No.857476

恋姫OROCHI(仮) 肆章・弐ノ参ノ肆 ~ショウシツ~

DTKさん

どうも、DTKです。
お目に留めて頂き、またご愛読頂き、ありがとうございますm(_ _)m
恋姫†無双と戦国†恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI、80本目です。

陽平関を解放した剣丞たち。

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2016-07-08 23:45:06 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3589   閲覧ユーザー数:2984

 

 

 

浜松城。

松平家の居城。

規模こそ大きくは無いが、石垣作りの堅固な構えは、城主の気質をよく表している。

その城の最上階に、城主の松平葵元康はいた。

 

「…………」

 

視線の先、地平に見える景色は生まれ故郷のものではない。

『消失』と呼ばれる現象で、国ごと見知らぬ土地へと切り取られた。

その後、ほとんどのものは眼が濁り、自我を失い変心してしまった。

しかし、葵の瞳は濁ってはいなかった。

が、澄んでもいなかった。

 

「葵さま…」

 

葵のいる部屋に一人の少女が入ってきた。

 

「…悠季」

 

葵は振り返らずに、腹心の名を呼ぶ。

 

「綾那と歌夜の追撃部隊。悉く、捕縛されました」

「そう……」

 

半ば分かっていた報告に、葵はゆっくりと目を閉じる。

そう。あの旗を、新田一つ引きの旗を見たときから、この結末は分かっていた。

 

「私が…間違っていたのかしら」

 

鬼との戦いが収束に近付くに連れ、大きくなっていた『違和感』

新田剣丞の元にまとまった大連合に対する『嫌悪感』

それが、かの男の言葉で、その正体が分かった。

真の歴史で自分が担った役割を考えれば、当然のことだったのだ。

 

『正しき歴史を取り戻すため、貴女のお力をお貸し頂けませんか』

 

怪しいとは思いながらも、その甘言に抗いきれなかった。

 

「葵さま…」

 

普段からは考えられないような、弱々しい声色を発する悠季。

ある種無謀とも言える行動に、何も言わずについてきてくれた、腹心中の腹心。

なんとか彼女だけでも…

そういう気持ちが頭を過ぎるが、彼女の気質からして、間違いなく固辞するだろう。

ならば、取る手は一つ。

 

「悠季」

 

帰参を彼に願い出れば、間違いなく許されるだろう。

だが、それは望まない。

残された選択肢は、武士らしく玉砕するのみ。

 

「は。直ちに出陣の準備にかかります」

 

二人の間に言葉はいらなかった。

 

 

 

「面白くないんだよね~こんな結末ってさ」

「誰だっ!?」

 

いるはずのない第三者の声に、初めて葵が振り返る。

悠季は咄嗟に、葵を護るよう葵の前に立ちはだかる。

 

「あ、どうもー。勝手にお邪魔してまーす」

 

二人の緊迫感をよそに、能天気な闖入者。

背丈も髪の長さも綾那ほどの、どちらかと言えば少女と呼ぶ年嵩。

天狗のような服装から伸びる手足を見るに、武よりは文の気配を感じさせる。

 

「貴様、いったい何者だ!?」

「いえいえ、お二人を前にして名乗れる名など、持ち合わせておりませんよー」

 

顔の前で手をひらひらと振るう。

どこまでも人を小馬鹿にした態度だ。

 

「まー、一応于吉氏の代理見届け人、とでも言っておきますかー」

「于吉の!?」

 

異変直後に現れ、自らを唆した人物の名前に前のめりになる主を、悠季は必死に押し留める。

 

「何ゆえ、于吉殿は直接こちらに出向かれないのですかな?」

 

そして努めて冷静に振舞い、少しでも情報を引き出そうとする。

 

「さー?色々と忙しいらしいですよー。ボクは暇してたんで駆り出されたって感じですねー」

 

慇懃無礼、というよりは、そもそものやる気が無いのだろうか。

毎度、語尾が気だるく間延びしている。

 

「于吉殿がお忙しいというのに、あなたは随分とお暇でやる気も感じられないのですな?」

 

悠季は未知の人物を前にしても物怖じせず、じっくりと隙を窺う。

 

「まーそーですねー。ボクは彼らのすることに、そこまで積極的なわけでもないですし~。

 ボクはどちらかというと『あなた方』寄りの人間だと思いますよ~?」

 

どういうことだろうか?

