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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百二十二話

ムカミさん

第百二十二話の投稿です。


ここから魏の話に入ります。

2016-09-26 09:17:59 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2335   閲覧ユーザー数:1979

 

上庸で辛酸を嘗めさせられて一月も経った頃。

 

魏の国境は至るところが騒がしくなり始めていた。

 

先日までの俄かの山賊などでは無く、正規軍による砦へのちょっかいである。

 

が、逆に言えば、まだ『ちょっかい』のレベルということでもあった。

 

蜀にしろ呉にしろ、魏がどう出るのか、或いは互いの国がどう動こうとしているのかを探っている節がある。

 

この猶予を一刀が逃すはずが無かった。

 

ここぞとばかりに武将の強化、その総仕上げに入る。

 

と言っても、ほとんどの将はその過程を決め、個々の鍛錬と仕合の数をこなさせるに任せる段階。

 

最終的な調整を必要としているのは極少数の将だけであった。

 

その極少数に当たるのが、一刀、そして鶸である。

 

 

 

今、一刀は調練場で鶸と仕合を行っている。

 

以前に一刀から提案した新たな型、槍術を基本に据えながら鎌も多用して敵を翻弄するトリッキーな闘い方を、鶸は研究し、発展させていた。

 

「はっ!やっ!はあっ!ふっ!」

 

「っと。今のは中々。やるじゃないか、鶸」

 

槍の二連突き、繋げるようにして鎌の横薙ぎ、そして引き戻し。

 

慣れなければその動きを滑らかに繋げることは難しいだろう。

 

だが、鶸は既にこれをモノにしていた。それは一刀も素で褒めるほどに。

 

「まだですっ!はあっ!」

 

鶸は続けて鎌による攻撃から続く連撃を放とうとする。が。

 

「それは甘いぞ、鶸!」

 

「きゃっ!?あ…………」

 

鎌の有効攻撃部分は槍の穂先よりも短い。そこを意識しすぎて踏み込みが深くなりすぎた鶸の行動を、一刀は一瞬の隙だと断定した。

 

瞬時に間合いを詰め、攻撃に意識の向いている鶸の手元から湾閃を叩き落す。

 

それを以て仕合は一刀の勝利で終わったのであった。

 

「ふぅ。最後のはちょっと勿体無かったな。が、それまでの一連の攻めは良かった。

 

 防御の方も新しい型によって乱れることも無く、きっちりと行えている。

 

 ほぼ、文句無しの出来だ。良く頑張ったな、鶸」

 

「は、はいっ!ありがとうございますっ!!」

 

一刀が笑みを浮かべて褒めると、鶸は顔を輝かせる。

 

ちゃんと成果が出ているのだと保証されたわけだから、嬉しくなるのも当然だろう。

 

ただ、その緩んだ表情は、さて、と一刀が真面目な顔へと移したことで自然に引き締められた。

 

「鶸。改めて一つ、確認をしておきたい。

 

 いざ戦に赴けば、何を講じてでも勝つ。その気概はあるか?」

 

「はい、あります」

 

「それが例え、蒲公英のような戦い方でも、か?」

 

「はい」

 

即答。それも、そこに嘘は混じっていないと一刀は鶸の瞳から読んだ。

 

魏に参入したばかりの頃こそ、蒲公英の戦法にお小言を並べたりもしていた鶸。

 

しかし、魏の将と交わり、彼女達から教わり、そして仕合や実戦を経て、鶸の考え方は変わってきていたようだった。

 

ならば、と一刀は鶸の武について考えていたことを語る。

 

「鶸、まずは正直に自身の所感を答えて欲しい。

 

 今の鶸の最高の状態で挑んだとして、春蘭や菖蒲くらいの将に勝てるか?」

 

「春蘭さんや菖蒲さん相手に……正直に言いますと、十回仕合えば二、三回程度ならば、といったところかと」

 

「うん。俺もそのくらいの見立てだ。

 

 で、今の鶸の型を以てその二人相手に勝率5割にまで持って行こうとすると、相当な時間が掛かることが予想される。

 

 春蘭や菖蒲もまだまだ伸びているのだから、それは分かるだろう?」

 

「はい。やはり、私はまだ将としての力では役者不足でしょうか?」

 

不安そうに鶸が尋ねる。話の流れがまさにそういった様子で、鶸の不安も仕方がないものだろう。

 

