No.860813

想いを馳せる、ゆめのおはなし

jerky_001さん

初めてのエリみほに挑戦してみました 親父が夢中になるわけだ…!
エス文学は実際に読んだことはありません

2016-07-29 01:04:30 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:796   閲覧ユーザー数:785

「絵莉花さん、わたしね、夢を見たの。」

庭園のベンチに、佇む少女がふたり。頬を寄せ合い、一人は囀ずるように囁き、もう一人はその囀りに耳を傾けている。

「あら、どんな夢かしら。聞かせて、美帆。」

庭園にはこの季節、姫金魚草が花ぶりに陰りを見せつつも咲き、控えめな花弁を揺らめかせる。

「わたしたちの夢だよ、絵莉花さん。」

「私達の?それは素敵ね。」

「お姉ちゃんも、赤星さんも出て来たの。」

「もうっ、焦らさないで早く教えて頂戴。」

じゃれ合うように言葉を交わす間、世界はつかの間、ふたりだけのもの。

事実、庭園は外縁にこそ疎らな往来こそあるものの、二人が座するベンチの周辺に寄り付く無粋な者は、ここには一人も居ない。

九州のとある地方都市。その郊外に位置し、清浄な空気と喧騒から隔たれた静寂さから保養地だった敷地を利用して建立された、全寮制の女学園。少女達はその殆どが、淑女たる品格と知性を得るために世俗から引き離された、地元の有力議員や大手企業のご息女達だ。

教養豊かな淑女候補生達の暗黙の了解によって守られた校内庭園で、ふたりは夢の話に華を咲かせる。

「あのね、そこはわたしたちの今いる世界とは少し違って、街ひとつがまるごと収まるぐらい大きな船が世界中にたくさんあるの。」

「なんだかとってもスケールの大きな夢ね。」

「それでね、その世界では大昔の戦車を使って戦う“戦車道”っていう競技があるんだ。」

「戦車を使って?なんだか怖いわ。」

「大丈夫!その世界は技術が進んでいて安全のための仕組みが沢山あるから、空手や柔道みたいな普通の武道と変わらないんだ。」

荒唐無稽な夢のディテールをなぞり、言葉にする美帆と、優しく見守り、相槌を打ち聞き入る絵莉花。楽しげな会話の中、二人が浮かべる笑顔はしかし、どこか憂いを秘めていた。

「わたしと絵莉花さんはね、同じ船の上の学園の生徒なの。そこは戦車道がとても盛んで、お姉ちゃんが率いる戦車道チームの選手として 、わたしたちも戦車道の大会に出場するの。」

「私達が真帆さんの?ふふ、そんな大役務まるかしら…」

所在無げにベンチの上に突いていた絵莉花の両手を、美帆がきゅ、と掌で包む。

「…でもね?大会の決勝戦で、同じ選手だった赤星さんが事故に巻き込まれて…」

「赤星が!?それで、どうなってしまうの!?」

夢物語に訪れる急展開に、絵莉花が緊迫の声を上げた。美帆に握られた掌にも俄かに力が籠る。

「わたしは思わず自分の乗った戦車を飛び出して赤星さんを助けに行っちゃって…なんとか赤星さんは助けられたんだけど、そのせいで試合には負けちゃうの…」

「良かった…赤星は無事だったのね。人命には変えられないもの、負けてしまっても仕方無いわ。」

絵莉花は美帆の語る顛末に安堵の一息を吐く。その表情を覗き込みながら、美帆は少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべた。

「でも、夢はそこで終わりじゃないの…責任の重さにいたたまれなくなったわたしは、他の学校へ転校しちゃうんだ。」

「そんな!?美帆はなにも悪いことしてないじゃない!」

すっかり感情移入してしまった絵莉花が元から近い顔と顔の距離をずい、と詰めた。それに応えて美帆は、子供の熱を計るときのようにおでこ同士を擦り合わせる。

「転校したわたしは、しばらく戦車道を忘れて普通に高校生活を送るんだけど…友達を助けるためにもう一度、戦車道をすることになるの。そして…」

「そして…?」

息を飲む絵莉花。すっかり彼女を夢中にさせてしまった美帆は夢物語の佳境へと充分な溜めを造り、結末への言葉に繋ぐ。

「お姉ちゃんと、絵莉花さんのいる、元居た学園のチームと戦うことになってしまうの…!」

「そんな…!?そんなのってないわ!美帆と戦うなんて嫌よ!それで、その後どうなってしまうの!?」

美帆の話しぶりに虜になってしまった絵莉花はしきりに夢物語の続きをせがむ。美帆はと言うと絵莉花の夢中さに満足した様子で、

「…そこで目が覚めちゃって、その夢はそこでおしまい!ごめんね、尻切れ蜻蛉で。」

姿勢を整えて絵莉花の方に向き直り、そう一言。

「ああ!なんて意地悪な夢かしら…!ねぇ美帆、もし夢の続きを見たなら、必ず聞かせてね?お願いよ?」

前のめりな姿勢はそのまま、美帆に懇願する絵莉花。そのお願いに美帆も頷く。

「うん、きっと。必ず絵莉花さんに、真っ先に聞かせてあげるね。」

「きっと…きっとよ。」

ふたりの間にささやかな契約が結ばれ、余韻と共に落ち着いたひとときが流れる。

姫金魚草が風に揺れ、風に乗った芳香がふたりの鼻腔をくすぐる。庭園の脇に立てられた時計に目をやると、時間は十二時四十五分。午後の授業にはまだ時間がある。絵莉花は、気づけば自分の肩に寄り掛かっていた美帆に再び頬を寄せ、今度は自分からささやく。

