 来た道を少し戻る事になるが、全く見知らぬ道を進む危険を考えれば当然の選択だろう。

 

「とは言っても、東海道を通って小田原に来るのは初めてでね。」

「そうなのか?一二三と湖衣は光璃から耳と目だと言われるくらいだから、この辺りにも来た事が有るものと思っていた。」

「私と一二三ちゃんは川中島関連の情報収集が主でしたから。」

 

 三人は馬なりに駒を進めてのんびりと東海道を進んで行く。

 

「でも小田原城に来たのはこれで二度目でね。その時は躑躅ヶ崎館から東に向かい、北から小田原城に迫ったのさ♪」

「その言い方は…………戦か………」

「ああ、そうだよ♪」

 

 一二三が余りにもあっけらかんと言うので、湖衣は慌ててフォローする。

 

「し、祉狼さまが戦嫌いなのは重々承知しています!ですが、既に起こった事は隠しても無くなりません!祉狼さまに嘘を吐くくらいなら、嫌われようと真実をお伝えします!」

「別に嫌ったりしないさ。罪を憎んで人を憎まず♪大体、聞いてもいないのに罪だなんて言えないし、もし罪を犯したなら罰を受けて罪を滅ぼせば良い♪」

「はい♪その通りですね♪」

「あっはっは~♪湖衣は必死だねえ♪それじゃあ、その戦のあらましをお教えしよう♪事の起こりは田楽狭間で今川義元公が討たれた事が始まりだね。相模の氏康公が相甲駿同盟を破棄して相越同盟を結んだ事に対する報復。というのが表向きの理由さ♪本当の理由は先代様が駿府屋形を乗っ取った事に御屋形様が気付いていないと思わせる事。そして氏康公が駿河にどう出るか見極める事。そして、鬼が居ないか探る事だったんだ。まあ、祉狼くんも先日、御屋形様が導き出した推論を聞いた通り、氏康公は最初からザビエルに対抗する策で動いていたんだけどね♪」

「ん?そう言えば、光璃はあの時、小田原城に攻め込んだ話はしてなかったぞ?」

「それは祉狼くんに嫌われたくないという乙女心だよ♪あの美空さまですらそこまで気付いて口にしなかったんだ。祉狼くんも御屋形様の気持ちを酌んで欲しいものだね♪」

「うん、判った!」

「因みにその時の戦ですが、我々武田軍は小田原城の北に陣取り、四日間睨み合った後で引き上げました。兵糧が尽きたと適当な理由を付けて。ですから本格的な戦闘は行っていません!」

「まあ、湖衣の言う通りなんだが、引き上げる我々を三増峠まで追いかけて来たのには辟易したね。何せ追って来るのは地黄八幡殿と三日月の君だ♪」

「今思えば氏康公はこちらの意図を読んでおられたのでしょうが、あのお二人には伝えていなかったですね…………」

 

 祉狼は真面目な朧が黙々と、そして三日月が元気いっぱいに追いかけて来る姿を想像し、従姉の愛羅こと関平と爛々こと張苞のコンビみたいだと思わずクスリと笑いを漏らした。

 

「おや、私達の逃げる姿を想像して笑うだなんてヒドい旦那様だ。」

「いや、そうじゃなくて♪追って来る朧と三日月を想像したら、従姉と似てると思ってね♪」

「祉狼さまの従姉といいますと…………どなたですか?」

「それは私も興味があるね♪」

 

 湖衣と一二三は、いや、二人に限った事では無いが、連合では三国志を勉強するのが流行っていた。

 それは祉狼達の居た世界のを知りたいからだが、一二三と湖衣などは英雄達がどの様な人物なのかという純粋な知的好奇心も有る。

 

「愛羅姉さんと爛々姉さん、関平と張苞なんんだが、判るかな?」

「美髪公と燕人どのの娘さんだね♪」

「関平さまと張苞さまはあのお二人に似ていらっしゃるのですね。」

「朧は髪も似ているな♪三日月は元気な所が♪」

「う〜ん、正直羨ましいねぇ。」

「一二三ちゃん、自分から尋ねておいてそれは失礼でしょ!」

「一二三は声が翠伯母さんに似ているぞ♪」

「それは確か錦馬超殿の………そう言われると少々気恥ずかしいね♪では湖衣は誰かに似ているかい?」

「そうだな、眼帯をしているのを見ると春蘭伯母さんを思い出すな♪」

「その方はもしや…………」

「夏侯惇元譲♪」

「やっぱり………………」

「でも性格は正反対だな♪多分湖衣も春蘭伯母さんは猪突猛進というのが伝わっているんだろう?俺が言うのも何だが♪」

「そ、その………」

「でも俺や聖刀兄さんには過保護でな♪鍛錬をしても直ぐに負けた振りをしてしまうんだ♪それで華琳伯母さんによく怒られていたな♪」

 