この三河のことは何かの計画の一部で、なおかつ敵も一枚岩ではないのか?

ならば交渉の余地はある。

そう考えた悠季だったが…

 

「ただねぇ…面白くないんですよ。武士の矜持を護るための玉砕とか、もちろん、徳川家康が命乞いをする、なんて結末はね」

 

少々雰囲気が変わる。

言葉からの圧を感じ、何をしているわけでもないのに、悠季は汗が止まらない。

 

「なら……あなたなら、どんな物語を紡ぐというの。この馬鹿げた物語の結末を」

 

悠季に代わり、冷静さを取り戻した葵が少女に詰問する。

すると彼女は破顔し、

 

「そうですね~!どんな物語が面白いでしょうか!?」

 

急に饒舌になる。

 

「う~んさすがに松平対長尾はありえないしさりとてこのまま籠城降伏は論外…」

 

腕組みをし、頭を捻りブツブツと呟きながら、その場をぐるぐると回る少女。

はたと止まり、

 

「そうだ!こういう筋書きはどうでしょう!?」

 

パチンと指を鳴らすと、途端に天守が業火に包まれた。

 

「なっ!?」

 

たまらず二人は部屋の中央へ。

 

「徳川家康居城の天守が突如の失火!んまぁ、駿府ではないのは大目に見ましょう。これくらいの誤差があった方が面白い!」

 

悦に入った少女は、訳の分からないことを謳い出す。

 

「なぁに。あなたには影武者伝説が多く残されています。あなたでなくとも『正史』はいくらでも紡げますよ」

 

と思いきや、今度は聖職者のような笑みを葵に向ける。

炎に囲まれているにも関わらず、葵は背筋に冷たいものを感じた。

 

「一方、本多正信。家康の腹心中の腹心は家康の死後、後を追うように亡くなっています素晴らしい!

 まるで曹孟徳と夏侯元譲のようです!非常に興味深い!!…まぁ、同時に死ぬのもほぼ同じでしょう」

 

悠季でさえ恐怖を感じる少女の語り。

最初の、どこか抜けたような印象は、とうに無くなっていた。

 

「それでは、この滑稽な物語に幕を!浜松城、突然の炎上で松平元康、本多正信の生死は不明!

 自害か、はたまた策略か!?後々まで尾を引く伏線に痺れる!脚本はこのボク、喜浦(きら)が務めました!」

 

虚空へ叫びながら、その姿はゆっくりと消えていった。

炎に包まれた天守に取り残された葵と悠季。

既に火は回りきっており、脱出は不可能だった。

 

「ごめんなさい、悠季。あなたを巻き込んでしまって…」

「いえ。かの者の言うとおり…というのも癪ですが、葵さまと共に逝けるのであれば、これに勝る幸福はございません」

 

普段の、人を嘲るような笑いではなく、微笑ではあるが、心から嬉しいという笑いを見せる悠季。

 

「私は……間違っていたのかしら?」

「理想がここに潰えたという点では、間違っていたのやも知れませんな」

「……厳しいのね」

「なにせ、葵さまが天下を獲ったという未来を知らされましたからな。十中全てが失敗する理想なら、根本から間違っていたのでしょうが、成功した未来もあるのです。ならば、過程のどこかで間違えたのでしょう」

「悠季…」

「葵さ…ゴホッ!ゲホッ!」

 

煙を吸い込み、強く咳き込んで膝から崩れる悠季。

 

「悠季っ!!」

「ぁ……ぉい、さ……」

 

強く吸い込んでしまったのか、息も絶え絶えで意識もハッキリしないようだ。

 

「もういい…喋らないで、悠季…」

 

葵の眼からは止めどなく涙が零れる。

 

「もし…もう一度、生まれ…変われたら……今度こそ、あおぃさまの…天下、ぉ……」

「…悠季?……悠季!?悠――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

「どうにかならないの!?」

 

浜松城を囲む長尾本陣では、美空の悲痛な叫びが響いていた。

何も動きがなかった城から突如火が上がり、それはみるみる『天守だけ』に広がって、一瞬で炎に包まれてしまった。

 

「さすがに、あそこまで火が回ってしまっては…」

 

軍師として控えていた雫にも、出来ることはない。

 

「もしかしたら、あそこに葵さんがいるということも…」

「秋子の言うとおりよ。アイツは生きたまま引っ立てないといけないのに、このままじゃ…」

 

ドォッ…!!