しかし、一刀は首を軽く横に振っただけで話を続けた。

 

「正当に――いや、鶸がここで鍛え上げた武は変則ではあるんだが、とにかく、正当に二人に勝とうとしても、それは難しいだろう。

 

 が、”二人と同じくらいの将”であれば、勝てる可能性は大いにある。策次第で、な。

 

 その策についてだが、単純に言えば、手を隠す。それだけだ」

 

「手を……?えっと、すみません、それは一体どういう……?」

 

「言うは易し、なんだが。

 

 鶸が今後敵将と対峙した際、まずは以前のようなほぼ槍の技で構成された型で戦闘を行うようにする。

 

 恐らく、春蘭級にもなれば、少しすれば押され始め、すぐに防戦の様相を呈し始めることになるだろう。

 

 完全に防戦一方になってしまう前に、鶸の方は今の型に切り替える。

 

 すると、敵は見抜き、慣れたと思っていたものを外され、隙を作ることになるはずだ。

 

 そこを逃さず、攻め立てる。

 

 要するに、相手に誤情報を掴ませて油断させ、隠し手で一気にケリを付ける。そんな策だ。

 

 出来そうか、鶸?」

 

「型を……切り替える……」

 

鶸はすぐには答えず、一刀の言葉を反芻する。

 

安易には答えず、よく考えてから。鶸の性格がその行動によく表れていた。

 

暫し考え、鶸は決断する。

 

「……やります。いえ、やれます!

 

 それで私も一刀さんのお役に立てるのならば!」

 

「そうか。ありがとう、鶸。

 

 だが、一つだけ訂正させてくれ。

 

 鶸はもう十分に働いてくれているよ。それは蒲公英も同じだ。

 

 本人は意外と分からないものかも知れないが、鶸と蒲公英が来てくれたおかげで、魏の部隊は機動力が上がった。

 

 それに、霞への負担も軽減することが出来た。

 

 すでに二人とも、魏にとって掛け替えのない存在になっているよ」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

一刀の言葉は決してお世辞では無い。事実として、騎馬部隊の数そのもの、そしてそれを効率よく率いることの出来る将が増えたことは魏にとってこれ以上ないプラスとなっている。

 

とは言っても、やはり鶸も将の一人、戦場にて一騎討ちを避け得ぬ場面も出て来るだろう。

 

それを切り抜けるためにも、鶸にはより高みを目指してもらいたい。そんな一刀の想いも、しっかりと鶸に伝わっていた。

 

「よし!

 

 だったら、鶸。これからは2つの型の鍛錬を隔日で切り替えて行う!

 

 初めは混乱するかも知れないが、すぐに慣れるようにしてくれ!」

 

「はいっ!宜しくお願いしますっ!!」

 

その真面目さと向上心の高さは、すぐに鶸を一流の将へと押し上げることになるだろう。

 

そんな確信が、鶸の返事を聞く一刀の中にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、鶸の最終調整の段取りが付いたとなれば、後は一刀である。

 

一刀が今更一体何を調整するのか。勿論、氣のことである。

 

長きに渡って凪と議論を重ね、華佗からの助言も受け、実戦の中で気付いたことを取り込んでみたり。

 

色々と試しながら着実に伸ばしてきた氣の技術。

 

これをいよいよ本当の意味でモノにするべき時が迫っていた。

 

氣を使いこなせなければ、馬騰や孫堅には敵わない。ほとんど確信を持って一刀はそう考えているからである。

 

 

 

とある日の朝早く、日が昇って間もない調練場に一刀と凪の姿があった。

 

二人とも毎朝、氣を練っている。その関係もあって、氣の話をする時は早朝であることが多い。この日も例に漏れずそうであった。

 

「今更かも知れないが、凪に聞いておきたいことがある。

 

 猛虎蹴撃を放つ時、凪は何を考えている?それと、初めてあの技を出した時のことも聞いておきたい」

 

「猛虎蹴撃、ですか?そうですね……

 

 特別なことは何も考えていないと思うのですが……突然どうかされたのですか、一刀殿?」

 

凪の疑問も当然だろう。ここ最近は集まって話すとなれば氣の正体についてが主であったのだから。

 

