陳留・・・古来より交通の要衝で、戦国時代の魏の首都・大梁として栄え、最も歴史が古い都市の一つであり、曹操の旗揚げの地でもある
そんな陳留の地に、皮肉にも華琳を討つべく諸侯の軍勢が集まり始める。
4代にわたって三公を輩出した名門、汝南袁氏出身の『冀州』袁紹軍
春秋時代の思想家であり儒家の始祖、孔子の子孫である『北海』孔融軍
黄巾党などの戦乱から逃れてきた民を吸収し、力を強大化させた『徐州』陶謙軍
この三軍を中心に、『済北』鮑信 『豫州』孔抽 『揚州』劉繇の軍勢の旗が陳留に靡く。
この場にはいないが、北進を目指す『荊州』劉表、『益州』劉焉も連合軍に加わっており、総勢数十万の大軍に膨れ上がっていた
そんな連合軍の拠点となっている陳留に向け、連合に参加する最後の勢力が到着した
亞莎「美羽様、連合軍が駐屯する陣が見えてきました。一度ここで足を止め、到着した旨を伝える使者を送るべきかと」
連合軍に参加する事は既に諸侯に伝わっており、”袁”の旗印を掲げているため、攻撃される事はないだろうが、不安要素は取り除く意味が強かった。美羽はすぐに亞莎の意見を聞き入れ、陣に向けて使者を走らせる
美羽「それにしても…随分と多くの勢力が集まっておるの」
連合の陣に靡く多くの勢力の旗。従姉の麗羽の様に、洛陽入りした華琳に対しての嫉妬に駆られたのか、帝に乱暴を働く逆賊だと信じ、義憤で参加したのか、大勢力に媚を売るために参加したのかは定かではないが、美羽の想像を超える軍勢が集結していた
美羽「七乃…頼むのじゃ」
七乃「…お任せ下さい、美羽様」
普段は美羽の姉ポジションを貫いている七乃だが、これだけの諸侯が集まっている場では臣下の礼を取り、主命を実行するべく動き出す。
美羽はこの連合に参加し、華琳を討つ気は毛頭無い。犬猿の仲とはいえ、親交深い華琳に対してなぜ兵を挙げたのか。麗羽が本気で華琳を討つつもりなのか、この連合が駐屯する陳留までやってきた理由はこれだった。
ここまできて進軍を止められるとは思っていない。それでも、説得を聞いてくれる事に賭ける事にした・・・道を違え決別する前に……
美羽が静かに覚悟を決めた事にいち早く気がついた人物がいた。その人物は、客将として身を寄せている孫伯符である
黄蓋「策殿、袁術をじっと見つめてどうなされた」
孫策「ん~~?ちょっとね。あの子も覚悟決めたんだな~っと思ってね」
黄蓋「曹操と戦う覚悟が今決まったという意味ですかな」
孫策「そんなわけないでしょ。祭には解らない?」
黄蓋「儂みたいな凡人が、策殿みたくなんでも理解出来ると思わないで欲しいものですな」
黄蓋には主である孫策が何を考え、何を思っているかを察する事が出来ない。それが出来るのは断金の仲と呼ばれている周公瑾だけだろう。
それゆえに、主はこの戦いで袁術を蹴落とし、孫呉復興への一歩にするのだと思っていた。そんな黄蓋の考えとは裏腹に、孫策には袁術を利用して孫後復興をするという考えは捨てていた。
黄蓋「ところで策殿、公瑾の姿が見えんのだが、袁術の下に行っておるのか?」
孫策「冥琳なら蓮華達を呼びに行かせてるわ」
蓮華とは孫策の妹で名を孫権。母親の孫堅が荊州の劉表との戦で倒れ、妹を危険に晒させない為に、故郷である江東に信頼できる部下を就けて避難させていた。もし自分が倒れても、妹が居れば孫家が絶える心配が無くなる。それに、妹に苦労を負わせたくないというのが孫策の配慮なのはなんとなく察していた。
そんな妹や仲間を集結させる…孫家再興の戦いを興すのだと黄蓋は思っているのだが、今の孫策にはあれだけ信念を燃やしていた”孫家再興”の想いは無くなっていた。
断金の仲と言われる周瑜でさえ、孫策が今何を考えてるか把握出来ていない。それでも周瑜は親友の心境を問いただす事はしない。
親友であり、主である孫策の命に従い望みを実現させるのが自分の役目。時期が来れば孫策から話してくれるだろうと信じての行動でもあった・・・
十常侍の諫言に惑わされず、袁紹の脅しに屈せず、自分の信念に従い行動を開始した美羽の姿を、孫策は静かに見つめそっと目を閉じる。自分は今まであの子の何を見ていたのだろうか…呂珂の言っていた”視野を広く持て”とはこの事だったのだろうか…
自問自答する孫策が目を開くと、袁紹の下に送っていた兵が戻って来ていて、報告を行っている場面だった
「袁術様の参陣をお待ちしておりました、すぐに本陣に来て欲しいとのお言葉です」
参陣を待っていたとの内容を聞き、美羽は側近の紫苑、亞莎に軍をお任せ、自らは孫策を伴って袁紹の待つ本陣へと向かう。孫策はなぜ自分を連れて行くのかは解らないが、袁紹がどのような人物が興味もあり、一緒に本陣へと向かった。
