第38-19話 因縁との決着
No Side
“斬の心意”が放たれ、冷気を纏うその斬撃は
自ら近づいては斬り捨て、敵が近づいてきても斬り捨て、凍素を用いる強力な神聖術で幾人も凍りつかせていく。
瀕死の重傷という危篤状態から完全復活を果たし、敵を打ち倒していくその者、
最高司祭カーディナル直属公理教会最上位整合騎士第零位、ユージオ・シンセシス・ゼロである。
「本当に数だけは多い……でも、増えたところで本当に数だけだ…!」
ステータスは大小の差はあるが下がることになるなどの弊害が発生する。
キリト達『神霆流』並みの戦闘能力のあるユージオにとっては本当に数が増えた程度のことなのかもしれない。
一方、ユージオと共に奮戦している者もいる。
経験などでいえば彼よりも上であり、いまやこの者を超える神聖術の使い手はカーディナルを除いて他にはいない。
力強く振るわれる剣により敵は斬り裂かれ、
神聖術は下級のものであってもひとたび彼女が放てば強力な一撃となって敵達を吹き飛ばして消滅させる。
公理教会上位整合騎士第三位、アリス・シンセシス・サーティである。
「減ってはいるのでしょうけど、気が滅入ることくらいは許してほしいわね…!」
キリトや連合軍だけでなく、コンバート軍の奮戦もあって一度増えた敵がかなり減ったことはアリスにも分かった。
しかし、味方全軍を合わせてもなお敵軍の方がかなり多いのもまた事実。
特に敵はアリスを狙っていることもあり、向かってくる敵を剣技や神聖術で倒せても、必ず疲労は重なっていく。
「アリス、もう少し下がろう。全員じゃないけど奴らの狙いはキミだ」
「解っているわ…でも、これ以上は下がるわけにはいかないの。
だって、彼らだって自分達の全部を懸けて来てくれたのよ!
戦争に犠牲はつきものかもしれないけど、だからと言って容認していいことじゃない!」
ユージオとしては敵の首魁の目的であるアリスを連れていかれないようにすることが最優先である。
一方で彼女の気持ちも解るのだ、キリトの仲間達は大切な物を懸けてまで他人のはずの自分達を助けにきてくれた。
その彼らを傷つかせないためにも最前線で自分達が戦わなければならない、それはユージオも考えていることだ。
アリスとキリト達、天秤にかけてどちらかを選ぶことなど出来るはずもない。
「分かった。だけど少しでも危ないと感じたら気絶させてでも退かせるから」
「大丈夫、引き際は弁えるわ」
愛するユージオからの厳しい言葉に少しばかりゾッとしながらも、
それに嬉しさを感じてしまうのは心底彼を愛しているからだとアリスは思う。
ユージオもアリスが大切だが、同時に親友の仲間達に感謝してもしきれないと思う。
だからこそ、二人は先陣で戦う。
「「エンハンス・アーマメント!」」
この場でこのまま戦うにしろ、下がるにしろ、二人は集まってきた敵を殲滅するために《武装完全支配術》を発動する。
【絶対零度】の氷塊から生み出された神器『青薔薇の剣』が地面に突き刺され、
そこから超低温の冷気が発せられると氷の蔓が敵に向かって広がる。
蔓だけでなく冷気も発せられるために地面も敵に向かい凍りつき、滑り転倒して氷の蔓に捕まると氷の薔薇が咲き誇る。
神器と自身に宿る神聖力を振り絞り、倒した敵によって発生する空間神聖力を取り込んでさらに蔓と氷は広がり続ける。
ようやく止まった蔓の動き、それは三千人以上の敵を凍結してその
【永劫不朽】の金木犀の樹から生み出された神器『金木犀の剣』が掲げられ、一本の剣の刃が数百の花弁にも似た小刃へと分離する。
宙を舞う数百の小刃は氷の蔓から逃れた敵達に向かい、一枚一枚が巨人の一撃を誇る小刃を容赦無く敵に襲い掛からせる。
