魏軍の怒涛の如き猛攻を受け、守りが揺らぎ始めてます。
昨日までの充分に苛烈だった攻撃が準備運動のように思えますよ。
「七乃殿、予備兵を急いで東門に回してほしいのです」
「ねねさん、北門もです。投石機の一台は失いますが桔梗さんなら死守出来るでしょう」
息つく間もありません、対処を誤れば終わりです。
一体どんな指示が出てるんですか、何を行なったら魏軍全てを連動させるなんて事が出来るんですか。
四方向の軍は互いに援護しあってます。
北門軍に併せて東門軍が、西門軍に併せて正門軍がと、まるで一個の人のように。
十万以上の軍勢ですよ、それを一元化させるなんて不可能です。
出来るとしたら、天より全てを見ているとしか思えませんよ。
・・愚痴を考えても仕方ありませんね、事実は事実です。
今日を含めて二日は持たせませんと、星さん達なら無理に無理を重ねて援軍を送ってくれるでしょうから。
ですが出来れば半日でいいですから時間が欲しいところです。
無いものねだりですかね。
「真・恋姫無双 君の隣に」 第55話
少しは弱まったが、まだまだ風雨は強く行軍速度が上がらない。
くっ、この趙子竜、一生の不覚。
出張ってきた劉璋軍の不自然さに、何故魏軍襲来を思い至らなかった。
あれは私を足止めする為の派遣だった事に。
伝者の報告から一刻を争う事態なのがありありと分かる。
皆よ、頼む、私が駆けつけるまで耐えてくれ。
「蓮華お姉ちゃん、こんな荒れた長江で船を出すなんて自殺行為だよ」
「伝者はその危険を冒してでも急報を伝えてくれたわ、ならば私のする事は一つよ」
信を踏みにじる魏国の寿春への侵攻。
曹操、絶対に許さない。
「急ぎ長江を渡り寿春の窮地を救う。華軍の勇者達よ、卑劣なる魏に対して我等の怒りを示すのだ!」
兵の雄叫びと共に船に乗り込もうとすると、私の前に祭が立ち塞がった。
「落ち着くのじゃ、このまま船を出せば半数は河に飲まれる」
「ならば半数は救援に向かえるわ」
「頭を冷やせ!そのような事を一刀が望むとお思いか!」
望まない、そんな事は分かっている、それでも私は。
祭の手が私の肩を優しく掴む。
「思春に船を鎖で連結させておる、それで揺れはかなり軽減される筈じゃ。半日で仕上げられる、今は待つのじゃ、蓮華」
蓮華と、まだ慣れない呼ばれ方に心の波が凪いでいく。
一刀に降った頃から、祭は私を権殿ではなく真名で呼んでくれている。
母の代わりではなく、対等の者として。
それなのに、まだ私は祭に甘えている。
「分かったわ。鎖に併せて他の準備も整えておいて、用意が整うまでに私も政務を形にしておくから」
「心得た」
并州民の護衛から戻った私に信じられない凶報。
「二万だけですが準備は出来てます。凪さん、私も参ります」
月が援軍の兵を既に用意していたので、直ぐに出立する。
二万は援軍として心持たないが、并州から戻ったばかりの兵達は疲れてる、強行軍は厳しいだろう。
私の本心はこの強行軍でももどかしい、一刻も早く一刀様の元へ向かいたい。
そんな私の逸る気持ちを、月が優しく窘めてくれた。
「凪さん、一刀様には皆さんが御一緒におられます。私達も最善を尽くしましょう」
そうだ、月とて私と同じ気持ちなのだ。
私は、私の最善を尽くさなくては一刀様に顔向けできない。
「ありがとうございます。月の言われるとおりです、皆が必ず一刀様を護ってくれてます」
真桜達がどれだけ頼りなるか、私はよく知ってるじゃないか。
「北門軍に伝令、両壁側に攻撃を集中させ投石機の破壊に専念、中央は前ではなく横に拠点を広げるように」
「東門軍に伝令、攻撃に強弱をつけて相手の足並みを揃わせないように」
「西門軍に伝令、二刻後に北門援護の為に西門の陣容が薄くなります、戦力を一点に絞り拠点を構築して下さい」
「南門軍に伝令、一度引いて一刻後に再突撃、予備兵も全てつぎ込みなさい」
・・今日中に寿春を陥としてみせます。
戦が始まって三日目。
既に全軍の三割近く戦闘不能者が出ています、本来なら大敗としか表現仕様のないほどの被害を。
無論相手にも相応の損害を与え、予測の範疇ではありましても、戦術を担う軍師として到底許容出来る事ではありません。