 

大きな音が、辺りに響き渡った。

 

「……天守が」

「崩れちゃったっす…」

「くっ!」

 

美空は側にあった床机を蹴り上げる。

 

「御大将…」

「……今から総攻撃を掛けるわよ」

「い、今からですか!?さすがに少しお時間を頂かないと…」

「半刻よ!それ以上は待たないわ」

 

そう言い捨てると、美空は肩で風を切りながら陣幕を出て行った。

 

「美空さま…」

「怒ってるんすよ、御大将は」

「怒ってる?」

「あと、悔しい」

「悔しい、ですか」

「御大将は、葵さんのことを買っていたんです。やり口や剣丞さんへの態度が気に食わなかっただけで、平和に対する姿勢などは、特に」

「だから、こういう風に逃げられたのに、すごく怒ってるっすよ」

「多分、生け捕って引っ叩いてやるつもりだった」

「…だから悔しかった、ということですか」

 

付き合いの浅い雫には、美空の複雑な感情を理解することは難しかった。

 

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

「そうか。そんなことが……」

 

小波からの連絡を受け、急ぎ浜松に引き返した剣丞たち。

秋子や雫から事の顛末を聞きながら、まるで切り取られたように『焼失』した浜松城の天守を仰ぐ。

天守から上がった炎は、天守だけを焼き尽くすと、自然と鎮火したらしい。

 

葵たちの生死も含めて、事の真相は闇の中。

ただ一つ言えるのは、葵と悠季がここにはいない、ということだ。

 

「兵の皆は、無事なのですね」

「はい。先ほどもお話した通り、我々が踏み込んだ時には放心状態で、ほとんど無抵抗でしたので…」

 

歌夜の質問に秋子が答える。

 

「それじゃあ何?洗脳とやらは解けてたってこと?」

「そうですね。どちらかというと、洗脳が解けた直後、といった感じでした」

「なるほど」

 

雪蓮のつまらそうな呟きには雫が答えた。

管輅は、ある対象の命令を聞く暗示のようなもの、と言っていたから、その対象がいなくなってしまったから解けた、ということなのかもしれない。

 

「それで、剣丞さん…」

「ん?」

 

一人、頭の中で思索している剣丞に、おずおずと秋子が呼びかける。

 

「その……剣丞さんには、あとで御大将の方に…」

「あぁ。うん、もちろん」

 

どうやら美空はこの戦でへそを大きく曲げてしまったらしい。

今までは触らぬ神だったが、剣丞ならどうにかしてくれるだろう、というのが長尾勢の総意であった。

 

「で、いま美空は?」

「恐らく、天守跡ではないかと」

「ん、分かった。俺も直接天守を見ておきたかったから、今から行ってくるよ」

「すいません、お願いします」

 

秋子に見送られながら、剣丞は陣幕を後にした。

 

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

「…………」

 

美空はかつて天守があった場所、葵が居たであろう場所に立っていた。

平山城の浜松城ではあるが、それなりの高さの天守跡には強めの風が吹いている。

髪が靡くのも気にせず、美空はただ虚空を睨み続けている。

 

スッと美空に影が差す。

剣丞が黙って隣に立っていた。

 

「…………」

「…………」

 

お互い、言葉はない。

お互い、真っ直ぐに同じ方向を向いている。

 

「…………」

「…………何か、言いなさいよ」

 

沈黙に負けたのは美空だった。

 

「…なんか、美空が黙っていて欲しそうにしてるからさ」

「…それでも、優しい言葉の一つもかけるのが、夫の務めなんじゃないの?」

「難しいなぁ~」

 

そう言いながら、剣丞は美空を抱き寄せた。

 

「…何か……言いなさいって…」

 

剣丞の胸には、熱い染みが一つ、二つ。

 

「言葉で誤魔化そうとしなくていいよ。今は、その気持ちに向き合って」

 

泣きたければ、胸くらい貸すから。

そういう気持ちを込め、強く抱き締める。

 

「く…うぁ、あ゛ぁぁぁ~~~……!!」

 

美空は哭いた。

この、後味の悪い戦に。

 

「大丈夫。やり直せるんだ。だから一緒に、やり直そう。俺たちで、葵たちを救うんだ」

「…ぅん………うんっ!!」

 

そうして美空は、しばし剣丞の温もりに浴した。

見ているのは風と、風に舞う数羽の鳥だけだったから。

 

 

 


 
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