「でも、街ひとつ収まるほどの船で海を往くなんて素敵ね…こんな窮屈で、鳥籠みたいな学園とは大違い…」

「うん、それに戦車に乗れるのも憧れるなぁ。お母さんだったら、わたしが戦車なんか乗ったらきっと大目玉だよ。“火薬やガソリンの臭いで鼻を潰す気か”って。」

この学園の生徒達は、その出自ゆえ多くが未来を約束されている。だがそれは裏を返せば、自分の将来すら自分の意思で決めることを許されていないとも言える。

事実、美帆は由緒正しい老舗のお香・仏具会社の社長令嬢で、母は近年のアロマブームに合わせた業態の舵切りで手腕を見せる傍ら、香道の大家としても名を馳せる。一方で絵莉花の母も近年海外で注目を集めるアパレルブランドの創業者で、自らブランドモデルを勤めメディア露出も果たす女傑だ。

生徒達の多くはそうした出自の背景を背負い、奪われた自由に想いを馳せながらこの学園を“鳥籠”と呼ぶ。

「…私達がこの学園を出る時は、ここを卒業する時。そして、決められた未来への一歩を踏み出す時…」

絵莉花は卒業後、既に母によって海外留学が決められていた。歳の割りには強い芯を持った少女である絵莉花でも、絶対的権威と威光を持つ母に逆らえる気概も、説き伏せるに足る理由も持ち合わせてはいなかった。

「そうしたらわたしたち、もう二度と会えないかもね…」

美帆もまた、母の手で運命を御膳立てされていた。彼女には、一度さえ会った事の無い許嫁が居る。エスカレータ制の大学卒業後、程なく縁談が取りまとめられるだろう。

閉ざされた未来に想いを馳せ、寄り添うふたりは共により強く身体を預ける。互いの重みを、刻み付けるように。

このまま時が、止まってしまえばいいのに。絵莉花はそんな戯れ言を思い浮かべながら、ふと時計に目を遣る。十二時五十五分。時間が制止する筈も無く、昼休みも間もなく終わる。美帆の肩に手を添え姿勢を正させると、先にベンチを立つ。

「そろそろ、教室に戻りましょう。」

絵莉花は美帆に向かって手を差し伸べる。美帆がその手を取ると、ぐい、と引き寄せて、美帆を立たせようとした。

立たせようとして、出来なかった。

美帆の身体が、その華奢な見た目とは裏腹に石のように固まって動かない。異様な雰囲気に絵莉花は思わず喉を鳴らす。

美帆は顔を上げ、絵莉花の目を見据えた。視線に射貫かれ、動けない。

「…もしも」

絵莉花は美帆の唇の動きから目を離せない。彼女の言葉を、一語一句聞き逃してはいけない気がした。

「もしも本当に、わたしたちに戦車があったら」

そんなこと、有る訳は無い。美帆の夢は所詮、絵空事だ。

だけど、もしも本当に、私達に戦車があったとしたら?あったからといって、どうすると言うのだ?

絵莉花の頭の中で凄まじい速さで思考が廻る。

「…わたしをここから、連れ出してくれる?」

たとえ、戦車が無くたって、本当は。本当は今すぐにでも、美帆と一緒にここから…

 

「…“エリカ”さん。」

***

…我ながら、恥ずかしい夢を見た。

ドレープの緩いカーテンの隙間から溢れる朝の陽光に照らされ、爽やかな目覚め…と素直に言い切れないのは間違いなく、思わず見悶えそうな夢の内容のせいだろう。

「絶対に、ダージリンさんに勧められた本の影響だわ…」

大学で同じ戦車道チームを組むことになったダージリンさんから、休憩中に勧められた一冊の本。“エス文学”と呼ばれるジャンルの名著らしいが、その耽美な世界観に恥ずかしながら引き込まれ、柄にもなく読み耽ってしまった。

今朝の夢も恐らくその影響だろう。舞台が現代風にアレンジされているのは、私がまだそうした世界の教養を十分に備えていない為だろうが。

「それにしたって、ありもしない高校生活の追体験なんて…」

余りに惨めじゃない。そう続けようとして、思い止まった。そんな言葉を口にする事自体、私の辿った過去に対する冒涜だ。

まだ鳴り始める前の目覚まし時計に手を伸ばし役目を果たさせぬままアラームのスイッチを切ると、傍らに立て掛けられたフォトフレームに視線を向ける。

第六十五回・戦車道全国高校生大会。前年の雪辱を果たし、大洗を破り優勝を果たした記念に撮影した写真には、憧れた先輩も、共に歩みたかったあの子も、写ってはいない。

私と、赤星と、チームメイト皆で勝ち取った優勝。嬉しくなかった訳では無い。

だけど私はあの時、確かに心の奥底で、勝利をもぎ取ってなお埋める事の出来ない喪失感を味わっていたんだ。

「…夢の中に逃避を求めたって、過去そのものが変わる訳が無いのにね。」

過去を悔やんだって、今の境遇を嘆いたって、過去が書き換わる筈も無ければ与えられた境遇が消え去る訳でも無い。空虚さを受け止め、今ある苦難に立ち向かい、ひたすら未来に向かって踏み進むしかないのだ。

夢の中の自分達に想いを馳せる。あの子達は、運命の荒波に呑み込まれ、ただ流されるままに与えられた未来に甘んじて生き続けるのだろうか。

もしも彼女達に、助言を与える事が出来るとしたら…

もぞり。私の腰から下を覆っていた綿毛布の、右隣の一山が蠢いて。

 

「…おはよう、今日は早いね…“エリカ”さん」

 

伸びをするお寝坊さんが、間の抜けた呆け顔で目をしばたたかせていた。

 

歯を食いしばってでも、未来を勝ち取りなさい。

未来だけは、貴女達に与えられた無限の自由なのだから。

 

「…御早う、“みほ”」

 

おわり

 


 
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