たった一枚の花弁が直撃した一人はそれだけで天命が無くなり、ある者は複数の花弁で全身の鎧ごと粉砕され、
またある集団は花弁の波に飲み込まれて跡形も無く消滅していった。
花弁が彼女の許へ舞い戻ったのは三千にも及ぶ敵を倒してからだった。
ユージオとアリス、最早この二人は整合騎士最強であり、氷結の騎士と金木犀の乙女の前に敵の悉く意味を為さない。
しかし、それは不意に訪れた。ユージオとアリスに向かって駆け抜ける者が二人。
それは確りとした姿を保っているため、正規のコンバートを行ったプレイヤーであることは誰にでも解ることである。
時折、赤いプレイヤー達を倒し、しかしすぐに二人の整合騎士の許へ向かっていることから彼らを助けようとしているのだと誰もが思う。
そして、ユージオとアリスの近くへと辿り着いた二人、その二人へ剣が振るわれた。
「ユージオ!? 貴方、一体何を!?」
近づいてきた二人へ剣を振るったのはなんとユージオであり、
傍に居るアリスは勿論、その光景を見ていた他の連合軍達も驚くしかなかった。
その行動は下手をすればUWの住人とプレイヤーの間に溝を作りかねないのだ。
だが、それでも彼は振るった、守る為に。
「下がれ、アリス! この二人は敵だ」
「ユージオ、何を言っているの…?」
「お前達、特にそっちの金髪のお前の心意、僕に解らないはずがない…!」
アリスはユージオの行動に動揺していたからそれまで気付かなかったが、
目前に居る金髪碧眼の男とフード付きのローブを纏い鉈に近い形状の武器を持つ男を注視して気付いた。
フードを深く被る男から発せられる濃密な殺意には愉悦が込められていて気持ちが悪いと感じる。
そして、金髪の男の心意を感じ取ると恐怖に身が竦んだ、それはあまりにも深い虚無の心意。
この心意をアリスは少し前に感じたことを思い出した。
「金髪のお前、ベクタだな。正確にはベクタの肉体を使っていたプレイヤー、そうだろう?」
アリスは硬直する。ベクタの最接近を許した際に受けた心意を思い出し、恐怖に体が震える。
ユージオの問いは間違いないと彼女自身も理解しているから。
「ふぅ、コンバートした姿ならばなんとかなると思ったが、上手くいかないものだな」
「まぁいいじゃないか
「そうだな。では、早急に奴を仕留めて目的を果たそう。やるぞ、ヴァサゴ」
「了解したぜ、
金髪碧眼の男はガブリエル・ミラー、そのアバターはGGOにて圧倒的な強さを誇り、
幾度も『
フードを深く被っている男はヴァサゴ・カザルス、
そのアバターはかつてSAOにて最悪と狂気を振りまいた
サトライザーは軍用ナイフと銃を、PoHはSAO時代の武器である『
「どうやら奴らは逃がしてくれないみたいだし、僕らで迎撃するしかない。逃げられる状況を作って撤退する、いいね?」
「ええ。目的はわたしだから、倒せなくても逃げ
「アリスは一人で逃げるのは嫌だよね?」
「ごめんなさい。でも、あんな思いはもう嫌よ…」
「解ってる。二人で生き残るよ」
青薔薇の剣と金木犀の剣を構え、ユージオとアリスは迎撃に移り、戦闘が開始する。
サトライザーとPoHは同時にユージオ目掛けて駆け抜ける。
目的はアリスを連れ去る事だが、二人はユージオが障害となりえることは先程までの戦いで把握しており、
確実に目的を果たすには一対一ずつで戦うよりも二対一でユージオを倒し、その後でアリスを捕える方が堅実だと判断したのだ。
「させない!」
「ちっ、当然黙ってはくれねぇよな…!」
しかし、アリスとて実戦を経験してきた騎士。