私は郭奉孝、軍略に全てを懸けた者。
お見せしましょう、一刀殿。
我が脳髄を絞りきった、渾身の戦術を。
「姉者、指示通りに敵の引き付けを頼む。私は投石機を潰す」
「秋蘭、私の兵を連れて行け。優秀な盾となってくれる」
「真桜ちゃん、投石機用の岩使っちゃうからね、敵を潰すのに丁度いいの」
「潰された投石機の破片も全部投げつけたり、固いから効くで」
「霞、直接戦うのは止めて指示に徹して。その体じゃ足手まといよ」
「大丈夫や、骨の一本や二本、動けるうちは戦ったる」
「恋、此処はわしに任せて右端の援護に向かってくれ」
「分かった、全部倒してくる」
「冥琳、前線に出る気?」
「雪蓮、すまんが囮になってくれ。そしてお前が稟の指示を受けるんだ」
「ど、どうして冥琳様が城壁上に」
「明命、私がいきますので此の場をお願いします」
「流琉、壊れかけた武器で僕は止められないよ」
「季衣こそ左手に力が入らないでしょ、右手だけじゃ私には敵わないよ」
「一刀様、援護しますので後方にお下がりください」
「紫苑、すまない、ありがとう」
戦局は明らかにこちらに傾いているわ。
その立役者の稟は伝令を次々に走らせ、状況を知らせてくる伝者には目もくれず報告をさせる、同時に各々が発言しても。
正直これ程の才とは、私の想像を遥かに超えていたわね。
「今日の指揮権を自分一人に執らせて欲しい」
稟の申し出は私を含め皆が却下したけど、尋常ならない稟の気迫に私が駄目だと思えば即取り上げる事で許可したわ。
天才と呼ばれるに相応しい才をこれまでも示していたけど、それでも私なら互角以上の勝負が出来ると思っていた。
今の稟の采配を目の当たりにして、とても以前と同じ気持ちではいられないわ。
人の域など凌駕している、まさに神算よ。
これは予想ではなく確信、今日中に寿春は陥ちるわ。
ブルッ!
何!?どうして体が震えるの?
寿春を陥とし、一刀を捕えて魏国に降服させる。
その後は一刀に私が大陸の王として相応しいと宣言してもらい、一刀自身は天子として奉る形にする。
多少の混乱はあれど、これなら華国の者達も受け入れられる筈。
大丈夫、私なら出来る。
それなのに、どうして震えが止まらないの?
私は震えを周りに覚られない様に、一度陣幕に戻ろうと踵を返す。
えっ?
何、後方の兵達の様子がおかしい。
「・・・しゃっおらああああ!」
間に合った。
洛陽で魏の事を聞いて全力で駆けて、最短距離を取る為に魏の領土を横断して何とか間に合ったぜ。
幸い守備兵も少なかったしな。
とは言ってもこっちはたったの騎兵二百弱。
元々三百しかいなかったけど、強行軍で更に減っちまったからな。
こんな少数で万以上の敵に出来る事なんて一つしかねえ、大将首狙い一点だ。
運よく本陣の真後ろ、曹の牙門旗が辛うじて見える。
あたしは人馬一体となって死地に飛び込む。
兵の皆も躊躇うことなく共に突っ込んで道を開いてくれる、どう考えても一方通行の道を。
最初は混乱してた敵も、段々と冷静さを取り戻して兵の壁はどんどん厚くなる。
突き進んで突き進んで、味方の兵もいなくなった時。
牙門旗の傍で立つ将の姿があった。
見つけたぞ!
「曹操ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
武器を構える曹操に、あたしは槍を繰り出す。
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あとがき
小次郎です、普段より少し短めですが投稿させて頂きました。
前話では皆さんから温かく過分な言葉を頂けてとても嬉しかったです。
また誤字などのご指摘もこの場を借りて御礼を申し上げます。
気を付けてはいるのですが思い込みや勘違いもしていて恥ずかしい限りです。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします。
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開戦三日目。
魏の猛攻は更に激しさを増す。