「いや、改めて考えてみるとな、凪の猛虎蹴撃が俺の知り得る中で最も異質な氣の使い方をしていると思って、な。

 

 氣を飛ばして攻撃、というその発想がどうして出て来て、そしてどうして実現出来ているのか、それが知りたいんだ」

 

「なるほど。でしたら……

 

 えっと、実は私も初めのうちは氣を手甲や脚甲に纏っての攻撃が主でした。とは言っても、一刀殿と鍛錬して洗練して頂いた今には遠く及ばないものでしたが。

 

 ですが、それですと飛び道具を相手にすると非常に不利でして……

 

 元々私は真桜と沙和と一緒にただの街の警備隊だったものですから、周りに弓が使える者もほとんどおらず。

 

 どうにかして私も飛び道具に匹敵する技を会得出来はしないかと試行錯誤を始めたんです」

 

「それで氣弾、か。その発想はすぐに出たのか?」

 

「いえ……本当に最初の頃は真桜のように弓を介してどうにか出来ないかと考えていました。

 

 ですが、真桜に言われまして……氣を直接当てることが出来ないかと考えるようになり、まずは拳から試してみました。

 

 ですがこちらは上手くいかず……後は蹴りと共に、となった時に、賊が攻めてきたんです。

 

 無我夢中で街を守っていたら、やはり敵の弓に警備隊が押され始めまして。

 

 ここで私が出来なければ、警備隊の、終には街の全滅もあり得る、と思った途端、自然に身体が動いていました。

 

 それまではまだ一度も試していなかった蹴りによる氣弾攻撃。ですが、不思議と失敗するとは微塵も考えていませんでした。

 

 気が付けば賊は潰走、警備隊は歓喜に沸いていました。

 

 それ以来です。猛虎蹴撃が撃てるようになったのは。

 

 以降の鍛錬でも失敗はありませんでした。練った氣がなくなってしまった時以外は、ですが。

 

 一度出来たことでしたので、成功して当然だとは思いますが」

 

「賊に……」

 

一刀は凪の話の中からとある部分に着目する。

 

自由自在に氣弾を撃っているように見える凪でも、初めのうちは全く出来なかったこと。

 

話し振りからするに、きっと兆しすら見えていなかったのだろう。

 

ところが、今の猛虎蹴撃だけは初回から出来ていた。

 

それまでとその時との違いは何か。

 

最も大きな違いは、切羽詰った状況であるか否か。

 

その状況で起こる、心境への影響は何か。

 

無我夢中、つまり余計なことを考えなくなるということ。

 

この流れは、氣に関して先日一刀が新たに立てた”仮説”に合致している――――ように見えた。

 

「凪、もう少しだけ聞きたい。

 

 元々格闘術は得意な部類だったのか?それと、猛虎蹴撃はその後の練習で一度でも失敗するかも知れないと思ったことはあったか?」

 

「格闘術は確かに得意な方です。武器を扱うよりも、私には手甲や脚甲の方がしっくりくるものでして。

 

 猛虎蹴撃は、そうですね……確かに、失敗する可能性は考えたことが無かったと思います。

 

 あの頃の私は氣の事に関しては、一度出来たことならば絶対に出来る、と信じていたものですから」

 

「やはり……」

 

凪の回答を聞いて、一刀はほとんど確信に至る。

 

僅かに残る疑念は、きっと話し合いで払拭出来るものでは無い。

 

ならば、手段は一つ。後は実践あるのみ、である。

 

「凪。実は一つ、氣についての仮説が増えた。

 

 基本的には前に話したような感じだとは思うんだが、更にその発展形があるのだろうことに気付いたんだ」

 

「発展……つまり、私もより強くなれるということですか?!」

 

「ああ、そうだ」

 

首肯を伴った一刀に答えに凪は興奮を隠し切れない様子を見せる。が、続いた一刀の言葉に呆気に取られることとなった。

 

「凪は既に実践にも移せていることだし、俺よりは楽に習得できるかも知れないな」

 

「実践?あの、一刀殿、それは一体どういうことなのでしょうか?」

 

「さっきも話したこと、猛虎蹴撃のことだよ」

 

「猛虎蹴撃……ということは、発展というのはつまり、氣弾のことですか?」

 

「それも一つの形、ということだな」

 

「??」

 

凪は頭上に疑問符を浮かべて首を捻る。

 