 祉狼の語った事は真実の一部だ。

 春蘭は聖刀と祉狼の鍛錬の時、手を上げる事が出来ないと防御に徹する。

 そして二人の姿に萌えて防御すら忘れて木刀で一方的に殴られる。

 聖刀と祉狼が小さい時はペシペシ叩かれるので余計に萌えてされるがままとなる。

 それを見た華琳が鍛錬にならないとお仕置きをする。

 当然、春蘭にとってはご褒美だ。

 結果、いつまで経ってもこのループは終わらなかった。

 

「性格だと稟伯母さん、郭嘉奉公に似てると思う。真剣な顔をしてる時なんか特にそうおもうな♪」

「曹魏の軍師………郭奉公様に…………嬉しいです♪」

 

 湖衣の知る郭嘉は、若くして病に倒れ曹操にその死を大いに惜しまれた名軍師である。

 鼻血軍師というイメージはないので、湖衣は素直に喜んだ。

 尤も、宝譿がこの外史の凜も鼻血を出して風にトントンされていたと語っているので、死因はもしかしたら鼻血の出し過ぎによる失血死かも知れないが。

 

「祉狼くん、湖衣、目的地が見えたよ♪」

 

 一二三が指差す先、山の中に湯気の上がる小屋が在った。

 

「ええと………一二三ちゃん………もしかして、本当に温泉………」

「何を言ってるんだい、湖衣?私は出る時にちゃんと『温泉にでも行こうか』と言ったじゃないか。」

「あれはてっきり一二三ちゃんのいつもの冗談かと………」

「祉狼くんは?」

「俺は温泉が目的だと思っていたが………」

「ほら♪祉狼くんがその気になっているのに、湖衣は祉狼くんの期待に応えないのかい♪」

「そ、その!………まだ日も高いのに…………」

「湖衣はあれかい?後北条家の本拠地で祉狼くんの嫁になって、小田原城を攻め落とした気分に浸りたいと……」

「ち、違いますっ!」

「なら気にする事は無いだろう♪私は薫様からお話を聞いて、ちょっと憧れているんだ♪」

 

 これ以上は何を言っても一二三の心は変わらないと湖衣は諦め溜息を吐いた。

 気が付けば一二三と祉狼が小屋に向かっており、湖衣も急いでその背中を追う。

 

(これから行う事は自分が御屋形様にお願いした事じゃない!ここで怖じ気付いてどうするの!私は祉狼さまが好きだ!状況に流された訳じゃ無く、ここまで漕ぎ着けたのよ!頑張れ、私っ!)

 

「お~い、馬に乗ったまま他人様の家に入るのは感心しないよ、湖衣。」

「えっ!?ああっ!!」

 

 自分を叱咤するのに夢中になり過ぎて周りが見えなくなり、小屋の玄関の前まで来ていた。

 

「はいはい♪ようこそいらっしゃぎゃあああああああ!」

 

 そうとは知らずに玄関の戸を開けた管理人のお婆さんは、いきなり馬と鉢合わせとなり驚いて腰を抜かす。

 湖衣は慌てて馬から降りて平謝りし、祉狼がいつもの様に一発で介抱したのでお婆さんは笑って許してくれた。

 そんなひと騒動の後、管理人のお婆さんは小屋の裏から続く坂道を降りて浴場へ三人を案内する。

 

「それでは食事の用意もしておきますで、ごゆっくり♪」

 

 祉狼の治療で腰を抜かす前より元気になったお婆さんは、足取りも軽く坂道を上って小屋へ戻って行った。

 

「さてと、祉狼くん不束者だが妻のひとりとして全力で支えると誓うよ♪」

「私もです!鬼とだけでは無く、人と人が戦をしない平和な世の中にする為に!」

「ありがとう♪一二三、湖衣。俺は理想を掲げて突き進むしか出来ない不器用な人間だ。頼りにさせてもらう♪」

「では早速湯に入る訳だが…………」

「判った♪」

 

 一二三が服を脱ぐ恥ずかしさを誤魔化す為に何か言おうとしたが、祉狼は気にせず着ている物を素早く脱いで脱衣籠へ重ねていく。

 二人が戸惑っている間に祉狼は最後の一枚も脱ぎ、綺麗に畳んで籠に入れると隠す素振りも見せずに振り返った。

 

「どうしたんだ?服を着たままじゃ温泉に入れないぞ?」

「祉狼くん………………君は女性の前で裸になる事に抵抗が無いのだね………」

 