ユージオを先に倒すことが敵の狙いだと即座に理解すると、彼女は自分達の武器に近い得物を持つPoHに攻撃を仕掛ける。
幾ら攻略組と同等のレベルでかなりのステータスを有し、
現実世界でも実戦を経験している軍人であってもアリスの実力と剣技を前に片手間で対応することは出来ない。
ユージオ達から教授された連撃を駆使して金木犀の剣を振るい、
PoHもメイトチョッパーを振るいSAOや実戦で培った戦法を駆使して戦う。
「Hyu~、中々やるじゃないか、お嬢さん!」
「くっ、黙れ!」
自身よりも、もしかしたらベルクーリ並みかもしれない連撃にアリスはやや劣勢になる。
かなり厄介と思いながら、彼女も渾身の力を込めながら連撃で対抗する。
力ではアリスに軍配が上がる為、一撃でも攻撃を受ければ痛手になることは免れないことをPoHも理解している。
だからこそ攻め続けて疲労させ、近くで戦う男に気が向けられないように仕向ける。
事実、アリスはユージオのことが気になっているが、
自身が戦闘不能にでもなれば敵の目的が達成させられてしまうため、目前の相手に集中せざるを得ない。
ユージオもまたサトライザーと激しい戦いを繰り広げていた。
「ほぉ、初見のはずの銃の弾丸を避けるか、驚きだな」
「驚いているようには見えないな…! でも、ベクタよりかはマシか、な!」
「ぬっ…!」
アリスとPoHの戦いが刃のある武器同士の剣技戦闘であるのに対し、ユージオとサトライザーの戦いはやや混沌としたものだ。
ユージオは確かに剣技を主としているが相手の攻撃に対抗するために剣を持っていない手で殴り掛かり、蹴りを仕掛けることもある。
対するサトライザーは本職の技術とGGOのスキルであるCQCを行い、ナイフと銃を使用してユージオに猛攻を仕掛ける。
銃という未知の飛び道具にユージオはキリトにも似た危機感で察知し、瞬時に回避できた。
以前のデュソルバートとの戦闘で高速の矢を、
ファナティオとの戦闘で光速のレーザーを経験していなければ危なかったと短めに思う。
素早いナイフと弾丸を放つ他に銃身での打撃、近接格闘攻撃という経験したことのない戦い方に徐々に防戦一方になるユージオ。
「まだ保つか……諦めるというのであれば命は取らないでおくが…」
「寝言は寝てから言え、アリスをお前達に渡すつもりはない!」
挑発を含ませたサトライザーだったが、ユージオの剣筋がより鋭く強力なモノに変化したことで悪手だったと理解した。
アリスと恋人同士になる前のユージオであれば激情のままに荒ぶっていただろうが、
いまの彼はただ激情に流されるのではなくその激情の波に乗ることが出来るようになっている。
怒りを露わにしても内心では冷静さを失わずにいるのだ。
剣筋だけでなく連撃の繋ぎが綺麗になり、一分の隙を見せることもない。
「きゃっ!?」
「アリス!くっ…!?」
「余所見をする暇があるのか?」
PoHとの戦いで鎧の節々に傷を付けられ、一部の鎧の無い箇所に傷を負うアリス。
彼女の短い悲鳴に思わず気を取られてしまったユージオへ銃弾が襲い掛かり、右脇腹を掠めた。
直感に従っていなければ再び腹部に風穴が空いていたことだろうと冷や汗を流し、しかしこのままでは不味いとも思う。
敵はアリスを殺さずとも別に行動不能にしないわけではない、
一時的に彼女を行動不能にすれば自身を始末して悠々とアリスを連れ去るかもしれないのだ。
先程、最大出力で《武装完全支配術》を使用したため、いまは使えない。
このままでは退くこともできない、危機的状況に焦りが見え始めたその時だった。
「……そこまでだ、サトライザー」
「私はやらせないって言ったわよね」