一刀もこの説明で理解してもらえるとは思っておらず、すぐに詳細の説明に入った。

 

「氣の効率的で効果的な使い方は以前にも言った通りだろう。

 

 個々人が最も得意とする動きに沿っていれば、これを増幅して常人に倍する力を得られる。

 

 凪なら格闘術、俺なら剣術の技や体捌き、と言ったように、な。

 

 だが、それ以外のどんなことでも氣を用いて実現することは出来る――はずだ。

 

 但し、これを為すためには非常に強いイメージ――想像力と、実現を信じ切る心、或いは疑いを持たないことが必要だと思う。

 

 加えて言えば、きっとこれが実現出来ても氣の効率はかなり悪いと思う。

 

 だから、ここぞという場面における最後の切り札として修練しておく、くらいの意味になるとは思うんだがな」

 

「疑いを持たない……た、確かに、私の猛虎蹴撃もその条件に当て嵌まっているように思えます!!

 

 ということは、つまり……修練――心の修練になるのでしょうが、それさえ乗り越えることが出来れば、猛虎蹴撃のみならず、手甲からでも……!」

 

やはり、氣に関して言えば凪は非常に理解が早い。

 

一刀の話の内容を理解し、自身の強化の可能性にすぐに思い至り、その習得のために必要なことも大体把握したようだった。

 

ただ、大切なことを一つ、聞き逃している様子で。

 

「凪、一度落ち着け。

 

 言ったばかりだが、やはりこういった氣の使い方は余りにも燃費が悪い。

 

 事実、俺も菖蒲たちを助けに行った上庸でとある技を発動したみたいなんだが――」

 

「か、一刀殿も既に習得を!?そ、それは一体、どのような技なので!?」

 

「ちょ、お、落ち着け、凪!」

 

「はっ!?す、すみません……」

 

色々と重なって凪はすっかり興奮で自制が利かなくなっていたようで、一刀に強く言われてようやく我に返った様子。

 

その途端、恥ずかしくなったようで、顔を赤くして小さくなってしまった。

 

「いや、気持ちは分かるぞ、凪。だが、俺の話も最後まで聞いておいて欲しい。

 

 それで、だ。上庸の地でのことなんだが、恐らく、その技を偶然とは言え出したことが原因で、ほとんど戦闘をしていないにも関わらず、体力と気力が底を突きかけていたんだ。

 

 

 猛虎蹴撃はさすがにそこまででは無いようだが、ものによってはそれこそ、外したら負け、のような博打になってしまう可能性が高い。

 

 

 そういった意味で、修練する技の選択は慎重に行い、習熟度も相当に上げておかなければならない。それでも習得出来ない可能性もある。

 

 場合によっては、そもそも新技など覚えようとせず、その他の腕を磨く方が良いかもしれない。

 

 幾重もの博打を潜り抜けた先に、ようやく実践で一度乃至二度だけ使える技が得られる。

 

 徒労に終わる可能性も高いことは明らかだ。それでも、やりたいか、凪?」

 

たっぷりと脅しておく一刀。

 

但し、今回は鶸や蒲公英に対して発破を掛ける意味での脅しとは異なる。

 

凪の選択肢に重しを掛け、選ばないのであればそれもまた英断だと考えていた。

 

魏の誰に言わせても、凪は今非常に伸びている武将だ。

 

リスクばかりが目立って大きいこの修練には、凪にとっての足枷ともなり兼ねないもの。普通の感性ならば、修練には乗り出さないだろう。

 

しかし、凪は違った。

 

「はい!やりたいです!やらせてください!」

 

即答だった。

 

ただ、考え無しというわけでも無く、凪なりの考えがしっかりあってのこと。

 

その考えを聞けば、一刀も納得せざるを得なかった。

 

「良い返事だ。安心したよ、凪。ならば、今日から毎朝と毎晩、ここで修練を行おう。

 

 氣が多少なり分かる者同士、気付いたことがあればすぐにでも連携を取れるようにしておこうじゃないか。

 

 それに、何が起こるか分からない修練になる。一人でやる時は周囲と自分自身に細心の注意を払うようにな」

 

「はい!宜しくお願い致します!」

 

氣の完全掌握へ。一刀と凪の挑戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一刀。仕合、やろ。

 

 ……恋、また一刀の技、覚えた」

 