 流石の一二三も顔が赤くなり、ポーカーフェイスが外れ掛けている。

 湖衣に至っては顔だけでは無く、全身真っ赤になりながら顔を手で覆っていた。

 

「久遠にも言われたが風呂はいつも伯母さん達、従姉妹達と一緒に入っていたからな♪」

「そ、そうなんだ…………ええと………待たせるのも気が引けるので、先に入ってくれるかな。私達も直ぐに行くよ。」

「判った♪」

 

 祉狼は言われた通り湯船に向かう。

 見送った一二三は真剣な表情で湖衣に顔を寄せた。

 

「湖衣。今の状況は戦に例えるなら主導権を握られている。このままでは防戦一方の泥戦だ。奇襲を以て主導権を手に入れるよ。」

「奇襲って言われても…………私は睦事の戦術も戦法もほとんど知らないし………」

「そこは私に任せてくれたまえ♪湖衣は私と一緒に同じ事をすればいい♪ちゃんと専用の兵器も入手済みだ♪」

 

 そう言って一二三は小さな木箱を取り出した。

 

「それは………石鹸!?」

「これの使い方は既に情報を収集してある♪さあ、早く戦闘準備をしようじゃないか♪」

 

 一二三が素早く服を脱ぎだしたので、湖衣も慌てて服を脱ぐ。

 

「話には聞いていたが、祉狼くんのは凄かったねえ♪」

「一二三ちゃぁあん!」

 

 顔を手で隠しながらもしっかりと湖衣が見ていたのを一二三は見逃していなかった。

 服を脱ぎ終わり手拭いで前を画して湯殿へと入ると、結構広く屋根が迫り出した半露天風呂になっていた。

 祉狼は背をこちらに向ける形で湯船の中に居り、景色を眺めている様だ。

 

「紅葉も落ちて詫びた景色だね。」

「うん。雪が降り出す前に決着を着けたいな。」

「雪が積もれば被害も大きくなりますからね。」

 

 そんな話をしながら一二三と湖衣は掛け湯をし、ゆっくりと湯船に入り祉狼の左右に腰を下ろす。

 

「さて、祉狼くん。君が女性の裸を見慣れているのは判った。奥さんもあれだけ居るのだから経験も豊富だ。私と湖衣は君より年上だが、男性器など小さな子供や赤ん坊のしか見た事が無い未通娘なのだよ。もう少し配慮が有っても良いと思うのだけどね?」

「え!?」

 

 祉狼は突然現実に引き戻されたみたいに一二三と湖衣の顔を交互に見た。

 

「す、済まない!……………まるで考えて無かった…………」

 

 落ち込んで肩を竦ませると、途端に年相応かそれよりも年下に見え、一二三と湖衣の母性本能を刺激し、保護欲が急激に湧き上がった。

 

「…………い、いや、私もちょっと意地悪な物言いだった。祉狼くんがそういう性格だと判っていて君の妻になると決めたんだから。」

「そうですよ、祉狼さま♪」

 

 湖衣がそっと祉狼の頭を胸に抱いた。

 

「でもこれで祉狼さまをどうお支えすれば良いのか判りました♪」

「湖衣…」

「先ずは私達が祉狼さまのお身体見慣れるべきでしょう。お立ちになってください♪」

 

 湖衣は祉狼を解放して微笑んだ。

 

 祉狼が言われた通り立ち上がると、二人は湯の中から洗い場へ移動する。

 その時、一二三と湖衣は祉狼が自分達の身体を見ている事に気が付いた。

 

「あ、あの、祉狼さま?」

「どうしたんだい、祉狼くん♪今になって私達の身体に魅力を覚えたのかな♪」

 

「うん。」

「「えっ?」」

 

 一二三は冗談めかして言ったのだが、真面目な顔で肯定されて二人の心拍数が一気に跳ね上がった。

 

「二人共、今までかなりの激戦を生き残って来たんだな………」

「う〜ん、それは………」

「あの………傷が目立ちますか?…………」

「二人が傷を受けた時に苦しい思いをしたと思うと、その時に俺がその場に居ない事が悔しい…………その傷は光璃、夕霧、薫、春日、粉雪、心、兎々と共に戦ってきた証だ。俺は素直に尊敬する。凪叔母さん、楽進文謙という人は体中傷だらけでな。俺の拳の師匠なんだが、小さい頃、一緒に風呂に入った時に俺が傷跡を消すと言った事が有るんだ。でも凪伯母さんは笑って『この傷は隊長が褒めてくれた私の勲章なんだ』って言われてな。あ、因みに隊長っていうのは一刀伯父さんの事だ♪」

 