剣筋が残るほどの剣閃が駆け抜け、かなりの強度である戦艦の装甲板から生み出されたサトライザーのナイフを弾き、
超高速で放たれ駆け抜ける矢が弾丸を弾き落とすという神業が行われた。
サトライザーは背筋を駆け抜けた悪寒にユージオから距離を置き、彼を守るように二人の男女が前に出た。
男性の方は赤混じりの茶髪である
『神霆流』の一人にしてSAOからの生還者、【黒火の剣帝】の異名を持つ者、ギルド『アウトロード』のメンバー、ハジメだ。
女性は短い水色の髪であり、濃紺の鎧を纏い雲のような白いスカートを穿き、左手に巨大な長弓を持つ。
GGOとALOにて他の姿を持ち、アウトロードにも所属する者、いまこの世界に女神【太陽神ソルス】として降臨した女性、シノンだ。
その傍ら、アリスの方でも動きがあった。
彼女に攻撃を仕掛けていたPoHのメイトチョッパーを弾き、閃光のような強烈な突きを受けてPoHが吹き飛ぶ。
「久しぶりだな、PoH」
「いい加減、決着をつけましょう」
漆黒の装束に身を包む男性、右手には聖剣『セイクリッドゲイン』、左手には魔剣『ダークネスペイン』を持つ。
神霆流の一人にして師範代であるSAO生還者、
【漆黒の覇王】や【黒の聖魔剣士】と謳われて詳細を知る者からは【解放の英雄】とまで称えられる者、
アウトロードのギルドマスターである最強の剣士、キリト。
長く艶やかな栗色の髪、真珠のように輝くブレストプレートと籠手とブーツを纏い、
無数の細布が縫い合わされて出来ている長めのスカートを穿き、細剣を手に持つ。
アウトロードのサブマスターであり、いまこの世界に女神【創世神ステイシア】として降臨した女性、アスナ。
「ユージオ、なんとか無事みたいだな」
「キミの仲間に助けられたよ、キリト」
笑い合う二人だが、キリトのそれは作った仮面のようなもの。
ここに来るまでに相当な数の敵を倒してきたが、まさか因縁の相手が敵の特殊部隊だとはさすがに予想できなかった。
いまここでこの男と決着をつけるのは自分達だとキリトは決めているのだ。
「ユージオ、アリス。下がってから神聖力を回復させる薬と砥石を使用して記憶解放術で敵を殲滅しろ。
コイツらは俺達の獲物だから任せてもらう」
「分かった。頑張れよ」
「あとをお願い、みんな」
ユージオとアリスはキリトの指示に従いこの場を後にし、サトライザーとPoHはその二人を追おうとするも行く手をキリト達が阻む。
「そこを
「断る。それにしても、ベクタの中身があのサトライザーとはな。お前の相手はハジメとシノンが最適だな」
「……当然、今度は私達で勝つ」
「GGOでの借りを返させてもらうわ、サトライザー」
「ハジメ、シノン。なるほど、その姿は確かにGGOのあの少女に似ている。BoBで私を倒したのは、そちらの少年か…」
サトライザーは合点がいった。
水色の髪の女神の姿を見たことがあると思えば、それは最近のBoBで倒した少女の姿とほぼ同じだった。
そして先程自分のナイフを弾いた刀の一撃も、BoBで自分を倒したハジメというプレイヤーと重なり、
名前も同じならばそういうことなのだと理解する。
「Fu~、まさかお前が『
「ただのバイトだ。そういうお前こそ、まさか特殊部隊の軍人とは。世も末だな、PoH」
キリトとPoH、二人の間に殺伐とした空気が満ちる。
「まぁ俺は今回VR絡みで面白そうだと思ったから来たまでさ。プレイヤー・キルが俺の楽しみなのはお前も知っているだろう?」
「知ってはいるが、理解は出来ないな。それとお前が殺したのはプレイヤーじゃない、魂を持つ生きた人間だ」
「HAHAHA、笑えないジョークがお得意ときたもんだ。魂? 生きた人間? ハッ、ただの