本陣に着いてまず目に入ってきたのは、煌びやかな装備を纏った袁紹軍の兵士だった。兜や鎧、履物まで金色に統一されている。袁紹軍の兵力は約十万、これらの装備は一兵卒に至るまで配備されていて、どれほど巨額の資金が動いたのかは定かでは無いにしろ、これを可能にした袁紹の国力を無視する事は出来ない
これが孫策が”袁紹軍”に抱いた印象だ。これほどの国力を持つ国を治める人物ならば、傑物に違いない。そう予想した孫策の考えはすぐ間違いだったと知る事となった
麗羽「遅かったですわね美羽さん!”こ・の・わたくし!”が招いた諸侯の中で、美羽さんが一番来るのが遅いなんで、名門袁家にあるまじき行為ですわ、この袁家に対する恥の落とし前はどう付けるつもりですの?」
美羽と孫策を迎えた袁紹の第一声がこれだった
袁家の家名に対する誇り故なのか、美羽に対しての嫌味のかは不明だが、これが連合軍総大将の袁本初なのかと愕然とする…同じ袁家でも、なぜこうも性格や言動が違うのかと…
唖然とする孫策だが、嫌味を向けられている当の本人はどこ吹く風、全く気にした様子も無く話しを進める
美羽「それはそうと、麗羽姉さまに聞きたい事があるのじゃ」
麗羽「わたくしにですの?しょうがないですわね、心の広いわたくしがなんでも応えてさしあげますわ、おーっほっほっほ!」
右手を左の頬に添えながら、物凄い笑顔で高笑いする袁紹を見て、孫策だけじゃなく袁紹の傍に控えていた将も頭が痛い表情をしていた
美羽「麗羽姉さまは……なぜ華琳姉さま討伐の兵を挙げたのじゃ…」
美羽が聞きたい事はただ一つ、身内同然の幼馴染を討とうなんて暴挙に出たのか。
本人達は否定するだろうが、華琳と麗羽は意外と仲が良い。会えば口喧嘩ばかりだが、少なからず互いを大事な友人だと思っているのは明らか。
それゆえに、なぜ兵を興したのかが美羽には解らないのだ
麗羽「美羽さんはそんな事が聞きたかったんですの?そんなの、華琳さんが専横を極めているのならば、それを止めるのはわたくしの役目ですわ」
間違った道に進んでいるならば、それを止めるのが自分の役目だと言い放つ麗羽からは嘘の欠片も感じられず、言っている事が本心からきているのだと理解出来る。
しかし、ここで疑問が浮かぶ。なぜ直接洛陽へと赴かず、諸侯の兵を動員して華琳を討つなんて話になっているかだ
美羽「それならなんでこんな大兵力を用意する必要があるのじゃ!」
麗羽「わたくしも最初は華琳さんを説得して辞めさせるつもりでしたが、張譲さんが洛陽に赴くのは危険だ、諸侯を引き連れて打ち負かさないと駄目だと仰ってましたし」
(十常侍…!華琳姉さまを窮地に追い込み、さらに麗羽姉さままで唆すか!)
華琳の窮地、麗羽の挙兵・・・これらすべての原因が十常侍に激しい怒りと殺意が美羽を支配する
麗羽は高飛車な態度が目立つが、純粋で人を疑う事を知らない。一刀の一件も、張譲が自分達は潔白だ、我等を貶めいれようとしているのだっと弁明すればすっかり信じ込む程。
麗羽のこの面は長所でもあり短所でもある。そして、一度信じた相手は、第三者がその人物の事を注意しろと言っても耳を貸さない・・・こうなった麗羽を止めるには…実力で黙らすしかない
一刀は美羽の性格の矯正には間に合ったが、麗羽までは時間が足りなく矯正するまでに至らなかった…もっと時間があればと思っても後の祭りである
美羽は怒りのあまり、拳を強く握り締めた際に、爪を立てすぎて薄っすらとだが血が滲み始めていた。
それにいち早く気がついた孫策に促される形で美羽は話しを強引にだが終らせて退出する
孫策「手…大丈夫?」
孫策の問いに対し、美羽は大丈夫と言いながら手をぐーぱーしてみせた。痛くなさそうな事にホッとした反面、直前まで利用してやろうと思っていた相手の事を心配するなんてね…と思わず苦笑い
孫策「それで・・・この後はどう行動するの」
孫策は袁紹に対し悪い印象は抱かなかった。一応親友の事を思って行動しているのは理解出来ていたが、やり方が良く無く、あれでは仮に連合軍が洛陽を制圧したら、いくら袁紹・袁術が庇おうと曹操は処断される。これが袁紹・袁術軍のみならなんとかなるだろうが、諸侯まで加えた連合軍となれば庇いたては不可能に近い。
曹操を姉と慕う袁術が採る方法は最早一つだけ。連合軍を脱し洛陽側に就き連合軍を打ち破る、これしか残されていなかった
美羽「妾は折を見て、華琳姉さま側に寝返る…孫策は妾の代わりに……」
孫策「えぇ、任せて頂戴。貴女は貴女のやりたいように行動して、後はお姉さんに任せて・・・ね♪」
孫策は美羽が最後まで言い終わる前に人差し指を美羽の唇にそっと沿え、言わなくてもいい、言いたい事は解ってるから任せてっと笑顔で美羽の頼みを聞き入れた
美羽は孫策の快諾が予想外すぎて、驚きで目をぱちくりさせていたが、次第に満面の笑みへと変わっていた
美羽「うむ!後は任せるのじゃ、孫策!」
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美羽と孫策の決断