 一二三と湖衣は祉狼が一生懸命に自分達の身体を褒めてくれている事が嬉しかった。

 そんな祉狼の手を引いて小さな木の椅子に座らせる。

 

「ありがとうございます、祉狼さま♪」

「ありがとう、祉狼くん♪」

 

 二人は礼を言うと左右から祉狼を挟んで身体を密着させた。

 

「我が君の褒めてくれた身体を使ってご奉仕をさせてもらうよ♪」

「初めてする(つたな)い奉仕ですから、色々と教えてください♪」

 

 一二三が石鹸を取り出した。

 

………………………………

 

………………………………………………………

 

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 日暮れが近くなった頃、祉狼は句伝無量で小波に連絡を入れた。

 

〈小波。どうも今日中に小田原城には戻れそうにない。済まないがみんなにそう伝えてくれるか?〉

〈それは一二三さまと湖衣さまの腰が抜けて馬に乗ることがままならないからですね。〉

〈その通りだ………………良く判ったな。〉

〈えぇ……まぁ………ですがご心配なく。現在、私を含めたゴットヴェイドー隊の皆さまでそちらに向かって馬を飛ばしております。〉

〈そうか♪馬車か荷車を用意してくれたんだな♪〉

〈いえ、皆さま今晩と明日の朝の食材を背負っております。〉

 

 祉狼の本戦はこれからなのだった。

 

 

 

 

 常陸国太田城。

 城主佐竹常陸介次郎義重がザビエルの甘言に惑わされ鬼となり、現在は城下も鬼が跋扈している。

 越前の一乗谷城、加賀の御山御坊、越後の春日山城、そして駿府屋形の例に漏れず、男は鬼にされるか鬼の餌となり、女は鬼に犯され鬼子産む道具にされていた。

 その太田城で 佐竹義重とザビエルが天守の最上階で対峙している。

 

「ザビエル、おめぇにゃ感謝してっぺよ♪あの憎ったらしい北条のばばぁにやり返せたしよ♪蘆名や伊達も滅ぼして、オラをバカにしくさった奴らはみんな鬼のメシにしてやるっぺ♪」

 

 鬼となった義重は面を着けている。

 躑躅が着けていた物は割れて顔が半分出ていたが、義重の面は頭を全て覆っていた。

 

「はっはっは♪佐竹さんには期待していますよ♪あなたは『日の本の虎』となるのです♪」

「おう!オラは虎だ!虎だ!虎になるっぺ!相模の虎も甲斐の虎も越後の虎も尾張の虎も全部オラが喰らい尽くしてやるっぺよ!」

 

 義重の覆面は虎の頭その物に形をしており、まるで虎頭人身の妖怪の様に見える。

 朔夜は『相模の獅子』と呼ばれるが『相模の虎』とも呼ばれ、美空も『龍』と『虎』双方で呼ばれる。

 しかし、『尾張の虎』は久遠では無く久遠の母織田信秀の渾名であり、義重の精神が少々壊れているので記憶に障害が出ている様だ。

 

「ああ、そうそう。例の薬師如来とか呼ばれてる儒子はオラが直接とっ捕まえておめぇに渡してやるっぺ♪」

「それはありがとうございます♪多少壊れても私が自分で直しますので、好きに闘ってください♪」

「かっかっか♪任せとけ♪鬼共にもたっぷりメシさ食わせて、連合を蹴散らしてくれるっぺ♪」

 

 テンションの上がってきた佐竹義重は、天守の欄干から城下を見下ろし拳を振り上げ高らかに吠えた。

 

「わっほぉーーーーーーいっ!!」

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

大変長らくお待たせ致しました。

 

どうしても真恋姫英雄譚123+plusをプレイしたかったんです。

 

 

姫野と宝譿というおかしなコンビが結成されてしまいまいた。

宝譿(ツッコミ)を得たおかげで姫野(ボケ)がより楽しく書けました♪

姫野の今後にご期待くださいw

 

 

今回の新キャラ

 

北条孫九郞左衞門大夫朧綱成 通称:朧

朧の魅力は何と言っても(><)ですよね♪

御館の乱で怖い敵役として登場して、北条編でこのギャップ!

完全にしてやられました♪

 

佐竹常陸介次郎義重

通商は次回に発表したいと思います。

「わっほーい」とか叫んでいる所で判る人は居ると思いますがw

後、佐竹と聞いて自分が頭に浮かんだのは格闘家のあの人です。

今の所は『佐竹』と言うより『佐山』………いや、『伊達』でしょうかw

 

 

Hシーンを追加したR-18版はPixivに投降してありますので、気になる方そちらも確認してみて下さい。

 

次回は遂に朔夜が本格参戦します!


 
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