UWの住人を否定する物言い、それは一瞬でキリトの逆鱗に触れた。
心意の刃が放たれてPoHの喉元が浅く裂け、それ以上の言葉が発せられなくなる。
何が起きたのか解らないPoHだが、目の前の男が攻撃を仕掛けてきたことはすぐに理解できた。
「それ以上は喋るな。アスナ、先に俺がやる」
「はい」
アスナの返答と同時にキリトは駆けだし、セイクリッドゲインとダークネスペインを因縁の男に振り下ろした。
それを避けてPoHはストレージに入っていたポーションを飲み干、傷を癒して反撃に出る。
「「殺す!」」
最強と最悪、いま因縁の二人がぶつかり合う。
同じく戦闘を開始しているのはハジメとサトライザーだった。
シノンが攻撃を行うよりも早く、ハジメはカミヤリノマサムネの抜刀術で斬り掛かり、サトライザーは軍用ナイフで受け止めた。
スキルの《自動装填》を装備しているため、
サトライザーは撃ち尽くした弾丸の装填を気にすることなく戦えているが、気休めにしかならなかった。
「ほぼ現実世界のここで、銃弾を全て斬り裂くだと…!」
GGOならば初撃の銃撃さえ認識すれば弾道予測線が出てくるため解らないでもないが、
弾道予測線が出ないこの世界で歩みながら弾丸を全て斬り裂く所業などまずあり得ない。
ステータスのお陰で身体能力が格段に上がっていても、そんな芸当が出来る人間がいるなどサトライザーは思いもしなかった。
あれはゲームだけの強さだと、そう思っていた。
「……勘もあるのだが、まぁ大半は経験だな」
SAO・ALO・GGO、他にもいくつかのゲームで銃弾並みの速度の攻撃や魔法と何度も相対した。
最初は避け、次には防ぎ、止まらずに破壊し倒すことも出来るようになった。
なによりも、現実世界で自身に刀と戦い方を教えてくれた師匠の本気、攻撃の瞬間速度は弾丸などよりも速かった。
爆発的な威力の速度ではキリトが、常時速度では年下のヴァルが上、
だから自分は一瞬の最高速度で上回り、それを剣技と合わせて繋げられるようにした。
実戦経験ではハジメがサトライザーに敵うことはない。
だが、それ以外で得た経験と人間離れしかけている根本的な戦闘能力ではハジメの方が圧倒的に上だった。
GGOであれば戦い方の制限もあったが、SAOやALOではハジメもフルスペック状態で戦える。
「私は、再び魂の輝きをこの目で見るのだ! あの日、愛するアリシアをこの手で奪った時のように!」
「……愛する者を、その手で殺したのか…!」
愛する女性を殺した時に得た充足感を、アリスという存在で再び得ようとしている。
それを察し、ハジメはここでこの男を確実に討ち取ることを決意する。
カミヤリノマサムネを鞘に納め、抜刀の姿勢のままサトライザーへ向け駆けていく。
「魂の、アリシアの輝きを再び「……いや、これまでだ」」
全てを言い終える前に目前にまで一瞬で到達したハジメが抜刀する。
「……神霆流闘技《
横薙ではなく縦に下から振り上げる居合抜刀術、風と砂を巻き上げて行われた抜刀はサトライザーを縦に斬り裂いた。
刀の型の闘技《霾送》は縦型の抜刀術であり、両断することも可能だが同時に風圧による巻き上げで砂埃による目暗ましにもなる技だ。
しかし、今回この技は敵を薄く裂いただけだった、鼻から顎と腹部が裂けているが。
コンバートによる痛覚は不正アクセスの比ではなく、
ほぼそのままの痛みになるためこの攻撃によるサトライザーの激痛は凄まじいものだが、
声を上げなかったのは彼個人かはたまた軍人としての意地か。
けれど、動きが止まったことに変わりは無く、最初からハジメは自身で止めを刺すつもりはなかった。