 

 

「一刀!勝負だ!今度こそ負けんぞ!」

 

 

 

「一刀さん、一つお手合わせをお願い致します。

 

 小技も増やしたことですし、一刀さんでも一筋縄ではいかせませんよ」

 

 

 

「兄ちゃん!流琉との新しい連携考えたよ~!見て見て~!!」

 

「す、すみません、兄様。お時間ありましたら、お願いします」

 

 

 

「一刀様!交叉法の機についてですが、例えばこのような場合でも使えるのでは無いでしょうか?」

 

 

 

「あ、お兄さ~ん!ちょっと蒲公英の新しい戦術の実験台になってくれない?」

 

 

 

恋が、春蘭が、菖蒲が、季衣が、流琉が、梅が、蒲公英が。

 

皆それぞれの武の上達を一刀を通して自覚しに来る。

 

同時に一刀も、実戦形式の良い鍛錬になるし、直接のアドバイスもし易いため、今のこの空気は非常に歓迎していた。

 

なのだが。この状況を今日一日側で見ていた桂花は、呆れたような表情でこう告げた。

 

「あんたも随分と人気者よね。今の連中以外にも、秋蘭や鶸、凪、斗詩、猪々子なんかを指導しているんでしょ?

 

 ……過労で死ぬんじゃない?」

 

時は既に夕暮れも過ぎ、空は真っ赤を通り越して昏い青に染まり始めている。

 

そんなところで、一刀は桂花となるべく秘密にすべき話をしようとしていた。

 

情報室を使っていないのは、そこまで機密性を高くは扱うつもりが無いからである。

 

「前までならともかく、今は基本的に武将としての仕事に専念しているからな。見た目よりもしんどくは無いよ。

 

 どっちかと言うと、桂花の方が過労じゃないか?筆頭軍師の立場上、平時でも書類仕事には事欠かないんだろう?

 

 加えて、今は呉や蜀からのちょっかいが増えてきたし、これから人手は減って仕事は増える、ってな事になるんじゃないか?」

 

一刀は桂花の問いに対して問題無いと答え、逆に桂花を心配する。

 

桂花から返ってきた答えは少々意外なものだった。

 

「その辺りは心配ないわ。零、風、稟、詠なら判断を委ねても安心出来るし、何より蕙の働きが大きいわね。

 

 性格なのか、あまり積極的に主体性を表に出そうとはしないのだけれど、補佐の能力が半端じゃないわ。詠の評価以上よ」

 

「そうか。それは良かった。そういうことは本人にもどんどん伝えてやってくれ。

 

 主体性の方も……きっとまだ罪悪感が拭い切れてないんだろうな。

 

 それでも、蕙は有能だろ?俺はちょっと聞いた程度だけど、詠が洛陽の一切を任せたのも良く分かるよ」

 

「そうね。蕙は軍師としては出ないと言っているわ。だから、その分城での仕事を詰めてもらう。

 

 他の、前から魏に居る軍師勢で分担して各地に向かわせれば、問題は無いはずよ。

 

 万が一軍師が足りないのであれば、音々音の投入や秋蘭、或いはあんたを軍師として出す手も考えてあるわ」

 

これまた驚く内容に、一刀は桂花の本気度を探ろうとする。

 

と、一刀は思わず眉に皺を寄せることになった。

 

それを見て、桂花はにんまりと口角を吊り上げる。

 

「ふふん。あんたお得意の”技”でも読み切れないでしょう?

 

 これでも私も筆頭軍師なの。日々様々な交渉があって、読み合い隠し合いが無数にあるのよ。

 

 もう、そう簡単には読ませないわよ?」

 

「むむ……これに関しては自信を持っていたものなんだがな……

 

 だが、まあ、桂花たちに負ける分には問題は無いか」

 

「あら?もうちょっとは悔しがると思ってたのに。つまらない奴ね。

 

 ま、いいわ。取り敢えず、さっき言ったことは可能性としては有り得る事だと思っておいてちょうだい。

 

 あ、それと秋蘭にも伝えておいてくれるかしら?」

 

「ああ、分かった。

 

 ……ところで――」

 

「ええ、そうね。そろそろ本題に入りましょうか」

 

あまり遅くなっても、と二人の無言の意見が合い、話題はいよいよ本題へと移る。

 