「……止めだ、シノン」
サトライザーの背後には近距離で立つシノンが居り、彼女の腕には
全長1380mm、重量13.8kg、50口径の巨大な弾丸を使用するそれは『PGM・ウルティマラティオ・ヘカートⅡ』、シノンの愛銃だ。
彼女が想い描くことで形成された、それは『ザ・シード』という繋がりが齎したものである。
そして、その銃口は激痛に悶え立ち尽くすサトライザーの背を捉えている。
「チェックシックスよ、サトライザー!」
ヘカートから音速の弾丸が放たれ、それはサトライザーに命中する。
対物狙撃銃の凶悪な一撃の弾丸が爆ぜ、宿敵である男を一瞬で爆散させた。
肉片と血塊が飛び散るもハジメとシノンの表情に大きな変化はなく、あるとすればやり遂げたことへの達成感か。
「これに懲りたら日本のGGOプレイヤーを舐めないでよね」
「……命の輝きに眩んだ報いだ、しばらくは現実世界でもその痛みに悩まされるだろう」
宿敵を打ち倒した二人はその場を後にし、残りの敵の殲滅に赴いた。
キリトとPoHの戦い、こちらも当初こそ熾烈なものだった。
キリトの二刀流に対してPoHは遅れることなく対応していた。
例え二本の剣が襲ってこようとも防ぎ、逸らし、回避し、攻撃そのものには対処できていた。
だが、SAO解放の後、キリトはALOやGGOを経験するだけでなく、
現実世界での修行でさらなる高みに上り、UWでの戦いを経てさらに磨きをかけた。
一方、PoHも現実への帰還の後、リハビリの後に軍人として肉体を鍛え直し、須郷への恨みと鬱憤を内密に晴らし、特殊任務にも付いた。
だがそこに個人の高みへの発展はない、以前の自身に戻ったかSAOなどの経験で僅かに能力が上がった程度でしかない。
故にその差は明確に表れてくる。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「ぐぅっ、くっ……こ、のぉ…!」
PoHを圧倒的に上回るキリトの能力、圧倒的な速度でPoHの回避を上回ることでかすり傷とはいえ攻撃を命中させ、
圧倒的な攻撃力で武器防御を押し切り斬り裂き、防具も意味を為さずに紙のように切られる。
武具以前に彼らには地力で圧倒的な差があり、ここでもそれが表れたのだ。
キリトはOSSを含めたソードスキルも神霆流も使っておらず、純粋な剣技のみで戦っており、
そういった戦闘経験がほとんどないPoHには最早対抗できる術はない。
そこで何かが爆発する音が聞こえ、PoHはサトライザーが爆散したことに気付いた。
「
「さぁ、俺達とお前の因縁にも決着をつけよう。なぁ、アスナ」
「終わりよ、PoH」
「な、【閃光】!?」
PoHの背後からアスナが迫り細剣を振るう。
しかし、いくらステイシアの装備の細剣であっても、SAOの魔剣であるメイトチョッパーの前にすぐに刀身が欠けてしまった。
これにアスナは顔を顰め、PoHはそこに狙いを付けるが、彼女を思ういまは亡き友が阻む。
「アスナさん! 受け取れってくれ!」
「クーハ君! これ、『ダルクブレイド』、どうして…!」
鞘に納められながらアスナの手に渡ったユウキの愛剣『ダルクブレイド』。
それを抜剣し、PoHのメイトチョッパーを迎え撃つと刃毀れすることなく悠々と弾いた。
直後、彼女の声が聞こえてくる。
『(アスナ、僕が力を貸すから!)』
「ユウキ…! うん、わたしに貴女の力を貸して!」
流麗な剣捌きを披露し、アスナは目尻に涙を、けれど笑みを浮かべてダルクブレイドを構える。
「Fu~、随分と大きな独り言だな「果たしてそうかな?」なんだと…」
「お前には見えないだろうな。この世界とザ・シード、そして想いの力が起こした奇跡を。