切り出したのは一刀だった。

 

「桂花に頼んでおきたいことが二つある。

 

 一つ目は、天和、地和、人和を呼び戻しておいて欲しいということ。

 

 二つ目は、華佗に向けて、今の用事を済ませたら許昌に向かって欲しいと伝えてもらうこと。

 

 理由も添えた方がいいか?」

 

「大体の予想は付くけれど、一応聞いておこうかしら?」

 

「なら――どっちも単純な話だが、一応。

 

 天和たちはそろそろ各地でいざこざが増えるだろうから、危険性が増すため。

 

 華佗の方は、最終決戦に向けての備え。

 

 言ってしまえばそれだけだ。細々としたやってもらいたいことも一応考えてはいるんだけどな」

 

「なるほどね」

 

桂花は腕を組み、一刀の発言について思考を巡らせる。

 

彼女自身の考えと合わせて、魏国としての動き方とその優先度を決めていく。

 

そして、その決定は比較的早く為された。

 

「華佗にはすぐにでも書状を出すわ。次の交代の隊員をすぐに出して、これに書状を持たせればいいわね。

 

 天和たちの方は、国境線からは離れた地域に限定して、もう少し頑張ってもらいましょう。

 

 兵の補充より、民の慰安の目的を強化した上でこれを行うわ。

 

 あんたの意見と少し違うけれど、これでどうかしら?」

 

「ああ、大丈夫だと思う。

 

 言ってしまえば、俺の意見は素人判断なわけだから、そこを汲んで桂花が改めて決めた策の方がいいだろう。

 

 それで頼みたい」

 

桂花の決めたことに一刀は否を唱えない。

 

餅は餅屋、という意識が一刀の中では非常に強いのだ。それは言葉からも見て取れるだろう。

 

一刀自身、自分は武将であり、そこに主を置き、文官の類は乞われた際に補助程度が最も良いと考えている。

 

但し、大陸に無かった技術体系で、諜報の仕事にだけは特別に二つ目の主を置く形を取っているだけ、というのが一刀としてのスタンスだった。

 

案がすんなりと通れば、桂花もそれ以上話題を引き延ばしたりはしない。

 

用件の肝だけをぱぱっと終わらせて次へ。多くの仕事を抱える桂花はそうすることで仕事を回しているのであった。

 

「それじゃ、そうさせてもらうわ。

 

 ああ、そうそう。私からもあんたに聞いておきたいことがあるのよ」

 

用件は済んだ、と背を向けて歩き去ろうとした桂花は、しかしとあることを思い出してくるりと振り返った。

 

問いの内容を一刀が視線で促すと桂花もそのまま問うた。

 

「あんた、最近になってまた鶸や凪となんか始めてるんでしょ?

 

 蒲公英や真桜が色々話しているのを耳にしたわ。

 

 あんたを含めた三人、出陣は後ろにずらしておいた方がいいかしら?」

 

「それが叶うのなら、ありがたいな。

 

 ただ、そこまで気を使ってもらわなくても大丈夫だ。

 

 一応だが、個々人でも鍛錬は出来るようにしてある。

 

 何かやってるって言っても、要は決戦に向けた切り札を用意出来るか試しているだけ、といった面が大きいんだ。

 

 最悪、形にならなくても何とか出来るとは思うよ。

 

 勿論、桂花が零たちと共に最高の策を連発してくれたら、だけどな」

 

「言ってくれるわね。

 

 分かったわ。取り敢えず、無理のない範囲で調整はしといてあげる。

 

 だから、その切り札とやらをものにしといてちょうだい。

 

 そうすれば私も楽なんだから」

 

「そっちも言ってくれるな……

 

 ありがとう、頼むよ」

 

互いに強めの口調でエールを送り合う。

 

いつからか、情報室の外に出ていても二人はそんなやり取りをするようになっていた。

 

憎まれ口の叩き合いでは無い。

 

適度に互いの指揮を上げる、言わばお約束のようなもの。

 

現に、一刀は今、去っていく桂花の背を見つめて一つ、心に誓っていることがあった。

 

 

 

(やっぱり、挑戦するしかないよな。

 

 北郷流の極意……歴代の当主にこぞって失われたともガセだとも言われるアレを……

 

 今度こそ、この手にして見せる……!)

 

 

 

 

 


 
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