いまアスナと共に居るのは紛れも無く、俺達と同等の最高の剣士の一人だ」
キリトにもまた見えている。本気の自分と戦った剣士にしてVR世界をこよなく愛した少女、
自身の愛するアスナの親友であるユウキの姿を。
キリトとアスナが同時にPoHへと向かう。
「おぉぉぉぉぉっ!」「せぇぇぇぇぇいっ!」
「ぐっ、あぁぁぁぁぁっ!?」
対抗することの出来ない速さでのキリトとアスナによる狭撃の連撃、全身を斬り、突かれ、激痛が襲い掛かる。
二人は攻撃の間にも動き続け、場所を入れ替え、しかし手を緩めることはしない。
そこでキリトがPoHの両腕を斬り飛ばし、メイトチョッパーが地に落ち、切り口や他の傷口からも鮮血が吹き出る。
キリトはPoHの真正面に立ち、アスナは背後に立ち、それぞれ同じ剣の構えを行う。
剣身が光ることはなく、けれど二人、いや三人は同じ系統の剣技を発動する。
「『《マザーズ・ロザリオ》』」
「《ダブル・マザーズ・ロザリオ》」
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
アスナに重なるようにユウキの姿がそこにあり、
二人はまったく同じ動きでユウキが編み出した
彼女の愛剣ダルクブレイドで通常の剣技として使用した。
そしてキリト、彼はセイクリッドゲインとダークネスペインを用い、なんと《マザーズ・ロザリオ》を同時に二つを剣技として行ってみせた。
聖剣は通常の《マザーズ・ロザリオ》の動きで、魔剣は真逆の動きで、そして最後に両方が同時に強烈な突きを繰り出す。
OSSではないが二刀流ならではの二重の《マザーズ・ロザリオ》である。
PoHは前後から重ね十字と十字の剣撃を受け、現実世界と同様の激痛を受けつつ全身から鮮血を撒き散らしながら倒れ伏した。
これで二度とPoHという存在がVR世界に現れることはないだろう、そう願いながらキリトもアスナも十字の一撃を放ったのだから。
いまここにキリトとPoHの因縁に決着がついたと言えるのかもしれない。
「ありがとう、ユウキ…!」
『どういたしまして、アスナ! クーハもありがとう、僕をアスナとキリトと一緒に戦わせてくれて』
「ホント、アスナさんに間に合ってよかったよ」
「クーハもユウキも、いいところで助けに来てくれた」
言葉を交わしていく四人、けれど全員が理解している。もう、別れの時が来ることを。
薄っすらとした姿のまま、ユウキは三人の前に歩み寄る。
『クーハ、アスナ、キリト。僕、またみんなと会えて、みんなの力になれて、本当によかった』
「ユウキ。アスナとクーハを助けてくれて、本当にありがとう」
『えへへ、キリトにそう言われると照れるなぁ。うん、どういたしましてだよ』
拳と拳を突き合わせる、感触はないがキリトは確かな温かさを感じ取る。
「あのね、ユウキ。わたし、《マザーズ・ロザリオ》を大切にして、繋いでいくからね。大好きだよ…!」
『僕も、アスナのこと大好き!』
確かな思いをそこに込めて親友であるアスナとユウキは抱きしめ合い、お互いの温もりを確かめる。
「ユウキ、愛してる」
『僕もクーハのこと、愛してるからね///!』
短い言葉で、それでも深い愛情を込めながら抱きしめ合った二人は不確かな感触ながらも、最後にキスを交わす。
ユウキとダルクブレイドはクーハに抱きしめられながら、その姿を消していった。
残された三人はハジメとシノンと合流し、最後の仕上げへと向かった。
始まったUW連合軍とアクセス軍の戦いは既に佳境にある。
ALOプレイヤー勢による大規模魔法やエクストラアタックに一斉魔法攻撃、ALOとGGOプレイヤー勢による弓と銃火器類による一斉射撃、
カーディナルと整合騎士や修道士達による大規模神聖術や神聖術の一斉射、上位整合騎士達と暗黒騎士団長による武装完全支配術、
飛竜達による一斉ブレス、倒し損ねた敵は得物を持つプレイヤーやUWの住人達が倒していった。
最早敵の残存兵力は五千を下回っており、そこへこの二人が仕掛ける。
「「リリース・リコレクション!」」
ユージオとアリス、二人が神器の記憶解放術を発動して天災とも思える攻撃がされる。
凍土すら生み出しかねない絶対零度がユージオと青薔薇の剣から発せられ、敵軍を凍らせていき、彼らの時を止める。
追撃なのか、アリスの持つ金木犀の剣が全て花弁のような小刃となり、数千以上の花吹雪になり凍結された敵軍を呑み込む。
「「「「はぁっ!」」」」
冷気と花弁が去った直後、神霆流の四人が心意の攻撃を以て追撃を重ねた。
斬の心意の攻撃が残る敵軍を薙ぐ。
彼らが開いた場所、そこにルナリオとリーファが降り立つ。
「テラリアの持つ神聖力、受けてみなさい!」
【地神テラリア】が持つ膨大な力を使い、リーファはカーディナルより教わった神聖術を行使する。
傍に居るルナリオが彼女の手を握り、二人で攻撃を行う。ALOの自分が得意とする風系と雷系の合わせ技、
二つの神聖術が同時に放たれ、全てを吹き飛ばす暴風と迸る極限の雷光がアクセス軍を薙ぎ払った。
さらに前線に駆け戻ったハジメとシノン、二人が追撃を行う。
「レーザーの雨、降らせてあげるわ!」
シノンは【太陽神ソルス】の管理者権限《広範囲殲滅攻撃》を発動し、
ハジメは彼女の反対側からヘカートを構えて共に空に向けて光の弾丸を放つ。
天に届いた弾丸は超高熱のレーザーとなり、雨のように降り注いで敵軍を焼き尽くす。
そして、妖精である漆黒の覇王と女神である純白の王妃が空を舞う。
キリトは自身の持つコードと権限でSAOの姿からALOの
アスナを片腕に抱きながら空に浮かび上がったのだ。
「「大地に呑まれ、元の世に帰れ!」」
アスナは【創世神ステイシア】の管理者権限《無制限地形操作》を発動し、キリトは彼女が集中できるように抱き支える。
赤いプレイヤー達、アクセス軍の後方にあった崖が彼らに向かい広がり始め、
最終的には全ての敵軍をその谷の中に呑み込み、谷になっていたその場所は元の大地が繋がる地形に戻った。
これらの一手により、敵軍は完全に全滅した。
「俺達の勝利だ! 勝ち
キリトの宣言により、UW連合軍の勝利が確定付けられた。
集まった全ての者達が勝ち鬨の声を上げ、UW最終決戦は連合軍の勝利で幕を下ろした。
No Side Out
To be continued……
あとがき
一日遅れで投稿となってしまいましたが、今回も完成できたのでまだマシかなぁと思ったり…。
ハジメ&シノンVSサトライザーとかキリト&アスナVSPoH、どれもあっさり終わった感じですがステータス的なものとか、
現実世界での根本的な戦闘能力とか考えたらあっという間に終わっても仕方のないことなのですw
次回の最初は少しだけUWですがそのままキリトとアスナは現実世界へリターンです。
というか次話のメインは現実世界です、現実世界での決着となりますので師匠とかでてきます。
残すところあと少し、次話とエピローグを合わせても三話分くらいかなと思います。
それではまた、次のお話で・・・。
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第19話目です。
ついに最後の戦いで決着となります、キリト達の戦いですよ。
どうぞ・・・。